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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』
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『墓守りバルザックの預かり:行方知れずの行商人』4話


 前にも後ろにも行けないなら、逃げ道は横しかない。右は崖。左は森。


「森に逃げましょう。なるべく臭いを消して」

 自分は腐葉土を手で掴み、自分の身体に塗りながら臭いを馴染ませた。

「この暗闇では、山の主もエルフも視界不良です。私たちを探すなら臭いか音を頼りにしますから」

 里の人たちは理解したのか、ゆっくり音をたてないように藪の中に入り、土だらけになりながら身を潜めた。山の怖さを知っているから状況を理解し、逃げ切るまでが勝負とちゃんとわかっている。

 

 タロベェも荒い呼吸をしながら、「仕事じゃない、仕事じゃない……」と全身を土だらけにしていた。


 なるべく音も出さないようにじっと沢の方を見つめる。


「どこに行ったぁ!」

「山賊たちはカンカンに怒ってるぞ!」

 エルフたちの声が10歩も離れてない場所で聞こえる。エルフは魔法で明かりを灯して、自分たちの姿を晒していた。


 エルフの祖先は森の民だろう。山の主をバカにしているようにしか見えないが、金に目がくらむと行動が愚かになっていくのか。


 ジャリッ……ドシンドシンドシン……。


 沢の方から、岩のように大きな熊が、エルフたちに突進していく。巨大なものが坂道を転がるならまだ理解のしようもあるが、巨大な熊が駆け上っていくことにまるで現実感がなく、夢でも見ているような感覚になった。


 自分がエルフだったら、逃げることなどできず、ただ立ち止まって現実を受け入れようと必死になると思う。

 ただ、エルフたちはしっかり現実を受け止めて、逃げ出していた。


「逃げろ!」


 火炎の玉が巨大な熊を襲っていたが、勢いは止まらない。

 エルフたちは沢を必死で登り、巨大な熊が追いかけていく。


 阿鼻叫喚が遠のいていったのを確認して、里の人たちと一緒に沢を下る。


「魔物に遭ったら、登っちゃダメだ。死ぬ確率で言えば、崖があったら飛び降りるのが正解だ」

 里の老人はそう言って、沢の岸辺を下りていった。


 山にいる魔物は主だけではないので、警戒しながらゆっくりと足元を確認する。険しいところは、子を背負う女性をサポートし、魔物がいそうな窪地は遠回りでも避けた。


「おーい! バルザックさーん!」

 町から助けに来た冒険者の声が聞こえたのは夜が明ける前の薄っすら空が白み始めた頃だった。


「こっちだー!」


 沢の脇にある崖を下りて、手を振った。


「発見したぞー!」


 見つけてくれたのは以前、何度か一緒に依頼を請けた復帰した冒険者の一人だった。続々と冒険者が集まってきた。皆、クーべニアでは知られている冒険者ばかりだ。


「里の人たちがいる。保護を頼む」

「わかりました。ここからは山道を進んでください! もう大丈夫です!」

「16人だ。全員いるか確認をしておいてくれ。タロベェさんという療養所にいた元歩荷の人もいる」

「了解」


 里の人たちを冒険者たちに預けると、少しだけ安心できた。


「日の出とともに療養所を乗り込みますが、職員の人数はわかりますか?」

「6人のはずだったが、自分たちが逃げ出すときには増えていた。全員エルフだ。最後に見た時は、山の主に追われていたから、深追いはしない方がいい」

「ワイルドベアですか?」

 ワイルドベアは一般的な熊の魔物だが、もっと大きい気がする。

「わからないが岩のように大きかった。魔法も効いてないように見えたよ。あれに突進されたら、ひとたまりもない」

「じゃあ、主の方は別口ですね。療養所と里の安全確保を急ぎます」

「療養所から新しい山道ができている。調査をしておいた方がいい」

「海を渡ってきた移民だったら、面倒ですね」


 現在、エルフの国は政権の交代があってかなり荒れていると聞いている。世界樹が燃えて、ハイエルフなどが失墜して20年近く経っているはずだ。エルフが長寿であることも相まって、利権を動かすのは相当大変だろう。


「山賊がエルフの国について話していたから、聞き出せるかもしれない。衛兵たちにも報告しておくよ」

「頼みます」


 冒険者たちも衛兵たちも、何十人も山に入ってくれているようだ。


「お久しぶりです。バルザックさん」

 クーべニアの衛兵隊長がやってきてくれた。

「山にまで駆り出してすまない」

「いえ、クーべニアの安全のためですから。むしろ治安を守るのが仕事なのに、何も知らなかった我々に非がある。明日には王都から治安維持部隊も来て怒られる予定なので、なるべく汗をかいておきます」

