『遥か彼方の声を聞きながら……』15話:狙われたラジオ局
特待十生のカードを渡された翌日から、俺は学院の警備に当たることになった。総合学院の地図を見ているが、行ったことがない場所は多い。
多くのフィーホースを飼っている馬屋なんて初めて知ったし、ダンジョンがあるのに小さな植物園もあることに驚いた。総合学院なだけあって建築科なんてものもある。
「他の特待十生は真面目に警備しているんだな」
アグリッパとレビィが話をしながらも、ちゃんと入口で学内に入ってくる人をチェックしていた。
上級生で手伝っている人たちもいる。友達に声をかけて暇な人がいたら、雇ってもいいのか。
俺はすぐに鍛冶場に向かった。
「おう、コウジ。どうした?」
ゲンローがすぐに気がついてくれた。
「いや、あのぅ……特待十生に選ばれてしまい、警備の仕事を押し付けられているところでして……」
人に頼みごとをするのは、申し訳ない気持ちになる。
「ああ、俺もだよ。今、学院の周囲に罠を仕掛けに行くところだから、一緒に行くか? 何をしていいかわからないだろう?」
ゲンローはちゃんと考えていたようだ。確かに体育祭の時の罠を仕掛ければ、犯人逮捕につながりそうだ。
「授業もそれほどなくなった研究生たちを連れて行くから、荷物を持ってやってくれないか」
「わかりました。よろしくお願いします!」
ゲンローの後ろで、荷物の整理をしていた鍛冶場の研究生に挨拶をしておく。罠はやはり体育祭で使ったものと、トラバサミのようなものを持って行くらしい。
「一回で持って行けると思うかい?」
細身の鍛冶師が聞いてきた。
「ロープで縛ってしまえばいいんじゃないですかね」
世界樹にあった蔓でやっていたように、俺は罠一式を、縄で縛っていった。結び方がわからない人たちもいたので教えておいた。
「便利なんで覚えてもいいかもしれませんよ」
「こんな結び方があるのか。俺たちはこういうのしか知らなかった」
違う結び方を教わった。
「あ、そっちの方が解きやすいですね!」
長時間運ぶわけではないので、解きやすい方にした。
「荷車借りて来たぞー!」
ゲンローが掃除の職員から荷車を借りて来てくれた。
罠を乗せて、乗り切らない分だけ俺が背負うことにした。
「そんなに持って大丈夫なのか?」
罠を大量に背負っているが、しっかり背負子に結んであるので落ちることはないだろう。
「落ちないと思いますよ。それに、徐々に減っていくわけですから」
「そうだな」
「さ、行くぞ! 時間かけてられないからな」
俺とゲンローは、研究生たちと共に北部の森へ入っていく。学院の敷地は、幾つもの石柱に描かれた防御結界によって守られているので、端の方に仕掛けておいた。
「どのくらい隠せばいいんだ?」
括り罠なので、土や枯れ葉をかけておけばいいだけだが、体育祭に参加していない研究生はわかっていないらしい。ただ、すぐに隣の研究生たちが教えている。
「罠が起動すればいいだけだから、こんなもんだよ」
「おわっ!」
どうやったらかかるのかも実践していた。
「目印がないとどこに仕掛けたのかわからなくなるんじゃないか?」
「とはいえ、犯人に気づかれたら仕方がないだろう?」
「木に釘を打っておこう。オレンジの紐を付けておけばいい。樹木の研究中だと思われればいいんだからさ」
「ああ、そうだな」
ゲンローと研究生たちで決めていくので、俺は見ているだけでよかった。
「何を笑ってるんだ?」
ゲンローが俺を見た。
「いや、警備の仕事だって言うからもっと大変だと思ってたら、すげぇ楽をさせてもらってます」
「本当だ! コウジ、働け!」
「はい!」
罠は世界樹でも仕掛けていたので、背負っていた分はとっとと仕掛けていく。
釘でリボンを留めておくなんて発想も鍛冶師らしい。
「あ、そうだ。商売を始めたい奴は、コウジに聞くといいらしいぞ」
「本当か? 鍛冶屋に出資してくれるのか?」
「いや、お金があるわけじゃないです。売り物があればラジオで宣伝はしますけどね」
「ああ、ラジオ局の人かぁ! 作業中に聞いてるよ!」
