『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』3話「魔法を知りそめし頃に……」
ラジオ放送は初日から始まり、途中からゲンローも来て滞りなく終わった。
「番組は去年と同じでいいの?」
MCのウインクもゲンローも、まだまだ喋りたいようだ
「とりあえず、今は新入生や留学生もいるから、ラジオがどういうものなのか認知度を上げたいからね。それほど過激にしても……」
グイルもミストも不満そうに腕を組んでこちらを見ている。
「なに? なんだよ。盛り上げが足りない?」
4人とも大きく頷いた。
「これじゃ、ただの学院を紹介して、ラジオがどういうものか説明しただけじゃない?」
「皆の春休みについても聞いただろ? 授業についてだって少し触れたし、問題はない」
「そう。問題はないけど無難よね?」
ミストが痛いところを突いてくる。
「じゃ、俺が遺跡発掘の最中に石像の首をすっ飛ばした話をするか?」
「失敗談もねぇ……」
「せっかく皆、久しぶりに学院に来たんだから、なんか企画ないか?」
ゲンローが提案してきた。
「明日の朝から始められるような……」
「朝か……。貴族連合が掃除するのかな?」
貴族の子どもたちが、社交界で親が自分たちのことを自慢するために掃除をするという不思議なことをしていた。
「するんじゃない? 関係ないけど……」
「じゃあ、貴族たちが掃除する前に全部掃除しちゃうか? 別に悪いことじゃないだろ?」
皆、一瞬笑った。今の時間なら、貴族の息子たちは明日のために寝ているはずだ。
ミストが薄っすらと流れているエンディングの音楽を止めて、ウインクがマイクを握った。
「業務連絡、今聞いている学生諸君は明日、日の出とともに掃除を開始。意味が分からない新入生や留学生は近くの上級生に聞いて。繰り返す、明日、日の出とともに掃除開始。以上」
聞いている学生はいるだろうか。どうして掃除するのか理解できるのか。貴族連合からの苦情は甘んじて受けるとして、やることがなくなった彼らにお茶でも淹れようか。いろいろと考えてしまう。
「他にもなんか企画考えよう。新入生と留学生が来てるのに、もっと絡んでいかないともったいない気がする。誰か今日、新入生と喋った?」
「鍛冶場に来た新入生とは話したけど、使い方を教えるくらいだったな」
「私、図書室にいたからシラバス開いて悩んでた新入生と話したよ」
「ミストから?」
「うん。一応、私だって二年目だからね」
ミストが他人に話しかけている画が浮かばない。
「本当に?」
「いや、見たことあるなぁと思って話しかけたら、ほらラジオショップの近くにあるお花屋さんの娘だった」
「ああ、総合学院に入ったんだ」
「うん。ラジオショップが楽しそうだったから、勉強して入ったみたいよ。ただ入ったはいいけど何をしていいのかわからないんだって」
「入試のための勉強はしてきたけど、自分が何をしたいのかは決まってないってことか。コウジ、なんかないか?」
「じゃ、新しい先生に花束を渡そうよ。去年は文化祭でいろんなことがあっただろ? うちの親父が無理やり連れてきちゃった先生もいると思うんだよ。だからせめて学生たちは歓迎しているということを示すためにも、花をプレゼントするのはどう? あんまり嫌な気はしないだろ? 教員室に花瓶くらいはあると思うしさ」
「ああ、真っ当な企画だね」
「明日から始まる授業もあるし、いいんじゃない?」
「だったら明日掃除終わったら花を買いに行こう」
「その花屋の娘に季節の花を教えてもらいたいね。ラジオ局は殺風景だしさ」
「でも、それじゃあ彼女のやりたいことは見つからないんじゃないの?」
「そのうち見つかるでしょ。いろいろ見ているうちにやりたいことだって変わることはあるしさ。今、なくてもいいよ。ちょっと興味ありそうなことをやってみれば。ミストはなんかアドバイスした?」
「私もコウジと関わってなかったらラジオ局なんてやってなかったから、好きな授業を取ればいいとは言っておいた」
