『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』19話「体育祭だましい!」
体育祭実行委員がいるので、俺が出来るのはラジオの準備くらいだ。アンテナバルーンを飛ばして総合学院各所に小型ラジオを設置。ラジオショップのラジオも音量を上げておく。周囲の店には、「本日総合学院の体育祭です」と宣伝して回った。
「期待してるぞ! 前年度覇者!」
「去年は寝てたみたいだけど、今年は起きていてくれよな」
「今年は美味いワインが飲みたいんだ。やってくれ!」
通りの人たちは俺に期待しているらしい。
「皆さん、優勝者レースに賭けてるんですか?」
「当り前だろ! この通りの人たちは皆ラジオのファンだぜ」
「なんだ? 自信ないのか?」
「いや、今年の優勝はたぶん俺じゃないですよ」
「八百長するつもりか?」
「そう言うことじゃなくて……。実力的にラックスっていう光魔法を使う学生が一番強いと思いますけど……」
「ラックスぅ? 誰だ、それは?」
「オッズだって、ほらコウジ・コムロが一番人気だよ」
いつの間にか体育祭新聞なる冊子が発行されていて、通りの店主たちが広げていた。
「勝負っていうのは時の運だ。どうなるかなんて誰にも分らんぞ」
「そうなんですけどね」
「こっちは学生たちの全力で戦っている姿を見たいんだよ。そんな弱気なことで大丈夫かい?」
「いや、もちろん皆勝つつもりでいますよ。でも、どうしたって戦わないといけない二人というのがいて、邪魔をしないというのが学生たちの不文律になってます。それがラックスさんとゴズさんの戦いです」
「だったら、コウジはそのうちの勝った方と戦えばいいじゃない?」
「隠れて見てろって話ですか?」
「そうよ。こっちは優勝かかってるんだから、漁夫の利で行きましょ!」
「大人ってのは無粋だなぁ」
「勝負事だぜ。勝てばいいのよ。勝てばな!」
「そもそも他の学生たちは、そのチャンスを見逃すはずはないから狙っていると思うぞ」
「なるほど。だとしたら、俺はラックスさんを守る戦いをしますよ」
「なんでだよ! 勝てよ! 弱った相手をちゃんと潰してやる、強さに驕った先輩をねじ伏せるのが後輩の役割だろ?」
「そんなんじゃ、学生たちに優勝とは認められませんよ。これは体育祭ですからね」
「いいや! どんな手を使ってでもコウジは優勝しろ! 正々堂々こそ邪道!」
「絶対、優勝しろ! こっちは生活費賭けてるんだ!」
「生活費なんか賭けるな!」
「こっちはパレードでの稼ぎ全額張るんだから! 結局3連単はどうなってるのよ!」
通りの店主たちは金に目がくらんでいる。
「ダメだこりゃ。どうなっても俺は知りませんからね!」
「インチキすんじゃねぇぞ! バカヤロー! 八百長してでも勝てよ!」
そんな応援あるかよ。
俺は観客の声を完全に無視することに決めた。
学校に戻り、ラジオ局で最後の準備を始める。壁にオッズが書かれたボードを張り、鳥小屋を設置。鳥使いの人たちとの打ち合わせ。
「おいおい、コウジはもう体育祭の準備に入った方がいいぞ」
「そうそう人気が一位なんだから、どんなことをしてでも勝たないとね」
「グイルたちまでそんなこと言うのか? 通りの店主たちにもどんな手を使ってでも勝てと言われたよ。でも、それで勝って、誰かが優勝したと認めてくれるのか?」
「負けた学生だよ。コウジが倒した相手だけはお前に優勝を託すのさ。優勝した奴に負けたんだからしょうがないってね」
「人間の狡猾さは生き残る術でもあるわ。コウジは正直さだけで戦うつもり?」
ミストの意見は理解できる。頭も使わず、身体だけで戦おうとするのは学生たちに失礼か。
「でも、ラックスさんとゴズさんの戦いの邪魔はしたくないだろ?」
「彼女たちの思いを知っているからね。でも、それも体育祭のうちだよ。二人を邪魔してでも自分が一番になりたいなら、やるべきだと思うし」