「俺、金細工の魔石灯を作ってるんだけど、需要なんてあると思うか?」
「さあ、貴族の子どもに聞いてみればいいんじゃないですかね?」
「それが大商人たちの間で好事家がいるそうなんだ」
「すでに市場があるなら、流行りもあるんじゃないですかね? もしよければ、ラジオショップに作った魔石灯を置いてみますか? お客さんが来たら市場の調査をすればいいと思うんで……」
「そうか。うん、頼むよ」
その研究生たちの会話を聞いて、ゲンローはにやにやと笑っている。
「何を笑ってるんですか?」
「コウジ、お前自分でわかってないみたいだけど、手と口、両方動いているぞ」
「そうっすね。なんかミスりました?」
振り返って括り罠を見たが、等間隔に仕掛けられていると思う。
「いや、ミスもしないでよくできるなって感心しているんだ。相談する方からすれば、何を悩んでいたんだと拍子抜けするくらいにな」
「やり方さえわかれば、あとはやるだけじゃないですか。失敗するかどうかで悩むよりも、やらなかった後悔の方が辛いと思うんですけど」
「その通りなんだけど、なかなか人は一歩踏み出せないものさ」
「周りに迷惑をかけてしまうんじゃないかと思うとな……」
他の研究生たちも、悩んでいるらしい。
「でも、別に犯罪を犯したりするわけじゃないなら、自分の責任が取れる範囲なら、何をしても自由じゃないですかね?」
「ああ、そうか! 俺たちは保障が欲しいのかもしれない。失敗して借金背負っても、大丈夫だと言ってくれる仲間がいればいいのかも」
「自分が損する分にはいいんだけど、誰かが損すると考えると、ギルドを作ってもな、とも思うんだ」
鍛冶師のギルドを作ろうとしている研究生もいるのか。
「でも、手に職がある人たちは、ギルドを作った方がいいんじゃないですかね。原料と完成品の間に、かなりの工程があるわけじゃないですか。それを無視して安く買いたたかれると、作業の価値が低くなってるってことなんで、少なくともこれくらいは貰う、というルールを作った方がいいと思いますよ。生活費まで削られたら生きていけないじゃないですか」
「確かにそうだな」
「作業内容の価格設定を事細かく決めてみればいいんじゃないですかね」
まずは自分たちで自分たちの作業に価値を見出すことから始めたらいいんじゃないか。
「そうなると価格競争が起こって、安いところに頼むお客が増えるんじゃないかな。熟練すると慣れるから仕事も早くなるし、結局仕事の取り合いになったら新人鍛冶師は弱いよ」
「確かにそうですね。技術職って、難しいですね」
「だから、手を抜かずにやっていけば信用は付いてくるから仕事は切れないと思ってたんだけど、手抜きの方法が見つかると、すぐにそっちに流れて行ってしまう。鍛冶師は結構固い物を作っている割に、意外と時代に左右されるんだ」
いい物を作っていれば必ず売れるというわけではない。商売の難しいところは、時代の需要と向き合わないといけないことなんだろう。
「でも、金物って腐らないし、壊れにくいところが強みじゃないですか。今使われている道具の中にも鉄製にした方がいい物とかありそうですけどね」
「建築系は結構それが伸びているんだよ」
「鉄の柱とかですか?」
「石の柱の中に鉄を入れるとかでさ。あと、南半球はまだ建設ブームがあるだろう? 武器よりも工具類なんかがどんどん変わっていっているらしいんだ」
「コウジは南半球出身だから、何か知らないか?」
「新興国へはあんまり行かないんで、わからないですけど、テントとか野営するときに軽い金属を使って柱を立てていたような……」
「ああ、それはいい目線だなぁ。そうか、冒険者に売るものは武器と防具だとしか思ってなかったけど、野営する者も多いんだろ?」
「そうですね。宿のベッドを使った方がいいとは思いますが、村もないところに行くこともあると思うので、意外に野営の時に使うグッズなんかは需要があるかもしれませんよ」
「確かにな。コウジの背負っている背負子も、木製のよりも軽い鉄製のものの方がよさそうだ」
「この前言っていた骨の構造か?」
「そうそう」
鍛冶師の研究生たちが話し始めた。
