『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』53話「文化の居場所と紡ぐ者たち」
冬晴れの空に、花火が打ちあがった。
ポン、ポン、ポン!
破裂音が王都中に鳴り響き、誰もが浮かれていたのに、ラジオショップにいる俺たちはあまりの人の多さに気が滅入っていた。いや、人の多さだけでなく、前夜祭で見た学生たちの魔道具を思い出して、混乱しているのかもしれない。
とにかく、ラジオショップを開店する気にはなれなかった。
「いやぁ、どうする?」
「蓄魔器は持って行かないといけないよ」
すでに学生たちと一緒に作った蓄魔器は整備をして箱詰めしてある。ラジオショップの二階と三階は埋め尽くされ、文化祭が終わり鍛冶場が再開すれば量産体制も取れるだろう。
「魔女たちの魔道具見た?」
「見たよ。ラジオで紹介した時より改良されてるんだぜ。農業で魔物を使わなくなる時代が来るってことだよな」
「それより木箱用の台車、魔力で動いてたけど、あの車輪どうなってんの? あっちの方が発明でしょ?」
「あの車輪て魔物の革なのかな? なんか素材が変だったよね?」
「たぶん、マフシュ先輩だろ。あの人、調合のスキルが異常なんだよ」
「別のスキルも使ってるよね?」
「じゃないと作れないでしょ」
「シェムさんたちのダンジョン見た?」
「俺たちは入ったよ。ビーチとは思わなかったな」
昨日の前夜祭で、俺たちはシェムとダイトキのダンジョンを見せてもらった。入ると砂浜があり、波の音を聞きながら、癒される空間となっていた。ダンジョンと言えば魔物を倒す場所というイメージを払しょくするため、二人は憩いの場を作って見せてくれた。
砂浜には寝転がれる椅子とパラソルがあり、バスケットの中には料理長のエリザベスさんが作ったサンドイッチと冬でも食べれる氷菓子も入っている。
人間誰しも、夏になれば冬が恋しくなり、冬になれば夏が恋しくなるものだが、冬の真っただ中に、完全な夏を再現していた。
それもこれも蓄魔器のお陰だなどと学生たちは言ってくれるが、蓄魔器を開発した俺たちだってこんなことになるとは思ってもみなかった。
「うちの学校、面白いんだけど、世間からかけ離れた異常さがあるよね」
「時代の最先端と言うか、俺たちが中年になる頃には生活はどうなっちゃうんだろうな」
「いや、本当に。なくなる職業も出てくるよね」
「よーし、とりあえずラジオをつけて、蓄魔器を持って行こう。そろそろ生放送の時間だ」
「行くかぁ」
「サンドイッチ、持った?」
「持った。今日は長丁場だからね。コウジ、飲み物だけ時々用意しておいてくれる」
「了解」
俺たちラジオ局員は、蓄魔器を両手に持って、ラジオショップを出た。
早朝だというのに、広場は人で溢れている。総合学院の文化祭に合わせて、世界中から人が来るため、町の中にも屋台がたくさん出るらしい。皆、開店準備に追われている。
昨夜は前夜祭終わりで、ラジオショップに行き、スケジュールの確認をしながら寝袋で寝た。ラジオショップにちょっとした調理場があってよかった。
「おはよう! それじゃあ皆、昨日と同じように文化祭を盛り上げちゃって!」
朝からそこまではしゃぐことはないが、学生たちを起こすためにラジオを開始。ジルたちも来て、音楽を流しながら文化祭の見どころやスケジュールを伝えていく。
その間に、ウインクとミストは風呂休憩。俺とグイルはレビィからの差し入れのサンドイッチとスープを飲んで、屋台で出している甘味の紹介をした。人が増えていけば、どうせお客さんには聞こえないだろうけど、ラジオ局はタイムキーパーのようなところがある。
番組が変わるタイミングで時間を報せ、学生たちの店番も変わる。
一応、蓄魔器は学校中、どこにでもあるが説明するのは俺たちの役割で、ちゃんと校舎裏の森へ続く道にもブースを作ってもらった。
朝だというのに蓄魔器のブースには人だかりができていて、俺もグイルもずっと説明をしていた。おそらく駅伝の選手だと思われる獣人やエルフたちにも会った。
「蓄魔器の魔力補充は、自分たちでやってもいいのか?」
「それは構いませんけど、竜の駅でやった方が早いですよ。安定してますし」
「ただの魔道具だろ?」
「ええ、ただの魔道具ですよ。屋台でも使われてますし、ダンジョンでも使われてます。あと、農機具や紡績機、機織り機を動かすのにも使われます」
「つまり、魔力だけでなんでもしてしまおうとしているのか」
「何でもは無理ですけど、出来ることはやった方が便利ですよ」
