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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』
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『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』14話「パレードの仕度」


 その夜。ラジオで「一週間後にアリスポートでパレードがあります」とウインクが宣言。数秒後に、シェムがラジオ局の窓を開けて、入ってきていた。明らかに普段と様子が違い、鼻息も荒く興奮しているようだった。


「パレードって本当?」

「アグニスタ家でアイルさんの声で聞きました」

 ウインクがそう言うと、シェムは宙返りをしながら窓から飛び出していった。喜んでいるのかな。

 他にもアーリム先生やマルケスさん夫婦、ベルベ校長などからも問い合わせがあった。事実であることが伝わると、寮の空き部屋に予約済みの札がかけられた。


「なんの予約?」

「世界中から人が集まるからね。仕方ないわ」

 ウインクはパレードが何なのか知っているらしい。


「何が起こるの?」

「パレードよ」

「だから、それを聞いてるんだけど……」

「コウジはずっと世界樹にいたから知らないの?」

 ミストも知っているのか、俺に聞いてきた。

「知らないよ」

「そう……。じゃあ、私も言えない」

「グイル!」

 グイルを見たが、説明が難しいようだ。


「俺が知っているのはパレードには世界中の要人が来るってことくらいさ。正直俺も見たことないから何とも言えない」

「わかった。じゃあ、俺も当日まで知ろうとしない。でも、対応しないといけないんじゃないか?」

「そうね。特にコウジはアリスポートにいるから、連絡が来るんじゃないの?」

「ずっと来てるんだけど……」

 通信袋の魔法陣が光っているので連絡はきているのだが、いろんなところから問い合わせがあるらしく魔力吸収袋と化していて出られない。落ち着くのを待っている状態だ。


「とりあえず、パレードっていうくらいだから町の通りを通るのかな?」

「そうね。ラジオショップの前を通るかもしれないわ」

「だとしたら、観客席を作らないとね」

 平然とウインクが言った。


「そうなの?」

「そうよ。なに? コウジは女性を敵に回したいの?」

「いや、敵に回したくないけど……。わかった。ラジオショップに観客席を作ろう」

 

 コンコンガチャ。


 リュージがラジオ局に入ってきた。


「すまない。黒竜さんから直接連絡が来た。コウジに連絡が取れないって……」

「ああ。あんな赤く光ってる通信袋は誰も使いたくないだろ?」

 窓辺のカーテンレールにかけられた通信袋を指さした。


「そうか。いや、竜のホテルを用意してほしいそうなんだけど、ないよな?」

「そんなスペース、ダンジョン以外にないだろ? リュージ一頭でも寝床の確保は大変なんだから」

「そうだよな。でも、緑竜の姐さんたちも来るらしいんだ。むしろ、姐さんたちがメインなんだ。寝床を確保しないと、一生許されないらしい。どうしよう」

 竜の島には、いろんな竜が人間について学んでいる。リュージより年上の竜も大勢いるので、彼女たちが来るなら軍隊でも止められなくなる。


「じゃあ、ダンジョンを開放しないと無理なんじゃないの?」

 赤道近くの島から竜まで呼ぶパレードって、なんだ。いよいよ謎だ。


「おーい、コウジ。手を貸してくれ」

 マルケスさんとソニアさんが窓から入ってきた。ドアの意味とは、一体何なのかわからなくなってきた。


「竜から要請があったろ?」

「ありましたけど……」

「悪いな。ラジオ局長はしばらく預かるよ」

 俺はあっさりダンジョンの夫婦に身柄を確保された。

「どうぞ。その代わり、木の板と釘が足りなくなると思うんですけど」

「わかった。すぐに用意しよう」

「花も足りなくなるのでは?」

「大丈夫だ。セスの坊やが孤島のダンジョンに取りに行っているから。世界中からあらゆる人種が押し寄せてくるから、商店街には連絡をした方がいい」

 なぜかウインクとミストがマルケスさんと話していた。セスさんを坊やと呼べるのは世界でも数人だ。

「わかりました。アリスフェイ王国の貴族たちは無視でいいのでしょうか?」

「もちろん無視でいい。というか、国王にも止められないだろう。すでに連絡がいっているとは思うが……」

「明日から五日が勝負と言ったところですか?」

「ああ、そうだね。でも、それほど学生たちが無理しなくていいのよ。勝手に仕切る会社がやってくるから」

「あ、そうか……」


 そう言って四人は俺の方を見た。まさか、コムロカンパニーか?


