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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』

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『遥か彼方の声を聞きながら……』16話:失わなかったもの



 ラジオ局の被害は、集音機が焼け焦げ、これまでの台本が焼失。

 ルームメイト4人の体調はすこぶる万全だが、俺は事情聴取のため衛兵によって「訓練所」に連れていかれた。取調室のある詰所や兵舎ではないのは、なんでだろう。


「いやぁ、どうだ?」


 俺の目の前では、ダイトキさんが竹の刀を振っている。

 軽く組み手をしてくれというので、付き合ってはいるが俺自身は状況がよくわかっていない。


「やれと言われればやりますけど……」

「コウジのルームメイトたちが、少し頭を冷やしてやってくれって手紙を送ってきたから、わざわざ衛兵に頼んだのでござる」

 グイルたちが気を遣ってくれたのか。


「まぁ、衛兵たちも、新入生に校長をぶっ飛ばされると困るんだよ。いろいろとな」

 大人の事情という奴があるらしい。

「ぶっ飛ばしませんよ。被害に遭ったラジオの局員たちに止められましたから」

「そうか。いい仲間を持ったなぁ」

「でも、よくはわかっていません。なんで、逮捕されないんですか?」

「いや、実行犯は逮捕されているのでござる。貴族に雇われて掃除夫に化けていた悪漢と、職なしの者たちがな。ただ、誰も校長の名前を口にしない」

「弱みを握られてるんですかね?」

「弱者による犯罪は責めるのが難しい。被害者にも非があるのではないかと調べないといけないからだ」


 ダイトキ先輩はゆっくり攻撃してきた。同じ力加減で俺は受け止める。ウーピー師範によくやらされた修行の一つだ。 ダイトキ先輩は、動いている間は「ござる言葉」が出ない。


「俺たちは悪いことはしていないと思いますけどね」

「だろうな。世の理不尽というやつだよ。現実を見たくないという者に現実を突きつけたり、頑張って商売をしてきたのに横から来た者があっさり大金を稼いだりすると、人は何も言えなくなり、ただ羞恥心を掻き立てられ嫉妬し勝手な被害者に成り下がるんだ」

「そんな……」

 俺にとっては、よくわからない感情だった。


「コウジにはわからんか?」

「わかりません。見たくない現実はあっても、やらないと終わらないのが仕事じゃないですか。自分が努力してきても、コツを掴める者たちはあっさり抜き去っていくのが常ですよ。コツを教えてくれと言うならわかりますけど」

「年を取るとプライドという奴が、それを邪魔するんだ」

「ええっ!?」

「コウジはなにか自信のあるものはないのか?」

「ラジオが好きですけど……」

「ラジオ局を壊されたら、怒っただろ?」

「ああ、そうですね。局員を傷つけたら、ただじゃおかないと思いましたね。拳が震えていました。人生で初めてですよ。これほど、頭に来たのは」

「プライドを傷つけられると、そうなる奴がいるんだ」

「自分にとって大事なものだからですか」

「そうだ。好きだからという理由だけで、行動している者たちがいるんだよ」


 寝るのも食べるのも、好きとか嫌いとかではなく体力を回復するうえで日常的にやることだが、分業制が進むと、好きとか嫌いとかでやったりやらなかったりするのだろうか。

 死んじゃうと思うんだけど。

 世界樹における害獣害虫の駆除も、仕事だからやる。そこには別に好きだとか嫌いだとかいう感情はない。面倒くさいとかはあるけど。


「コウジも好きだからラジオ局を作ったんだろ?」

「そうですけど……、今は局員たちや関わってくれる人たちと何かをすることの方が楽しいと思ってますよ。初めは聞くのが面白いと思ってましたけどね。好き嫌いで聞かれると、好きなんですけど、それよりもツールとしてラジオ局があるというか」

