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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』
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『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』1話「家族の香り」


 新緑香る森の中で、俺は穴を掘っていた。


「またラジオ聞いてるね!」

 ウタさんが厳しい目を俺に向けてきた。

「いいじゃないですか。どうせ、まだ遺跡は出てこないですよ」

「そう言いながら、石像壊したの誰?」

「しーましぇん(すいません)」


 先日、遺跡を発掘中に英雄の石像を壊してしまったことを咎めているのだ。

 フラワーアピスという小さな蜂の魔物が飛びまわり、春の花が咲き誇る中、俺は姉のようなウタさんに怒られていた。


 エルフの国の大森林で、石の精霊が祀られていたこと自体が非常に珍しいことだ。さらに利権をむさぼり大理石などで建物を建てていたハイエルフたちとは違い、ちゃんとエルフの英雄の姿を形作っていたことに、考古学者であるウタさんの情熱に火をつけた。


「古代のエルフは、今よりも現実的だったんじゃないかと思うの。精霊信仰が強いエルフの国で英雄の石像を建てるなんて……、実に興味深い」


 考古学者は地質から、石像が2000年前のものであることを推定した。



 新年を過ぎ、学校では再建後初めての試験がいくつかあった。

 俺は魔道具学と家庭科の授業ぐらいしかとっていなかったので、試験は実技だけ。しかも魔道具学に関してはラジオ局を作ったので免除。家庭科の授業では、クッキーを作って終わった。焦げないようにするだけで満点を貰えるのは、自己肯定感が高まる。


 校舎脇に生えてしまった世界樹を半分に切り倒して、ラジオの放送をしていたら、いつの間にか卒業式があり、最高学年のゲンズブールさんと塔の魔女たちが揃って卒業していった。


「右も左もわからない俺によくしてくれてありがとうございます」

「こっちは君のせいで右と左がわからなくなりそうだったよ。ラジオは貰っていくよ」

 ゲンズブールさんは女戦士の許嫁と一緒に、魔族領へと旅立った。魔族の大統領であるボウさんに連絡を取ると、二つ返事で「来てくれ」とのことだった。


 そんな卒業式を終え、だらだらと春休みを送ろうとしたら、ボウさんの娘であるウタさんから招集がかかった。


『エルフの国で新発見があったみたいだから、発掘準備をしておいて。クーべニアでピックアップするから』


 一方的な呼び出しだったが、スケジュールはすでに押さえられていて、ラジオ放送は休止。いつの間にか親とも現地で会うことになっていて、現地到着後はすぐに発掘作業に入ることになった。


 発掘調査は、子どもの頃からウタさんに駆り出されていたので慣れている。はずだったが、早々にやらかしてしまい、こっぴどく叱られた。


 親父とお袋は、エルフの国に来てすぐ俺を置いて二人でデートしている。仕事の休みはそれほどない二人なので、一緒にいる時に思い切り遊びたいのだとか。


「子どもが置いてけぼりになっている状況ってどうなんでしょうか」

「コウジは気にしてないでしょ」

 ウタさんも親子関係はドライでいいと思っているらしい。

「気にしてないんですけどね。俺を口実に使ってるな、と思って。それにしても、エルフたちの様子がおかしくありませんか?」

「そうかな?」


 発掘に協力してくれるエルフたちはどこかそわそわしていた。何かあるのか聞いてみても誤魔化すばかり。政変でもあるのか。エルフの国は昔ハイエルフという魔力が多めの爺さんたちが統治していたが、世界樹が枯れ始めて衰退。親父の会社で燃やした時には完全に崩壊したらしい。その後、共和制を保っているものの職業による派閥争いもある。


「長寿だからいろいろあるんじゃないの」

「俺たちみたいな子どもに発掘の何がわかるのか、みたいな?」

「うん。新しい発見をしたのはエルフなんだから自分たちで論文を書けばいいだけなんだけどね。まぁ、あまり考古学は発達してないからさ。覚えている人の方がいるんだよ」

「ああ、なるほど……」

 300年くらい前のことなら、生き残っているお婆さんがいる。そのエルフから話を聞き出した方が早い。特に風の妖精がたくさんいた頃は、大森林全土に情報が広がっていたのだとか。


