『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』2話「誰かの初日は彼女のラストデイズ」
ホールでは新入生たちが緊張した面持ちで、職員や教師陣からオリエンテーションを受けている。俺たちはその脇を通って、自分たちの寝床を確保しに向かう。
ゼット先生によって去年よりかなり部屋やスペースが増えた。特待十生になると一人一部屋使ってもよくなるが、俺は普通を学びに来ているので特別扱いはすべて拒否。
ただ新入生の頃に使っていた地下の部屋は、新しい学生たちが使う層なので、仕方なく男女分かれて二人部屋を使うことにした。
「なんで? 別に壁をぶち抜けばよくない?」
ウインクの一言で、俺たちに迷いが生じた。
「いや、そもそも男女が混同で部屋を使っていたのがおかしかったんだぞ」
「グイル、私たちの中で性欲に負けて誰かを襲う人がいる? 男女の性差がある? あるのは実力格差だけでしょ?」
「んー、一般的な見方をすると、コウジとウインクは壁を取っ払って4人部屋にする方がいいと思う」
ミストが独自の見解を話し始めた。
「なんでだよ?」
「ウインクには人気があるし、コウジは果たし状が来るでしょ。私たちが一緒の部屋にいることで、二人は他のルームメイトに迷惑がかかると追い返すことができるわけ。メリットがあるのよ」
「つまり俺とミストの気持ち次第ってことか?」
「そういうこと。私としては図書館とラジオ局が近い部屋で研究の邪魔にならないところならどこでもいい。あと死霊術に理解ある人をこれから探すのは面倒だから、できればこのメンバーがいい」
「ってことは反対するのは俺だけか?」
商品を詰め込んだリュックを背負ったグイルが自分の顔を指さした。
「そういうこと。まぁ、グイルが私かミストに恋をして、勉強が手に付かなくなりそうだったら断ってもいいけど?」
「そんな交渉術あるかよ。ウインクとミストがコウジを誑かさないか見張っていないといけないから、壁をぶち破ってもいいぞ」
「さ、これで4人が納得済みね!」
「いや、ちょっと待ってくれよ。今さら言うのもなんだけど、壁ってぶち破っていいのか?」
「だってできるでしょ?」
ミストが「荷物が重いからさっさとしろよ」という目でこちらを見ている。
「できるけど! 一応、俺は普通を学びに来ているんだけど……」
「まだ、そんなことを言ってるのか!?」
「コウジ、いい加減諦めなさい。特待十生になったんだから、普通ではいられないの。だいたいコムロカンパニーの息子が普通でいいわけないでしょ」
「そんなぁ……。せめて普通寄りで居させてくれよ」
「じゃあ、普通に考えてごらんよ。私たちじゃなく別の学生と同部屋になったら、毎日襲撃されるかもしれないわよ。毎日、エルフたちが夜這いに来るかもしれないわ。それがあなたの求めている普通かしら?」
ミストに詰められると勝てる気がしない。
「普通じゃないです」
「はい。じゃあ、修復しやすいようにきれいに壁を斬っちゃってね」
「わかりました」
俺たちは隣同士の部屋を使い、間の壁は取っ払うことになった。魔力の剣で切れ込みを入れていき、外れた壁はベッドの下に置くことになった。新学年はリフォームから始まるとは。壁があった場所はパテで埋め、細い壁紙を貼って初めから4人部屋のようにしておく。ドアは二つあるのに。
「グイル、なんか俺、騙されてないよな?」
「コウジよ。世の中には考えると負けっていうことがあるらしい」
図書館とラジオ局は近いし便利にはなった。しかも自分たちの机とは別に、女子部屋と男子部屋の間にテーブルが置かれて、食事をとるのも話し合いをするのも都合がいい。皆もやればいいのにとすら思った。
ノックの音が聞こえ、誰かが入ってこようとしたら男子部屋のドアからウインクが出て、女子部屋のドアから俺が出れば、たいてい「間違えました」と言って去ってくれる。
ミストの言う通り普通が保たれているので壁をぶち抜くのが正しい。
「誰かシラバス取ってきた人いる?」
「リフォームでそれどころじゃなかったよ」
「俺は取ってきてある」
グイルはいつの間にか、授業内容が書かれた冊子を持っていた。
「いつ? どこで手に入れたのよ」
「さっき、トイレ行ったついでに。大丈夫だ。4冊持ってきたから」
