『遥か彼方の声を聞きながら……』23話:見てきたのは、夢か、あの日々か
落とし穴の先には3階層があり、さらに下の階層へと向かった。
ダンジョンのどの部屋も暑く、空調が効いていない。
「こっちのダンジョンコアが異常をきたしてるのよ。低階層のモンスターも現れなくなったし、実体のある魔物だけが逃げてるわ」
メルモさんは説明しながら、壁を殴って通路を開けていた。回り道が面倒なのだとか。
「なんでこのダンジョンには実体のある魔物がいるんですか。俺が入った時はモンスターしかいませんでしたよ」
「それ低階層だけでしょ。中階層の一部は養殖場になっていてね。学院の地下に裏口もあって牧場になってるのよ」
「え? この学院に牧場があるんですか? 魔物の飼育学の授業もないんですよ」
「人間が食べる用の魔物じゃなくて、植物の肥料用だったり、深階層のモンスターの動きが鈍くならないように時々餌を入れているの。本当は、モンスターだけじゃなくてすべて実体のある魔物と植物で埋め尽くそうと計画していたんだけどね」
「失敗したんですか?」
「たぶん、その秘密を知っている校長が牧場にいる魔物たちに感情移入したみたいね。人化の魔法で化けている魔族も古くから雇っているみたいだし……」
「魔族と魔物の違いって、スキルを持っているかどうかで分けられていたんじゃなかったんですか?」
親父からはそう聞いていた。
「その通りよ。知能があり、生得的でないスキルを取れれば魔族ということになっているわ。ただ、飼い主が無理やりスキルを取らせたような魔物も出てきてしまってね。結局、コミュニケーションが取れるとか、人間の生活に過剰な危害を加えないとか、条件が必要になってきたの」
メルモさんは説明しながら、どんどん階段を下りていく。
「ほら、ちんたらしてないで逃げな! 巻き込まれるよ!」
中階層で避難している魔物たちをダンジョンから追い出していた。
「コウジくんもちょっと剣でお尻を叩いてあげて」
「了解です」
4、5階にいる魔物たちをどんどん上の階層へと追い出していく。ただ部屋からなかなか出ようとしない。モンスターではないのに、動きが規定されてしまっているようだ。
「これが養殖の難しいところね。育った環境にしか適応できない」
結局、大きなトカゲや角の長い鹿の魔物を上の階層にぶん投げて、無理やり逃がしていった。
「さて、もう一階層潜るよ」
「はい」
おそらく6階層への階段を下りようとしたら、メルモさんが大きく溜息を吐いた。
「はぁ、ここまできてるか」
「え? うわぁ……」
メルモさんの身体越しに先を見ると、広大な空間にねじれて尖った山が出来上がっていた。壁際には溶岩が垂れていたり、水路から水がドバドバと流れている。
ダンジョン内は亜空間。現実に学院の地下にある空間ではないので、どこまでも空間を広げられるが、向こうの壁がほとんど見えない。
「なんですか、これは!?」
「ダンジョンが崩壊していく様よ。最下層にあったダンジョンコアがすべての部屋を巻き込んで回転しながら上昇しているの。どうしてこうなっているのかは、はっきりわからないけど、たぶん外にできたダンジョンと引き合っているのね。ダンジョンに二つもダンジョンコアはあってはいけないのよ」
「古いダンジョンが崩壊していっているということですか」
「そうね。本当に今どきの学生はすごいね。歴史上でダンジョンコアなんて作れたのは、古代ドワーフ族だけよ」
「シェムさんは天才なんです」
「そのようね。さて、どうしようか。あのねじれた山、どんどん尖っていくけど……」
