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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』

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『遥か彼方の声を聞きながら……』19話:ロケーションは財政赤字


 翌日、録音機と小さな集音機、それから予備で買っていた発信機の準備を始めた。地方のロケに行ってみないことにはわからないことがあると思う。


「コウジ、ちょっといいか」

 ゲンズブールさんが、ラジオ局に入ってきていた。

 テーブルに広げた地図には、丸印を書いてる。


「校長の支援者がいる場所だろう?」

「そうです」

「山間部と辺境の漁村が多い地域だと思うんだけど……」

「はい。移動は慣れているので、問題はないですよ」

「ああ、それについては心配していない。行く場所について調べてはいるのか?」

「いや、当たって砕けろ的に思ってますけど……」

「それじゃ、ダメだ。いろんな利権が絡んでいるし、すでにその地方が活性化しない理由がわかっている場所もあるから、行くだけ無駄という場所もある。それにちょうど今は収穫時期が終わって祭りが開催されている時期だ。突然やってきた学生は警戒されるかもしれない。あくまでも主役は地方の人だということを忘れるなよ」

「もちろん、そのつもりですよ」

「ならいい。祭りの催し物や文化的なものがあったら、文化祭に呼んでも構わないから。旅費等は学院で負担すると言っておいてくれ」

「え? そんな約束していいんですか?」

「問題ない。俺が文化祭実行委員長だ」

 体育祭に続いて、文化祭まで取り仕切るのか、この化け物は。


「狙い目は山間部の収穫祭と、海辺の豊漁祈願祭だな。あと、遠方の領地も見に行ってやってくれないか」

「ええ、いいですけど、何かあるんですか?」

「この学院にも都会と田舎の差別がいつの間にかあってね。田舎から来た学生たちが縮こまっていることがある。自分たちの故郷に誇りがあるから、簡単にはグループを作ろうとしないし、集まることもない。ただ、友だちができずに学業が疎かになってしまう。でも、故郷から出て、どうにか知識や知恵を身につけて錦を飾りたいと思っている学生がいるんだ」

「なるほど。彼らの背中をちょっとでも押せるようなものがあったら、買ってきますよ」

「頼む。文化祭まで時間があまりない」


 1週間ほど。人を呼ぶなら竜の乗合馬車を使わないと文化祭に間に合わない。

 ゲンズブールさんなら馬車代を払ってくれるのだろうが、俺は竜たちに顔が利くから、呼ぶなら割安にしてもらおう。


 ラジオは、局員がいるので安心だ。


「大丈夫。私たちでやっておくよ。文化祭を盛り上げるためでもあるんでしょ」

「その通り」

「全然、学生のお店を紹介できてないんだから、順番に放送していくだけでも残りの日数を使ってしまうわ」

「ラジオショップも最近は通りの人たちが協力してくれてる。魔体術をやっている学生たちが来て、万引き犯を捕まえたからな。レビィさんとマフシュさんがポスターを作り始めてるし、鍛冶屋連合が作った魔石灯のランプがバカみたいな高値が付いている。あれは本当に売るのか?」

