『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』26話「北極大陸でアオハル中」
北極大陸の基地では、入る時にクリーナップと血液検査がある。グイルは一々驚いていたが、俺としては家族旅行を思い出していた。
「薬草って北極大陸で作られたって本当かな?」
血液を吸われた患部に薬草を当てながらグイルは基地の中を見回していた。ホールには研究用の樹木が生え、研究者たちが研究に没頭しているのかそこら中で議論し、壁や床にも数式などが書かれている。
「らしいね。トキオリ爺ちゃんが確かめたって言ってた」
俺が採血後に、ベンチで休憩していると海獣の獣人であるポーラー族の研究者たちが集まってきた。血液の魔力含有量が多いとかで引っかかったらしい。
「おうっ! コウジか!」
遠くを歩いていたセイウチさんが声を上げて驚いていた。
「お久しぶりです」
「いやぁ、ラジオでは聞いていたけど、親父さんにそっくりになってきたなぁ~」
研究者たちをかき分けながら、近づいてきた。
「コウジか! 顔を見てなかった!」
「コムロ家の血筋かぁ。道理で」
「育成状況はどうだ? やはり少年時代に筋肉をつけすぎたから骨の成長が阻害されていないか?」
「どこか魔物化していないか」
「光の精霊ぶん投げたって?」
集まっていた研究者たちが一斉に喋り始めた。
「今のところ成長はしてます。セスさんほど背は高くならないと思いますよ。その光の精霊を呼んだ先輩がいるはずなんですけど?」
「ああ、ラックスちゃんたちか。今ダンジョンで、小さい竜の魔物と戦っているよ」
「ゴズくんとラックスちゃんで、研究資料をたくさん採ってきてくれたんだよ」
「あの二人はすごいね。コウジのデータも後で取らせてくれ。だいぶ成長しているようだ」
「それにしてもコウジがこの基地に来るのは何年ぶりかなぁ~。酒は飲める年になったのか?」
セイウチさんはゆっくり俺とグイルを研究者たちの質問攻めから引きはがしてくれた。
「酒は飲んでないです」
「親父さんと同じで踊るのかなぁ~?」
「酒癖悪いと後が困るんですよね。最後に来たのは家族旅行か、竜の学校に来る前でした」
「あ、そうそう。竜の学校に行くと言っていたのは覚えているなぁ~。卒業していつの間にか人間の学校に通っているのかぁ」
「集団で生活するのが好きみたいです」
「そうかぁ。君はラジオ局のメンバーかい?」
「はい。GG商会のグイルと申します」
「そうかい。セイウチってもんだよ。君は商売っ気はあるのにお金にはそれほど興味はないって顔をしているなぁ~」
「ええ!? ありますよ。大金持ちになりたいんですけど、ダメですかね?」
「ん~、商売の仕方の方が面白くなるタイプだ。お金には困らないけど、お金だけを求めている者たちとは違うね」
「そ、そういう分け方があるんだ……! そうです! その通りです! 聞いてくださいよ。コウジがラジオショップなんてものを作るから、俺の人生設計がめちゃくちゃになっちゃって!」
「大丈夫だよなぁ~。コウジはほとんど何も考えちゃいないから」
セイウチさんに図星を言われて、俺は笑うしかなかった。
「経済学とか経営学に向いているなぁ。あとで研究者を紹介しよう。あ、ほら、学友たちがダンジョンから出て来て休んでいるよ」
ラックスとゴズがベンチに座って汗を拭っている。なぜかミストも普通にいて、立ったままスカートの裾を直していた。
「あ、コウジたち来たの!」
「おう! 来たか」
「それじゃ、ダンジョンの修行を楽しんでくれよなぁ~」
セイウチさんは俺たちを案内して、何か甘いものを食べに行った。
「ミストが一番疲れてないのか?」
「ああ、うん。荷物持ちしかしてないし、後は呼吸かな」
「ラジオ局はどういう修行をしているの?」
「ミストが一番タフだぜ」
ラックスとゴズも褒めていた。
「本当?」
俺がミストを見ると、困った顔をしていた。
「ん~、なんて言えばいいのかわからないけど、ラックスさんもゴズさんも筋肉に頼りすぎているというか、でもそれが筋線維を壊して強くなることでもあるから……。どう言えばいい?」
「ああ、そういうことか。お二人とも動きが悪いんですって。自分への観察と周囲への観察のレベルをもう一段上げてください。ダンジョンだと魔物がたくさん出てくるから、倒しているだけで修業した気になるんですけど、強さを求めるならあまり意味はないです」
「ええ? そうなの?」
「そんなズバッとはっきり言われると気持ちがいいな!」
