『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』幕間話「砂粒の中からガラスを探す方法」
『砂粒の中からガラスを探す方法』
コウジからの依頼で私は新年の駅伝に関してルールを決めることになっていた。最低ラインを決めないと選手が死んでしまう。駅伝とはいえ、4人一組のチームなので協調性も必要だ。アリスフェイ王国の各地を巡るため、状況判断もできないといけないし、数日にわたるため、体力管理も考えないといけない。そうすると、冒険者として熟練であり、野営、魔物への対応、探知能力なども必要になってくるはず。
まずは伝手を辿り、王都アリスポートのギルドで冒険者の訓練を見学。職員のアイリーンさんはにこやかに対応してくれた。
「見学は構いませんが王都にはいませんよ。皆、コロシアムや雑用ばかりで、旅を忘れた冒険者もいるくらいですから」
確かに王都の小さな訓練場では、剣をぶつけ合うようなコロシアム用の戦い方しか見ることはできなかった。魔法も即効性のものしか使わないようだ。長く走る駅伝では、荷物が重くならないまじないや、局所的な回復術の方が大事だ。一応、本人たちに聞いてみたが、「それで稼げるなら習得するが……?」とのこと。冒険をしない冒険者の方が主流だ。
「じゃあ、どうやって駅伝の選手を探したら……」
「田舎に行くしかないんじゃないですか?」
「でも、レベルを考えると……」
「レベル40以上となると王都にしかいませんけど……、ほとんどそれだけで稼いでしまいますから。駅伝に出て有名になるよりも、コロシアムで勝って有名になりたい冒険者ばかりです」
「冒険はしなくなってしまったんですね」
「ええ。夢よりもお金の方が大事になってます。でも、それはどこも同じでしょう?」
そう問われても、私の周りは夢ばかり追いかけている。古代のロマンを追いかけている家族や魔族の権利を求める父。幼馴染のコウジは、コムロカンパニーが達成できなかった蓄魔器まで開発する始末。現実を見ていたはずのマジコですら、人生の目標を立ててしまった。しかも人類が到達できるのかどうかもわからないような夢を目標にしている。
そうだ。私たちの世間と、一般社会とでは大きなズレがある。
「私の周りではお金を追いかけている人たちはほとんどいません。おそらくそれが私やコウジが社会で生きにくくなっている原因なのでしょう。社会への理解度の低さが人生の豊かさの足を引っ張っているような気がしてなりません」
「まぁ、ウタさんもコウジくんも特殊な環境で生まれ育ってますからね」
「特殊な環境を誇りには思っていません。父や母、コムロカンパニーがいなくなったとしても私たちの居場所が社会にあるのかどうか。おそらく私もコウジもずっとそれを探し続けるのではないかと思っています。世界中のどこへでも行けるのに、迷いながらでないと自分の居場所に気づけないんです」
「それこそ、誰もが同じなのでは?」
「そう……、でしょうか。必要以上の名声、余るほどの富、他者には理解しにくい行動力、そういう歪なバランスの上で成り立っている我々は社会の中で危うい存在なのではないかと、最近思うようになりました」
「大丈夫です。考古学も、駅伝も、蓄魔器も人生を豊かにします。これは間違いありません。もし、それが人を不幸にするのであれば、それを扱っている人間に悪意があるからです。あなた方の責任ではありません。胸を張って選考会のルールを作ってください。少なくとも私は楽しみにしています」
アイリーンさんは微笑みながら、私の迷いを晴らしてくれた。
「面白く盛り上がるルールをお願いします」
「わかりました」
面白くて死なないルールは難しい。
私はアリスフェイ王国の王都を出て、一路東へと向かった。冒険者ギルドを回り、駅伝に出てくれる冒険者を探した。いや、冒険を熟知している冒険者を探してみたという方が正しいかもしれない。
「冒険ですか?」
職員は皆、眉を八の字にして困ったような顔をしていた。
「ええ。野営をして魔物を倒し、好奇心が強い方はいませんか」
「何日もキャンプをするということですよね?」
「そうですね」
「その上、魔物にも詳しいと?」
「はい。そうじゃないと死んじゃうと思うので……」
「魔物には詳しいけど実力が伴っていない魔法使いや長期的な依頼を請けてはいるが、火力が足りないシーフならいるんですけどね」
「その方たちのレベルは?」
