『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』41話「蓄魔器の実力」
「ほとんど魔石灯じゃないか?」
「そうです」
ゲンローにピッケルの増産を頼みながら、蓄魔器の試作品を見せた。
「底に銅板に描いた魔法陣とかも仕込めるようになると、使い勝手はよくなると思うんですが……」
「ああ、なるほどな。それはいいかもしれない。魔法陣だけ描いておいてくれ」
俺は使う魔法陣をメモ書きに描いた。中のゼリーを冷やしたり、ランプとしてだけでなく、獲れたての肉や薬草を冷やしたりもできるだろう。
「この上に穴が空いてない?」
ゲンローと話を聞いていた鍛冶屋連合の先輩が尋ねてきた。
「骨を差して簡単な祝詞を唱えると、シンメモリーズが出てきて魔力の補充が早いんですよね。ミストが今、国の死霊術師たちに安全かどうかを聞いているところです」
「へぇ。ペーパーワークも進めてるってことね?」
「魔道具の新製品は結構、申請書が多くて大変なんですよね」
「だろうな。俺も本当に作る奴がいるんだなぁ、と思ってるぞ」
ゲンローもちょっと引いているらしい。
「蓄魔器はこの大きさでいいの?」
「いいです。というか、この中に納まるくらいしか魔石はすぐに大きくならないんですよ。実験したんですけど、いろんな圧力がないと限界があるみたいで」
「じゃあ、価格が崩壊するようなことはないってことね?」
「大きい魔石に関しては変わらないと思います。むしろ上がるかもしれません。ただ、小さい魔物しか倒せないような冒険者でも、魔石をある程度大きく出来るんで、その日暮らしじゃなくなるって感じです。蓋が開くんで取り出しやすいですし」
「いいことしかないじゃない?」
「俺もそう思ってるんですけど、ここからさらに実証実験です。すでに冒険者ギルドには試作品を提出しているんですけどね。まだ、検査に時間はかかるみたいで……」
そもそも冒険者用の魔道具はだいたい武器や防具ばかりで、どう評価していいかわからないらしい。
「お、こっちにいたか」
アグリッパとドーゴエがやってきた。
「冒険者ギルドで試作品の依頼を請けてきたんだ」
「いや、先輩たちは別にこの蓄魔器を使わなくても、普通に魔物を倒せるじゃないですか」
「そうなんだけどな……」
「私たちも付いていくから」
ウインクとミストが後ろにいた。蓄魔器の製作者でもあるし、使い方もわかっている。
「なら、いいか」
「私たちも付いて行っていい?」
いつの間にか、マジコとリュージもいた。
「え? 何やってんの? 試作品の実証実験? 行くけど?」
塔の魔女たち二人も来るらしい。
「いや、多くね? 多ければ安心か。じゃあ、いってらっしゃい。俺はグイルと販売戦略を考えるわ」
鍛冶場にあったピッケルを2本持たせて、冒険者たちを送り出した。
「じゃあ、作っておくから」
「お願いします」
鍛冶屋連合と繋がりがあってよかった。特待十生で本当によかったかもしれない。
グイルは魔道具の工房で銅板を叩いていた。
「アーリム先生がおかしくなっちゃった」
「ええ? なんで?」
アーリム先生は、部屋の隅で魔石に蜂蜜をかけ続けている。
「何やってんですか?」
「いや、魔石は大きさだって言うから、ほら去年シェムが大きくしたみたいに、大きくする実験をしているのよ」
「時間をかければ、そりゃ大きくなりますけど、売れないんじゃないですか?」
「なんで? そうなの?」
「だって、魔石のハチミツがけでしょ? 透明度が低くなるだけで、別に……」
「そんなぁ……」
「真面目に働きませんか? あの、幾つか魔法陣を描いた銅板を作ってほしいんですけど」
「稼げる?」
「どうかわかりませんけど、普通に授業をやれば給料は入るんじゃないですかね?」
「あ、そうね」
「この前作っていた、生活に使う魔道具はちゃんと売れたんですか?」
「売れるよ、そりゃ。商人に売れなくても国に買い取ってもらえばいいしさ」
「城でも使うってことか……。学生たちにも給料出してるんですか?」
「それは滞りなく、払ったよ。というか、そのための授業だからね。魔道具を作れれば、これくらいは貰えるんだよっていうね……」
意外とちゃんと考えているらしい。
「それでか……。先週、学生のお客さんが多かったんだよ」
グイルは毎日ちゃんとラジオショップの帳簿を付けているので、金の流れにも敏感だ。
「ラジオを買っていったのか?」
「ああ、実家に送る学生が多いみたいだね」
ラジオが広がるということは情報も広げられるということだ。