 マニア御用達になっているのかもしれない。

「ゲンローさんに聞いてみてくれ。新しいギルドを作るのに、必要な資金になるのかもしれない」

「わかった」

「じゃあ、いってきます!」

「いってらっしゃい」

「お土産、よろしく」

「文化祭に遅れないようにね」


 ラジオ局を出て、食堂で弁当を買う。


「また、どこかに行くのかい?」

「そうなんですよ」

「進級できそうかい?」

「ああ、どうなんでしょう。裏金とか誰かに渡した方がいいですかね?」

 そう言うと、料理人たちは笑っていた。

「大丈夫。おばちゃんたちに任せておきな」

「先生方に何か言われたら、コウジくんが頑張っていたことはちゃんと証言しておくから」

「ありがとうございます」


 皆、ラジオに出てくれてから、顔見知りになっている。保存食の固いパンも多めに貰ってしまった。


 門ではゴズさんに会った。


「また、コウジはどこに行くんだ?」

「文化祭を盛り上げようと思って」

「まぁ、壊れた石柱も直ったし、当日は警備も増えるからいいんだけど……。授業は大丈夫なのか?」

「それなんですよねぇ」

「まぁ、年明けも春までくればいいか。補習があれば付き合ってやるよ」

「補習なんてあるんですか?」

 また、夏休みみたいに放り出されるよりはいいか。

「でも、ダンジョン学も取れましたし、家庭科もほぼ終了して、あとは魔道具学だけなんですよね」

「一般教養は取らなかったのか? 算学とか薬草学なんかは?」

「取ってません。計算は母親の店である程度学びましたし、薬学はベルベ先生とはちょっと距離を取りたいので」

「薬学と薬草学は違うぞ」

「え? 違うんですか?」

「薬草学は採取の仕方とか育てる方法、毒草の見極めなんかをやっていた」

 採取も毒草の見極めも世界樹でやってきたことだ。


「育てる方法は知りたいなぁ。それってまだ受けられますか?」

「ああ、年明けでも大丈夫じゃないか。人気ないから。でも、どの授業も取ってみると面白いぞ。高学年からのアドバイスだ」

「ありがとうございます。いってきます」

「おお、行ってこい。文化祭には帰って来いよ。店を出すことを楽しみにしている学生が増えたからな」


 俺は門から出ていって、ラジオショップがある通りを進み、王都・アリスポートから出た。

 街道を進み、人通りが少なくなったところで森に入って、山道を進もうとしたら、軍の演習が見えた。空中戦を想定しているらしい。


「こんにちは」

「なんじゃ? コムロの倅じゃないか?」


 よく見かける小さなおじさんに話しかけた。おじさんは偉い人らしく、演習を見守るだけのようだ。背後にはたくさん空飛ぶ箒が立てかけられている。


「ちょっと遠出をするんですけど、空飛ぶ箒を貸してもらえませんか?」

「軍の備品じゃ。無理に決まっておるだろう」

「そうですよね……」

「もし、この場で箒を使った模擬戦に参加するなら許可をしても構わん。もしくは、地上から今、空を飛んでいる兵士たちに一発でも攻撃を当てたら、貸してやってもいい」

「え? いいんですか」


 俺は小石を拾って、空飛ぶ兵士の胸当てに当てた。

 あっさり落ちてしまう兵士たちを受け止めて、おじさんに見せる。


「一本、貸してもらえますね」

「嫌な予感はしていた。仕方ない。ただ、少し飛び方を教えてやってくれ」

「いいですよ。足の裏から魔力を出して、箒を掴むんです」


 勝手に立てかけられている箒を一本取って、飛び乗ってみた。

 初めは柵の上に立っているようにバランスは取れないが、そのうちにできるようになってくる。


「バランス感覚の練習なんですが、体術とかでも重要なので、訓練に取り入れてみてください。では、必ず返しに来ますからぁ~」


 そう言って、俺は上空へと飛んだ。


 空は秋晴れ。

 久しぶりに空を飛ぶと気持ちがいい。

 竜の学校では、飛べない竜に付き合っていた。種族としては飛べるはずなのに、怖がりが多い。怖がる方がケガをするのに。


 ひとまず、王都から南へと向かい、目星をつけていた山間部の町へと向かう。


 昔から竜神様を祀る竜の町として栄えていたらしいが、おそらくその竜というのはレッドドラゴンさんだ。親父が火山で引きこもっていたのを出して、黒竜さんに預けたと聞いている。

 町の近くには、竜の乗合馬車が停泊する駅もあるし、観光地としてはいいと思うのだけれど、交通の便が悪すぎるようだ。

 竹細工などが盛んだが、わざわざ竜の乗合馬車に乗ってまで行くような旅人はいないらしい。


 そもそも山間部だから、農業をするにも作物が限られている。

 近年では山の麓の町とも交流が増えて、若者の流出が止められないという。


 実際に行ってみると、竜神祭りをやっていた。

 レッドドラゴンさんが大雨の時に、土砂災害を止めたことが伝説になっているらしい。通信袋で本人に聞いてみると、「そんなことあったかもな。でも、土砂で洞窟の入り口が埋まると厄介だから、人のためというよりも自分のためにやったことなんだけど……」と言っていた。