「なんですか。骨を鉄で作るんですか?」
「まぁ、そうだ。骨って割ってみると中は骨髄が詰まっているだろ。だから骨みたいに中を空洞にした鉄のパイプで義足を作れないかやっているところなんだ」
「しかも長さ調節もできるようにしてるんだろ?」
「体に合っていない義足を付けている人が多いからね。木製でもいいのはあるんだけど、素材の輸入だけで時間がかかる。その点、鉄はどこの国でも使ってるだろう? メンテナンスも簡単にすれば、年を取ってからでも使えるんじゃないかって」
「頭いい! そんなのすぐにお金が集まりそうだけどなぁ……。それで、工具や野営用のグッズを作ればどうです?」
「丈夫に作るだけじゃなく、軽く、使いやすく、修理しやすく、か。全然、出来ることが変わってきたぞ」
試せるのが学生の特権だ。仕事をこなしているだけでは、まったくたどり着けないものがあるらしい。
「とりあえず、罠を仕掛けちゃいますか」
「そうだな」
学院の敷地の端の方に罠を仕掛けていくと、全員でやっても結局午前中いっぱいかかってしまった。
「自分たちが気づいていないだけで本当にアイディアは、その辺に落ちているものなんだな」
ゲンローは罠を仕掛け終わって、井戸で汗を拭いながら俺に言ってきた。
「あとはやるかやらないかだけです」
「なににも追われていない学生だからな。やるよ。また、ラジオでな」
「また、頼みます。出来たら、ラジオで紹介しますから」
「ああ、よろしく」
鍛冶場ではやることが出来てしまった。
校長の過去を調査するのを頼めるとしたら、あそこにも行ってみるか。
甘いお菓子を開発しているレビィに試作品を貰った。
「中に入れるものが迷うのよね」
小麦粉で作ったサクサクの皮の中に蜂蜜を入れたり、果実のジャムを入れたりしているがしっくりこないのだという。
「ちょっとまだ試してみるから、とりあえず、これを持っていって」
「わかりました」
俺はその甘味を手に魔女たちの塔へと向かった。
「また甘いものの香りをまき散らしながら、やってきたね!」
なぜか魔女たちはお湯を沸かして待っていた。
「なんで俺が来るってわかったんですか?」
「ずっと窓から見ていたのさ」
「違うよ。千里眼の魔法で甘いものを探していたら、ちょうどこっちに向かってくるのがわかったからね。お湯を温めていたってところ」
「茶葉は植物園からくすねてきたものを、お茶屋の製法通りに乾燥させたものだから、味は悪くないと思うよ。それでそちらの甘味はなんだい?」
「レビィさんが新しく開発している最中の甘味です。外はサクサク、中はなかなか決まらないそうです。感想をください」
「それは私たちがやらなくちゃね。レポートにして出そうか?」
「これで完成品じゃないの? こんなに美味しそうな匂いなのに」
「あ~甘い」
「食うのが早いんだよ!」
相変わらず、魔女たちは姦しい。
「甘い。美味しい!」
「え~、これ以上美味しくするつもりなの?」
「あ、これせっかく外側がサクサクで食べやすいはずなのに、手がべとべとになっちゃうのね。もっと中身を固くしたいんじゃない?」
「きっとそうです」
「贅沢言うんじゃない! これだけ甘いんだから、指についてるのは舐めちゃえばいいのよ!」
「それが貴族の間でははしたないことになるの。レビィ様はよくわかっていらっしゃるのよ」
魔女の中には貴族の事情にも詳しい人がいたのか。
「で、甘味の感想を聞きに来ただけ?」
「いえ、実は俺が警備の仕事をしないといけなくなったんで、ちょっと調査の依頼をお願いしたいんですけど……」
「なんの調査?」
「校長の過去についてです。経歴の中に空白の期間があったら、そこで何をしていたのか調べてほしいんです」
魔女たちは、「空白の期間と言われてもねぇ」とお茶を飲みながら、考えるように目をつぶっていた。
「ダンジョン関連のダイトキさんの事件や、シェムさんのダンジョンコア窃盗について、校長が関わっていると見て間違いないようです。ただ、衛兵も逮捕できない事情があるらしいんですけど、なぜかわかりますか?」
「そりゃ、校長だからよ」