グイルは抜け目がない。シラバスは全員に行渡り、早速テーブルでどの授業を受けるのか決めていく。ミストは窓際の空いたスペースでお茶を沸かしていた。
「ミスト、加熱の魔法陣のコンロ買ったの?」
「うん。春休みの間、研究所に連れて行ってもらえたからね。北極大陸は結構ダンジョン伝いで行き来が盛んになってきてるんだ」
「そうなの?」
「コムロカンパニーの人が来て、いろいろと手続きを手伝ってくれたのよ。コウジ、聞いてない?」
「聞いてない。たぶん親父とは別の仕事なんじゃないかな。皆、会ったからわかってると思うけど、あの会社は一人一人が人かどうかあやしいレベルでおかしいからさ」
「「「確かにね」」」
3人とも頷いていた。
「よくそれでコウジは道を踏み外さなかったね」
「俺は周りの大人たちに助けられたからさ。それに特別なスキルを持っていたわけでもないし。才能とかあったらもっと大変だったと思う」
「好きなものはラジオくらい?」
「そうだね」
「変わってるよな」
「だから普通が何かを知りたいんだけどね」
「で、今年はなんの授業を取るつもり?」
沸かしたお湯でお茶を淹れながらミストが聞いてきた。
「先生が新しくなってるのも多いんだよな?」
「そもそも校長がベルベ先生でしょ。大丈夫なのかな?」
「あ、俺、今年はダンジョン学を受けられないんだよ」
「なんで?」
「先生がマルケスさんって孤島のダンジョン運営をしているダンジョンマスターなんだけど、昔から世話になっている人でさ。恥ずかしいから助手やれって言われてるんだ」
「そうなの?」
「そう。だから、俺は学生として授業は取れないけど、ダンジョン学の授業には出ないといけないっていう面倒な役回りなんだよね」
マルケスさんの手伝いをするのは別にいいのだけれど、必ず授業にはいないといけないというのが大変だ。しかも、シェムとベルサさんが作ったダンジョンに入って、俺が強さの基準などを決めたので、学生からはいろいろ不満を言われるかもしれない。
「あと歴史学は取った方がいいかも。レミリアさんって言う考古学者で、グレートプレーンズが世界に誇る研究者でもあるから取っておいて損はないと思う」
「なに? この先生も知り合い?」
「俺はおむつを換えてもらっていた人だから、頭が上がらない」
「そうなんだ」
「魔道具学はどうするの? コウジは去年取ってたでしょ?」
「春休みにアーリム先生に会ったけど、期待されてるみたいだよ」
ミストが不穏なことを言う。
「え~」
「どうせ実験台とかやらされるんだから取れば?」
「いや、たぶん魔石の調達だろ? 面倒くさいな。俺としては今まで考えもしなかった授業を取りたいんだけどね」
「例えば?」
「攻撃魔法の授業とか。あ、ほら魔法国・エディバラから来たって言う新しい先生だし、俺は魔法スキルを持ってないからさ。戦い方とか魔法理論とか学びたいんだよ」
「意外過ぎることを言うなよ」
「これ以上強くなってどうするの? 体育祭が壊れるわ」
「そんなことないだろ。新入生にめちゃくちゃ強い人がいるかもしれないし、エルフの留学生たちだってすごいんじゃないか」
「特待十生をもぎ取られるかもしれないのよ」
「欲しけりゃどうぞって感じだな。ゲンズブールさんクラスの化け物がいたら、すぐに渡すけどね」
「いねぇよ」
グイルが俺の願望を切って捨てた。
「そうかな?」
「あれは別の天才だからな。強さの分野で言えば、コウジ以上はドラゴンでも連れてこないと太刀打ちできないんじゃないか」
「そう考えると、確かにいねぇわな」
ウインクも納得していた。
特待十生を考えると今年中に二人が卒業するので後継者も探さないといけないのだろう。
コンコン。
ノックの音が聞こえてきた。
「またか……」
ウインクがドアを開けたら、光の戦士ことラックスが俯いて立っていた。
「あの後輩にこんなことを言うのは何なんだけど……。あんたたち、壁壊したの?」
ラックスは何かを言いかけたが、壁を壊したことに気づいていた。
「いや、ちょっと何を言ってるのかわからないです」
ウインクは全力で誤魔化していた。どうにか誤魔化せるようなことじゃないだろう。
「まぁ、常識に囚われちゃいけないわね。見逃すから頼みがあるんだけどいい?」
「なんです?」
座っていた俺が聞いた。男子部屋のドアを叩いたということは俺かグイルに用があるのだろう。