 今では竜の乗合馬車を取り仕切る副社長だ。


「よく利用してくれているみたいだから、町の人たちにお礼を言っておいてくれ」

「わかりました」


 レッドドラゴンさんは、乗合馬車の利用率がいいと言っていたが、町では観光客の姿を見ない。流出しているはずの若者の姿は見るし、民族衣装を着たり、鱗模様の入れ墨を入れたりしている。


 なにかおかしい。


「こんにちは」


 肉を挟んだパンを売る屋台の店主に声をかけてみた。


「おお、観光客とは珍しいな。どこから来た?」

「王都からです。すごい大きなお祭りですね」

「そりゃそうさ。竜神様はここら辺一帯では一番偉い神様だからな」

 レッドドラゴンさんは偉いのか。


「レッドドラゴンさんはお礼を言ってましたよ」

「誰が?」

「昔、この辺りに住んでいた竜です。ほら、土砂災害を止めたっていう竜。今は竜の乗合馬車を取り仕切っているんですけど、よく利用してくれているって」

「ええ? 竜の駅があるのは知っているけど、誰も使ったなんて話は聞かないぞ。竜神様たちに運んでもらうなんて恐れ多いからな」

「竜神様たち? 竜神っていうのは何人もいるんですか?」

「そりゃあ、いるさ。そのために我らの町は総出で、祭りの準備や毎月お供え物をしているんだから」

「町は財政赤字だと聞いてますが、それよりもお供え物を優先してませんか?」

「もちろんだ。ここの若者たちは麓の町で稼いできて、町でお供え物を買ってくるんだ。これで『竜の守り人』の称号を頂いているのさ」


 この町が赤字である理由がわかった。


「学校にも寄付しているとか?」

「領主が昔世話になったらしいが、今は知らんぞ」


 やはり来てみなくちゃわからないことがある。

 俺はすぐにレッドドラゴンさんと黒竜さんに連絡して、事情を説明した。怒号らしき声が聞こえたが、俺は知らない。


 町の人たちに竜神が居る場所を聞き出し、俺は昔の同級生に会いに行った。

 竜の駅にほど近い森の中で、同級生たちが酒盛りをしている。


「何をやってるんだ? お前らは」

「あれぇ? コウジじゃないか!」

「コウジもこっちに来て飲みなさいよ。ここはいいところよ。竜に優しい」

 

 図体の大きな竜たちを食わせる分を、商売に回せば町の赤字は減るだろう。


「それはお前たちのお陰じゃなくて、昔レッドドラゴンさんが町を助けたからだろう? いつから町の人たちは優しくなった?」

「いやぁ、俺が乗合馬車をやり始めた頃には、先輩に教えてもらったから、ずっとじゃないか?」

「お前たち、働いてもいないのに、どうして酒を飲んでいられるんだ? その料理はお供え物であって、お前らが飲み食いしていい物か?」

「だって竜の食べ物って言うし、いいんじゃないの?」

「いいわけねぇだろ!」


 メスの竜とはいえ、逆鱗をぎゅーっと掴んでやった。乗合馬車の使用率がいいんじゃなくて、備えてある品を売って売上として計上しているだけだ。人と魔族が住めるように苦労した人たちが見たら激怒するのは間違いない。


「痛い! 何をすんのよ!」

「悪いけど、黒竜さんとレッドドラゴンさんには報告済みだからな。逃げられると思うなよ」

「逃げるって何がぁ!?」

「コウジは飲まないの?」

 まだ同級生だった竜たちはわかっていないらしい。


「ちゃんと全部返せよ。それはお前たちが飲み食いしていいお供え物じゃないからな」

「え~? なにを嘘言ってんの~?」


 呆れたので、俺は町で竹でできた民芸品を買い込み、次の町へ向かうことにした。

 俺が町を出る頃に、黒竜さんとレッドドラゴンさんが町の上空を飛び、祭りに来ていた人たちが指を差して喜んでいた。


 どこかから竜の咆哮が聞こえたようだが、俺は先へ急いだ。


 次はクーべニアからほど近い北東の田舎町だ。

 雷帝の出生地として有名らしいと、ゲンズブールさんのメモには書いてある。申し訳ないが、雷帝そのものを俺は知らない。入学するときに、そんな名前を聞いた気がするが、忘れてしまった。