「俺たちも新入生の頃はそんな感じだったよな?」
グイルと俺は新入生の頃から一緒に授業を決めた。
「ダイトキさんに会って、好きな授業を取れって言われたんだ」
「でも結局、俺たちはあんまり授業で一緒にならないし、大事なのは授業というより誰と何をするかだよな?」
「本当にそうだぞ。鍛冶屋連合を体育祭に引っ張り出したのはコウジだし、今年はまるっきり気合が違うからな」
「そうなんですか?」
「罠の設計図書いてきてる鍛冶師がいるくらいだ」
鍛冶屋連合の特待生はすでに動き始めているらしい。
「でも、今年はラックスさんが優勝しますよ」
「そうなのか?」
「その予定で俺たちは動いてます」
「本当かよ。ゴズとコウジの一騎打ちだと思ってたんだけどなぁ」
「去年俺が勝てたのは寝てたからですよ。それにゲンズブールさんがいないから今年の運営が荒れます」
「そうか……。あの人、祭りのときだけでも来てくれないかなぁ」
「イベント会社とか作ればいいのに……」
「はっ! 寝よ!」
「あ、本当だ。もうこんな時間!」
俺たちは急いでラジオ局を出て自室へ戻った。やっぱり部屋がラジオ局に近いと何かと便利だ。
翌朝、少し遅れて学院の入り口に行ってみると、多くの学生たちがすでに掃除を始めていた。
「おはようございます。すまない。遅れました!」
「大丈夫だ。だいたい、終わってるぞ」
傭兵のドーゴエが使役しているゴーレムたちと一緒に箒で通りの方まで掃いてくれたらしい。
「早いっすね。ドーゴエさん」
「早いんじゃない。遅いんだよ。俺はこれから寝るんだから」
「そういや、昨日エルフの留学生と戦ってたみたいですけど」
「エルフも森の勝手がわからないから回ってたみたいで、ゴーレムたちが止めに入っただけだ。ただ、森の精霊への信仰心が強すぎる奴らもいるな。あれは学生生活で結構困るぞ」
人数がいたので掃除はすぐに終わった。ゴミを捨てて、皆二度寝するという。ミストが入口付近にお茶を用意して、貴族連合へのドッキリは終了。俺たちはその足で花屋へ向かった。
花屋の店先で、学生の娘が花を並べていた。通えるから寮にはいないのか。
「おはよう」
「あ! 昨日の! おはようございます! どうかしましたか?」
「新しい先生たちに花束を贈りたいんだけど、いくつか作ってもらえない? ちゃんと代金は支払うから」
「え!? あ、わかりました! お母さん! お客さん!」
「あら、おはようございます! 学生さんでしょ? どんなのがいいの?」
「そうです。派手過ぎず、来てくれた感謝が伝わればいいです」
「いくつ必要?」
エディバラから来る先生と、歴史学のレミリアさん、それからダンジョン学のマルケスさんだ。でもマルケスさんは通うと言っていたから、遅れるだろう。
「とりあえず二つ。あと鉢植えで一つ花じゃなくてもいいのでありませんか」
「花束はすぐできるけど……、鉢植えはなんだろうね」
「赤道近くの孤島に住んでる先生なんですけど……」
「じゃ、大きい実がなるような植物がいいかな?」
「でも、ダンジョンに住んでるので、気候はどうにでもなります。珍しい方が喜ぶかもしれません」
「珍しいかぁ。これなんてどう? 実を切ると星形になるんだけど」
「いいかもしれません!」
ゴレンシという植物の鉢植えと、花束を買った。
「こんな朝早くから店を開けさせてすみません」
「いいえ、いつもこのくらいから準備するのよ。ほら、王都は来る人も多いけど、旅立つ人もいるでしょ?」
「なるほど」
「花束ありがとうございました! 後でね」
商売の邪魔になるので、俺たちは娘に手を振ってとっとと店を出た。
学院に戻ると、貴族連合の学生たちが箒を持って立ち尽くしていた。すでに掃除は終わっている。
「おはようございます。そこにお茶を用意しておきましたから、どうぞ」
ミストがそう言って脇を通り過ぎていく。俺たちも何食わぬ顔で通り過ぎ、部屋に戻った。
渡り廊下でラックスが日の光を浴びて、深呼吸をしていた。日光を吸収できるのかな。
「あ、おはよう。朝練いい?」
