『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』35話「帰ってきたラジオ局長」
黒竜さんにお礼を言って、竜の島からは別の竜の乗合馬車でアリスフェイへと戻った。ずっと気を張っていたからか疲れがたまっているような気がする。
身体を動かしても、特に問題があるわけじゃないから、本当に気疲れというやつだろうか。
すでに後期の授業が始まっていて、学生たちは忙しそうにしている。
「忘れてた。奨学金はどうしたんだっけ? あれ? アグリッパさんと魔物倒して……。手形にしたんだな」
ひとまず、ダンジョンに行ってマルケスさんに挨拶しに行くか。
「こんちは」
「おお、こんにちは」
用務員や庭師の方々に挨拶をしたが、皆、固い挨拶をしてくる。何かあったか。
そう言えばラジオの音も聞こえない。
「おいーっす」
「お、おう……」
学生にも挨拶したが、妙によそよそしい。おかしいな……。
校舎を抜けて、裏庭へと続く道に抜けた。ちょうど、ダンジョンのある切り株が見えた瞬間だった。
ズボッ!
見上げれば、ぽっかり開いた穴の中に、空が見える。落とし穴に嵌った。底には藁が敷き詰められ、緩衝材になっている。油断していたとはいえ、ここまで見事に嵌められると笑うしかない。
ラジオからは爆笑する声が聞こえてくる。
気を張っていた俺の心は一気にほぐれ、気が抜けていった。
「やられたー!」
「お疲れ!」
ウインクが顔を出してマイクを向けてきた。
「一発目はこれかぁ!」
「だって、予告していたじゃない?」
「確かに。皆、知ってたの?」
「知ってた。どうせ疲れて帰ってくるだろうからって」
俺はグイルに手を掴まれ、地上へと上げてもらった。
「ようやく、これで後期のラジオ放送を開始できるわ」
ミストが移動用のアンテナを片手にタオルを渡してきた。
「じゃ、局長。後期のスタートを宣言して。皆、まだまだ夏休みボケで浮ついているから」
「ほんじゃ、いきますか。アリスポート総合学院、後期スタートです!」
ジャーンッ!
どこからか銅鑼の音が聞こえてきて、ラジオから音楽が流れ始めた。
「お、誰?」
俺は思わず聞いた。
「ジルだよ。夏休み中ずっと音楽を流し続けてくれていたんだ」
「お礼を言わなきゃな」
「ええ。給料もね。ラジオショップも開けてくれてたみたいで、売上もちゃんと計算してくれていたよ」
「必要経費だけ抜いて、全額渡しておいてくれ。たんまり稼いできたから、事業ごと買い取ろうと思う」
「そんなことができるのか!?」
「いや、できるよ。聞いてたでしょ。勇者連合の放送を」
グイルは驚いていたが、ミストとウインクは知っているようだ。
「あ、聞こえた?」
「ええ。夏フェスに参加していたエルフたちも皆、聞いていたよ」
「途切れ途切れだったけどね」
ダンジョンから、革パンエルフのガルポとマフシュたち薬草学の授業を受けているエルフたちが待っていた。
「コウジ、礼を言う」
「アリスフェイだけでなく、大森林と大草原の夏フェス、勇者連合での活躍を私たちは忘れない」
「以降60年、大森林の精霊との契約として我々エルフは、ウッドエルフの遺跡発掘協力とコムロカンパニー及びその家族に対し、援助を惜しまないことを決定した。特に、ラジオ放送に関しては未だわからぬことも多く、演奏の里の者たちが火の国へと留学しに行った」
「全部、コウジのおかげと覚書が足されているわ」
マフシュが精霊との契約と覚書の写しを見せてきた。
「あれ? マフシュさんは夏フェスには参加してたんですか?」
「いや、大薬師カミーラから『必ずコウジに見せるように』って手紙が来たのよ。私はずっと植物園の復興作業でそれどころじゃなかった」
後でレビィや塔の魔女たちから話を聞くと、『月下霊蘭』が咲いている最中は、ずっとエロい雰囲気を醸し出していたらしい。
「私たちは女だからいいものの、外出しようとするマフシュを全員で止めようとしたから」
「あれが家にいると男はダメになっちまうね」
同性から言われるのだから、相当なフェロモンだったようだ。ちなみにウインクやドーゴエ、ダイトキも夏フェスで大量の求婚にあったらしい。当然、ウタさんやガルポに関しては弁論大会や演奏対決まで開かれたとか。
「大変だな。気にせず楽に行きましょう。事業を作ってください。買い取りますから」
俺はそれだけ言って、マルケスさんに挨拶をしにいった。
「おう。お疲れさん」
「血は争えないんだね」
マルケスさんとソニアさん夫婦はすっかり、ダンジョンマスターの部屋でくつろいでいた。ソニアさんは「同胞を救ってくれてありがとう」と感謝していたが、そんな大それたことはしていないつもりだ。
