『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』17話「パレードと裸足のジル」
「母さん、何をしてるの?」
「何って、息子と朝ごはん食べてるわ」
「いや、そうじゃなくてなんで学校にいるの?」
「あ、パレードに出るのよ」
学校の食堂で俺は母さんと朝飯を食べていた。周囲には同じくパレードに出るというアマンダおばさんや観客席を作っていた女性作業員たちがいる。
昨夜、ベッド横の床に毛皮を敷いて寝ていた俺は、早朝母さんに起こされた。
「朝風呂あるんでしょ?」
「あるけど……」
言われるがまま大浴場に案内。風呂上がりになぜか植物園で薬草を摘み、ダンジョンでソニアさんとなにやら打ち合わせをしていた。
「そろそろ誰か説明をしてほしいんだけど……」
「パレードをやるのよ」
アマンダおばさんが卵サンドを食べながら答えてくれた。
「何のパレードをしてるの?」
「そこからかぁ。誰も教えてくれなかったのかい?」
「うん、宣伝だけさせておいて結局誰が何のパレードをするのかもわからなくて……」
母さんは呆れたように俺を見ていた。
「コウジ、もう少し人を疑いなさい。ただ働きっていうのは搾取なのよ」
「それはわかってるんだけど、アイルさんとかに頼まれたら断れないよ。そもそもパレードってお金のためにやってるの?」
「ううん、お金は貰ってない。んん……そうか。誰も説明してなかったんだ。じゃあ、コウジはなんで自分は親と暮らしてないんだろうと思わなかったってこと?」
「え? 仕事じゃないの?」
「仕事なんだけど、仕事の中身について教えてなかったか」
「お茶屋じゃなかったってこと!?」
「いや、お茶屋よ。これ、どこから説明したらいいんだろうね」
母さんは隣のアマンダおばさんに聞いていた。
「一から説明しなさい。コウジには聞く権利があるわ。あなたたちの子どもなんだから」
「そうよね。トキオリさんとシャルロッテさんが戻ってきて一緒に住むようになった頃にはお茶屋はやってたんだけど、コウジが生まれたあたりから父さんの仕事が忙しくなっていったのね」
「いや、ナオキさんはずっと忙しいのよ。同時に3つくらいの仕事をこなしているからね」
アマンダおばさんが母さんの話に補足してくれる。
「それでアイルちゃんやベルサちゃんも店に来てたからコウジにミルクを飲ませながら話は聞いていたのよ。それで奴隷や女性の権利があまりにもない地域の話を聞いて、避難所を作らないといけないって話になってね。で、お茶屋をやっているといろんな人が来るし、父さんの会社は世界的にも有名でしょ」
「ミリアは孤児だったし、死ぬような病気にもなったから、そういう人たちの気持ちに寄り添えるのよ。だから同じような境遇の娘を放っておけなくなって、同じ気持ちの人たちが集まってきちゃうのね」
「だから、私がっていうよりもいろんな人たちの力を借りて、駆け込み寺を作ったり、職業訓練のための宿を作ったりしてたの。初めのうちはコウジも連れまわしてたのよ。記憶ない?」
「ない。お茶屋の記憶はお客さんに怒られたこととか……。母さんが夜中にダンスか何かの練習をしているのを隠れて見てたことくらいかな。あと、竜の学校の休みにバイトをしに行ってたでしょ」
「バレてたか。そのダンスみたいなのがパレードの練習よ。結局、避難所を作ってもその地域に、人権意識が根付かないと同じことの繰り返しになるからね。パレードをして、どんな人も生きていい、どんな人生にも価値があるってことを広めているのよ」
「そうだったんだ……」
母さんがそんなことをしているとは本当に知らなかったから、普通に驚いてしまった。
「じゃ、アイルさんとかが駆け込み寺を作ってるっていうのは?」
「ああ、アイルちゃん達にほとんど手伝ってもらってるというか、手伝っているというか……」
