45話
建物に戻ると、庭の芝生がえぐれ、土がむき出しになっていた。
周囲の道も、土砂降りの雨が降ったようになっている。
「教会で寝てて良かった」
「おかえり」
小道を箒で掃いているレッドドラゴンに声をかけられた。
「なんか大変だったみたいだな。水竜ちゃんは?」
「今、黒竜さんとお主たちの船を取りに行っているところだ。黒竜さんにこっぴどく叱られていたよ」
「そうか」
「うむ…まぁ、水竜にも言い分があったようだがな…」
黒竜は昔、人族の町で娼館を経営していたことがあるらしい。
水竜ちゃんは塾も同じような施設だと思っていたとか。
レッドドラゴンが人化の魔法を練習したいと言うので、黒竜の下に連れていったら、娼館みたいな施設に入り浸るようになったと勘違いしたらしい。
黒竜の方は、塾だと言えばわかると思っていたという。
「なにそれ」
後で、黒竜にどうして人族の町で娼館なんか経営していたのか、聞いてみたら
「人の権力欲について知りたかったのだ。人族で偉くなりたければ、娼館を経営するか、まじないが出来る絶倫僧侶になると、手っ取り早いぞ」
と、教えてくれた。
俺は、前の世界のロシアにいた人たちを思い出した。
「お、帰ってきたか」
籠を背負ったアイルが、竜の娘さんたちと一緒に建物の脇から出てきた。
森で、薬草を採ってきてくれていたらしい。
「悪いな」
「足りるか?」
「ああ、大丈夫だろう」
籠いっぱいの薬草を見ながら、俺が言う。
「ベルサは?」
「中で、ゾンビの肉切り分けて実験している」
かなりマッドサイエンチックだな。
「ただいま」
「お、寝てたのか?」
腐肉と回復薬を並べて、床で実験しているベルサが俺を見て聞いた。
寝癖直ってなかったか。
「ああ、教会で寝てた」
「こっちはうるさかったからな」
「どう?」
「うん、結局、濃縮した回復薬が一番効くな。ほら」
そう言って、ベルサは瓶から緑色の液体を、腐肉に注いだ。
ジュっという音とともに腐肉が溶けて無くなった。
「これで解毒できるの?」
「マスマスカルで実験してみたんだ」
ケージのようなものに入ったマスマスカルは元気そうだ。
「先に飲んでおけば、ゾンビの腐肉を食べても問題ない。ただ、脳までゾンビ化が進むと…」
そう言って、ベルサは赤い液体と灰色の毛がへばりついた板を見せてきた。
「もう治せないな。首を噛まれるとすぐに脳までいってしまうから、気をつけたほうがいい」
「マフラーでもするか」
「町のゾンビの方は?」
俺は探知スキルを展開し、町を確認。
「ほぼ海に沈んだね」
ゾンビは駆除できたが、元のドラゴンゾンビがいる。
グーッ
俺の腹が鳴る。
「外でBBQしよう」
「うん」
庭の芝生で、スノウフォックスの丸焼きだ。
頭から肛門にかけて串を刺し、串を回しながら火で炙る。
いわゆる「美味しく出来ましたぁ!」スタイルだ。
その横で、レッドドラゴンと竜の娘さんたちが、生のホワイトベアにかじりついている。
「なんだこれは!うまいな!」
などと言っている。
いい感じで肉が焼き上がった頃、海の向うに水竜ちゃんと帆船がこちらに向かってくるのが見えた。
水竜ちゃんが帆船を引っ張り、帆船の上に黒竜が立っている。
いやいやいや、帆船って。
帆船の帆は破れて、船体は今にも沈みそうなほどボロい。
これじゃ、ほとんど幽霊船だ。
むしろ、ゴースト系の魔物が乗ってないほうがおかしいくらい。
「ただいまー!」
陸に上がった水竜ちゃんは相変わらずテンションが高い。
「コラ!ちゃんと謝っておきなさい」
「ご迷惑をかけまして、どうもすみませんでした!」
黒竜に言われ、人化した水竜ちゃんが信じられないくらい低い声ととんでもなく険しい表情で土下座してくる。
後ろには腕組をしたオールバックの黒竜。
「あ、いいんですいいんです。それより、船ってそれですか?」
「向こうの岩場に座礁していたものだ。直せば使えると思う」
「魔物とか乗っていませんか?」
「ああ、それは問題ない。すべて消しておいた」
やはり、いたのか。
「一番近い人族が住む港町までは、水竜に送らせる」
「そうですか」
「よろしくぅ~」
水竜ちゃんが軽く言う。
「コラ!」
「よろしくお願い申し上げます!」
水竜ちゃんの顔が怖い。
「すまない。今、真面目な顔の練習中なのだ。大目に見てやってはくれないか」
なんだそりゃ。あくび指南みたいなものか?