「コウジは夏休みが休みじゃなかったんじゃないか」
「そうかもしれません。ああ、休みたい」
「コムロ家の人間でも、そんなこと言うのね」
「言いますよ。家族旅行が終わったと思ったら、人道支援が始まるんですから。でも、いろいろ人に会えたからいいか」
秋が始まり冬になれば一年が終わる。ここから文化祭までが、ゴズとラックスにとってはおそらく最後の学生生活になる。ヒライやエリックみたいな新人もいるし、リュージも普通に上級ダンジョンで寝てやがる。
「あ、そうだ。後期の奨学金を払いに行こう。それじゃ、また授業で」
「おう。上級ダンジョンを改装するから、時々手伝いに来てくれ。海の魔物をたくさん仕入れてきたんだ」
「わかりました」
俺はダンジョンを出て、事務局へと向かう。
「こんにちは」
「ああ、コウジ・コムロ。夏休みの間は大変でしたね」
なぜか事務員まで俺をねぎらってきた。
「いや、まぁ、大変でしたけど……。この手形を換金して、後期の授業料を払っていない学生の奨学金にしてください」
「今年もですか?」
「ええ、ちゃんとアグリッパさんと決めたことなので」
「わかりました」
事務員はすぐに手続きを取ってくれた。
「コムロさん、ちょっと余りが出るんですけど……」
「食堂の施設費に使っていただければいいです。あと、お風呂のひび割れ修繕とかも頼みます」
「わかりました」
書類にサインをして、事務局を出ると、アグリッパとゴズ、ラックスが話し合っていた。
「おおっ、今、コウジの話をしていたところだ」
「私たちも後期の授業料を稼ぐ奨学金に参加しようと思ってね」
「あ、大丈夫です。今、払ったところです。夏休み中に火の国でアグリッパさんとジャイアントクロコダイルとコカトリスを倒したんですよ。そうですよね?」
「ああ、そうだったな」
アグリッパもあんまり覚えていないらしい。そういえば魔物使いになると言って、魔物の国へ行って魔物調査をしたのだったか。
「コウジ、なんかエルフの国でやらかしたんだろ? 噂を聞いたぞ」
「俺がやらかしたわけじゃないです。ちょっと発掘調査とかを手伝っただけで。アグリッパさんは?」
「あの後、魔物の国に行って、アラクネ、ミノタウロス、ケンタウロス、ゴーストテイラー、ゴブリンの生態調査をさせてもらった。ポチもそうだけど、だいぶ森の中で揉まれてきたんだ」
振り返ると、オルトロスのポチが一回り大きくなって大人しくなっていた。成長期にいろんな魔物に会ったからか、普段は大人しくしていた方が強いとわかったのかもしれない。
「では、もう奨学金を稼ぐ必要はないのか?」
ゴズがアグリッパに聞いていた。
「ないです」
「そうかぁ……」
魔物を倒しながらレベルを上げるつもりだったのだろうか。
「修行ですか?」
「ああ。北極大陸ではダンジョンのモンスターと戦っていたが、こちらではなかなか難しいからな」
「アペニールの農業大学ではすぐにでもインターンとして来てくれと言われている。その前に、なるべく魔物について学んでおきたいんだけど……」
「なるほど、今、マルケス先生が上級ダンジョンの改装をするらしいんで、魔物学習と修業を同時に教えてくれると思いますよ」
「本当か!」
「いや、都合がいいな! よかった! まともなダンジョン学の先生がいて!」
「お、俺も行っていいかな?」
アグリッパも自分を指さして聞いていた。
「いいと思いますよ。あんまりぐいぐい行かないように。人見知りを発症するので。貴族連合が来たら、ちょっと手伝ってあげたりしてください」
「「「わかった」」」
三人と一匹はダンジョンへと向かっていく。初めはとっつきにくそうな先輩たちだったのに、今はめちゃくちゃ素直な学生たちだ。
「俺も後期の授業を受けないとな」
魔道具学の授業へ行くと、生活雑貨コースと武器防具コースに分かれていた。
「面倒くさいからこうしたの。文句ある?」
「ありません」
俺は普通に生活雑貨コースの机に行こうとしたが、なぜか武器防具コースに連れていかれ、塔の魔女とレビィたちに挟まれて製作することになってしまった。
「実際、防具や武器って何が必要なの? 実戦経験がほとんどないのに、使いやすい武器とか言われてもわからないよ」
塔の魔女の一人が聞いてきた。
「普通に剣とか杖とかでいいんですよ。そんな難しいことじゃないです。魔力を通しやすいのが一番いいと考えてください。どっちにしろ、魔法が得意な人たちは魔力の制御のために杖を使ってますし、剣聖と呼ばれる人は生半可な剣だと一振りで曲がってしまいますから」