「人って同じ時間を過ごしているはずなのに、何事もその人のペースがあるでしょう? アイルちゃんやベルサちゃんみたいな人たちを見ると、あんなに出来ないといけないのかって思うけど、ミリアの場合は出来なくても根気強いのよ。母親だからかもしれないけど」
「そりゃそうじゃない? 誰だって自分の子どもが仕事や勉強が出来なくても見捨てたりしないわ。コウジが私を母親にしてくれたのよ」
「そうなの!?」
「でも、全然手がかからない子でね。5歳くらいで魔物を狩って一人で生きていけるようになってたから、どうしていいのかわからなかったわ。だから、家族旅行してどこで育てればいいのかって悩んでたのよ」
「あの家族旅行は俺のためだったの!?」
魔力操作と性質変化を散々やらされて、とにかくわけのわからない場所に放り込まれていた。
「そう。コウジの友達探しも兼ねてたのよ。でも、全然できなくて、結局ウタちゃんとしか遊んでなかったでしょ?」
「あの頃はどうやったら魔力切れを起こさないかとか、テイムスキルの魔力の流れとかを話してたんだけど誰も聞いてくれなくて、話が辛うじて通じるのがウタさんだけだったんだよ」
「北極大陸の基地に連れていっちゃったからね。研究者の話ばっかり聞いてたからおかしくなったと思ったのよ」
「いや、いろんな道があるんだと思ってただけだよ。自分の考えを大事にしろっていうのもセイウチさんに教えてもらったし」
「そうだったの!? 言ってくれればよかったのに」
「一応、言ったんだけどね。親父に言ったらちょっと遊んで来いって、コムロカンパニーの人たちに鍛えられていったっていうか。よく鼻水垂らしてた子のお守をしてくれたと思うよ。それに何かある度に様子を見に来てくれたでしょ」
「当たり前じゃない! 親よ」
「そうか……」
「とにかく今日は母の背中を見ておいて」
「わかった」
「看板そろそろ……」
朝食も食べ終わり、話し過ぎたらしい。母さんとアマンダさんをパレードの人が迎えに来た。
「化粧と着替えがあるから、午後まで観客の整理をしておいてね。正午の鐘で始めるから」
「俺もラジオがあるからね」
「あ、そう。あんまり仕事をし過ぎないようにね」
母さんを見送り、俺はラジオ局へ向かった。
ラジオ局ではすでにミストが音楽を流していた。
「パレードの音楽だって。アーリム先生のお姉さんが届けてくれた」
「フェリルさんが……」
北極大陸から来たから録音機材を持っていたのか。
「血色について聞かれなかった?」
「聞かれた。たくさんビタミン剤、貰ったよ」
「お袋さんと話したのか?」
ロケの準備をしているグイルが聞いてきた。
「ああ。パレードの看板だった」
「はぁ?」
「いや、だから母さんがパレードの看板らしい」
「なんだ、その一家は!?」
「コムロカンパニーの女将さんだと思えば、そのくらいじゃないとバランスが悪いわ」
「ウインクは?」
「メルモさんとモデルの先輩たちをラジオショップの特等席に案内してる」
「結局、コウジはなんのパレードかわかったのか?」
「ああ、たぶん……。でも、なんでアイルさんはアリスポートでパレードを……?」
考えられることはエルフのジルの一件だ。でも、たった一人のエルフのために、こんなに大人が動くのか……。
「よっと……」
革パンエルフのガルポが窓から入ってきた。
「窓を閉めてたのに」
「エルフは風を操れるのさ。それより、俺以外のエルフの留学生たちが消えた。何か知らない?」
「パレードの特等席でも当たったんじゃない?」
「そんなの誰が用意してくれるんだ?」
「カミーラさんでも無理か」
「パレードってそんなに危ない催しものなのか?」
「どんな人生にも価値があるっていうことを訴える行列さ」
「ああ……、それはヤバいかもな」
「そうなのか?」
「だって奴隷だっているだろう? 個人の自由も訴えるのか?」
「そりゃあ、そうじゃないと価値が生まれないんじゃないの?」
「じゃあ父親の権力が絶対的な里の出身者は逃げ出したのかもしれない」
ガルポは呆れたように手を広げた。