「体育祭に参加する学生一人一人に思いがあるのよ。それを打ち負かしていくのが優勝するってことじゃない? ズルいとか八百長とか言う人たちは、当事者じゃないから適当なことを言っているのよ」
「むしろ全力で戦わない限り、学生たちは優勝を認めないわ。手を抜いて戦って優勝されたら、負けた自分たちを許せなくなる」
「コウジはラジオ局の代表なんだぜ。つまらない負け方なんかしたら、それこそ俺たちがお前を認めない」
「やってもいないうちから負けた理由なんか考えないことよ」
「コウジが甘くなったなんて言われたら、私たちに責任が飛んでくるんだから、絶対に優勝してよね」
俺はラジオ局のメンバーに託された。
正直なところ、たぶん、ラックスは精霊の力を身に着けている。俺が勝つには精霊に勝つしかない。そんなことできるのか。親父はやったが、今の俺にできるとは限らない。
できない約束はしないことだ。
信用を失う。
それでもだ。優勝を託したラジオ局に「勝つ」と言えない俺を、俺自身は許せるのか。
「ん~……、勝つ!」
「言ったからね!」
「曲げるなよ!」
「それでこそ局長!」
「全力を使えって言ったのはお前たちだからな。どうなっても文句言うなよ!」
「当り前よ! こっちだって最高に盛り上げる準備はできてるんだから!」
「油断したら容赦しないからな!」
「適当に勝って終わらせちゃただじゃおかないからね! 最高学年だろうが新入生だろうが、徹底的に負けを認めさせる勝ち方で勝ってきなさい!」
「よっしゃー! 行くぞー!」
俺は窓から飛び出しながら、何かを吹っ切った。腹を決め、魔力を練り上げる。
実行委員からコインを貰って、〇にコと書いた。
「おい、コウジ、どのくらい手加減すればいいんだ?」
リュージが近づいて聞いてきた。
「リュージよ。ここは世界中から才能が集まる人間の学校だぜ。手加減なんかするなら開始前に俺がぶちのめすぞ」
「いいんだな? 竜の姿になっても?」
「標的にされるだけだ。頭脳も身体能力も魔力も全部総動員するのが体育祭。ようやく俺も辿り着いた。今年は睡眠も食事もばっちり決めてきた。戦い方は世界樹仕込み、精霊殺しの親を持ち、ラジオ局に託された。自分の魔力を奪われないうちに、使っておくことだ」
「言ってろ! 悪童! 南極の深海で生まれたこの身体。種族の頂点がどんなものか教えてやるよ」
リュージは眼鏡をはずして、丁寧に箱にしまった。
『さあ、そろそろ門を閉めますので、観客の皆さまは席に着席をお願いします。本日の体育祭は安全確保のため、外部からの出入りは時間制になっております!』
ラジオからウインクの声がする。
玄関ホールを抜けて、続々と観客たちがやってきた。手には応援している学生の旗やうちわなども持ってきているようだ。
「おい、コウジのファンがいるのか?」
一際筋肉が発達したゴズが隣に来ていた。
「通りの店主たちですよ」
「アグリッパが意外に人気なのが気になるな」
「冒険者仲間だ。文句あるか?」
アグリッパもポチを連れてやってきた。
ダンジョン前にはシェムとダイトキ、ドーゴエとガルポが話している。ゲンローは鍛冶屋連合と森の中だ。すでに罠を仕掛け終わっているらしい。
ラックスの姿は見えない。レビィとマフシュは屋台でお好み焼きを売っている。この日のためにソース作りをしていたようだ。「もっとくれぇ!」とすでに中毒になっている客も出てきている。
体育祭はバトルロワイヤルとはいえ自分が身に着けた技術なら何でも使っていいことになっているが、学生にしか攻撃できないというのが唯一のルールだ。
貴族連合や魔道結社など団体も表彰されるので、集まっていることが多いようだ。皆、それぞれの戦術で戦うらしい。初めは潜伏して様子を見ようとする者たち、初めから仕掛けに行こうとする魔体術を修めた学生たち、塔の魔女たちは自分たちが作った魔道具を試すつもりのようだ。新入生たちは各々自分のやれることをやろうと武器を構えている。
『それでは門が閉まりました! 間もなく開始の鐘が鳴ります! 学生たちよ、己の力を見せつけろ! 皆さま準備はよろしいですか!』
カラァーン!
