『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』24話「アグニスタ家の倅」
「たぶん、流れを考えると全世界的に教育に力を注ぎ始めると思う」
ゲンズブールさんは朝飯のパンケーキを食べながら、語り始めた。
「どうしてです?」
「コウジが目立ってるからな」
「そうでもないですよ」
「自分ではわからないのね。ナオキ・コムロの息子がアリスフェイの学校に通っていて、精霊と渡り合えるなんて聞いたら、各国の貴族が意識しないわけがないわ」
ゲンズブールさんの奥さんがパンケーキのおかわりを焼いてくれた。食事は毎日一緒に作っているらしく、ゲンズブールさんはベーコン入りのサラダを作っていた。ラジオ局で売っていたスープもある。パレードでアリスフェイに行ったときに買っていたらしい。
「ただでさえコウジの親父さんは世界で一番忙しい。代わりにもう一人いるとなれば、当然依頼も殺到する。生涯にわたって仕事に困ることはない」
「それは幸せなことなんですか?」
「問題はそこだな。コウジのやりたいことと仕事が噛みあっているうちはいい。でも、仕事だから、やりたくないこともやらないといけない」
「仕事は選べるんですよね?」
「選べない条件を提示してくるさ。人が死ぬとかな」
「それはもう依頼者が問題じゃないですか」
「その通り」
親父が言っていた「優しさに付け込む人」という人たちだろう。
「精霊の信徒たちも狙っているぞ」
「なんでですか?」
「今の勇者をよく思っていない信徒は多いからな。コウジなら闇の勇者以外ならなれると思っているのさ」
闇の勇者は強さだけで決まらない。
「基本的に精霊と悪魔には関わらないというのが、うちのやんわりした家訓なんで」
「家業を継ぐつもりか?」
「いえ、それも親父に『コムロカンパニーは家族経営をしない』と言われています」
「家族を狙われると面倒だからだろうな。やっぱりコウジは起業するしかない。卒業してもラジオ局をやっていくつもりか」
「どうなんでしょう。今はラジオが本当に面白いと思ってるんですけどね……」
「学生のうちに何でもやることよ」
「そうだ。俺も最終学年までどうするか決めてなかったんだから」
「そうなんですか?」
「気づいていないかもしれないが、俺はコウジに会ってだいぶ人生計画が変わった」
「俺はゲンズブールさんに何をしたんですか?」
「ん~、物の見方を変えたな」
「ゲンズブールはね。お金を集めることに飽きていたのよ。貴族たちのパーティーにも呼ばれて、服装や食事にも興味がなくなっていたところにシェムちゃんが入学して、長期的ビジョンの作り方に面食らって、コウジくんが入ってきて完全にそれまでの価値観が壊された。違う?」
「だから、俺は尻に敷かれてるんだ。まったくその通りだね。流れを作るのは情熱なんだ。それが欲望であれ、願いであれ、探求心であれ人の情熱が時代に流れを作る。その熱が高くなっているところに向かってうねっていく。だから、今は本当に情熱を傾けられる仕事をしているんだ。こんな決まりきったことしかしない町はない。ここから流れを作れたら本物だろ?」
「確かに……」
「都市部は偽りの情熱を語る者が多すぎる。自分の心に正直になれないのだろうな。うがった見方をしたり、他人にどう思われたいかばかりを考えるようになる。いいぞ、不死者は。皆一度死んでいるからな」
ゲンズブールさんは不敵に笑っていた。
俺は不死者の町で土産の付呪具を買い込み、火の国へ向かうことにした。ラジオの新商品が出ていないかと番組を学ぶために。最近、ラジオドラマという声だけの演劇をやっていて気になっている。古い昔話などを、キャラクターに分けて役者に演じてもらっているようなのだが、台詞に抑揚もあるし音楽も流れているので楽しい。
うちのラジオ局でもやってみたい。
「単純だな」
「ええ、もっとシンプルに学生生活をしないと。前期はエルフの留学生とか光の戦士とか複雑で、少し疲れました」
「癒すのもラジオなのね」
「そうです」
俺はゲンズブール夫妻に別れを告げ、一路火の国へ向かう。魔族の国からすぐ北にあるので、のんびり歩いて向かう。駅馬車も面白いが、行商人たちと歩いていくのもいいだろう。魔族の国では、ミノタウロスやケンタウロスの行商人も多く、いろいろと教えてもらうことが多い。
「今年は平原で雨が少なかったからか、チョクロが不作らしい」
「その分、甘い品種が出てるんだ。随分前から、グレートプレーンズではあったみたいなんだけど、貿易には回してなかった品種だそうだ」
「食べました?」
「いや、それを買い付けに行くところさ」
「兄ちゃん、休憩しなくていいのかい?」
「ええ、行けるところまで行ってみます!」
「無理するなよ。火の国まで距離があるからなぁ」
行商人たちはよく休む。お茶をしながら、体力を使わない知恵だろう。