巨大な空間の中心にねじれた山がある。その山に向かってどんどん壁が剥がれ、引き寄せられるように吹き飛んで吸収されていく。山の周囲を見れば、溶岩と水がぶつかり合って煙が立ち上っていた。
「ダンジョンが地上に到達する前に、ダンジョンコアを壊すしか……」
「あ、やっぱりそう? 私もそうする他に、被害を止める手段はないんじゃないかと思ってコウジくんを連れて来たの」
山を注意深く見ると、魔物や植物が燃えていたり凍っていたりしている。しかもそれが幾重にも層になっていた。
「ダンジョンコアってどうやって破壊するんですか?」
「さあ? でも、空間ナイフなら表面くらいは傷つけられるかも。コウジくんは使える?」
「一応、親父に習いましたから……」
空間ナイフは空間魔法を破るナイフで、親父は精霊から学んだと言っていたが、本当かどうかはあやしい。
「大丈夫。私たちができなければ、学生と文化祭に来たお客が死ぬだけだから」
「責任重大じゃないですか」
「私なんて、もうこの時点でベルサさんからこっぴどく叱られるんだから、学院の皆には運が悪かったと思ってもらいましょう」
メルモさんは変な諦め方をしていた。
「さ、急ぎましょう。さっきより回転スピードが上がっている気がするわ」
メルモさんは先が崩れてしまっている階段からポーンと飛び出した。
俺もそれに続く。
俺の脚力が足りなくて、一瞬山から落ちそうになった。咄嗟に剣を突きさして一気に汗が噴き出す。何かを掴もうと手を伸ばした。
パシッ!
メルモさんが手を掴んでくれていた。
「壁が飛んでくるから気をつけて。常時、魔力展開するように!」
「はい!」
世界樹でも緊急時しかしない通信シールと耳栓を渡された。すぐにシールを首元に張り、耳栓をする。生きている魔物もいて、山からどうにか離れようと暴れまわっていた。
俺たちはそういう飛んでいる魔物を足場にして、山頂目指して駆けあがった。魔物の魔力に反発力を加えれば、距離を稼げる。
「それ、どうやってやってるの?」
メルモさんに聞かれた。
「相手の魔力に干渉して性質変化をしているだけですよ」
「つまり、同調と性質変化を同時にやってるってこと?」
「ええ、その方が楽ですよ。どうせ、この魔物たちの魔力はダンジョンコアに吸収されるんで使っておいた方がよくないですか?」
「いや、そうだけど……。世界樹では普通なの?」
「わからないです。俺が仕事をサボるために見つけた使い方なんで。自分の魔力を使うと疲れるじゃないですか」
そう言うと、メルモさんは肩を揺らして笑っていた。
「ナオキさん、そっくりね!」
「そうですか?」
「死地にいるのに緊張しないというか、ピンチになればなるほど頭が柔らかくなる感じ」
「自分ではわからないですけど」
ボゴッ!
大きな岩が頭上から降ってくる。一つではなく、いくつも大岩がひゅんひゅんと耳元を通り過ぎていく。また一つ、階層が壊れたらしい。
「ちょっと急がないと厳しいかも」
メルモさんはアイテム鞄からメイスを取り出した。
「乗って」
「は、はい」
メイスの先に俺は飛び乗った。
そのまま落下するスピードよりも速く、山の先へとぶん投げられる。
ズシャ。
剣を突きたてて山の頂上付近にしがみついた。回転しながら岩が飛んでくるが、左拳で割った。固いわけではないらしい。
「そこを掘って!」
メルモさんに言われるがまま、剣で山を掘る。
出来たてのほやほやの山なので、柔らかい。踏みしめられていると固いだろう。
ボゴッ!
メルモさんが魔力の壁を展開し、メイス型に山をくりぬいた。俺にはそんな上手く魔力の壁を展開できない。
「魔力はどっちに引っ張られる!?」
「もう少し上からです!」
ボゴッ!
