『遥か彼方の声を聞きながら……』17話:年老いた魔法使いの足跡を踏みしめる
総合学院の職員を紹介するラジオが始まり、2週間が経った。通常放送とは別に、総合学院に関わる人たちに話を聞くだけだが、どんどんと広まり、王都近くの村でフィールドボアの養豚場を経営している牧場主まで出てもらった。
食の安全に関して、相当手間をかけていることがわかった。生姜焼き定食やポークソテーなどが売れる理由も納得だ。
そんな中、魔道結社の上級生こと、塔の魔女たちから連絡が入った。
アンティワープ校長についての報告だ。
極秘任務だからか、塔の広間ではなく、魔道結社で先輩のミミモの部屋に通された。ベッドをひっくり返して、ソファーにして魔女3人が座っている。
「いや、別にいいんだけどね」
部屋主のミミモは窓を開けていた。部屋が体を洗っていない魔女たちの臭いで充満しているからだろう。それだけ苦労して情報を集めてくれたのだろう。感謝しかない。
「この部屋全体に、消音の魔法がかけてある。窓を開けてたって、外には声は洩れないわ」
幻惑魔法を使えると何かと便利だ。
「じゃ、早速私から行くわ」
ソファに座った魔女がくしゃくしゃの資料を片手に、語り始めた。
「お願いします」
「少年時代はアリスフェイの田舎騎士の息子ね。かなり早熟だったみたいで、転生者と間違われたこともあったようね。10歳になる頃には、町中に神童が現れたと評判だったから、記録はかなり残っているわ。その後、魔法学院に入学して当時では珍しく4年で卒業していた」
魔女はアンティワープの幼少期の担当だったようだが、これ以上は大して目立つ活躍はしているとは思えないとのこと。首席ではあったようだけど、優秀だったというだけだという。
「その後は私ね。魔法学院卒業後1年期間が空くの。これは魔法学院で助手のようなことをしていた記録が残っていた。もしかしたら、この時にいろんな研究をしていたのかもしれないけど、定かじゃないわ。それから冒険者になって半年と経たないうちに、アリスフェイの中央にある森の塔に住み始めたみたいね。魔法使いや魔術師が自分の研究所を持つことは珍しくはないんだけど、15、6歳の青年が研究所を持つのは今でも異例よ。そこで度々、冒険者のパーティーを組みなおしているわ。対外的には評判は良くないわね。アンティワープ青年にとって、冒険者はお金稼ぎにしか過ぎなかったみたい。それよりも自分のスキル向上に費やしたかったのね。ずっとEランク冒険者だったみたいだけど、短期間のうちに単独でAランクに上がっている」
「当時の昇格試験って魔物の討伐ですよね?」
「そうね。だから、若冠16歳にして竜に類する魔物を討伐したことになるわ。魔法の天才ね。コウジは倒したことある?」
「倒すというか、世界樹で竜たちと一緒に住んでましたから。山の麓に竜の学校があるんで、もし行く機会があれば、寄ってみてください。変な竜が増えてるんで面白いですよ」
「そう……」
魔女たちはなんか引いている。
「コウジはどう思う? 同じくらいの年齢の青年が、大量の魔法スキルをぶっ放しながら魔物を倒していっていたら……」
「どうって単純にすごいと思いますよ。同世代でも天才っているんだなって……」
「でも、自分にも魔物の対処は出来るわけでしょ?」
「ああ、それとこれとは話が別というか。俺はスキルを向上させるもなにもスキル自体、取ったこともないので、スキルでいろいろできて羨ましいなとは思いますよ」
「自分もスキルを取って、火魔法を使いたいとか思わなかった?」
「ん~……、その感覚はないかもしれません。なんというか、他人と同じスキルを持っていても仕方なくないですか? だったら、出来る人に頼めばいい。少なくとも身の回りのことややらないといけない仕事はやりますよ。魔力操作の練習もたくさんしました。ただ、それは生きていくうえで必要だったからで、目的がないのにスキルを取っても意味がないというか……」
「モテたいとかは?」
「モテたいってチヤホヤされるってことですよね。ドワーフのおばちゃんたちが何かと世話をしてくれていたので、それほど……」
「女性に触れたいとかは?」
「散々、仕事で魔物のメスに触ってますからね。今さら」
「じゃ、今から、ちょっと揉みくちゃにされてもなんとも思わない?」
「嫌だなとは思いますよ。ちゃんと許可さえ取ってくれればいいですけど」
「じゃ、いい?」
「いいですけど」
そう返事をした途端、魔女たちが一斉に俺の体を触り始めた。魔体術の訓練で、心を平静に保つというものがあったがそれに似ている。やはり先輩の魔女たちは、いろんなことを心得ているようだ。
しばらく椅子に座って、動かないようにしていると、離れてくれた。
「久しぶりに男の体を触った」
「やっぱり固いわね」
「筋肉でしょ」
パンッ!