「え? でも、ラジオで放送するぞ」
「思想と技術が結びついているのか」
「別に思想なんて大それたものじゃないし、ただのラジオだ」
「ちょっと待って。エルフの留学生が消えたってことはジルがいないってこと?」
ミストがガルポに聞いた。
「ああ、演奏の里の者も舞踏の里の者も消えてるからな」
「それはちょっとまずいかもしれないわ。パレードが終われない」
「やっぱり、ジルがパレードのゴールだと思うか?」
「私はそう思ってる。違うならそれはそれでいいけど。でも、アグニスタ家でジルの話をしていた時にパレードをやることが決まって、ジルはセスさんの会社で保護されていたじゃないの?」
「そうだよな……」
俺は自然と通信袋でセスさんに連絡を取っていた。
「お疲れ様です。コウジです。セスさん、ジルが……」
『ああ、やっぱりか……』
だいぶ落胆した声が聞こえてきた。
「わかるんですか?」
『消えたんだろ? エルフの一家が。一応見張りは付けてたんだけどな。俺のミスだ。地下道を探すから、コウジは彼女が行きそうな場所を探してくれ。死者の国の女の子は近くにいるか?』
「ミストです! います!」
『悪いんだけど、教会の鐘の音をラジオで流してくれるかい?』
「あ……、なるほど! わかりました!」
通信袋が切れた。
「グイル、そのロケ用の機材借りるよ!」
「どういうことだ?」
「エルフたちが呪われている可能性があるから、足を鈍らせるの」
「そんなことできるのか?」
「あなたの目の前にいるのは死霊術師よ。コウジ! 教会の屋根まで連れていって」
「わかった」
機材を持ったミストを抱えて、俺は廊下の窓から飛び出した。
「風を掴め!」
ガルポの声と共に追い風が吹いてきた。背中を押されるがままふわりと門の屋根に飛び乗った。
「ミスト、ちゃんと掴まっててくれ!」
「了解」
ミストの腕が俺の腰に巻き付いた。
魔力を足に込めて飛び上がる。屋根伝いに駆け抜けて、三角屋根の教会へと向かった。風船が飛び、パレードを祝う花がそこかしこに咲いていた。
通りには美味そうな匂いのする屋台が立ち並んでいる。パレードが始まったら移動するのだろうか。
「王都のお祭りね」
広場では魔族の道化師がナイフを放り投げたり、人が飛び出す奇術を披露したりしていた。
教会の屋根にある鐘楼に機材を設置。鐘楼から中に入って、神父の目の前に立った。
「失礼。緊急事態に付き協力願います!」
「呪われたエルフが王都に入り込んでいるため、鐘の音と共に呪詛返しのまじないをラジオで流させてください」
「君たちは……?」
「総合学院特待十生、コウジ・コムロです」
「死者の国の死霊術師、ミストです!」
「わかりました。パレードのようなハレの日ほど悪霊が憑りつくと言います。どうぞ、鐘を使ってください」
「ありがとうございます!」
「シスター! 浮かれている場合じゃありませんよ!」
神父はパレードの空気に浮かれているシスターたちを注意していた。
「コウジはこのままジルを探しに行って!」
「わかった」
教会はミストに任せて、俺は外に出た。
「どこにいるんだ?」
地下道はセスさんが探しているので、見つけたら連絡が来るはずだ。
ラジオショップに行き、ジルが来ていないかウインクに確認した。
「行方不明なの!?」
「ああ、家を知っていたりしないか?」
「花屋の娘が……」
後ろでメルモさんがセスさんにブチ切れて「探知スキルでも見つけられないのよ! わかってんの!?」と、観客席の窓から飛び出していた。
大人同士の揉め事は放っておいて、俺たちはジルを探す。花屋に行き、通りに撒く花弁を用意していた娘に、ジルの居場所を知らないか聞いてみた。
「ジルがどこかへ行ってしまったんですか?」
「それを知りたいんだ」
「手紙を……。パレードが終わってから開けてと言われて手紙を受け取りました」
「一緒に旅に行こうとか、何か約束したことは?」
「いえ、ただ私たちはショーウィンドウの靴を見てあんな靴を履けたらいいねって言って一緒に帰るだけでした」
