『遥か彼方の声を聞きながら……』21話:文化祭当日
竜の島から持ってきた巻きスカートを展示し、椅子でちょっとだけ眠っていると、学院の中庭へと続く扉が開いた。誰かが入ってきたが、居眠りを決め込もう。
そう思っていたけど、冷たい風が玄関ホールに吹いてきた。
目を開いて見上げれば朝日が差し込んでいて、誰かが立っている。逆光で見えない。
「間に合ったみたいでござるな」
声を聞いて、思わず顔がにやける。
ダイトキ先輩がこちらを見ていた。
文化祭当日の朝を迎えた。
「おかえんなさい」
「ただいま、戻った」
本当の特待十生が帰ってきたので、俺は特待十生から外れることになる。
「仕事ぶりは聞いているのでござる。コウジが特待十生にならない方がおかしいくらいだ。自分は、ゲンズブール氏の跡を引き継ぐつもりでござる」
特に何も言っていないというのに、ダイトキ先輩が話した。未来でも見て来たのか。
「未来が見えていたのだとしたら、どうして捕まったりしたんですか?」
「時の勇者でも未来は見通せないのでござる。見えるのは過去だけ、後は予測しているのさ。コムロ家の人たちは、どうやら名誉よりも実務を重んじるのだろう? 短い付き合いだが、それくらいはわかる。だから、どうか竹光の件は口外しないでくれ。特に今日は」
ダイトキ先輩の魂は、今質屋に預けられている。真剣な表情で偽の剣について話しているのか、この人は。どうやら、よほど父親が怖いのだろう。
「わかりました」
「うむ。それを聞いて安心した。とりあえず、死ぬことはない」
ダイトキ先輩にとってはかなり切実なようだ。
「ちょっと退いて!」
どこかから女性の声が聞こえた。
玄関ホールに花火のような光が打ちあがったかと思うと、煌びやかなシャンデリアに光が灯った。絨毯は洗い立てのように真っ赤に染まり、小さな汚れや柱の傷も消えてしまった。
「おはよう」
「帰ってきたのね。我らがコウジは」
「お客様を迎えるんだよ。そろそろ着替えてもいい頃だよ」
塔の魔女たちが自分たちの研究室から出て来たようだ。しかも真っ黒なローブに身を纏い、正装している。
「まだ、朝ですよ」
「何を言ってるんだい。こっちはずっと準備をしてきたじゃないか」
「今日がお披露目の文化祭で、私たちは就職活動も兼ねてるんだ。興奮して寝られないよ」
魔女たちは自分たちの商品を売ることで、就職先を見つけようとしているのか。それもいい。
「皆、深夜のラジオを聞いていたのさ。私たちは私たちの役割を全うする」
「これより魔道結社は、文化祭に全力を注ぐよ。邪魔する者がいたら知らせておくれ」
魔女たちがいれば頼もしい。これから図書館の上に登って、文化祭開始の花火を打ち上げるらしい。
「おいおい、随分ときれいになっちまったな」
ドーゴエがゴーレムたちと一緒に木箱を運んできた。
「コウジとダイトキが帰ってきたな。ラジオショップの荷物を運んじまうぞ」
「ありがとうございます!」
妙に小奇麗な格好をしている。それを指摘すると、「祭りだぞ。当たり前だ」と胸を張っていた。ゴーレムたちも色の付いたシャツを着て、心なしかうれしそうだ。
「誰がこんな結界を張ってくれたんだ……」
アグリッパがオルトロスを連れて玄関ホールにやってきた。魔女たちの幻惑魔法は確かに幻想的な結界に見える。
「魔道結社の魔女たちです」
「おおっ! コウジ、ダイトキ、ようやく帰ってきたか!」
アグリッパはダイトキと肩をたたき合っていた。
「今日は特待十生も見回りはなくていい。衛兵や冒険者たちが学院の周りを固めてくれているからな」
「そうなんですか」
「ああ、ラジオで職員さんたちを紹介しただろ? それで、外の大人たちも注目してくれるようになった。それに学生の親族たちも来るとなれば、王都でも一大行事さ。これじゃ、校長も動けない。だろ?」
アグリッパはそう言って、笑っていた。
「ダイトキもほらシェムの講演の手伝いをしなくていいのか?」
「そうでござった! また、あとでな!」
ダイトキは「シェムはあれで抜けているところがあるからな」と言いながら、階段を上っていった。シェムはついに人工ダンジョンのお披露目講演を開くのか。