「じゃあ、なるべく混乱させないようにラジオでも言っておいてね」

「わかりました」

「今回はすべて生放送します!」

 ウインクとミストはやる気になっている。パレードには俺の知らない力があるらしい。


 俺はソニアさんに抱きかかえられたまま、学校のダンジョンに連れていかれた。


「自分で行けますよ」

 脇に抱えているソニアさんを見上げた。

「なんだい? 真っ暗闇のお風呂を怖がっていたコウジが、随分頼もしくなったのね」

「それは、風呂桶にポイズンスコーピオンとスイミン花を入れられたら誰だって……」

「お陰で耐性スキルが発生しただろ? 取らなかったけど」

「スキルは簡単に取るなって言ったのはマルケスさんですよ」

「人生が豊かになるスキルを取れと言ったんだ。まさか、15歳にもなって一つもスキルポイントを使わないとは思わなかった」

「16です。一応南半球では成人ですよ」

「アリスフェイじゃ、まだ未成年だろ? たまには大人に甘えることだ。昔からコウジは人の目ばかりを気にして自分で何でもやってしまうからね」

 ソニアさんは俺の子どもの頃をよく知っている。ダンジョンに預けられたら、ずっとソニアさんの後ろについていって、魔物の倒し方や解体の仕方、焼き具合まで習った。魔力操作や性質変化の練習相手にもなってくれた。


「全部教えてくれたのはソニアさんじゃないですか」

「あら? そんな風に思っていたの? でも、世界樹に行ったら全然使えないって言ってたじゃないか」

 不要な手紙など送るものではない。

「世界樹に行ったらダンジョン産の魔物と違って動きも読めなかったんですよ」

「おい、コウジ。あんまり言うな。7歳児にダンジョンの魔物をすべて倒されたダンジョンマスターの気にもなってみろ。仕方がないからプール作ってさぁ。あの時は大変だった」

