『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』32話「世界で一番自由な家族」
竜の学校の同級生たちが、ラジオのアンテナを持って俺を見ていた。
「取り付け工事ってどうすんのよ」
「私たちにわかるわけないでしょ」
「コウジ、レクチャーを頼むよ」
「俺たちは運んだり壊したりは出来るけど、取り付けなんて苦手なことくらいわかるだろ?」
「少しは頑張れよ。リュージだって魔道具の授業で頑張ってたぞ」
「あいつは竜の中でもおかしいからな」
「比べないでよ」
「仕方ない。一緒に行くか」
俺はラジオ局に入ってウインクに任せていいか聞いた。
「いいよ。なんか演奏の里から、来るんでしょ? 精霊の里の長たちにも言っておいて」
「わかった」
「あ、コウジ。なんかあやしくない?」
ウタさんが腕を組んで俺を見た。
「なんです?」
「妙な力を感じる。だって、ラジオができて、簡単に闇を暴けるってわかっているのに、長寿のエルフがなんの対策もしないわけなくない?」
「考えすぎなんじゃないですか?」
「そうだといいんだけど……。年寄りに聞くか。そう言えばベン爺ちゃんたちが夕飯食べに来いってさ」
「夕方までには帰ります。いってきまーす」
「「いってらっしゃーい」」
俺が呼んだ学生たちは、皆、ちゃんと夏フェスを理解しているのか、踊り場を作ったり、人が移動する動線を確保したりしている。精霊の里が主体で動き、ウッドエルフの古文書なども発見された。今まで隠されていたがウタさんが遺跡を見つけたことにより、ダイトキが時魔法で精霊の里をくまなく探したところ、大樹の下から石の棺に入った古文書が出てきたのだ。
皆、やることが終わらないのに夏フェスは迫ってきている。
暑い日が続くが、大森林には心地いい風が吹いていた。
その風に乗り、竜の同級生たちを連れて、空の駅を回る。空飛ぶ箒は俺が世界樹で使っていたものをわざわざ竜たちが持ってきてくれた。自分で手入れをしていたので、他の箒よりも使いやすい。
足で箒を掴みながら、空を飛び、アンテナに洞窟スライムの粘液をつけていく。空飛ぶ駅馬車の駅に着いたら、塔の天辺に仮付け。ワイヤーで固定するだけだ。ラジオの音を拾いやすいように配線を伸ばし、駅の中にもラジオを設置する。送受信のアンテナなので、緊急事態の時に鳴らす警報も取り付けておいた。
「この駅が避難所にならない方がいいのよね?」
緑竜の女子は災害によって人が変わることを最近学んだという。パニック状態になれば、自分の身を護るために行動を起こす者たちもいる。秩序がなくなり、何をしても許されると思う弱い人間もいる。コムロカンパニーはそういう現場にいたことが多いせいか、そういう話は聞いたことがあった。
「なにもなくても平和に過ごせるのが一番だけど、この駅だけは竜が守っているだろ? どんな災害や戦争が起こっても、ここに来れば竜が守ってくれるっていう安心感が重要なんじゃないか。そして竜は人間たちの期待に応えないといけない。黒竜さんが言ってなかった?」
「竜より強い人間も多いのに、どうして竜ばかりが人間を庇護しないといけないんだ?」
「環境適応能力が高いからじゃないか。竜ってどんな環境にも適応できる。だからこそ、その地域にいい意味でも悪い意味でも染まりやすい。去年、アリスフェイの田舎で竜たちが崇められていた村があっただろ?」
「ああ、先輩たちの……」
「黒竜さんとレッドさんがあんなに怒るなんて珍しいよね」
「褒められ流されて、竜の信用を落としたんだ。竜は強者ではあるけど、数だけで言えば弱者だろ?」
「ん? どういうこと?」
竜たちが互いに話し合い始めた。
「数が少ないってことだよ。冒険者たちが本腰を入れて竜の皮を剥ぎに来たら、あっさり絶滅しかねない。今でもはぐれ竜が砂漠で死んだなんて話は聞くでしょ? 私たち竜が一人で生きていくのは難しいのよ」
「確かに」
「だから人とのつながりが必要だし、食料事情だって世界樹があるし、豊かな海だってあるから何とかなってる。竜の秩序があるから私たちは生きていけてる。コウジ、そうでしょ?」
「そうだと思う。とはいえ、職業選択の自由があまりにもないことは不満に思った方がいいと思うよ」
「不満?」