手を叩いて、揉みくちゃにされながらかけられていた呪いや魔法を解除した。
なぜかパンツの中に入っていたパンツも取り出して、本人に返す。
「悪いね。窓の外に使い魔らしき影が見えたから、いかがわしいことをしているだけと思わせた方が都合がいいのよ」
「なるほど」
魔女たちは、全員ローブのしわを取りながら、座り直していた。ミミモも窓を閉めていた。
「スキルを使って簡単に魔物を倒したいとかはないの?」
「魔物を倒すにしても、いろいろあるじゃないですか。体内の魔石を取りだすのか、首だけ斬り落として必要な部位だけ取るとか。だから一つのスキルでどうにかなるというのはないし、練習してコツを掴んだ方が自分の癖みたいなものが見えるんで、修正しやすいんですよね」
「自分を修正かぁ。その観点はなかったわ」
「その癖で、例えば肩がズレていたり、昨日食べた物での体調管理とかもわかるんで、大事にしてるんですよね」
「いや、我々魔女には重要だわ。精神状態によって、魔力量も変わってくるからね」
「ああ、私もそうしよう。いや、そうじゃなくて冒険者としてAランクに上がったアンティワープの話よね。続けて」
「ああ、そうね。でも、そこからは塔を離れて10年以上世界中を旅しているのよ」
「あ、私か」
ミミモが自分の資料を取り出した。
「昔あった四大魔法を全部使いこなしていたから、ほぼ最強だったみたいね」
「当時は今みたいに魔物の生態調査が進んでなくて手探りで倒していたから、実際すごいんだけどね」
「それって、自分の魔法スキルを試したいっていうのがあったんですかね?」
「あったと思うよ。私たちでもどのくらい通用するのか試したいし」
「でも、一つの魔法に特化した勇者に出会って、かなり考えが変わった時期でもあるみたい。器用にどんな魔法でも使えなくても、たった一つのすごい魔法には敵わないと思い知ったようね」
「なんか事件か何かあったんですか?」
「魔物の大発生が多い時期だったからね。ウェイストランドで死者が復活し始めたり、グレートプレーンズでも畑の害獣も相当いたらしいよ」
「冒険者ギルドから依頼されていたというのもあるんだけど、とにかく自分を試すように世界を旅していたみたい。ルージニア連合国の中央にもっとも長く滞在していたと手記に書いているわ。当時もいろんな種族が集まっていたから、面白かったんだと思う」
「その後ね。空白の期間が3年半ほどあって、いつの間にかアリスフェイ王国に戻っていて、塔の研究者から魔法学院の教師になって、6年で校長になってるわ。そこから30年以上ずっと校長として学生の教育に携わっていると」
「空白の期間に結婚は?」
「してない。ただ、恋愛については否定的じゃないわ。個人的なことだから大いに恋をするといいと学生たちには言っているわ。種族や性別で差別しない思想だから、同性愛者なのかもね」
「へぇ~」
よくはわからないが、差別しないだけで、同性愛者だと思われることもあるのか。
「校長に就任してから、何冊も本を出しているわ。魔法スキルの発生についての論文ね。数多くの精霊の加護を見て来たからか、どんな僻地にいても才能は開花すると主張しているわ」
「それだけ聞くと立派なんですけど……」
なぜか学生の研究成果を盗むようなことをしている。しかも別の学生を犯人に仕立て上げてまで。
「魔法学院への就任に関して、貴族たちからの推薦が数多くあったの。おそらく空白の3年半の間に関係を築いたと思うんだけど、冒険者ギルドにも記録は残っていない」
「特殊な依頼を請けていたのではないかな?」
「つまり冒険者としてではなくなにか別の役職が与えられているということですか?」
「コウジもなんか冒険者をクビになったとか言ってなかった?」
「そうです。特別要注意人物兼外部冒険者補助員です」
