『遥か彼方の声を聞きながら……』24話:魔力の波に乗って……
「おい、なんだよ、あれ?」
瓦礫を運んでいたグイルが空を見上げた。
俺たち学生は治療後に、町に散らばった学院の瓦礫を片付けているところだった。
世界樹ことプラナスは、2日経った今もダンジョンコアによってぐんぐんと伸びている。そもそもダンジョンが崩壊するのは数百年ぶりで、ダンジョンコアが融合するのは史上初のことらしく、コムロカンパニーが対応することになった。清掃駆除業者のはずだが、何屋なのかはわからない。
門だけしかなくなった総合学院だが、学生たちは森の中にある避難所に住んでいる。
「何か飛んできたか?」
異常事態につき、アリスフェイ王国は緊急事態宣言を発令。各国の支援が空からやってきている。魔族領の空軍や北極大陸からの研究者たち、アリスフェイ各地から竜の乗合馬車に乗ってやってきた学生の親たちで王都の空は交通量が激しい。
基本的に危険なので部外者は立ち入り禁止になっているが、それを知らずに学生を助けようとする者たちもいる。
「ここは我らの学び舎です。怪我人の治療は終わっていますし、再建についても然るべき対処をしている最中ですのでお引き取りを。あなた方が騒ぐと我々学生の学ぶ機会を奪う行為と見なします」
門の外から貴族連合の学生が対応をしている声が聞こえてくる。彼らも自分たちの親が来ることを望んでいない。
またどこかの部外者がやってきたのをグイルが見ているのだろうと、空を見上げると、ゼット先生が竜に囲まれて飛んできていた。
「なんで!?」
「誰? 知り合い?」
俺たちと同じように瓦礫を運んでいたウインクが聞いてきた。
「俺が前いた学校の先生だ。話はよく聞かないこと、1000年以上生きてる竜のタイムスケールと俺たちは同じ時間の流れの中にいないから」
ゼット先生の話は長い。しかも本人が話を引き延ばしていると思っていないから堪ったものではない。
「ただ、ゼット先生は目が見えないから、なるべく静かに移動しよう」
「でも、こっちを見てるよ」
ミストが空を見上げていた。
「いいか? 気づかなかったことにして、とっととテントの方に行こう」
俺は瓦礫を門の側に置いて、避難所のテントの方へと走り始めた。
「おおっ! これが人間の学校か? おや、悪ガキの臭いがするなぁ!」
背中から風が吹いてきた。振り返ってはいけない。
「コウジ! 息災か?」
「はい、息災でーす!」
全速力で離れなければ、掴まえられる。
「む、竜の姿では、衆目を集めてしまうか?」
ゼット先生が人化の魔法を使っているうちに、魔力を消さないと見つかる。でも、全速力を出さないと逃げられない。
迷っているうちに、地面が盛り上がりバネのように飛び出した。あの爺、また変な魔法を作りやがった。
俺は空中に跳ね上げられながら、どこかに掴む物ないか探した。
ガシッ。
俺が掴むはずが、黒いローブ姿の老人になったゼット先生に首根っこを掴まれていた。人の姿になっても見上げるほど大きい。
目をつぶっていても、鋭い嗅覚と鈍らない聴覚、さらに魔力感知能力の高さで、姿かたちよりも多くのものを見通してしまう。
「お、お久しぶりです」
「随分と暴れておるようだな」
「いえ、自分なんて何も……」
「噂は南半球まで聞こえとる。この小僧は、こちらでラジオばかり聞いていないか?」
ゼット先生は、グイルたちに聞いていた。
「聞いてます。というか、ラジオ局を作りました」
「コウジはラジオ局の局長です」
「本業はラジオで学生は副業だと言っていました」
局員たちは、正直に話してしまっていた。
「どうして本当のことを言うんだよ」
「コウジ、お前はラジオを仕事にできると考えているのか!?」
ゼット先生を連れて来た竜の先生たちが、聞いてきた。
「そうです! いけませんか!?」
ゼット先生は白い眼で俺を見てきた。
俺が真剣かどうか見ている。俺もラジオに関しては本気だ。