「わかりました。今度、学校のラジオ聞いてみてください」
「おう……。え!?」
「お前、まさか……!?」
「それじゃあ」
行商人たちと分かれると、一旦走って距離を稼ぎ、火の国へ入国。ここからは船旅だが、その前に観光地であるシマント奇岩群を見て回る。
昔、コムロカンパニーがアリの魔物を倒した場所で、穴の開いた奇岩がたくさん立っている。
森を進み、霧の中を進んだ先に、奇岩群はあった。すでにアリの魔物はいなかったが、別の魔物が棲みついていた。もちろん、観光地でもあるので、整備はされている。人も魔族もいて、危険な魔物はいない。世界樹と同じように管理局があるようだ。
「昔は、火の勇者もいて武器を買わされていたんだけど、今は魔族もいればエディバラからの魔道具もある。魔物が出てもすぐに討伐してくれるし、いい時代になった」
そう老人たちは言っていたが、若者たちは苦笑いだった。
定期船に乗って若い行商人に事情を聞いてみると、潤っているのは老人たちだけらしい。
「潤っているのは上の世代だけさ。どの商売も利権があって、賄賂ばかりでね。家を持つなら外国へ行くよ」
「賄賂なんて合法なのかい?」
「いや、支度金とか準備金とか名前を変えて、とにかく持って行く。その上、税金もかかるから土地持ちでもない限り、裕福になるのは難しいよ。新しい産業でもあればそっちに行くんだけど、どれもパッとしない」
「魔道具は?」
「魔道具はエディバラに敵わないし、アリスフェイの学校でも教えてるって聞くけど、いまいち砂漠ではなかなか流行らないのさ」
「そうかな? ラジオはどう?」
「ラジオは盛んだね。でも、砂嵐があると聞き取りにくくなるから」
「他の場所にラジオ局を作らないのかな?」
「砂漠以外ってこと? でも、そんなに魔力は届かないんじゃない?」
「いや、竜の乗合馬車の駅にアンテナを建てるって聞いたけどな」
「そうなのか!?」
若い行商人は驚いていた。知られていないことらしい。
ラジオに注目していないと情報は伝わらないか。
「情報はやっぱり自分の足で獲りに行かないと聞けないものだな」
若い行商人は感心して、他の行商人のおじさんたちの会話に混ざりに行っていた。
俺と話していてもそれほど新しい情報はないか。
のんびり空を見上げたら、コカトリスが飛んでいた。巣が近くにあるのだろう。
大型の魔物なので船員たちも警戒していた。船長は霧の中に入ってやり過ごそうとしているらしい。
特に食料がいるわけでもなく、こちらを攻撃してこない魔物であれば、こうやってやり過ごす方がいいのか。船員たちの判断も早かった。危険に立ち向かわないチームワークもある。
ただ、川の底から大型のワニの魔物も近づいてきている。もしかしたらコカトリス狙いか。
「乗客の皆さま、現在魔物を躱すために霧の中に入ります。どなた様も甲板には出ずに船室にお入りください」
船員たちが声をかけていた。
「また、冒険者、魔族の方々がいらっしゃいましたら、近くの船員にお声かけ下さい。緊急依頼を出しますので」
そういう船員に知り合いが声をかけていた。錨を下ろしたらしい。
「アリスフェイから来た冒険者だ。すまんが気持ちよく寝ていて周囲を警戒していなかった。どんな魔物が現れたんだ?」
寝癖を付けたアグリッパが霧の中を見ていた。オルトロスのポチは船底で待機しているのか。
「上空にコカトリスがいます。狙われている感じはなかったのですが、要警戒ということで霧に逃げました」
「そうか。なら、しばらく待機だな」
「いや、川の底から、ワニ型の魔物にも狙われてますよ」
「ワニの魔物って『船底破り』が!?」
船員には有名な魔物のようだ。
「コウジ! いるならいるって言えよ!」
「だって、俺は冒険者じゃないし、魔族でもないので……」
「はぁ……。あ、もう大丈夫だ。彼に任せれば問題ない。他の冒険者も魔族も必要ないから」
アグリッパは呆れて、船員に告げていた。
「俺が対処するんですか?」
「そりゃそうだろ? 他に適任がいるか?」
「いや、どうにかこのままやり過ごすっていうのは……」
「『船底破り』は今年だけでも3隻が被害に遭っています。河で仕事をしている団体は皆討伐依頼を出していますよ」
船員が説明してきた。
「コカトリスは?」
「生息域から出た大型の魔物はいずれ討伐しないといけません。緊急依頼はこの船から出しているので、十分に報酬は支払われるはずです」
「だから俺は冒険者じゃないんで……。アグリッパさんが請けてくださいよ」
「別にいいけど、ポチがいないから俺は何もできないぞ」
特待十生なのになぜか自信がないらしい。
「そんなことないですよ。とりあえず空を警戒してください」
「わかった」
「あ、そうだ。着替えってありますか?」
「船員の服でよければ……」
「乾いているのを一着、用意しておいてください。アグリッパさん、俺の荷物を……」
「わかってる! いいから行け!」
ジャポンッ!