「いいっすよ。ちょっと待っててくださいね」
俺は鉢植えを部屋の窓辺において、ラックスと道場へ向かった。
道場に行くと朝早いというのに魔体術の教師がエルフの留学生たちに型を教えていた。
「すみません。端っこ使わせてください」
教師は俺のことを知っているのか半分貸してくれた。
「ラックスさん、魔体術は?」
「もちろん、やっているよ。お陰で体幹は強くなったし、魔力の移動もかなり速くなった」
攻撃と共に魔力を乗せる魔体術はスピードのあるラックスさんにはぴったりだろう。
「それで戦ってきたんですね?」
「そう。あと私に残っている武器は光魔法だけだ」
ラックスは手のひらから光の玉をふわりと浮かせた。
「相手の視覚を奪って魔体術で攻撃が基本的なスタイルですか?」
「そうなるな。コウジが来るまではそれで十分だったのさ。去年から通用しなくなった」
「たぶん去年じゃなくて、結構前から学院の外では通用しなくなっているかもしれないです。基本はあくまでも基本で、それだけやっていればいいというわけでもないです。単純に条件は状況によって変わるので。魔力が枯渇していたら、魔体術は使えないじゃないですか」
「確かにそうだけど……」
「じゃ、今から魔力を枯渇させるために、光魔法の玉をできるだけ出しておいてください。訓練はそこからにしましょう」
「え!? ん、わかった」
ラックスは素直なので、まっすぐ伸びてきたのだろう。過酷な条件を出しても疑うことはない。
道場の半分に光の玉がいくつも打ちあがった。
「これでいいか?」
「ええ。魔力切れを起こすギリギリですかね?」
「おそらく」
「これで光の玉を弾きながら戦いましょう。多人数戦になると刃のような葉っぱとか絡みついてくる蔦とかあったり毒を吐き出してくる魔物も出てくるかもしれないじゃないですか。必要最小限の魔力と動きで弾けないと不意打ちを食らっちゃうんで、最低限の防御として覚えておいてください」
「わかった。もうちょっと使っておく」
ラックスはさらに光の玉を増やした。俺は留学生たちの方に光の玉が行かないよう道場に魔力で壁を作った。
「始めますか」
「お願いします」
ラックスはリズムを取って俺に攻撃してくるが、光の玉にぶつかっている。
「ちゃんと光の玉を避けるか弾くか、してください」
「そうは言っても……」
俺は光の玉を避けながら、ラックスの攻撃を躱していく。ラックスはまだ光の玉と自分との距離感を掴めていない。ただ、ひたすら繰り返していくうちに、どうすれば触れない距離なのか見えてくる。
「リズムが一定だと、リズムを取る意味がなくなるので、ちゃんとリズムを変えてください。来るとわかっている攻撃は当たりません」
「ズルいぞ。光の玉を盾に使ってるな?」
「弾きながら光の玉を誘導しているんですよ。これは狡猾というよりも状況判断による知恵です。ラックスさんもやってください」
「くそっ! 私の魔法なのに、どうして……」
「感情と一緒に魔力も吐き出してますよ。魔力切れを起こさないように。朝練の時間が短くなります」
すでにラックスの瞼は下がりそうになっているが、唐突に目を見開いた。気合の力か。
「俺までの距離とルートを探して」
「私の光が邪魔だぁ……、いや、こうか」
拳を回しながら光の玉を弾き、俺のみぞおちを狙ってくる。俺は弾かれた光の玉を弾き返して、すべての玉をラックスの急所に当てていく。
「こんなに実力差があるのか……」
ラックスはあおむけで倒れた。
「今日はこの辺にしておきますか?」
「ああ、精度が段違いだ。コウジはどこでそれを」
「世界樹ですよ。カミキリムシの魔物を駆除しながら。そのうち丸二日くらいは保てるようになります」
型を習っていたエルフたちは世界樹という言葉に反応していた。とりあえず俺は道場に張った壁を消して光の玉を吸収し、ラックスを背負い食堂へ向かった。
朝飯の時間だ。
「お、朝練は終わりか?」
グイルは朝からステーキを食べている。俺たちも頼んで、隣の席に着く。
「ダメだ。もう動けない」
