41話
俺が、アイテム袋の中から、レッドドラゴンから貰った大きな魔石を取り出して、水竜に見せる。
「そうそう、これこれ。レッドドラゴンの坊やに貰ったでしょ?」
「はい。返しますか?」
「いや、いいのいいの。それ竜種の目印になるんだから、なくさないでね」
この時点で、とても面倒事の匂いがする。
やはり、こんなものをレッドドラゴンから受け取るんじゃなかった。
出来れば、ここに捨てていきたいくらいだ。
貰えるものは何でも貰っちゃいけないのだ。
ただより高いものはないのだから。
「何か用ですか?」
「用っていうかぁ、マジ困ってんだけどぉ、助けてくんない?」
このギャルギャルしい、水竜ちゃんは600歳を超えているらしい。
500歳くらいから年齢って関係ないんだな、と思ってから、若者の言葉をできるだけ使うようにしてるらしい。
ちゃんと、「水竜ちゃん」と、ちゃん付けで呼ばないと、「ガブガブしちゃうぞ!」と言っていたので、絶対に水竜ちゃんと呼ぶことにする。
ちゃん付けしないだけで、食べられるなんて、心底やってられない。
「何を助ければいいのでしょう? 俺たちの方が船を壊されて、助けてほしいくらいですけど」
「ああ! でも、この船初めから、壊れてたしぃ。いないのかなぁって覗いたら、頭ハマっちゃっただけなんだしぃ。だいたい、その船小さくない? 小豆サイズじゃない? 船が小豆サイズとかありえなくない?」
よくわからないけど、とにかく船が壊れたのは自分のせいではないと言いたいようだ。
「とりあえず、話は聞きますけど、小豆サイズの船直しながらで、いいっすか?」
「OK!」
コン! コン! コン! メキメキメキメキッ!
木を切り倒し、すぐに加工する。
本来は乾燥させたりするはずだが、今は船に開いた穴が埋まればいい。
アイルが木を切り、ベルサが枝を払い、俺が風魔法の魔法陣を付与した剣をチェーンソー代わりに、木を板にしていく。
水竜ちゃんは波打ち際で、ベチンベチンとヒレを水面に叩きながら、話し始めた。
「最近、あーし、彼氏出来たんだぁ。っつーか、600年生きてて初彼氏とかヤバくない?ちゃんと卵産めるか心配!」
竜ってやっぱり卵なのか。
「いや、その話じゃなくて、なんかぁ、彼氏がぁ、なんかぁ、女の子がいる店とか行くんだぁ。マジ浮気臭くない?」
竜が行く女の子の店って何?
だいたい、竜の恋愛の話とか、知らねーよ!
何だよこの話、疑問しか浮かばねーよ!
「すいません、ちょっと何言ってるかわかんないっす!」
「え? 何でだよ! わかるでしょ!?」
「そもそも、竜が行く店ってなんですか? どこかの神殿かなんかですか?」
「神殿なワケねーだろ!」
「じゃあ、どうやって店に入るんですか?」
「人化の魔法だろう! わかるだろうよ! つーか、わかれよ!」
わっかんねーよ! 俺、竜じゃねーから!
俺は言葉を飲み込み、話を聞いた。
「あーしの彼氏かっこいいしぃ。ドラゴニュートのメスとかイチコロだと思うんだぁ。つか『俺の眷族にならね?』で一発だと思うんだぁ」
だいたい話はわかったけど、なんで俺なんかに助け求めてんだ?
「で、俺に助けてもらいたいことってなんすかね?」
「なんか彼氏に聞いたら駆除みたいなことしてるらしいじゃん。ちょっと、ドラゴニュートのメス、駆除してくんない?」
ドラゴニュートってトカゲの亜人でしょ?
「いや、ムリでしょ」
「え? なんで?」
「というか、彼氏ってレッドドラゴンですか?」
「あれ? なんでバレた?」
「バレたって言ってるし」
「うわっ卑怯! それ卑怯! ないわ~。いや、なんかぁ、超可愛くてぇ、初対面でワイバーンの肉とかプレゼントされて、ちょっとそれで、心奪われたっていうかぁ…落ちたっていうかぁ…」
知らねーよ! 何で竜のノロケ話聞かないといけないんだよ!
だいたい、レッドドラゴン何やってんだよ!
この前、ワイバーンの洞窟から出たばっかりじゃんよ。
引きこもりから抜けだしたかと思ったら、すぐ手出してんのかよ。
それで、人間の女の子のいる店行くって、どういうことだよ。
だんだん、ムカついてきた。
「わかりました。駆除はしないけど、レッドドラゴンに一発かましてやりますよ!」
「おっやる気になってくれた?」
「悪いんですけど、補修終わったら、店のある場所まで、船引いてってもらっていいですか?」
「OK!」
そういうことになった。
船の補修は急ピッチで進んだが、結局、船に開いた穴をふさぐのに夜まで掛かってしまった。
板は釘などないので、ベトベト罠に使った魔法陣で貼り付けているだけ。
一日保ってくれれば、港町まで行って、船大工に直してもらおう。
金はあるので、金に物言わせよう。
今日は、浜辺で泊まろうとしたが、水竜ちゃんは「急ぐのよ!ほら!」と、背中に船を乗せて、泳ぎ始めた。
船の補修とかしてないで、始めっから、水竜ちゃんの背中に乗せてくれればよかったのに、という言葉は心にしまっておいた。
振り返ると、星空の下、饅頭型の黒い島から、巨大な魔物が歩く振動音や、怪鳥の鳴き声がした。
アイルとベルサは補修作業が疲れたのか、毛皮をかぶって、とっとと寝ている。
水竜ちゃんはガールズトークが出来なかったと憤慨していた。
「そのレッドドラゴンがいる街までどのくらいで着くんですかね?」
「まぁ、朝には着くんじゃない?」
「一晩中、泳ぐつもりですか?疲れないですか?」
「はぁ? あーし、これでも竜なんだけどっ!疲れるわけないでしょ!」
「あ、すいません……あの、俺寝ていいっすか?」
「いいわけないでしょ! やっぱり、あーし、黒龍さんに振られて以降、恋愛に臆病になってたと思うんだぁ…」
その後、水竜ちゃんの恋愛遍歴(全て片思い話)を聞かされたが、眠すぎて、まったく覚えていない。
「ちょっと聞いてる?」
「聞いてないっす」
「それで…あれ? どこまで話したっけ?」
水竜ちゃんの背に揺られながら、夜は更けていった。