「ガッハッハ! なんでもやってみているということか。よい、よい、人の一生は短い。面白く生きよ」
ゼット先生はそう言って、俺を地面にぶん投げた。竜というのはバカヂカラだけはある。
「さて、社長に呼ばれとる。案内せい」
「社長というのは、誰です?」
尻についた土埃を払いながら、聞いた。
「我が社の社長だ」
「我が社って? 竜の会社なんてあるんですか?」
「言ってなかったか? 我はコムロカンパニーの社員だぞ」
「え!? 嘘でしょう!?」
「いや、本当だ。ほら、上司が……」
ゼット先生が頭を上げた先を見ると、ベルサさんが手を上げてこちらに向かってきた。アーリム先生とシェムと共にダンジョンコアの調査をしていたはずだが、いつの間にか下りてきたらしい。
「悪いね。南半球から長旅だったろう?」
「いや、構わん。卒業生たちの様子も見ねばならなかったから、ちょうどよかったのだ」
「あ、コウジも一緒にいるなら、ちょっと手伝って。学院を再建するから」
「そんな買い物でも済ますみたいに。学院を再建するには時間がかかりますよ」
「いや、夕飯前には済ませる。すまないが、竜たちも森への移動を頼む」
ベルサさんに言われて、ゼット先生を連れて来た竜の先生たちは森へと向かった。
「こちらです」
「避難所に回復薬があるので、羽などに傷があれば使ってください」
「食事をしたければ奥へ、お風呂がよければ森の中央に男女別でありますからお使いください」
ラジオ局員たちが案内している。なぜか状況順応能力が高い。
「あれはコウジの友達か? コウジに鍛えられているなぁ」
ゼット先生が局員たちの方を向いた。
「俺が鍛えたわけではなく、彼らは自ら強くなったんですよ」
「人は近くにいる者によって人生が変わる。いい仲間を持ったな」
ベルサさんは確信するように言った。
ダンジョンコアのある世界樹は、森と校舎があった瓦礫の山の間に聳え立っている。
幹を登ろうとしたら、ベルサさんに止められた。
「登らなくてもいい。こっちに入口を作ったから」
そう言われて、ついていくと壁のような幹に、ドアノブがついていた。
ガチャ。
開けると、さらに引き扉がある。
ガラガラと開けて中に入った。
「昇降機を付けたんだ。ダンジョンコアはわかっている者が使うと本当に便利だな」
ベルサさんが扉を閉めると、ゆっくり部屋が動き出した。
次に扉を開けると、そこは一瞬だけ見た校長室になっている。本などは実際にはなくただの模様だとか。
アーリム先生とシェムが、寝泊りしているので、寝袋が二つ窓際にかけられている。窓は今のところなさそうだが、雰囲気だろう。
部屋の中央にはダンジョンコアが球体の形で浮かんでいる。
アーリム先生とシェムは、ノートに魔法陣を描いていた。集中しているからか、こちらに気づいていないらしい。
「はい。これ、模型ね」
ベルサさんはゼット先生に、前に建っていた校舎の模型を触らせていた。かなり精巧に作られているようで、窓やベランダの柵まで再現されている。
「おう。これかぁ。ちと、扉が小さくないか?」
ゼット先生は手で模型を丹念に触りながら、ぶつぶつと言い始めた。
「おい、コウジ」
「はい!」
唐突にゼット先生に呼ばれた。
「この塔の内装はどうなっている?」
魔女の塔を触りながらゼット先生が聞いてきた。
「扇形に部屋割りをしているんです。だから、窓一つに対して、一部屋です」
「こちらの塔は?」
「二階部分が図書館ですね」
「もしかして、建物の方も細かく部屋に分かれているのか?」
「ええ、教室と呼ばれていくつもの座学専用の部屋になっています。こちらは道場になっていて、下の階は食堂なので広く、厨房もかなり広いです」
「ここが厨房の裏口か。なるほど考えられているな」
ゼット先生は細かい造形を確かめながら、入念に触っていた。何をするのだろうか。
「ああ、ちょっとコウジ。来てたの。こっちも手伝って」
俺に気づいたアーリム先生が俺を呼んだ。
「なんです?」