 農業が盛んで、雷魔法を使って空気中の窒素を水に溶け込ませる技術があったのだろう。

 キノコも名産品として有名で、キノコ焼きやキノコ汁なんかが屋台で売られている。自然が豊かだからか、フィールドボアなんかもよく獲れるらしい。


「なんで赤字なんだ?」


 教育にも熱心で、冒険者たちも誘致しているらしい。酒場も充実していて、宿も多い。

 ただ、人通りは少なかった。


 雷の形を彫ったペンダントや民族衣装が特徴的だった。ちょうど近くの村で収穫祭をやっているというので見に行くと、太鼓の音に合わせて歌を歌い、独特の踊りを踊っていた。

 雷の精霊と豊穣の神に捧げる静かな踊りの後に、半裸の男たちが出てきて、邪気を払うため地面を踏みしめながら踊っていた。顔に入れ墨をしている人たちもいるからか、ちょっと怖さがある。これなら悪魔も逃げるかもしれない。


 観光客もちらほらいるし、いよいよなぜ赤字になっているのかわからない。


 町に戻って、冒険者ギルドに併設されている酒場でミルクを飲みながら、ちらっと掲示板を見た。ほとんど依頼書は張られていない。


「暇なんですか?」

 思わず、酒場のマスターに聞いてしまった。

「ん? ああ、兄ちゃんは冒険者かい?」

「まぁ、そんなところです」

「あんまりここにきても仕事はないぞ。数年、魔物の被害も出ていない。それなのに、冒険者を呼んで、稽古だ訓練だと騒いでいるのさ。もう兵士が稼げる時代でもないだろう? 冒険者だったら南半球に行った方がいいぞ」


 酒場のマスターはすっかりやる気がないらしい。


「でも、雷帝の親戚が王都の学校に来てませんか? 俺は、その学校から来たんですけど」

「ああ、領主の末の息子が行っているはずだよ。兄さんたちは王都の学校に行って、帰ってきたら文官みたいなことをやっているなぁ。どうだい? 雷帝の家系は王都でも有名かい?」

「いえ、目立った活躍は見ていませんが、もしかしたら俺が見えていないだけかもしれません。大きな学校だから」

「首席で卒業すると息巻いていたが、現実を知ったか。領民としても、治水工事とか農業改革とかしてほしいんだけどね。伝統的に血の気だけは多いから……、あ、ほら、また無駄な訓練が始まるぞ」

 ぞろぞろと冒険者ギルドの訓練場に、筋骨隆々の町人たちがやってきた。


「君も冒険者なら少し鍛えてみるか? ひと月くらいで酒樽くらいなら担げるようになるかもしれんぞ」


 マスターが腕まくりをして、太い腕を見せてきた。マスターも冒険者ギルドの職員なのだとか。


 訓練場には筋肉を鍛える器具が大量にあり、重そうなこんを振り回していた。



「誰だ、そいつは?」

「旅の冒険者見習いです。本当は王都の学生で、どんな訓練をしているのか知りたくて」

「おお、まさかエレクドレーク卿に興味があるのか?」

「ええ、まぁ」

「よぅし、これを振り回してみろ」


 重い棍を渡してきた。木製の太い棒で、筋トレには向いているかもしれない。戦うとなると長いので、場所を選ぶ。地面に魔法陣を描くなら、もう少し細い方がいいだろう。


「固いですね。樫ですか?」

「ん、ああ。なかなかやるな。これはどうだ?」


 別の町人が、鉄製の大槌を持ってきた。

 ヘッドは重いが別にバランスを取れるので、どうということはない。重さに振り回されると、逆に扱いづらいと思うが、このくらいは世界樹でもやっていた。


 重力魔法がかかった木刀を持たされ、セスさんと素振りをしたことを思い出した。ゆっくりやった方が筋肉には効くと言っていたが、素振りも一つだけでなく、いろんな部位が鍛えられるようにと、いろんな振り方を教えてもらった。あの時は、前腕が異常な太さになったのを覚えている。


「あ、すみません」


 気づくと、汗だくで大槌を振り回していた。


「君みたいに鍛えるのは、王都では普通かい?」

「どうでしょう。普通のつもりでいますけど」

「手合わせをしてもらってもいいかな?」

「はい」


 革を巻いた木刀を手渡された。木刀なら扱いやすい。


「いくぞ!」

「どうぞ」


 とん。


 突きが飛んでくる前に、胸と肩の境目を木刀で押す。気配があまりにもありすぎて、思わず止めてしまった。


 町人が木刀を振り上げると、自分の腕でこちらが見えなくなる一瞬を狙い、木刀を相手の顎に滑り込ませる。革が伸びた髭に当たっているが、顎までは到達していない。寸止めだ。