 そう言えば、いつの間にか孤島のダンジョンにはプールができて、いろんな海の魔物と戦わされたのを思い出した。


「すみません」

「でも、あそこは今、絶滅危惧種の保存場所になっているから、魔物学者たちには喜ばれているけどね。あ、もう着いた」

 ダンジョンに入ると、シェムとダイトキが話し合っていた。


「しかし、すべてというわけにはいかんのではないか?」

「パレードがどれくらいの規模なのかダイトキにはわかってないのよ」

「確かに見たことはないが、アペニールでも何度か来たので、聞き及んではいるのでござる」

「だったら……!」

「お待ちなさい。聞いているだけでは規模がわからないということがあるわ」

 ソニアさんが俺を地面に捨てながら、シェムとダイトキを止めていた。


「すまないが、上級者向けのダンジョンは貸してもらうよ。どうせリュージくんしか使ってないだろ? これから竜の大群がやってくると王都に寝床がないんだ」

「竜たちの寝床だけで足りますか? すでに寮の部屋は押さえられました。明日には王都中の宿の部屋が埋まりますよ」

 シェムはマルケスさんを見た。


「彼らも何度パレートをやっていると思ってる? 宿や食料がなくなることくらい想定済みで動いているのさ」

「なら、どのくらい人が来るのかわかるんですか?」

「そうねぇ。王都周りにもう一つ町ができるくらいでしょ」

「はぁ?」

 思わず声が出てしまった。


「町一つでは足りんかもしれん」

「いや、どういうことですか? 何人でパレードを?」

「パレード本体は少数だが、客となると話は別さ」

「世界中のどこでもできるようになっているのよ。心配しなくても、彼女たちは来るわ」

 ソニアさんがシェムを見た。


「それでも私は、地下のダンジョンを出てあの寺で育った私は、できるだけ多くの人に見てもらいたいんです!」

「ああ、そうか。君は、あそこで育ったのか……。気持ちはわかる」

「だったら、わかるでしょ。彼女たちが見に来ないと思う?」

「思いません」

「大丈夫。そのための一週間よ」

「……そうですね」

「しっかり準備しないと笑われるわよ」

「はい!」


 シェムはソニアさんの言葉をしっかり受けていた。


「4階層から階層ごとに竜の個室を作ってちょうだい。コウジは何寝てるの? とっとと初心者向けダンジョンと中級者向けダンジョンから寝床に使う植物を持ってくる!」

「えー?」

「えー、じゃない!」

「せめて、道具ぐらいくださいよ」

「アイテム袋は受け継いでないの?」

「あんな思いが詰まり過ぎているような鞄持ちたくないですよ」

「かぁー、困ったガキに育ったねぇ。後で背負子持って行ってあげるから、とっとと行きな」

「はい」


 俺は言われるがまま、軍手をして手拭いで口を塞ぎ、初心者向けダンジョンに入る。

 なにがなんだかさっぱりわからなかったが、とにかく竜の寝床を作ればいいらしい。


 植物の蔓を刈り取り、固めの葉っぱや草を集めていく。毒は気にしないはずだが、スイミン花と呼ばれるスズランのような花は取っておく。場所が変わると眠れない不眠症の竜が出ると面倒だからだ。


 ダイトキとマルケスさんも後からやってきて手伝ってくれた。


「背負子とロープを貰ってきたぞ」

「鎌でござる」

 

 上級者向けダンジョンでは部屋を区切り始めているという。リュージが自分の身体で大きさを調整しているので、問題はないはずだ。

 隠し通路を通って、葉っぱや草をどんどん運んでいく。


「ちょっといい部屋過ぎないか?」

「うん、まぁ、仕方がない」

 いつもの竜たちの部屋を知っている俺とリュージは、いい寝床を作り過ぎたと思っていたが、マルケスさんたちはこんな粗末な部屋でいいのかと驚いていた。

 竜の鱗はそんなに柔らかくないので、別に岩でいいのに。

 


 翌日から、おかしなことが起こり続けた。

 まず朝目が覚めると、男女のベッドの間にあるテーブルでトキオリ爺ちゃんとシャルロッテ婆ちゃんがお茶を飲んでいた。


「何してんの!?」

「何って、お茶を飲んでるんじゃないか」

「いい部屋でござるな」

 ミストとウインクはすでに起きていて、風呂上がりだった。グイルは朝食前に食堂に行ってサンドイッチを持ってきていた。


「いや、なんで爺ちゃんたちがいるの?」

「パレードがあるんだから当たり前じゃないか」

「パレードの時は全力を出していいことになっているのでござるよ」

「え? どういうこと?」

「私たちだけじゃないよ。もう傭兵の国の王はアリスフェイに入っている頃さ」

「アペニールからオエイちゃんも来るはずでござる。あ、ほら」

 窓の外を見ると、闇の勇者であるオエイさんがソニアさんと話をしていた。闇夜を移動してきたのか。普段は宣伝用のチラシを刷ったりしているはずなのに。


「私たちは移動速度が速いだけで、これからもっと来るよ」

「そんな……」

「学生はしっかり学業に専念するのが仕事でござる。大人たちのことは気にせず授業を受けていればいい」

「コウジの通信袋はこれかい? 私たちで対応しておくから、朝食を食べてきなよ」


 未だ呼び出し続けている通信袋をシャルロッテ婆ちゃんが掴んで、「あたしだ。シャルロッテだよ。コウジは学生なんだから、頼みごとなんてするんじゃない!」と通信相手を叱っていた。