特大のメイスによって山がくり抜かれていく。山にはメイスの形が歯型のようについていた。
すぐに岩が回転しながら降ってくるので、タイミングを見計らって山の中に移動する。山の中に入った次の瞬間には、メルモさんが開けた穴を岩が塞いでしまった。
真っ暗だ。
「これかな?」
ポコン。
頭上に穴が空いて、黄色い光が見えた。
光の方に跳んでいくと、球状の空間の中にスライムのように動く玉が浮かんでいる。
「これがダンジョンコア?」
耳栓を外しながらメルモさんが聞いてきた。俺も外す。
「みたいですね。初めて見ました」
「私もこんな形になっているとは思わなかった」
動いているが、幾重にも魔法陣が描かれているのが見て取れる。
「誰が作ったんですかね?」
「これは古いのをベルサさんが見つけたの」
「ということは古代ドワーフが作ったダンジョンコアですか?」
「そうね」
「液状にするとは古代のドワーフもイカれてますね」
「壊せそう?」
「やってみます」
空間ナイフでダンジョンコアに触れると、液体に触れたようにトプンッと入るが、浮いている魔法陣は傷つけられない。
「これって元々は普通の玉だったんですか?」
「そう。水晶玉みたいだったはず」
魔力を吸収して液体化したのか。だったら玉に戻すところから始めないといけない。
液状化の魔法陣なんて、滅多に見ない。ただ、ダンジョンコアの中に入っている魔法陣はどれもめったに見ないような代物ばかりだ。
フッ。
空間ナイフを突っ込んでいると、不意に魔法陣に当たることがある。
魔法陣がそれぞれ金魚鉢の金魚のようだ。
「ということは、釣り針にすればいいのか……」
「コウジくん! そろそろ4階層に到達しそうなんだけど?」
球体の部屋全体が揺れている。
「急ぎます!」
空間ナイフを釣り針状にして魔法陣の端をひっかけて引き寄せる。そもそも魔法陣を引っかけられるかどうかわからなかったが、魔法陣が消えるとダンジョンコアもなくなるのでさすがに崩れないと信じた。
とりあえず引っかけた魔法陣をダンジョンコアの外に出そうとしたが、液体が伸びて出てくれない。両手で空間ナイフを作り出し、ダンジョンコアの中で魔法陣を引き裂いた。
『ダンジョン制御不能につき、コントロール解除』
誰かの声が聞こえた。
直後に、球体だったはずの部屋に岩が突き刺さってきた。
「なにしたの!?」
メルモさんが慌てて、岩を砕いている。
「魔法陣を一つ引き裂いてみました」
「やるなら言ってよね」
「続けます!」
「はい」
どんどん空間ナイフを引っかけて魔法陣を引き裂いていく。折り紙でも裂くように簡単に崩れてしまう。
『ダンジョンのコントロールをマスターに委ねます』
再び誰かの声がした。ダンジョンの声だろうか。
「ちょっと待て。マスターって俺かい?」
『過去の契約は破壊されました。あなたの他にいません』
いつの間にか俺はダンジョンマスターになってしまっていた。
「なんか崩壊が早まっているような気がするんだけど?」
「それでいいんじゃないですかね?」
「そうなると私たちが外に出られなくならない?」
「そうですね」
「え~?」
メルモさんと二人でダンジョンに埋まる最後というのは、なかなか人生は厳しい。
「やれるだけやってみます!」
「よーし、やってみろ! たまには若者に託すのも悪くない!」
メルモさんが背中を押してくれた。
振り返ると、メルモさんはとんでもない速度で飛び込んでくる岩を魔力のメイスで粉砕している。「とりあえず大丈夫」と一瞬思ってしまったが、そもそも安心できるような状況ではない。
とにかく魔法陣をできるだけ裂いていく。
いくつ引き裂いたかわからないくらい引き裂いたところで、徐々にダンジョンコアの中にある魔法陣が回遊魚のように回り始め、液体が縮んでいった。
「あれ? 攻撃止んだけど、大丈夫!?」
ボコンッ!
