『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』21話「コムロ家の家族旅行」
海原は青く、空も青かった。
冬の南半球でも、赤道近くの我が家は暑く、ほとんど人がいなかった家の掃除をしていると汗が滝のように流れてきた。家族三人、タオルを頭に巻いて作業をしている。
「3人とも全然使わないのに、汚れるものね」
パレードの看板だった母さんは竈を洗っていた。
魔道具があれば別に竈など必要ないのに実家では竈もあるし、洗濯板もある。なるべく魔力を使わない生活を送っていた。
「攻撃魔法の授業を受けてから、どうしてうちではあんまり魔道具を使わないのかわかったよ。原理がわかれば精霊に頼らなくても魔力で再現できるってことでしょ?」
「ああ、なるほど。コウジが生活の中で答えを見つけたなら、そういうことだったのかもな……」
親父は井戸から水を汲んで、水がめを洗っている。
「え? 違うの?」
「めんどくさい方が面白いだろうというか、家族って放っておいたら喋らなくなるんじゃないかとか、便利になり過ぎると他人の行動に目が行かなくなるんじゃないかとか、いろいろ頭によぎると魔道具を作る気がなくなるんだよ。いつでも作れるものよりも、ずっと使い続けられる物を大事にしようとしたからかな」
「昔はなんとなくって言ってたじゃない。適当なんだから……」
母さんは笑っていた。
「コウジ、答えなんて自分で適当に見つけろ。行動が人を作っていくから」
「わかった」
掃除をして、飯を作って風呂に入り、たっぷり寝る。親子三人、のん気な生活を二日だけ続けた。家の修復と掃除が二日かかったとも言う。
三人とも、この家にはほとんど住んでいないのに、なぜか潰す気にはならないらしい。俺の実家があった方がいいとか、帰る場所はないと困るとか、また適当なことを言っていたが、答えはそれぞれで見つけたらいいらしい。
俺としては、寝心地がいいので取り壊すのはもったいないし、風鈴や茣蓙、井戸の滑車など生活の知恵が詰まっているから残しておいてほしいと思っている。
「で、いつまで休みなの?」
二日目の夕飯を食べながら、母さんが聞いた。
「いつまでだろうな。厳密に休みがあるわけじゃないから……」
「じゃあ、今も働いているの?」
「仕事は溜まっているよ。今は許可待ちだから、どっちにしても動けないけどね」
「母さんは?」
「アマンダに任せてることは多いね……」
「ただのお茶屋なわけじゃないんでしょ?」
「いや、お茶屋よ。ルージニア連合国の人たちが集まるし、ジルみたいな娘に仕事を斡旋したり、仕事を繋げたり……。まぁ、今はそうねぇ……」
2人とも仕事の話をするときはなぜか元気がなくなる。
「仕事ってそんなに疲れるもんなの?」
「言ってもしょうがないことが多いのよ。特に今年は移民対策で、どこも大変で……。エルフの移動先はアリスフェイだけじゃないのよ」
「あ、そうか」
「今は船でどこへでも行けるし、竜の乗合馬車はあるし、世界中に行けるからなぁ」
「移動が便利になって問題だらけってこと?」
「別の問題があるのよ。それぞれの国で大事にしていることが違うから。皆が皆、私たちみたいな考え方じゃないのよ」
「それが当たり前なんじゃないの?」
「当たり前のことを当たり前だと思っていない国も人も多いわ」
「親父、どういうこと?」
「えーっと、世界には法則があるだろ? 種を植えて水を上げれば芽が出て葉が伸び成長していくような」
「あるね」
「同じように魔力にも法則があるよな?」
「魔法?」
「そう。詠唱を唱えたり、イメージすることによって魔法が成り立っている。基本的には世界はそういう法則で動いている。で、人間関係にも法があるだろ?」
「老人を蹴っ飛ばしたらいけないとか?」
「そうだな。いくら蹴っ飛ばしたい老人がいても、老人には子どもがいたり、友人がいたりすると仕返しされる。いや、そもそもただ道を歩いている人に暴力はいけない。でも、この法が崩れる状況だってある」
「確かに、あるね」
去年、総合学院の校長が学校を壊そうとして、皆立ち向かった。
