『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』27話「黄泉送りと恩と縁」
北極大陸のダンジョンで一番成長したのはグイルだった。
「一番弱いんだから、そりゃ強い奴らに合わせてたら伸びるよ」
本人はそれほどのことでもないと思っているらしい。
「あと、毎日入ってればパターンも見えてくるし、光る石を見ていれば魔力の流れもわかりやすいでしょ」
発光している石を見ていれば、魔物が出てくる場所もわかるという。こちらもグイルから言われたところで待っていると魔物が出てくるので驚いた。
「それ何の才能?」
「観察力が優れているのだろ?」
ラックスとゴズもグイルの成長に目を見張っていた。
「わからないですよ。商人だから再現性のあることはできるようになってるとは思うんですけど。それにダンジョンの魔物は動きも武器もわかりやすいですし」
「外の魔物も骨格と筋肉の付き方を見ていれば、なんとなく攻撃がわかるよ」
「それは全くわからん。ミスト、そこにいると食われるぞ」
「あ、やっぱり……」
ミストが背中をあずけていた壁が急に歪み、角のある魔物が突進してきた。ミストはその恐竜の魔物を上に飛んで躱し、掌底を頭に放つ。
ぼぐふっ。
細いミストの腕からは想像できないほどの衝撃があったようで、恐竜の魔物はつんのめって倒れた。ラックスとゴズがそのままボコボコにして、魔物はふっと消えてしまった。
「有機物が減っているのか」
「実体のある魔物は私たちが来ると基地に持っていっちゃうから、奥に隠したんじゃないの? それより、ミストまでいつの間にか成長してない?」
「実体があろうとなかろうと重心の位置は変わらないし、スピードがある魔物ほど横からの攻撃には弱いですから」
「なんだか、基礎こそ最強だと言われている気分だ。我々の鍛錬はそれほど意味がなかったかな」
「基礎魔力の向上は出来たんじゃない? 光魔法を返すつもりで来たんだけど、どうも逃れられないみたい……」
「コウジから見てどう?」
「どうって言われても、皆強くなってるんじゃない?」
「コウジがダンジョンで生活していたのって子供の頃だもんな。忘れちまったか」
「マルケスさんのダンジョンね。ここのダンジョンはそんなに……」
面白かった覚えがない。ただ、また光の精霊に絡まれても面倒だ。
「これ以上、私たちがここで急成長できると思う?」
「ああ、それはどう強くなりたいかによります。例えば、これだけ何度も入っていると、グイルじゃなくてもパターンが見えてくる。だから、ここに残っている魔力を槍状にして魔物が出てくるタイミングに合わせると……」
天井から奇襲をかけてこようとした魔物を槍状にした魔力で貫いた。魔物はあっさり消えて、ドロップアイテムと魔石だけを残していった。
「ね? 自分を純粋だと思いたいダンジョンマスターの行動って読みやすいじゃないですか。だからいろんな見方をしている基地の研究者たちと喋ってたほうが学びにはなると思います」
「ん。わかった」
「卒業ってこういうことなのかしらね」
「「「「ありがとうございました!」」」」
どこかで聞いているダンジョンマスターに向けて、礼を言ってダンジョンを後にした。
ちょうどミストが住む死者の国では黄泉送りというまつりが開催されていて、現世に死んだ者の思いを残さぬように食べ物や氷でできた彫像なんかが祀られている。死者の国の死霊術師たちは、まつり期間中はずっと死者と一緒に食事をするため日が出ているうちはずっと食べているのだとか。
「いや、白夜だろ?」
「そう。まつりの期間はずっと食べっぱなしよ。短い夏の間に貯め込むの」
スープや海獣の魔物の丸焼きがそこかしこであり、燻製肉なども大量に配られていた。普段暗い服を着ている死霊術師たちも、この時ばかりは明るい服を着ている。
「これって、どれくらいあるの?」
「10日間くらいかな。氷の彫像が溶けきったら終わり」
氷の彫像は日陰に置いてあり徐々に溶けていく。
まつりは夏にできた川に、溶けやすい紙でできた灯篭を流して終わるのだとか。
「死者の国はだいたいどこもそうなの?」
グイルが聞いていた。
「あ、この町が死者の国なのよ。墓や霊廟は散らばって埋まっているけどね」
「じゃ、ここの町以外には人がいないの?」
「少なくとも生者は集まってるわ。時々、死者たちが集まることがあって、いつの間にか死者の町ができていることがあるけどね。だから夏になると、出来たばかりの町の跡が出てくることがあるのよ。何年か前にも魔物学者が来て調査をしていったんだけど、どうしてそういう現象が起こるのかは不明のまま」