「コウジ、すまぬが案内係は貴族連合たちに任せてはくれないか?」
アグリッパはなぜかすまなそうに俺に聞いてきた。
「どうぞ。別に俺の許可なんて要りませんよ」
「王都の宿は満室で、周辺の村の安宿まで外国の客人が来ているのだ。これはラジオのお陰だし、コムロカンパニーの息子であるコウジがいたからさ」
「違います。学生たちが面白いことをやっているからですよ。全世界から来ているなら、学生たち一人一人がどれだけ学院生活が面白いか親族に説明した成果でしょ」
「でも、巻き込んだのはお前だ。学生も学院の大人たちも、今ではラジオを聞くようになった。王都の人たちにも広がっている」
「たまたま、俺はラジオが好きだっただけです」
「あくまで自分の手柄ではないと?」
「手柄って、そんなことのために生きてないですからね」
「好きなことで成功できる者は少ない。もっと誇ってくれ。じゃないと、俺がむなしくなる」
もしかしたら、アグリッパは俺に自分ができなかった何かを期待しているのかもしれない
「アグリッパさんはもっと自分の人生を楽しんだ方がいいですよ。家族だって自分の人生を生きれるわけではないので」
「貴族たちにも言ってやってくれよ」
「尊敬はしていますよ。家業を継ぐ気のない俺にはできないことです」
「羨ましいな。そう思えるほど、俺も親に信じてもらいたいよ。鍛えるしかないか」
アグリッパは玄関ホールを抜けて、中庭へと向かった。
「文化祭を楽しんで!」
そう言うと、アグリッパは手を振って応えていた。貴族は大変だ。これだけ多くの人が絡み合っている都会でいろんなところに気を遣って生きていくなんて、俺にはできない。見えている範囲くらいだろう。
「局長。ようやく帰ってきたね。ほら、朝の軽食だよ」
食堂の料理人たちが、お盆にサンドイッチを山盛りにして回っていた。徹夜していた学生たちに配っているらしい。
「ありがとうございます!」
「しっかり食べて、盛り上げておくれよ!」
「はい!」
その場で食べて、俺は部屋へと向かった。
一度風呂に入ってから、新しい服に着替えてラジオ局に向かう。
ラジオ局の中から、女性たちの笑い声がする。まだ放送は始まってないはずだが、レビィたちが来ているのかもしれない。
「あら、コウジくん」
ドアを開けると、ウインクとミストがメルモさんに巻きスカートを巻かれていた。
とりあえずドアを閉めた。
今なんか見たな。おかしい。いてはいけない人がいた気がする。
「おう。ラジオ局の局長だろ? どうした入らないのか?」
グイルが木箱を抱えてやってきた。
「メルモさんらしき人がいた気がするんだけど……」
「ああ、ウインクの晴れ姿を見に来たらしい。俺もさっき聞いた」
「でも、まだ文化祭は始まっていないだろ?」
「それが衣装の直しがあるとか……」
「そんなことでメルモさんが……」
自社のモデルがいるからと言って、わざわざ来るような人ではないはずだ。
「なにが目的です?」
もう一度、ドアを開くとウインクとミストが竜島のスカートを巻いて、こちらを見ていた。部屋にメルモさんがいない。
「あれ? メルモさんがいなかった?」
ウインクとミストはニヤリと不敵に笑った。
攻撃が来ると思って、すぐに体勢を低くしようとしたら、いつの間にか俺のズボンが脱がされていた。スースーとした下半身から視線を上げると、ズボンを肩にかけたメルモさんが俺の股下の長さを巻尺で計っていた。
「つんつくてんになってるじゃない。コウジ! 裾直しもしてないで、何をやってるの!?」
メルモさんはなぜか怒っている。
セスさんとは別のプレッシャーを感じる。セスさんが一瞬で意識を刈り取るのに対して、メルモさんはじっくり笑いながら臓物を引きずり出すような狂気性を感じる。
子どもの頃から、散々お世話になっている人だが、考えは読めない。好きなものに対する情熱や勢いは異常だと子どもながらに思っていた。
そんなコムロカンパニーの凶器にして、世界的デザイナーが、うちのラジオ局で何をやっているんだという疑問しか湧かない。
「なにってラジオをやるんですよ!」
「あ、そう」
ジョキン!