「本来はそうなるといいんだろうけどな。そこまで行けない者たちもいるのさ」


 俺はそこまで聞いて、ようやくロバートさんを思い出した。家庭の事情で学院を去った人だ。

『学ぼうと思えば、いつでもどこでも人は学ぶことができる。ただ、そのことを学ぶチャンスは平等にあるわけではないんだ』

 学院を去る時にしか喋らなかったけど、俺にとっては印象的な言葉だった。


「好きのまま、深く知ろうともせずに、行動しているつもりになっている人っていうのは、驚くほど多いんだ」

「え? 好きだから行動するんじゃないんですか?」

「人間は思い込むことによって、事実を捻じ曲げていくことができるんだよ」

「でも、それは……」

「そう。その人の頭の中だけでしかない。好きでやっていたことが、いつの間にか、行動している自分というプライドを保つためだけにやっていることに変わり、自分よりもそれで人気になる者たちや金を得る者たちに嫉妬し始める。時代の状況も変わるから、そこに嫉妬を感じる意味なんてないのだけれどな」

 価値は時代の変化とともに、ずっと変わり続ける。


「これから最も変わるのは、何だと思う?」

「ダンジョンですか」

「そう。人工ダンジョンは、時代を変えてしまうツールになり得る。だから、研究しているつもりの大人たちから狙われるのでござるよ」


 ダイトキ先輩からの攻撃が止まった。


「校長は、そういう大人たちの権威の象徴であり、いろんな事情が絡み合った人なのでござる」

「だから逮捕されないんですか?」

「今はされてないだけでござる。校長が逮捕されると、いろんなところに影響が波及する。衛兵たちは責任の所在をすべてはっきりさせるつもりだ。総合学院はアリスフェイ王国によって運営されているから、国の信用に関わる。国家転覆になりかねないのでござるよ」


 総合学院には世界各国から学生が集まっている。校長が逮捕されるとなると、学生の親たちは混乱するだろう。


「さて、コウジはどうする?」

「どうって、なにがです?」

「真実を知るとどうしようもなさにも気づく。バカバカしさに呆れているが、狙われることにうんざりはしないか?」

「うんざりはするんじゃないですかね。ただ、ラジオ局は面白いですし、いろんな人が関わってくれるんで辞めないですよ。俺にとってはそれが、人間の学校に来た目的ですから」

「そうか。羨ましいのでござるよ」

「そうですかね?」

「俺も文化祭までには出る。シェムにも言っていてくれ」

「わかりました」


 その後、アイルさんのお兄さんに挨拶をして総合学院に戻った。


「狙われたのに、まだ学院に戻ってくるのか?」

 入口で、警備についていたゴズが聞いてきた。


「ええ。いろいろと事情がわかりましたから。どんな人たちが狙ってきて、誰を実行犯にしているのかも。ゴズさん、自衛のための勉強会を開きませんか? 単純にこの学院に関わっている大人がどんな人たちなのかを知るのもいいと思うんですよ。今回はそこを狙われたわけですから」

「紛れ込ませないために、普段から顔見知りになっておくということか?」

「その通りです。知ることが警備の一歩目じゃないですか」

「わかった。自衛の勉強会は道場に言えばいい。大人たちに関しては、事務局に言ってみよう。学院としても部外者を入り込ませてしまった責任がある。ラジオに出てもらうのはどうだ?」

「いいですね。とっとと集音機を直しますよ」

 