「たぶん、ダンジョンの魔力が漏れて死者たちが戻ってきちゃうことがあるからじゃないかな。ベルサさんに昔聞いたことがある」
「ああ、なるほど。地脈の終着点だものね」
「なんだか不思議な現象があるのか?」
「そういうこと」
音楽も流れてくるので、ラジオ局として録音させてもらった。基地では俺たちが集めたアリスフェイの民族音楽を解析している最中だ。魔物を鎮静化させる精神魔法の呪文や心を落ち着かせるまじないに似ているパターンがあるのだとか。
せっかくなので、俺たちもダンジョンで狩ってきた魔物を死者の国へ提供。ただグイルが実家から取り寄せたピクルスは一瞬で配られ、物の数秒で消えてしまった。
「野菜が足りないのか」
「調味料が少ないから味が決まってきちゃうのよ」
「じゃあ、ミストは食堂の料理が好きなの?」
「いつも美味しそうに食べてるでしょ」
そう言えばそうだったようにも思う。
「去年からうちでは山椒と辛子を持ち込んでいるから、結構人気だよ」
「基地から貰えばいいのに」
「もちろん基地からも提供されるんだけど、なんというか決められた味がするのよ。たくさんは食べるのには向いてないの」
「へぇ、舌の感度がいいのかな」
ちなみにラックスとゴズは家の修理や氷室の整理などを率先して手伝っている。死霊術師の生活が興味深く面白いのだとか。
「死生観が魔族とは違うし、風習が面白いよ」
「氷の中に花を閉じ込めて、雪に映った影を見るって儚くてきれいだろ」
とにかく感銘を受けているらしい。死霊術師たちも珍しい魔法を使う学生たちに酒を飲ませたりよく世話をしてくれていた。
そんな中、連絡が入った。
『そろそろ発掘の手伝いに来てよ』
ウタさんからだった。
「進んでないんですか?」
『こっちはエルフたちが計画通りに動いてくれなくて大変なのよ』
「なんでぇ?」
『なんか、長く生きてるとしがらみが多いんじゃない? とりあえず、コウジはエルフたちとも仲がいいんだから頼むよ』
「バイト代出してくださいよ」
『ん~、考えとく』
通信袋が切れた。
「行くのか?」
「うん。なんか断れないんだよなぁ。グイルはどうする?」
「俺も帰るよ。販路ができたからな」
「予知スキルって本当に当たるのね」
「ミスト、呼んでくれてありがとう。すごい楽しかったよ」
「こっちこそ、随分レベルが上がったわ。休み明けのラジオも楽しみにしてる。家族旅行の話も聞いてないしね」
「あ、そういや聞いてなかったな」
「それはまた休み明けに。ラックスさん、ゴズさん、ちょっと俺エルフの国に行かないといけなくなって……」
「おおっ、そうか。そろそろ『月下霊蘭』の開花時期だもんな。予知スキルが当たったというわけか」
「私たちも黄泉送りが終わったら北極大陸を出るわ」
挨拶をして基地へ戻り、そのままラジオの機材を受け取って、中継地点の島へと向かった。
「じゃ、ここでお別れだ。また休み明けにな」
「おう、元気でなぁ!」
俺はグイルと分かれ、竜の乗合馬車でエルフの国へと飛んだ。
「あ、ようやく来たか?」
なぜかカミーラさんが駅で待っていてくれた。
「あれ? カミーラさん。ウタさんに呼ばれてきたんですけど……」
「ああ、発掘現場には案内する。少々厄介なことになっているんだ」
「わざわざエルフの国の筆頭薬師が俺を迎えに来るくらいですからそうでしょうね。先に断っておきますが、ウタさん相手に武力で解決しようとは思わない方がいいですよ。その場合はエルフの大森林が半分は燃える覚悟を持ってください」
「魔族の姫だからか」
「ん~……、カミーラさん、それをウタさんに言うとたぶん怒るので言わないでくださいね」
「やはりダメか。エルフたちは、古い頭の持ち主ばかりだ。そういう理解しかできない者たちもいるのさ。馬車を用意したのだが乗るか?」
馬車に乗ると魔力を封じられるかもしれない。面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だな。
「遠慮しておきます。走った方が速いですから」
「そうだったな」
カミーラさんはずっと頭を抱えて、言葉を発する度に苦い顔をしている。言いたくないことを言わないといけないのか。
「一緒に走りますか?」
「いや、ついて行けるわけがない」
「では途中まで歩きますか。ちょっとギャラリーが多すぎるようですが……」
「わかるのか?」
「もう少し隠れた方がいいですよ」
「コウジまで巻き込むわけにはいかん。少し歩こうか。ついでにこれを使いたい。喉が痛くてね」