大きな裁ちばさみで、俺のズボンを股から切ってしまった。
「あー! 俺のズボンが!」
「大丈夫よぅ。人間ズボンを穿かなくたって生きていけるわ。それよりもこっちを穿きなさい。形状記憶型伸縮自在のジャージ。アラクネの糸よりも破れにくいはずだから、蒸れないし、着心地はいいはずよ」
言われたように新しいズボンを穿いてみると、確かに着心地はいい。ポケットはいくらでも入る水袋のようになっている。魔力の疎外感がないばかりか、むしろ魔力が定着しやすい。
「どう?」
「めちゃくちゃいいですけど……、わざわざこのジャージを渡すために来たわけじゃないでしょ?」
「いや、まぁね。ウインクの晴れ姿でも見ようかと思って」
「嘘」
ウインクが言った。
「雷帝のお祭りの衣装が気になってね。アイルさんから聞いてきたの」
そんなことがあるだろうか。
俺は腕を組んでメルモさんを見た。表情に出るからわかりやすい。
「それも嘘ですね」
「まったく知り合いがいるとやりにくいわ。仕事よ、仕事。一応極秘ってことになっているから話せないだけ。学生たちは普通に文化祭を楽しみなさい。ただ、ちょっと私が周りにいるからね。地下から異常な魔力を感じても気にしないこと。わかった?」
「駆除仕事ですか?」
「ううん。清掃かな。ダンジョンのメンテナンスみたいなものよ。この学院のダンジョンはうちの会社も関わってるからね」
わざわざメンテナンスを文化祭の日に当てなくてもいい。きっと地下で何か見つかったのだろう。傭兵や冒険者で対応できないことだ。
親父は清掃駆除業を隙間産業だと言っていた。通常の冒険者がやりたがらないことで、商人ギルドでも取り扱いが難しい案件を請け負っているらしい。つまり汚れ仕事だ。
「学生たちには関係ないからこっちの仕事のことは気にしないで。魔力感知の能力が高い子もいるでしょ。もし、何かに気がついてせっかくの文化祭を台無しにしたら悪いから。学生なんて期間は滅多にないんだから、しっかり学んで楽しむことよ! 今年の文化祭は一生に一度しかないんだからね!」
メルモさんはそう言って、ラジオ局を出ていった。
滞りなく文化祭を開催するために、大人たちも仕事をしてくれているらしい。
「さて、朝から放送しますか」
「局長、スケジュール表を見ておいてね。実行委員長のゲンズブールさんももうすぐ来ると思うから」
ミストはスケジュール表を渡してきた。
「わかった」
夜までラジオ局は放送を続けるようだ。緊急用のバルーン送信機も用意しておく。都会は何が起こるかわからない。メルモさんが学院に来るくらいのことは起こる。
ゲンズブールさんがラジオ局にやって来て、アリスフェイ各地の土産を持ってきたことにお礼を言っていた。
「竜の島の特産品まで持ってくるとは思わなかったけどな」
「アイルさんに巻き込まれただけです」
「では、昨日の深夜放送の声は、偽者ではないのか?」
「ええ、アイルさんですよ」
「そうか……。では、時代が選ぶというのは本当なのだろうな」
ゲンズブールさんは少し寂しそうな顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、羨ましいと思っただけさ。もう少し、この学院にいたかった。俺はこれが最後の文化祭だからな」
ゲンズブールさんは最上級生だから、卒業は決まっている。
「どうせ会いそうな気はしていますよ」
グイルはゲンズブールさんに言った。ラジオショップに置く商品や警備について、アドバイスをしてくれているらしい。ラジオショップがある商店街の会合にも、俺の代わりに顔を出してくれていたと聞いた。
「ありがとうございました」
「いやいや、コウジは忙しそうだからな」
ここ最近は、ほとんど学院にもいなかった。