総合学院前の広場に靴屋はある。
「彼女の家はどこにあるのか知ってる?」
「ええ、ここの通りをまっすぐ行ったところの裏路地に入って、ずっと先に行った安宿ですよ。お母さんが清掃員をしているって聞きました」
「わかった。ありがとう」
「あの、手紙はいいんですか?」
「それはジルが君に送った手紙さ。俺たちが見るわけにはいかないよ」
俺たちは裏路地へと走った。
その安宿は城壁の側で、少しかび臭かった。宿の主人に尋ねると、一昨日の夜からエルフの一家は部屋を引き払ってしまったという。
「何か残していったりはしてませんか?」
「してないね。エルフだから薬草でも残してないかと調べたんだけどそんなことはなかった。お父さんの膝が悪くして飲んだくれてしまったらしい。娘さんは優秀だったみたいだけどね。その娘だろ?」
「ええ、たぶん……」
捜索は暗礁に乗り上げた。
「王都から出るなら、門兵に聞けばわかるかな?」
門に行くと、ベルサさんが難しそうな顔でぼさぼさの髪をかき上げていた。
「すまないね。セス坊がやらかして駆り出されているんだろう? 全くしょうがない奴だ。エルフの一家が引っ越しをしている記録はないよ。パレードが終わっていないのに出ていくのは依頼を請けた冒険者くらいだそうだ。入ってくるばっかりで、パレードが終わるまでは町の中にいると思うよ」
「じゃあ、どこかに集まってるってことじゃないですかね? エルフの留学生が全員消えちゃったらしいです」
「エルフがそれだけ集まってるところなんて限られてると思うよ。最近どこかにエルフたちが集まったりしてなかったかい?」
「学校ですね。カミーラさんの授業があったから……」
「だったら、もう一度学校の中を探すことだ。まぁ、諦めてパレードを見ていてもいいさ」
「そんな……。ジルがいなかったらパレードは終われないんじゃないんですか?」
「知ってるのか。まぁ、そうなんだけどね……。なぜか私たちがどれだけ動いてもパレードは上手くいくようになってるのさ。不思議なことにね。たぶん、ミリアの運が強いせいだ」
「母さんの運ですか?」
「ああ。でも、そのいなくなった彼女は友達なんだろ? 探してやりな」
「はい」
俺たちは急いで学校に戻った。
「隠れられそうなところなんて、どこにでもあるからなぁ。ウインクはラジオ局と学生寮を頼む」
「わかった」
俺たちは見知った学校を隅々まで調べた。
途中清掃員のおじさんたちにも聞いたが、カミーラさんの授業後は人がごった返してわからないと言っていた。
「でも、確かにエルフは多かったよな?」
「カミーラって言ったら、隣の大陸では知らない者はいないって薬師なんだろ? そりゃあ、来るよ」
「紛れられちゃあ、わからないね」
「ああ、でも植物園にはたくさんエルフが来てたんじゃないかな?」
「ありがとうございます」
植物園にも行ってみると、マフシュが椅子に座って呆然としていた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ! 昨日の夜、誰かが植物園に入って食べられる植物を全部食べて行かれたわ」
見れば、鉢植えや中庭にあった果物や野菜、ハーブなどが根こそぎ盗まれていた。
「ご丁寧に焚火の後まで見つかったの。だから移民は嫌なのよ。郷に入っては郷に従えって知らないのかしら!?」
留学生たちの一家が滞在していたのだろう。やっぱり、この学院のどこかにいるらしい。
ダンジョンにいればすぐにバレる。倉庫や使われていない教室も多いが、清掃員のおじさんたちが掃除しに行く。森の中か。
「森の中にいてどこかに逃げるつもりか……? どうやって……」
そう口に出して、思い出した。
『月下霊蘭』が咲いていたあのダンジョン跡。ラックスが開けた穴は外までつながっている。でも、そこは訓練場で今はテント街があるはず。出てくればすぐに見つかるんじゃないか。
ゴーン!