「エルフの国までの密輸ルートがあるかもしれないから、山道の調査をお願いします」

「わかりました。よし、皆、バルザックさんの話を聞いたな! 魔物に注意しながら、行くぞ!」


 揃いの鎧を身につけた衛兵隊が山道を駆け上がっていった。


 山道を冒険者たちに守られながら下りていき、クーべニアの町中に入ると冒険者ギルドに案内された。里の人たちのために風呂まで用意してくれていた。


 日が昇り、風呂の湯に頭まで浸かってようやく人心地着いた。


 夜通し歩き疲れてしまっていたので、自分も里の人たちと同じように、用意された部屋で休む。食事も用意されていたが、ミルクだけ貰って眠ってしまった。



 昼頃、身体中どこもかしこも筋肉痛だったが、どうにか回復薬を塗り込んで起き上がる。隣で寝ていたタロベェも笑いながら、回復薬を塗っていた。


「緊張のし過ぎです。身体中がバキバキですよ」

「自分もですよ。動けるだけ、まだいい方だ。飯でも食べに行きましょう。療養所の食事より安全だ」

「そりゃいいや」


 タロベェと一緒に食堂へ行く途中、ギルド職員に呼び止められた。


「療養所にいたエルフの職員以下、里の山賊も全員捕獲しました。現在、山道を調査中とのことですが、東の港町まで続いている可能性があるようです」

「移民の犯罪ということになりますか?」

「そうですね。ただ山の療養所はギルドの施設ですから、移民に寛容なこの国もちゃんと処罰すると思います」


 冒険者ギルドは世界各国にあり連絡を取り合っている。

療養所にいたエルフたちが政権の転覆を狙ったテロリストだったら、エルフの国に引き渡さないといけない。普通に引き渡せば死刑だろう。

このアリスフェイ王国で適切な処罰をされれば、死刑だけは免れるかもしれない。逆に引き渡して無罪放免だと、エルフは他国に行けば犯罪し放題となってしまう。

冒険者ギルドとしても、そんな無法国家に支所を置けない。アリスフェイもエルフの国も冒険者がいなくなれば、魔物が跋扈する国ができあがってしまう。


 国としては落としどころを試されていた。


「そうですか。自分は、元主人と同じように人権さえ守られていれば国に関わるつもりはありません。我々のような者に政治には不向きです」

「そうでしょうか」

「ええ、老いさらばえていくだけですから。それにまだ自分がやるべき依頼が残っておりますから」


 そう言って、ギルド職員から離れ、食堂に入って、生姜焼き定食を頼んだ。

最近は、パンではなく米がついてくることが多くなった。腹持ちもいいので、冒険者には人気だ。


「美味いな!」

 タロベェの口にも合ったようだ。


「それで、タロベェさん……」

 食後のお茶を頂きながら切り出した。

「はい?」

「ハロルドさんのことを教えてもらえませんか。昨日は逃亡中で聞けなかったので……。お知り合いだったんですか?」

「ええ、そうです。俺はよくハロルドさんの荷運びで働かせてもらってたんで、どうして忘れてしまっていたのかわからないのですが……、山道でハロルドさんと聞いて、一気に記憶がよみがえってきてしまって……」

「ゆっくりでいいので落ち着いて話してください」


 タロベェはお茶をぐっと飲んで、話し始めた。


「……あの日、里で仕事を終えたハロルドさんと療養所の近くで合流して、一緒にクーべニアまで帰る途中でした。山は魔物が多いので、冒険者を雇えない時は皆協力しているんです」

 山を歩く者たちのルールみたいなものだろうか。ハロルドさんの荷物を半分背負うことで、小遣い稼ぎにもなっていたという。


「ハロルドさんは、その前からいい仕事を見つけたと喜んでいて、大きな仕事が軌道に乗り始めていたと言ってました。『これからタロベェくんにも仕事が増えるぞ』なんて話をしていて、カーブを曲がってあの崖に辿り着いてしまった……」


 タロベェの目には徐々に涙が溜まっていった。


「崖に何かがいたんですか?」

「あの熊の化け物がこちらを見ていたんです。すぐに『動いてはいけない』と思って二人とも息するのも忘れて立ち止まりました。あの里の老人が言っていたように、崖で遭遇したら崖に向かって飛んだ方が生存率は高い。崖の下に川があるからです。俺は跳ぼうと思ったんですけど、まったく足が動きませんでした。焦っている間に、熊はどんどん近づいてくる……」

 話している間に恐怖で顔が引きつっている。


「突進してくる熊を見て俺は何もできないまま、食われるんだと覚悟した時、ハロルドさんに突き飛ばしてもらって崖から転げ落ちました。ハロルドさんを見たのはそれが最後です」

 タロベェは、過呼吸になりながらも大きく息を吸って吐いていた。


「川に流されて山の麓で発見されたんですけど、何がどうなったのか説明できず、怪我は治ったのに仕事と聞くと身体が動かなくなってしまうようになって……。ハロルドさんが押してくれてなかったら、俺は生きていません」


 ずっと記憶と共に心にも蓋をしていたのか、タロベェは目を開けたままボロボロと涙を流し始めた。


「俺の仕事は、あの日のまま時が止まってしまっているんです」

「以前と同じように仕事をするのは、ハロルドさんに申し訳ないと思っているんですか?」

「そうです。どれだけ頭で言い訳しても、身体は動いてくれません」


 話を聞きながら、自分の仕事はだいたい決まっていた。


「一緒にハロルドさんを捜しに行きませんか?」

「え?」

 タロベェは驚いていた。


「ハロルドさんと仕事をして、もう二年にもなるでしょう? そろそろ、山の仕事を終わらせるにはいい時期です。ちょうど今なら山賊はいませんから」


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