「私がこの学校にいられるのは後一年しかない。それなのに去年だいぶゴズと差が付いちゃってさ。ずっとどうすればいいのか考えてたんだけど、文化祭は何をどうすればいいのかわからなかったし、休みの間もただただ戸惑うばかりで何を鍛えればいいのかすらわからなくなっちゃったんだ。今まで信じていたものが崩されちゃったような感じでさ。こんなことを言う先輩が情けないのも理解してる。でも、お願い。どうやったら強くなれる?」
切羽詰まった人の話はよく身に染みるものだ。プライドを捨てた人たちほど強くなれる。
「どのレベルで強くなりたいんですか?」
グイルが聞いていた。
「どういうこと?」
「自分に打ち勝ちたいのか、それともゴズさんと戦えるくらいになりたいのか、ドラゴンとタイマン張れるくらいになりたいのかによって、訓練の質が変わってくると思いますよ」
「どうだろう……。体育祭で優勝するくらいにはなりたい、かな。できる?」
なぜかその場にいた全員が俺の方を向いた。
「それくらいならできるんじゃないですか。でも、体育祭まで3ヶ月半くらいですよね。意志力の勝負になると思うので、ラックスさんの気持ち次第ですよ」
「気持ちはあるわ。散々悩んだから」
「どんなことをしてでも体育祭で優勝する覚悟があるということでいいですか?」
「うん。どんなことをしてでも体育祭で優勝する。でも、そこまでの道のりがわからない」
「それは俺にもわからないですけど、少なくとも俺より強くなれればいいんですよね? 一応前回優勝してるんで」
「……そうね」
「無理じゃないか?」
グイルは悲観的だ。
「そうかな? ラックスさんは光魔法が得意なんですよね?」
「そのつもりだけど……」
「とりあえず、初めの二ヶ月は身体と魔力を使えるようにしないといけないんで、ウインクは栄養学を教えてあげて、ミストは睡眠を頼むね。いろんな人に助けてもらわないと無理なのでたくさん頭を下げに行くことは覚悟してください」
「わかった」
身体と魔力を底上げすることはできても、それを戦闘力として使うには思考力やセンスが必要だ。
「勇者くらいになってもらわないと困る、か……」
スケジュールを考えるとラックスを光の勇者に仕立て上げるレベルじゃないと無理かもしれない。
「おい、コウジ。本当にラックスさんを体育祭で優勝させるつもりか?」
「実際鍛えるのは俺じゃなくてラックスさんだからな。本人次第だよ」
「俺もできるかな?」
「グイルが?」
「いや、どんな訓練をするのか知りたい」
「知らない方が幸せということもあるよ」
そんな会話をしていたら、ウインクとミストの説明は終わった。ちゃんとメモを取っているので理解しただろう。
「わかりました?」
「わかった。これをゴズとドーゴエがやっていたのね?」
「そうです。でもラックスさんはこれに加えて成長スピードを上げないといけないので、マフシュさんに胃薬を貰ってきてください。それから、レビィさんに自分に合った総合栄養ドリンクを頼みに行ってください。カルシウム多めで。それが終わったら、道場で待ってます」
「今から?」
「ええ、現状の自分を把握することは最も大事なことの一つですよ」
「わかった」
素直に聞き入れるところは大事なことなのかもしれない。ラックスは走っていった。
「グイル、寝袋ってある?」
「あるよ」
「ラックスさんに付けておいて」
「いいけど、本当にやるのか?」
「学院最後の年だって言うからさ。悔いを残して卒業してほしくないだろ?」
「そうだけど、そんな簡単じゃないだろ」
「その通り。俺としてはメンタル勝負だと思ってる。皆もラックスさんの前で嘘はつかないで上げてくれ。後から事実に押しつぶされることがあるから」
「え? どういうこと?」
「コウジはいい奴だね」
ミストは理解している。さすが死霊術師だ。
「ミスト、どういうことだ?」
「目標や夢がある人たちは、理想の自分と現実の自分との差で苦しむことがある。だから自分のメンタルを守るために、自ら勘違いする人たちもいる。私は勘違いしたまま死んでいった人の話をたくさん聞いてきたよ。自分と向き合えないと訓練の解像度は低いまま実力が伴わないの。時には勘違いも必要なんだけど、自分で勘違いと気づかないと成長が止まる。勘違いを続けて成長が止まったまま、唐突に事実を突き付けられたらメンタルが押しつぶされる。でしょ?」