「レベル20前後ですね」
学生たちよりも低い。一応、依頼達成率を見せてもらったが、個人主義が強すぎて未達成のまま仕事を終えていることが多いようだった。
「レベルの高い人たちは王都へ行ってしまうんですよね」
「お金を稼げるからですか?」
「はい……」
お金をそれほど必要としない生活をしていたせいで、価値観が歪んでしまっているのかもしれない。
「お金はお嫌いですか?」
職員は眼鏡をかけ直しながら聞いてきた。
「いえ、そういうことではなくてあまり直接触れてこなかったものですから」
発掘調査の際に雇う人には支払うが、それは生活のためだと思っている。欲しい物をお金で買い集めるという習慣があまりない。今の私には、やはり駅伝の選手を決めるのは難しいのか。
結局アリスフェイ王国の東の果てにあるクーべニアに向かった。枯れ葉が舞う墓地には、犬の獣人が墓守として住んでいる。
「バルザックさん!」
「おっ、珍しいな。ウタちゃんじゃないか」
ナオキさんの元奴隷というこの老人は、幼い私やコウジをかわいがってくれた人物だ。
「どうしたらいいのかわからなくなって、ちょっと相談に乗ってくれませんか?」
「何もないがワインだけは美味しい土地だ。いくらでも相談には乗るよ。お酒は飲める歳になったんだろ?」
「ええ、まぁ」
バルザックさんが住んでいる小屋は増築を繰り返し、地下にちょっと大きな酒場のようなものがあった。
私はそこで駅伝と選手の選考について、自分の思いも含めてすべて吐き出した。
「お金は生活に関わることじゃないですか? 蓄魔器も生活に欠かせないものになる。なのに、私やコウジはお金について理解度が低いんじゃないかと思うんですよ。そんな人間が選考会のルール決めをしていいんでしょうか?」
「いいんだよ。コウジがレベル50までにしたのは平等性を保つためだろう? 蓄魔器はウタちゃんやコウジにとっては必要のない魔道具だ。でも、多くの人にとっては必要な物になっていくだろ?」
「そうですね」
「それさえわかっていればいい。重要なのは砂粒の中からガラス玉を見つけることだ」
「どういうことです? 熱しろってことですか?」
砂を熱してガラス玉を作るように選考する。意味は分からない。
「コウジは蓄魔器を高く売りたいわけじゃない」
「そうですね。むしろお金をたくさん持つと混乱します。それは私も同じですが……」
「でも、人々の生活が重要であるとは思っているだろ? つまり目先にぶら下がったニンジンではなく、駅伝がちゃんとその国の人々の生活にちゃんと関わることなんだと理解している人じゃないと、駅伝を走る意味はないんじゃないかな」
「つまり見通せる人間ということですか?」
「そう。しかもそれは夢物語ではなく優秀な成績を収めれば、多くの人々の生活が楽になることをちゃんと想像できる人間だ」
「なるほど……」
「誰ともわからないけど、他人の安心で便利な生活に対して想像できる人物で、なおかつ自分のやってきた冒険に自信があり、駅伝に対して心を燃やせる冒険者」
「そんな冒険者いますか!?」
思わず大きな声が出てしまった。
「でも、そんな人物になら蓄魔器を売りたいと思うだろ?」
「確かに……。そもそもそういう熱い思いのようなものを見る大会ですもんね」
「そう。実力者だけならいくらでもいるさ。ただ、実力者ほど蓄魔器は必要ないからね」
「ああ、本当だ。じゃあレベルよりも依頼の達成率とかで選考した方がいいかもしれませんね」
「そうそう。魔物と出会っても走って逃げていいんだろ?」
「ええ、それも戦略です」
「案外、貴族の息子なんかの方が想像力はあるし、駅伝を俯瞰した視点で見ているのかもしれんぞ」
「あ、そうか。ちょっと、そういう感じでルールを作っていきます」
ワインが入っていたが、私は羊皮紙に選考基準を綴っていった。
書き終えて改めて見返すと、こんな実直な冒険者はいるのかと思えてくる。
「こんな冒険者いますかね?」
「アリスフェイのどこかにいるのなら、きっと世界各国にもいるさ。見つけてごらん」
「はい。砂粒の中から飛び切り光るガラス玉を見つけないといけませんね。こういう冒険者がまだいることを願って」
「冒険者は夢を追いかけてなんぼの商売だ」
「ちなみにバルザックさんが出てもいいんですよ」
「いやぁ、老体に鞭を打ちたくはないよ。コウジによろしく言っておいてくれ」