「なに、その長い役職は……?」
「俺もわかりません。とにかくその3年半を調べろとダイトキ先輩は言っているわけですね。ちなみに校長が住んでいた塔の場所って正確にわかりますか? 授業もほとんど単位は取れてるんで直接調べに行ってきます」
「ええ。地図上ではこの位置ね」
アリスフェイの地図を出してきて、ミミモが教えてくれた。
「それから、この魔法陣の札も持っていって。一本足せば千里眼の魔法が起動するようになってる」
「ありがとうございます」
俺は特待十生に警備の仕事から束の間、抜けることを報告した。
「事件に関することか?」
ゴズはまっすぐ俺を見て聞いてきた。
「非常に関わっていることです。これ以上の暴挙が起こらないようにするため必要な捜査だと思います」
「わかった。行ってこい」
それから道場で稽古中のルームメイト兼ラジオ局員たちにも伝えておく。
現在3人は、シェム、ドーゴエ、アグリッパに魔体術を教えられているところだ。本人たちが俺の迷惑にならない程度には強くなりたいと申し出て、実現したことなのに、結構つらそうにしている。
「しんどい……」
汗まみれのウインクは、俺が現れた途端、道場の床に倒れこんだ。
「呼吸よ。呼吸!」
黒装束のミストは、脳内麻薬が出てだいぶハイになっているようだ。
「コウジは幼い頃からずっとこんなことをしていたのか?」
グイルは水を飲んで汗を拭いながら聞いてきた。
「やめておけ。そいつは、立つのと一緒に覚えているような奴だ。比べるだけ辛くなるぞ」
ドーゴエが俺の代わりに答えていた。
「本当か?」
「わからないけど、いろんな人たちと遊びながら覚えていった感じかな。シェムさんはやっと工房から出てこられましたね?」
「うん、頭おかしくなりそうだったから、誘ってくれてちょうどよかった。アーリム先生とずっと話していると、自分の考えてるスケールの小ささにやられちゃうのね」
アーリム先生は、親父たちの会社に世界中を連れまわされている上、常識の範囲外から発想がくる。本人としては単純化していると思っているところに、問題があるけど気づいていない。正攻法と裏技とは、別の方法を実践してくるから厄介だ。
シェムが言うには、散々丁寧に削って作ったダンジョンコアの制作を単純化しようとしているらしい。魔石に魔法陣を描いた紙を載せ、隙間を真空状態にして吸引した方が早いんじゃないかと吸引機の魔道具を作り始めているのだとか。
ダンジョンコア作りの製作補助具と思っているらしいが、シェムはその時点で、力が抜けてしまったのだとか。職人の技を、単純化して魔道具にしてしまおうとしているのだから、職人であるシェムは混乱するのは無理ない。
これだから大人はわかってくれないと言われるんだ。
「ダイトキが帰ってくることがわかって、私も気が抜けちゃったよ」
「こういう時ほど狙われるから、気をつけろよ」
アグリッパは、寝ている時でも、耳に魔力を込めて周囲に注意を払う方法を教えていた。
ドーゴエのゴーレムたちもいるし、大丈夫だろう。
俺は食堂で、お弁当を買い、事務局で校外活動の申請をしてから、学院を出た。申請内容は秋に発生する魔物の研究調査だ。魔物に侵入されそうになった学院は、すぐに認めてくれた。
ミミモに貰った地図を確認し、王都を南門から出て街道を直進。街道脇に森が出てきたら、森の中を移動した。基本的に、街道で行商人や馬車に気を遣いながら走るよりも、森の中を駆け抜けた方が速い。
何度も木漏れ日で地図を確認して、領地の狭間を行く。
領地の境目は手つかずの森が多く、分断するような街道もない。むしろ川になっていたり、山脈があったりして、冒険者でもない限り通らないだろう。冒険者をクビになった者からすると、とても通りやすい「道」だ。