教会の鐘が鳴り響いた。ラジオからも聞こえてくる。ミストの足止めが始まった。
「そうか!」
テント街の人たちもパレードを見に来るからいなくなるタイミングがあるのか。俺は思わず、通信袋を手に取っていた。
「セスさん! テント街です! 俺は、学校から後を追ってみます!」
『了解!』
通信袋を切ると、マフシュがこちらを見ていた。
「なに!? なんかあったの!?」
「エルフの留学生一家が逃亡中です!」
「なんで!? 意味わからない!」
「パレードを見ると、自由病になるらしいです」
「なんなのよ! その古い頭は!」
「帰ってきたら説教してください」
「当り前じゃない! まったく……。まず植物園を復活させないと」
エルフの特待十生は大きなため息を吐いていた。
俺は植物園から飛び出して、森のダンジョン跡へ向かった。
ダンジョン跡の穴の周りには柵が設けられていたはずだが、今は壊れている。ラックスとドーゴエが穴の中を覗いていた。
「エルフたちが入っていきませんでした?」
「ああ、コウジ。いや、見てない。でも警戒している気配がビンビンに感じるね」
「何があったんだ? 草がこれだけ踏みつぶされてたら、姿くらましの術を使ったってさすがにわかるぜ」
「エルフの留学生たちが消えました。おそらく一家と一緒にこの穴を通って逃げたんだと思います」
「待て待て! 留学生だけでも結構な人数がいるんだぞ。その一家もってことになると……」
ドーゴエは驚いていた。森の中にいたゴーレムたちも呆れているようだ。
ゴーン!
教会の鐘が聞こえてくる。俺は自分の小型ラジオのスイッチを押した。
「それから、なんだこの鐘の音は?」
「ミストの呪詛返しですよ。呪われた人たちも多いから足止めです」
「でも、もうすぐパレードが始まるんじゃ……」
「ええ、それまでが勝負です。じゃ、俺は追うので!」
俺は穴に飛び込んだ。
「私も行く! これも特待十生の仕事でしょ?」
ラックスも付いてきた。
「待てよ! どうしてお前たちは本当に……!」
渋々ドーゴエが穴に飛び込んできたが、遅いので置いていく。
「こっちで待ってるからなぁ!」
光魔法を放つラックスと二人で穴の中を走り抜ける。日夜鍛えているラックスの速度の方が俺よりも速かった。
「そこのエルフたち! お待ちなさい!」
人影が見えてきたと思った時には、穴にラックスの声が響いた。
「くそっ! 何しに来やがった!」
「なんだこの鐘の音は……。頭が……」
「はい、この音で頭が痛くなる人は呪われています。とりあえず、この先に進んで外に出てください」
「え!? 呪い?」
エルフたちは二列で立ち止まっていた。100人近いエルフたちが穴の中にいれば酸欠にもなる。苦しそうな息をしている子もいるので、とっとと外に出した。
外にはセスさんが待ち構えていて、エルフたちを捕縛していく。
「どうしてトンネルを知っているんだ? 山賊とつながりのある者がいるらしいな」
セスさんが脅していた。
「ジルはいないか!?」
「お前か! ジルを誑かした男は!?」
エルフのおじさんは足を引きずっていた。ジルの父親か。隣にいるエルフの中年女性は指先にあかぎれができていた。シーツを取り換えて洗濯してできた痕だろう。
「ジルの家族ですね? ジルはどこです?」
「いないわ! あの子は裸足で逃げ出したの!」
「俺たちを信じないで、お前たちのことを信じたんだ! あの子の幸せをお前たちが奪ったのさ!」
「それは、たぶん逆です」
ラックスが口を開いた。
「あなたたちがあの娘の幸せを奪い続けてきたんです。でも、自分で抜け出せたんですね」