「じゃあ、樫とかの杖の方がいいのかい?」
「素材で言うと、魔物の骨とかがいいんだと思いますよ。ほら、魔法を使ってくる魔物だと属性魔法が使いやすいとか聞きます」
「コウジは使うの?」
「使いません。銅の剣とかが伝導率もいいし、魔法も使えて便利だと思ってます。ちなみに鎧も鉄より革だろって思ってます」
「あ、そういえば、エルフの発情期を追って、南半球まで行ってたんでしょ? どうだった?」
「大変でしたよ。心を殺す戦いと言うか……」
結局、剣の柄や杖の持ち手を作りながら、談笑しすぎて授業は進んでいく。そこで学校に残っていたエルフたちの様子も聞いた。
「すごい話を聞いた」
「それはこっちの方よ」
「なんか事前に聞いてたというのもあるけど、やっぱり影響がすごいね」
「それはありますよね。事前に聞いていたから、あの程度で済んだのか。ラジオ放送をしなかった方が、案外コムロカンパニーで処理してたんじゃないかとか」
「いや、そんなことはない。事前にパレードとかをやっていたから、勇者連合だけで済んだのだと私は思うよ」
レビィは確信しながら頷いていた。
「だって、エルフは今や世界中にいるわけだから、かなりラジオが役に立ったと思うよ」
「実際、知らずに留学生たちを受け入れていたわけだからね。学生たちもかなり騙されていただろうし、家父長制とかアリスフェイでは薄まってきている中でのエルフの家族制度を見せられて、かなり考えたよ」
「結局、家柄で将来を決めるというくだらない価値観で生きていかなくてもいいと思えている現状が恵まれているんだなぁ、と思ったよ」
「今でも、一応冒険者ギルドでたまにアルバイトしてるけど、それだけでも実は自分だけで生きていける土壌自体は出来ているのよね。学校のお陰なんだけど」
「自由に仕事ができること自体、結構最近の思想なんだよね。歴史学の授業を聞いていると、よほどの才能でもない限り決められていた職業についていたわけでしょう」
「それを考えると、今でも貴族たちはずっと続いている家業を継いでいるわけでしょ。よくできるよね?」
「それについて、乗合馬車で考えてたんですけど、俺たちが自由にいろんな職業の人たちから話を聞いてラジオで放送してるじゃないですか。そうすることで選択肢は広がるけど、貴族の稼業を潰しかねないんじゃないかって思ってるんですけど、どうですかね?」
「それは大いにあると思うよ。新入生とか完全に特待十生に憧れているでしょ? 貴族連合もその中に入ってると思うよ」
「ええ!? そうなんですか?」
「単純にゴズさんとかラックスさんの努力して強くなっていく姿って、傍から見ればカッコいいし、他の国からのインターンを受けれるってすごいことじゃない?」
「コウジとかシェムとかは無理でも、努力して強くなれるなら、そこには到達したいというのが普通なんじゃない?」
「俺もシェムさんも除外されてるんですか?」
「ん~、やっていることも考えてることも普通じゃないからね」
「そうかなぁ……」
意外と俺は庶民派じゃなかったんだ。
「でも、俺は家業を継ぐつもりはないんですけどね」
「それも、私たちから見れば異常で……。あれだけの世界的企業を継がないってことも疑問だけど、結果を見ると納得せざるを得ないって言うかさ」
「いつの間にかゲンズブールさんと仲良くなって、勝手にラジオ局を始めたでしょ?」
「一年で結果出しちゃってる上に、エルフの動乱でも有効性を世界基準で認めさせてしまっているのよね」
「コムロカンパニーの社長の息子って聞いたら納得できるんだけど、別にその肩書がなくてもやっていることで結果を残してしまっているって、どういう教育を受けてきたの?」
「そう言われると、結構な放任主義でしたよ。マルケス先生のダンジョンでもお世話になってたし、いろんな場所をたらい回しになって、どうしようもないから世界樹の竜の学校に放り込まれて、15歳になった時に追い出されるからどうしようってことで、今はこうなってるんですよ」
「奇跡だよね。もっと擦れたりグレたりしなかったんでしょ?」
「グレる? 悪事に手を染めたりですか? 悪事がよくわからないですもんね。山賊になったり海賊に手を貸したりするってことですか?」
「いやぁ、誰かの物を盗んだり、潰してやろうとか思わないの?」
「盗むって、欲しいものは自分で手に入れた方がいいですよ。横取りしても達成感はないです。潰れた方がいい利権とかはあるんだな、とは思いましたけどね。今回の騒動で」
「なんか遺跡発掘が大変だったんでしょ」