「広告自体は放送で流せるけど、結局必要なところに蓄魔器がいかないと意味がないだろ?」
「放送を分けるか?」
「そんなことができるのかはわからないけれど、普通に地方に売りに行けばいいのか、それとも冒険者ギルドを中心にした方がいいのか……」
「魔石の利権が集中している冒険者ギルドに申請は出しているんだから、これは許可が下り次第、売ればいいだろ? 高ランクの冒険者は買わないだろうから、そこまでの反発はないと思うんだよな。むしろ地方の一般人が竜の駅を活用してくれるかどうかが重要かもしれないぞ。だいたい価格だって中に入っている魔石の価格よりも上げられないわけだろ?」
「あ、そうか。むしろ魔石補充屋っていう職業ができるのか……」
「そうだな。それが一番稼げるよ。最大こぶし大だとしても銀貨5枚だ。それを取り出して売って、小さい粒を入れて翌日、拳大になった魔石を売れば……。いや、毎日銀貨5枚って、田舎なんてそれだけで食べていけるだろ?」
「本当だ。やっぱり開発者が一番初めに裏技を見つけちゃうんだな」
「俺たちは金の成る木を作ってるぜ」
「竜の駅の使用に関してある程度規制をかけないと、厳しいか。一旦実験してどれくらいで最大化するかも見ておかないとな」
「行くか」
「うん。アーリム先生、銅板を頼んでいいですか?」
「いいけど……。落ち込んでるから、あとで甘味を持ってきてくれる?」
「わかりました」
俺とグイルは急いで、外泊届を出してから、寝袋などを持って王都の外へと向かった。
「授業は大丈夫なのか? 俺と違って、グイルはちゃんと受けているだろ?」
「うん。後期になってから、先生たちも方針を変えてるっていうか、シラバスとは違った内容を教え始めているんだ。たぶんパレードもあったし、基礎だけじゃなくて応用も考えないと職業を選択しにくい時代になっていってるんだと思う。卒業していく上級生に合わせると、下級生は置いていかれるはずなんだけど、俺たちが宿題をやりながらラジオを放送することで、宿題の提出率が高くなっているらしいんだ」
「そうなの?」
「そう。だから、コウジはダンジョンとかしか行かないからわからないかもしれないけど、学生が授業を渡り歩けるようにもなっている。しかもダイトキさんのシールさえ使えば、過去の授業も聞けるからさ。貴族連合とか勉強しまくってるぞ。図書館の本が少なくなってるってミストも言ってたし」
「マジかよ。そんなに皆、頭がよくなってるのか?」
「コウジを見て、やることをやらないと認められていかないことがわかって、裏を返せば、やることをやればちゃんと認められていくって気づいたんだと思う」
「それが勉強だったってこと?」
「いや、知識とか知恵とかじゃないかな。単純にコウジは全部使ってるだろ?」
「逆に全部使わないの?」
「使ってるんだけど……、なんというか、魔法使いたちにとっては属性魔法って生まれ持った才能次第で使える魔法が違うって考え方だったらしいんだけど、コウジは一度にほとんどの属性魔法を使えるようになっただろ? それって知識がそれまでの間にあったってことだよな?」
「そうだね。でも、俺は土属性に関して、空中から土が出てくる意味がわからないし、別に得意な魔法があるわけでもないよ」
「そうなのか? でも防御魔法に関しても急に崩し方を開発しちゃったから、結構大変なこととして捉えられてると思うぞ。あと、俺たち蓄魔器の会議をラジオで放送しているだろ? ミストもそうだけど、一般人が知らない知識が多かったんだよ。意外とコウジは農業とかも明るいし、ウインクは海運とか海の現象とかにも詳しくて結構、皆驚いたみたいだ」
「俺たちはそれまでどういうイメージだったんだ」
「バカだけど面白い集団じゃないか?」
「そっちの方が期待値低くていいんだけど、成功するなんて思われた方が面倒じゃない?」
「コウジはやっぱり変わってるな。信用されていた方が会社にはお金が入ってくるだろ。いろんな人が貸してくれるからな。で、ラジオショップも給料を出しまくって赤字にしておけば、税金も安くて済むじゃないか」
「そういうことか。もしかしてそうやってラジオショップの価値を上げていくこともできるのか」
「そういうこと! 相変わらずコウジは知識がないだけで理解力は高いよな。まぁ、今は金を借りる必要もないし、普通に銀貨とかで回せるからいいけど」
「あ、金貨なんかを店に置いておくと盗まれる可能性があるってこと?」