「寝るなら、食べてからにしてくださいよ」
「わかってるけど、目が……」
ラックスの力が尽きかけている。
「授業は?」
「俺はあるよ。ちゃんと朝飯食べて風呂に入ってから行くけど……」
「コウジはどうかしてるよ」
「「「知ってます」」」
ルームメイトたちは諦めてくれている。
「ラックスさんは授業、大丈夫なんですか」
「最高学年だから私に授業はない。研究だけ」
ラックスは魔女塔の一室で研究しているらしい。
そんな会話をしているうちにステーキがやってきた。朝から動いていたからか意外と食べられる。
「これさえ食べれば寝ていいな!?」
「まぁ、好きに休んでください」
ラックスはがっついて食べていた。
「肉が美味い。身体に染みる」
「その感覚はわかります。そんな急激に吸収されるわけはないのに、身体の栄養になっていくような気分になりますよね」
「でも、身体はついて行ってないからちゃんと寝てくださいよ」
ウインクとミストが横からステーキをカットしてラックスの口に運んでいた。ラックスの腕が上がらなくなっていたのを見かねたのだろう。
「ごめんね。ありがとう」
ラックスは情けなさで泣きながら、食べていた。そのまま、ちょっと回復してから食堂を出ると言って、授業に行く俺たちを見送ってくれた。
「あんなになるまで厳しい訓練をしていたの?」
「そうでもない。たぶん基礎能力が上がってないだけだ。皆も付き合うか?」
「ちょっと興味はあるわね」
「ラジオの取材させてくれよ。録音するから」
「わかるかな?」
「コウジの性格の悪さが出るんじゃない?」
「いいかもね」
「あ、誰か花束、持った?」
「私は新しい先生の授業じゃない」
「俺が持ってくよ。攻撃魔法の授業を取ってるから」
「まだ攻撃するわけ?」
「属性魔法を覚えて、一瞬でお湯を沸かしたいからな」
「目的が小さい。あ、ここだ。じゃあ、後でぇ~」
皆、自分の授業へ向かう。
俺は部屋に帰って、タオルを片手に風呂に入る。朝風呂は気持ちがいい。どうせ誰もいないのですりガラスの窓を開けて、外の空気を入れた。
「おい、丸見えだぞ」
黒い革パンの革ジャケットというワイルドな姿のエルフが、窓に腰を掛けていた。
「誰も見てないだろ?」
「俺が見ている」
「エルフの留学生か。授業は?」
「授業は行くつもりだ。それよりもどうして素っ裸なのに堂々と喋っていられるんだ?」
「風呂場で裸になって何が悪いんだよ」
「それも、そうか……」
「お前も入ればいい」
「足湯だけにしておく」
エルフは靴を脱いで湯船に足を入れていた。なかなか風呂場から出て行かない。
「なんか俺に用か?」
「実はな。夏までに嫁が欲しいのだけれど、どうしていいのかわからん。女子たちはもっと直接的に男を誘って返り討ちにされていた。エルフの誘い方は強引か?」
ドーゴエが森で戦っていた理由がわかった。
「そりゃ強引だな。嫌われて、結婚から遠ざかっている行為だな。里の文化か?」
エルフの国だって里によって恋愛に対する意識は違う。
「実は留学してきた者たちは田舎の里の者が多いんだ。長老が結婚相手を決めたり、許嫁が決まっていたりしていたのだが、今年だけは自由にしていいという許可が下りて、学校に来てみたんだが……、どうも勝手がわからん。ルールがあるのだろう。どうしたものかと思っていたら、自由に痴態をさらけ出している者がいて驚いている次第だ」
「そうか。風呂場以外で出すと捕まるぞ。俺だってギリギリを攻めてるんだ」
「やはりそうか」
「そろそろ寒いから窓は閉めるぞ」
「わかった。一つだけヒントをくれないか?」
エルフは立ち上がって外の屋根に立って聞いてきた。
「なんだ?」
「どうやればエルフに興味を持ってもらえるんだ?」
「面白いことをやれ。興味深いことをやるんだ。実はカッコよさとか顔が整っているとか頭がいいこととかは皆やってるだろ? それじゃあ、この学校では興味を持たれない。突き抜けるか、それとも皆がやりたくなるような面白いことをやるんだ」
「面白いことか……。わかった、考えてみる」