「私もいいか?」


 別の町人が挑戦してきた。

 筋肉に頼りすぎて、気配が駄々洩れになっている。魔力もほとんど使うつもりはなさそうだ。

 相手が踏み込む前に、魔力で地面を蹴り、そのまま胸を突いた。


「今、どうやって動いたのだ?」

「外から見てもわからなかったぞ」

「いや、魔力で……」


 そう言うと、町人たちはポカンとしていた。筋肉は鍛えても魔力を鍛えるということはしてこなかったらしい。だから、雷魔法にものすごい価値があると思っていたのだろう。


 その後、訓練場にいた全員と、訓練をして終了。その日は、そのまま併設された宿に泊めてもらえることになった。


「正直、俺も王都から来たというから、どれだけすごいかと思ったら、とんでもなかったな」

 井戸端で、酒場のマスターは汗を拭いながら俺に言った。井戸端は、訓練を終えた町人たちが集まっていた。


「そうですか。それより、皆さん、もう少し歌や踊りを広めてみてはどうです?」

 おそらくこの領地の人たちは、自分を鍛え過ぎて、自分たちの強みに気がついていない。


「いや、恥ずかしいだろう?」

「でも、収穫祭では勇ましい踊りで邪気を払っていたじゃないですか」

「それは、まぁ、祭りだからさ」

「俺たちは今まで、雷帝のお膝元で、自分たちが鍛えた体を誇りに思っていた。それがこれほど打ち砕かれたことはない。立ち直るから、少し待ってくれ」

「いや、これは早めに手を打った方がいい。王都でエリック様はどうしておられる?」

「雷帝の血を引く貴族の学生ですか。普通ですよ。他の学生と変わらず、授業を受けていると思いますよ」

 そう言うと、町人たちは肩を落としていた。

「普通かぁ……」

「幼い頃から鍛えておられたのだがなぁ……」

「雷魔法も、兄弟の中では最も上手であった」

「王都まで行くと優秀な者たちが集まるものだ。埋もれてしまうのだろう」

「それは王都の学生を目の当たりにしてようやくわかった」

「だから、前から何度も言っているように、筋肉だけ鍛えても強さと結びつく稽古をしなくてはならないし、商売に繋げなくては意味がないと言っていただろう?」

 酒場のマスターは気がついていたらしい。


「しかしなぁ、こんな田舎の物が王都で売れるはずがないだろう? なぁ?」

「いや、乾燥したキノコや野菜は売れるんじゃないですか? 小麦もこの地方の小麦が学院の厨房でも使われているはずですよ」

「そ、そうなのか……」


 井戸端で体を拭いたら、酒場で料理を振舞ってもらった。

 マスターは本当に料理が上手い人で、猪肉のパイ包みやニンニクたっぷりのキノコスパゲティなどの他、この地方ならではのピクルスやベーコン、サーモントラウトのチーズ香草焼きなどが出てきた。どれも王都で出てくる料理よりも多く、味もしっかりしている。


「これを売らないのはどうしてです?」

「いや、どこにでもあるだろう?」

「ありませんよ。こんなに大きなキノコは見ませんし、これほど香りのいい香草も見ません。安く買いたたかれているんじゃないですか?」

「そう言われると、そうなのか……」

「一度、王都に来てみてはどうです?」

「機会があれば行きたいのはやまやまなんだが旅費がなぁ」

「旅費はこちらで出しますよ。というか、竜の乗合馬車は乗ったことありますか?」

「竜!? 乗ったことあるわけないだろ!? あんな高いの!」

「俺は、竜と知り合いなんで、旅費は出しますから、近々王都の学校で文化祭があるんですけど来ませんか?」

「ええっ!?」

「俺たち全員行っていいのか?」

「乗合馬車に乗れる人数であれば、どうぞ。その雷帝の子孫の学生を元気づけるためにもどうですか?」

「ちょっと待ってくれ。どうするよ!?」

 