 俺は、中庭の枝払いをしている庭師や掃除夫、食堂の料理人たちに挨拶をしながら、ラジオ局へと向かう。意外にも大人たちはちゃんと挨拶をすると、返してくれるものだ。


「また、学生の誰かが捕まったわけじゃないんだね?」

 料理人の女性が聞いてきた。

「ええ、被害者なんで事情聴取を受けて来ただけです。ダイトキ先輩も別に捕まっているわけじゃないですよ。元気にしています」

「あ、そうなのかい。元気ならいいや。おばちゃんたちは、どうもちゃんと食べているのか心配でね」

「大丈夫です。ラジオ局は燃えちゃいましたけどね」

「ああ、大変だね。直せるのかい?」

「ええ、生きていれば直せます」

「でも、犯人を許せないよね」

「ええ、許しません。けど、それよりも先に、犯人がもう入ってこられないような学院にした方がいいんじゃないかと思うんで、後で協力してもらえませんか?」

「ああ、もちろんだよ。おばちゃんたちでよければ、いくらでも協力するよ」

「ありがとうございます。たぶん、事務局から連絡すると思うので、よろしくお願いします」

「わかったよ。これ、持ってきな」


 クッキーを貰って食堂を過ぎ、階段を上っていると、ちょうどシェムが下りてくるところだった。ダンジョンコアの制作に追い込まれているのか、眠そうにしている。


「あ、コウジ! 帰ってきたの!?」

「はい。ダイトキ先輩に会ってきました。文化祭には帰るって言ってましたよ」

「じゃあ、それまでに完成させないと……。ああ、全然終わらないよ。指先だけ使ってるから身体も鈍るし、コウジも手伝ってくれない?」

「いいですけど、シェム先輩は俺がダンジョンコアを彫ってもいいんですか?」

「ダメ。コウジは私とは別の方法を思いつきそうだから」

 自分で完成させたいのだろう。気持ちはわかる。

「外回りはやっておきます」

「助かるよ」


 俺は食堂で貰った、クッキーを渡して励ましておいた。


 ラジオ局へ通じる廊下は掃除のおじさんたちが3人がかりで掃除をしてくれている。


「すみません」

「いや、大丈夫か? ケガはなかったのか?」

 掃除のおじさんたちが手を止めて、俺を見た。

「ええ、全然」

「ラジオの局長が衛兵に呼ばれたと聞いていたから、今日は来ないのかと思ってたよ」

 掃除のおじさんたちは俺を知っているようだ。


「焦げたままにはしておけないんで」

「そうか。でも魔道具は壊れちまったんだろう?」

「集音機だけです。台本はまた書けばいい。それより、皆さんは学生の顔を覚えてるんですか?」

「いやぁ、目立つ子とか話しかけてくれる子だけだな。特待十生になる学生はすぐにわかるけどな。この学院で長く働いていると、皆、それくらいはわかるようになるんじゃないか」

「俺のこともわかりました?」

「ああ、すぐわかった。なぁ」

 掃除のおじさんは同僚に聞いていた。


「貴族の坊ちゃんたちが、玄関先を掃除していたことがあっただろう? 君はそこに加わらずに、『うちの親は子供が掃除したくらいで自慢しません』って言わなかったか?」

「ああ……、言ったかもしれません」

 掃除を仕事にしている人たちを侮るような発言に聞こえてしまっただろうか。


「すみません」

「いや、いい教育を受けてきた証拠だ。掃除や片付けが身になっている。そういう学生は考えの整理も上手いから、この学院では自然と伸びていくんだ」

「面白い学生がいると思ったら、体育祭で優勝して、コムロカンパニーの息子だってわかった」

「それで特待十生にならなきゃ。学院の評価軸の方が間違ってるってもんさ」


 教師だけでなく、学院の職員たちも俺たち学生を見ているんだ。


「あの、俺も、俺たち学生も、皆さんのことを教えてもらえませんか」

「へ?」

「いや、今回の事件は職員さんになりすました実行犯によって火を点けられたんです。お互いを顔見知りだったら、そういう人たちは学院に入ってこられないんじゃないかと思って。挨拶するくらいでいいので」

「そうだな。わかった。いつでも言ってくれ。協力する」

「事務局から連絡がいくと思いますから」

「おおっ。がんばれよ!」

「悪い大人もいるけど、そんな奴ばっかりじゃないから、諦めないでくれ」

「はい」


 俺は掃除のおじさんたちに励まされて、ラジオ局に入った。

 すでに、グイルやミスト、ウインクが片づけをしてくれているところだ。


「おお、帰ってきたか」

 グイルは焦げた床をブラシで磨いている。

「このノートも捨てちゃうけどいい?」

 ウインクが持っているのは、番組の構成などを書いていたノートだ。

「あ、ちょっと待ってくれ。残っているところを書き写させて。あとは思い出すから」

「あ、うん」


 俺は焼けたノートを慎重に開きながら、新しいノートに書き写していった。忘れていることも多い。


「リアクションは大事だな。あとは、些細なことで卑しく喧嘩して、笑いに変える。こうしてみると、本当にウインクを司会にしてよかったよ。居丈高にも振る舞えるし、下から持ち上げることもできるんだから」