「おおっ!」
エルフに説明していたら、小太りの眼鏡をした一団がやってきた。革のエプロン姿で、髭を生やした人や禿げあがった人、大きな目が特徴的な人たちだった。大きなノートを持ってきている。
「これが蓄魔器だな。ラジオで聞いた通りだ。これは、全部同じ規格で作っているのか?」
「ええ、魔石自体がこれ以上は大きくなりにくくて、その大きさに合わせています」
「なるほど、実験はしているということだな?」
「ええ、森の中に溜め池を作って人工的に魔石を作ってみたんですけど、どれもこれ以上になるには時間がかかりすぎるようで……」
「なるほど! あ、失礼。魔法国エディバラの魔道具師だ」
「皆さん、魔道具師なんですか?」
「そうともよ。お前さん、ナオキ・コムロの倅だな。でかしたぞ。ここまでユーザビリティに優れたものを作るなんて骨が折れたろ?」
「いろんな人に協力してもらってどうにか作ったんです」
「魔石灯の形にしたのもわかりやすくていい。下の部分に銅板を入れると言っていたが……?」
魔道具師たちの質問攻めにより、エルフたちはどこかへ行ってしまった。
「すごいな。魔道具の十徳ナイフみたいだ」
「この大きさで作れるということは小型化もできるのか?」
「出来ますけど、魔力の量が少なくなりますよ。あと鍛冶師たちとも話し合わないと」
「先ほど、農機具を見てきたんだが、あんなのが広まったら田舎から人がいなくなるぞ。畑もかなり広げられるだろ?」
「ええ。あれは魔女たちに聞いてください。俺たちも想定外の物を作り始めてるんですよ」
「だろうな。うちの魔道具師たちも印刷機を作っている。この大きさなら、十分想定内だったからよかったよ。あとは駅伝だな。図書館職員が出るんだけど、どうにかポイントをくれないか?」
駅伝の売り込みだった。
「そればっかりは俺はポイントを付ける係じゃないので、何とも言えないんですよね。ただ、コムロカンパニーと勇者一行に頼んでますから、公正に付けてくれると思います」
「あいつら融通が利かないからなぁ……」
魔道具師たちは、ぼやきながら他の展示を見て回っていた。
時間が来たのでミストと交代して、俺たちは風呂休憩を取ってから、ラジオ局でいつものバカ話をしながら、文化祭のイベントを紹介していく。
エルフの留学生たちのダンスやアリスフェイの舞踊などもあり、イベントは多い。
食堂の料理人たちから、昼定食のおすすめも聞いた。食堂は朝から満席で廊下に並ぶ人たちもいたから、俺たちは食べられそうにない。そんな俺たちを察してエリザベスさんが、ちゃんとドーナツを持ってきてくれた。
「ヒライって貴族連合の学生がいるだろ? 小人族とエルフの駅伝選手に絡まれていたんだけどね。『駅伝については何も聞かされていない』の一点張りで通していたよ」
エリザベスさんが褒めていた。
「本当に何も知らせてませんからね。ただでさえアリスフェイで開催するのにそういう公平性だけは保たないと……。でも、やっぱり選手同士の争いはあるんですかね?」
「国の威信をかけてる大会なんて早々ないからね。山賊上がりの冒険者もいるだろうし、傭兵だっているんだから」
「いや、傭兵はお金に対して真面目なだけですよ」
「ああ、そうだったね。どうもこの呪いは解けないね」
「呪い?」
「人を見た目で判断してしまったり、種族で差別したりすることはないかい?」
「俺は結構ありますよ。ラジオショップで店番をやっているとそういう目で見てしまう」
グイルはあるようだが、俺は心当たりがあまりない。無意識にやってしまっているかもしれないが……。
「ここは学びの場だよ。知識や知恵には貴賤はない。学校だけはどれだけランキングを作っても、種族や見た目で人を差別せず、ちゃんと向き合うことさ。きっとそれがこの学校の最も重要な文化だよ」
俺はエリザベスさんの言葉を聞きながら、自然とラジオの台本を書き換えていた。
自分に根付いてしまった差別意識を呪いと断じ、向き合うことでそれを解消しようとしている。学びの前に深さや広さはあっても貴賤はない。
きっとこの学校にいる職員さんも学生たちも先生もそれをちゃんと理解しているんだ。
窓の外を見れば、魔女たちの発明品をどうにか商売に繋げようとしている商人たちがいる。ダークエルフの学生に絡むエルフの商人を止めている留学生たちもいる。
「表に出れば、底抜けにずるがしこい奴もいるし、ぼろきれになるまで奴隷をこき使おうとする人間たちもいる。せめてこの学校の中だけでも、学ぶ者には優しくあってほしいね」