 王都に呼ばれるとなると、いろいろと準備が必要らしい。


「文化祭で歌と踊りを見せていただけると、こちらとしてもこの地方の文化を知ることができるし、とてもありがたいんです」

「だったら、太鼓も持って行かなけりゃな」

「その文化祭というのはいつだ?」

「だいたい5日後です」

「そんな急だよ。無理だろう?」

「今日やったから、無理ってことはないけど……」

「竜の乗合馬車なんて、人生で乗れるかどうかわからないぞ」

「エリック様を元気づけるためと言えば、領主様たちも文句はないはずだ」

「そんなぁ……。王都の食材を見る時間はあるか?」

「ありますよ」


 男たちは腕を組んで唸り始めてしまった。大いに揺れているらしい。



「うちの旦那が帰ってこないんだけど、何かあったかい?」

 冒険者ギルドに奥さんたちがやってきた。

 酒も飲まずに、唸っている男たちを見て、女性陣も戸惑っていた。


「何をやってるの?」

「いやぁ、この旅の青年が、実は王都の学生さんらしくてね。いろいろ話を聞いていたら、竜の乗合馬車で文化祭に来てくれって言うんだよ」

「しかも、歌と踊りを見せてくれってさ」

「エリック様も向こうじゃ普通にしているらしくて、俺たちでどうにか元気づけられないかって」

「なんだぁ……。歌と踊りなら、私たちだってやるよ。連れて行ってくれるかい?」

「いいですよ」

「いいですよってあんた……。空を飛ばせてくれるの!?」

「ええ、今から飛びますか? 空飛ぶ箒を持ってきてますから」


 そう言うと、男女ともに、口を開けたまま、黙ってしまった。


「いや、怖いのならやめときますけど、こんなおいしい料理を出してあれほどいいお祭りをしているのに、知られていないのはもったいない気がしますよ」

「観光客だって、ちょこちょこ来てるんだけどね」

「もっと大々的に宣伝してみてはどうです? 一時、王都で恥をかいて、赤字が解消されたら、いいと思いますけどね」

「でも、こんな田舎の祭りを見せて恥ずかしくないかな?」

「田舎で誰にも知られてないから、文化的な価値があるんじゃないですかね。民俗学というやつです。どんな文化も受け入れる国だと思いますよ。首狩りをしているわけでもないですし、老人を捨てに行ったりするわけでもないでしょう?」

「そうだね」

 女性陣も考え始めてしまった。


「あ、そうだ。ちょっと自分はラジオ局をやっているんですよ。皆さんの仕事を伺ってもいいですか?」

「ラジオ? なんだい、それは?」

「これです。これ」


 俺は小型のラジオ受信機を取り出した。

「ああ、これがラジオ。火の国の商人たちが使っているっていう……?」

「そうです。遥か彼方の話し声が聞こえるんです」


 アンテナを伸ばして窓に向けると、学生たちの店を紹介していた。


『レビィさんはいかがです?』

『私も、王都で一番おいしいミートパイを作ろうと思ったんだけど、小麦粉が品薄だし、いい肉がなくってさ。でも、ワイバーンの肉なんてよく手に入れたね。それをハンバーガーにするとは食べる前から美味しそうだ』

 たぶん、学生が考えた店にアドバイスしているところだろう。

『結局、レビィさんはなんのお店を出すんです?』

 ウインクが聞いていた。

『小豆だけはいいのを仕入れたから、またたい焼き屋になりそう』


 レビィがそう言った途端、後ろから歓声が上がるのが聞こえる。


「これは学生が出す店の話をしてるのかい?」

「そうです。このレビィという学生は、特待生の中でもトップ10に入る実力の持ち主で、その上料理が抜群に上手いんです」

「小麦が足りないって言ってなかったか?」

「そうなんですよ。近くでいい質の小麦粉ってありませんか?」

「ある! あるわ!」

「その歓声が聞こえていたけど、たい焼きというのはそれほど美味しいのかい?」

「ええ。アペニールの甘味なんですけど、食べたら止まらなくなりますよ」


 ゴクリとその場にいる全員が喉を鳴らす音が聞こえた気がした。


「私たちが歌と踊りを披露しに行けば食べられる?」

「そうですね」

 その後、俺は町人たちに仕事を聞いて回った。土地の良さや特産品なんかも説明してくれたので、全て録音させてもらった。


 翌朝、竜の乗合馬車に乗る一行は、民族衣装に身を包み、大きな荷物を担いで町の入り口で俺を待っていた。


「とりあえず、乗合馬車に入るだけ入るから、連れて行ってくれるかい?」

 