「そう? 褒めても何も出ないわよ」

「俺からは出る。ほら、食堂でクッキーを貰って来た」

「お、苦しゅうないぞ」

 ウインクは、これ以上太れないと言いながら、クッキーを食べてスクワットをするという矛盾に満ちた行為をしていた。


「クッキーはいいんだけど、局長、この集音機は直せる?」

 ミストが丸焦げの集音機を見せてきた。

「無理だろう。初めから作った方が早い。それは捨てよう。発信機はまだ使えるようだし」

 窓から図書室の塔の上にあるアンテナを見ると、何事もなかったかのように立っている。火事が広がらなかったから、よかった。



「司書さんがお礼を言いに来たけどね。ラジオ局で消し止めてくれなかったら、本に火が移って大変だったって」

「それは火を消し止めてくれた魔法使いたちのお陰だよ。お礼を言いに行かないとな」

「そうね。こんなに自分が動けないんだって思い知らされたわ」

「いや、ミストが鳥を飛ばしてくれなかったら気がつかなかったんだぞ」

「それだけ。燃えてる火の消し方もわからないし、悪漢を追えばいいのかどうかの判断も遅かったし……」

「そんなのミストだけじゃないわ」

「判断が早すぎたら、コウジみたいに突っ込みそうになるんだから、冷静になることが一番だよ」

 床にはいつくばってブラシをかけているグイルが俺を見て笑っている。


「本当だな」

 ノートを書き写した俺は、グイルと一緒に床の掃除を始める。


「そこでちょっと皆に相談があるんだけど、いいかしら?」

 ミストが窓の傍に立って言った。逆光で黒い服を着た女が、笑みを浮かべていると、それなりに怖い。


「皆には、学院の敷地内に出来るだけ多くの魔物の死体を埋めてほしいの」


 ミストは、そんな狂気じみたことを当たり前のように言った。


「いよいよ頭がどうかしたのか?」

「ミスト、嫌。それは嫌……」

 グイルもウインクも拒絶している。


「なんで?」

 俺は一応聞いてみる。

「え? いや、逆になんで? わからない? 何かあった時に私の死霊術で、守ってあげられるわ。しかもラジオを使えば、学院の全館を警備するのだって可能なのよ。録音機材あったわよね?」