「この人間関係の法って国と個人の関係にも適用されるよな。もしくは企業と従業員との関係とかさ」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、企業側が急に給料を下げたりはできないってこと?」
「そういうこと。企業ごとにやっている業種が違うから、ルールも違うよな? 住む国によっても違うだろ? 北極大陸で薪を盗んだら重罪だけど、世界樹でその辺の枝を盗んでも咎められないよな?」
「そうだね。いくらでもあるからね」
「エルフが世界各地に行って、エルフの国の法を適用しちゃうと、その国の法と合わないことがあるよな?」
「ああ、もしかしてそれが世界中で起こっているってこと?」
「「そう」」
「アリスフェイだけじゃないって、そういうことか……! ヤバいじゃん!」
「ヤバいのよ。しかもエルフの国の外で起こっていることだから、エルフがエルフの国の法も守らなくなっちゃってるの」
「え!? じゃあ、パレードを世界中でやらないといけないんじゃない?」
「あー、そうだね」
「母さんはずっと世界各地でパレードをやってたんだ」
「あ、そうなんだ」
「だから仲間はたくさんいるし、理解してくれる人もたくさんいるんだけど……」
「二人ともずっとそんな仕事をしてるの?」
「他にやる会社があればやってほしいんだけどな」
「だって、やらないと暴動が起きたり内戦が起こったりするからね。奴隷だけじゃなくて現地の人たちも死んじゃって、親がいない子どもは奴隷になっての繰り返しでしょ。誰かが止めないといけないのよ」
俺はようやく2人が忙しい理由がわかった。
「じゃあ、こんなことをしている場合じゃないんじゃないの?」
「いや、普段そんなことをしているから、こういう時間が大事なんだ」
「そうよ。家族の時間が本当に大事。他人のことなんてどうでもいいって思わないとやってられない時もあるし、仕事なんて投げ出したい時だって何度もあるの。でもね。家族がいるってだけで、この人たちにも家族や友達がいるんだって思いとどまるのよ」
家族がいないと保てない時があるということか。俺もラジオ局の皆がいないとやる気にならない時があるが、そういう感じかな。
「どこか家族旅行に行かないか? 家は掃除したし、せっかくだからイベントが欲しい」
「思い出に残るような?」
「そう。コウジもほとんど自立しているし俺たちに構う必要はない。付き合ってくれるのもあと何回あるかわからないからね」
「そうかなぁ」
親にならないとわからない感覚なので、俺にはよくわからなかった。
「コウジはどこか行きたいところある?」
「別にないよ。あー、昨日、通信袋洗ってたら、めちゃくちゃ連絡が来たけど」
「なんの?」
「いや、バイトに来いって。あ、ほら」
メモ書きをテーブルに置いて両親に見せた。
「コウジ、お前学生なのに働きすぎだよ」
「こんなに移動する学生いないわ」
「全部行けたら行くとしか返してないけど……」
「それ、行かない奴のいいわけだな」
「そうなの? 時間が合えば本当に行くつもりだよ」
「でも、夏休み中に全部は行けないだろ? あれ? これ、コウジも呼ばれてるのか?」
「親父も……? セーラさんが砂漠に町を作るって……」
「いや、俺はトンネル作るって聞いたけどな……」
「じゃあ、とりあえず行ってみれば? 冬の世界樹で温泉入るのもいいじゃない?」
「ついでに仕事するのかぁ……」
親父はすごい嫌そうな顔をしていた。
「旅行が終わったら母さんを送っていくよ」
「だったら、コウジ。ラジオ局を作るの手伝ってくれ」
「え? 南半球にも作るの?」
「あった方がいいことがわかったんだ」
「まぁ、いいけど……」
「コウジ、ちゃんとお金貰った方がいいわ」
「ああ、うん。でも材料は世界樹でいろいろ採取しないといけないよ」
「ドワーフの皆さんに揃えてもらってる。実は夏休み中に連れて来いって言われてたんだ」
「ええ!?」
「コウジ、何かわからないけど騙されてるわ!」
「でも、昨年末世話になったからなぁ……。ちなみにそれって何の仕事?」
「コムロカンパニーが請けた仕事だ」
「じゃあ、どっちにしろ逃げられないんじゃ……。母さん、バカみたいに美味いものを食べさせてもらおう」
「そうね! そうしましょう!」
「南極海の海の幸でも獲ってくるかぁ……」