民俗音楽が終わり、ラジオを再開した時には、俺もグイルも同じことを考えていた。
いつでも学ぶ者に優しく、自分の中にある呪いと向き合うこと。成績のランキングを付けられれば羨ましくなったり妬ましく思うこともあるかもしれないが、根底には知識や知恵に貴賤はないという文化がある。
「今年は、エルフの繁殖期があって随分と迷惑をかけられたみたいだけど、実際、現場にいたコウジはどんな感じだったんだ?」
未だ多くの人たちが、自分の中にある差別意識に気づかせることから始めよう。
「夏休みの間、大森林に行っていたことは放送でも話したと思うんだけど、学術系の闇が深かったよ」
「闇ってなんだよ。具体的には?」
「ウタさんとか狙われていたと思うし、学術系の偉い人が教え子に手を出そうとするとかって話さ。うちの学校でそんなことをやったら、ヤバいだろ?」
「ヤバいなんてもんじゃねぇよ。貴族連合含めて特待十生もボッコボコにするんじゃない? エルフの学生が売春をしようとしただけでパレードが来るわけだからね」
「でも、師弟関係の恋愛ってない話じゃないわけでしょ? 前時代には精霊と勇者でさえ恋愛をしていたって歴史の授業でも習ったしさ」
「確かにな。じゃあ、エルフの老人たちは未だにフガフガ言いながら若い娘に手を出そうとしているのか?」
「いや、どこの種族にも自浄作用っていうのはあるらしくて、俺たちが闇を暴こうとしたら若い人たちが上の人たちを引きずり下ろしてたんだよ。要は知識や知恵を持つ人たちは尊敬するけれど、それ以外の部分で人格を無視してただ性欲を満たすため道具のように扱う人間は許さないという意識があったんだろうね」
「それだよな。さっきエリザベスさんとも話していたけれど、意識に囚われると呪いになるけど、ちゃんと意識的に闇に向き合おうとしないと差別とか迫害とか、そのままの状態で闇が深くなっていくから、なくならないんじゃないか?」
「その通りだよな。少なくともこの学校には、種族差別はないだろ?」
「まぁな。ダークエルフとエルフの歴史は学んでいたけれど、やっぱり知識や知恵を学ぼうとする者に貴賤ってないんだよな。夏休み明けはちょっとエルフの留学生たちが、やらかした同胞たちの話を聞いて品位を取り戻そうとしていたかもしれないけど、コウジが『大森林のエルフは自分たちで解決していた』って話をしてくれたから、全然気にする学生もいなくなったよな。むしろ何をやった学生なんだということの方が重要だよ」
「今日、文化祭に合わせてお越しくださったお客様たちの中には、未だにエルフへの差別意識や獣人や魔族に対しての意識、剣を腰に差している冒険者や傭兵たちに暴力的な意識を持つ人はきっと多いと思うんですけど、学校の中で無意味に剣なんか抜いた日には、すごくバカにされます。どういう種族なのか、なんの職業なのかは全く関係ありません。何をした者なのかだけが重要です。ダークエルフの学生に横柄な態度を取ったり、駅伝の選手にルートの情報を聞きだそうとしたりするのは一向に構いませんが、俺たち学生、この人物はなんの意識に囚われているのか、なんの呪いなのかしっかり見ていますから。バカにされる振る舞いには十分お気をつけください」
「まぁ、そんな奴はいないだろう! ここは学校だぜ!? 学ぶ者の領域だ。学ぼうとする気がない者が来ても面白くはない。しかも文化祭で、多様な文化を見に来ているのに、いちいち種族差別なんてする人間は、文化を理解してないだろう?」
「違いない。さて、そろそろ森でイベントが始まるようなんですけど……、ウインクは森にいるかな?」
そこで音声をロケ用の送信機に切り替える。
『いるよー! こっちはマジコさんのショーが始まるところ! ぜひ皆さま北の森をご覧ください!』
茜色に変わった空に、蝶が舞っていた。
「あれ? 冬にあんなきれいな蝶がいたか?」
枯れ葉に擬態する蝶なら、寒くても見たことがあるが森を飛んでいるのは色鮮やかな蝶だ。しかも大きな羽を持っている。
「もしかして魔道具か……?」
「「「わぁあっ」」」
窓を開けると観客の声が聞こえてきた。
森から無数の蝶が飛んでいる。ただ一定時間飛ぶと魔力が切れるのか葉っぱのように落ちていく。
『これ、ただの厚紙ですか!? いや、違う。これ書き損じの書類ですね!?』
どうやらマジコは事務局や職員室で書き損じた書類や誤字だらけの本などを分解して、魔道具を作ったらしい。命を与えられるマジコならではの魔道具だが、エディバラの魔道具師たちもどういう原理で蝶が飛んでいるのかわかっていない。
ヒュー、パァン!