「俺もはぐれ竜と同じようにどうにか一人で生きていけないかっていう人生設計で生きてきたんだけど、人間の学校に行って考えが変わった。都市の生活はとんでもない種類の職業で成り立っているんだ。それこそ、そんなことが職業になるのかって思うような仕事まである。リュージって先輩がいただろ? 竜の職業の選択肢はたぶんリュージによって広がると思うんだ」
「そうなの?」
「ああ、そもそも魔族領の衛兵になら、就職できるって知ってた?」
「いや。そうだったのか!?」
「ああ、今の大統領ならすぐ了承してくれると思う。だから、これから竜の学校の卒業生たちはいろんな仕事に就くようになれる。その時だよ。本当にこの駅があってよかったと思えるのは」
「そうなの?」
「乗る人たちの信用が詰まってる。もし飲んだくれの竜だったら、途中で荷馬車を落としてしまうかもしれない。でも、客はそんなことを思わず、半月は暮らしていける生活費としてチケットを買って乗るんだ。これこそ竜と言う種族に対する信用だ。今までの竜たちはそうやって人間との関わりの中で信用を積み重ねていってる。だから黒竜さんたちは怒ったし、今年一年アリスフェイの運賃が無料になったんだ」
「なるほど、この駅は私たちの強さの象徴じゃなく信用の象徴なんだね」
「そういうこと。世界中にこれだけ空飛ぶ駅馬車の駅があるのは、それだけ人類が竜を見てるってことだよ。どうせ竜の生涯は長いんだから、空を飛ぶだけで終わらなくてもいい。いろんな職業についてもいい。でも、竜という種族にとって最も気高い職業は乗合馬車の飛び役だ。そう聞くと、この駅だけは守らないといけない気分になってこない?」
「なってきた。そんな風に考えたことなかったな」
「いや、俺もそろそろはぐれてどこかで隠遁生活でもしようかと思ってたけど、コウジの話を聞くとちょっと考え方が変わったな。種族ってのはそういうことだよな」
「お金って生活なんだよね。それは竜の島にいてもそれなりにわかってるつもりだったけど、実際に都市生活をしているコウジに聞くと、身につまされるなぁ」
「竜の生涯設計を考えると、人との関わりはなくてはならないし……。空飛ぶ駅馬車の信用を使わない手はないよね」
「ちなみに、アリスポートにはどんな職業があるの?」
「とりあえず、アンテナ立てながらでいいか?」
「うん」
俺と竜たちはアンテナを立てながら、竜の生涯設計について語った。
竜たちは将来、どうして生きていくんだろうというモラトリアムの真っただ中にいる。いや、人間の学校に行っている俺もその中の一人ではあるんだけど、それでも動いていると別のものが見えてくる。
世界的に少ない種族だけに生き残っていて欲しい。
手先は不器用な竜たちだが、駅でラジオが聞けるようになるのは嬉しいらしく、何かと手伝ってくれようとはする。荷物はすべて持ってくれているし、飛びながら作業しやすいように背中に乗せてくれたりもする。不器用だが頑張りたい気持ちはわかる。
徐々にワイヤーを張る作業などを手伝えるようになると、作業スピードはどんどん上がっていった。
東側の海が騒がしい気がしたが、特に事件があるわけでもなく船が一艘、港に着いていただけだった。きっと南半球でエルフたちが騒動を起こしているらしいので、北半球の故郷に戻ってくる船もあるだろうぐらいにしか考えていなかった。
大森林とその南の大草原にある空飛ぶ乗合馬車の駅は一通り周ると、夕方になっていた。
俺は急いで、大森林へと戻り、ウタさん一家が拠点にしている遺跡へと向かった。
「こんばんは~」
「おう、コウジが帰ってきたか」
ベン爺さんが鍋を煮ていた。アリアナさんは肉を切っている。夫婦で大量の食事を作ってくれていたらしい。
「手伝いますよ」
「いや、もう大丈夫。それより、奥に行ったところにお風呂を作っておいたから、入っちゃいな」
「いいんですか?」
「ああ、もうすぐウタも帰ってくる。コウジの学友たちも連れてくるはずだ」
「わかりました」
祭りの前の決起集会か何かだろう。
俺は風呂へと向かうと、すでにガルポとドーゴエが入っていた。
「おおっ。アンテナ設置、おつかれさん」
「お二人は、祭りの説明ですか?」
「ああ、大森林の西が堅物ばかりで大変だった。本当に里によって性格がまるで違うんだな」
「川を挟んだり、山を越えたりするだけで里の職業も変わるんだ。その点、ウェイストランドの大草原はノリがよくて楽だったよな。俺、あんなにダークエルフたちが気さくな奴らだとは思わなかったよ」