俺は半裸になって川に飛び込み、川の底から浮上してくる大型のジャイアントクロコダイルを捕捉。口を開けて迫ってくるので、上あごから脳天に向けて、魔力の剣を突き刺す。
水上には大きな魔力が近づいていた。コカトリスが船に迫ってきている。
ジャイアントクロコダイルの魔力を引っ張り上げて、剣山のように無数の針に変え、そのままコカトリスにぶつけた。
ケーンッ!
鶏のような鳴き声が周辺に響き渡った。
ボチャンッ!
俺のすぐ近くにコカトリスが落ちてきた。
水面にはジャイアントクロコダイルとコカトリスの死体が浮かんでいる。
「アグリッパさん! これ引き上げるんですか?」
「いや、ちょっと待ってくれ……」
死んだ魔物から血が広がっていく。別の魔物が寄ってくるから早くしてほしい。
「近くの町まで牽引するらしい。ロープを受け取れ!」
「ええっ!」
面倒なことをするものだ。
とりあえず魔石だけ抜きとって、コカトリスとジャイアントクロコダイルの身体にロープを結んだ。ロープの端を船の柱に引っかけようとしたら、船室から船員が飛び出してきて、ロープを受け取った。
「結んでおきます!」
「頼みます」
「早いな。一撃か?」
アグリッパもやってきた。
「遊んでいても行商人たちに迷惑ですよ。とっとと港に引き上げて、砂漠へ行きましょう」
「そう焦らない方がよさそうだぞ」
「何がです?」
船員が船室を開けると、乗客や船員たちが歓喜の雄叫びを上げながら、拍手をしてくれていた。
「船長として礼を言う」
白髭の船長が挨拶に来た。
「他の魔物が寄ってくるので、とっとと出発してください」
「ああ、そうだな」
船長は「錨を上げろー!」と船員たちに声をかけて、ゆっくり霧の中を出発した。霧の中でも岩にぶつからずに航行できる方がすごいと思う。
俺は濡れた体を拭いて、用意してくれた白い船員の服を着た。セーラー服というやつだったか。
「ところでなんでアグリッパさんはこんなところに?」
「ああ、ポチの定期健診で魔族の国に行ってたんだ。帰りがけに、少し修業しないとと思ってな」
船室でどんちゃん騒ぎが起こっている中、俺たちは甲板で水を飲んでいた。報酬についても話し合わないといけない。
「修行って何をすればいいんだ? 皆やってるけど」
「魔力の運用方法とか、食事とか睡眠の改善じゃないんですか?」
「そうなのか? コウジ、俺にも教えてくれよ。特待十生の中で俺だけすごい弱いんだ」
「そうですかね」
「そうだろ? ポチを連れているだけで、ゴズとラックスの戦いも俺にはよくわからなかった。アイルおばさんもどれくらい強くなったって聞いてくるだけで、何かを教えてくれるわけじゃない。とりあえずアリスフェイにいる魔物には対処できるようになったと思ってたんだけど、よく考えれば討伐できる魔物を選んでいただけだしな」
「落ち込んでるんですか?」
「落ち込んでいるというか、わからないんだよ。なんで、皆、魔物も倒していないのに強くなっていくんだ?」
「強さにレベルは関係ないんじゃないですか。努力でスキルは上がるし。俺も、スキルポイントは取ってないけど、魔力操作と性質変化はそこそこ使えますし」
「なんだって!? コウジはスキルを取ってないんじゃないのか?」
「ポイントは使ってませんよ。だからレベルが上がってもスキルツリーなんてほとんど見ないですし」
「毎回、レベルが上がる度に何を取るのか悩んでいる俺はいったいなんだ? バカみたいじゃないか」
「いや、たぶんアグリッパさんが正しいんですよ。スキルは人生を豊かにするものだけ取れと言うのがうちの家訓みたいなものなのでちょっと変わってるんです」
「そうか。いや、納得するところだった。ちょっと待てよ。俺だけまともにやって弱いっておかしくないか?」
「正攻法で強くなっていってるんだから、いいじゃないですか。アグニスタ家としても鼻が高いのでは?」
「別に俺は衛兵になりたくないんだよ」
「何になりたいんですか?」
「それがわかってれば、オルトロスを飼ってない」