「そう。あとは、俺たちの中だけじゃなくて、規模が大きくなると従業員を雇わないといけなくなるだろ? ジルも雇っていたけれど。勝手に帳簿を書き換えて懐に入れちゃう奴だって出てくる。しかも売り上げがずっと伸び続けているから、金庫に貯まりすぎてると思うよ。どこかの店を買うしかないんじゃないか」
「やっぱりか。だとしたら、灯り屋を買うか」
「そうなるのかぁ」
「だって、一番蓄魔器に近いだろ?」
「老舗が多いから、売ってくれないとは思うけど、新興の灯り屋を探してみるか……」
夕方、魔石灯の街灯に明りを点ける人たちを灯り屋と呼ぶ。地方では冒険者ギルドに登録している魔法使いが付けていることもあるが、王都では専門職になっている。しかも店では家の灯り、ランプ、魔石灯、油なんかも売っている。
「いや、どっちにしろ魔石灯じゃなくて、蓄魔器を作らないといけないんだから、エディバラの魔道具屋に頼んでみるか?」
「ゼリーはこっちで作るんだもんな。有り金はたいてみる? ただ、採算が取れるかどうか……」
「採算が取れるギリギリを攻めてみるか? ちょっと待て、売れまくっても売れなくても結構大変なことになるんじゃないか?」
「そうだよ。でも、やるんだろ?」
「やるけどさぁ……」
売れまくって利益が出たら、とんでもない額の金が入ってくる。もう金庫じゃ納まらないだろう。逆に売れなくても在庫が余って大変だ。単純な作りだから、真似されるかもしれない。
竜の駅は、王都からそれほど離れていない。森の中で、前期には何度か訪れている。野営がしたいと言っても、竜なら許してくれるはずだ。
「黒竜さんには話しておかないといけないな。竜の乗合馬車を運営しているトップだから」
「そうか。料金価格を作ってくれって言わないと、田舎の経済がぶっ壊れてしまうからな」
タープを張り、寝床を作り、焚火を焚いてから、黒竜さんに連絡をした。
『おう。コウジから連絡が来るなんて珍しいな。リュージが何かやらかしたか?』
「いや、リュージはちゃんと人間の学生に馴染んでますよ。それじゃなくて、蓄魔器なんですけど……」
『ラジオで話している奴だな。どうだ? 難しいだろ。コムロカンパニーでも広められなかったんだ。気落ちすることない』
「そうじゃなくて、出来ちゃったんですよ」
『なにぃ!? 出来た!? 魔力を保存しておく魔道具だぞ!』
「そうです。冒険者にも理解されると思うんですけど、竜の駅で魔力を補充できるじゃないですか?」
『できるぞ』
「今、それの実験をしようとしていて、これ早く補充できてしまったら、たぶん魔力補充屋が生まれると思うんですよ。そうすると拳大の魔石が銀貨5枚と考えると、田舎ではそれだけで結構な稼ぎになっちゃうんですよね……」
『そうだな。マズいなそれ。あとで実験結果を教えてくれ。それから、レッドドラゴンが、近くにいるはずだから向かわせる。試作品で構わないから見せてやってほしい』
「わかりました」
『頼む』
あの黒竜さんが焦っていた。竜の駅の価格表を考えないといけないかもしれない。
「とりあえず、全然使ってないけど、地脈からの魔力の蓋を開けようか」
「そんなのがあるのか」
「あるんだな、これが。全開にすると結構大変らしいから、まずは3割くらいから行くか。あ、風呂があるんだ。先に風呂掃除しよう」
「風呂なんてあるのか? ああ、本当だ!」
ブラシを手にして、風呂を磨き上げ水魔法で流していく。
「これ、全然、知られてないんじゃないか?」
「たぶん、竜以外で使っているのは見たことがないし、皆、掃除が面倒くさいから、決まったところしか使わないんだ。世界樹の近くにある塔は使ってるけどね」
「へぇ、知られざる竜の実態じゃないか。キャンプしているのに、風呂にはいれるってめちゃくちゃいいよな」
「だから、もっと活用すればいいのにな。王都からも近いし、森の中でリラックスできるだろ? しかも軍の演習場が近いから、凶悪な魔物もそんなに出てこない」
「いい立地だなぁ……」
掃除をし終わったら、風呂に入って蓄魔器を設置。中に入れた小さな魔石がどれくらい大きくなるのかを見る。
「骨はいらないのか?」
「刺しておくか」
蓄魔器の上に開いた穴に小さい魔物の肋骨を突き刺して魔力を誘導する。
「ミストがいれば、また変わってくるんじゃないか」
シンメモリーズを呼び出せたら、もっと早く補充されるだろう。
「呼んだ?」
振り返るとミストがいた。
ミストだけじゃなく、小型の魔物を狩って実験していた人たちが帰ってきていた。
「実験どうだった?」
「成功だ……。というか、ラジオ局員たちは夏休みの間、何をやったんだ? 魔物と普通に戦えているぞ」