 コンコン、ガチャ。


 俺たちの部屋ではノックは意味がないようだ。

 ドアが開くとそこにはベルベ校長がいた。


「悪いが、ラジオ局には学生たちを裏庭に集めてもらいたい。ダンジョン前で結構だ」

「放送を流せってことですか?」

「その通り」

「アリスフェイの王も折れたか?」

 シャルロッテ婆ちゃんがベルベ校長に聞いていた。

「来年の経済会議をアリスポート近郊で開くことになり、王もそれどころではありませんよ。まったくパレードも経済会議もどこでやっても変わらぬというのに」

「国には威信という物があるのでござる。爵位を一度捨ててしまった御仁にはわからぬかもしれんが」

 トキオリ爺ちゃんはベルベ校長の過去を知っているらしい。


「自由な元勇者様方にはわからぬかもしれませんが、しがない植物学者が国営に参加しなければならぬ苦痛というものがございます」

「娘を優秀に育て過ぎたと諦めなさい。親がただの植物学者では世間が納得しないよ」

「ベルサは勝手に育ったのです。誰に説明しても信じてはくれませんが」

 ベルベ校長の娘はベルサさんだ。

「とにかく、ラジオ局は学生を集めるように。注意事項が多すぎるので、一度に伝えます」

 ベルベ校長は寝癖頭を掻きながら、疲れたように出ていった。


「さ、ラジオ局の皆は仕事をしておくれ。私たちは適当に見て回っているからね」

「我々にはエルフの学生に気つけ薬の棒を渡す仕事があるのでござる」

 勝手に部屋に入ってきて、適当なことを言う。

「お茶とサンドイッチは食べておきな。これから一週間が勝負なんだから」


 皆、シャルロッテ婆ちゃんの言うことを聞いて、お茶とサンドイッチを食べ、着替えて部屋から出た。


「ごめんな、皆」

 部屋を出たところで、皆に謝った。

「いや、トキオリとシャルロッテって教科書に書いてある偉人よ。ナオキ・コムロの関係者と言えばわかるけれど……」

「コウジの祖父母ってことなの?」

「そうだね。俺も歴史の授業でいろいろ知ったんだ」

「コウジの家はマジでぶっ飛んでいるよな」


 ひとまず、ラジオ局に行って、学生全員を裏庭に集める。放送は学院内だけでなくラジオさえ持っていれば王都で生活している人たちにも聞こえているはずだ。ただ、寝ている学生たちや俗世から離れて研究している学生たちには聞こえないだろう。