「え? どういうことですか?」
「校長の名前があるから、この学院にお金が集まってきているわけでしょ」
「いや、それが、一番研究費を集めているのはベルベ先生で、二番目にアーリム先生と続いているんですよ」
俺はゲンズブールさんから貰った資料の写しを見せた。
「ああ、本当だ。でも、たぶん、流通関係で食事とか原料とか、書籍類なんかは校長の名前があるからじゃ……、ないの?」
「あれ? ダンジョン製作にはコムロカンパニーが関わっていたというのは聞いたことがあるけど、そう言えば、どうして校長が魔法学院から継続して校長なのかは知られていないわね」
「アンティワープ校長、その人を探れ、か。本や書類関係なら幾らでも調べられるけど、空白の期間となると、もしかしたら学外に行かないとわからないこともあるかもよ」
「学外に行くなら、時間を作って俺が行きます」
「それでも当たりを付けていかないと闇雲に行ってもしょうがないわね。とりあえず、私たちで調べておくから、ちょっと時間がかかるわよ」
「お願いします。それで、報酬なんですけど……」
申し訳なさそうに交渉を試みてみる。
「これで報酬を貰ったら、シェムちゃんとダイトキくんに悪いでしょ」
「そうですか! では」
「あ、ちょっと待って。文化祭で売る品物についてなんだけどね」
「何を売るんです?」
「使い捨ての魔法陣を売ろうかと思って。一本だけ線を引くだけで魔力を込めれば使える紙ね」
「それいいですね。冒険者に売れそう」
「ミミモの案よ」
「冒険者や行商人にはぴったりだと思ったのよ。誰もが魔法を使えるわけじゃないからね。火付けに蚊除け、汚れ落とし、なんかの魔法陣なんだけど、他になんか思いつく魔法ある?」
「他ですか。温度管理はどうです? 暖かいとかクールダウンとか、季節が変われば必要になってくる人たちもいるかもしれませんから」
「ああ、いいわね」
ミミモは紙にメモをしていた。
「アクセサリーを作るのは諦めたんですか?」
「やってるわよ。お守りみたいなものを作ってるの。プレースマットやミサンガ、ネックレスみたいなのをね。どれも呪いを解くようなものを作ってるわ」
「ほら、貴族だと敵に毒を盛られたり、呪われたりする人もいるでしょ。そっちは価格を高くして売ろうと思って」
「魔女らしいですね」
「そうでしょ」
「あ、そうだ。ちょっと、これ試してみて」
魔女の一人が、俺の手首に腕輪を嵌めてきた。
「魔力を込めればいいんですか?」
「そう。危なくないからやってみて」
魔力を込めてみると、頭くらいの大きさがある光の玉が掌の上に浮かんだ。
「明るい!」
「魔力の量によって、もっと大きくなるわよ」
魔力を調節すると、光が大きくなったり小さくなったりする。
「本当だ。これちょっとした目くらましにもなりますね」
俺としては光の出力速度の方が気になった。何度か点滅させると、魔物も混乱しそうだ。
「ああ、そうか。そんな風に使うのか」
「違うんですか?」
「ちょっと浮かぶでしょ。だからダンジョンで地図を見る時用に作ったんだけどね。やっぱりコウジはちょっと面白い使い方をするね」
「この鎮静剤なんだけど、口に入れると3日ぐらいずっと辛いんだ。売っていいと思う?」
「害獣駆除目的ならいいんじゃないですか?」
「この被ったら興奮して、異性のことしか考えられなくなる帽子は何かに使えないかな?」
「それは封印した方がいいですよ」
魔女たちは試し過ぎだ。
「とにかく校長の件はお願いします」
「わかったわ。一週間後にまた来て。調べておくから」
ミミモに頼み、俺は塔から外に出た。
ふわりと風にのってカラスの羽が俺の肩に乗った。手に取り、カラスなんているのかと空を見上げると、カラスの骨が掌の上に落ちてきた。
まだ日が昇っているというのに、誰かが死霊術でも使ったのか。
『コウジ、ラジオ局が火事』
骨しかないはずのカラスが喋った。
「ミストか!?」
俺は塔を駆け上がり、ラジオ局がある図書室に塔付近を見た。煙が立ち昇っている。
屋根伝いに駆け抜け、煙が噴き出ている窓ガラスを蹴破った。
ボフンッ!