「今は妖精よりも魔道具があるからね」

 通信袋の大きいものが大森林の各地にあり、連絡を取り合えるようになって妖精はいつしか呼んでもなかなか来なくなるようになった。


「でも、風の精霊は大事に保管されているんでしょう?」

「植物学園にね」


 エルフの国には植物学園と薬師専門学校がある。世界中で育てられている作物の種が保管されている場所もある。風の勇者は南半球で作物の勉強をした後、エルフの国に戻って植物学園を建てた。10年前の話なので、俺はまだ子どもだった。


「今は南のウェイストランドと国交も復活しているけど、ダークエルフとエルフは仲が悪かった歴史の方が長かったのよ」

「へぇ~。ウタさんはなんでも知ってるなぁ」

「学校で歴史の授業を取ってないの?」

「取ってません」

「春から取りなよ」

「え~?」

「お祖母ちゃんが、授業するみたいだから行ってあげてよ」

「レミさんが?」

「そう」

 ウタさんの家は考古学一家だが、一番詳しいのがお祖母さんのレミリアさんだ。俺の歴史の知識はほとんどレミリアさんとウタさんから学んだと言って過言ではない。


「マルケスさんも来るみたいだし、なんだか知ってる人が教師だとなぁ」

「なに? 問題でもあるの?」

「魔道具学のアーリムさんには結構迷惑かけたから」

「まぁ、それはしょうがないんじゃない。だってコウジが生徒ってなんか……」

「なに? ダメですか?」

「できるのに何しに来てるのかなって感じじゃないの?」

「あ、それならいいか。ダンジョンも歴史も知らないから。あ、今年はそうしよう。知らない授業とか積極的に取っていこう」

「その前に、発掘作業ね」

「はい。ちなみにこの発掘作業っていつまでなの?」

「いや、夏くらいまでかかるかな、と思ってるけど」

「へぇ……。いや、あの俺は学校あるからね。ウタさん、俺いなくなるからね?」

「なんでよ。学校よりも発掘の方が大事でしょ」

「俺は考古学者じゃなくて学生だよ」

「肩書にこだわるなよ。偉大な大人になれないぞ」

「俺は普通の大人になりたいんだよ」

「まだ、そんな夢を見ているのか。1年も学校行って自分がわからなかったのかい?」

「可能性は無限大だよ」

「君の人生に普通は不可能だよ。いい加減、気づきなさい」

「嫌だ! 気づきたくない!」


 そう言いながらも発掘作業は続ける。

 昼過ぎに親父とお袋が戻ってきた。大きな白い花を持って話し込んでいる。どうでもいいことに夢中のようだ。


「あのさ。親父、お袋。そろそろ俺は新年度が始まるから、学校に戻るから引き継ぎいいか?」

「え? 学校? 学校よりこっちの方が重要じゃ……」

 お袋が言いかけて、親父が止めていた。

「わかった。学校に行くのは今しかないもんな」

「こっちだって今しかないわ。次は60年後よ」

「何の話?」

「珍しい花の話だ。結構有名な花だから、もしかしたらベルベさんが育てているかもしれないし、発掘作業は俺たちでやっておくよ。それよりも友達との時間を大切にしてくれ」

 意外に親父は理解がある。

「うん。本当にそうだよ。今までおかしなことだらけだったんだよな。どうにか普通のレールに戻ってみるから」

「お? うん。まぁ、人生はレールだと思っていたものが獣道だったなんてことはよくあるからさ」

「そうかな?」

「お父さんを見てみなさい。道を通ったことがないんだから!」

「ないことはないと思っているんだけど……」


 親父はその後、なんだか照れ臭そうに言い訳のようなことを話していたが、覚えていない。


「教科書代とかいいのか? ランドセル買ったりしなくていいのか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと自分で稼いだお金で事足りてる。ランドセルってなんだよ」