「あの毒舌ミストが、よく言わずにいられたな」
「いや、違うのよ。弱い私のためにお二人とも気を遣って死体を傷つけないようにして死霊術を使いやすいようにしてくれたのよ。だから先に私のレベルが上がったんだと思う」
先輩二人はバレていたのかと後頭部を掻いていた。
「俺たちに気を遣わせるのもミストの実力だ」
「でも、本当にミストの死霊術はすごいよ。魔物の関節を理解しているから、生きているときにやってない動きとかまでするんだから」
「動きだけです。魔力の操作までは無理なんで、コウジが来てくれてよかった。グイルはおまけ?」
「グイルだって、この前冒険者になったんだぞ。実績積みまくりだ」
「魔物は倒してないけどな。荷物持ちはするから。いい加減、俺たちもコウジのロケに付き合えるくらいにならないとな」
「本当、それ。去年みたいなことがあってラジオ局が襲撃されても対応できるようにならないとね」
ミストとグイルは拳を突き合わせていた。
「ラジオに強さは要らないだろ」
「ラジオ局長は黙ってろ」
グイルはリュックを整理して、荷物をベンチに置いて空にしていた。
「このダンジョンの特徴は、死体が出るってこと。他のダンジョンだと魔物の実体がないことが多いけど、有機物が多い関係で魔物から血を噴き出すから気を付けて」
「了解」
ミストもグイルも準備運動をしていた。
「ウインク呼ばなくてよかったのか?」
「海上でメルモさんに鍛えられてるらしい。夏休み明けに差を見せつけられるかもよ」
「なんだ、あの司会の美人まで強くなるのか?」
「チートじゃない?」
そう言いながら、ラックスは光魔法の玉を指から出して、ゴズは壁の影に魔法を放って、手の形を作っていた。
「誰がチートだかわからん」
「「おめぇだよ!」」
先輩二人からツッコミが入ったところで、ダンジョンに入る。
「うわぁ。久しぶりに入ったら、前より血の臭いが強い。臭いの精度を上げたんだな。その分、植物も増やせばいいのに」
「時々、植物が鬱蒼としている部屋が出てくるよ」
ラックスがフォローしていた。
「あ、そうなんですか。今、ダンジョンの設定ミスを大声で言って、ダンジョンマスターの光の精霊に圧をかけてるところです。どうせ聞いてるんで」
「あ、そういうこと」
「精霊に対抗するための基本戦術です」
「やっぱ、コウジがいると頼もしいな」
「前方右通路から、トカゲの大きい奴が来ます。あれ、何て名前?」
ミストが索敵しながら、聞いてきた。
「ヴェロキスラプトルのこと?」
「名前、あったんだ!」
「子どもの頃、覚えたんです。グイル、そこの壁抜けるから気を付けろよ。魔物が飛び出してくるかもしれない」
「わかった。ウオッ!」
バグンッ!
壁から大きな口が出てきて、グイルを食べようとしていた。グイルは咄嗟に転がって逃げ、目を丸くしている。
その大きな口を影から出てきたゴズが掴み、そのまま巨大ワニを引きずり出した。壁には口の二倍ほどの身体が入っていたようだが肋骨が見えるほど痩せている。光の精霊に食わしてもらっていなかったのだろう。しっかりラックスが光の槍で倒していた。
「実体がある分、食料確保が難しいのかしらね」
「そうでしょうね」
「俺、食われかけたぞ!」
「大丈夫だよ。頭だけ残っていれば、基地で再生できるから」
「ああ、そうなのか……。いやいやいや……」
「グイル、慣れないと筋肉が終わるよ」
「ええ? どういうこと?」
ミストに発破をかけられ、グイルは立ち上がった。
「二階層まではいいですか?」
「ああ、飛ばしていい」
「じゃあ、グイルは遅れてもいいから足跡を追ってきて」
「ええ!?」
「そのワニを護衛で付けるわ」
ミストが死霊術で倒したばかりの巨大ワニを甦らせ、グイルの周りに漂わせた。
「死体が浮かんでるよ!」
「死体ぐらい浮かぶわ」
「ちょっと待ってくれ~!」
俺たちが走り出すと、グイルも全速力で追いかけてきた。案外早いのかもしれない。
「ああ、早めに魔力を使った走り方を教えておいた方がよかったか」
「全身の力を抜いてからが本番よ。早めに疲れさせた方がいいわ」
「ミスト教官は厳しいな」
グイルの様子を見つつ、俺たちは出てくる魔物を倒し続ける先輩たちをサポートしていく。
「零れた魔物は俺たちが拾っていくのでどんどん進んでいいですよ。周辺視野を広げて、魔物の探知に全力で振っていいですから。ミストは足に魔力を集中させて、呼吸忘れずに」
ダンジョンの通路をラックスとゴズの光と影が縦横無尽に移動していく。ミストは死霊術で魔物を蘇らせて、すぐに昇天させる祝詞を唱え続けている。上半身をブレさせずに走っているので、本当はかなりつらいはずだ。忍耐強い。
