『遥か彼方の声を聞きながら……』20話:先人からの伝言
町の人たちが総出で、デスオルカというバカみたいに大きなシャチの魔物を浜で解体しているなか、俺はアイルさんと高台の木陰で焚火をしながら芋を焼いていた。
「噂はいろいろ聞いているぞ」
アイルさんは海から上がって、漁師が着るような薄手の襟なしのシャツを着ていた。涼しそう。
「俺もアイルさんの知り合いに会いましたよ」
「らしいな。間違っても、アリスフェイの軍には近づくなよ」
「この箒は軍の訓練場から借りてきたんですけど……」
空飛ぶ箒を見せると、汚物でも見るような目で見ていた。大人になっても嫌なものがあるらしい。
「王都で言伝を頼んだんだけど、聞かなかったか?」
「アイリーンさんから聞きましたよ」
「じゃあ、どうしてここにいる?」
「ラジオのロケです。もうすぐ文化祭なんですよ。現地の人にどんな仕事をしているのか聞いたり、名産や祭りを学校で紹介したくて」
「ついでに校長を支援している地方を見に来たってとこだろ?」
「まぁ、そんな感じです。校長の塔はアイルさんが?」
「そうだ。どうせ、来てしまうと思ってね。親父と同じ、動くのだけは早いよ。コウジは」
「頭がよくないんで、動かないとしょうがないと思って」
「言い訳まで真似るんじゃない」
アイルさんはそう言って、笑いながら焼いた芋を焚火から出していた。
「南半球で品種改良した芋だ。甘いぞ」
食べてみると、本当に蜂蜜でも塗っているのかと思うほど甘かった。
「この港町の赤字は、この芋で解消するんですか?」
「いや、全然。これは単純に私が食べたかっただけ」
アイルさんは芋をむしゃむしゃ食べていた。この人はいくら食べても、消費量が凄まじいので太るということはない。
「え、じゃあ、校長が捕まった後、この町はどうするんです?」
「この町はいろいろと複雑でね。近海が豊かなんだ。豊かだから、デスオルカも出るし、他にもいろんな大型の魔物も出る。そうすると、被害が出たと中央に報告して、補助金を出してもらってから討伐する」
「それの何が悪いんですか?」
「表向きはそう言っているだけで、魔物が大型に成長するまで放っておいているんだ。その前に対処はいくらでもできるのに」
「つまり補助金目当てですか?」
「そう。それで食べていけるところにも問題があるんだけど、結局、特定の爺さんにしか補助金は行渡らない。冒険者ギルドでギルド長にならなかった職員たちなんだけど、最後にこの地に勤めて、退職金と一緒に報酬を受け取るんだ」
「なるほど。じゃあ、あの解体しているデスオルカは?」
「まだ被害が出てないのに、私が討伐したから、補助金は出ない。漁が停滞することもなくなる。こんな小さな利権で、町の人たちは商売がしにくくなっているわけだ。冒険者ギルドがなくなっても困るし、このシステムを維持しても困る。だから、私みたいな外部冒険者補助員に依頼が来る。商人ギルドを通してね」
確かに複雑だ。コムロカンパニーらしい仕事ではある。
「さて、まだまだ海の魔物がいるからちょっと手伝っていけ」
「はい」
嫌とは言えない。
「報酬は出ないけど、ロケの協力はしてくれるんじゃないか」
「アイルさんにインタビューしてもいいですか?」
「私に? いいけど、知ってるだろ?」
「アイルさん、休みの日って何をしてるんですか?」
「なにって……。寺の様子を見に行ってるかな」
「寺ですか?」
「縁切寺とか、子捨て寺とかだな。世界中に作ったんだ。縁に恵まれなかっただけで、随分苦労している人たちがいるからね」
「シェムさんもですか?」
「ああ、そうか。あの子も学校にいるんだったな」
「弟子じゃないんですか?」
「弟子っちゃあ弟子かな。地下でゴーレムに育てられていてね。ジャングルでサバイバル術を教えて、グレートプレーンズとアペニールの間にある山脈に子捨て寺みたいな隠し里に預けたんだよ」