 ランドセルは固めの鞄らしい。親父は前の世界の記憶をいつまでも持っているから、意外に変な商才を見せる時がある。一応、ランドセルの形状などを喋らせてメモしておいた。


「それで兄弟が受け継いだりするんだよ」

「ああ、なるほど。打たれ強く直しやすいのか……。だから長持ちするって、全ての道具がそうであってほしいよ」


 学校にあるラジオのアンテナも修理が必要だ。


「そういや、ラジオショップを始めたんだけどなんかお茶屋の商品は置く?」

 メモのついでに母さんに聞いてみた。

「え? ラジオショップを始めたってどういうこと?」

「いや、だからラジオで紹介した商品を売る店をアリスポートに出店したんだよ」

「なにそれ! 屋台?」

「いや、店舗。あれ? 言ってなかった?」

「聞いてないわ」

「去年、夏休みバイトをしていたでしょ。それを持ってたら、いろいろ散財したり盗まれたりして問題になっちゃうからって先輩に言われて、だったら店舗ごと店を買い取れるよって言われて、そのまま出したんだよ」

「通りの目立つところなんだろ?」

 親父は知っていたようだ。コムロカンパニーの人たちには筒抜けだろう。

「ナオキさん、知ってたの!?」

「たぶん、誰かから聞いたんだ。コウジは俺より商才があるから学生のうちに何でもやってみた方がいい」

「そうなんだぁ。知らなかった。それじゃ、この茶葉を小袋に分けて、お茶屋と同じ値段で売っておいて。遠いからフロウラまでお客さんは来ないと思うけど、今は竜の乗合馬車があるからね」


 茶葉の大きな袋を渡された。


「コムロカンパニーは?」

「俺んところはいいわ。適当なことするとまたベルサに怒られるからさ」

「親父ってそんなに信用されてないの?」

「ないね」


 即答だった。


「あんまりお金を持たせても貰えてないな。昔は管理させてもらえていたような気がするんだけど、そもそもお金で解決できるような仕事をさせてもらえなくなってからは、もう隠れて依頼を請けたりしているくらいだから」

「そんなにお金で解決できないことってあるの?」

「あるんだよなぁ。難しいよなぁ。世の中。でも、結局お金で揉めたりしててさ。面倒くさいよな」

「コムロ家はどうなっても生きていけるからお金が必要ないんでしょう」

 話を聞いていたウタさんがボソリと言っていた。


「いや、それなりに必要なのよ。お茶屋だって皿もコップも割れるし、従業員を雇っているんだから。発掘作業もそうでしょ?」

「確かに、作業員への報酬が最も大変ですね」

 レミリアさんも人を集めるのに苦労すると言っていた。


「あれ? 俺は報酬って貰えるんですか?」

「それについては、いろいろと後回しになると思うから、終わってからにして」

 なし崩しになかったことになるかもしれない。メモを取っておこう。そもそも発掘作業が終わるのかどうか。


 その後、家族団らんで夕飯を食べたり、ツリーハウスの上で星座を教え合ったりして過ごした。通信袋でいつでも連絡が取れるとはいえ、あんまり家族の時間がなかった我が家にとっては貴重な体験だったのかもしれない。

 

