42話
その島に着いたのは夜明け前で、まだ誰も起きていないような時間だった。
島にある港町の名はカリアというそうだ。
町の明かりは消え、町外れにあるその建物にだけ、明かりが点いていた。
建物が海に面していたので、建物の前から上陸。
遠くの桟橋にフラフラとしている人の影が見える。
酔っぱらって酔いつぶれているのだろう。
「俺も酔いつぶれそう…」
すっかり俺は水竜ちゃんのコイバナに酔ってしまって、これ以上、どうしようもない話をされると吐いてしまいそうだった。
水竜ちゃんは600年分の妄想を俺にぶつけてきたんだろう。
かんべんしてほしい。
それもこれも全てレッドドラゴンのせいだ!
アイツが竜の魔石なんて渡すからだ!
絶対説教してやるんだ!
上陸すると、アイルとベルサも「あ、着いた?」などと目をこすりながら起きてきた。
こいつらは、ここに捨てていこう。
俺1人に水竜ちゃんを押し付けやがって!
眠れなかった恨みは重いぞ。
「あ、ちょっと待って」
水竜ちゃんはそう言うと、突然光りだし、少女に変身した。
真っ裸だ。
3人共、驚きすぎて、水竜ちゃんを見たまま固まってしまった。
「あ、これ貸して」
水竜ちゃんは、俺が尻に敷いていたスノウフォックスの毛皮を掴んで、身体に巻きつけた。
改めて、変身した水竜ちゃんを見る。
青く長い髪に、目鼻立ちが整った顔。モデルのように手足が長い。
あれ? これ…犯罪ですか?
気にすると負ける気がする。
雰囲気で押し切ろう。
「よ、よし!あの建物だな!」
「そう!」
俺は、後ろから聞こえる「ギルティ」という声を無視して、水竜ちゃんと建物に向かった。
建物はレンガ造りの洋館で、門から扉までちょっとした小道が通っている。
小道の両脇は芝生で、ほかに何も植えてないようだ。
看板もなければ、店の名前が書いているわけでもない。
ただ、扉の上に、淡い光を放つランプがあった。
俺は再びレッドドラゴンへの怒りを燃やし、扉を開ける。
「いらっしゃ…あれ!?」
受付にいた、スーツを着たオールバックの紳士が、こちらを向いて驚いている。
こんな時間にやってきたのだから、驚きもするか。
受付には料金表のようなものが貼ってあり、1回銀貨1枚などと書いてある。
めちゃくちゃ良心的な店じゃないか!
「ここに、レッドドラゴンが客として、来ているはずだ!」
「それは、そうだ。我眷族になれば、火など容易いぞ。ワッハハハ」という声と女子の笑い声が奥の部屋から聞こえた。
間違いない。
あの声はレッドドラゴンだ!
「失礼する!」
「ちょっ……!!」
紳士の止める声を聞かず、俺は黄色い声がする奥の部屋へと乱入した。
人化の魔法で人型になったイケメン赤髪のレッドドラゴンらしき男が、布面積が少ない服を着た美女たちに囲まれている。
壁際には何故か黒板。レッドドラゴンたちが座っているのは、椅子や机だ。
なるほど。そういうタイプの店か! イメージ的なアレか!
バカ野郎! なんていい店だ!
「おっ! お主は、ワイバーンの洞窟であった冒険者ではないか!?」
レッドドラゴンが、驚いたように、俺に声をかけてきた。
さも、自分は何も悪くないとでも言うように。
「て、てめぇ! レッドドラゴン! おめえの色は何色だぁー! 間違えた、おめえの血の色は何色だぁああっ!!」
「お、落ち着け。どうしたというのだ? なぜ怒っている? ワケを言え、ワケを」
「どうして、こんないい店を俺に言わない!? 何のために、俺はお前に通信袋を渡したと思ってんだ!?」
「いや、しかし、お主はヒューマン族じゃないか…」
「なんだ! 急に差別か! ヒューマン族はこういう店に入らないとでも思ったか! 俺なんかなぁ、俺なんか……グスッ、ムッキムキのオークみたいな女が脱いだ服の匂いでムラムラしちゃったりしてるっていうのに……」
「誰が、ムッキムキのオークだって?」
アイルの回し蹴りが、俺の左頬にクリーンヒット。
俺は黒板側の壁までふっとばされた。
ひどいっ!歪んだ顔が、さらに歪んだ気がする。
「そうじゃない」
ベルサが部屋に入ってくる。
「いいか、この部屋で、もっとも重要なことは、竜種が人化の魔法を使った際、性器はどのように変化したのか、だ。よし、そこのレッドドラゴンの人、ちょっと脱いで見せてもらおうか。水竜ちゃんもこっちに来て…」
「「そうじゃない!」」
アイルと水竜ちゃんのツッコミが入る。
「いいか、この部屋で、もっとも重要なのは、誰が一番強いかってことだ! さあ、おっぱじめようぜ! 竜とヒューマン族の戦争だぁ!!」
「そうじゃない!」
アイルにツッコミを入れる水竜ちゃん。
「あ、水竜の姉御、いったいこれはどういうことですか!?」
「どうして、私という彼女がいながら、こんな店に出入りしてるかってこと!」
「はぁっ!? いったい何の話だ?」
「私は怒ってるってこと!」
水竜ちゃんが、魔力を解放し、竜へと変化しようとした時、受付にいた紳士が部屋に入ってきた。
「待ちねいっ! この教室で、竜に変化することは禁じられている!」
そう言うと、紳士は水竜ちゃんの肩を掴み、魔力を吸い上げた。
水竜ちゃんは、がっくりと肩を落とし、意識を失った。
「まったく、相変わらず、思い込みの激しいお嬢ちゃんだ」
紳士が水竜ちゃんを抱え、部屋を出ていこうとする。
「黒竜さん! どういうことですか?」
レッドドラゴンが紳士に聞く。
「「「黒竜!?」」」
俺と、アイル、ベルサが同時に声を上げた。
「ちょっと待ってろ。水竜を庭に置いてくるから。建物の中で、元の姿に戻られたら、面倒だ」
そう言って黒竜と呼ばれた男は、水竜ちゃんを運びだした。
「レッドドラゴン、ここはいったいなんの店だ?」
「ここは黒竜さんの塾だよ」
レッドドラゴンの言葉に目が点になった俺は、急に疲れと眠気で意識を失いそうになった。