「ああ、そう言うことだったんですか。あれ? アイルさん、人工ダンジョンをシェムさんが作っていることを知らなかったんですか?」
「え!? ああ、そう言うことかぁ! アーリムが言ってた学生ってのはシェムのことか」
今気がついたらしい。
「どう聞いてたんですか?」
「学生の研究を盗もうとしてる校長が、何かやらかすらしいから、校長の支援団体の調査。そんなものは本人に聞けばいいと言ったんだけど、支援している領地に事情があるらしいって。アイリーンは回りくどいことをさせると思っていたけど人工ダンジョンかぁ」
「流行ると思いますか?」
「流行るんじゃないの?」
「興味なさそうですね」
「素人がダンジョンなんか運営しても碌でもない空間しかできないことを知っているからね。さんざん見てきた。だいたい光の精霊や土の悪魔でさえ、まともにダンジョン運営ができていないんだから、その辺の人間にダンジョンなんか……。そう言えば、学校にもダンジョンがあったろ?」
「ありますよ」
「あれはベルサが作ったんだ。世界中にいる魔物や植物を放り込んでて、うちの会社が手伝ったんだ」
ベルサさんがダンジョンマスターだったのか。
「どうりで」
「荒れてなかったか?」
「学生たちは3階層くらいまでしか行けてないみたいです」
「難易度を間違えたかな」
「後半は肉食の魔物が増えていました。そろそろバランスが崩れるかもしれません」
「そうか。ベルサに言っておいてやろう」
ギョオッ!
空飛ぶ乗合馬車を運ぶ竜が、こちらに気づいて声を上げていた。
俺も手を上げて挨拶をしておく。竜の学校の先輩だろう。
「そういや、なんか黒竜さんとレッドドラゴンがやってきていたな」
「俺の同級生の竜が山間の町で悪さしていたんで報告したんですよ」
「何百年も生きてる竜だろうとバカはいるものだな」
「今、アリスフェイで空を飛ぶ乗合馬車は無料になってますから、必要なら使ってください」
「じゃあ、観光業でも始めようか」
「修行の旅ですか」
「私がいつでも修行をしていると思うなよ! 地図を描いている時だってある。それにこれ以上、鍛えたところで……」
アイルさんは、遠くの海を見つめた。鍛え過ぎると、むなしくなるのかもしれない。相手が不在になった者の宿命だろうか。
「もし俺が今からアイルさんの弟子になったら、どれくらい強くなれますか?」
「強さの基準を変えるところから始めるだろうね。ほぼ確認作業になるだけだ。コウジは十分強いよ。ただ知らない弱さがある。人でも物でも、よく観察して触れてみて、身にしていくことだ。世界樹だけではない。世界を広く深く知り、自分と他人をちゃんと見つめる。それだけで、随分視野が変わるよ。強さほど要らなくなることもあるからね」
哲学者のようなことを言う。意味はまるでわからない。
「昔、ナオキがレベルを捨てたことがある」
「北極大陸の研究者みたいにですか?」
「ああ。あいつはそのまま精霊を駆除し、勇者を救った。強さの物差しが狂ってるんだよ。だから、スキルやレベルに惑わされるなといつも言っているだろう?」
「確かに」
幼い頃、何度も言われた。
「いつもはカッコ悪いんだけどなぁ。うちの親父」
「恰好は関係ないさ。大人になると、仕事として請けた以上結果を求められる。できませんでした、では許されない。レベルやスキルっていう自然に身につけた能力よりも、その場の状況に応じて判断しないと終わらない。例えばフォレストラビットを狩るのに、レベルが必要か?」
フォレストラビットは世界の魔物の中でも、弱い方だ。
「罠があれば子供でも狩れます」
「その通り。レベル100もある奴が、前日に深酒を飲んで森の中で居眠りをして、他の者にフォレストラビットをすべて狩られていたとしたら?」
