『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』20話「優勝者の異論」
俺が目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。体育祭は終わったらしい。魔力切れを起こして、誰かが回復シロップを飲ませてくれたのだろう。空瓶が置かれていた。
腹が減って、頭がすっきりしている。
丸一日寝ていたのか、空は明るい。
「起きた?」
医務室の回復術師の教師が気づいてくれた。
「すみません。一日寝てましたか?」
「いや、体育祭の日の夜よ。明るいもんね。カーテンを開けてみてごらん」
カーテンを開けると、光の剣が空に浮かんでいる。アイルさんの魔法だ。すでに日は落ちているのに煌々と明るい剣がある影響で総合学院の敷地内は昼のように照らされている。
「ごめんね。眩しかったでしょ。軍の鳥使いたちが、学生の仕掛けた罠に嵌って身動きが取れなくなっているらしいの。夜を徹して救助活動中よ」
「鍛冶屋連合が仕掛けた罠ですか?」
「たぶん、そうね。ゲンローくんたちが森の中を走り回っているから」
「体育祭は終わったんですか?」
「それが、まだ揉めてるみたい。起き上がれるなら、食堂に行ってみて」
食堂には学生たちが入りきれないくらい集まっていて、廊下では貴族連合や魔道結社の面々がベンチを持ってきて座っていた。一般客も玄関ホールで優勝者の発表を待っているようだ。
「あ、コウジが起きてきた!」
塔の魔女たちが俺に気づいてくれた。
「優勝決まりました?」
「コウジが魔力切れなんか起こすから、もうぐちゃぐちゃよ」
「俺のせいですか?」
「鳥使いたちまで罠に嵌めるから、誰が一番最後まで立っていたかわからなくなってるところなのよ。ラックスは辞退するしさぁ」
「辞退!?」
俺はとりあえず学生たちをかき分けて、食堂の中に入っていった。
「あ、コウジが来た!」
すぐにミストとウインクに見つかった。座っていた学生たちは俺に奥の檀上までの通路を作ってくれた。
壇上ではゴズとラックスがマイクを持って、誰が優勝なのかを話し合いをしていてラジオ放送で観客たちにも伝えているようだ。賭けの対象でもあるのではっきりさせないといけない。
「ラックスさんが優勝を辞退したって聞いたんですけど?」
「そう。戦っている最中に光の精霊に身体を乗っ取られた時点で、私は負けだって言ってるんだけど、それも実力のうちじゃないかってゴズがごねているのよ」
「ごねているわけではなく、ラックスが光の精霊を降ろしたと考えるのが普通ではないか? 教会に行って信仰心を養っていた姿を見ている者だっているだろ?」
「どっちにしろ、私は意識を失っていて、結果的にシェムとコウジが助けてくれたんだから、シェムとコウジが優勝でしょ?」
「それを言うなら、コウジが優勝だよ。私はラックスの体を揺らしただけで魔力切れになったんだから」
シェムが声を上げていた。ダイトキの時魔法でもそれは確認できたらしい。
確かに揉めている。
「そもそも俺を医務室に運んだのは誰なんですか?」
「それはゲンローよ」
「じゃあ、ゲンローさんが優勝じゃないですか?」
「ゲンローたち鍛冶屋連合は罠で鳥使いたちを嵌めてしまったから、自己申告で棄権したの。今、その罠を取りに行っているところだけどね」
「でも、それは……、鳥使いの方たちの実力不足ではないんですか?」
「それに関してはさっき実行委員から謝罪があったわ」
「じゃ、鍛冶屋連合の優勝では?」
「鍛冶屋連合の仕掛けた罠で、鳥使いの兵以外にも観客の方にも被害は出てしまったからルール違反ではあるのよ。霧の中で毒がまき散らされて、眠ってしまう観客が出たの」
「眠り? ……それはレビィさんのお好み焼きを食べたからでは?」
踏むと毒ガスが出るような罠を仕掛ければ、霧の中に毒がまき散らされることはあるだろうが、霧よりも毒は重いはずなので、風で巻き上げられない限り飛んでいかないのではないか。そもそも観客席までの間に毒の効果は薄れるんじゃないか。霧のど真ん中にいた俺たちには効果がなかった。
「え!?」
「「あ……!」」