結局その日は、クーべニアの宿に泊まり、冒険者ギルドで冒険者の資料を読みこみながら眠ってしまった。バルザックさんには断られたけれど、要はバルザックさんのような人ならいいということだ。いい指針になる。
クーべニアでは目ぼしい冒険者は見つけられなかったが、バルザックさんがいるのだから、根気よく探せばいいだけだ。
そう思って、マリナポートやザザ竹村などを見て回ったが、やはりいない。
「難しい。本来は募集したら来るようにしないといけないんだよね?」
コウジにも通信袋で逐一連絡は取っている。
『いや、募集したらそれなりに人は来ると思うんですけど、ウタさんには選出する基準を作ってほしいんですよ』
「うん。それはわかってるんだけどさ……。基準はバルザックさんにしたよ。魔物にも詳しいし、周りもよく見えるし、蓄魔器の重要性も理解できているってぴったりでしょ?」
『ああ、本当だ。俺が求めていた人ってバルザックさんだったんだ。まぁ、でもバルザックさんになら蓄魔器を売りますよね』
「そうなのよ。まだまだ回っていないところは多いから、ちょっと探してみるわ」
『お願いします』
私はクーべニアを南下。マリナポート周辺や中央森林地帯、西の海岸線の町まで行き、冒険者ギルドを訪ねた。蓄魔器に対して理解を示す冒険者たちも多いのだが、駅伝に出場することを考えている冒険者は少ない。
アリスフェイ王国では報奨金も出るはずだが、金額が決まっていないことや冬の野営の怖さなどの理由からしり込みをしている冒険者もいた。逆に商人たちからは「駅伝の選考会に行くつもりだ」という声が多かった。
「出場するだけでもラジオで放送されるんだろ? 店の宣伝にもなるし、行商人だったら指名されることもあるんじゃないか?」
「その通りです」
商売に繋がることであれば、商人たちの方が利に聡い。未来を想像できている人はいるのだから、冒険者の中にもいないはずはない。
再び中央森林地帯を抜けて山や川沿いの領地などを訪れてみたら、野菜の収穫をしている近くでテントを張っている冒険者を見つけた。
「何をされているんですか?」
「え? ああ、収穫中なんだけど、冬の野営の訓練さ。年が明けたら、駅伝があるだろ? 知っているかい?」
「ええ、もちろん。ラジオで何度も聞きました」
「そうか。俺はその駅伝に冒険者として出場したいんだよ。選考会があるらしいから、自分の冒険の腕が鈍っていないかついでに確かめているところさ」
「以前、冒険者をしていたんですか?」
「まぁ、見習い程度だけどね」
「いや、うちの婿殿、そこらの冒険者よりも冒険を熟知している」
背後からチョクロという野菜を抱えた老人がにっこりとほほ笑んでいた。
「なんたってアリスポートの総合学院出身で、アグニスタ家とも懇意にしていたんだから」
「やめてくださいよ。お義父さん」
アグニスタ家と言えばアイルさんの実家だったはずだ。総合学院にも親戚の子が在籍していると聞いたことがあるけど、その彼の友達か。
「総合学院出身だから、駅伝に出ようと思ったんですか?」
「あー、いや、そんなことないよ。でも、間接的にはそうかな。総合学院のラジオ局って、コウジって学生が勝手に始めたんだ。誰かからお金を貰っているわけでもないのに、ラジオショップまで開いて、学生たちが作ったオリジナルの商品を売っている。嘘をついて大げさに見せるわけでもなく、学生品質だからと卑下して安く売っているわけでもない。本当に品質の良い物しか売らない。だから彼らの作った物は信用できる。しかも、それが魔道具の補助として必要な蓄魔器なら、売れないはずがない。そうじゃない?」
この人は蓄魔器の重要性を理解している。
「確かに、コムロカンパニーが失敗しているのも見ているはずですから、それでも売れると考えての品質だとは思います」
「皆、きっとコウジのことをコムロカンパニーの社長の息子くらいにしか考えてないと思うんですけど、あいつそういうイメージとは違う育ち方をしているよ」
「そうなんですか?」
「ああ。会って話してみると、普通の兄ちゃんのような感じで、とんでもないことを言い始めるし、想像していないことしか考えていないと思う。なにより人を巻き込む力がすごい。もちろん、強いのは強いんだけど、人を巻き込んだ方が力を発揮するタイプだ。今回の蓄魔器の販売だって駅伝で広めようとしているんだぜ。面白いこと考えるよな。物売るだけなのに、別の体験をさせようって言うんだから、頭の中に脳みそが何個か入ってるんだよ」