「なるほど、それは出来るかもしれないけど。許可は下りるのか?」

「数体ならという許可は貰ってる」

「その許可を出した人は、1体とか2体だと思ってるぞ。きっと」

「たぶんね。だから、増やすのよ」

「いいんだけど、どうやって増やすんだ? ダンジョンのモンスターは骨を落とさないからな」

「え!? あ、そうか!?」

 ミストはダンジョンのモンスターを当てにしていたようだ。


「食堂でフィールドボアの一頭買いとかしてもらわないと、無理かもよ」

「都会だと屠殺場か冒険者ギルドの裏手に行かないと魔物の骨なんてないんじゃないか?」

「ああ、そうなんだ……」

 ミストはすごいショックを受けている。言われてみると、俺も魔物の骨なんかその辺に埋まっているだろうと思っていたが、ここまで大きな町だとそんなことはないのか。


 ガチャ。


 唐突にドアが開き、血相を変えたドーゴエが入ってきた。


「おい、コウジ! やべー奴がいる!」

「ちょうど今、やべー奴の話を聞いてたんですけど」

 俺がミストを指さしたのに、ドーゴエは無視して続けた。


「外で軍の演習を受けてたんだ。そしたら、奴が降ってきて……」

「降ってきたって、人が!?」

 グイルが驚いている。

「ああ、そうだよ。あ、これ、お前にだ」

 ドーゴエがグイルに小包を渡していた。


「俺に? ああ、GG商会の包み紙だ」

 グイルは小包を開け始めた。


「で、その降ってきた奴が、何事もなかったかのようにアグニスタ家のおっさんとちょっと話して兵士たちに訓練をつけてくれる流れになったんだけど、動きが人間じゃねぇんだよ! あんなの初めて見た。それで、俺は森に隠れてたんだけど、あっさり見つかっちまってさ。『ああ、こっちの用事できたんだ』って言って、小包を渡してきた。グイルって学生に渡せって言われて」

「おい! コウジ、これ!」

 グイルが大声を出した。


 振り返ると、焦げたテーブルの上に新しい集音機が乗っている。


「え? なんで?」

 俺は集音機が燃えたことを誰にも知らせていない。

「俺が親父に言ったのは、昨日の夜だぜ。火の国から届くにしたって1週間はかかるはずだ」

 グイルは混乱していた。


「送り主は誰かわかるか?」

「元臨時職員・ドヴァンから。誰だ?」

「ドヴァンだって!?」

 ドーゴエが大声を上げた。

「誰ですか?」

「バカ野郎! その人は、勇者のパーティーメンバーだよ」

「え!? グーシュ様の同僚ですか? どうして集音機のことを知ってるんですか?」

「わからねぇ。でも、ドヴァンさんなら、きっと傭兵の恰好をしている。じゃ、あの男は誰なんだ?」

 おそらく、セーラさんたちは今回のことを知っているというメッセージだろう。こんな回りくどいことをしているのは、校長へのけん制だろうか。


「『コウジくんは元気にしてるか?』って聞いてきたけど、俺は頷くことしかできなかったぞ」

「ドーゴエさん、演習場に現れた男ってどんな体格をしてました?」

「ガタイはいい。背が高くて、猫の耳があったな」

「仕立てのいい白いシャツを着てませんでしたか?」

「着てた。知り合いか?」

「たぶん。まだ演習場にいますかね?」

「わからねぇよ。振り返ってないし……」

「演習場は?」

「町の東側、森の中だ!」

「ちょっと挨拶に行ってきます。たぶん知り合いが気を回してくれたみたいで。ラジオの準備よろしく」


 俺は窓から飛び出して、門から学院を出た。

 そのまま、屋根伝いに走り、町から出て森へと向かう。

 演習中の兵士たちがまだ気絶していなければ、残っているはずだ。


「じゃあ、今後ともコムロカンパニーの回復薬をお願いします」

 セスさんは、入試の前日に見た兵士のおじさんと話をしていた。いつもと変わらず、童顔で爽やかなのに、身体を見ると魔物も恐れをなすような筋肉をしている。


「ああ、やっぱり。セスさん、お久しぶりです!」

 セスさんは運送会社を経営している敏腕社長なのに、なぜか親父の部下という不思議な人だ。幼い頃に、よく稽古をつけてくれた。


「コウジくん、元気かい?」

「ええ、元気ですけど……。あの、小包、ありがとうございました!」

「そっちが僕の副業だからね。中身は気に入ってくれたかい?」

「そりゃ、もう。作り直そうと思ってたので、新品が届くとは思っても見ませんでした」

「喜んでくれたのならよかったよ。火の国の商人たちはカンカンに怒ってた」

「勇者のパーティーも今回の件は知ってるんですか?」

「知っている。彼らにとっては出身校だからね。かなり責任を感じているようだ。だからドヴァンが『せめて新しい集音機の金は払わせてくれ』ってさ。アイルさんのお兄さんたちが頑張ってるみたいだし、国に関わることだから、うちの会社では取り扱わないことになってる。僕はちょっと様子を見に来ただけだ。元気そうで何よりだよ。どうだい? 楽しいかい? 人間の学校は」