「そんなところだな。周りが褒めても自分が納得しない訓練は伸びないんだよ。特にこういう時間がないなかで成長力を試されるような場合はさ。竜の学校ではよく見た。彼らは身体も大きいし、武器も多いからすぐに強くなったって勘違いするんだけど、そこに落とし穴がある。それ以上精度が上がらないんだ。まぁ、でもそれはちょっと先の話かもな」
俺は寝袋と薬草を抱えて部屋を出る。
「ラジオ局の準備をしておくよ!」
「うん、頼む!」
道場に行くと、ゴズが新入生たちに説明しているところだった。
「ここで武術稽古をしている。もちろん吹っ飛ばされることもあるから、壁には防御魔法陣が描かれているんだ。お、コウジ、ちょうどいいところに来た」
「こんにちは。皆、頑張って」
「ちょっと軽く手合わせしてくれないか」
「今から、ラックスさんが来るので彼女とやります」
「そうか……。新入生たちに見せてあげてくれるか?」
「構いませんよ」
ラックスがいいタイミングで来た。
「ゴズ……、と新入生たちか……。道場の説明かい?」
「そうだ。コウジと手合わせするのか」
ゴズに言われて、ラックスは俺を見た。新入生の前で吹っ飛ばされるのは嫌なのだろう。
「今のうちに恥はかいておいた方がいいですよ」
「そうだな」
ラックスは大きく息を吸って「よし」と顔を張って道場の真ん中に出てきた。
俺も道場の隅に寝袋と薬草を置いて、道場の真ん中に出る。
「よろしくお願いします!」
「お願いします!」
ラックスが真っすぐ突きを放ってきた。半身にして躱す。
「遅い」
俺はラックスを煽る。ラックスは徐々にスピードを上げていった。俺は新入生の方を向きながら解説する。
「このように、ちょっとした煽りをかまして相手の攻撃手段を狭めるんだ。そうすると、こういう直線的な攻撃しか仕掛けてこない。こういう時は動きを目で追うんじゃなくて、魔力を感じて避ける」
ラックスは連打を繰り出してきた。
「ここまで来るとだいたい相手の考えていることが見えてくる。自分の攻撃はスピードが武器だと思っていて、数を打てばそのうち当たると思っている。そこには何の精度もないから、自分の中心線に拳を置いておけば……」
バコンッ!
ラックスが壁まで吹っ飛んだ。鼻血が出ている。
「あっさり当たるんだ。攻撃に思考がないとこうなる。ラックスさん、薬草を鼻に詰めておいてください」
「あ、ありがとう。今日は厳しいんだな」
ゴズさんが苦笑いをしている。
「ええ、ちょっと急いでいるもんで。ここから先はもっとひどくなりますよ」
「わかった。さ、皆、外に出てみようか。新しいダンジョンができたんだ」
ゴズは新入生を連れて、外へと向かった。
「これで私は下級生に吹っ飛ばされる最上級生だな」
「そんな人が体育祭で優勝すればドラマチックじゃないですか?」
「違いない。よし、吹っ切れた。私の攻撃のどこがいけない?」
「考えて攻撃してください。そんな来るとわかっている攻撃は誰にもあたりませんよ」
「確かに。フェイントを混ぜた方がいいのだな?」
「まぁ、そうなんですけど、もう少し考えてください。自分と相手を」
「そう言われてもなぁ……」
ラックスの鼻血が止まっていた。
「じゃあ、ゆっくりお腹を攻撃するので耐えてください」
「いいだろう」
俺はラックスの腹筋に向けて拳を向けていく。ラックスが腹筋に力を入れるのがわかる。拳が腹に当たる直前で肘鉄に変更。タイミングをズラされて、ラックスは蹲った。
「来るとわかっていたのにタイミングをズラされると一瞬腹筋の力を抜いてしまったでしょう? 相手が油断しているタイミングだとこれほど威力が変わります」
「な、なるほど……」
「たいていはこれに魔力が加わりますから」
「よし、もっと魔力を使ってみる」
「ええ、魔力切れを起こさないと底上げになりませんから」
それから、俺の攻撃を躱す訓練と、攻撃のタイミングをズラす訓練が始まった。どんどんラックスの身体には薬草が貼られていく。攻撃はゆっくりなのに、全然躱せないことが不思議なようだ。
「自分が予想できるようなことは相手も予想しています。読めない攻撃を!」
どこで攻撃を当てるのか、どんどん考えさせる。筋肉、魔力、思考力を鍛えていく。
「おおっ! ここにおったのか!」
「部屋に行っても誰も出てこなかったから、どこに行ったのかと思った」
ダイトキとシェムが道場に来た。