窓を開けるようにメルモさんがメイスで壁を殴って、外を見た。
すでに一階層の植物が見えている。崩壊は終わっていない。
「速度は落ちているけど、外に出たらもっと影響が及ぶわね」
「これって引き合っているということは、外のダンジョンコアも止まってないということですかね?」
「そうね」
「やっぱり諦めるか」
「え!? どうするの!?」
「作り変えます」
「もうダンジョンコアとしての機能はなくなっているんでしょ!?」
「ええ、ほぼないと思いますよ。外に出たらどちらがダンジョンコアになるんですかね?」
「さあ?」
『私にもわかりません』
ダンジョンが応えた。
ダンジョンコアの中で泳いでいた魔法陣が徐々に動きを止めて、固まっていく。
「この今いる山はどうなるのかわかる?」
『ダンジョンが崩壊するので、質量のあるものは外に出ます』
ダンジョンが答えた。
「つまりこの山がそのまま外に出るの?」
メルモさんが聞いた。
『左様です』
1階層から10階層までの植物と魔物、岩が一気に外に出れば大変なことになる。王都に巨大な山が出来上がってしまう。
「それは固めることは可能かい?」
『すべての個体を再構築するということですか?』
山とはいえ、全て植物も岩も個体の集まりだ。学院がダンジョンを保っているならすべて埋め尽くされてしまう。
「ちょっと待って、機能としてあったものは置いて行けるんじゃない? 例えば壁や床材は亜空間で作られたものよね?」
メルモさんが聞いた。
『左様です。消しますか?』
「消してくれ。もう一つの部屋しか残さないように」
ズズッ……。
岩盤が消えて山の速度が一気に落ちた。
流れていた水も消えて、溶岩もなくなった。
球状だった部屋は消えて木片や魔物の死体が周囲を回り始めた。
足元を見れば、細長い植物と魔物の死体の集合体が回りながらダンジョンコアについてくる。10階層分の植物の魔物なので、細くなったとはいえとんでもない量だ。
「これでも十分に被害は出るわね」
「しかもあのダンジョンの入り口からこれが噴き出すんですよね?」
『すべて放出するのに要する時間は三日ほどです』
ダンジョンコアは何の感情もなく答えた。
「ダンジョンコアが融合したとして、こちらの指示は通るのかな?」
『わかりません。希望は言っておきますが、他のマスターのイメージが強ければそちらに傾くかと……』
つまりビジョンの強さか。
「それは感情が強ければ、イメージに影響するということ?」
『感情は関係ありません。想像そのものの解像度です』
それなら、校長よりもこちらに分があるかもしれない。
「外に出たら、一番近くのダンジョンコアと融合してくれ」
『かしこまりました』
「融合したら、引き連れているすべての個体を使って、これに再構築できないか?」
俺は、魔力にイメージを込めながらダンジョンコアに送り込んだ。
9歳から住んでいる場所だ。どこよりも解像度は高い。
『承りました……』
メルモさんは飛び出す用意をしている。
「もう出口よ!」
「メルモさん、外に出たら学生たちを守ってください!」
「当り前よ! 人命第一! コウジくんに賭けたからね!」
「失敗したら笑ってください」
「この状況で失敗して笑えるのは、あなた方、親子だけよ!」
メルモさんの顔は笑っていた。狂気なのか、それとも優しさなのか、結局わからない人だ。
メキメキメキメキ……。
石造りの出口が、音を立てながら広がっていく。
近づくと外の景色が見えるが、おかしなことが起きているのはわかる。
出口が上を向いているらしい。
「それじゃ、よろしくね!」
「頼みます」
ドッ!
出口を出る瞬間、少しだけ時間が停まったように見えた。
亜空間を超えたのだろう。
パァーンッ!