「楽しいですけど、難しいです。この前、ラジオの仲間がケガを負わされて、人を殺しそうになりました」

「そうか。珍しいね」

「あんなに怒ったのはすごい久しぶりで、自分でも驚きましたよ。仲間たちが止めてくれなかったら危なかったです」

「いい仲間を持ったね。よし、じゃあ、知り合いのおじさんとして、ちょっとストレス解消に付き合うよ。全力を出してもいいから、久しぶりに組み手をしよう」

「え?」

「アグニスタさん、ちょっと演習場を借りますよ」

「おい、まだお前さんにのされた兵士が寝てるんだぞ」

「大丈夫です。ケガはさせてませんから」


 セスさんはそう言うと、俺の方を見て、「よし、やろうか」と声をかけてきた。

 この時点で動けないと、信じられないくらい厳しい訓練が待っている。駆除業は魔物を相手にしていることを徹底的に教え込まれるのだ。

 セスさんは優しい口調で、どこかが外れている。限界がスタートだと思っている節がある。最初から全力でやらないと、失礼に当たる。


 俺は全身の毛が逆立つような感覚を覚え、一気にセスさんとの距離を詰める。思い切り魔力を込めた右フックがセスさんの脇腹に突き刺さる。


 バチンッ!


 殴ったような音ではなく、金属音に近い音が鳴り響く。


「それが今の本気かい?」


 セスさんは何事もなかったかのように、優しく聞いてきた。ドーゴエさんがやべー奴と言っていたけど、王都で暮らしていると、親父の会社の人たちの異常性がよくわかる。


「ちょっと心配してしまうなぁ。これでは世界樹のドワーフのお姉さん方に言い訳が立たない」

「すみません。なにか自分に制限をかけていたようです」

「そうだろう。じゃあ、もう一度」


 俺は、自分の身体の魔力をすべて右拳に注ぎ込み、性質変化で粘着力を付与し、大きな矢じり状にした。


「ほら、体術はどうだい?」

 魔力を込めている間に、セスさんから足払いや正中線への攻撃が飛んでくる。すべて躱さないと、一撃で骨ごと持って行かれるような攻撃だ。

 死にたくないので、躱すしかない。セスさんの殺気そのもので肺から空気が抜けていく感覚がある。


「ウワアアアッ!」

 雄たけびを上げて、殺気を散らし、拳の矢じりを熱し、そのままセスさんの身体に向けて放つ。

 高温の矢じりがセスさんの腹部をかすめる。白いシャツが焦げていた。


「別に全部受け止めるとは言ってないよ」

「戻ってこないとも言ってません」

 

 シャツに付いた粘着性の高い矢じりが、戻ってくる。高温にしたのはフェイクだ。

 セスさんは粘着性の高い矢じり状の魔力を、水魔法の壁であっさり防いだ。指輪に描かれた魔法陣を使ったらしい。

 セスさんを魔道具を使うまで追い込んだ。

 水に流された魔力を拾い上げて、そのまま槍のように伸ばして3撃同時に放つ。

 セスさんの足が地面から離れた。

 息を付かせてはいけない。着地させてもいけない。空中にいる間に仕留めないと、次は俺がいる地面があるとは限らない。

 放った魔力の再利用と体術によって、セスさんの体勢の崩しにかかる。

 足の動き、膝、骨盤を見ながら、魔力で作った大鎌を振る。


 ブオッ!