もちろん「道」になっているくらいだから、山賊には出会う。目が合って話しかけられる前に、通り過ぎるので襲われることはない。背中で「魔物の類か」と聞いたが、放っておいた。
目的の塔近くだと思う森まで来ると、自分のいる位置を確認するために、町へ向かう。地図に描かれている町だとわかりやすい。
「こんにちは」
冒険者ギルドに立ち寄り、森の中にある塔について聞いてみる。
「ああ、それなら、かなり森の奥の方ですよ。今はほとんど行く人はいないですけどね。一応、領主の管理になっているはずです」
「そうですか。観光として行ってみてもいいんですかね?」
「ランクはおいくつですか?」
「ランクはなくて、冒険者の補助員なんですけど……」
「でしたら、誰か冒険者を誘ってみてください。依頼出しますか?」
「お願いします」
財布袋を持ってきてよかった。
「あれ? コウジじゃないか?」
依頼書を書いている最中に話しかけられた。
振り返るとロバートさんがいた。
「あれ!? ロバートさんじゃないですか!?」
「覚えてくれていたか」
「クーべニアの人じゃなかったんですか?」
「結婚前に、フィアンセの実家の方でちょっと手伝っているんだよ」
学院を辞めてすぐに結婚とは、なかなか早い人生を送っている。
「それにしても、俺たち、よく会えましたね」
「いや、本当だ。世界は広いけど、世間は狭いなぁ」
偶然にしては、信じられない確率だ。おそらく俺とロバートさんには、なにかしら縁があるのだろう。
「ところでコウジは何しにこんなところまで来たんだ? 課外授業でも来るようなところじゃないだろう?」
「ええ、ちょっと調べたいことがあって森の塔に行きたいんですけど、冒険者の知り合いいませんか?」
「コウジなら一人でも行けるだろうに」
「それが、俺は冒険者ギルドをクビになって冒険者補助員なんですよ」
「冒険者ってクビになることあるのか!?」
「俺がどの依頼を請けるかの賭けが始まっちゃったみたいで」
そう言うと、ロバートさんは肩を震わせて笑っていた。
「お前の周りは、おかしなことしか起こらないな。これでも俺は冒険者の端くれだ。俺が付き合うよ。その代わり、畑にやってくるフィールドボアと一角ウサギの討伐を手伝ってくれないか」
「お安い御用です」
結果、冒険者ギルドには依頼書は出さず、ロバートさんの案内で塔へ向かうことになった。
その前に、ロバートさんのフィアンセがいるという、畑へと連れていかれた。
ロバートさんのフィアンセは領主の家系の人だそうで、次期領主の姪にあたる人だとか。
金髪、碧眼で、背が高くがっしりとした体形の女性だった。愛嬌があって、領民からは好かれているという。
「こんにちは」
「随分小っちゃな冒険者を連れて来たね。大丈夫かい? ロバート」
心配そうにロバートさんに聞いていた。
「ティナ、身体の大きさと仕事の出来不出来は関係ないぞ。悪いけど、コウジは俺が総合学院で見た中でもトップレベルのすごい奴だ。夕方までには片が付くかもしれないよ」
「うっそぉ!?」
驚かれても、俺は頭を掻くくらいしかやることがない。
依頼としては、大きな畑の周りに広大な森が広がっていて、そこからフィールドボアと一角ウサギが作物を食べに来るので駆除してほしいというものだ。
作物の収穫は始まっているが、まだ時間はかかる。昨年、ワイルドベアという大きな熊の魔物が、小作人の家を揺らしたのもあって、冒険者に頼むことになった。
「それで、俺が来たら、確かに頼りなさそうですよね。とりあえず何頭か狩ってきましょうか。ロバートさん、解体用にナイフを研いでおいてもらえますか?」
「わかった。解体は、森の傍にある、あの小屋でやるから、持ってきてくれ。ティナも手伝ってくれるか?」
「いいけど、本当に狩れるのかい?」
「まぁ、ちょっとお茶飲みながら待ってなよ。コウジ、好きに狩っていいぞ」