 俺は一行を竜の駅へと連れていった。


「コウジ。昨日の一件、聞いたよ!」

 竜の学校で先輩だった竜が怒っていた。竜神様を祀る町の話を聞いたのだろう。


「あいつら、本当にバカやったね。黒竜さんとレッドドラゴンさんが、首をねじ切る勢いだったらしいよ」

「いやぁ、元同級生とはいえ、あんな奴らだったとは本当に困ったもんです」

「ただでさえ料金が高くて、誰も乗ってくれないっていうのに……。しばらくアリスフェイでは無料で使えるようになったから、宣伝しておいてくれる?」

「わかりました。こちらお客さんです」

「ああ、どうぞ。早い、安心、揺れないがモットーの竜の乗合馬車へようこそ。どうぞ乗ってください」

「じゃあ、よろしくお願いします」

「わかった。間違いなく王都に連れていくよ」


 俺が竜に言っていると、町の人たちが心配そうに見てきた。


「君が連れて行ってくれるわけではないのか?」

「竜が連れていきます。無料になったそうですからお代は気にしないように。王都に着いたら、冒険者ギルドか総合学院へ行ってください。町行く人に聞けば教えてくれるはずですから。総合学院に着いたら、『コウジ・コムロに言われて文化祭にやってきた』と言ってくれれば通してくれます」

「コムロってまさか……?」

「申し遅れました。私、コムロカンパニー、ナオキ・コムロの息子でございます。もし何かありましたら、竜に尋ねてみてください」

「コウジは竜の学校の後輩でして、同胞よりも親しくさせていただいております。身体の大きな種族ではございますが、荒っぽい飛び方は致しません。風が出れば、竜の駅に停まりますので、どうか安心してお乗りくださいませ」


 竜の先輩も、しっかりフォローしていた。


「それでは、最初だけ、ちょっとだけ揺れますよー!」


 竜が馬車を持ち上げて、空高く飛んでいく。

 俺は手を振って見送った。



 文化祭まで時間はないが、出来るだけ校長を支援している領地を回りたい。


 次に行ったのは東側の漁村が多い領地だった。

 その中でも大きな漁港のある町へと飛ぶ。


 桟橋には漁船が並んで停泊していた。すでに仕事終わりだろうか。


 浜の方が人が集まっていて騒がしい。

 女性が多く、しかもほとんど冒険者のように見える。

 誰かが海に入ったのか。


「何かあったんですか?」

「今、出てくるから見てればわかるよ」


 ザッパーンッ!


 浜に水しぶきが舞い、背の高い赤髪の女性がロープを肩にかけて立っていた。髪をかき上げて顔をぬぐう姿は、昔と全く変わっていない。

 忙しい人なので出来るだけ関わりたくはないし、この人がいるなら大丈夫だという安心感がある。

 朝飯でも食べて早めに退散しようと振り返ったところで声をかけられた。


「コウジ!」

 俺は周囲にコウジという名の男がいないか確認した。


「お前だ。こんな町で、そんな魔力量の奴が他にいるか! デスオルカを捕まえたから、ちょっと手伝え」

「はい」


 仕方なく浜に下りて、手伝うことにした。どうやっても断る選択肢はない。


「おはようございます。アイルさん」

「おはよう。うちのバカ家族が世話になっているようだね」


 アイルさんは、朝日を浴びて眩しいくらいに笑っていた。

 コムロカンパニーの副社長で、強さだけで言えば人類で最も精霊に近いと勇者セーラに言わせた女性だ。


「肉を削がないようにゆっくり引いてくれ。私がやると、骨しか残らない時がある」

 そんな笑えない冗談も、俺は笑うしかなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 副社長、強くなりすぎ!
[一言] セスもそうだけど、アイルもレベルの影響で本編終了後から見た目あまり変わってなさそう。
[気になる点] おっと、ここでアイル登場!次回が楽しみですねぇ。
感想一覧
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