「ポチはなんで飼い始めたんです?」
「冒険者として仕事をし始めた頃に遭ってな。討伐したオルトロスの下から出て来て、殺せなかったんだ。連れて帰ったら怒られると思ったんだけど、責任を取れと言われて飼い始めた」
「学校はどうして通ってるんです? いや、アグリッパさんは冒険者として十分やっていけるじゃないですか。別に学校に来なくても……」
「確かに、俺は入学するまで別にいかなくてもいいと思ってたんだ。冒険者としてソロでしか依頼を請けてなかったからそのうち限界が来るんじゃないかとか、親父が喜ぶとか、衛兵になるには出ておいた方がいいのかとか、いろいろ迷ってたんだよ。でも、ドーゴエとかゲンズブールとかに会って、同世代にこんなヤバい奴らがいるのかと思って、仕事の合間に通うようになった」
実際、ヤバいからなぁ。
「冒険者として上を目指すことにしたんですか?」
「ん~、正直、もうちょっとわからんな。シェムとかコウジとか見てると、強さの種類が違うとか、格が違うとか、目の当たりにして大混乱だよ。どうしてくれるんだ? 俺の青春を」
「知らないですよ。もっとシンプルでいいんじゃないですか。家族がどうとか、同世代がとかよりもアグリッパさんがどうしたいかで決めてみては? どうせ家族だって自分の人生に責任を取ってくれませんよ。周りに気を遣い過ぎて、自分が本当にやりたいことが見えてないんじゃないですかね?」
「ああ、そうかもしれない。自分の心に従えってことか?」
「そうです」
「コウジはラジオがあるし、シェムにはダンジョンがあって、ドーゴエにはゴーレムたちがいる。俺には……、俺の個性ってポチしかないのか?」
「どうなんでしょう。でも、ポチを見捨てるつもりはないでしょ?」
「そうだけど……」
「自分の得意なことを伸ばした方が早いですよ」
「そうだよなぁ……」
「強さには?」
「興味がない。アイルおばさんを見てるからな」
「正義は?」
「別に衛兵になるつもりはないからな」
「お金……?」
「いや、コウジとゲンズブール、見てたら生活費があるだけでいいと思った」
そんなに俺たちは金の亡者ではないのだけれど。
「魔物は?」
「魔物は興味あるなぁ。依頼を請けて、下調べはかなりする方らしいし」
ギルド職員に言われたそうだ。
「別にそれが苦じゃないなら、魔物使いか魔物学者のルートが見えているのでは?」
「ああ、そうか。俺って魔物使いなんだよな。時々忘れるんだよ」
「魔物に関する知識はあるんですよね?」
「あるなぁ。でも、世界樹にいたコウジよりは少ないんじゃないか」
「世界樹は特殊ですからね。生態はわからないけど、倒しているってことはよくありますし」
「コウジは冒険者向きだよな。なんでラジオなんて」
「いや、好きだから」
「理由は単純でいいんだよな。そうか。考えてみれば、俺は魔物が好きなんだよな。ああ、そうなんだ。俺、魔物使いになるのか……」
「今でも魔物使いですよ」
「そ……、そうだな。魔物使いってどうやって修行するんだ?」
「魔物と戦ったりしながら、生態を知って、育成方法を確立していくんじゃないですか? だから、今とそれほど変わらないのでは?」
「自分自身は強くなる必要はないのか?」
「魔物を捕まえに行って死んでたら世話ないですからね」
「本当だな。いや、でも、方向性はわかった」
「よかった。それじゃ、これコカトリスとジャイアントクロコダイルの魔石です。換金して、後期の奨学金にしましょう」
「よし。報酬もできるだけ引き上げよう」
近くの町に魔物を引き上げ、報酬を全額受け取った。
「じゃあ、これコウジに渡しておくから休み明けに奨学金にしよう。俺は川を引き返して魔族の国で魔物の生態を勉強してくるから」
「わかりました」
流石に金貨にすると重いので、冒険者ギルドで手形にしてもらった。
アグリッパとポチを見送り、俺は砂漠へと向かう。
近くまで来ると、砂岩の町にあるラジオ局に寄らないわけにはいかない気持ちになった。