「そんなわけあるか! 俺たちがどれだけあの娘を大事にしてきたか……」
「娼館に売ってもですか?」
「でも、学校には入れてあげたわ!」
「学校には試験がありますから、彼女の実力です。それとも学ぶ自由もない生活を強いていたということですか?」
徐々に周囲のエルフたちの視線がこちらに集まってきた。
「女に学なんてあったって、薬師になれるわけでもないんだ。早めに諦めて、嫁に行くのが幸せってもんさ」
「自分の幸せくらい自分で決めるわ。たとえそれが親だとしてもあなたたちの人生ではないのだから!」
ラックスが声を荒げて叱っていた。
「ごめん、行こう。ここに彼女はいないみたいだから」
「帰りましょう」
チュドッ。
振り返ると、メルモさんが墜落してきてセスさんの耳を引っ張り上げていた。大人の揉め事は見たくない。
いつの間にか鐘の音が止んでいた。
「パレードが始まりました!」
ラジオからはウインクの声がした。
トンネルを抜けながら、ラックスが口を開いた。
「ごめんね。あのエルフたち私の両親に似ていたから許せなくて……」
「いや、いいんですよ」
「主体性もなく黙って、誰かの言うことを聞いていればいい。長いものに巻かれて生きていけばいいというのは、私が受け入れるには難しいことなのよ。自分より強いとわかっているのに、コウジに稽古をつけてもらうことをずっと躊躇っていたのはそのせい。誰かに頼っている自分と何かに屈している自分を勘違いしていたみたいでね。でも、自分で考えないと納得できなくて」
「その気持ちはわかりますよ。自分が納得していない技術は、習得したうちに入りませんから」
「そうよね。身につけるものなら、自分の体に合ってないと……」
ラックスは、少しだけ笑って頷いていた。何かを決めたらしい。
「おっ、帰ってきたな! いたのか?」
ドーゴエが穴の側から声をかけてきた。
「いたら連れて来てるわ!」
「そらぁ、違いねぇ。じゃあ、どこに行っちまったんだ?」
「裸足で逃げ出したそうです」
「裸足ってかぁ。いや、今の王都は掃除してたから、危なくはないだろうが、奴隷に間違われて人狩りに遭うぞ」
「たった一人で生きていくって決めたのよ。女が覚悟を決めて生きていくなら冒険者ギルドか娼館街か、どちらかでしょう?」
ラックスが俺を見た。
おそらくジルは冒険者になれるほどの実力を持ち合わせていない。だとすれば行先は一つだ。そしてパレードの最終地点もおそらく……。
俺は駆け出していた。腹をくくった友の覚悟を見届けないといけない気がした。パレードの結末と母の背中を追いかけた。
校舎の壁を駆け上り、ラジオ局に入る。中では双眼鏡を覗きながら、ウインクが実況をしている。
「西の広場を出ました。この音楽はクーべニア地方の音楽でしょうか。それにしてもパレードの先頭のダンスを初めて見る人も多いでしょう。古今東西の舞踊を再現し、異世界のダンスも取り入れているとか。町の視線を集めております!」
マイクを片手に窓際の台に足をかけて、絶好調のようだ。
「お疲れ。ジルの居場所がわかった」
「本当に!?」
「ああ、娼館街だ。先回りしてくる」
「だったら、教会に行ってロケ用の機材を持っていってくれ。バルーンを飛ばしておくから、広範囲に聞かせてやろう」
グイルがバルーンのアンテナを持ち出した。
俺はバルーンを担いで教会へ行き、グイルは予備のマイクを持って娼館街へと向かった。教会でミストを機材と一緒にピックアップ。そのまま娼館街へ屋根伝いに向かった。ベランダや屋上にも大量に人が出ているが、走っている俺たちには目も向けない。