「わかりました。では」
俺は、畑道を通って、森に入る。
石を拾って、近くに隠れていた一角ウサギを仕留めた。森に入ってすぐに見つけたので、かなり数が増えているのかもしれない。繁殖力の高い魔物は厄介だ。
猪の魔物であるフィールドボアも足跡を付けている。落ちている糞から考えると、それほど遠くへは行ってないだろう。
木に登って上から周囲を見渡すと、僅かにフィールドボアの毛が見えた。大きく木を揺らして、そのまま跳び、フィールドボアの頭を魔力で作った剣で一突き。気配もなかったはずだ。
一角ウサギを腰のベルトに結び、フィールドボアを担いで、森の近くにある小屋の傍に置いていく。
「おいおい、まだナイフの準備をしただけで研ぎ終わってないぞ!」
ロバートさんは呆れて白い歯を見せていた。
「一角ウサギは繁殖すると厄介なんで、一帯にいるのは狩りつくしましょう。ワイルドベアがいたら、農家の皆さんにも手伝ってもらった方がいいですよ」
「わかった。ティナ!」
ロバートさんがフィアンセを呼んでいる間に、俺は再び森の中に入る。
一角ウサギは見つけたら、石を角にぶつけて昏倒させていった。弱点が見えていると倒すのも楽だ。昔は角に当てても仕方がないと思われていたらしいが、最近の研究で角ごと頭蓋骨を揺らす方が効果的だとわかっている。ベルサさんたち魔物学者の動向は読んでおいて損はない。
大量の一角ウサギとフィールドボアを狩っていると、ダニに刺された。
「油断した」
噛まれた箇所から血を出して、回復薬を塗っておく。秋になったとはいえ、南部は残暑が厳しかったが、長袖を着てズボンの裾を靴に入れ、紐で縛った。そうでもしないと、いつの間にか病気や呪いに罹ることがある。どこの森でも、魔物の棲み処だ。油断してはいけない。
さらに探索範囲を広げていくと、魔物の棲み処になりそうな洞窟がいくつか見つかった。中は獣臭に満ちていて、ワイルドベアの棲み処らしき跡もある。壁の傷痕を見ると、別の魔物かもしれない。大蛇らしきものの痕跡は見つけた。
その中の一つに、山賊らしき者たちの装備だけが落ちている洞窟があった。
「ワイルドベアに食べられたか?」
奥に進んでみると、一層血と糞尿の臭いが増した。奥は天井が崩れ、日の光が差し込んで陽だまりになっていた。その陽だまりの中にワイルドベアが寝ている。
寝ている魔物を起こす必要もないので、サクッとナイフで頚椎を切って仕留めた。魔力の紐で手足を縛り上げ、担いで解体小屋へと持って行った。
ワイルドベアの死体を持って行くと、農家の人たちが自然と集まってきた。
「血の臭いで魔物が寄ってくるかもしれないんで、警戒しておいてください」
そう言うと、どこかからトラバサミを持ってきて、森との境界に仕掛けていた。
日が落ちるまで、一角ウサギの駆除をし続けた。
フィールドボアが一体畑に現れたらしいが、ロバートさんがあっさり討伐し「婿殿も十分に強い」と評判になっていた。俺に関しては、「王都にあんな化け物がいるのか」と話題になっていたらしい。
血抜きをして一通り解体が終わった頃には、日がとっぷりと暮れていた。
「これは宴でも開かないと失礼なんじゃないか?」
ロバートさんのフィアンセであるティナさんは、小声で聞いていた。
「大丈夫だ。別にコウジにとっては通常業務だろう?」
「ええ、特には。ただ、まだまだ魔物の気配はしているので、罠をたくさん仕掛けておいてくださいね」
「わかったわ」
「じゃ、悪いんですけど、ロバートさん、付き添ってもらっていいですか?」
「わかった。ティナ、なにかパンか何かあるか?」
「これから、また仕事?」
「そういう約束なんだ」
「体力もお化けか……」
夜食を持たされたロバートさんと一緒に、森の塔へと向かった。