「でも、ウッドエルフの文化を復活させることで夏フェスが生まれたのでよかったんですけどね。結局は自分たちで利権を潰していたし」
「それってラジオを扇動に使えたって言うことじゃない?」
「今ちょっと悩んでるのが、それですよね。勇者連合では避難指示とかである程度ラジオは有効だったんですけど、思想とかまで放送すると過度な家父長制や努力主義とか成果主義なんかも伝えることにはなるじゃないですか。いいんですかね?」
「ん~、それって多様性がないよね」
「いや、全部放送すれば多様性はあるんじゃない?」
「ああ、そうしようかな。うちの家系は奴隷に対して否定的なんですけど、奴隷として売られないと死んじゃう人もいるんですよね。できた。使う人にゆだねた武器」
俺は柄に魔力を込めると魔力の剣が飛び出す魔道具を作った。
「刃の柔らかさを調節できるようにしました」
「そんな難しい物を作るんじゃない!」
アーリム先生には怒られたが塔の魔女たちには好評だった。
「コウジらしいものを作るね」
「不殺の剣か……」
「考えていることが違うわ」
次は攻撃魔法の授業だ。森の中にある闘技場に行くと、学生たちが集まっていてソフィー先生が俺を労ってくれた。
「私もラジオを通してしか聞いてないけど、コウジくんはこの夏、働き過ぎよ」
「やっぱり、そうですか」
「まだ若いんだから、ゆっくりでいいのよ。でも、今回はコウジくんがいた方がよかったのでしょうけどね。攻撃魔法の授業くらいは焦らずにじっくりやっていいから」
「助かります」
この日は土魔法についてだった。土魔法は他の魔法と違って実体を伴っているので、杖や腕輪などの触媒があると便利だという。
「土魔法は水魔法で打ち砕けるというけど、もちろん魔力量によって全然変わります。普通の土の壁を作ったら水魔法で打ち砕けるけれど、壁を強化してうろこ状にすると……」
学生が放つ水魔法を、ソフィー先生はうろこ状の土の壁で受け止めていた。
「だから、単純な属性相性に寄らず、魔法を構造的に捉えることで弱点も克服できるの」
皆、小さなノートにメモ書きをして、後で確認しながらちゃんとノートに移していく。
「先生、土魔法についてなんですけど、もしかして虫が弱点と言うことはありませんか?」
「ああ、いい質問ね。その可能性は今の魔法業界でかなり話題になっていて、今の防御魔法の最適解が、これなのよ」
ソフィー先生が防御魔法を張った。
「つまり蜂の巣構造にすることによって防御力を高め、柔軟性も持たせているのね。でも、これに対して無数の針のような攻撃はどうなのか? 虫が食い破るような魔法は出来ないかというのが魔法国エディバラでも研究されているテーマなのね」
攻撃魔法と防御魔法は歴史的にも競争となっていて、最強の攻撃と最高の防御を作り出しているという。
「過去、魔法使い、魔術師、魔女たちは魔力でいろんな形を再現してきたんだけど、虫を再現したものはいない。幻覚で人の形や魔獣の形を再現した者たちはいるのだけれどね。不思議でしょ? でも、本当にアンチ防御魔法みたいな攻撃ができれば、歴史に名が残るわよ。もし開発できたという学生がいたら教えて。一緒に論文を書きましょう」
ソフィー先生は自分の知っていること、知らないことをちゃんと学生たちに教えてくれている。だから疑念もなく伝わるのだろう。正直であること、驕らないこと、重要なことだ。
攻撃魔法の授業を終えて、俺はラジオ局へと向かった。
すでにミストが準備を始めていた。
「ジルに給料を渡しておいた」
「ありがとう」
「ラジオショップで店番しているから、後で会いに行こう。アリスフェイのエルフを守ったのはジルかもしれないね」
「うん。なんかボーナスとかも上げたいけどな」
「だったら、私たちにも頂戴」
「確かに。文化祭のスケジュールは変わらない?」
「うん。年末よ。去年はなし崩し的に終わってしまったから、今年こそは文化祭を盛り上げるんでしょ」
「そうだな」
ラジオ局に来て、ようやく学校が始まった気がする。
授業終わりのグイルとウインクも来て、日に焼けたゲンローが来たところで、日常が戻った。
「よし! 始めようか! 今日はそれぞれの夏休みがテーマだ」
「大丈夫かよ。コウジの話で一ヶ月くらいかかるんじゃないか?」
「そんなに喋らないよ。皆の夏休みについて聞かせてくれ。どうせ俺も絡んでるんだから」
「そうだな!」
すべての授業が終わり、鐘が鳴る。
同時にラジオが始まった。
「さぁ、始まりました! 後期授業! 皆、夏休みは元気だった!?」
ウインクの声が学校に響く。
俺はようやくホームに帰ってきた気分だった。