『それでは定刻! スタァアアアトです!』
ウインクも力が入っている。
学生たちが走り始めている中、俺とリュージは立ち止まっていた。
森の中から水蒸気が発生している。雷魔法や火魔法が飛び交っているが、どこを狙っているのか空に飛んでいく。
「なんだこれ? やる気あんのか。世界中の才能たちは?」
「まだ本気になってないだけだろ? リュージ、南半球の挨拶を一発かましてくれ」
「いいだろう」
リュージの喉から胸にかけて大きく膨らんだ。
グゥアアアアアオウッ!
竜の咆哮が学院中に響き渡る。緊張感が一気に伝わり、逃げ出す学生やこちらに武器を構える学生などがいる。
俺もリュージも、迷いが見える貴族連合を叩いた。肘鉄と裏拳で剣を構えていた女騎士や盾持ちの上級生を昏倒させる。ヒライの雷撃が俺とリュージに向かってくるが、掌で弾き飛ばして貴族の上級生に当てた。
「悪いな。連携はさせないぜ」
リュージは人型のまま、地面に手を当て爆発させる。地中に火魔法を放ち、学生たちの隊形を崩した。吹っ飛ぶ学生の落ちる速度が変わった。重力の変化ではなく、時魔法を放ってきた者がいる。
俺はその瞬間に飛び上がって、校舎の壁に着地。出遅れたリュージはダイトキの時魔法に捕まっていた。
「悪いトカゲが紛れ込んでいるのでござる」
リュージはダイトキを睨みつけているものの身体が動かないようだ。
「昨年、親父にしこたま叱られたのでござるよ。残念だが今年は、油断するつもりはない。このスピードについて行けるか?」
止まっていた時が急速に回り始める。ダイトキの剣戟をリュージは竜の鱗で正確に受け止めていた。もしかしたら普通の竜になら勝てていたかもしれない。
ダイトキにとって厄介だったのはリュージは竜の中でも優秀だったことだ。
ボッ。
青白い炎がリュージの口から吐き出される。ダイトキが反射的に目をつぶった一瞬を、リュージは見逃さなかった。
ザンッ!
竜の爪がダイトキを襲う。ダイトキは自分の身体を微かな風が吹き抜けただけのように感じただろう。ダイトキは意識を失い、リュージの手にはコインが握られていた。
倒れるダイトキの手には刀が強く握られている。去年は竹光だったが、今年は本物だったのに。
リュージがドヤ顔をして、壁の俺を見てきた。バカが。
「避けろ!」
油断したリュージの身体は、アラクネの糸でぐるぐる巻きにされて地面に縫い付けられていた。炎で糸を焼こうとしたリュージの喉をシェムの棒突きが飛んでくる。
「ダンジョン産の糸でも、竜を拘束できるみたいね」
シェムはリュージの逆鱗を抉るように棒に力を込めていた。リュージはあまりの痛さに気絶。竜の姿に戻る前に、上級者向けダンジョンへぶん投げられていた。
「去年のリベンジマッチをさせてくれる?」
シェムが壁に張り付いている俺を見た。
「いつでもどうぞ」
そういうや否や、シェムは壁を駆け上がってくる。
俺は思い切り前方に向けて飛んで逃げた。
スパンッ!