俺たちは風船の空気が抜けるように、ダンジョンから吐き出された。
メルモさんは吐き出された勢いを利用して、ヘルメットを被る学生たちの下へ飛んでいく。
俺は勢いが止まらず、そのまま空高くまで飛び出し、ダンジョンコアと共に回転しながら、もう一つのダンジョンコアを探した。
「ダンジョンに入った時よりも随分景色が変わっているな」
すでに学院の建物があった場所はほぼ更地になっていて、森の入り口に巨大な石のゴーレムの上半身が地面から身体を駆け上がってくる死者の群れを見下ろしていた。
ミストが堪えてくれたようだ。
レビィが空間魔法を展開して、たい焼き型の防御壁を張っている。
ゴズが影の防御壁で落ちてくる石材を受け止めている。
空を飛んでいた魔女たちはいなくなり、たった一人、シェムだけが空飛ぶ箒を握って飛んでいる。
特待十生も満身創痍。
学生たちも地下から湧いてきた魔物と戦ったらしい。怪我人の姿が見える。
ザザ……ザザ……。
ラジオからは死霊術の呪文が聞こえてくる。
『コウジ、遅いわよ!』
腰にぶら下げた小型のラジオからウインクの声が聞こえた。
『行けぇええええ! 俺たちの学院生活を取り戻せぇえええ!』
グイルの大声が聞こえる。
『喉が枯れたわ。後、よろしく……』
ミストから頼まれた。
『近くのダンジョンコアを感知しました。これより融合します』
ダンジョンコアはそう言うと、ダンジョンから無数に出てくる植物や魔物の死体を引き連れて、回転しながら巨大ゴーレムへと向かっていった。
俯瞰して見れば巨大な一本の槍のようだが、バラバラと木片や花弁が落ち、魔物の死体が蠢いている。
耳元を風が駆け抜ける。
『マスター、障害物が……』
「問題ない。校長の部屋くらいなら割れるさ」
俺は剣に空間ナイフを付与するように展開し、構えた。
ゴーレムの頭部が一気に迫る。
ダンジョンコアはうねり、巨大なゴーレムの攻撃を躱しながら、距離を詰めていく。
『マスターに一つ質問が……』
「なんだい?」
『受け取ったイメージの植物には名はありますか?』
「プラナス。南半球では世界樹と呼ばれているよ。本当の名はあまり知られていないんだけど、いい名だろ?」
『はい』
目の前まで迫ったゴーレムの頭部に向かって俺は跳んだ。
ダンジョンから解放された勢いをそのままに、頭部を破壊するつもりだ。校長と戦うつもりはない。
ズバンッ!
全力で魔力を込めた剣を突き刺してゴーレムの頭部を割る。
一瞬なのに、時間の流れが遅く感じる。
壊れた教室。工房の机。欠けた黒板。古い椅子。
重厚なドアを割ると、中にいた枯れた枝のような腕をした校長がこちらを見て、瞬きをした。校長の脇には黄色く光り輝くダンジョンコアがある。
通り過ぎながら校長の魔力に一瞬だけ触れて、学院をダンジョン化するイメージを垣間見た。魔族と認められない魔物たち。人化の魔法をかけても言葉を解さない魔物もいれば、学院の教師にまで成り上がる魔族もいる。
全員が教師になれるわけでもなく、ただモンスターの餌としてダンジョンへ送られていく。
校長が夢見た魔物中心のダンジョンは、歪で感情的なゴーレムの形をしていたらしい。人になり切れない魔物の思いが詰まっていた。
校長室に二つ目のダンジョンコアの光が現れた瞬間。光は衝突し、轟音を立てながら、校長室の空間をダンジョンの植物で埋めていった。校長の身体も埋もれていくのが見えた。
俺はまっすぐ前だけ向いて、ゴーレムの後頭部から外へと飛び出す。
ボフッ!