俺は先輩と留学生と共に汗を流し合い、風呂から出た。ちょうどウタさんがウインクとダイトキを連れてきていた。
「ダイトキさんも先にお風呂、入れば?」
「俺は朝に入ってるのでござる。女性陣に交代しよう。水を変えようか」
「大丈夫。クリーナップかけて入るから問題ないよ」
ウタさんはいつの間にか生活魔法のクリーナップを使えるようになったらしい。親父の得意な魔法だ。
女性陣の風呂を待ち、夕飯を食べ始める。
「ちょっと、コウジ! ウインクちゃんの体見たことある?」
ウタさんが隣に座って聞いてきた。
「ああ、いつも下着で部屋をうろついてますからね」
「モデルでスタイルがいいとは聞いていたけど、あの体を維持できるって並大抵のことじゃないよ」
「そうですね。栄養学も詳しいし、ルームメイトに死霊術師がいるから睡眠に関してもかなり気を遣ってるんです。ねえ?」
「確かに、睡眠不足はかなり減りましたね。ストレスは肌にも内臓にも来るので、本当に寝たほうがいいですよ。他の学生たちも安眠グッズを作ったりしてますから、総合学院の学生たちはかなり睡眠について重要視してます」
「そんなことまで学んでるんだ……」
「正直、俺もそこまで重要だなんて思ってなかったけど、後輩たちに説教されて目が覚めた。強くなるには寝るのが一番早い。今は寝るのも食事も訓練と思ってる」
ドーゴエがゴーレムたちに魔水のジュースを与えながら語っていた。
「コウジの影響ですよ。私たちは自分の何が強みなのか理解してなかったけど、コウジは全く別の視点を持っているから」
「それはそうだろうな。コウジはいい友達を持ったのね。嫉妬とかはなかった?」
アリアナさんが聞いていた。
「ないない。俺なんか留学して、すぐに風呂場で会ったけど、どうやっても勝てそうにないって思った」
ガルポが笑っていた。
「入学試験の時点でコウジはおかしかったのでござる。注目せざるを得なかったし、体育祭を見て、嫉妬する余地などないことを全学生が理解したのでござる」
「私はこんなに真っすぐ頭のおかしい人が世の中には居るんだと思ったけど、とにかく楽しそうだったんですよ。ラジオ局を作った時もそうだったけど、コウジはものすごい学校を楽しんでたんです」
「だって、全部あるんだよ。食事も自分で用意しなくていいし、風呂は誰かが掃除しているし、廊下は清掃員の人が掃いてくれているし、勉強は自分の好きなことをしていいって、逆に俺は価値観をひっくり返されたけどね」
「若いっていいな。どんどん自分の価値観をぶち壊していくといい。年を取れば取るほど、なかなか壊れにくくなっていく」
「柔軟な考え方ができる方がいいのでござるか?」
「長年、鎖国をしていたアペニールの侍にそう聞かれると難しいが、近年アペニールは変わっただろう?」
「だいぶ変わりました。ですが、ついていけない爺様たちもいますから」
「自分のやり方に凝り固まっているのか、時代性を取り入れるのか思い悩んでいる者たちもいるだろう。若者には何を考えているのかよくわからないかもしれないが、人生で道理が通らぬことを見続けてきた結果だ」
「たぶん、ウタちゃんを嵌めようとしているエルフの長老たちも、自分たちの理があるのよ。私たちの動きは掴んでると思うから、武力では敵わないことも理解している。それでも、対抗できる精神的な嵌め技があるの」
「そして、それはおそらく我がグレートプレーンズの王家では受け入れられぬことだ」
「それは何?」
ウタさんがグレートプレーンズ王家の老夫婦に聞いた。忘れがちだが、この二人は一国の王家だ。
「罪悪感による人心のコントロール……」
拠点であるテントの向こうから声が聞こえてきた。
ウタさんはテントを開けると、魔族の一家が立っていた。
「おじいちゃん!? どうしてここに? ベン爺ちゃんたちがいるよ!」
「わしらが呼んだんだ」
「誰だ?」
ドーゴエが俺に聞いてきた。
「えーっと、ヴァージニア大陸の東の群島で世界で一番自由な干物屋さんです。レミリア先生の元夫で、元水の勇者なんだけど、いろいろと事情があって、今はセイレーンの奥さんたちと一緒に海の上で暮らしてるんです」
「いろいろあり過ぎじゃないか?」
「ボリビアーノだ。よろしく。コウジの友達かな?」
「そうです。後ろにいる方々は……?」
ウインクはセイレーンの奥さんたちに見惚れていた。人化の魔法はセイレーン族から竜が盗んだ技術だ。本家の魔法はリュージたちが使っている人化の魔法よりも精度が高く、モデルでも目が離せないらしい。
