『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』49話「駅伝の準備に文化祭の準備、やることは多め」
収穫期に入り、総合学院から学生や先生が減っていた。俺たちラジオ局は、昨年の状況も踏まえて、おそらくこの期間しか勉強ができないんじゃないかと先生方に試験の範囲を聞いて回っていた。
「だいたい全員が駅伝に参加するんだから、ラジオ局は回らないわよ」
駅伝でも司会を担当するウインクは、宿題をこなしていた。
驚くことにミストもグイルも、これだけ授業以外の活動をしているというのに成績は優秀だ。俺はだいたいギリギリの成績か、評価できないとされている。
「俺なんか、自分の親が何人勇者を倒したのかもわかっていないっていうのに……」
「それは知っておくべきだわ。直接倒した勇者はいないからね」
「コウジなんて知り合いばっかりなのに、なんでわからないんだよ!」
「爺ちゃんと婆ちゃんが勇者なわけがないだろって思ってるからだよ。アイルさんがなんの勇者にもなってないとかよくわからないだろ!? あとセスさんはルージニア連合国で一夫多妻制をやろうとしているのか、本人に聞いたことすらないことを教科書で知るんだぜ。魔物学でもリッサ師匠とベルサさんたちが解明したことが多すぎて、どうやって体系化するんだよ」
「そうか。コウジにとっては繋げる作業が大変なんだ」
「コムロカンパニーがやってることが多すぎて、五択になってるってことはあるんだよなぁ」
「でも、ナオキ社長は基本的に国には関わらないって言ってるんでしょ?」
「面倒なことからなるべく逃げているはずだよ。どうしようもなくなった時にしか働きたくないって言ってたけどね……」
「でも、戦争は止めるんだろ?」
「うん。うちの親は矛盾だらけだな。現代史は諦めよう。面倒だから本人たちから聞く」
俺たちは自室で、ミストが入れてくれたお茶を飲みながら、ひたすら各授業の先生に渡された過去問を解いていった。不思議なことに自分一人だと投げだしそうになるのに、周りに誰かがいると問題に向かうものだ。
テーブルには4人それぞれのやることリストが張りつけてあり、終わったのをチェックしていく。
「攻撃魔法の論文は?」
「書いた。ミスト、確認してくれる?」
「いいよ。『非詠唱の属性魔法について』か。コウジってこんなに遠回りして魔法を使ってるの? 精霊への詠唱を使った方が楽じゃない?」
「楽をすると後でしっぺ返しを食らうからね。空間の精霊にも、アイテム袋の整理しろって言われたしさ」
「ああ、そうか。なるほどね。さすが駆除人の息子だわ」
「グイル、ラジオショップの改修工事は決まった?」
ラジオショップの売り上げが大幅に上がり、税金で半分ほど持っていかれそうになっているため改修工事をすることになっている。
「決まった。今週中には二階と三階の工事が入るってさ」
「よかった」
「あと新規事業の件なんだけど、大半は駅伝に使うとして申請書類の作成は人に頼んでるか?」
駅伝は国の一般道を使う他、領地をまたがって行うため、いろんな調整をしないといけない。もちろん国王の一言でやることは決まっているが、ルートがバレてしまうと結果に影響が出てしまうため、なるべく少人数しか知らないようにしないといけない。
もちろん、ラジオ局員たちも選手になり得るので、教えてはいない。
「うん。頼んでる……、というか、そろそろ来るんじゃないかな」
コンコン、ガチャ。
「やっぱりここか。ラジオ局に行ったらいなかったからラジオショップかと思ったけど、確認しておいてよかった。悪いけど、隣の部屋に我々夫婦がこれから何度か滞在することになると思うからよろしく頼むよ」
ゲンズブールさんがにこやかに挨拶をしてきた。
「大統領命令でね。駅伝運営の手伝いを仰せつかった。魔族領も関わっていることを示しておけば、蓄魔器の販売も公平性を保てると言っていたが、魔族領としてはおそらく不正が目的だと思う」
「え!? それじゃあ……!」
「面白くない、だろ? 大丈夫だよ。俺がいる。絶対にバラさない。むしろ各領地については我々夫婦は知識があるからね」
「いくつかダミーのルート候補を作って攪乱するから、そのつもりでいてね。年が明けたら発表しましょう」
ゲンズブール夫妻は軽い打ち合わせをして荷物を置き、各所への挨拶のため去っていった。
「こう言っちゃなんだけど、こういう世界的なレースになるとちゃんと各国が秘密兵器を出してくるものなんだね」
ミストが感心していた。
「各国にゲンズブールさんクラスがいるのか?」