「は、はぁ…とりあえず、飯食べますか?」
「悪いな」
「本当に、すまないと思っている!」
アイテム袋から、ホワイトベアの肉を出し、黒竜と水竜ちゃんに渡す。
「ん~これは美味だな」
「ん~この顔だと美味しいかどうかもわからない。何故だ!?解せん!」
黒竜とふざけている水竜ちゃんがそれぞれ感想を言い、黒竜は水竜ちゃんにアイアンクローをしていた。
「真面目な顔してたのに~~!」
「それで、町の方の駆除は終わったんですが、元を断たねばなりません」
食後、俺は黒竜とお茶を飲みながら今後の予定を話す。
「確かに、このままでは我らがいつゾンビ化するかもわからない…やはり」
「ええ、黒竜さんの師匠を倒しに行こうと思います」
黒竜はお茶を一口飲み、大きく息を吐いた。
「うむ。本来は我輩の役目なのだが、一目見て我輩は逃げ出してしまった」
「どんな竜だったんですか?」
「白く美しい竜だった。優しくもあり、厳しくもあった。そして恐ろしく強い」
黒竜の顔が一瞬強張った。
「何故、勇者に負けたのか、今もってわからん」
「一応、状態を確認したいのですが、頭部もゾンビ化していましたか?」
「ああ、顔の半分はただれていた」
助かる見込みはなさそうだ。
「うちの魔物学者が言うには、ドラゴンゾンビは恨み、もしくは何らかの意志を持っている場合があるそうです。もしかしたら、遺言が聞けるかもしれません。一緒に行って、確かめますか?」
「…うむ、行く」
「では、明朝に出発します」
すでに、西の空に日が沈んでいくところだった。
その後、ベルサとアイルと打ち合わせして、耐性付きの頭巾とマスクを作る。
竜の娘さんたちは興味深そうに見ていた。
ベルサはドラゴンゾンビの下には行かず、ゾンビ化したマスマスカルやポイズンスパイダー用に回復団子を作っている。
アイルが剣を振っているのを見て、レッドドラゴンが剣に火属性を付与していた。
「この方が切れるだろ?」
「そんなことも出来るのか!?意外に器用だな」
俺の驚きの声に
「火竜の加護だ。お主の魔法陣とは違う。我も少しは協力したい」
と、火竜はしんみり言った。
「真面目な顔がうまいな。水竜ちゃんに教えてやったらどうだ?」
「抜かせ!」
場が和んだところで、竜の娘さんたちにも協力してもらって、回復薬作り。
遠巻きに見ていた水竜ちゃんも引き込んで、薬草をゴリゴリと潰してもらう。
さすが竜種だけあって、腕力が強いのですぐに終わる。
竜種の娘さんも水竜ちゃんも、ついでに言えばアイルもそうなのだが
「普通の服は着ないのか?」
と、俺が疑問を口にした。
「「「ん?」」」
「いや、やけに露出が激しいから、目が行っちゃってね」
そういいながらも、回復薬を作る手は止めないけど。
「人族は露出の多い服のほうが好みだと聞いたが?」
それは、黒竜の趣味なんじゃ…。
じっと黒竜を見つめると、「そういえば、この屋敷のタンスに女物の服もあったなぁ」と言って、竜の娘さんたちを奥の部屋に案内していった。
「ついでにアイルも行ってきなよ。明日はビキニアーマーじゃ行けないんだから」
「そうか?」
「ドラゴンゾンビは触れるだけで、毒になるし、毒の霧を噴射するんだ」
ベルサが説明する。
「わかった」
「呪い耐性も必要かもしれないね」
「うん」
などと話しているうちに、高純度の回復薬が出来上がった。
「スゴい手際だな」
薬学と調合のスキル、カンストしてますからね。
「あ、そうだ。ゾンビ化の解毒薬考えてる最中に思いついたんだけど、塗り薬も出来るよな?」
「ん?ああ、確かに。その方が持ち運びには便利か。飲んだり、患部にかけたりするのは液状のほうがいいけど、冒険者には、少しずつ怪我した患部につけられたほうが経済的かも知れないな」
金の匂いがする。
「今回の件が片付いたら、ちょっと試してみよう」
「ああ」
奥の部屋から、黄色い声が聞こえてくる。
窓の外を見れば、月明かりを受けた波が揺れている。
島の夜が更けていった。