エルフは風のように去っていった。
「留学生は変わってるなぁ」
普通にそのまま黙っていた方が女子は寄ってきそうだった。だが、それでは学院生活は面白くない。
俺は風呂から上がって、花束を持って攻撃魔法の授業へ向かった。
攻撃魔法の授業は新設された森の中の闘技場で行われている。
「間に合ったか」
先生はまだ来ていない。
新入生や留学生もいるが、ほとんど魔法使い学科の学生たちだ。魔道結社も何人か混ざっているだろう。
「こんにちは。授業が部屋だと思って待っていたら誰も来ないから慌ててしまったわ。ここなのね」
眼鏡をかけとんがり帽子を被った壮年の女性が闘技場に入ってきた。
「はぁ、ちょっと落ち着いてきたわ。皆さん、御機嫌よう。こんなに学生がいるなんて嬉しく思います。これから攻撃魔法を一緒に学んでいくソフィーと申します。よろしく」
魔力も豊富なのに、ゆっくり丁寧で落ち着いた喋り方をする。親父が魔法国・エディバラから連れてくるだけのことはあるのかもしれない。
「先生、これを」
俺は花束を渡した。
「まぁ、お花!? きれいね。どうしたの?」
「遠いところからわざわざ教えに来ていただいてありがとうございます。学生からの感謝のしるしです」
「……はぁ、まさかこんなことをしていただけるなんて、こちらこそありがとう。あなたお名前は?」
「コウジです」
「よろしく、コウジくん」
ソフィー先生はそう言って握手をしてきた。握手をした瞬間にすっと先生の魔力が微かに身体の中を駆け巡り出ていった。何かを測定されたような気がする。
「よろしくお願いします」
その後、ソフィー先生は名簿を見て、出席を取るふりをしながら学生の名前の横に数字のようなものを書いていた。魔力を測ったのか。
「学生それぞれで全然違うのね。どうしましょうか」
ソフィー先生は名簿を見ながら、考えていた。
「でも、だいたい実力によって分かれているのかしらね。じゃ、まず新入生たちと初めて魔法を学ぶ学生はお互いの手を合わせて、魔力で手押し相撲をしてみましょう」
新入生や初めて魔法を学ぶ学生たちを集めていた。俺もそれに加わろうとしたら、あなたは別ね、と追い出された。
「上級生は指先から魔法の玉を出して思うように回してみて、魔力が切れたら休んでいいから。あと、理論を学びたい学生もいると聞いたんだけど……」
「私たちです!」
魔道結社の学生たちだろう。
「じゃあ、このメモを図書室に持っていって本を借りて来てくれるかしら?」
「はい」
俺も魔道結社の学生たちと一緒に図書室へ向かおうとしたら止められた。
「あ、コウジくんは残っていいから……、というか、あなただけが残るのよね」
周りを見ると確かに俺だけが残っている。
「どうしてですかね?」
「むしろ、どうしてこの授業を取ったの?」
「攻撃魔法を覚えたくて……」
「使えるでしょ?」
「いや、それが俺、魔力は使えても魔法は使えないんですよ。スキルも取ってないし」
「そんなことある? それだけ魔力の使い方が上手なのに、魔法を使えないの?」
ソフィー先生には俺の魔力が見えているのか。
「ええ、魔力操作と性質変化だけは親からずっとやらされてたのでできますけど、他は……」
「コウジくん、あなたナオキ・コムロの息子ね?」
「そうです」
「なるほど、ようやく理解しました。どうしましょうね……。何魔法が一番知りたいの?」
「属性がある魔法ならなんでもいいです!」
「そうよね。じゃ、とりあえず、枯れ枝を採ってきて焚火から始めましょうか」
「わかりました!」
俺だけ授業で何もしないのは恥ずかしい。俺は急いで森の中から木の枝を数十本かき集めてきた。
「採ってきました」
「じゃあ、魔力も魔法も使わずに、火を点けてみましょう」
攻撃魔法の授業だというのに、魔力も使わないなんて無理なんじゃないかと思いながら、枝を両手で挟みこすりながら火付けを試みる。
その間にソフィー先生は、他の学生たちの指導をしていた。よく手が回るというか目端が利く先生だ。