実家に帰ってきて、三日目の早朝には旅立っていた。傍から見れば忙しない一家だが、自分たちはかなり楽しい。竜の乗合馬車には乗らず、傭兵団から貸しボートを借りて親父が帆を張り、アウトリガーをつけ、ヨットに改造。さらに魔法陣を描いてスピードを上げていた。
海の魔物が近寄ってきたら釣りあげようと思っていたが、なかなかボートの速さに追いついてくれない。夜になって明りを点けると、ようやく魚が寄ってきた。
南半球は冬なので魚の身が締まり刺身がものすごい美味しかった。大型の魔物の対処も親父がやってくれるので、俺は解体するだけ。
「旅行ってこんなに楽だったっけ?」
「日頃の疲れを癒すのが旅行だ。コウジも普段学校にいて全力を出していないだろ? 海は360度何もないから、好きに暴れていいぞ」
「別に暴れたくはないけど……。あ、そう言えば魔法使えるようになったんだ」
俺は魔法で火や水を出してみせた。
「お、すげー!」
「え? 待って。コウジはいつもどうやって魔物を倒していたの?」
母さんは俺の実力をよくわかっていなかったらしい。
「魔力操作と性質変化だけしか使えなかったんだ。知らなかった?」
「ダンジョンに預けたあたりで、何でもできると思ってた」
「マルケスさんのダンジョンな。マルケスさんの授業はどうだ?」
「助手をやってるよ。でも、ダンジョン学っていうよりもダンジョン作りの方を個別で教えてるって感じだね。リュージって竜の学校の同級生も来たから、ダンジョンがあってよかったよ」
「ああ、黒竜さんが言ってたな」
「今年の体育祭は誰が優勝したの?」
「いろいろあって俺が優勝ってことになった」
「いろいろって……?」
「長くなるよ」
「聞かせてくれ。どうせ海の夜は長い」
俺は夜が更けるまで、特待十生やエルフの留学生、ラジオ局の食事会など両親に語った。二人とも楽しそうに聞いている。子どもの頃はそれほど一緒に暮らしていなかったので、こういう時間も少なかった。家族の時間というやつだろうか。
そのまま海を渡って、砂漠へ到着。ボートはそのまま砂地仕様に補強して風よけを取り付けていた。
セーラさんのいる遺跡のダンジョンを通り過ぎ、世界樹手前の花畑へと向かう。
帆を張った砂漠の船は、うちのヨットだけでなく、勇者のもとで修業をしている傭兵の一団も魔物探索に使っていた。手を振って挨拶をすると、近づいてきた。
「コムロ家ですか!? 家族揃っているなんて珍しいですね!」
傭兵の国から出稼ぎに来ていて、なぜか全員俺たち家族のことを知っていた。
「ああ、家族旅行でね」
傭兵団の背後からサンドシャークという砂漠のサメが近づいてきているが、気づいていないらしい。
「母さん、ちょっと揺れるから手すりを掴んでおいて」
「え?」
「よいしょ」
俺はヨットから跳び上がって、火魔法の槍でサンドシャークを砂の中で焼いておいた。
傭兵団は振り返ってギョッとしていた。
「ここは世界樹のある大陸ですから油断しないように~!」
俺はマストの上で注意喚起。解体は傭兵団にしてもらおう。
「それじゃ、また~!」
ヨットは砂漠を一路東へまっすぐ進んだ。
砂漠には竜の乗合馬車の駅や勇者記念塔などがあり、周辺には土産物店などが出ている。砂漠で一泊するツアーなどもやっているらしい。
「親父が初めて南半球に来た時はなかった?」
「何にもないな。ドワーフの生き残りがいるだけだった」
「世界樹も?」
「世界樹は枝払いもしてなかったから、地面まで日の光が届いていなかったよ。今は冬だし、管理人たちが仕事をしているからきれいだよな。昔は湿気だらけで大変だったんだ」
「そうなんだ」
「今も虫の魔物が多いだろ?」
「うん。夏は酷いよ。竜たちも手伝いに来るんだけど、食べることばっかり考えてるからね」
「今は旅行よ! 仕事の話は後で!」
「「はい」」
勇者記念塔の土産物屋で、サメ肉のステーキサンドを買い、花畑前で昼飯にする。
「あんまり花畑に近づかないようにね。毒があるから」
「どうして毒のある花の方がきれいなのかしらね」
「虫媒花だからじゃない?」
「小さな虫に花粉をつけてもらうための色だったら毒はない方がいいんじゃないか」
「あ、そうか。じゃ、魔物を殺して虫の苗床を作るためかな」