「この世界樹はこのままにしておけないから、根を張っている地下にダンジョンを作るんだけど、ダンジョンに潜ってたんでしょ?」
「ええ、まぁ」
「どうしたらいいか意見をちょうだい」
「どうしたらって……。俺は10階層まで行ってたし、特に問題があるようには思えませんでしたけど……?」
作った張本人であるベルサさんもいるので、それほど棘のあることは言えない。
「私に構わずに言っていいよ。そもそもダンジョンはいずれ学生たちが自分たちで運用すればいいと思ってたんだし」
ベルサさんは椅子に座って、南半球で働いていたはずのウーピー団長と通信袋を通して会話をしていた。
「なら……、学生たちにとっては、4階層以降は意味ないかもしれないです。上級生でも3階層より先の階層に行けてなかったようですから」
パサッ。
ベルサさんが通信袋を落としていた。俺の言ったことが衝撃的だったのか。
「そう考えると、4階層以降の環境が無駄になるわ」
「行ける人は行けるから、もったいないとは思うんですけどね」
シェムもそう言っていたが、正直、素材調達のために潜っている自分としては面倒ではある。
「階層別で入口を3つくらい用意してもらえると助かるんですけど……」
「ああ、それいいわね! 学生たちが使えない階層は確かに意味がないのよね。試験を設ければいいんだし」
「そっちの方がメンテナンスもしやすいですし、いいですね」
アーリム先生とシェムが決めてしまった。
「では、地下の牧場は閉鎖でいいのか?」
「ええ、構いません。むしろ農場にした方がいいかと」
アーリム先生がベルサさんに言っていた。
「森の下に農場か。それも悪くないか……」
ベルサさんはそうつぶやいてから、通信袋で誰かと会話をし始めた。
「それから、世界樹の跡地なんだけど、どうするのか考えているのだけれど……」
「また遺跡のようにするか。それとも塔にするか。どちらにせよ。ほとんど、入口としてしか残らないはずなんだけどね」
「入口を増やすなら、塔のようにして、救護班を待機できるようにするのはどうです? 単純に怪我人を動かさないようにベッドを設置できるようにするとか、冒険者ギルドのように記録を残せるようにするのもいいと思います」
俺がそう言うと、二人とも少し溜息を吐いていた。
「な、なんですか?」
「そうね。ダンジョンの外側の方が大事よね」
「私たちはダンジョンの中身ばかり考えていて、準備がどうとかは全く考えてなかったから、今納得しているところなの。視野が広いというか……」
なぜか悪いことをしたような気がする。
「おい、あまり二人の天才を呆れさせるなよ」
ベルサさんに注意された。
「すみません」
「親父に似て来たな」
ゼット先生にそう言われると、なんだか本当に悪いことをしたようだ。
「そう、落ち込むな。そういう者も必要だ。とりあえず上物だけ再現してしまおう。内装に関しては手を入れてくれ」
ゼット先生に励まされながら、俺は昇降機に乗せられた。
「はい? どういうことですか?」
「そうか。竜の学校がどうやって建てられたのか知らない世代か」
ベルサさんも後から昇降機に乗ってきた。
「また、あとで」
ベルサさんはアーリム先生に言って、昇降機を下ろした。
世界樹から出ると、ベルサさんは校舎の跡地から人を退かせた。
「しばらく、入れなくなるから、瓦礫はその辺に置いて!」
「コウジは、正面門のところに行って立っていてくれ。お主の魔力なら我もわかりやすいから」
ゼット先生に指示され、俺は門の真下に立った。
振り返ると、瓦礫が積まれた景色の向こうで、ゼット先生とベルサさんが手を上げていた。俺も手を上げて合図を返す。
ズル……。
目の前に積まれた瓦礫が動いたように見えた。
ズルズル……。
いや、明らかに動いていると思ったら、まるで樹木が勢いよくのびるように、校舎の壁が空に向かって伸び、屋根がバラバラと音を立てながら積み重なっていった。
ギュー……ポンッ!