「レベルなんて意味ないですね」
「そういうことだ。レベルもスキルも、あくまでガイドラインでしかない。『できるけどやらない』と『できないのにやろうとする』の狭間で右往左往しているのが人間と思えば、意志力そのものが強さになり得る。ナオキはきっとそういうものをたくさん身につけてほしいんだと思うよ」
「そうですかね?」
「ああ、生まれた時からコウジを知っている私だってそう思う」
アイルさんにはどうやっても敵いそうにない。
「でもな……」
「期待されると面倒になるって言うんだろ! お前たち親子はとことんひねくれているよ! ほら、とっととやるぞ! 竜がやらかしたんなら、大型の魚なんか解体せずに竜の島に持って行けばいいんだ。やる気を出したと思ったら、これだ! まったく……」
アイルさんに連れられて、俺は小舟を借りて海へと出た。
小魚が大量にいるが、俺たちが狙っているのは大型の魔物。俺がパンイチになって囮になり、アイルさんが討伐する作戦だったのだが……。
「うっ……」
アイルさんが海中に光のポールを建てた瞬間に、大型の魔物が集まってきてしまったため、囮の俺も大型のサメの鼻を切り、脳まで魔力の剣を突き刺す羽目になった。
海の中で血が流れたらお終いだ。魔物が大量に集まってきてしまう。
息の続く限り討伐し、魔物の血と共に浮上。息を吸い込んで、再び海に潜って魔物を狩る。
海中では、アイルさんが光の剣で寄ってきた魔物を皆殺しにしている。アイルさんの前で数は暴力にならない。
逃げ惑う魔物がこちらに向かってくるので、俺は魔力の網を作り出して捕獲。竜の島への手土産にした。
大型の魔物の死体を海から引き揚げながら、アイルさんは「大漁、大漁」と喜んでいる。
そのまま竜の島へと空飛ぶ箒で向かった。
「あの港町は大丈夫なんですかね?」
「大丈夫だろ。被害が出る魔物はしばらく現れないよ。魔物を育てている奴がいるとすれば袋叩きにされる。まともに漁に出られることがわかって若者が戻ってくればいいんだけど、こればっかりはわからないよ。時代には流れがあって、予想外の方向にうねり始めることもある」
アイルさんは、面白そうに俺を見ていた。
俺の近くの誰かがうねりを作り出すのか。
「さ、行くぞ」
突風が顔面を叩き、握っている網に魔力で力を込めた。通常の網よりも伸縮性は高い物の俺の魔力にだって限界はある。家のようなサイズの魔物が50頭ほどいるのだから、握力だけではどうにもならない。
アイルさんが空中に魔法陣を描いたかと思うと、急に網が軽くなった。
「飛ばすぞ」
ド、ドーン!
空気の壁を突き破る音が聞こえた。
海の中でも息ができなかったが、空でも息は出来ない。見上げれば、アイルさんが笑っている。人生楽しそうだな。
息が出来るようになったのは、島が見えて速度が落ちた頃だった。
遠くに見えていた竜の島が、いつの間にか足下にあった。
屋敷から竜の美女たちが出てくるのが見えた。黒竜さんも一緒だ。
「やぁ、大漁じゃないか」
「ああ、ちょっと仕事でコウジと狩っていたんだ。アリスフェイの乗合馬車の代金を無料にしたそうだから、竜たちも腹を空かせているんじゃないかと思ってね」
アイルさんは黒竜さんの屋敷近くの道に、魔物の死体を下ろした。通りは埋まり、山の方まで大型魔物の死体で埋まった。
黒竜さんが順番に保存の魔法をかけていく。おそらく山の上にある洞窟をオーブンにして、焼いていくのだろう。
「すまない。助かるよ。コウジも、この前は悪かったな」
「いえ。あれからどうなりました?」
「懇々と説教をして、レッドドラゴンが付きっきりで仕事を教えている。未だに自分たちは強い種族だと勘違いしている者たちが多い。自分の役目もまともにわからないのに、古い価値観だけは一丁前で一つも動かない。このままだと竜種は滅びる」