「レミさんとウタちゃんには感謝だな。次は夏休みか。どうにか時間を作らないとな」

 親父はまた忙しいらしい。

「どこで仕事しているの?」

「どこでもだ。海はどこにでも繋がっているからな」

 大変そうだ。

「いいか? うちの社員と南半球の住人たちに何を言われても手を貸すなよ。こき使われるだけだから。どうしてもっていうときは報酬の額を吊り上げろ。タダ働きはするなよ」

「わかった」

「二年になった祝いに何か欲しい物はあるか?」

「別にないね。夫婦仲良く元気でいてくれればいいよ」

「もうちょっとわがまま言っていいのよ。親のやりがいがなくなっちゃうからね」

「そう? じゃあ、香水とかお香とかかな」

「あら、色気づいているの?」

「いや、そうじゃなくて、この前読んだ本に嗅覚は記憶と密接に繋がっているって書いてあったから、家族の香りとかあったら母さんも寂しさが紛れるでしょ?」

「お前変なことを考えるな。でも、それ面白いアイディアだ。コウジ、ここら辺の花を摘んでおいてくれ。精油買ってくる」

「私も行くわ!」


 夫婦で仲良く買い物に行っている間、俺は近くの木々から小さな花を摘んだ。どれも春の匂いがする花ばかり。匂いのする葉っぱもいくつか摘み取った。

 親父と母さんは植物のオイルや油を買ってきた。親父は錬金術のスキルか何かを発動して、家族の香水を作っていた。3つの小瓶に分けてそれぞれが封をする。


「親父、蓋に魔法陣を描いておいてくれる? よほどのことがない限り開けないと思うから」

「そうか? まぁ、コウジは空間ナイフが使えるからな」


 親父は魔法陣を描いてくれた。母さんはたぶん週一くらいで嗅ぐと思うから要らないと言っていた。

 家族の記念品ができたところで、俺の春休みは終わった。



 翌日、親父と母さんに見送られ、俺は竜の乗合馬車に乗ってアリスフェイ王国へと向かう。


「風邪ひくなよ」

「休むときは休んでね」

「あ、今年はエルフに気をつけろよ」

「そうなの?」

「ああ。たぶん今年のエルフは必死だ!」

「覚えておく」


 親父の妙な忠告を聞きつつ、竜は上空まで飛んだ。


「今のコウジの親父さんか?」

 飛んでいる竜が聞いてきた。竜の学校の先輩だった。

「そうです」

「すげぇな。コウジが化け物だと思っていたけど、親父の方が化け物だ」

「そうですかね?」

「近くの者にはわからんだろうな。ああ、緊張した」

 竜が震えて乗合馬車が揺れる。


「あ、シーサーペントだ!」

「食べますか?」

「いいか?」

「どうせ客は俺だけだしいいんじゃないですかね」

「じゃ、ちょっと仕留めてくれ」


 海の岩場まで下りていって、サクッとウミヘビの魔物を討伐。魔力で作った大きな剣で一突きだった。たぶん、やられた本人も気づかなかったと思う。


 その岩場で解体して、竜がじっくりと炎のブレスで焼いていた。ちょっと肉を貰ったが、淡白で美味しい。調味料がもうちょっとあるとよかった。


「美味い、美味いな。獲れたてはぷりぷりしていて美味いよ。コウジを乗せてよかったぁ」

「そう言えば、親父が海で仕事しているって言ってたんだけど、なんかあったのかな?」

「さあ? コムロカンパニーの仕事だろ? 竜でもわからんよ。あ、でも南半球で社員さんを見たな。最近、世界樹に行ったか?」

「いや。この前ゼット先生もドワーフの管理者たちもアリスポートの学校に来てたから」

 学校は冬の終わり頃に壊れ、新年が開けてようやく復興した。

「そうだよな。特に用がないと近づかないよな」

「なんか用があったんですか?」

 社員を見たというくらいだから竜も南半球に行ったのだろう。


「定期健診だよ。竜って結構体質が変わるだろ。だから秋の定期健診で、このまま飛竜でいいのか。別のスキルを持った方がいいのか年に一回集まるのさ。病気とかも見つかるから、乗合馬車の竜たちは皆受けているはずだ」