娼館街は閑散としていた。パレードだから営業禁止なのか。建物の中に人はいるようだが、窓に厚めの板が打ち付けられていて、どの娼館も営業していなかった。裏路地でも人が集まってるというのに、ここだけぽっかり人がいない。
もし人混みが嫌いな人がいたら、ここに辿り着くだろう。
ジルが一人で生きていくと決めたのなら、誰もいない場所から始める。
俺たちは丈夫そうな娼館の屋上に機材を置いた。
人混みをかき分けてグイルもやってきた。キョロキョロと辺りを見回しているが、通りに俺たちがいたらジルの門出が台無しだ。俺はグイルを抱えて屋上へ跳んだ。
「人もいないし板が打ち付けられているから声が反響するよな?」
早速グイルはマイクのチェックをしている。娼館街は行き止まりなので、マイクは近づけすぎない方がいいかもしれない。
「音量だけ上げるわ」
ミストがイヤホンをしながら機材の調節をしている。
「ほら、パレードが来る前にバルーンに空気を入れてくれよ」
現場に到着するなり、2人とも放送するために動いていた。
「二人ともジルを信じてるんだな」
「女が腹を決めたら男は黙って見てるしかない」
「関りが薄いとはいえ、ウインクが教えた学生よ。きっと来るわ」
ミストの予想は当たるからな。俺もバルーンを膨らました。
「パレードは東から中央の総合学院の正面通りに向かいます!」
ラジオからウインクの声が聞こえてきた。
通りには歓声が上がる。太鼓や大きな笛の音が聞こえてきた。
「先ほどとは打って変わって、それぞれのダンスを踊ってます! リズムは取れているのに全然違う! 違ってもいい! なんだこれは!? これがパレード!」
実況をしているウインクが興奮している。
「おつかれさん。いいところに陣取ったな」
「親父……!」
後ろから突然、親父が現れた。いつもの青い服を着て、椅子もないのに俺の隣に座って、通りを見ている。
「あ、これ。屋台のドーナツ。二人もどうぞ。あとフルーツミルクも買ってきた」
「「ありがとうございます。いただきます」」
ミストもグイルも普通に蜂蜜がたっぷりかかったドーナツを食べ始めた。
「ちょうど腹が減ってたんですよ」
「だろ? コウジは世界樹育ちだから、1日、2日くらいなら食わなくても平気だと思ってるから、ちゃんと小まめに食べるようにね。大丈夫、こういうラジオ局をやっている限り、太らないよ」
「それもそうですね」
お腹を気にしたミストにフォローを入れていた。
「親父はジルが来ると思う?」
「来るよ。そもそも母さんはジルって子が来るまでパレードを止めない」
「そうなの?」
「上手くいくコツがあるんだ。たくさん失敗して、たくさんやり直すことさ。ほら来るぞ……」
パレードが近づくと花弁が舞う。通りのそこかしこから観客が花弁を投げている。ラジオショップからも花屋の二階からも、赤い花、黄色い花、オレンジ色、小さな白い花もパレードを彩る。
世界中からやってきた傭兵の王も、リタさんも、ゲンズブールさんも、マーガレットさんも、シンシアさんも、ウーピー師範も、フェリルさんも、皆、花を放り投げてパレードを祝っていた。
皆が通りを注目する中、俺たちは、誰も外にいなかった娼館街の片隅に花弁が舞うのを見逃さなかった。
裸足のジルはその花弁の中を歩いて出てきた。たった一人世界で生きていくことを決めた自分を勇気づけたのだろう。
そのまま街灯の下まで歩いて出てきた。そこがいつも娼婦が客引きしている場所だ。パレード終わりの客を狙っているのかもしれない。
俺はグイルとミストにGOサインを送る。親父は黙って見ていた。
