『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』46話「駅伝の準備と参加国」
「過酷じゃないとレースにならないだろ?」
「でも、確かにコウジの言う通り、レースで亡くなる人が出てはいけないとも思う。難しいところね」
ダンジョンマスター夫婦は真剣に駅伝について考えてくれた。
目の前には半人半獣の魔物が多く住む森が広がっている。できれば駅伝のルートとして使いたいが、魔物が強いため迷ってしまっている。
「対処法さえ知って入ればなんてことはないんですよ。去年亡くなった校長が昔研究していた場所なんで、魔物同士の連携もするし麻痺や混乱の罠も仕掛けてくるから、選手は四人一組になって対処しながら通り過ぎないといけなくなるから、四人の意味も出てくるんじゃないかと思ってるんですよ」
「どうやって仲間を助けるのかを見ることができるってことか」
「でも、これ知識がないと対処できなくない?」
「そうなんですよ。だから経験を積んだ冒険者が必要だし、自分本位の行商人だと魔物に襲われるんじゃないかと思うんですよね」
「別の職業の人間を見ながら、国民性を炙りだすにはもってこいか。忘れてたけど、蓄魔器を売るための試験という側面もあるんだよな」
「だとしたら、ここに運営の人間を配置したらいいんじゃない? 実況もあるんだし」
「ああ、そうですね。ウインクはそんなに強くないから……、俺の役割はここか」
「いや、コウジは運営のトップだから、別の者にやらせた方がいい。コムロカンパニーも勇者一行も来るんだろ? 誰かにやらせればいい」
「雇うとなると高くつきませんか?」
「大丈夫だよ。結果的には彼らのためになる」
「どういうことです?」
マルケスさんに聞いてみた。おそらく300年ほど生きているマルケスさんは親父とはまた別の未来のことが見えているのだろう。
「蓄魔器が増えると当然魔道具も多くの人の手に渡る。本来なら、それで魔法の価値が下がるように思えるが、彼らはそもそも魔法を使って実績を残している。魔道具を上手く使うにしても訓練が必要だろう。その訓練をずっと続けているから魔法のすごさも伝わるが、彼らの使い方の上手さ、真摯さが伝わる。悪用しようと思えばいくらでも使えたはずなのに」
「そういう信用は確かにあるかもしれませんね」
「そもそも魔道具以上の出力があるんだから、どうしたって彼らの地位は盤石なんじゃない?」
ソニアさんの言葉に「そりゃそうだ」と納得してしまった。
「とにかく、ここが前半戦の山場よね」
「復路もあるので最後の山場もここです」
「疲れ切った選手たちが、搦め手だらけの森に入るってリスクを冒すか?」
「別のルートもいくつかあって、遠回りにはなるんですけど安全な道もあります」
「それこそがレースの醍醐味じゃない? ハイリスクハイリターンよ。面白くなってきた」
考えている方もどうなるか楽しめれば、それが一番だ。
「もう一ヶ所くらい山場があるといいな」
「それについては、ここなんですけど」
地図を広げながら山を指した。
「火口じゃなくて反対側? 関所があったんじゃなかった?」
「そうです。峠があるんです。冬の峠だから、道が凍って走りにくいと思うんですよ」
「それは面白い。コケるとタイムロスになるから装備をするか、それとも全員でフォローしあいながら走るか、そういうことも見れるってことだろ? 行商人の持ってきたアイテムも重要になってくるな」
「しかも、ここスノウレオパルドの生息地域じゃなかった? いや、もっと北だったかしら?」
「強い魔物なんですか?」
「Bランクの冒険者がようやく倒すような魔物じゃないかな。森の中でワイルドベアやスノウレオパルドの恐怖に打ち勝っても、この峠があるわけでしょ。過酷だわ」
「火口付近はワイバーンの生息地だしな。このコースは脱落者も出るかもしれない」
「ここが後半の山場になるんじゃないかと思うんですよね。往路はルートを変えて、湖の方に回れるようにしようかと思ってるんですけど、山から吹き下ろす強風が吹き荒れているんですよ。しかも前までは竹林があったらしいんですけど、今は草原になってしまっていて風を避けるルートがないんですよね」
「冬だぞ。砂漠の行商人なら対処法も知っているだろうけど……」
「マント必須ね」
「俺はいつも魔力でどうにかしてきたんですけど、この前攻撃魔法の授業を受けてたら、そんなことをしている学生はいなかったんですよ。だから、体温管理とかも実はハードルになるんじゃないかと思ったんですよね」
「よく気づいたな。レベル50以下で常時魔力を展開している者なんて魔体術の傭兵くらいだから、いいハードルになると思うぞ」