片隅で座って聞いていたレビィとマフシュが、目をひん剥いてこちらを見てきた。
「いや、観客用のお好み焼きにはスイミン花の実は入れてないわ。ねえ?」
「どうかなぁ? わかんないくらい忙しかったからね」
レビィは青い顔をしていた。
「ということは、眠っちゃった観客の人に話を聞いて、お好み焼きを食べていたらゲンローさんたちの優勝でいいんじゃないですかね?」
「ちょっと待った!」
外からゲンローの声が聞こえてきて、裏口から鍛冶屋連合が入ってきた。
「どうにも軍の精鋭が俺たちの罠に引っかかるなんておかしいと思ってたんだが、ほらこれ」
ゲンローが蔓を見せてきた。
「私たちの罠に、もう一つ罠を重ねがけしていた奴らがいるね」
「罠に植物を使うなんてエルフだと思うけど……?」
鍛冶屋連合の鍛冶師たちも食堂中に響き渡るように言った。ただ、名乗り出るエルフはいない。
「隠れ里のエルフだろう? 罠師の隠れ里出身なんて、前に出てこれないと思う。適当な里出身と言っているはずだから。まぁ、でも、ドーゴエのゴーレムにやられただろ?」
ガルポが同胞について説明していた。パレードが終わって戻ってきた留学生の中の誰かなのだろう。
「ガルポ、確かにお前は目がいいし、正直者だ。俺が倒したエルフの留学生なんて高が知れてるんだぜ」
「どういうことだ?」
「開始直後、森に走った学生のほとんどが眩しい光を見た。直後、地面から出てきた黒い腕に倒されている。そうだろ?」
ドーゴエの話を聞いて、上級生たちは笑っている。
「ラックスとゴズは元々コンビだ。例え霧の中でも光が当たれば影は出来る。戦いに無理やり参加させられた学生が怪我をしたら、医務室まで行くのにも時間がかかるかもしれないからな。昔のコンビが優しく倒してくれていたのさ」
「今年は竜が吠えてくれたからわかりやすかった」
「森と校舎側で分けてくれたからな」
リュージの咆哮も役に立ったのか。
「そんな……、あの霧の中で学生と鳥使いを見分けていた……? あ……!」
エルフの留学生の一人が驚いて、口を押えていた。隠れ里の出身者か。
「俺たちは大なり小なり事情を抱えている者ばかりさ」
ドーゴエがエルフの学生を見ずに言った。
「もしエルフの隠れ里を攻撃したり見つけようとする奴がいたら事務局に言ってくれ。少なくとも特待十生が動く。異論は?」
ゴズが特待十生たちに訊いていた。
「「「異論なし!」」」
「貴族連合も協力する。異論なし!」
廊下から貴族連合の長が声をあげた。
「魔道結社、異論なし!」
「鍛冶屋連合も異論はない!」
「薬師連合、異論なし!」
次々に声が上がる。特にどこにも所属していない学生たちも立ちあがった。皆パレードを見ていたし、エルフがどういう状況に置かれているのかも知っている。
この時、遠い異国の地だろうと、総合学院の学生の出身地を攻撃された場合、全学生が協力して事態収拾にあたることが決まった。
「話を戻そう。俺たちが倒した中にその罠師の隠れ里のエルフたちがいたということだな?」
「そうです」
エルフの留学生は大きく頷いた。
「鍛冶屋連合は?」
「俺たちはラックスとゴズがコンビだったことを知っているからな。ラックスの光は避けて移動していた」
「だとしたら、鍛冶屋連合が優勝では……?」
「いや、私たちについてくれていた鳥使いの兵士が罠に嵌った時点で、周囲の兵士を呼んで救助を開始しているし、棄権も伝えている」
「まぁ、本部には連絡がいかなかっただろうけど……」
ゲンローと鍛冶師が答えた。
「なら、やっぱりラックスとゴズの戦いが優勝者決定戦になるんじゃないか?」
アグリッパがポチに餌を与えながら壇上に聞いていた。
「あの戦いはラジオ局からでも見えていたんだろ?」
ゴズがウインクに聞いた。客観的視点がほしいのだろう。
「誰かが風魔法で霧を晴らしたので、ようやく状況が見えたんですよ」
「あ、本当だ! マフシュが魔法使っていたぜ!」
ドーゴエがマフシュを親指で指した。
「文句ある?」
マフシュは腕を組んだまま、睨んでいた。
「今は誰が勝ったかだ。傍から見ていて誰の勝ちだと思う?」