「本当はずっとラジオ局で番組を作ってたかったんですけどね。どうしてこうなっちゃったかな」
俺がそう言うと、ラジオ局員たちは笑っていた。
「自分で動いておいてよく言うよ」
「学院で勉強しているのがバカバカしくなるからね」
「きっとコウジは動いていないと死んじゃう回遊魚みたいな生き物なんだ」
「まるで俺が考えなしみたいじゃないか」
「いや、それが学院のためだったり、ダイトキさんのためになるってことは知っているよ」
「ただ、コウジは幸か不幸かいろんなことに巻き込まれやすいんだ」
「仕方ない気もするわ」
ルームメイトでラジオ局員の3人は、俺のことをよくわかってくれている。
「局員は大事にした方がいいぞ。なかなか理解してくれる仲間に出会うことは少ないから」
ゲンズブールさんは、励ましてくれた。
「時間通り、雷帝の踊り手たちがダンスを披露してから、文化祭を始める。ラジオで学生たちに伝えてくれ」
「わかりました」
学業の発展を願い、雷帝の踊り手たちが踊ってくれるという。
自分が連れて来たのに会っていないので、控室の食堂に様子を見に行くと、踊り手たちは緊張をしていた。
「どうですか」
「おおっ! 呼んだ人がいないから不安だったんだ」
「すみません。いろいろと行かないといけないところが多くて。でも、準備は万端そうですね」
踊り手たちは、衣装を身につけていた。
「準備だけはね……」
「こんなに王都に人がいるとは思わなかった」
大人数に腰が引けているらしい。
「人が多い分、邪気も多いんです。皆さんの力で、払ってください。雷帝の子孫の学生もきっと見てますから」
「ああ、そうだね」
「そうだった。邪気を払えばいいんだったな」
「そのために来たんだった!」
周りに人が多いし、もうすぐ出番だというのに、何をしていいのかわからなかったのだろう。
「終わったら、文化祭を見ていってください。王都も面白いですから」
「ああ。あのゲンズブールさんって人にちゃんと王都で遊ぶ用の出演料も貰っているんだ」
「せっかくだったら楽しまなくちゃね」
「そう言えば、竜の乗合馬車はどうでした?」
ついでに聞いておく。
「ああ、思っていたより全然揺れも少ないし、あれはいいよ!」
「竜が運んでくれるから、魔物や山賊の心配もないし、快適さ。本当に料金はいらないのかい?」
「ええ、その分はアリスフェイのある町の人たちが払ってくれましたから」
「じゃあ、帰りも乗っていいのかい?」
「もちろんですよ」
筋肉隆々の踊り手たちは、肩をたたき合っていた。
「帰ったら、広めておいてください」
「もちろんだよ」
気も解れたところで、いよいよ時間だ。
「皆!」
振り返ると、食堂の入り口に小柄な学生が一人息を切らせて立っていた。
「エリック坊ちゃん!」
「急遽、雷帝の町から踊り手が来るって聞いたんだけど、本当に来てくれたんだね」
「もちろんですよ。学院の邪気を払うのは我々です」
エリックと呼ばれた学生は、嬉しいのか情けないのか顔を伏せて「ありがとう」と小さな声でお礼を言っていた。
「雷帝の子孫がどうしたんです?」
「すまない。見ればわかると思うけど、王都で雷魔法が使えたくらいでは、何にもすごくないんだ。この一年、それを嫌というほど思い知らされてね。せっかく来てもらったのに、何もしてあげられない」
エリックは、踊り手たちに頭を下げていた。
「そんなことありませんぜ。俺たちはエリック坊ちゃんがいなかったら、ここまで来なかった」
「そうです。エリック様が元気にやってくれているから来たんです。別にいじめられているわけではないんでしょう?」
「ああ、むしろ貴族連合の先輩たちには教えてもらうことが多くて……」