「いるんじゃない? そもそもそういう人たちが集まっているのが、この総合学院なんだから」
「そうだよな……」
当たり前だが人の数だけ才能も違う。勇者たちのような強さとは別の才能を持つ人たちがいるはずだ。
「区間でも分けるから10人くらいは必要なんだよな?」
「そう。どこで休むのかとかも含めて戦略を立てられるかどうかだよ」
「まとめる力も必要ね」
「そうかも」
俺たちは駅伝を考えつつ、学生として宿題を頑張るしかなかった。
コンコン……。
意外と、俺たちの部屋に勝手に入ってくる学生や学校職員は少ない。
「はーい」
ウインクがドアを開けると魔女が立っていた。塔の魔女たちの一人だろう。
「文化祭の実行委員なんだけど」
「ラジオ局で申請書は出してませんか?」
「ラジオ局は大丈夫なんだけど、商品や催し物の紹介をお願いしたいのよ。二年分出店したいっていうところもあって今年は別の盛り上がり方をしそうなの」
魔道具学や薬学、家庭科学はもちろん、鍛冶師たちやエルフの音楽家たち、舞踏なども文化祭では披露される。
「ああ、そうですよね! もちろんラジオで紹介はしますよ」
「商品はラジオショップにも置きますか?」
グイルが魔女に声をかけていた。
「それもお願いしたいわ。学校だと入りにくいって人もいるでしょうから。あと、歴史学の学生の一部がバルニバービ島の戦いについて演劇をしたいと言っているんだけど……」
「はい。勝手にやったらいいんじゃないですか? あ、トキオリ爺ちゃんに話を聞きますか? シャルロッテ婆ちゃんは面倒くさがってこないと思いますが」
「夫婦でいらっしゃらない?」
「たぶん。新しいお菓子でもあれば別ですけど……」
「わかった。ちょっと家庭科学の学生たちに協力してもらうように言ってみます」
「じゃあ、俺も連絡してみます」
魔女が去ると、俺たちは自分たちがすっかり文化祭を忘れていたことに気づいて、焦り始めた。
「いや、忘れていたわけではないよ! 蓄魔器だってできてるしさ!」
「駅伝の選抜試験はいつなの? どうせ各国で特訓だってあるでしょ? 文化祭に私たちは出られるのかな?」
「まだ一ヶ月以上あるのに、どうしてこんなに時間がないの? 一日だって無駄にできないじゃない」
「スケジュール表を作ろう。どっちにしろラジオ局もラジオショップも開けないといけないんだからな。ジルのスケジュールの確保が最優先だ。どうやっても助けてもらわないと無理そうだから」
「了解。他に暇な上級生はいないかな?」
「ゴズさんとラックスさんは、レベル的にもう駅伝には出れないよね?」
「どうかな。ちょっと聞いてみよう。シェムさんとダイトキさんはどうだろう?」
「あの二人こそ文化祭でダンジョンを披露するんじゃない?」
「リュージがいる! あいつは確保しておこう」
急いで、ジルとリュージに文化祭までのスケジュールを聞いて、ラジオ局とラジオショップへの協力を要請。「しっかり報酬は払う」と言うと、了承してくれた。
「そんなに人が足りてないの?」
ジルはあまりに情けない俺たちの様子を心配してくれた。
「ラジオの番組が放送できなくなっちゃうからね」
「あ、そうか……。ちょっと待ってね。友達にも聞いてみる」
「あ、本当? 頼むよ。駅伝に出場するかもしれない局員が二人いて、俺は運営に回らないといけなくてさ。ウインクは実況があるからさ」
「なにそれ、全員いないじゃない!?」
「そうなんだよ。文化祭の時期は一番忙しいかもしれない。ちゃんと正月迎えられるのかな?」
「わかった。とにかくラジオを放送し続けて、店番ができればいいのよね?」
「そういうこと。できる?」
「大丈夫。ラジオ局は仲が良すぎて見えてないかもしれないけれど、ラジオに協力したいって人は結構いるから、任せて。伊達に年は取ってないよ」
エルフのジルは胸を張っていた。見た目は俺たちと同じくらいでもエルフは倍くらいは年を取っている。すっかり王都にも馴染んだジルなら人付き合いもしているだろう。
翌日の夜、花屋の一家とアリスポート商店街の会長と副会長の中年男性二人、それから貴族連合の女学生一人と回復学科の先輩、魔体術と攻撃魔法学を受講しているという後輩がやってきてくれた。リュージはなぜか留守だった。
「皆、協力してくれるって」
ジルの顔が広いことはわかった。
「学生は授業と試験に差し支えない程度に手伝ってほしいんだけど、あの……、大人の方々は、お仕事、大丈夫ですか?」
「冬はほとんど花が咲かないからね。うちの店はそんなに開けてないし暇なのよ」
店長のおばさんは笑っていた。ラジオショップの店番は任せてほしいとのこと。ラジオショップの近くに花屋はあるので問題ない。