カミーラさんは燻煙式の眠り薬を取り出した。マスクを渡してきた。裏側に通信シールが貼ってある。よほど聞かれたくないのか。風の妖精に聞かれるのも嫌なのだろう。
俺はマスクをして周囲に魔力を展開。カミーラさんの頭も覆った。
「助かるよ」
眠り薬の罠は三つ。カミーラさんは火を点けて周辺に向かって投げていた。
周囲には白い煙が立ち込め、視界不良になった。
「ちょっと走って離れてくれるか」
「了解」
俺はカミーラさんを抱え、一気に遺跡付近まで走った。
「追ってきていると思うか?」
「追っては来るでしょうね」
「では手短に話す。はっきり言えば、芸能系の里はクズだらけでね。山師たちが恩を盾にして若いエルフたちを囲い始めた。それが学術系にまで広がっている」
「別に義理や人情があってもいいんじゃないですか?」
「『月下霊蘭』が咲く頃にも同じことが言えるか?」
「囲うってそういうことですか?」
「そういうことだ。種族関係なく、モテない者ってのは底抜けにモテない。その上、長年生きていればいるほど、人間関係は複雑になっていく。例えその恩がビジネスであったとしても受けた恩を返さないとエルフの中での評判が下がる。『誰のおかげで飯が食えてる』と業界内で商売をさせないようにする会社まで現れた」
「はぁ……。別に国から出ればいいんじゃないですか?」
「家族、仕事、地位を考えると、外国でも事業を成功させる者は稀だ。それにエルフの国の中で有名になれば、数百年は安泰だからな。あろうことか、考古学業界にも手を伸ばしてきてな。ウタ嬢にまで、『発掘許可を与えているのだから月下霊蘭が咲いたら、うちの里に来てくれないか』という者まで現れた」
「そいつは死にましたか?」
「いや。意外とそういう者ほど地位が高いからな」
俺も頭が痒くなってきた。
「女性蔑視、種族差別、業務妨害、人権の侵害、捕まえられないんですか?」
「ああ。いくつかの遺物を発見し観光地を作り、少人数の里の復興をさせた者だからな。他にも遺跡を有名にさせてあげると言い寄ったエルフもいると報告を受けている」
「それ、いろんな人を敵に回しますよ」
「わかっている。わかっているから困っている」
国際問題になりかねない上に、外国の事情とエルフの状況が分かっているカミーラさんまで出てきたということか。
カサッ。
潜んでいたエルフたちが追い付いてきたか。
「事情は分かりました。夏ですもんね。虫には気を付けます。この燻煙式の罠ってまだ予備はありますか?」
「もちろん、ある。遺跡でも虫が湧くから気を付けてくれ」
カミーラさんは燻煙式眠り薬を渡して、馬車に乗って颯爽と去っていった。潜んでいるエルフたちも数人を残してどこかへ消えた。
「虫には十分気を付けたいなぁ! 古代の病原体に感染したら、どうやって治せばいいのかわからないからな!」
大声で周囲に言いながら、遺跡へ向かう。
「なぁにを言ってるんだい?」
「コウジ! 来たか!」
アリアナさんとベンジャミンさんだ。ウタさんの曽祖父母にあたる。まだまだ元気なようだ。
「ウタ!」
ベン爺さんが遺跡に向かって声をかけると、ウタさんが服の泥を払いながら出てきた。
「あ、来た」
「お疲れ様です。随分厄介なことになっているようですね」
「はぁ……。どうするかなぁ……」
ウタさんでもストレスが溜まっているらしい。
「予知スキルを持っているオタリーさんには、『月下霊蘭』が咲くまではエルフの国にいた方がいいって言われました」
「あ、じゃあ、そうする? 一番時間がかかるし、エルフごと影響を与えてしまうけど、仕方がないか……。よし、そうしよう」
なにかウタさんの中で決心がついたようだ。巻き込まれる俺からすると非常に怖い。
「エルフって南半球にも行ってるんだよね? 世界樹目当てで」
「勇者たちの国にはいるみたいです。うちの両親がセーラさんを手伝ってましたから」
「看板は南半球か……」
いつの間にかウタさんまで母さんを「看板」と呼ぶようになっている。
「コウジ、この遺跡は昔のダンジョン跡だから、かなり深いし空間もぐちゃぐちゃでかなり脆くなっている箇所もある。だから、できるだけ物音も立てずに発掘しているんだ。できればあと二週間以内にすべて回っておきたい。月下霊蘭のどさくさで崩壊なんてしたら、また一から発掘作業をしないといけなくなるでしょ。時間かかりすぎるとお爺ちゃんたちも生きてないかもしれないから」
年寄りに辛らつだ。
「それは絶対にやりましょう。俺もマッピングでついて行きますから」
「そのあと保存のために調達してもらいたいものがあるんだ」
「はい。揃えられる物なら……」