目の前にはシェムが待ち構えていた。
シェムは勢いをなくした剣先を棒で弾いて、俺の腕を掴んでくれた。
「上手くいった?」
「ええ、ダンジョンコアが融合しました」
振り返れば、木が根を張り、バキバキと音を立てながら上空へ向けて枝を伸ばしていた。
ダンジョンコアは世界樹のイメージを選んだらしい。
「何をやったの?」
「ダンジョンコアが俺の育った環境を再現してくれてるんです。ダンジョンから溢れるゴミで、被害が出ますからね。三日間は続くそうです」
学院の敷地内に張られていた防御結界は、ダンジョンの融合と共に消えた。
世界樹はぐんぐんと天高く伸びていく。更地になった学院の敷地には根が伸び、幹が太くなっていった。
俺とシェムは門があった瓦礫まで行って着地。ラジオ局のメンバーと共に、ゲンズブールが待ってくれている。
「防御結界が破られたわ!」
「やったんだな!」
「ん」
ミストは声が枯れているから、拳を突き出してきた。
俺も拳で返そうとしたら、未だに剣を握っていることに気がついた。
「ああ。うわ、剣を握っていた指が剥がれないよ」
剣の柄を握っていた右手の指が動かなくなっていた。左手で指を一本一本剣から外していく。
ゴッ。
握れない拳でミストには返した。
「校長は死んだのか?」
ゲンズブールは校長の行方が気になるらしい。
「これで生きてたら化け物です。最後に見たのはダンジョンの植物の破片に埋もれていく姿です」
「そうか……。事件解決にしちゃあ、やりすぎたな」
ゲンズブールは茜色に染まる冬晴れの空を見上げた。
トッ!
空からほとんど音も立てずに誰かが降ってきた。
「人命最優先! 避難所の確保を急げ! 怪我人を収容するぞ! 臨時職員は暗くなる前に食料調達に行け! 動く魔物の死体は駆除だ!」
大きな声なのに、聞き馴染みがある。
振り返ると、青いツナギを着たおっさんが立っていた。
「親父!?」
「よう、コウジ。随分とデカいもん作ったな」
「ごめん。これよりデカいものを知らないんだ」
「ああ、悪くねぇよ。どこまで伸びるんだ?」
「わからないけど、三日は伸び続ける」
「そうかぁ。ベルサが作ったダンジョンだから、言い訳だけ考えておけよ」
そう言って親父は、怪我人の救出へ向かった。
「ヤバい。どうしよう。殺される」
「誰に!?」
そう言って、振り返ったウインクの表情が固まった。目の影を見れば、長髪を後頭部で束ね古いローブを着た女性の姿が映っている。逃げる算段を付ける前に見つかった。
「今どきの学生は随分と派手な文化祭をやるんだね?」
「ベルサさん……」
振り返ると殺気を放つベルサさんが立っていた。
「いや、これはですね。深いわけがあって……」
「言い訳を言ってどうにかなる相手かどうかの見極めくらいは学んでおくんだね」
「すみません」
「話は後だ。皆、怪我はないかい? ああ、そっちの死者の国の娘は喉が潰れてるね。これ舐めておきな。切り傷、擦り傷のある坊やはコムロ印の軟膏を塗っておくんだ」
ベルサさんは、ミストにのど飴を、グイルに回復薬の塗り薬を渡していた。
「おや、魔力反発とは珍しい体質だね。就職先に困ったら、魔族の国にいるゴーストたちを頼りな。重宝されるよ」
「ベルサさん、本物ですか?」
「偽物がいたら尻を蹴り上げておいて。あんた、メルモのとこのモデルだね?」
ベルサさんはウインクに声をかけた。
「はい。そうです」
「仕立てのいい服を、きれいに着こなしているからすぐにわかったよ。悪いんだけど、メルモを探してくれないかい? あの膨らんだ胸を萎むくらいには搾り上げないといけないからね」
「わかりました」
ウインクは、森の方へすっ飛んでいった。
「ほら、コウジも行くんだよ。森の中に療養のための風呂を作ろう」
「はい!」
飛び出そうと思ったら、魔力切れで膝がガクンと力が入らなかった。
「魔力切れを起こしている場合か! まったく。ほら、これ飲みな」
ベルサさんは蓋を開けた魔力回復シロップを渡してきた。
俺はすぐに飲み干して、走り出した。
「そうそう。学生は元気でなくちゃね! さて、これは、どうしたもんかね。ゼットでも呼ぶか」
ベルサさんは溜息を吐いていたが、珍しい魔物を見るような目で、伸びていくプラナスを見ていた。