「冒険者も行商人もちゃんと活躍できるようになってるのね」
「しかも蓄魔器の魔力を補充し続けないといけないんでしょ?」
「そうです。駅伝の間は魔石灯の灯りが消えていたら、消えた場所から再出発してもらうつもりです。体力もそうですけど、魔力のペース配分も考えて調節してもらいたいんですよね。魔物が出てきたら、魔道具に補充して対応するっていう手段もありますから」
「なるほど、魔道具の使い手も必要になってくるわね。ということは、冒険者、行商人、魔道具の使い手、それから地図を見てルートとペース配分を決める斥候のような人の四人のパーティーが、バランスが取れているってことよね?」
「そうなんですよ。結果的にそうなりました」
「この駅伝、よくできてるわ」
「正月二日目から五日までの四日間だろ?」
「そうです。春の初日から、蓄魔器の出荷を始めます」
「うわぁ、そうなると選考会も楽しみだね」
「面白いですか?」
「「面白い!」」
「じゃあ、当日ラジオ局員たちも選手として出場するかもしれないんで、手伝ってもらっていいですか?」
「もちろん、いいわ。ね?」
「おう。シオセくんたちも呼ぼうか。選手を守るなら、ああいう弓の名手も必要だ」
シオセさんはベルサさんの師匠の夫で、とんでもない距離から矢を当てる凄腕の弓使いだ。スキルの補正を超えた力を持っていて、俺は幼い頃にシオセさんから「俺は的当てや弓のスキルを取ってないんだ。たぶんスキルを取らない方が、可能性は広がるから結果的に伸びる」と言われてから、スキルの取得をためらうようになった。
本当に極めたいスキルほど、安易にポイントでスキルを取得しない方がいいのだろう。
竜の駅を見て回ってから学校に戻ると、二日も経っていた。
「ようやく帰ってきたのか? コウジは大物だな。あ、マルケスさん! お疲れ様です!」
ドヴァンさんは勇者のパーティーメンバーなのに、小物っぷりを発揮していた。
「君たち、どうせ駅伝には出られないんだから、ちゃんと運営側を手伝うようにね。相当、面白いぞ。今回は」
「はい。しかし、ほとんどコウジから聞いてなくてですね……」
マルケスさんに対して腰が引けている。
「コムロ家の計画はわかり難いから、何度か考える時間を作った方がいいぞ」
「そうですか……」
俺には親父譲りのわかり難さがあるらしい。
「ようやく帰ってきたのね。駅伝について説明してくれない? 誰に聞いても『コウジに聞いてくれ』としか返ってこないの」
セーラさんが階段を下りてきた。
「あら、マルケスさん、おはようございます。コウジと一緒だったんですか?」
「駅伝のコース決めさ。セーラちゃんも勇者の責任ばかり背負ってないで、たまにこういう企画に参加するといい」
「うっ……。そう、そうします」
「マルケスさんもっと言ってあげてください。なんでも背負い過ぎて土の悪魔がダンジョンから出ていかないんですよ。勇者の国だって、もっと放っておけばいいのに関わるから暴動が起こったりしてるんです」
猫族のグーシュさんだ。グイルの親戚ってグーシュさんかもしれない。
「力のある者は期待されるからね。ちゃんと突き放すことも大事よ。ちゃんとラインを決めて関わらないと中途半端な優しさがさらなる不幸を生むからね」
「似たようなことをナオキさんからも言われました。胸に刻んでおきます」
セーラさんは胸を抑えながら、片手で俺をひょいと脇に抱えて食堂へと向かった。連行される俺を誰も助けようとはしない。
マルケスさんとソニアさん夫婦はむしろ笑って手を振っている。
「助かりましたぁ~」
お礼だけは言っておいた。
食堂にて、朝食を食べながら駅伝について勇者一行に説明をする。途中でどんどん質問が飛んでくるが、答えられることは答えていった。
「蓄魔器の輸出に関係するっていうのは?」
「どうやっても平等に蓄魔器が世界中に行渡るのは難しいと判断して駅伝を考えたんです。順位によって量を決めれば、諦めもつくでしょう。ただの戦闘力による対戦にしなかったのは、強ければいいというものでもなく蓄魔器を平和利用してほしいからです。戦争に使用することがわかった時点で輸出は止めます」
「選手の中に行商人を入れるというのはどういうことだい?」
小人族のヘイズさんが聞いてきた。
「四人それぞれに違う役割を持った人がいた方がいいというだけで、バランスはその国々で違うと思いますよ。行商人も冒険者もなろうと思えば即日なれますからね」
「どういう役割を担うのかもそれぞれの国によって違うってわけね」
「そういうことです。コースを見て判断できる人が重要なんじゃないですかね」