シェムは棒の先に魔力で作った大鎌を取り付けて俺の残像を切っていた。
「意外!? 残像なんて作れたの?」
「別に使うタイミングがなかっただけです」
俺は濃霧が広がる森へ入っていく。
周囲から視線を感じるが、気にせず罠を踏み抜いていき、毒煙をどんどん出していった。鍛冶屋連合が罠を作り、マフシュたち薬師が毒を調合したのだろう。マスクをすればどうってことはない。
「どうして逃げるの!?」
「せっかくの体育祭ですよ。シェムさんの弱点も克服できたか見ておきたいし……」
そう言いながらアグリッパの使役しているポチの気配まで一直線で向かった。
ギアオォオオ!
オルトロスの叫び声が聞こえてくるので見つけやすい。革パンエルフのガルポが出した森の精霊と戦っているらしい。
「邪魔するんじゃない!」
「ここで横やりを入れなきゃ勝てないとわかっているのにか!?」
アグリッパが止めに入り、ガルポが抗議している。巨大な森の精霊が、ポチに襲い掛かるもあっさりと躱わされて炎のブレスで焼かれていた。
ドーゴエとゴーレムたちはすでに叩きのめされたように地面に座って荒い息をしている。そこら中からうめき声が聞こえてくるが、霧で見えない。
「なにがあったの? 学生たちが吊るされてる……」
一歩遅れてやってきたシェムがアグリッパに聞いていた。
「この先でラックスとゴズが戦っている。一時休戦と行こうじゃないか?」
確かに気になるが、ガルポが文句を言う気持ちもわかる。
「これは体育祭だ。勝手なルールを作っちゃいけねぇ。それは俺にもわかる。わかるが、今回ばかりはアグリッパの言うことを聞くよ。あの戦いに割って入ろうなんて思うな。魔体術の学生たちも弾き飛ばされ、俺とゴーレムもこの有り様だ」
「俺たちにとっちゃ憧れの先輩だ。あの人たちがいたから、俺たちも外で自由にやっている。学生のなんたるか模範を示し続けてくれた。この中でゴズに世話にならなかった奴はいるか? ラックスに絡まれなかった奴は? あの人たちは後輩になにかと目をかけてくれるんだ。その二人が戦ってる。見届けたいんだ。誰か風魔法で霧を晴らしてくれ」
不意にソースのいい香りがしてきた。
「溜まり濁った動かぬ大気を砕け、流れ流れて大河のごとく、我、風の眷属。風よ、舞え……」
マフシュの声が聞こえてきた。
ビョウッ!
突風が吹き、霧が晴れていく。森の中には学生たちが枝に引っかかり気絶しているのが見えた。
マフシュとレビィがお好み焼きとアポのジュースを持ってやってきた。
「特等席で見よう。特待十生の特権だ。ほら、皆食べていいよ。たくさんお好み焼きも作ってきたんだ。どうせ実力は拮抗してるんだろ?」
その場にいた全員がレビィからお好み焼きを受け取った。
「マフシュ、お前魔法を使えたのか?」
ドーゴエが聞いていた。
「杖があればね。それより二人の様子はどうなってる?」
皆、霧が晴れてラックスとゴズが戦っているのが見れると思っていたが、なかなか霧が晴れず、二人とも姿が見えない。気配はあるのに……。
ガリ……。
お好み焼きを食べたら、中から睡眠薬に使う実が出てきた。
「おい、調味料がデカすぎるぞ」
ドーゴエが実を吐き出していた。
「バレたか」
「無料なんだから、それくらいするよ」
まったくこの人たちときたら……。全員、その実を避けて食べていた。他にも毒を盛っているかもしれないが、ソースの匂いに釣られて食べてしまった。
「このジュースが解毒薬ね」
シェムがアポのジュースの匂いを嗅いで、皆に配っていた。
「いつの間に!?」
「やっぱり私たちは戦いに向いてないか。あ、見えてきたよ……」
ガキンッ!