「ちょっとこっち」
休憩所に連れていかれた。
発掘作業の休憩所は大きなテントで、防風防音の魔法陣まで描かれている。風の精霊も入ってこられないようにしているらしい。春前にはエルフもいたはずだが、今は完全にウタさんと曾祖父母だけ。
ウタさんはメモ帳に、遺跡をきれいに埋め戻すための材料を書いていった。
「洞窟スライムの粘液って南半球から取ってくるんですか?」
「いや、ベルサさんが北半球にも持ってきてるんだよ。たぶん、ウェイストランドにもあるはず」
「後は板と封魔の杭ですか?」
「うん。魔法陣学の授業取ってるんでしょ? 作れない?」
「親父の魔法陣帳を見ないことには……。セスさんの会社が一番近いかな」
「シャングリラなら遠くないから行って帰ってこられるね」
「丸一日はかかりますよ」
「時間がかかるね。海上に友達いない? 恩に対抗するために縁を使おう」
「いるかなぁ。なにをするつもりなんですか?」
「なにって……、利権崩しかなぁ……」
詳しく聞いてみると、ウタさんの計画はかなりぶっ飛んでいた。
「本当にやるんですか?」
「エルフの国って自浄作用がないのが最大の弱点でしょ。当たり前だけど、生きていれば義理や人情を持つものだし、商売とか仕事をしていれば知り合いに仕事を振ることだってある。それはいいんだけど、あくまでもお互いに利益がある場合だよね。もしくはピンチになっている会社に恩を受けたことがあって、それを返したいと思うとか。助けた側が、この前助けたんだからといって、必要以上の見返りを求めるのはおかしいし、そもそもビジネスとしての関係なのに、別ジャンルの要求をしてくること自体、かなり気持ち悪いでしょ?」
「考古学者闇を暴く! ですか?」
「どうとでも言って。こういう空気を作るのは国としても種族としても、損失だよ。だって、恩の論理で言えば、コムロカンパニーが現代で一番偉いって話にならない?」
「ああ、現代史におけるコムロカンパニーの役割を考えるとってことですか? そうかなぁ。影響力はあるみたいですけど……」
今年学んだので、よく覚えている。
「ほぼどこの地域でもコムロカンパニーには一目置いているはずよ。それだけのことをやってきたのだから。でも、コムロカンパニーの誰一人として恩を売ったなんて思ってないのよ。問題が起こっているから、困っている人がいたから手伝ったり助けたりしていただけで、報酬も微々たるものしか受け取らないし、見返りは仕事の部分だけしか求めない。そもそも神々からの依頼の報酬も全然受け取っていないのよ」
「そう言えば確かに聞いたことがないですね。なんでですか?」
「本人たちに聞いてよ。でも、たぶん……」
「見返りなんて必要ないのよ。彼らには」
アリアナさんが答えた。
「何よりも自由を重んじている。それは自分に対してもだけど、助けた相手に対してもだ」
ベン爺さんも続けた。
俺が生まれる前から付き合いのある人たちだから、きっと正しいのだろう。
「それからレベル100を超えると何を追えばいいのかわからなくなるらしいんだけど、コウジ、本当?」
アリアナさんがまじまじと俺の顔を見てきた。
「俺は自分のレベルも知らないので、わからないです。少なくとも強さは追ってないですよ。今は学校でラジオ番組を作っているのが面白くて、知らなかったこととか理解してなかったことを、経験してどんどん身について行くのがたまらなく面白いです。ラジオショップとか、言われたから作っただけですし」
「なんで学生がそんな店を出せるの?」
「ラジオショップってそもそもなんだ? 新しい商売を作ったのか?」
「まぁ、そうです。流行りを売る店です。いやぁ、なんて説明すればいいかな。去年夏休み、暇だったからバイトしまくったんですよ」
「その報酬でってこと?」
「そう……。というか、たぶんそれまでバイト代を貰ってなくて……」
「だから、それはどういうことなのよ!」
「本当、コウジはナオキ・コムロの息子だよな! 羨ましがられたいとか褒められたいとかないのか!?」
「ん~……、俺が褒められても仕方なくないですか? なんか美味しい料理を作った料理人が褒められているのを見るのは好きですけど……、褒められたい?」
「この間の体育祭優勝してたでしょ!? 嬉しくないわけ?」
「いや、嬉しいですけど……、なんというかそれはラジオ局が取ったようなものだから、優勝をルームメイトと分かち合える方が嬉しいですかね」
「なんだそれは……!?」
「ナオキくんの血だわ」
3人から質問攻めにあったけど、とりあえず俺の仕事はわかった。たぶん一人では無理だ。