「商売とイベントを同時にやっちゃってるんですね」
「そうそう。俺はもう学校にはいないけど、もしコウジが考えた企画で自分が参加できるなら絶対参加したい。去年は学校のダンジョンがぶっ壊れたみたいだけど、今回の駅伝だってなにが起こるのかわからない。わからないから面白い。ワクワクしかないよ」
彼は本当に楽しそうにコウジを語る。
「竜の乗合馬車で世界中、行こうと思えばどこにでも行けるだろ? でも、駅伝はまた違った冒険の匂いがするんだ」
「どんな?」
「自分を試すっていうかさ。自分一人だけの戦いじゃなくて4人一組だから、仲間の体調管理や休息の取り方、冬のアリスフェイの楽しみ方、魔物の対処まで、体力、知力、気力、全部使いそうだ。本当言うと、もう少しレベルを上げられるといいんだけど……」
「きっと駅伝中にも上げられますよ」
おそらく冒険者の一人は彼で決まりだろう。駅伝への理解度が高い。
「そうかな。そうだといいんだけど……」
「失礼ですけど、お名前を伺っても?」
「ああ、ロバートだ。コウジは覚えているかどうかわからないけどね。お姉さんは?」
「私は、ウタです。魔族領大統領ボウと元水の勇者リタの娘、ウタ・ホモス・レスコンティと申します」
「「え?」」
ロバートとその義父は口を開けたまま固まってしまった。
「しがない考古学者をやっていたんですけど、コウジに駅伝の選手選抜を頼まれて。ロバートさん、駅伝の選考会にはぜひお越しください。楽しみに待っております」
「……はい」
なんだか自分の名前を言うと恥ずかしい。
私は逃げるように空飛ぶ箒に飛び乗り、「では、また」と言って、上空へと飛んだ。
「やっぱり理解度ね。蓄魔器も駅伝も理解度が高いと、今何をやればいいのかがよくわかっている。魔物なんて閃光玉を投げて逃げればいいんだし、レベルよりも理解力だ」
私は王都まで戻り、冒険者ギルドのアイリーンさんに駅伝選手の選考基準を伝えた。
「ああ、なるほど。確かにそれはそうかもしれませんね」
「全世界で選手の選考をしている冒険者ギルドに伝えられますか?」
「もちろん可能ですよ」
「ではお願いします」
「わかりました。でも、ちゃんと伝わるかどうかはわかりませんよ」
「ええ、そうですよね。問い合わせがあって、伝わっていないようであれば私が直接説明しに行きますよ」
「いいんですか?」
「ええ。論文は空の上でもかけますから」
竜の乗合馬車は広いし、乗客も少ない。
数日後、早速ドワーフの国から問い合わせがあって、南半球へと飛んだ。
「どうにかレベルを誤魔化せる方法はないものかね? レベル50の制限があったんじゃあ、世界樹の管理人たちはどうにも出れないよ」
「出ないでください。代わりの者を選出するように」
「そんなぁ……。仕方ない。ちょっと早いけれど、子どもたちを育てるか……」
ルージニア連合国からも問い合わせがあった。
「連合国だから、東と西、中央に分けたいんだが、構わないか?」
「別に選手がいるならそれで構いませんよ」
「そうか。現地でフィーホースをレンタルしても構わないだろうか?」
フィーホースに乗るつもりか。
「構いませんけど、アリスフェイ王国の中央森林地帯は山道が多いですからね。それにレベル3、40の冒険者だとフィーホースに乗るより走った方が速いんじゃないですかね」
「そ、そうか……?」
「私はほとんどフィーホースに乗ったことがないのでわかりませんが……」
実家のある魔族領から連絡があり、ゴーゴン族のステンノさんに呼ばれた。
「駅伝の選手選抜をすると聞いた」
魔族領の軍の中でも結構偉い人だ。
「ええ、しますよ」
「ハーピーやグリフォンが選手でも構わないのか?」
「もちろん構いませんが、魔物がいる地域も通りますからね。一晩中飛べるのならいいんじゃないですか」
「無理か……。商人は一人入れないといけないんだろ?」
「ええ。4人一組ですから、いた方が他のチームとの連携や交渉も上手くいくと思いますけど」
「サキュバスのような者が交渉をしてもいいのか?」
「性交渉の見返りに何かを求めるということですか? ん~、それは魔族領の者としてやめてください。順位によって蓄魔器の量は決まりますが、そのほかにも駅伝での振る舞いについてのポイントがありますから」
「そうなのか!? わかった。やめておく」
各国、それぞれの戦略を練り始めているようだが、理解はしているのだろうか。