「そうなんですか。知らなかった」

「時々、呪いとかも見つかるからコムロカンパニーの社員さんたちも来るんだって」

「教会じゃないんですか?」

「南半球に教会はないからね」

 そう言えばそうだった。信仰心とは無縁だし、呪いなんてかかったことがないからよくわからない。死霊術師のミストなら知っているだろうか。

 いや、そもそもコムロカンパニーはなんでも対応しているのか。ただの清掃駆除業者のはずなのに、なんか改めて親父の会社は何でも屋なのか。

 普段、親父と接しているとそうは見えないんだけどな。


 ゆっくり休憩した後、大陸を渡りさらに西へと向かう。竜の先輩は夜を徹して飛んでくれた。

 その甲斐あって翌日には、アリスフェイ王国アリスポート近くの駅まで辿り着いていた。


「ありがとうございます」

「おう。こっちこそ、また乗ってくれ」


 先輩の竜と別れ、王都へと向かう。

 駅がある森の中では兵士たちが訓練中だった。春の花が咲き誇り、獣道には魔法が飛び交っている。魔法だけでなく兵士たちも吹っ飛んでいた。冬眠から覚めたワイルドベアを相手に激しい訓練をしているらしい。


「助けてくれ……」

 血だらけの兵士がこちらに向かってきた。

「頑張ってください!」

 限界を超えてこその訓練だろう。


 そう思っていたら、ワイルドベアが俺まで襲ってきた。蹴り飛ばして兵士たちの方へと向ける。お腹が空いた野生のワイルドベアはそれだけで気絶していた。


「すみません! 訓練中にもう一頭捕まえてきます!」

「やめてくれ!」

「そうですか? 申し訳ございません。訓練の邪魔をして」

「いや、助かった……」


 兵士もそれだけ言うと気絶した。息もあるし脈も確かだ。


「なにか、毒でも食らいました?」

「いや、疲労だと思う……。あんた、総合学院の学生だろう?」

 他の兵士たちが近づいてきた。

「そうです。よかったらラジオ聞いてください」

「わかった。とりあえず俺たちは回復役の兵士が来るのを待つ。間もなく入学式が終わるぞ。急いだ方がいい」

「え? 本当ですか!? こうしちゃいられない! では、毒消しのアンチドーテなどを置いておきますからよかったら使ってください!」


 俺は兵士たちを置いて、王都へ走った。

 門兵に挨拶をして街中に入り、アイルさんの実家を通る。学校の前に行くと人が集まっていた。試験結果を待っているのかもしれない。


「間に合ったかな」

「よう」

 傭兵の学生・ドーゴエが声をかけてきた。


「まだ、中に入れないぞ。これから新入生が決まるからな」

「そうなんですか。じゃあ、ラジオショップで茶でも飲んで待ってますか?」

「そうしよう。どうせラジオの局員たちもいるんじゃないか」

「お、いるかも」


 俺たちは、通りまで行ってラジオショップに向かう。相変わらず王都の人通りは激しい。

 予想通り昨年のルームメイト・グイルとウインクが火の国のラジオ放送を聞いていた。


「お、コウジたちも来たか」

「ミストは?」

「まだよ。北極大陸からだから遅れてるんじゃない?」

「そりゃ厳しいな」

 北極大陸付近で強風が吹くと船も竜の乗合馬車も使えなくなる。


「そういや、エルフの留学生が来るって知っているか?」

 グイルはやはり情報通だ。

「親父が珍しく気をつけろって言ってた」

「マジかよ。コムロカンパニーの社長が言うんだから、本当にヤバいのか? 傭兵の国でも話題になっている。今年に入ってから急激にエルフの国が動き出しているって」

 ドーゴエも噂を聞いていたらしい。


 俺はお湯を沸かして、人数分のお茶を用意する。売り物として持ってきた母親の茶葉だが、少しくらいいいだろう。


「お、ゴズさんだ」

 ウインクが棚からコップをもう一つ取り出していた。


 カラン。


 ドアが開き、黒い服を着た大柄なミノタウロスが入ってきた。

「おおっ! やはりここだったか。新入生が決まるまでどこで暇をつぶそうかと思っていたが、ここを思い出してな」

「皆、考えることは同じだ」

 ゴズとドーゴエは共に鍛錬をしていたので、意外に仲がいい。


「今、お茶を淹れますんで、座って待っててください」

「助かる」


 ズッゴロゴロ……。


 上の階から物音が鳴った。


「また、誰か来たんじゃないか?」

「シェムさんとダイトキさんです。二日前からダンジョンの実験をしているそうよ」

 ウインクが説明してくれた。ラジオショップを学生が勝手に使ってる。知らない仲じゃないので言ってくれればいいのに。シェムはゴーレムに育てられたダンジョンマスター見習いで、ダイトキは時魔法を使いこなすダンジョン研究者だ。二人とも俺が学校に入る前からダンジョンを世界中に広めようとしている。