「多様な選手が必要で、過酷なレースにも耐え、レベルが低い者と歩調も合わせられるかどうかも見ているってわけね」
「そういうことです」
セーラさんは概ね駅伝のルールがわかったようだ。
「パメラはどう思う?」
パメラさんは妖艶な雰囲気のエルフで、幻術スキルが得意だったはずだ。
「選手同士の戦い、またはサポート担当者による妨害行為なんかもあると思うんだけど、その辺のルールはどうなってるの?」
「駅伝が始まってしまえば、サポーターは竜の駅しかサポートできない決まりにします。他でサポーターが選手に触れれば、一発で選手含めて退場処分です。カピアラの棘で筋肉を増強したりすると、駅伝が終わった後の人生に関わることなので」
「じゃあ、選手同士の戦いはありってこと?」
「レベル50以下と言っているので、戦闘力にそれほど差がないと思うんですよ。結局時間がかかるだけで、順位が落ちるんじゃないですか。むしろ積極的に共闘関係の構築はしていいと思ってます」
「でも、それってウェイストランドとエルフの国が共闘できるってことでもあるでしょ? 隣の国同士だから、駅伝の前に連携を準備することも可能なんじゃない?」
俺は思わず笑ってしまった。歴史の授業では長年エルフの国がウェイストランドを迫害してきたことを知っているからだ。
「隣の国同士が共闘する可能性はあるかもしれませんね。でも、ウェイストランドとエルフの国は無理じゃないですか。歴史的に」
「まぁ、確かに隣の国同士はどこも仲が悪いわね」
「エルフの国は特にだろ? 今年の『月下霊蘭』の件でだいぶ世界中に迷惑をかけたからな」
ヘイズさんは笑ってパメラを見ていた。
「シャングリラみたいな小人族しかいない国じゃ、誰も共闘なんてしてくれないでしょ?」
「逆だ。行商人を選手に入れろってことはアイテムが重要なんだろ? 小人族ほど器用な奴らもいない。エディバラとも関係しているから、魔道具にも明るい。蓄魔器を輸出したとしてうまく使えない国に渡しても仕方がない。つまり駅伝を通してそういうことも観測し評価しているってことさ。だろ?」
ヘイズさんは俺に振ってきた。
「そういうことです」
「結局、金がある国が有利になるんじゃないか?」
「だったら傭兵の国の選手を雇えばいいんじゃないですか? 最後には裏切られると思いますけど」
「ああ、もう勘弁してくれよ。うちの親父が選考会に出てるんだから」
「シュナイダーさんが!?」
「コウジには世話になってるからってさ。あの親父。はっきり言っておくぞ。親父の言うことは絶対に信じるな。金なんか払ったら、その分だけちゃんと足を引っ張るからな。故郷の選手団には伝えておいてくれ」
ドヴァンさんは涙を流さず泣いていた。
「じゃあ、傭兵の国は出場するんですね?」
「ああ、知らなかったのか。コースの下見から帰ってきたばかりですから」
「えーっと、あったかな……。あ、これ出場の嘆願書ね」
セーラさんが手紙の束をドサッとテーブルに積み上げた。
「まだ選考会も終わっていないけど、駅伝の参加を表明する国は集まってきてるわ。北極基地の参戦は近年では珍しいんじゃない? それからアペニールの侍たちやシャングリラからは倉庫で鍛えた小人族たち、世界樹及びドワーフの国というのは南半球でしょ?」
「世界樹の管理者たちが来たらちゃんとレベルを測ってくださいね。あの人たちはレベルという概念が薄いので」
「それは注意書きをしておきましょう。グレートプレーンズも来るし、ルージニア連合国は、東部、中部、西部と分けて、参加できないかって聞いて来てるけど、どうするの?」
「ええ? 多いですよね? たくさん出ても輸出する量は変わらないですよ」
「わかった。そう返しておく」
「それから死者の国からも問い合わせがあって、ラジオ局員にも選手がいるっていう話なんだけど……」
「ああ、はいはい。本人から聞いてます。選手もいるのでコースに関しては喋れないんですよね。そっちの方が面白いですよね。お金や蓄魔器のことばかりなんですけど、せっかく駅伝をするからには楽しみたいじゃないですか」
「自分たちの楽しみのために、隠し通すってこと?」
「そうです。俺はルームメイトを一番信頼しているんで、一番楽しんでくれると思ってます」
俺の言葉にドヴァンさんは下を向いたまま、笑っていた。
「シェイドラ! 久しぶりに俺はゾクゾクしてきたぞ」
「私もよ。ドヴァン! セーラ。勇者一行が手伝わなくても私たちは絶対に駅伝を手伝うからね!」
「コウジくん、あんまり青春大好き人間たちに火を点けないでくれる? 早めに駅伝の運営委員会を立ち上げて!」