新入生や上級生が指導の甲斐もあって、どんどん魔力の使い方が上手くなっていく。魔道結社の学生たちも本を開きながら、理論を実践していく。
だけど、俺はいくらやっても火は付かない。
「コウジくん、火は付かない?」
「付かないですね」
「足りないものがあったら、採ってきていいよ」
「わかりました」
火を点けるのには、木くずや枯れ葉、もっと乾いた枝が必要だ。竹弓の弦もいるだろうか。とにかく魔力を使わずにやってみる。不思議と自分だけ違うことをやっているのに焦りはなかった。他人にできて、自分にできないことには何らかの差がある。その差をちゃんと理解しないと先へ進めない。属性を理解しなくては。
ラックスに教えているのに、諦めたり自分に言い訳をしたりするわけにはいかない。
何度も繰り返し、必要なものを探し、火付けに挑戦していく。
やっと火が付いたのは授業時間の終わり頃。ほのかな種火に木くずと枯れ葉を投入し、枯れ枝をくべた。
「焚火できました」
「必要なのは何だった?」
焚火を見ながらソフィー先生が聞いてきた。
「乾いた枝の摩擦と種火を大きくする木くずと枯れ葉ですかね」
「それを魔力で再現すればいいのよ」
「え?」
「種火を摩擦で、木くずを性質変化で再現できるでしょ? 初めは全部再現してもいいけど、必要なものだけでいいからやってごらんなさい」
俺は指先で魔力を回転させ種火を作り、魔力で再現した粉を投入。燃えたところに思い切り空気を吹き込んだ。
ボウッ!
手の平の上に炎が立ち上った。
「できたじゃない? 属性魔法」
「できました」
魔道具の力も借りずに、自分で属性魔法を使えたことにかなり興奮している。自分にも火魔法が使えるのか。
「いいこと。あなたは今精霊の力も借りずに自分だけの力で火の魔法を作ったのよ。誰のイメージも借りずに、自分がやってきたことだけで。あとは他の属性も応用するだけよ。ほら竜の駅の塔を思い出して」
「温度変化によって空気中の水分を集めるってことですか?」
「そう」
俺は大きな風船のような空気を球状に閉じ込め圧縮、周りを温めて中の温度を下げる。あっさりと球の中に水が発生した。
「水魔法になる?」
ソフィー先生は俺の質問に頷くだけ。
「これを凍らせると、氷魔法」
指先にあった水の球体が凍る。
「この氷を割って擦ると静電気が走って」
バチンッ!
「雷魔法に変わる。当たってますか?」
「ええ。属性魔法を覚えたわね?」
「はい」
「ということで、コウジくんが理論を証明してしまいました。精霊の力やスキルはあくまでも補助。人間のイメージの力を甘く見ないように」
そこで授業終了の鐘が鳴った。
「それでは、また次の授業で」
「ありがとうございました!」
俺は自然と笑みがこぼれていた。手の皮は剥けているが、成果は大きい。
「コウジくん!」
授業終わりにソフィー先生に呼ばれた。
「はい」
「たぶん、あなたのお父さんはいつでも属性魔法くらい教えられたと思うの。でも、今まで教わらなかったんでしょ?」
「そうですね」
「たぶん、精霊の力やスキルを使わずに学んでほしかったんだと思う」
「はい、なんとなくわかります」
「あなたは今日、蓋が開いてしまったのだと思うの。すべて応用可能だと思っているんじゃないかしら?」
細胞分裂を見ることができれば、回復魔法も習得できるんじゃないかと思っていた。
「わかりますか?」
「ええ。力を手にしたものは使いたくなるし、知識を得た者は話したくなるものですから。ただ、これだけは覚えておいて。魔力は目に見えにくい危険な力であることは間違いない。使い方次第で悪魔にも精霊にもなるからね」
「わかりました」
「もう一つ、目には見えないけれど、力が宿るものがある。言葉よ。人間は言葉によって感情をコントロールされることがあるから、十分に気をつけて。真実を見定める勇気を持ってね」
この時の俺にはわからなかったが、精霊と言葉については聞かされていた。精霊はそもそも力であって、言葉によって精霊になったと。
俺は黙って頷き、ソフィー先生の言葉を胸の楔に彫っておいた。