窓や扉の装飾が施され、穴が空いていく。
土魔法のスキルだとか、建築スキルなどというレベルを遥かに超越している。柱を見れば、継ぎ目はなく瓦礫から作ったとは到底思えない。
ベランダには柵が出来て、先日まであった柵よりも豪華な竜の装飾が施されていた。雨どいのガーゴイルまで再現していた。
バラバラバラ……。
塀も元あったものよりも頑強なデザインが施されている。
見る間に元あった校舎が再現された。
「よーし、中に入って確かめてくれー!」
校舎の向こうからベルサさんの声がする。家具も扉もなければ聞こえるものだ。
中に入ると階段から柱の形状、アリスフェイの紋章まで完璧に再現されている。手すりの装飾は以前よりも細かい。
「地下はあるのだろう?」
呆気に取られて玄関ホールを見上げていたら、ゼット先生に声をかけられた。
「ああ、はい……。あの、これはどうやったんですか?」
「引きこもっていた時期にちょっとな……」
そう言って、地下へ続く階段を下りていった。
「まだ北半球と南半球が分かれていた時代にゼットが世界樹の下で、1000年の孤独を埋めるために生まれた技術だ。誰にも真似などできやしない。ましてスキルなどでは及ばぬ領域さ」
ベルサさんが小声で教えてくれた。
「説明するのに時間はかかるが聞くか。どれだけかいつまんでも100年ほどはかかるぞ」
「いえ、結構です」
ほとんど日の光など入らなかった地下にも、通気口の穴から日差しが差し込んでいる。
「……。本当に感動して驚いているときは言葉も出ませんね」
「こんなことで感動してないで大浴場と植物園の場所を教えてくれ」
「わかりました」
結局、ゼット先生に任せればいいということがわかり、大浴場も植物園も作ってもらった。教室は完璧に出来ていたし、天井裏の通気口まで仕上がっていた。背の高い者でも行き来できるようになっているくらいだ。
「無駄なスペースが多い建物だな。必要に応じて作り変えやすいようにはしておいた。あとは……」
「大丈夫。扉や窓に関しては、うちの若いのに頼んである」
ベルサさんがそう言って空を見上げると、タイミングよく竜の乗合馬車に乗ったセスさんが誰かを連れてやってきた。
「うちの船大工たちを連れてきました!」
工具を持った職人たちが中庭に降り立った。
続いて東の空からメルモさんが竜の乗合馬車でやってきた。
「絨毯とカーテンは用意できました! ガラス窓は南半球からセーラさんが持ってくるそうです」
メルモさんは巻き尺と絨毯を抱えた生地屋を呼んできたらしい。
出来上がった校舎を見に、大勢の学生たちが森の端で今か今かと待っていた。
「じゃあ、内装の確認を頼むよ! ドアと窓、家具はないから要望をセスまで言ってくれ!」
「蝶番や窓枠などは鍛冶屋連合がやりますんで、お願いします!」
ゲンローがセスさんに交渉していた。
「おう。学生たちも協力してくれるそうだから、皆、しっかり仕事を見せるようにな! プロ顔負けだって話だ」
「炉はあるのかい?」
「あります!」
セスさんが連れて来た船大工たちと、鍛冶屋連合が校舎再建に向けて動き始めた。
「ほら、私たちも自分のことばっかりやってないで植物園のために動くんだよ!」
マフシュが禁煙用のパイプをくわえながら、薬師の学生たちに号令をかけていた。
レビィと料理人たちは、2日前からずっと皆の料理を作っている。
「おおっ! 仮の校舎というわけではなく、ものの数秒で本当に建ったのか」
「マジかよ。元の校舎よりも立派だぜ」
「道場はどうなってるんだ?」
買い出しに出かけたゲンズブールに、ドーゴエ、ゴズが出来たばかりの校舎を見上げていた。馬車の荷台には本がぎっしり詰まっている。
「教育の現場に本もないと困るだろうと思ってね」
「高かったんじゃないですか?」
真新しい本が多い。
「金は回るものだから仕方ないさ。ラジオショップがあれば、すぐに回ってくるだろ?」
「まぁ、確かに。ラジオだけは残ってますからね」
ラジオの送信機が付いたバルーンは今も空を飛んでいる。世界樹が成長する総合学院の様子も逐一、王都には流れていた。
見上げた先から、再び空から誰かがやってくるのが見えた。しかもすごいスピードで飛んできている。
空に突風が吹いて、送信機のバルーンが飛ばされそうになっていた。
「やあ、立派な学院が建ったじゃないか」
アイルさんが落下してきた。
「へぇ。ここがコウジの学び舎かい?」
続いてメリッサ隊長が、空から下りてきた。その後、続々と世界樹の管理者たちが下りてくる。
「メリッサ隊長!?」
「うちのバイトが緊急事態だっていうもんだから来てみれば、随分大きなものを作ったもんだね」
「世界樹の専門家たちを連れて来た。これで木材には困らないだろ?」
アイルさんは胸を張っていた。
「適度に剪定しなくちゃ、伸び続けるよ」