「方向さえわかれば、後は水辺を辿っていくだけさ」
そう言って、ロバートさんは案内してくれたが、周囲には魔物の目がいくつも見える。この森は魔物の生息地で、見知らぬ人間が足を踏み入れてはいけない場所であることを強く感じた。
「敵意はあるのに、全然襲ってきませんね」
「え? 魔物がいるのか?」
「ええ、そこら中に」
ロバートさんは、ぴたりと足を止めた。
「ど、どうするんだ? 俺はフィールドボア一頭倒すのでも苦労していたんだぞ」
「向こうが襲ってこない限り問題はないです」
そう言ったが、ロバートさんの腰は引けている。
「総合学院での日々を思い出してください。同級生に笑われますよ」
「そうだな」
ロバートさんは、膝は震えているものの一歩ずつ歩き始めた。そのゆっくりしたペースに、魔物たちも合わせるように近づいてくる。
魔物たちも、今日一日俺の動きを見ていたはずなので、警戒しているのかと思ってたけど違うのか。もしかしたら、この先にどうしても守りたいものがあるのか。
枯れ葉を踏みしめ川岸を進んでいくと、月夜にそびえたつ塔が浮かび上がった。
塔の前は池になっていて、水中から魔物がこちらを狙っている。
「ああ、ここだ」
ロバートさんが口を開いた。
それが合図だったかのように、池からセイレーンが顔を出して歌い始めた。
「耳を塞いで! そのまま塔に走ってください!」
俺はそっとロバートさんの背中を押した。
振り返ると、樹上からアラクネが降ってきて、ラミアの群れと対峙していた。すべての魔物から殺気が放たれている。
咄嗟に俺は後方に飛び退いた。
アラクネの足が、俺がいた地面に突き刺さる。魔族か魔族ではないかの前に、逃げなければ、反撃せねば殺される。
パンッ!
手を叩いて、後方から瞳を使って呪ってくるラミアの意識を削ぐ。
魔力を操作して槍の穂先を作って、アラクネの足を飛ばした。
パンッ! パンッ! パンッ!
手を叩くたびに、アラクネの身体を切り刻んでいくと、徐々にラミアの群れが後ずさりをしていく。
塔の扉が開く音がした。ロバートさんが中に逃げたか。
アラクネの死体を四方八方に放り投げて、俺は樹上へと跳んだ。
周囲を見回すと、森の中には赤い光が無数に見えた。アラクネとラミアの群れがこちらを見ている。数にして、100頭はいる。さすがに何かしら武器が欲しい。
バサッ!
見上げればハーピーまで飛んでいる。
半人半獣の魔物の森だ。
木の枝を飛び移り、俺は塔へと向かう。
セイレーンの歌声で平衡感覚を失いそうになったが、地面に着地。ロバートさんが口を開けて呼んでいる塔へ駆け抜けた。
ゴッ。
不意に何かがこめかみにぶつかり、足を踏み外した。
俺は塔の中に転がるように入った。
塔に入った途端、扉は締められ、ロバートさんが閂をかけていた。
バタバタバタバタ……。
扉に何か小さな魔物がぶつかる音が響いた。
「闘魚だ。セイレーンがずっと操っていた。池の中からコウジを狙っていたんだ」
「気づかなかった」
「俺が、あれだけ叫んでいたのにか? やっぱりこの塔には消音の魔法がかけられている」
ロバートさんは俺の腕を掴んで立たせてくれた。
周囲を見回すと、廃墟とは思えないほど生活感が残っていた。
暖炉には火が付いているし、食材も豊富にある。一角ウサギがハーブと一緒に吊るされていた。
誰かが住んでいるのか。
「この塔はアンティワープ校長の家だったんですよね?」
「そうなのか。俺はフィアンセから、廃墟だと聞いていたが……」
俺は耳を塞いでみた。
見ていた景色が蝋燭が溶けるように崩れ、暖炉の火も一角ウサギも消えた。
「ロバートさん、耳を塞いで」
「え!? 幻覚か……」
「罠が多いようです」
俺は足元に刻まれた魔法陣を踵で割った。
隙間風が吹いて、土埃が舞う。
月明りが、細い窓から差し込む。