日が沈めば魔女たちのショーが始まる。枯れていた森が色鮮やかな緑に変わり、魔法を打ち上げていた。アグリッパはオルトロスのポチの火の輪くぐりを見せていたし、ドーゴエはゴーレムたちとジャグリングを披露していた。そんな特技があったのか。
さらに日暮れから客たちにも酒を振る舞っていいことになっている。
「さぁ、ここから夜の文化祭の本番です! マフシュ先輩、お酒の用意はできていますでしょうか!?」
聞こえているであろうマフシュに声をかける。
「おおっと! 校舎裏の広場には、下処理をされたワイバーンが一頭出てきたぞ! ここでついに竜の学生の登場だぁ!」
リュージが広場に出てきて、ワイバーンの丸焼きをやっていた。
「正面玄関では、ゴズ先輩とラックス先輩による影と光のショーが始まります!」
真っ暗な正面玄関の床に、光が灯り、ゴズ先輩による影絵の劇が始まる。毎年、いろんな演目をやるらしいが、今年は風の勇者が大森林の世界樹を燃やした話をやっていた。前夜祭でも披露してくれたので、ラジオ局員たちも皆見ている。
駅伝で、エルフの国に負い目を感じさせないようにしているわけだ。
俺たちラジオ局員は、駅伝はなるべく公正に審査してもらいたいと思っているが、審査員だって人間だ。どうしても私情が絡む。
エルフのことを話題にすれば、駅伝の審査員たちも特別視しなくて済むようにと思っていたが、先輩たちは自然とやっていた。
これだけやってレベルの高い駅伝の審査員たちが私情を挟めば野暮となる。
改めて最高学年の気遣いに驚かされた。
文化祭は二日間続き、無事に終わっていった。
優勝はマジコだった。エディバラの魔道具師の目を丸くさせたんだから異論も出ない。
酒に溺れた客が、王都に出て裸踊りを披露したらしいが、ほとんど学生たちも寝ていたので、誰が踊っていたのか見逃した。
文化祭の片付けが終われば、年末の試験が始まる。
グイルもミストも時間がないと言いながらも宿題はきっちりこなしていたし、ウインクも「短期記憶だけはあるのよね」と台本を覚えるように教科書を丸暗記していた。
俺はとにかく留年だけはしないようにと必死で頭に詰め込んだが、たぶんギリギリだ。
そして、今年はちゃんと卒業式が行われた。別に学生たちは出なくてもいいのだが、俺たちラジオ局は、わざわざ仕立てのいい服をメルモさんから渡されて、しっかり録音しておいた。
「去年も思ったけど、ゴズさんとラックスさんがいなくなるってあんまり考えられないよね?」
「ゲンズブールさんは何度か来てるからかな」
「いや、頼れる先輩がいなくなるってことに慣れないんだよなぁ」
「それだけ学生たちにとっては精神的な支柱だったのよ」
「そういや、特待十生はどうなるの? 二人抜けるわけでしょ?」
「マジコさんは確定じゃない? ちょっと能力的に異常だもの」
「後輩から一人選ぶんじゃないかな?」
「リュージくんかな?」
「いや、ヒライだろう?」
「リュージは能力が高くても竜だからな。それ以上の働きはない。ヒライは貴族連合のイメージを変えたから、かなり優秀だと思うよ」
「影響力かぁ。それは確かにあるかもしれない。実際、駅伝の選手だしな」
予想の通り、特待十生はマジコとヒライに決まった。
学生たちの親や親戚が集まる中、俺たちは卒業していくゴズさんとラックスさんと話をすることができた。
「卒業したら、何をするんですか?」
「俺はアペニールの農業大学に行くよ。強さを求めないと考えると、自然とそうなる」
「私は北極大陸に行く。光の精霊に身体を奪われたのが、結構残っていてね。強くなりたいとかそういうことじゃなくて、ちゃんと光の作用について研究するつもりよ」
「あ、もちろん駅伝は見ていくけどな」
「それは私もね」
「二人とも離れ離れなんですね?」
「でも、たぶん何か作るとは思うぞ。俺たちみたいに悩んじゃう奴らは、会社と言うか、ギルドみたいなものはあった方がいいと思うんだ」
「私もそう思ってる。どうせ光と影なんて腐れ縁だから、連絡は取り続けるよ」
「そうですよね」
二人とも明るく卒業していった。
空気は冷たく、誰を見ても鼻が赤い。別れの涙も、社会に出る期待も、卒業生たちの目には映っていた。
もうすぐ年が明ける。