「商店街のお二人は大丈夫なんですか?」
「大丈夫も何も、駅伝に協力しないと後で何を言われるかわかったもんじゃないよ。なんでもいいから協力させてほしい」
「例年、正月付近は故郷に帰る人たちで王都は閑散としているはずなんだけど、今年は駅伝があるからって、宿の予約が始まっているんだ。しかも駅伝の選手たちも一度、アリスポートに集まるんだろ? 場所が足りないんだ。文化祭が終わったら、すぐに学校の教室を貸してくれないか。ベッドだけなら組み立て式のものを持ってくるからさ」
「わかりました。それではちょっと事務局に行って申請を出してきます」
選手含めサポートの人たちにも宿がいる。王都で足りないのだから、各地の町でも寝床は足りないだろう。やはり駅伝は冬の野営が肝なのか。
「駅伝には協力するようにと校長から言われていますから、教室の使用は問題ないかと。むしろ魔道具の工房などは片付けないといけないかもしれませんね」
事務局の職員は、そう言ってため息を吐いていた。アーリム先生は掃除ができないことで有名だ。
とにかく、集まってくれた人たちにラジオの放送中にラジオ局員が何をしているのかを見てもらった。俺が台本を書いてウインクに渡し、番組を進行していく。今日はゲンローたち鍛冶屋連合が来て、今年の文化祭で出すナイフや括り罠、フライパンについて説明した。
「今年は前期に罠にこだわりすぎていて、冒険者の方には一度使ってみてほしいくらいだ」
「そこで調理用のナイフと、野営用のナイフは分けた方がいいってことに気が付いて、ナイフの種類もたくさん取り揃えることになるから見てほしいね」
「皆、毎日火傷をしながらも回復薬を塗って頑張ってます。今年の鍛冶場はちょっと違うかもしれないよ」
「そもそも蓄魔器の魔法陣の銅板も結構作ったからなぁ……。あ、これは言っちゃダメだったか?」
「ゲンローさん! まぁ、いいですけど。学生鍛冶師たちの腕はラジオ局が保証します。かなり繊細な魔法陣でも丁寧に削ってくれますから、もし駅伝に出る選手たちは文化祭で確かめてもいいと思いますよ」
ウインクが上手く返していた。
鍛冶師たちへのインタビューが終われば、そのまま商店街の宣伝に移る。
「え? いいのかい?」
「いいですよ。旬の野菜や魚、流行りの服でもなんでも宣伝してください」
アリスポート商店街の会長たちを放送に出した。
「だったら、今収穫しているカラバッサやペピーノは美味しいよ。魚もトラウト系の魔物が釣れているはずだから、塩焼き蒸し焼きなんでも美味しいはずさ」
「秋物冬物のコートは、売れ筋のゼファソンモデルのものは入った瞬間になくなっちゃうね。セールで3日後には来るはずだから、よくお店を覗いてみて。もしかしたら船便が遅れるかもしれないけど、その時は悪しからず」
しっかり宣伝していた。
「一応、私はゼファソンの社員なので、もし丈が長かったら、お直しはしますので学校に持ってきてくださいね」
ウインクもちゃっかり宣伝していた。
その後、学生たちのお悩み相談や俺とグイルのバカ話などをした後、番組が終わりそうな頃、ウタさんがラジオ局の窓から入ってきた。
おそらく駅伝の選手選抜についてだろう。ウインクはすぐに察してウタさんにマイクを渡していた。
「駅伝の選手選抜委員会の者です。アリスフェイでは本日10日後に、アリスポート西側の廃村訓練場にて、選考会を行います。選手を希望する方々は遅れずに来てください。また、これは各国の選抜委員会にも改めて通達いたしますが、最も重要なのはレベルではなく理解度です。理解力を試す選考会をお願いいたします。何を理解するのかは各国でお考え下さい。それではよろしくお願いいたします!」
「さ、文化祭も駅伝も盛り上がってまいりました! 学生たちも含め、冒険者の皆さん、行商人の方々も是非、選考会への参加をお待ちしております!」
ウインクが締めて、ラジオ放送は終了。イレギュラーもあったけど、協力者たちには番組作りが伝わったと思う。
「これ、たぶん話しながら台本を書くのは、すぐには無理だから書いておいてくれないかい?」
花屋の店主が台本を見ながら聞いてきた。
「ああ、わかりました。わからなくなったら音楽を流してもらえればいいので。ジル!」
「うん。了解。学生たちはいつも聞いているからわかるでしょ?」
「わかるけど……。いや、話しながら次の展開を書いて指示をするなんて無理よ。コウジくんみたいには出来ないからね」
「わかりました」
「ミストさん、ミキサーって音量の調節ですよね? どのマイクなのか書いておいてもらえます?」
「わかった」
「グイル氏、どうやって短く説明する技術を習得するのだ?」