「壊さないでくださいよ!」

 俺は階段に向かって声をあげると「んー」とダイトキの声が返ってきた。


 カラン。


 また学生が入ってきた。空間魔法を使う料理人のレビィと毒使いのマフシュだった。

「じゃあ、どうすんのよ」

「どうするって言ったってしょうがないじゃない? 60年周期で花が咲くんだから」

「何の話をしているんだ? 2人とも」

「ああ、お茶菓子買ってきたよ」

 レビィさんが紙袋を渡してきた。中にはカップケーキが入っている。

「今淹れてます」

「エルフの留学生の話聞いた?」

 マフシュはエルフでもあるので、詳しいのか。

「聞きましたけど、今年は何か危険なんですか?」

「60年に一度咲く花があるんだけど、その花とエルフの発情期が重なるのさ」

「ということは……?」

「そう。留学生たちは勉強じゃなくて結婚相手探しに来ているからね」

「「「ええ!?」」」

「今年の体育祭は荒れるわよ~」

「気をつけろってそういうことだったのか」


 俺は全員にお茶を淹れ、お湯を沸かし続けた。


「エルフって60年に一度しか発情しないんですか?」

「そんなことはないわ。年中盛っているエルフだっている。花に幻覚効果があるし、ホルモンが出るの。だから、単純に自然の流れでベビーブームが来るのよ」

「なるほど」

「今年は北半球から世界樹がなくなって初めての発情期だから、各里でいろいろと催し物もあるし、若いエルフたちは世界中に散らばっているってわけ」

 普段は無駄な話をしないマフシュが饒舌だ。


「それで焦ってるの?」

 レビィがツッコんでいた。

「そうよ! 考えてもみなさい。エルフの毒使いがモテるわけないでしょ! ちょっとそこのラジオMC、どうやったらモテるのか教えないさい!」

 ウインクが絡まれていた。俺もグイルも笑ってしまった。


「先輩、あのですね……」

 ウインクが話し始めようとしたら、ドーゴエとゴズが手で止めていた。

「いいか? そんな簡単に身体は変わらない。栄養を学び、睡眠の質を追求するところから始めろ」

「だいたい自分で睡眠導入マウスピースを作っていたじゃないか。自分と生活に対するストイックさ。これがないとウインク嬢の様にはなれない。本質的な自分の弱さを見つめることから始めたらどうなんだ?」