「ゴズさんがラックスさんの光魔法でやられたのは見えました。回転しながら吹っ飛ばされましたよね?」
「ああ、死んだと思ったが樹木がクッションになってくれた」
「その直後、周囲で見ていた学生をシェムさんとコウジがこっちに向かって放り投げたんですよ。あれは……?」
「あれはラックスさんが自分の光魔法の威力に混乱して、光の精霊に身体を乗っ取られたから……。ですよね?」
「そう……。咄嗟の判断というか、魔力過多を起こした人に似ていたし、錯乱状態に近かったから戦わせるわけにはいかないと思って、コウジを見たら目が合って」
「二人の状況判断は間違っていないと思うわ。完全に光の精霊に乗っ取られていたし、全能感みたいな感覚に陥ったから。正直、ゴズが羽交い絞めにしてくれたから、自分の体を取り戻さないといけないってわかったけど……」
「あれはそうする他なかったんだ。目を開けたら、ラックスが精霊に乗っ取られてて、俺は骨も折れてたんだけど、自然と身体が動いていた。シェムがハンマーでラックスを叩いたところまでは見えたんだ。そこからは意識を保てなくなった。結局どうやったんだ?」
「私は全力で叩けっていうから、身体中の魔力を突っ込んでラックスを叩いたんだけど、コウジがもう一回やれって言うから、無理やりやって私も意識が飛んだ。あれはなにがあったの?」
「えーっと……、ラックスさんの魔力が揺れてて身体からはみ出た魔力を掴んで空に向かってぶん投げたんです」
「コウジ、おめぇはなぁにを言ってるんだ?」
壇上の端で聞いていたグイルが俺にツッコみを入れると、食堂に笑いが起こった。
「何から説明すればいい? 何が変だ?」
いつもの深夜ラジオを放送しているテンションで聞いた。
「まず、魔力は普通見えねぇよ」
「そうだった。濃度の問題かな。光の精霊って言ったら、光の力そのものだから、ふんわり魔力が光ってるんだよ。だから身体からはみ出てた。今だったら、ラックスさんも手の甲から光魔法を使えるんじゃない?」
「たぶん、できるけどしばらく光魔法は使わないことにした。ゴズ、やって」
「ああ」
ゴズは手の甲から黒い影の魔力を浮かせて見せた。
「なるほど、魔力が見えたのか。で、魔力を掴むっていうのは? 魔力だけを掴んだのか?」
「そう。魔力だけを掴んだ。えーっと……、リュージ、どういえばいいんだ?」
厨房近くで、喉に包帯を巻いて飴玉を舐めていたリュージが立ちあがった。
「コウジは、おそらくここにいる学生の誰よりも魔物を駆除している。世界樹でよく魔物が大発生するから、アルバイトのコウジはドワーフの姉さんたちに駆り出されてたんだ。で、まぁ、世界樹で魔力切れなんて起こしたら死ぬんだ。だから、普通は魔力切れを起こす前に本部に帰ってくるんだけど、コウジはそれが面倒で魔物の死体から魔力を盗む方法を考えた」
「はあ!?」
ミストが顎が外れるくらい口を開いて俺を見た。
「残った魔力を使った方が自分の魔力を使わなくて済むだろ?」
「いや、それが出来れば魔族は苦労しないのだが……」
「魔女だって寝なくて済むんだけど?」
ゴズとラックスが同時に呆れていた。
「でも、私も見た。ゴズの影魔法をコウジが使うのを」
シェムが見たことを証言した。
「なんだと!? 他人の魔法も使えるのか!?」
「だから、魔力が残っていれば使えますよ。ん~、なんていえばいいかな……」
「やって見せて!」
学生から声が上がった。食堂の廊下側の窓も開けられ、廊下にいた学生たちも顔を出していた。
「じゃあ、誰かコップの水を空中に集められる?」
「いいよ」
塔の魔女の一人が、近くのテーブルにあったコップから水を空中に浮かばせた。
「通常であれば、この魔法は誰かの干渉を受けることはないわ」
わざわざ説明してくれるのはありがたい。
「ああ、えーとそんなはずはないんだよね。魔法の盾や魔法の壁にはぶつかるでしょ?」
「いや、そうだけど……」
「つまり、こういうこともできる」
空中に浮かんだ水球を俺は細長い、杖に変えて見せた。それを元あったコップに注ぐ。
「では、魔法の盾はコウジに使っても意味はないのか?」
貴族連合の学生が壇上近くまで進み出てきた。
「やってみてください」
ブゥン!