「ダンジョンを作るにはちょっと木材が多すぎるねぇ」
ドワーフの皆さんは、南半球からやってきたというのに元気そうだ。
「明日には成長も止まるはずだから、今日はゆっくり休んで。枝の切り出しから頼むよ」
ベルサさんに言われて、メリッサ隊長たちは「ああ、わかった」と返事をしていた。
「ところで随分、いい匂いがしているね」
「コウジ、風呂はどこだい? あ、こっちだね」
世界樹の管理者たちは俺が案内する前に、学生たちに聞きながら森の奥へと向かっていった。鼻が利くのだろう。
皆、それぞれ動き出していた。
それを見ながら、どうにも気がかりなことがある。
「俺がこんな大きなものを作っちゃったばっかりに申し訳ないんですが……、うちの親父って何をしてるんですかね?」
近くにいたアイルさんとベルサさんに聞いてみた。
「「へ!?」」
アイルさんもベルサさんも不思議そうな顔で俺を見た。
「いや、だってコムロカンパニーの皆さんが、総合学院の再建に向けていろんな人を呼んで連れて来ているっていうのに、親父は避難所を作ってから一向に姿が見えないんで何をしているのかと思って……」
俺がそう言うと、アイルさんもベルサさんも顔を見合わせて笑い始めた。
「そうか。コウジには、ナオキが何をやっているのかわからないよな!」
「子どもにも理解されていないのか! まぁ、仕方ない。大丈夫だ。コウジ。お前の親父はしっかり一番面倒な仕事をやっているよ」
「そうなんですか?」
「ああ、私たちも初めのうちはナオキが何をやっているのかわからなかった」
「結果だけ見れば、それをしないとどうにもならないということばかりだ」
「本当ですか?」
「本当さ。私たちは目立っているから、立派に仕事をしているように見えるかもしれないが、コムロカンパニーの社長は自ら目立とうとはせずに、淡々と自分の役割を全うしているよ」
「今だって、学生たちが最も必要なものを調達している最中だ」
そう言われてもピンとこない。学生が必要な本はすでにゲンズブールさんたちが買ってきていたし、机や椅子も船大工さんたちと鍛冶屋連合が作るだろう。
他に何が必要なのか。
「本当かな?」
腕を組んで考えていたら、親父がのん気に箒をたくさん担いで門から入ってきた。
「箒か!?」
「おお、校舎ができると元に戻った気がするなぁ」
「学生に必要なものって箒ですか?」
俺はアイルさんとベルサさんに聞いた。
「そこの金物屋で安かったから、たくさん買っちゃった」
親父はどこまでも気が抜けている。とてもじゃないが世界的に有名だというコムロカンパニーの社長と言われても信用できない。皆が仕事をしているっていうのに、これじゃ、まるでただの変人だ。
「おい、変人! コウジが、親父は何の仕事してるのかわからないって悩んでいるぞ」
ベルサさんが親父に言っていた。
「え? 何って清掃駆除業者だよ」
「そうじゃなくて、コムロカンパニーの皆は人を連れて来て仕事をしてるのに、ナオキは何をやっていたんだってさ」
「ああ、いろんなところに行って、頭下げて来たんだ。大したことはしてない。そのうちわかるし、2、3日もすれば届く。そんなことよりもゼットさんの建築を見たか?」
「見た見た! 目ん玉飛び出るかと思ったよ! ゼット先生があんなことできるとは知らなかった!」
「竜の学校もああやって建てたんだぞ」
「そうなの!? コムロカンパニーの社員っていうのも知らなかったし!」
「ゼットさんは初日で仕事を見つけちゃったからな。世界樹に順応しちゃったんだ」
そんな風に、親父は自分の仕事についてはぐらかしていた。
後日、総合学院の校長にベルベ先生が就任することになり、新しい魔法学の教師に魔法国・エディバラから壮年の女性魔法使いがやってきた。ダンジョン学の教師には、長年ダンジョンを経営しているマルケスさんが就任。定期的に竜の乗合馬車に乗って総合学院までやってきてくれることになった。
教室には黒板が置かれ、火の国から大量のノートと筆記用具が届いた。
そのすべてに親父が絡んでいるらしい。
確かに、人は場所と本さえあれば学ぶというわけではないのかもしれない。
自分で学ぶための道具と、誰から学ぶかも重要だ。
なによりベルサさんが言ったように「人は近くにいる者によって人生が変わる」のだろう。
校舎ができた翌日、世界樹の成長は止まり、俺はメリッサ隊長たちと共に枝葉を切り始めた。
『さあ、今日も始まりました! 総合学院からお送りするラジオの時間でーす!』
ウインクの声がする。イヤホンをしなくても聞こえるのがいいところだ。
遥か彼方の声を聞きながら、カミキリムシの魔物を駆除していた頃とは大違い。
「ラジオも悪くないねぇ」
メリッサ隊長も気に入ってくれたようだ。
「でしょう!」
ラジオは今日も魔力の波に乗って、王都に届く。