俺は魔女の塔にいる魔女たちにも声をかけに行った。昨年いた魔女たちは卒業してしまったが、相変わらず魔道結社のメンバーが部屋を引き継ぎ研究をしているらしい。


「あ、あなたがコウジ・コムロね。わからないことがあれば、コウジに聞くようにと教えられたわ」

「裏庭に全員集合なんて珍しいわね。卒業式だっていない学生がいるっていうのに」

「昨日、ラジオで言ってたパレード関連?」

 部屋から出てきた魔女たちが矢継ぎ早に声をかけてくる。

「そうだと思います」

「だったらラックスも起こしてあげなくちゃね。ラックス! 起きな!」

「朝練の彼が来てるよ!」

 ラックスもこの塔の部屋にいるらしい。ここの魔女たちはラックスやゴズの同級生たちか。


「あ! やべっ! 遅れた。ああ、コウジ、ごめん。今顔を洗ってくる」

 寝汗を光らせて部屋からラックスが出てきた。

「今日の朝練は中止です。裏庭でパレードについて校長が話すようです」

「ああ、そうなの……」

 腹を掻いて眠そうにしているのにラックスは輝いている。周りの魔女たちは笑っている。ゴズ以外にも気張らない姿を見せれる友達がいて、よかった。

「ラックスさん、なんか光が漏れちゃってますよ」

「ああ、本当だ。誰か黒のローブを貸して。ちょっとここのところ教会に行き過ぎたみたいだ」

 ラックスは普通に寝間着を脱ぎ始めた。

「ラックス! それいつのパンツ履いてんのよ」

「ああ、やべぇ……」

「ちょっと風呂入れてから行くから先にやっておいて」

「わかりました」


 魔女の塔だけ女子校のようだ。


 裏庭にはすでに学生たちが集まってきている。寮にいる学生だけでなく、近くから通っている学生たちも続々と玄関ホールを通ってやってきた。

 ドーゴエやアグリッパたちもいる。


「うちは家族全員総出だ。爺様が王都の外にある訓練場を貸し出したらしい」

「こっちだって大変だよ。傭兵の王が動くんだからな。魔体術の先生たちも南半球から戻ってくるって話だ」

「ゴズの方だって大変なんだろ?」

 影から筋肉質なゴズが現れた。手から小鳥を飛び立たせた。使役した鳥で連絡を取っているのか。


「アリスフェイの西の港に幽霊船が来るらしい。ゲンズブールも来るそうだ」

「そうか。あの人、今魔族の国にいるのか」

「ちょっと、コウジ!」

 後ろからマフシュに声をかけられた。


「カミーラ様が来るって話は本当?」

 カミーラとはエルフの国にいる薬学の里の長だったはずだ。子どもの頃、何度か回復薬の作り方を教えてもらった。

「知らないですよ。俺、パレードが何なのかすら知らないんですから」


 そんな会話をしていたらベルベ校長がダンジョンの屋根に出てきて、魔道具の拡声器を握った。


「学生諸君。早朝にもかかわらず、集まってくれてありがとう。校長のベルベだ。先日、ラジオでも放送されたことだが、六日後にアリスポートでパレードがある。この期間中は各国の要人も含め、多くの外国の者たちが王都に集まってくることが予想される。休学届を出そうとしている学生たちは、手続きは不要にしておいた。ただ、できるだけ早めに戻ってきてくれることを願う。また、特に実家や種族の掟などでパレードに参加するつもりのない学生たちは、ちゃんと授業はやるので問題はない。安心してほしい。寮生活の諸君は、食堂や風呂など他の国の要人たちも使うと思って、行動してくれたまえ。すごく面倒なことだが、国際情勢を考えると仕方がないことだ。総合学院を巻き込んでしまって、大変申し訳ない。校長として謝っておく。エルフの留学生の諸君は、3日後にカミーラ薬師が来るので、気つけ薬を受け取るようにとのことだ。眠れぬ時はマフシュくんが開発した睡眠導入器具を買うように」


 ベルベ校長は注意事項だけ、学生たちに向けて話した。


「少なくとも学生たちの邪魔にはならないはずなので、滞りなく学生生活を送るように」

 そう言って、校長は去った。


「3日後!?」

「カミーラ様が来るの?」

「どうするんだ? 例の山賊たちの件じゃないか?」

「本当に鬼の顔をしているのか?」

「薬師にとっては大家であり、大犯罪者だろう?」

「薬師の里の者はいないのか? 仕事ができなかったら里から追放されるんだろ?」

「あまり適当なことを言うと魂ごと消されるぞ」


 エルフの留学生たちは、一斉に不安な顔をしていた。


「薬師の里がどれだけ発展しているのか知らないようだけど、あなた方は自分の学業を心配していなさい! 時代についていけない愚鈍な里の者ほど、現実を見ようとしないんだから」

 マフシュは一喝して植物園へ向かった。


「彼女は?」

 革パンのガルポが聞いてきた。

「特待十生のマフシュだ。学生なのに植物園の管理まで任されている。普段必要なことしか喋らない奴からの忠告だから、エルフたちは聞いておいた方がいいぜ」

 ドーゴエがエルフの留学生たちに教えていた。


 その日、ラジオショップでジルと店番をしていると、セスさんがやってきた。


「やあ」

 ぴちぴちのスーツ姿でキャップを被ったセスさんは、にこやかにラジオショップに入ってきた。

「どうしたんですか?」

「小型ラジオを買いにね」

「ああ、どうぞ」

「それから、君が留学生のジルかい?」

「そうです」

 

 明らかに異質な客にジルは戸惑っているようだった。筋肉があってスマートな出で立ちに見とれているのかもしれない。


「娼館の番頭に、話をつけに行った。パレードの日まで、うちの運送会社が買うことになったから、5日間学業に専念するように」

「えっと、どういうことですか……?」

「パレードの日まで娼館に行かなくていいってことさ」

「……はぁ」

「その代わり、コウジ、小型ラジオを奢ってくれよ」

「え~? それじゃ好きな色を選んでください」

「青だな。これ、貰ってくぞ。またな」

 青い小型ラジオを持って、セスさんは颯爽とラジオショップから出ていった。


「あの人は?」

「コムロカンパニーのセスさん。運送会社の社長でもある」

「そうなんだ……」

 ジルはセスさんが去ったドアをしばらく見つめていた。


「惚れない方がいいよ。あの人、世界中に彼女がいるから」

「……そうなんだ。ものすごい良い匂いがした。あんな男がいるんだぁ」

 ジルはその日、何度か溜息に似た吐息を吐いていた。


 その日の晩、王都の東にある訓練場に大きなテントがいくつも建てられ、竜の乗合馬車の駅まで道が出来上がった。


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