黒竜さんは同胞を見て憂いているらしい。
「レッドドラゴンも昔は引きこもりだったからなぁ」
「あ奴は、引きこもっていた分、人一倍動かないことに対して憤りを感じるからな。『俺みたいになるな。竜も腐ることがある』が口癖になっている」
竜の島では以前、ドラゴンゾンビが出たことがあると聞いた。
「ほら、な。強いだけではなんにも掴めないだろ?」
アイルさんは、そういって俺を見た。
きっと、お金や種族の誉れとも違う。
「繋がりですか?」
「商売には、それも重要だ。だけど、それだけでは仕事にはならない」
「コウジよ。お前の親父さんが会社を作った頃、ほとんど誰からも信用されていなかったのだぞ」
「繋がりを大事にしていたら、うちの会社もフロウラ止まりだったね」
アイルさんも黒竜さんも、なぜか頷きながら笑っていた。
「じゃあ、なんです?」
俺はそっと録音機のスイッチを押して、こっそり魔力を流した。
「その場、その時代には、必ず役割を持った者が現れる。人間でも魔族でもそれは変わらない」
「勇者ですか?」
「近いな。勇者はどうして勇者になった? 勇者はたった一人ではなれない。周りに自分の役割がわかる者たちがいたからさ。そもそも人類の勇者を選出する流れがあったからだ。冒険者という職業が世界中にあったからだ。私たちも挑戦したが、時代が選んだのはセーラだった」
「そうだ。時代に選ばれる者がいる。もしかしたら、選ばれるのは意思を持たない物かもしれない。ただ、それさえ見えていれば、自分が何をすればいいのか迷うことはない。それを仕事にすればいい」
「なるほど。すみません。今の話、ラジオで流していいですか?」
「ラジオだと!?」
「ええ、録音してたんです。それから、アイルさんはコムロカンパニーの副社長として、インタビューさせてください。黒竜さんも竜たちを束ねる秘訣を教えてもらえませんか。お二人の話は誰にとっても興味深いものが録れそうなんです」
「コウジ! お前という奴は……」
アイルさんが俺にヘッドロックを駆けてきた。巨乳の肉圧が苦しい。
「いい話でしたよ! だから、もうちょっと話を……。いてぇっ!」
「お前だから話しているというのに、こちらの気も知らないで!」
「でも、俺だけに聞かせるにはもったいないですよ! それに時代の役割の話は残しておいた方がいい!」
総合学院のラジオ局局長として、この音声だけは録っておきたい。
「いいから消せ! そんなもの!」
「嫌です!」
俺はどうにかアイルさんから抜け出した。
「なんでだ!?」
「俺たちは……アリスポートにいる学生たちは、今まさに自分たちで時代を作ろうと挑戦しているんです! なのに盗難事件や襲撃事件で攻撃を受けて、壊されようとしている……。俺たちは自分たちの役割を全うしたいんです! アイルさんの言葉は! 黒竜さんの言葉は! どれだけ計画を潰されても、仲間が傷つけられて怒りに震えても、きっと俺たちを奮い立たせる! 『己の役割を全うしろ!』そう先人たちが言うのなら、俺たちは動くことを止めないでいられる!」
アイルさんも黒竜さんも、真正面から俺を見ていた。
「尻に青あざつけて泣き虫だったコウジが言うようになったじゃないか!? 誰が時代を作るってぇ!?」
アイルさんの殺気が増した。島全体が殺気に包まれたように、固まっている。
殺気を直接ぶつけられている俺は、顎と膝の震えが止まらない。身体が思うように動けないでいる。肺から空気が抜けていく。
「俺たちです」
「だったら、まず私を超えていけ!」
アイルさんはゆっくりと動いている。
それなのに、足の裏が地面に張り付いているのか、まったく躱せそうにない。
動け。
動け。
身体よ、動け。
何度も呼びかけても、自分の身体が動かない。殺気に圧されている。
こんなところで止まってなどいられない!