 直球のどストレートでタコ殴りだった。

「……レビィ、何か言ってやって!」

「マフシュの場合は、惚れ薬を作った方が早いんじゃない?」

「ああ、確かにそうね」

「いや、レビィさんとマフシュさんが手を組まれると王都中がフリーセックス状態になりかねないのでやめてください」

 できてしまうところがこの二人の怖いところだ。


 カラン。


「おーい。開いてるなら鍛冶屋連合の商品を置いとかせてくれぇ。あれ? 皆いるのか?」

 鍛冶師のゲンローが、ナイフを持って店に入ってきた。

「ゲンローさんもお茶飲みますか? まだ、入学試験が終わってないみたいなので」

「ああ、頼む」

「なんだか特待十生が集まってきちゃったなぁ」

 グイルが店にいる学生たちを見て引いていた。特待生の中でも上位10人を特待十生という。実は俺もゲンズブールという人から受け継いでいた。


「うわぁああ! アグリッパ、どこから来たんだ!?」

 二階からダイトキの声がした。ドタドタという音が一階に響いている。

「死霊術師の嬢ちゃんが学校に遅れるって言って聞かねぇもんだからさ」

「お嬢ちゃんじゃありません! ミストです。骨密度の低そうな貴族のお兄さん」

「貴族っていうな。俺は貴族連合には所属していないよ」

「あら? 自分は軍人の家系だとでもいうおつもりですか?」

「家系の話は勘弁してくれ。コウジの友達はこれだからな」


 アグリッパとミストが二階から下りてきた。


「悪いんだけど、だれか骨付き肉を持ってない? 北方で冒険者の仕事をしていたら、死にかけの死霊術師を拾っちまって、ポチが汗だくなんだ」


 外を見ると双頭の狼・オルトロスが口から炎の息を吐き出しながら汗を石畳に滴らせている。骨付き肉なんてすぐに出てくるわけないと思っていたが……。


「あるよ」

「俺もある。いるか?」

「私も持っているよ」


 ドーゴエ、ゴズ、レビィが持っていて、オルトロスに骨付き肉を与えていた。特待十生の対応力がエグい。ドーゴエもゴズもタンパク質補給にと思って持っていたらしい。

 レビィは美味しそうだったから買っていたとか。


「結局、特待十生が揃っちまったよ。ここはただのラジオショップだろ?」

 グイルは呆れていた。ただ、もう一人、ゴズの親友でラックスという光魔法を使う女性武術家がいるはずだ。

 アグリッパと一緒に下りてきたミストは黒い毛皮のコートを脱ぎ捨てていた。

「暑いのよ! こんなに暑かったら死体が腐るわ! どうりで死霊術が流行らないわけよ!」

 ミストは下りてきてすぐに俺のお茶を飲み干してから、愚痴を吐いていた。


「ゴズさん、ラックスさんは?」

「ああ、入学試験の手伝いをやっているって手紙に書いてあった。たぶん……」


 キンコーンカーンコーン!


 総合学院から鐘の音が聞こえてきた。入学試験が終わったらしい。


「この鐘を鳴らしているのがラックスだよ」

「なるほど」

 すでに助手のようなことをやっているのか。ラックスとゴズは今年最高学年のはずだ。


「おーい! シェムとダイトキぃ! 学校が始まるぞー!」

 ゴズが二階に声をかけていた。


「あ、本当?」

「春だというのに暑いでござるよ」

 シェムとダイトキは全身汗だくで下りてきた。

「何をしてたんですか?」

「時魔法を使った訓練」

「時間軸をズラすとバランスが取れないから使っていない筋肉を使うのでござる。はぁ、しんどい」


 2人とも冷めてしまったお茶をがぶ飲みしていた。


「よし! 行こうか」

 ゴズの掛け声で、全員ラジオショップから出た。通りにいた人たちが一斉に道を開けてくれる。

 総合学院前の広場に近づくと、学生たちからの視線を向けられた。エルフの留学生らしき団体もいる。特待十生が集まっているのだから当然だが、その中に自分も入っていると思うと気恥ずかしい。


「シェム、特待一位なんだから皆に何か言ってやれよ」

 ゴズがシェムに声をかけた。

「今年は私じゃないです。コウジでしょ?」

「別に言うことなんてないですよ。ラジオ聞いてくれくらいで。こういう時は目立つウインクに任せるのが一番ですよ」

「いいの? 私で?」

 ウインクの背中を押すと、魅了スキルでも使ったのか背が一瞬伸びた気がした。空気を吸い込んで肋骨が膨む。

 

「さて、今年も生涯忘れられない最高の学院生活にしましょう! コース関係なく、恋に勉強に武道にあなたの青春が待っています! すべての壁をぶち壊し、すべてのチャンスを追いかけろ! 己の才能にベットして、栄光を掴み取れ! 今年も一年、スタァートですっ!!」

「「「「ワアアアアアアッ!!!」」」」


 広場中の学生たちが叫び声を上げ、王都に響き渡った。

 今年も学院生活が始まる。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新きたーーーー ありがとうございます♪
[一言] 更新来てた!ありがとうございます。
[一言] ずっとコウジ編のこのテンションの感じはなんだろうと思ってたけど海外の学園モノのドラマだこれ。
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