「空からでも見やすくするためか。鳥の糞は栄養があるしなぁ」
「なんてロマンのない親子」
母さんは呆れながらステーキサンドを食べていた。
親父は食後にヨットを再び改造。空を飛べるようにしていた。
「空飛ぶ箒と同じ魔法陣を描いただけだ」
「親父、それ返すつもりある?」
「コウジが返しておいてくれ。傭兵たちは貸す方が悪いと思っているよ。レンタル料金も奮発しておいたしな」
傭兵の国の常識を上手いこと使ってる。
「傭兵にはいろいろ割り切れるような価格を出しておくんだ。中途半端にケチると後で揉めるから」
「わかった」
珍しく親父が金の使い方を教えてくれた。揉めたことがあるのだろう。
花畑を眼下に世界樹の環状山脈の麓に移動。ドワーフの温泉宿で部屋を取った。
「コムロ家の家族旅行なんて久しぶりなんじゃないかい」
宿の主人はメリッサ隊長だ。冬は世界樹の管理人も比較的暇なので、サイドビジネスをしている。
「昨年末はありがとうございました」
俺は改めてお礼を言っておいた。
「いいよ。あとで手伝ってもらうから」
「コウジにはラジオ局を作ってもらう」
親父がメリッサ隊長に言っていた。
「ああ、そうかい。バイト中、ずっと聞いていたもんね。竜の学校にも作ってあげて」
「材料はあるんですか?」
「ここは世界樹だよ。単純な素材の在庫だけなら売るほどある」
「ひとまず温泉に入りましょう!」
どうしても俺と親父は仕事に向かってしまうなか、母さんがプライベートに引き戻してくれた。
チャポン。
部屋に荷物を置いて、3人一緒に家族風呂に入る。
「前から思っていたけれど、私たちは休むのが下手よね?」
「確かに……」
「俺は休んでいるつもりなんだけど……」
「足りてないのよ。そんなんじゃ大きくなれないよ」
確かに回復することによって人は成長するはずだ。
「コウジ、最近成長したか?」
「そう言われると、ここ何年か成長していない気がする……」
「コウジはそもそも子供の頃に強くなったから、もうこれ以上強くならなくていいんじゃない?」
「いや、俺は知ってる魔物の対処ができるだけで、体育祭では光の勇者予備軍みたいな先輩には太刀打ちできなかったんだよ。もし、勇者たちが心変わりをして友達を攻撃し始めたら、守れないと思うんだよね」
「友達を守れるくらいには強くなりたいってこと?」
「そうだね。親父は勇者の知り合い多いよね? 暴走したらどうするとか考える?」
「元々、神からの依頼が勇者駆除だったからなぁ」
「あ、そうだったの!?」
「精霊と勇者が暴走して環境とか社会が破壊されているから、どうにかしろっていう依頼だったから考えていたよ。まともに正々堂々とやり合っちゃダメなんだ。精霊は力そのものだから、言葉の力を使ったり、逆の力を使ったりしていたなぁ」
「火の勇者には水を当てるとか?」
「そう。前の火の勇者は海の神に食べられちゃったから。あれはかなり大変だった。あと言葉は大事だから、ちゃんと本を読んだ方がいい」
「そうか……。知恵や知識も武器になるってこと?」
「そりゃあそうだろう。というか、レベルが100以上になると、単純な力比べみたいなことはしなくなるんじゃないかな。うちの会社の奴らに修行付けてもらってた時はどうだった?」
「限界がスタート地点みたいな感じだった」
「そうだろうな。限界の出力からどう戦うかが強さなんだよ。だから、例えば薪割りでもずっと力一杯斧を握ってるよりも、リラックスした状態で大きく振って薪に当たる瞬間に握るとちゃんと割れるだろ?」
「確かにそうだね」
「それと同じように普段の生活でリラックスしていないと最大出力を出さないと効果がないというか……。なんて言えばいいのかな?」
「やる時にやればいいの。あと休めばいい」
「「はい」」
「じゃあ、肩まで浸かって、全身から力を抜く!」
ブクブク……。
俺と親父は頭まで湯船に浸かった。俺も親父も完全に母さんによってコントロールされていることがわかった。
部屋に戻り、だらだらとしていたら夕飯に呼ばれた。
「トド肉の香草焼きと、南極トラウトのソテーね。皆、暇で狩りばっかり行ってるから食料が多いのよ。どんどん食べてね」
「美味そう!」
「よく食べてよく眠る。これよ! これ!」
何も考えず、俺たち家族は旅行を楽しんだ。