「ええ? どうやってって……。コウジも含めて、専門家ってわけのわからないことを喋るだろ? 一般的に生活していたら使わないような単語なんだよ。それを噛み砕いているだけって感じかな。ラジオショップでお客さんと生活についての会話をするといいよ。俺たち学生は勝手にわかっているもんだと思っていることって多いんだよ。でも、普通の生活では、単位がどうとか、授業とか、先生の特徴とか知るわけないだろ?」
「なるほど、そういうことをわかりやすく伝えているのだな?」
「まぁ、そうだね」
いつの間にか俺たちは、ラジオ局員になっていたのだろう。俺たちが当たり前のようにやっていたことでも、初めての人たちには難しい。
「徐々に覚えていってもらえたらいいからね」
全員に伝えて反省会は終了。ウタさんだけが残った。
「アリスフェイの選考会は私に任せていいの?」
「いいですよ。というか、グレートプレーンズと魔族領も同じ基準なんじゃないですか?」
ウタさんに関わる国々だ。
「まぁ、そうだね。選考会の日程もほぼ同時にしてもらった」
「全世界同時に駅伝の選考会ですか?」
「そう。選考会は4人それぞれが自分の役割を理解しないといけないし、最低でも二日はかけてもらうことにした」
「冬の野営ですか?」
「駅伝そのものの理解度はそれだよね。あとは蓄魔器の理解度も試さないといけないし」
「そういう理解力を試すんですね?」
「うん。レベルによる力業を見せられても、結局個人技になっちゃうでしょ。見たいのはチーム力と、普通の人たちがどう蓄魔器を使うのか、じゃない? 選手がそれを見せてくれれば、一番いい」
「確かにその通りです。俺が予想していない使い方をしてほしいですね」
「魔法国エディバラには期待しているけど、ダークホースが来るかもしれないし、今から楽しみだよ」
ウタさんは笑いながらそう言った。俺もそれを聞いて思わずにやけてしまう。
「うわっ。二人とも悪い顔しているよ」
台本を取りに来たウインクが、にやついている俺たちを見てツッコミを入れてきた。
「「え!?」」
「企んではいるけど、悪いことではないよ」
「そうそう。死にかけるかもしれないけど、実力を見ないとさ……」
ウインクはそれを聞いて一歩下がった。
「大丈夫。駅伝は誰も死ぬようなことじゃない!」
「わぁー! 死ぬ気で頑張れってさ!」
ウインクは走り去ってしまった。
「ウタさんが珍しく真面目な顔をするからですよ!」
「コウジがもともと変な顔だからだ!」
「ひっで!」
「まぁ、いいや夕飯食べよう。エリザベスさんが、冬の氷菓子を作ったみたいだよ」
「本当に!?」
俺たちはラジオ局から出て、食堂へと向かった。
冬の氷菓子は、アペニールのダイフクのようなアイスで、餡の代わりにシャーベットが入っているものだった。温かい暖炉の周りで、外側を溶かしながら食べると美味しいとのこと。
「本当に美味しいわ。総合学院の学生たちだけズルくない?」
「ズルいと思います。これは年間通して売りましょう。アーリム先生にアイスボックスを頼んでおきますか」
「何でも判断が速いわね。まだ試行錯誤中だから、商品化まではもうちょっと待って」
料理長のエリザベスさんはまだ美味しくなると思っているようだ。
「すみませーん。ワイバーンを取ってきました!」
厨房の裏からリュージの声がした。
「おう。そこに置いておいてくれ。後で解体しておくから」
「お願いします!」
「リュージ! ラジオの説明に来なかっただろ!」
俺が声をかけると「やべっ!」と逃げ出そうとしていた。ただ、俺とウタさんがいるので、すぐに観念したように食堂にやってきて、何事もなかったかのように俺のアイスを食べ始めた。
「おい……」
「腹が減ってたんだからしょうがないだろ。それにしても、このアイス美味いな」
「ラジオの機材については、みっちり教えてやるからな」
「送信機とマイクがあればいいんだろ? 大丈夫だよ」
「いや、もっと機材は多かったぞ」
ウタさんが言うと、リュージは目を丸くしていた。
「本当に? 俺、3つ以上は覚えられないぞ」
「まぁ、いい。竜の頭でもわかるように説明してやる。どうせ南半球に帰ったら、竜の学校にあるラジオ局は、リュージが局長を務めることになるんだから」
「え!? 聞いてないけど!」
「言ってないからな」
「竜がラジオの局長になっていいんですかね?」
リュージはなぜかウタさんに聞いていた。
「いいんじゃないかな。長生きだし、やりたい放題かもしれないよ」
「世界樹の魔物も食べたい放題?」
「うん……」
「よーし、じゃあ、やろうかなぁ」
ちょろい竜を引き入れながら、食べるアイスは格別だった。