ラックスとゴズが倒した魔物よりも俺が倒した魔物が増えてきた頃、休憩に入った。
「筋肉が終わった……」
疲れすぎてハイテンションになっているグイルが追い付いてきた。
「よし、そこにちょっと座って」
俺は薬草をグイルの関節に巻いていく。
「骨に魔力を通すつもりで、歩いてみて」
「ああ、歩ける」
「な。筋肉使わなくても歩けるから。あとリュックのベルトを調節して身体に密着させるよりもちゃんと肩で背負うように。ミストは喉大丈夫?」
「のど飴舐めてるからね。ダメ。汗が止まらない」
「後半は呼吸も乱れたし、走りながら姿勢を維持するのも結構きついだろ?」
「うん。やっぱり着替えよう」
ミストはドレスを脱いで、短パン、ロングTシャツ姿になっていた。細身だがしっかり必要な筋肉が付いている。足には死霊術師特有の入れ墨もしているが、本人は気にしていないらしい。俺たちには見られてもいいと思っているのか。
「食事が違うのか?」
「本当に姿勢だけじゃなくて、筋肉もキレイなのよ。なんかやってるの?」
先輩たち二人はミストに見惚れていた。
「必要な食事と十分な睡眠、適度な運動です。私たち四人はほとんど同じ時間に寝て起きてるから、自然と精神も整うし、筋肉も付いてくるんですよ」
「グイルも結構ついているだろ?」
「俺たちはコウジについて行く必要があるので、蓄えてた脂肪がどんどん減っていくんですよ」
「すまない。無理をさせて」
「思ってもいない嘘をつくんじゃない」
「コウジが言ってることはだいたいできないんだけど、やらないと自分が許せなくなるのよ。だから、ズルいのよね」
「そうなの?」
「そうだよ。壁を歩くのをめちゃくちゃ練習したよね?」
「した。ウインクがブチ切れて止めるんだ。でも、今、骨に魔力を流せって言われて、こうやるんだろうなっていうのがようやくわかった。あってる?」
「あってるよ。やってみて」
グイルが壁を登り始めたが、背中の筋肉がないから、上半身を保てなくなっていた。
「できてるようで、……ダメだぁ!」
「でも、ちょっと歩けてたよ」
「たぶん力が入らない分、魔力だけで上がっていこうとしたからだ。しかも力が入らないから、落ちてもあんまり痛くない」
「じゃあ、筋肉を終わらせてから練習すればよかったのかぁ。あ! 私、出来そう!」
ミストは天井近くまで壁を歩いていた。
「あ、ダメかも!」
ミストはそう言いながら落下。俺とグイルで受け止めた。
「ありがと。下を見るとまだダメね」
「これでアンテナ修理はできるね」
「先輩、コウジにちょっと言ってあげてください。ずっと動きっぱなしなんですよ」
「そりゃ、無理だ。コウジは動かないと死ぬ病なんだ」
その後、少し干し肉を食べて、ダンジョン探索を開始。前来た時とは違って、ちゃんと魔物や植物が住み分けされている気がした。
ただ魔物の動きはダンジョン産なので、予想外の動きはしてこない。いつの間にか、死体が消える魔物が出てきたところで、振り返ると俺以外疲れ切った表情をしていた。
「帰るか」
「全身使った」
「魔力も全部使いきった」
「ああ、楽しいだけだったな! 明日はもう少し骨のある魔物が出てくるんだろうな! こんな楽しいだけのダンジョンじゃ修行にならないもんな!」
光の精霊に圧をかけてから、ダンジョンから出る。
「薬草風呂に入ろうぜ~」
「「おお」」
グイルもミストも走れる体力は残っていないようだった。
「悪かったな。呼び出しちまって」
ゴズが湯船に浸かりながら、言ってきた。
「いいですよ。ちょうど暇してたんで」
「体育祭が最後かなぁと思ってたんだけど、こっちに来てまた迷い始めてしまった」
「就職ですか?」
「ああ。衛兵になるもんだと思ってたんだけどな。この基地にいると可能性がすごいあることに気づかされるだろ?」
「そういや、アペニールの農業大学に行ったんですけど、そこの教授が二人に興味があるって言ってましたよ」
「本当か……。ありがたいなぁ」
ゴズは眉間にしわを寄せて考えているようだ。
「コウジ、世界樹とはどんなところなんだ?」
「どんなって言われても、一言で言えば危ないジャングルですよ」
「毎日仕事はあるのか?」
「ありますよ。冬はそんなにないですけど。ちょうど南半球は冬なのでほとんどドワーフの管理人たちも休んでます。世界樹に行きたいんですか?」
「自分を試す場にいた方がいいのではないかと思っていて、夏の後半は南半球に行こうと思ってるんだ。ベルサ財団のインターンシップもあるから……」