「運営のトップが公正公平な駅伝を望んでるんだ! 環境を整えてやるのが大人の役割ってもんだ。そうだろ!」
「狡猾さとズルの違いを教えないとね。私たちも楽しくなってきた」
ドヴァンさんとシェイドラさんは手をこすって興奮している。
「もう行くわ。いろいろと決まったら随時教えて、年末にはまた来るから」
「わかりました。お願いします」
勇者一行が食堂から出ていくのを頭を下げて見送った。
「コウジくん」
最後のグーシュさんが振り返って俺を見た。
「そのままでいてくれ。トップが迷うと、私たちも迷ってしまうから」
「わかりました」
グーシュさんは一度頷いて、去っていった。重要な契約をしたような気分だ。信頼を渡されたのだろうか。親父が前に言っていた「託したり託されたりすること」なのかもしれない。
「応えないといけない気分になるもんだなぁ」
俺は冷たくなった生姜焼き定食をかき込んだ。冷めても美味い。
半分くらい失敗してもいいかとも思っていた気持ちまで米と一緒に飲み込んだ。
やるからには真面目にやる。面白くなかったら全部自分の責任だ。俺ならできるという自惚れと、ミストとグイルの二人だけは楽しませるという期待を胸に、俺は階段を駆け上がった。
「ただいまー」
ラジオ局のドアを開けた。
「お、帰ってきた」
「おかえり」
「コースは決まったか? 言うなよ」
「お土産あるよ」
あれ? 一人多いな。
いつもの俺の席にウタさんが座っていた。
「なんでウタさんがいるんですか?」
「ウッドエルフのダンジョン調査が終わってさ。調査記録を書いて論文書いてたんだけど、コウジが駅伝をやるっていうから来たんだ。ウッドエルフの記録にも似たようなレースがあってね。当時はたすきを渡していたんだって」
「へぇ。ウッドエルフもやってたんですね」
「そう。しかも、ウェイストランドの草原も使って、ダークエルフの里同士の結びつきを確かめていたみたいなんだ。でも、ウッドエルフが消えて里同士の繋がりも薄くなったらしい。せっかく駅伝をやるなら、国同士が繋がれるようなことができないかと思ってさ」
「だから、サポーターたちが駅で店を出したらいいんじゃないかって思ってるんだけどどう?」
サポーターたちはレースの間は応援しかできないけど、駅でならいくらでもサポートできる。ただ、それは自国の選手に対してだけだ。アイテムを用意してこなかった選手たちはそこで脱落してしまうが、駅で販売していれば取り返せる可能性はある。
それもまた国力か。
「いいかもしれないな。まだ言えないんだけど、必要なアイテムはあるんだけど、用意してなかったら取りに帰るのも無理だしね」
「これ、柑橘ハニーマフィンね。ダークエルフが作ってたものを再現したんだ。長く走る時の栄養補給にはいいみたいだよ」
細長いマフィンだが、食べやすい大きさで蜂蜜の甘さもそれほどなく、柑橘の輪切りがあっさりとした食感で美味しい。
「これは美味しい。ウタさんもちょっと手伝ってくださいよ。ラジオ局員も選手として駆り出されるから人手が足りないんです。今年は発掘作業を手伝いましたよ……」
「石像壊したけどね。まぁ、でも、いいよ。親も手伝ってやれって言ってたし」
「リタさんが?」
ボウさんには話したけど、リタさんも期待してくれているのか。
「両方。なんか、駅伝が終わったら、コウジは学校を辞めないといけなくなるかもしれないって」
「「「「ええっ!?」」」」
俺だけじゃなくて、ラジオ局の皆も驚いていた。
「なんでですか?」
「蓄魔器を開発して広めたら、やることがなくなるんじゃないかって言ってたけど」
「いや、なくならないんじゃないですか。普通に学ぶことは多いですよ。だいたいラジオ局だってあるし……」
「でも、教師が教えることがなくなっている感はあるね。図書館でソフィー先生がちょっと悩んでたよ」
図書館に入り浸っているミストが目撃したらしい。
「ソフィー先生のお陰で、属性魔法を使えるようになったんだけどなぁ」
「でも、ダンジョン学とかは、もう助手じゃん」
「た、確かに。授業に迷惑がかかるのかな」
自分より稼いでいる学生がいると、教師は教え甲斐がなくなるのだろうか。でも、貴族の学生だっているだろうに。
「だから、ゲンズブールさんは図書室で寝てたんじゃない?」
「うわぁ、ありうる! でも、まだまだ受けていない授業はあるよ」
「もっと単純に蓄魔器の製造で忙しくなるんじゃないか? 会社は作るんだろ? ラジオショップで行くのか?」
グイルはリアルなことを聞いてきた。
「会社っすかぁ。グイル、社長やる?」
「荷が重いよ」
「だよな。ええ、めんどくせぇ……」
「今日一、面白い顔してるよ」
ウタさんは笑っていた。