一瞬、集中力が途切れそうになるが、ラックスは俺の顎を肩でかちあげようとしていた。俺は胸に魔力を集中させて肩を受け止める。ラックスの身体がポーンと一回転して道場に倒れた。
「面白い! こんなに戦うって面白かったのか。なのにごめん! もう身体が動かない!」
倒れながらラックスが泣いていた。
「休んでください。休むのも訓練のうちです。レビィさんに頼んだ飲み物を飲んでから寝てくださいね」
「はい……」
ラックスは這うようにして特製ドリンクを飲み、道場の隅に置いてある寝袋で寝ていた。
「どうしたというのだ?」
「初日から激しいな」
「ラックスさんは体育祭で優勝するらしいです。協力してあげてください」
「そうか、わかったでござる」
「ダンジョン学のマルケスさんってどんな人? 知り合いでしょ?」
シェムが前のめりで聞いてきた。
「ああ、えっと気のいいおじさんだよ。めちゃくちゃ長生きしている水の勇者だけど、水魔法を使ったところは見たことないな。でもキノコを育てていて、作ったお茶はとても美味しい。奥さんはエルフで美人。昔は森の精霊を信仰してたとか言ってたかな……」
「マルケスさんが作ったダンジョンはすごいの?」
「すごいよ。雪原を冷蔵庫って言うし、火山地帯を暖房って言う。魔物に意思を与えて村を作らせたりしているね」
「え? 魔族を生み出してるってこと?」
「そうなるね。でも、魔族にはそんな愛情はないみたいだけど……。マルケスさんの生きているタイムスケールで言うと、すぐ死ぬからかもしれないです」
「そうなんだ……。気難しいの?」
「いや、そんなことはないですよ。でも、時々、『俺が死ねる方法考えたか?』って聞いてくるときがあるけど……。時々、ダンジョン内の模様替えして気分転換するからって、呼ばれることはあるくらいですかね。だから、何回もダンジョンを改装しているから罠とかは勉強になると思いますよ」
「やはりダンジョン学は取るべきでござる」
「私の作ったダンジョンは酷評されるかな?」
「いや、そんなことはないんじゃないですか。たぶん褒められると思いますよ。若いのによく作るなって。でも、とりあえず学生たちを呼ぶところから始めましょうよ。せっかくのダンジョンなんですから」
「そうね」
窓の外にはバカでかい世界樹の切り株がある。それがこの学院のダンジョンだ。入口は3つあり、難易度が違う。出てくる魔物の種類も変えている。俺からするとアイテム調達には使いやすくなった。面倒な階層攻略もない。
「コウジもダンジョン学を取るの?」
「俺はマルケスさんの助手です。授業は取れないですが、いますよ」
「そう。何者なのかどんどんわからなくなっていくわね」
「普通の学生でいたいんですけどね」
ザザ……、ザザ……。
道場のラジオから雑音が流れてきた。
『テスト、テスト。ラジオ局長は至急……ザザ……』
ラジオが始まる。送信機のアンテナの調子が悪いようだ。
「ああ、行かないと……。ラックスさんの部屋ってわかります?」
「大丈夫でござる。運ぶよ」
ダイトキが寝袋ごと担いでいた。
「よろしく頼みます」
俺は外に出た。春の風は強く、森で砂埃が舞っている。
いや、ドーゴエの使役しているゴーレムたちがエルフの留学生と戦っているのか。随分気の早い人たちだ。
俺は外壁を駆け上がり、図書館塔の屋根に取り付けられたアンテナの向きを変えた。魔力の波が放射状に広がっていく。
ラジオ局の窓を開けてもらって中に入った。
「直ったかな?」
「たぶんね。雑音がしなくなった」
ラジオに耳を当てながらミストが確認している。
「今日から始めるの?」
「早速、食堂から要望が来てるぞ。新入生に夜食もあるって伝えてくれってさ。それから魔道結社と貴族連合から広告を流してくれって」
「火の国からも手紙が来ているみたいよ」
「わかった。とりあえず、風呂に入って汗を流しながら台本考えるから、録音した音楽を流しておいて」
俺は録音機をミストに渡した。
「なにこれ?」
「エルフの吟遊詩人が奏でていた音楽。留学してきたエルフも外で暴れているみたいだから、故郷の音楽が流れてたら少しは落ち着くでしょ」
「わかった」
俺はタオルを肩にかけて風呂へ向かった。
湯船に浸かっていると、遠い異国の音楽が流れてきた。
「ラジオが始まるなぁ」
ざぶっと顔を洗って、ウインクのセリフを考え始めた。