「だったら時間さえあれば学べるということです。今はまだ優秀じゃなくても、これから伸びしろがあるってことじゃないですか」
「皆……」
エリックは踊り手たちを見た。
「まぁ、私たちにも花を持たせてください。エリック様の足を引っ張る邪気は我々で払っておきますから」
「……ありがとう」
エリックは、深々と頭を下げていた。
「本当に優秀な学生たちがいるんですね。あんな自信満々だったエリック坊ちゃんが、ここまで成長しているとは思いもよりませんでしたよ」
先頭にいた踊り手が、こちらを見て嬉しそうに笑っていた。
「こりゃ、お礼の意味も込めないと雷様の罰が当たるってもんだ」
食堂に文化祭実行委員が入ってきた。
「皆さま、お時間でございます。演舞の方をよろしくお願いいたします」
前に道場で見たゲンズブールさんの許嫁の女戦士だった。
ここにいる人たちはどこかでつながっている。学生たちには応援してくれている大人たちがいる。
俺も人知れず仕事をしている地下のメルモさんを想像した。
文化祭を盛り上げているのは何も学生たちだけじゃない。食堂を貸してくれている料理人たちは、踊り手たちにお茶を出していた。
王都には人が多い。誰かに支えてもらい、誰かを支えながら、動いている。
絆と言ってしまうと簡単だが、見えない思いで繋がっているのだろう。細かったり、太かったり、悪縁や奇縁も多い。
ゲンズブールさんは、お金を回すのが上手くなりたいという。聞いたときは意味がわからなかったが、良縁を結ぶ方法を学んでいるのかもしれない。
こんなこと人間の学校に来なければ、わからなかったことだ。
雷帝の踊り手たちは、食堂から一斉に動き出した。
決して振り返ることなく、廊下を突っ切り玄関ホールを抜けて、中庭に出る。
中庭には、大きなステージが用意されている。筋骨隆々の男たちが一糸乱れぬ動きで中庭に入ると、その場の空気が引き締まったように見えた。
ポンッ。
太鼓の音が鳴り、学内に響いた。
静かな踊りが始まり、太鼓の音が響き渡る。
「ヨォオオオオ!」
先頭の踊り手が声を発すると、踊りは荒々しくなり、ステージを踏みしめ音を立てながら邪気を払っていく。魔力が同心円状に一斉に動いているので、本当に呪いの類は消えてしまうだろう。
邪気を払う円は踊り手の踏みしめる足と共に広がり、学内全域に広がっていく。
地下の方で、ざわつくような音が鳴っている気がするが、メルモさんが対応してくれているはずだ。
恐ろしい人相になった男たちが、悪魔よりも野太い声を発して、踊りは一気に佳境へ向かう。
太鼓の音が盛り上がり、踊り手たちの声が学院の建物に響き渡った。
学生もお客さんも誰一人動かず、踊りを見つめていた。
ビタッと止まって、静寂が広がる。
先頭に立っていた踊り手の一人がお辞儀をすると、一斉に拍手が沸き起こる。
『雷帝の踊り手の皆さま、ありがとうございます! それでは、第16回文化祭スタートです!』
ラジオからウインクの声が響いた。
俺はすぐにラジオ局へと向かい、学生たちが出店している店とイベントを紹介する。
体育祭と同じように窓の桟には鳥小屋が設置され、続々と情報が集まってきていた。捌くのだけで一苦労だが、ミストたちは一度経験があるからそつなくやっている。
「ああ、レビィさんのたい焼き屋、予約だけで500個超えたって。家庭科の授業をとっている学生たちに応援要請が来てるわ」
ミストから小さなメモ書きを受け取ったウインクは、家庭科の授業を取っている学生たちに向けてラジオで呼びかけていた。
午前中は大盛況。ラジオ放送も滞りなく進み、王都の人たちも押し寄せてきて入場制限まであったらしい。
「そろそろ道場生たちの演武の時間が終わる。夕方から図書館棟で、魔道結社たちの魔道具講座がある。今のうちに飯は食べちゃえよ」