「一応、言っておきますけど、普通はこんなことしないですよ」
「ああ」
「ゆっくりやりますから、ちゃんと見ておいてください……」
俺は魔法の盾を魔力で掴んで自分の盾として持ち替えた。
「と、まぁ、こんな感じです」
「ええ!? なんでだ!?」
「でも、よく考えてみてください。物理法則では出来るじゃないですか。他人の盾を掴んで持ち替えるって。あとは棘付きにしてみたり、剣に打ち直してみたり……ね?」
俺は魔法の盾を、棘付きの盾や剣に変えて見せた。
「『ね?』じゃねぇよ!」
グイルがツッコんだ。
「だから、はみ出た魔力は掴めるんだよ」
「いやはや、底知れないな。体育祭が終わっているというのに、面白いものが見れるものだ」
ゴズは俺を呆れて見ていた。
「お陰で、精霊に飲み込まれずに済んだ。助かったよ。コウジ。ということで……。うわぁ、まだ立ち上がると足が震えるよ」
そう言いながら、ラックスは立ち上がった。
「長々時間をかけたけど、優勝者はコウジ・コムロ。二位がシェム。三位がゴズで異論ない? 団体は鍛冶屋連合でいいかな?」
「「「異論なし!」」」
食堂に学生たちの声が響いた。
ベルベ校長が俺に二度目の優勝旗をくれた。
「はぁ~あ、やってらんねぇよ。これからコウジ対策が始まるぞ」
「精霊倒すって、もう人類を超えるしかないだろ?」
ドーゴエとアグリッパはとっとと明るい外に出ていた。
「結局、オッズの人気通りですが、観客の皆さま実行委員会より払い戻しがございますので今しばらくお待ちください。それから、コムロカンパニーより注意点があるそうです」
ウインクがラジオで呼びかけた。
いつ入ってきたのかアイルさんが壇上の真ん中にいて、マイクを握っている。
「あー、コムロカンパニーだ。皆、体育祭お疲れ。今、学校の上空に上がっている光る剣だけど、あれはコウジがぶん投げた光の精霊の残滓だ。放っておくと、悪魔になったりするから、光魔法で消費しているところでね。二、三日、白夜になると思って我慢してくれ。眠れない学生は、薬師に言って睡眠薬を貰って。文句があるなら、優勝者のコウジに向けるように。それじゃ」
余計なことまで言っていた。
こうして体育祭は終了。期末試験へと突入していく。
ただ、試験をやったことは覚えていても結果は赤点でなければいいという感じだった。
それでも、攻撃魔法の授業以外はほとんど満点で終えられた。正直、短期記憶は経験と結びついていないので、俺にとっては難しいことがわかった。
「怒涛のような後半戦だったな」
「イベントが多すぎたね」
「歴史学と攻撃魔法の勉強しながら、ダンジョン学の試験を先生と一緒に考えるってキツ過ぎじゃない? 俺」
「コウジの場合はラックスさんの修行に付き合った上に、パレードもあって、人間の限界に挑戦してたよね」
知り合いの授業ではいい成績を取らないといけない気がして、頭がパンパンだ。ラジオ局で前期を振り返っている。
「そもそも食事会だってあったんだから」
「そう言えばジルは帰ってくるの?」
「試験を受けてたのを見たぜ」
「いつの間にかパレードから一ヶ月も経っているの?」
「友達の花屋で働きながら通うことになったって」
「そうなんだ」
コンコン……。
「はーい。開いてるよ」
コンコン……。
「開いてるのになぁ」
知っている学生であればノックしたら返事も聞かずに入ってくるが、誰だろう。