「ベルサ財団? なんですか、その不穏な団体は?」
「知らないのか!? 魔物学者のベルサさんが作った学者や研究者を支援する財団だ。コムロカンパニーの運用資金は、どうしても各国と長期的な契約を結ばないといけなくなるから、そういう財団を作ったそうだ。ただ、コムロカンパニーはそれほど資金を運用しないのだろう?」
「コムロカンパニーって金があるんですか!?」
「世界的に有名な会社だぞ。持ってないわけないだろ?」
「親父が金を持っているところなんて見たことないですよ」
「ああ、まぁ、そういうものかも知れないな。でも、金で不自由したことはないんじゃないか?」
「いや、金の使い方は総合学院に入って、ゲンズブールさんに教えてもらった感じですからね。あんまり母さんのお茶屋以外で見たことがないし、自由に使うとかそういうものなんですか?」
「ああ、そういうことかぁ……!」
隣で入っていたグイルが納得していた。
「いや、セイウチさんが俺にお金よりも商売の仕方の方が面白くなるタイプって言ったのか、今わかった。コウジと一緒にいるのに、金だけあればいいなんて思わなくなってくるのか……」
「なるほど。それはそうだよなぁ……」
ゴズはまた考えていた。
「今年の上半期はいろんなことがあっただろ? パレードとかを見て、随分気持ちの整理も付かないまま体育祭もあったし、エルフたちの騒動もあったよな。夏の終わりにはエルフたちの『月下霊蘭』が咲く頃合いだし、俺も落ち着いて考えられなくてさ」
「何に影響されても、自分の人生は自分で決めた方が後悔はないですよ」
「それはそうなんだけど……。時代の流れを見なくてもいいということにはならないとも思うんだ」
「時代に合った仕事に就きたいってことですか?」
「いや、どうなんだろう。元は魔族だろ?」
「今は関係ないんじゃないですか」
「そうなんだよなぁ。でも例えば、自分を強くしたいと思ったら、昔は冒険者とかしかなかったと思うんだ。でも、今はいろんなところにチャンスがあって、世界樹に行って鍛え直すのもいいし、農業大学に行って食について学ぶのも強さの一つじゃないか。エディバラに行って魔法学を研究してもっともっと魔法を鍛えてもいい。強さがひとつじゃなくなって、急に学校から放り投げられる感じでさ」
「体育祭がひとつの指標だったんじゃないですか?」
グイルは、のぼせないように湯船から上がり、筋肉痛が治って喜んでいた。
「それはコウジに負けたから、別の強さを求めようと思ったんだよ。あ、それかぁ! 別の強さを探したら、たくさんあって混乱しているだけか。いろんな価値観に触れたけど、捨てていかないと絞れないものなんだな」
「でも、俺は強さを求めてないですよ」
「ラジオ局長はこんなことを言うだろ? どうなってんだ? グイル!」
「すみません。ただのラジオ好きなんです」
「俺は別にいろんな価値観があって、いろんな視点で見た方が世界は広がるんじゃないかと思ってるだけです。世界は一つでも、見方を変えるだけで理解できる範囲が広がるじゃないですか。ミストが見てる骨の世界とか絶対違うと思うんですよ」
「それは、そうだ。理解する面白さに気づけるかどうかなのかもな」
ゴズは真っ赤になった身体をゴシゴシと拭いて、吹っ切れたように風呂から上がっていた。
俺たちもすぐに風呂から上がって、フルーツ牛乳を飲み、夕飯に培養肉のステーキを頂いた。
「美味い! 人工的に作った肉とは思えない」
白夜なので日は沈まないので、夜中まで研究者たちの手伝いをしていた。せっかく力持ちがたくさんいるからと、中央ホールの植物の土を替える作業だ。
「土が痩せちゃうから栄養を与えてたんだけど、どうしても栄養が偏るのよ」
植物学者たちは泥だらけになりながら俺たちに指示を出していた。
「あ、コウジくん! 来たのかい!?」
予知スキルを持つアシカ顔のオタリーさんも手伝っていた。
「お久しぶりです」
「竜の学校を卒業したら、基地に来ると思ってたんだけど予知が遅れたなぁ。あ、でも、『月下霊蘭』が咲くときにはエルフの国に留まった方がいいと思うよ」
「え? 『月下霊蘭』が咲くときに俺、エルフの国にいるんですか?」
「うん。予知ではそうだった」
エルフの発情期真っただ中に放り込まれるのか。
「留まった方がいいというのは、留まらなかった未来もあるんですか?」
「ん~……、なるようにしかならないし知らない方がいいこともあるよ」
「そうですよね。気を付けます」
不安を抱えつつ、俺たちはダンジョンに潜り続けた。