時代が動くんだ!
俺たちが時代を作っていくんだ!
シェムの人工ダンジョンを広めていくんだ!
時代が変わる発明だ!
商人が変わる!
冒険者たちが変わる!
ダンジョンの概念が変わる!
人の流れが変わる!
町だって変わる!
時代の流れがくる!
俺が推す!
世紀の発明を推す!
誉れなどいらない! 金など要らない! 人の生活を変えていくんだ!
止まっていた者の背中を押すんだ!
目の前にアイルさんの剣の切っ先が見える。
傾くだけでいい! 俺の身体よ、倒れろ!
切っ先が頬をかすめて、血が飛んでいく。
目の前にアイルさんの胸があった。
ズンッ!
当たったのは俺の体の中で一番固い頭蓋骨とアイルさんの胸骨のはずなのに、俺の頭はふらふらとして気絶しそうになった。
「悪くない意志力だね。最後、一瞬身体を前に倒したろ。仕方ない先人の端くれとして協力してやるよ」
「コウジ。お前は親父さん、そっくりだな。自分の役割がわかっていて、そこに情熱を傾けられる。仕事っていうのはそうじゃなくちゃな」
アイルさんと黒竜さんは笑っていた。
島を覆っていた殺気が消え、鳥たちが飛び立った。息を止めていた竜たちも、大きく深呼吸をしている。
天地がひっくり返って、俺がどれだけ鍛えたとしても、やっぱりアイルさんには敵わないことがわかった。
その夜、山の上の洞窟で大型の魔物を焼きながら、俺はアイルさんと黒竜さんのインタビューを録らせてもらった。
正直、親父がコムロカンパニーを作った当時のことを聞いて、頭がおかしいんじゃないかと思った。
「普通、船荒らしなんか雇わないだろ?」
「その後、我輩たちが綿畑に呼ばれたのだ。当時はまだ神も邪神も出てきていたのだぞ」
「そうそう。今じゃ、すっかり姿も見えないけど、世界樹が花を咲かせる頃には、必ず来ているはずだ。しっかり二つの盃からお神酒がなくなっているから。コウジもお供えしたことがあっただろ」
「ああ! あれって神様用だったんですか?」
自分でやっておいて、知らないことは多い。
「そうか。コウジはあれだ。自分でやってきたことの理由を、ちゃんと知ることに重点を置いた方がいいかもしれないよ」
「そうですかね?」
「私に限らず、ベルサも、メルモも、セスも、ナオキの息子とどう接していいかわからない時期があったんだ」
「え? 俺としてはかなり濃密な時間でしたけど……」
「ナオキそっくりなのに、ナオキよりも予測不能なことを言うし。あ、それは今でもか」
「そもそもラジオというのはどういうものなのだ?」
黒竜さんはラジオ自体知らないらしい。
小型のラジオを渡して、放送を聞かせてあげると喜んでいた。
「これはいい物じゃないか。一方的に多数に知らせるということだろ? あ? 何をこんなにふざけて……、ああ、なるほど会話を楽しむのか。これはいい酒の肴になりそうだ」
概ね理解していた。
『文化祭まであと3日と迫ってまいりましたけど……』
ラジオからウインクの声が聞こえる。遠く離れた竜の島でもルームメイトの声が聞こえるというのはいいものだ。
「3日と言っているが、大丈夫なのか?」
黒竜さんが心配そうな顔でこちらを見た。
「なにがです?」
「コウジ、この島からアリスポートまで空飛ぶ箒で行くと1日半はかかるぞ。今夜寝ると文化祭まであと二日だ」
「え? ああ、そうか。移動時間があるのか」
でも、アイルさんと一緒に飛べばそれほど時間はかからないだろう。
「言っておくけど、私は仕事の後始末で港町に戻るからな」
「え!? そんなぁ」
「若い竜に送らせてやってもいいけど、空飛ぶ箒よりは遅いぞ」
アイルさんとの戦闘で魔力は削られているから、どうしても回復するために睡眠は欠かせない。明日、戻ったとして時間は半日。