もしかして昼間に見た港の船はボリビアーノさんたちの船だったのか。
「妻たちだ。そしてこっちが……」
「コリーだ。久しぶりだね。ウタちゃん、コウジ。妹と一緒に南半球でコムロカンパニーを手伝っていたんだけどね。父さんがうるさくて駆り出されたってわけさ」
あらゆる楽器を弾きこなせるコリーさんは夏フェスにはぴったりだ。
「親子ともどもお世話になりっぱなしで、すみません」
「いや、むしろ世話になったのはこちらの方さ」
「でも、どうしてお爺ちゃんたちが来たの? 夏フェスに出るだけ?」
「ウタを助けに来たんだよ。水の精霊は罪悪感を勇者に植え付けることによってグレートプレーンズに呪いをかけた。エルフの長老たちがウタに同じような呪いをかけるかもしれないと聞いてね」
「古今東西、いろんな宗教で似たようなことはやっているのよ」
「弱者が下から三角締めをするように、持たざる者たちが持ちえた者たちの心をゆっくりと締め落としていく」
「私はそんな罪悪感なんて持たないよ!」
「私たちも皆そう思って恋に落ちた」
「ウタちゃん、油断しちゃいけないよ」
「守るべきものができるとね、人はどうしても弱くなるものさ」
年寄りたちがウタさんに迫っていた。
「まぁ、どうなるかなんて誰にもわからないけどね!」
コリーさんがあっけらかんと言っていた。
「でも、備えあれば患いなしって話さ。母たちの歌声は人を惑わせ、心を軽くする。コウジ、ラジオを作ったんだろう? 後で流してくれないか?」
「もちろん、構いませんよ! むしろこちらからオファーしたいくらいです」
「ほら、大丈夫だよ。父さんたちはもう少し若者を信用してもいいと思うよ」
コリーさんが笑って説明してくれたので、皆でゆっくり夕飯を食べることになった。干物のお土産もあり、かなり豪勢だった。
セイレーンの奥様達は風呂を見つけた瞬間に、服を脱ぎ捨て思い切り飛び込んでいた。
「自由だなぁ」
「世界で一番自由ってどのレベルなのでござる?」
ダイトキはダンジョンのヒントにしようとしている。
「この前、歴史の授業で習ったじゃないですか。ボリビアーノさんが、グレートプレーンズの男性を勇者にして、女性を精霊って言った張本人ですよ」
「ええっ!? 教科書に載っているじゃないか!」
「妻と娘を置いて、セイレーンと一緒に群島へ逃げた愚息だ。偉人でもなんでもないぞ」
「自由と書いて人でなしと呼ぶタイプの人間よ。あまり関わりを持つんじゃないよ。どうしてこんな息子に育っちゃったのか……」
ベン爺さんとアリアナさんは、自分たちで呼んでおいて酷い言い様だった。
ボリビアーノさんは笑っている。
「前の水の精霊のせいで代々グレートプレーンズ王家は揉めてるんだ。僕は愛が憎しみに変わる前に逃げ出しただけさ。でも孫娘には愛されたい!」
「ね? わがままな勇者でしょ?」
ウタさんが俺たちに祖父を紹介していた。
「でも、これくらい押し通さないと世界は変わらないってことでしょ?」
「そうとも言う。ウタはレミリアに似て賢すぎるからな。考える前に行動した方がいい。そして罪悪感なんて持つようなことはしなくていい。自由も結構責任が伴うから大変だ。お爺ちゃんを見ておけ。こんなに年取ってからでも、いろいろ言われるんだからな」
「わかった」
自由人は結構大変そうだ。
コリーさんは「しけた話をしてないで、音楽でも聴くかい?」とギターを弾き始めた。
月が昇り、料理の匂いが漂っているのに、周囲には魔物の気配がない。コリーさんのギターの調べを聞いていたら、風呂場からセイレーンの奥様たちの歌声が聞こえてきた。
聞き惚れて動けないでいたが、これは録音した方がいいというラジオ局員魂に突き動かされて、ウインクと一緒に録音機材を持ってきて、風呂場とテントの両方で録音させてもらった。
「何をすればいいんだと思う? だいたい、向こうが何をしてくるのかわかっていないのに……」
ウタさんは録音している横で、俺に聞いてきた。
「とりあえず回復薬だけ作っておきましょうか?」
「ああ、そうね。睡眠薬も作っておこう。最悪眠らせちゃいましょう」
俺たちは録音機材だけ置いて、鍋の片づけをしながら、睡眠薬と回復薬を作っていた。自然とドーゴエやガルポも手伝ってくれる。
『月下霊蘭』が咲いたのは翌日の夜のことだった。