パレードは娼館街の近くまで来ると、音楽が止む。
「親に捨てられ、奴隷稼業! 十把一絡げに売られてみれば、港町に咲く花もある! 乱暴狼藉なんのその、傷つけられて踏みつけられても、たった一人荒野に咲かせて見せた大輪を! ご存じ、ミリア嬢!」
アマンダさんが母さんを紹介した。
「奴隷商ではどうやって値段が決まるか知ってますか? 健康状態、傷物、呪い、筋肉量、胸の大きさ、頭の回転の速さ、足腰の強さ。はたまた血統や器用さ? 人間の価値はそうやって決まっていく。果たして本当に、それが人間の価値なのかしら?」
母さんは観客たちに疑問を投げかけながら、歩き続けた。
「だとしたら私は最低評価から始まって、今じゃパレードの看板として立っている。評価価値はいかほどかしら?」
「値打ちこいてんじゃねぇ!」
どこかからヤジが飛ぶ。台詞なのだろう。笑い交じりだった。
「悪いけど、値打ちこかせていただくわ! 世間の皆がどう言おうと、自分の価値は自分で決めるわ! 貶されて、バカにされて、見向きもされなくなったとしても私が胸に抱いた花だけは決して枯れさせやしない!」
母さんは娼館街へと走り始めた。後ろにいたアマンダさんやパレードに参加していた演奏家たち、ダンサーも続いていく。観客席を一緒に作っていた人たちだ。
「あなたの価値はいかほど?」
いつの間にか母さんはジルの目の前にいた。
「私? 一晩、銀貨8枚です……」
ジルはウインクが作った服の裾を握りしめ、声に出した。
「周りに娼婦もいないのに、たった一人なんの自信もないのに出てきたの?」
「今、出ていかないとエルフの掟に縛られたままです。家族に足を引っ張られ、学校にもまともに行けない。そう思ってました。でも違うんです」
「何が違うの?」
「自由になるのが怖かった。掟に従って生きていく方がずっと楽。傷つきたくない私はずっとそう思っていました。でも、それじゃあダメなんです!」
「どうダメなの?」
「わからない。わからないけど、自由を知ってしまったからかもしれません。涙が止まらなくなるんです……」
ジルは目を見開いたまま、涙を流していた。
「心を殺してはいけないわ。誰かに決められたことをやって、誰かに価値を決められる人生は、自分の人生じゃない。誰かの人生の付属品になってしまう。自分の価値は自分で決めていいの。裸足で立ち上がったあなたを私は買うわ!」
暗い娼館街の中、派手な衣装のパレードの看板は、裸足のエルフを買った。
「一晩、銀貨8枚ね?」
「はい」
「ひと月あなたを買う! 誰かぁ、払っておいて!」
街灯の明りが灯った。
通りの観客席から一斉に銀貨が投げ込まれた。窓の板にコインの雨がバラバラと降りつける。野次馬や娼館の窓からも花と一緒に銀貨が投げ込まれた。
空には巨大な光の剣が八方向に広がり花のように咲いていた。アイルさんの魔法だ。
バサッ!
竜の乗合馬車が、娼館街の広場に到着。飛び手は黒竜さんだった。ジルと母さんと一緒にパレードに参加していた人たちが乗り込む。
「それじゃあ、皆、次のパレードもよろしくね!」
そう言い残して母さんは飛んでいった。
パレードが去っても街には音楽が鳴り響いていた。
「親父、たった一人、エルフの娼婦を迎えに来るためにパレードをやったの?」
「そうだ。母さん、カッコいいだろ?」
「うん。でも、こんなに人が来るなんて……」
「自由を求める者たちなら、パレードには皆来るんだよ。観客席にいなくても、皆、聞いていたはずだ。録音してたんだろ? 今度、また聞かせてくれ。勉強頑張れよ」
親父はアイテム袋から箒を取り出して、飛んでいった。