 セスさんは、水の壁を無数に出して、空を駆け上がっていく。なんでも足場に変えてしまう。

 俺も魔力の壁を足場に、空へと上がろうとしたら、上下左右前後に水の壁が現れた。

 潰されると思った時には、魔力の性質変化で水の壁を凍らせて拳で割っていた。思考と反射がかち合う瞬間だ。


 みしっ。


 セスさんが俺の拳の上に立っていた。


「拳を突いたら必ず引くように教えてなかったかい?」

「教わってます。手打ちになってました」

 身体ごと引けば、拳の上に立たれることもなかっただろう。意識の差で負けた。

 散々、練習したことなので、身体が覚えていると思っていたのに、忘れてしまっている。


「やっぱり時々、思い出さないと忘れるようだね」


 セスさんは、俺の拳から下りて地面に立った。物腰は柔らかいのに、まるで勝てるイメージができない。筋肉質なのに固く見えず、動きは軽く無駄がない。


「お前たちは、なんてものを見せるんだ?」

 アグニスタ家のおじさんは唖然としていた。


「少しはストレス解消になったかい?」

「そうですね。身体の中にあった魔力が全部入れ替わったみたいです」

「人間関係で悩むと、身体の中で魔力と結びついて呪いに変わることがあるから気をつけてね」

「はい。ありがとうございます!」

「また、何かあった時は連絡して。学校がつまらなくなったら、うちの運送会社に研修に来てもいいんだからね」

「わかりました」


 セスさんは、片手を上げたまま、空飛ぶ箒で空高くまで飛んでいった。

 忙しいのに、世話をかけてしまった。


「おい、小僧。お前は何者なんだ? 今のコムロカンパニーの社員だぞ?」

 アグニスタ家のおじさんは声をかけてきた。


「知ってます。俺はしがない清掃駆除業者の息子ですから」

「なんだと!? どうせ学校なんて行ってもつまらんだろう。早く軍に入るか、冒険者になるかどっちかにしろ!」

「演習場貸していただいてありがとうございました!」


 俺はそう言って、軍の演習場を後にした。


 学院に戻ると、中庭でゴズとドーゴエが学生たちに自衛についての勉強会を開いていた。

 掲示板には「挨拶をしよう」と書かれた張り紙が貼られていた。


 ラジオ局がある廊下には、食堂の料理人たちがなぜか仕立てのいい服を着て立っていた。


「ラジオに出てくれるんですか?」

「ああ、事務局に言われてね。服装はこれでいいのかい?」

「声しか聞こえないんで、別にエプロン姿でもいいんですよ」

「あ、そうか! 人前で喋るなんてこともないから、おばちゃん慌てちゃったよ」

 料理人たちは笑っている。

「ちょっと準備があるんで待っていてくださいね」


 ラジオ局のドアを開けると、ラジオ局員の3人と、リアクターのゲンローが待っていた。


「局長。出演者が待ってるよ」

「ああ、今廊下で会ってきたところだ」

「これで配線あってる?」

 ミストが集音機と発信機の配線で戸惑っているようだ。


「まぁ、繋がっていればいいよ。後でまとめておくから。台本は放送しながら、書くよ。ゲンローさんはリアクション大き目で。ウインク、普段学院の仕事をしている方たちだ。失礼のないように愛嬌持ってやらないと、冷や飯食わされるぞ」

「わかってるわ! 自分よりゲストを面白がらせる、ね!」

「そうだ。料理人の方たちに話を聞こう。普段の生活のことで、人がわかるのが一番いい。気になる学生とかがいれば、そこも膨らませて。あと旬の食材と、夕飯のおすすめも聞ければ最高だ」

「「「了解」」」

「さ、ウインク、頼むよ」

「よーし! 復帰戦一発目の放送だ。犯人たちにも聞かせてやろう。抱腹絶倒はお約束、笑い多めでよろしくぅ!」


 ラジオの時間が始まる。



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― 新着の感想 ―
[一言] >セスさんは優しい口調で、どこかが外れている。限界がスタートだと思っている節がある。 多分コレ、アイルのせいなんだろうなぁ…… メルモと一緒に、アイルにしごかれてた当初は、こんなに立派に…
[良い点] やっぱコムロカンパニーはすげぇぜ(色々な意味で 色々な意味で!(大事な事だから2k [気になる点] もしラジオ部がコムロカンパニーみたいな戦闘力を得たら本編の社員vs火の精霊戦みたいなやべ…
[一言] 最高だぜ。 読んでいて、心が洗われるのだ。
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