グイルはサンドイッチを食べながら、皆の分を配っていた。
コンコン。
ドアが鳴り、こちらの返事も聞かずに開いた。
鍛冶師のゲンローが入ってきた。夜の放送の出番までは時間がある。
「どうしました?」
「鍛冶屋連合のブースで盗難発生だ。冒険者と一緒に傭兵も入ってきたから仕方ないが、返してくれるよう言っておいてくれないか」
傭兵の国では、盗まれた方が悪い。ただ、文化祭実行委員が傭兵の国から来た客には説明をしているはずだった。
「よいしょ」
マフシュが天井近くの通気口を開けて入ってきた。
「誰かたばこ持ってない?」
「禁煙中だろ?」
ゲンローが「火事のあったラジオ局にあるわけないだろ」とマフシュに言っていた。
「天井裏の罠が壊れている。たぶん、軍の諜報部が動いているみたい。誰か何か知らない?」
「シェムたちも地下がざわついていると言っていたが……」
「地下の清掃をメルモさんがやってるんです。ダンジョンのメンテナンスだそうです。気にしないでください」
ウインクが説明していた。
「メルモッチ・ゼファソン? コムロカンパニーの?」
「マジかよ!」
驚いているゲンローの後ろから、ドーゴエが走ってきた。
「ゲンローいるか!?」
「ああ、ここだ」
「やっぱりか。鍛冶場から武器がいくつか盗まれただろ?」
「ああ。傭兵の国の奴らの仕業だろう?」
「違う! いや、そうなんだけど、頼まれ仕事だ。悪かったな。盗んだ物は全部返した」
「仕事って誰に?」
「黒いフードを被った魔族に頼まれたって言っていた。内部の誰かかもしれない」
校長の部下がお金で傭兵を雇ったようだ。
「視線を逸らすためか。シェムたちは?」
「アグリッパも付いているし、衛兵の特殊部隊が護衛をしているはずだ」
シェムとダイトキは一緒だ。アーリム先生も付いているから大丈夫だろう。
「天井裏の罠を外したのは、特殊部隊?」
「そんなものを仕掛けていたのか。たぶん、衛兵が持ち去ったと思うぞ」
鳥が一羽、鳥小屋に入ってきた。
足に結び付けられているメモ書きをミストが読んだ。
「ゲンズブールさんからの忠告が来ました。皆さん、特待十生の行動を誰かが誘導しているそうです!」
確かに、いつの間にか特待十生がラジオ局に集まってしまっていた。 ドーゴエと俺は顔を見合わせた。戦うとしたら、俺たちが一番先に動かないといけない。
「シェムたちの講演はどこでやってる?」
ドーゴエが聞いた。
「ダンジョン前の森の中です。スケジュール的にはそろそろ終わるころなんですけど……」
グイルがスケジュール表を見て言った。
「今、ラジオで流してます」
注目されている講演は、そのままラジオで流した方がいいと思って、アーリム先生に小型の送信機を預けていた。
講演内容は人工ダンジョンに不備が見つかって、商品化まではもう少しかかるという内容だった。
『……まだまだ至らないところばかりですが、着実に誰もがダンジョンを持つ時代は来ています。どうか……、ザザ……、ザザザ……』
シェムの声が途切れている。
送信機のアンテナの接触が悪いのかと、窓の外を見上げると、図書館の塔の上にあるアンテナの横に誰かいる。
黒いローブを着たその人は、入試の時に見た魔法使いの先生だった。
魔法使いの先生は足でアンテナを掴んだ。見る間に、先生の足が鋭く大きな鉤爪に変わる。まるで鳥の魔物のようだ。
ミシッ。
魔法使いの先生は力任せにアンテナを大きく曲げた。
「なにを……!?」
「残念。時代はもう、止められないほどにうねり始めているのよ」
そう言うと魔法使いの先生はローブを翼のように広げた。
ボキンッ!
アンテナが折れた。
ハーピーへと変身した魔法使いの先生は奇声を上げながら空へと飛んだ。
ズンッ!
直後、ラジオ局全体が揺れていた。