『遥か彼方の声を聴きながら……』余話
校舎がゼット先生によって一瞬で建てられたアリスポートの総合学院だったが、未だ机や椅子が揃わず、学生たちの寝床も避難所のベッドを使っていた。鍛冶場は動いていて、鍛冶屋連合とセスさんが連れてきた船大工たちが急ピッチで家具を作り続けていた。
食事はほとんどバーベキューだし、風呂は水道工事のため、避難所にあったものも撤去され、今は城下町の銭湯を使わせてもらっている。新しい校長のベルベ先生が王に交渉してくれたらしい。
今でも世界樹はほとんどそのままの状態で、シェムとアーリム先生がダンジョンを作り続けている最中だ。授業は再開しているものと植物学、ダンジョン学など再開のめども立っていないものと半々くらい。
俺はというと、南半球の世界樹からやってきたドワーフの皆さんと、今や王都の空に伸びてしまった世界樹の枝を切り出しているところ。
「お疲れ様です」
丸太を担いできてダンジョン予定地の近くにある木材置き場に行くと、ゲンズブールさんがリストを作っていた。ダンジョンに使う丸太と、建材として売る丸太を分けている。
何が起こってもタダで起きない。木くずですら、お香に使えると家庭科の授業を取っている学生たちが袋を作って、『世界樹の香り』を売っている。
「アイルさんが切ってくれればいいんですけどね……」
「町の建物に落ちたら被害額を払えないだろ。それより、こっちの方が学院のお金も増えるし、外部の事務員さんも雇える」
今は事務局も混乱している。校長側にいた魔族たちが全員逮捕されて、仕事と言えるようなことは何もできていない。ゲンズブールさんやアグリッパさんが学生との間を取り持ち、運営もベルベ先生と一緒に全て決めていた。
冒険者ギルドからもアイリーンさんたちなどの職員さんが応援に来ていて、全ての書類を用意していた。
「コムロカンパニーが絡むと、各国が前のめりになるから、断らないと勝手に来てしまう使節団なんかも出てきてしまうからね」
未だに親父の会社が、どうしてそんな人気なのかわからない。清掃駆除業者と言いながら、いろいろ手広くやっているからだろう。
「コウジは正月はどうするんだ?」
ゲンズブールさんが聞いてきた。
「どうするんでしょうね。試験とかは、いいんですか」
「いいだろう。校舎がこうなってるんだから、それどころじゃない」
「文化祭の優秀賞とかは……」
「それに関しては今やってるところだ」
「え? 実は文化祭ってまだ続いてるんですか?」
「そりゃそうさ。終われないだろ。魔道連合やラジオ局、シェムとコウジは別枠だろうけどな」
「そうなんですかね」
自分がやったことと言えば、ダンジョンが崩壊していくのをどうにか世界樹へ変えたことだ。一番大きなものを作ったと言えば、聞こえはいいがいろんな大人に迷惑をかけてしまっている。
「まだ、自分のやったことに実感がないか。コウジが学生たちも王都も救ったんだぞ。少しくらい誇っていい」
「そうっすかね」
ちょっと胸を張ってみた。まぁ、誇ったところで腹は膨れないし、別に面白くもない。
「自信を持って行動しろってことだ」
「それほど、人の社会がわかってはいないので、自信は持てませんよ。その場にいただけのような気もします」
「コウジ、お前は自分ではわからないかもしれないけど、人を変える力があるんだぜ」
ゲンズブールさんが、リストを置いて正面を向いた。
「それは誰にでもあるんじゃ……」
今でも誰かが誰かの人生を変え続けている。別に俺に限った話じゃない。
善人を見れば、こういう人になればいいのかと思うし、悪人を見れば、こうはならないと思う。善悪の判断は人それぞれで違う。
「人が集まれば注目される人物というのは必ずいるし、良くも悪くも他人に影響を与えてしまうものだ。それを忘れないでおいてくれ」
「わかりました」
正直、この時の俺には、ただ、見てくれている人がいるということだけしかわからなかった。
ただ、ゲンズブールさんは笑いながら頷いていた。
「ゲンズブールさんは年末年始はどうするんですか?」
俺は話題を変えた。
「年末は就職活動かな」
ゲンズブールさんなら引く手あまただろう。
「どうも俺が考えているような職種が今のところなくて、いろいろと手を回してもらっててな。どうにか魔族の国で新しいことができるかもしれないから、行こうかと思っているんだ」
「へぇ。いいですね」
「コウジは行ったことがあるんだろう?」
「ええ。子どもの頃はよく行ってましたね」
実家からもそれほど遠くない。
「魔族って、皆、ゴズみたいな感じなのか?」
「いや、種族によってまるっきり考え方とかも違いますね。でも、姿かたちは違うのに共通している部分もあるし」
「多様性があるってことか?」
「そうです。多様性は重んじてますね。それぞれの種族で得意なことは違いますから」
「なるほどなぁ。コウジは実家に帰るのか?」
「一応その予定ですけど……、本当言うと、普通の人がどんな年末年始を過ごしているのか見たいんですよね」
「コムロ家は普通じゃないのか」
「母親のお茶屋で店番していることが多くて」
「忙しい人たちは、一番のかきいれ時だからなぁ。まぁ、エディバラに来ることがあったら教えてくれ」
「ゲンズブールさんって魔法国の出身だったんですか?」
「言ってなかったか。俺は魔道具師の息子だ。魔力反発の体質のせいで跡は継げないから、他の能力を身につけるしかなかったんだよ」
ゲンズブールさんが、どうして化け物染みているのか少しわかった気がする。
「おーい! サボってないで仕事しな!」
メリッサ隊長に言われ、俺もゲンズブールさんも仕事に戻った。
期末試験が終わり、年末最後の日、文化祭の優勝と優秀者が発表された。
優勝は元あった植物園を改造して広くしたマフシュが、優秀者は塔の魔女たちがそれぞれ取った。俺とシェム、ダイトキは特別功労賞となった。
その後、食事会という名の年末大宴会に突入していく。
俺がルームメイトたちと大きな鳥の丸焼きを毟りながら食べていたら、ゲンズブールさんがやってきた。
「これもこの学院の年送りの一種だと思って受け取ってくれ」
「なんです?」
脂でギトギトの手を拭きながら立ち上がると、ゲンズブールさんが特待十生のカードを渡してきた。
「俺が卒業すると、ひと枠空くんだ。これをコウジに託す。皆、異論はないはずだ」
ゲンズブールさんがそう言うと、食堂が静まり返り、学生たちがこちらに目を向けた。さすがの俺もこの学院で特待十生がどういうものなのか知っている。
「いいんですか? 俺なんかで」
俺が知らないだけで先輩の中でも優秀な人はいっぱいいるはずだ。
「他を探す方が難しいだろう」
「では、受け取らせていただきます」
俺は両手で特待十生のカードを受け取った。
食堂中にいる学生たちが拍手をしてくれた。
「ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします!」
未だに俺は図書館の椅子で寝ているゲンズブールさんが、この学院からいなくなるということが信じられないでいる。