金属が衝突するような音が聞こえてきた。ラックスとゴズが素手で戦っている。
「霧が晴れたなぁ! 思う存分、光魔法を使えるぞ」
「うん。そういうゴズも闇魔法を使うといい。魔力の使い方が雑になってきているよ」
ギィン! ギィン! ギィン!
およそ肉同士がぶつかった音に聞こえないが、確かに目の前で戦っている二人が発する音だ。魔力で固めた拳同士がこすれているらしい。
「埒が明かないね」
「そのようだな……」
ラックスは指先に光を集め、ゴズも影魔法の腕を出していた。
一瞬ラックスの身体が光り輝いたかと思ったら、影魔法の腕が地面に引き倒した。
「まさか当たったとは思ってないだろ?」
ゴズの背後にラックスがいて掌底を放っている。
パンッ!
「無論」
ゴズは自分の身体を魔力の防御壁で守り、ゴムボールのようにバウンドさせて衝撃を逃がした。
「オーディエンスもいることだ。そろそろ本気で行こう」
「そうだな……」
ゴズの筋肉が盛り上がり、周囲の地面に影の黒い池が出来た。ラックスは何体もの自分の分身を作り出してゴズを囲んだ。二人とも独自の魔法を磨いている。
「「化け物め」」
同時に同じことを口にした。お互いを認め合って、高めてきたのだろう。
飛び掛かったラックスの分身を、ゴズは影の池に沈め、ラックス本体を掴んだ影の腕を光魔法で霧散させていた。
どちらの魔力も減っていく。
「削り合いか……」
攻撃の速度が上がっていく。ラックスの角度のある無数の攻撃をゴズが影魔法を纏った大ぶりのパンチで返す。ダメージも疲労もちょうど同じくらいだろうか。
「何がどうなってるのかわからないね」
レビィには見えていないらしい。
「割って入れないな」
ガルポも魅入っている。
周囲にいる特待十生は、いい戦いを見て、純粋に興奮している。
俺は、自分ならラックスの攻撃やゴズの攻撃をどうするかを必死で考えてうずうずしていた。
世の中に強い人たちはいる。だが、俺は目の前で戦っている二人が強くなっていく過程を少しだけ見ていた。彼らの強さを知っていたはずだった。
同じ学校にいて同じように暮らし、見ていたはずなのに、ここまで強くなれるのかと心底驚いている。つい先日まで、道場にいた頃とはすごい変わりようだ。思いによって成長速度を伸ばせるのか。俺が知っている強さとはまた別の強さがあることを知った。
ラックスとゴズは削り合いの果てに、一瞬気が抜けたのかゴズの頬に小石がかすめた。
血がつーっと垂れるのをゴズが手の甲で拭って確認。そろそろこの戦いが終わる。
「終わりにしようか」
「ああ、楽しかったぜ。この七年間」
二人が魔力を練り上げていく。ただ、その魔力の差は歴然だった。雲の隙間からラックスに向かって日の光が差し込んでいた。
削られていたはずのラックスの魔力はそれまで以上に膨れ上がった。
ゴズも身体の内側の魔力をすべて放出して影の壁を作る。
ラックスの人差し指に集められた魔力が放たれた。崇めたくなるような光だった。
パッ……!