「黒竜さん、島の名産はありませんか? 何でもいいんです」
「何でもいいって言われても、竜饅頭でも持って行くか?」
「饅頭なんかどこにでもあるじゃないですか。そう言うんじゃなくて、この島ならではの……」
「じゃ、毒だな。即効性の毒がある」
「人間の学校の文化祭で毒を売るな!」
アイルさんからツッコミが入った。
「キャバクラはどうだ? 竜の人化の魔法を見せてやるぞ」
「連れていけないじゃないですか」
「コウジもわがまま言うなよ。そんな、竜がほいほい名産なんて出せるわけがないだろう?」
「そんなことはない。この島だって名産が多いはずだ。人類の勇者が選ばれた島だぞ」
「コウジが行っている学校は、勇者が在籍していた学校だよ」
「じゃ、勇者煎餅は売れないか?」
「売れませんよ。竜の島っぽくないし。これなら竜を祀っていた町の方が特産品が多いくらいです」
「面目丸つぶれじゃないか。ちょっと待ってくれ。おい、皆、特産品を探せ!」
「こんな夜中にですか!?」
「ないものはないんだからしょうがないじゃないですか」
「無理して作ってもそれは特産品とは言わないんじゃないですか?」
竜の女性陣は愚痴を垂れていた。
「でも、何でもいいんだろ?」
「何でもいいです」
「コウジもヒントぐらい出してやんな」
アイルさんに言われて、竜の女性陣を凝視した。
「そのブレスレットはなんです?」
「これは、それこそコウジくんのお母さんのお茶屋で買ったものよ」
「そう。ミリアさんは私たちの好みがわかってるからね」
母さんは竜に人気があったのか。
「その巻きスカートはなんです?」
「あ、これならいいわよ! 自分たちが脱皮した皮をひも状にして編んであるの」
「耐火の効果も仕込めるから重宝しているわ。古いのならあるけど持って行く?」
「お願いします。これって、それぞれで模様が違うんですね?」
「そりゃあ、同じだったら間違うでしょ」
幾何学模様が美しいスカートだ。竜は長い間、魔法陣に慣れ親しんでいるからか、耐火以外の魔法効果もあるらしい。
いろいろと話を聞いて、古い巻きスカートを借りることにした。
展示はどうやってするか。
「ウインクが着てくれればいいのか」
「文化祭が終わって引き取り手がいなかったら、知り合いの竜の娘にあげて。ダサいことしてないで、こういう物の価値に気がついた方がいいのよ」
「わかりました」
竜は人化の魔法を解けば一気に大きくなる。着るものも選ばないといけないから、難しいのだそうだ。先輩たちは意外に後輩を考えている。
翌早朝、俺は眠い目をこすりながらアリスフェイ王国の王都へと旅立った。
途中、大きな嵐に見舞われ、時間をロスし、孤島で仮眠。一日半と予定を立てていたが、結局、アリスポートの総合学院に辿り着いたのは、前日の深夜だった。
「遅いわよ!」
「遅れるなら言ってくれないと!」
ウインクもミストも怒っていた。
「ごめん。とりあえず展示だけさせて」
「雷帝の村から来た踊り手さんたちがリハーサルしていたんだけど、いいんでしょ?」
「それでいい。ありがとう」
「ちょっと待て! コウジ、アイルさんと黒竜さんにインタビューしてきたのか!?」
グイルは録音した音声を聞いて、目が飛び出していた。
「そうなんだ。深夜だけど、放送しておこうぜ」
『時代が選ぶ』
『己の役割を全うしろ』
文化祭前日、放送したアイルさんと黒竜さんの音声は、火の国まで届いたという。
俺は旅の汚れを風呂で洗い流し、竜の巻きスカートをラジオ局に展示していった。
学内では、夜中だというのにそこら中で魔石灯の明りが灯っていた。金槌の音や木を切る音が鳴っている。他の学生たちも最後の追い込みをしている。
文化祭が始まる音が聞こえていた。