ドアを開けると、笑顔のエルフが立っていた。化粧を薄っすらしていて、血色がいい。
「お礼を言いに来ました」
「ジルか?」
「そうだよ」
ものすごく明るくなっている。人が変わったようだ。
「わからなかった?」
「見違えたよ」
「フロウラで働いてたから……」
「それだけ?」
ミストが聞いていた。
「うん……、それだけ。当たり前のことを当たり前だと思えるようになったの。私は誰にもなれないし、一人で生きていけるって」
「寂しくないの?」
「今は全然。寂しさというよりも家族からの解放感の方がすごいかな。それに友達はいたから」
「花屋で働くって?」
グイルが聞いていた。
「そうなの! あ、それでお願いがあるんだけど、夏休み中泊まる場所がなくて、ラジオショップは閉まっているっていうから、泊めてもらえない? 家賃は払うから」
「いいよ。二階と三階は好きに使って」
「本当に!? ありがとう!」
「鍵はこれね。泥棒が入ったら、ラジオで知らせて」
「わかった」
「掃除道具はあるし、寝床の毛皮が三階にあったはず。ノミの魔物がいるかもしれないから一回干すといい」
「了解!」
ラジオショップの管理人ができた。
ただ、あまりにも明るくなりすぎていて、少し不安だ。
「ジル、大丈夫?」
「うん。大事なものだけは忘れない。……忘れないから! ありがと」
ジルは鍵を受け取って、颯爽と去っていった。
「なんかカッコよくなったね……」
「たぶん、芯が出来たんだよ。生きる指針みたいなものがさ」
「魂に刻むってやつか……」
俺にはよくわからなかった。
ラックスとゴズもやってきた。
「ミストぉ。里帰りするんでしょ? 私とゴズも一緒に行っていい? 光の精霊のダンジョンに行きたくて」
「いいですよ。一応、死霊術師ですからね」
「わかってるよ」
「何を今さら」
「思っているより皆、怖がらないから」
「そういう魔族だっているからな」
「あ、そうか……」
ミストはラックス達と一緒に里帰りする。
「いいなぁ。私はまた船の生活よ」
ウインクはモデルの仕事があるらしい。
「グイルは?」
「俺は火の国に出張するんだ。『月下霊蘭』絡みで、気つけ薬の販売でさ。おじさんが少し手伝いに来いって」
「へぇ、いいな」
「コウジは?」
「わからない。バイトかな」
「夏休み中の話は楽しみにしているから」
「わかった。皆も、楽しんできて」
ラジオのスイッチを切り、放送を終了。学校にはほとんど学生が残っていなかった。
俺たちは外に出て、それぞれの方向へ進んでいく。いつか卒業する時もこんな感じなのだろうか。
忙しかったが明日から友達と会えなくなるのかと思うと、少し寂しい。
「終わったか?」
地峡を通って実家に帰ろうとしたら、通りの真ん中に親父が立っていた。隣には母さんもいる。
「うん、夏休みだよ。どうしたの?」
「迎えに来た」
「家に帰ろう」
「うん、帰るけど。なんで、いるの?」
「ジルを送りに来て、観光よ。パレードでは全然観光できなかったからね」
「コウジ、光の精霊ぶん投げたって?」
「アイルさんに聞いたの?」
「ああ、蛙の子は蛙だって言われた」
「オタマジャクシだろ?」
「そういう意味じゃない」
親子3人で歩いていたが、誰にも気づかれずに町を出た。
街道に出るとセミの鳴き声が聞こえてきた。
夏が始まる。