大きな光の玉がゴズの身体にぶつかり、上空へと弾き飛ばした。全力を出し尽くしたゴズは回転しながら森の木にぶつかり気絶。ラックスは自分の指先を見つめていた。思っていたよりも威力が出たらしい。光の精霊が学生同士の戦いに干渉してきたか。
『ここでゴズが散るー!』
どこかに設置したラジオからウインクの声が聞こえてきた。
ガルポの森の精霊は崩れて土くれに変わっている。精霊にも序列があるのだろう。
光の精霊に認められラックスが光の勇者になったのだとしたら、これから俺たちは勇者と戦うことになる。
だが、そもそも精霊は力そのもの。戦う対象ではない。
そう気づいたとき、俺はシェムと目が合った。やろうとしていることは同じだったようだ。俺たちは周囲にいた特待十生とガルポを気絶させて、校舎の方へぶん投げた。オルトロスのポチもシェムがちゃんと気絶させて投げている。
「あら、二人だけが残ったわね?」
ラックスがこちらを見た。日の光が強く当たっている。
「ラックスは女だからと言って、そんな口調では喋らないよ」
「人の信仰心に付け込んで、身体を乗っ取るのが精霊のやり方ですか?」
俺もシェムも魔力を全開にして、身体の周囲に壁を作る。
「力を貸してくれと言われただけよ。力……、つまり私ということでしょう? 精霊は皆、努力し汗を流す者たちの味方ですから」
力を求めた者の弊害だ。
「力を貸す対価が重すぎませんか?」
「あら? そう? 命が取られたわけじゃあるまいし、このくらい別にどうってことないでしょ?」
「ラックスの魂はまだ近くに?」
「もちろんよ。諦めてくれるとこちらも楽しめるのだけれど……」
気づいたときには俺はラックスに迫っていた。
「ラーックス!」
俺は大声でラックスに呼びかけた。
ついでにラックスを攻撃。まだ人間の体に慣れていない光の精霊になら攻撃を当てられる。
ゴキンッ!
全力で叩けばダメージは出せると思ったが、光の精霊にあっさり防がれた。魔力での戦いは精霊の土俵に上がるのと同じ。意味はない。それでも一瞬動きを止められたら、シェムがどうにかしてくれるかもしれない。
「おやめなさい。そんな攻撃でこの身体が傷ついたらどうするの!?」
「痛みも知らずに人間に化けられるとでも?」
ラックスの体にアラクネの糸が巻き付いていた。
「ラーックス! 戻ってこーい!」
ゴズが出した影の池の跡地に魔力を流し、ラックスの足を拘束。光の精霊は驚いていたものの笑っていた。
所詮は人間の攻撃だと思っているのだろう。
光の精霊はあっさり影の池から抜け出し、アラクネの糸を解いた。わずかな隙を見て、光の精霊から魔力を奪おうと手を伸ばすも、魔力は奪いたい放題。精霊なのだから当たり前だった。
「その身体はラックスのものだ。他の誰にも渡させやしない……」
気絶していたはずのゴズがラックスの体を後ろから羽交い絞めにしていた。魔力切れを起こし目もうつろだというのに、絶対に離さないという意思だけで締め付けているらしい。
「これが愛!?」
「友情だ。光の精霊よ。二人とも俺ごとやれ。身体なら回復できる。魂まで戻ってこないと困るんだよ」
ゴズの言葉を聞いて、俺たちは魔力に集中させた。
「ラーックス!」
シェムが棒の先に大きなハンマーを全力の魔力で作り上げ、ゴズごとラックスをぶっ叩く。俺もそれに続いて、ラックスの鍛え上げた腹を殴ろうとして止まった。
「シェム、もう一度! 揺れてる! 中の魔力が揺れている!」
ラックスの中の魔力が揺れていることに気づいた。魔力切れを起こしているはずのゴズの全身の骨が砕け散っていてもおかしくないような攻撃なのに、ラックスの身体がシェムの攻撃を吸収している。
おそらくラックスが身体の中で葛藤している。
「え!?」
「いいからもう一度!」
「これ以上はもう魔力切れ! ここで決めて!」
シェムはからだ中から集めた魔力で、ラックスの腹を叩いた。
魔力が大きく揺れて、身体からはみ出る。そのはみ出た魔力を俺は掴み、全力で空へと放り投げた。
覚えているのは日の光が眩しかったことだけ。俺も魔力切れを起こして、意識を失った。