「それからマジコってあの留学生はなんだ? 俺たちが気づかないうちに罠仕掛けて、大量にワイルドマスマスカルを獲ってて、一人で試作品の魔石を補充してたぜ。ヤバいだろ」
アグリッパもドーゴエも、引いてしまったらしい。
「ヤバいでーす!」
マジコと拳大の魔石が入った蓄魔器を見せてきた。
「それ、どれくらいの時間で補充できた?」
「全然、かからなかったよ。ミストちゃんがいるからね。ものの数分だよ。ほら」
リュージが、魔石の入った革袋を見せてきた。
学校の鍛冶場で送り出してから、それほど時間は経っていないことを考えると、異常なスピードと言える。
「ちょっと私たちは自信を失ったわ」
「本当にそう。大魔法なんて使う瞬間なんてないのね。魔法って、もっと単純で即応性がないと全然使えないわ」
魔女たちは反省しきりだった。
「何やら騒がしいな。コウジはいるか?」
塔の天辺からレッドドラゴンさんが下りてきた。
「食われる!」
「下がれ!」
「レッドドラゴン!?」
「先輩、何でいるんですか!?」
「竜の中でも希少種でしょ!?」
各々リアクションが違って楽しい。
地面に降りる途中で人型になり、俺の近くで着地。大柄な赤髪の男になった。
「友達か? おっ!? リュージ、頑張っているようだな」
大きなリュージの頭をガシガシ撫でられるのは、レッドドラゴンさんか黒竜さん兄弟くらいだ。
「それで? 蓄魔器ができたっていうのは本当か?」
「ええ。試作品ですけど、彼女が持っているのが蓄魔器です。あと、塔の中にもあります」
「これかぁ……。案外小さいな」
「これ以上大きくするには時間と圧力が必要なようです」
「だろうな。竜玉を作るのも結構大変だから……。ちょっと見せてもらうぞ」
レッドドラゴンさんはマジコから蓄魔器の試作品を受け取っていた。
「魔石灯と変わらないように見えるが……」
「そうじゃないと冒険者がもっていけませんからね」
「これ、底の魔法陣を変えられるようにしてあるのか?」
「そうです。銅板を変えて冷却できれば、鞄の中の肉や薬草の鮮度も保てるかと思って」
「なるほど、よく考えてる。これは、どれくらいの時間で補充できるんだ?」
「ものの数時間で、革袋一杯の魔石が……」
「初めは魔石の粉だったんですけどね。死霊術師がいてくれると全然速度が違いますよ」
「シンメモリーズを移していくだけですから」
ミストが言うと、レッドドラゴンさんも「そういう方法があったか」と頷いていた。
塔の中にある蓄魔器でも、ミストが死霊術を使ってやって見せていた。本当に数分で拳大の大きさになっていたので、レッドドラゴンさんは天井を見上げて困っていた。
「これは死霊術を使わなかったら、もっと時間はかかるか?」
「かかるとは思いますけど……、竜の駅は地脈が下に通ってますから」
「大差はないか……。魔石の価格がぶっ壊れるな」
「ただ、これ以上は大きくならないんですけどね」
「いや、これだけ数があると変わってくるだろう? なぜだ……?」
「え?」
「なぜ自分たちで利権を作らない? 他の誰かが気づくまで魔力の補充屋で稼げるだろう?」
レッドドラゴンさんが、不思議そうに俺を見てきた。
「まぁ、ラジオで研究を喋ってますからね。それにこれはあくまでも文化祭の挑戦企画の一部というか……」
「これで儲ける気はないと?」
「そうですね。どうせいつか誰かが作る物でしょう」
「そうか……」
出来たばかりの魔石を出して、レッドドラゴンさんの掌に乗せた。
「うん。透明度も高いし質もそれほど悪いとは思えない。黒竜さんと冒険者ギルドで協議が必要になってくると思う。それまで、まだ製品の発注をしないでほしい。それほど魔石の価格も下げられないから」
「わかりました」
「ただ、これは広く使われることになるだろうな。しかもピッケルとこの蓄魔器なら、それほど冒険の邪魔にならない。鞄の中に入るサイズだ」
「文化祭には出しますよ」
「年末だな? それまでに協議を終わらせよう。コウジ、そんなに若いうちに稼いでどうするつもりだ?」
「そんな売れますかね? 売れたら、また何か店を買うか、作りますよ」
俺がそういうとレッドドラゴンさんは何度か頷いた。
「そのほうがいいかもしれんな。皆、コウジがきっとわけのわからないことを言うと思うが、サポートしてやってほしい。ちゃんと何かに繋がっていくから。そういうところは親父にそっくりだ」
「そうですかね……」
その場に集まっていた学生たちは俺を見て頷いていた。