炎が迫ってくるが、とっさに自分の身体を魔力で覆い、火傷を防いだ。
中は机の上に合った集音機と台本が大量に燃えている。机の下でミストが倒れていた。
「ミスト!」
ミストを抱え上げて、外に飛び出す。額が火ぶくれになっている。
3階であろうと人命がかかっているので、なりふり構わず地面に着地。ポケットに入れていた緊急用の回復薬の小瓶をミストに飲ませて、医務室へと運んだ。火傷をしていた顔が元の顔に戻っていく。
「コ、コウジ……」
「大丈夫だ。たぶん、顔の火傷は痕が残らない」
「ごめん。犯人の顔が見えなかった……。でも、校長じゃない」
「わかった。先生、お願いします!」
医務室の回復術師の先生にミストを頼み、俺はラジオ局へと駆け上がった。
直接、ラジオ局に攻撃を仕掛けてきた。ウインクとグイルが心配だ。
すでに水魔法を扱う魔法使いたちが集まって、火を消し止めてくれていた。
「コウジ!」
ウインクは無事だったようだ。
「ミストは!?」
「医務室に運んだ! ウインクはどこもケガしていないか?」
「ええ、私は授業を受けていたから大丈夫。ミストがケガしたの?」
「ああ、顔に火傷を負ってたけど、回復薬で治した。グイルは?」
「たぶん、まだラジオショップから帰ってきていないわ」
教師や生徒たちも集まっている。火事の原因が知りたいのだろうが、こちらだって知りたい。ただ、それよりもグイルの身の安全が心配だ。
「ウインク、悪いけど、ここを頼めるか?」
「ええ、コウジは無理しないでね」
「いや、ここは無理するところだ。もし危なくなったら、特待十生の誰かに助けを求めてくれ」
「わかった」
俺は廊下の窓から飛び降りて、学院の門を駆け抜け、通りを突っ切った。
ラジオショップの前には人だかりができている。何かがあったらしい。
二階の窓が割られている。
「すみません! 通してください!」
俺は人だかりをひとっ跳びで、越えて二階の割れた窓から中に入った。
「グイル! 無事か!?」
二階は窓が割られているだけで、もぬけの殻だ。
下の階に降りていくと、商品棚が倒され、作ったばかりの固形スープやナイフなどの金物が散乱している。
「うっ……」
カウンター裏でグイルが倒れている。
「グイル!」
俺は駆け寄り、グイルの身体を魔力で診断。裂傷、打撲、多数。上腕骨が折られているが、生きている。
「すまん……。警備の学生が入れ替わる時に、やられた。すまん……」
「謝らなくていい。すぐに医務室に運ぶから、ちょっと我慢していてくれ」
「え? うん……」
俺はグイルを背負い、魔力の紐で結んだ。
「ケガ人です! 通ります!」
ラジオショップから出ると、野次馬の待ち人たちがこちらを見ていたが、俺の一声で人だかりが割れた。その割れたスペースを俺は一気に駆け抜け、学院の医務室へと向かう。
学生たちや先生にも声をかけられた気がしたが耳には入らなかった。
「急患です!」
「そっちのベッドを使って!」
回復術師の先生に言われ、ベッドにグイルを寝かせた。
「酷い傷。薬草が足りないわ」
回復術師の先生の言葉で、俺は無意識のうちに動き出していたが、あまり記憶がない。
ベルベ先生の部屋に入り、「すみません。薬草貰います」と言って、棚から乾燥した薬草の瓶を手に取り、食堂に行って「加熱の板を借ります」と言って、鍋で回復薬を作りだした。回復薬作りは、親父に仕込まれたいくつかの特技の一つだ。
スキルがないので高純度とまではいかないかもしれないが、鍋一杯の回復薬ができあがった。それをそのまま医務室に持って行く。
回復術師の先生が、グイルに回復魔法を使っていたが、傷が深く治っていない。
「きれいな布ありますか?」
「そこの棚に入ってる。なにこれ。回復薬?」
回復術師の先生を無視して、グイルの傷痕に回復薬を塗り込んでいく。
「いてぇ」
「我慢しろ。すぐに治すから」
裂傷と打撲は回復薬で治ったが、骨折までは治らなかった。傷痕を見れば、どうやってやられたのか、容易に想像できる。グイルは戦いはからっきしなのか、とにかく腕で頭を防いでいたらしい。
それをいろんな方向からタコ殴りにしたやつがいる。左利きの奴も殴っているから、多人数で押し入ったのか。
一通り、グイルの傷を治した後、俺は立ち上がって、医務室から出ようとした。
「どこいくの!?」
いつの間にかウインクがミストのベッドの側にいて、俺を呼び止めた。
「いや、校長の首をへし折りに……」
「ダメよ!」
「よせ! まだ証拠が揃ってない!」
ミストもグイルも俺を止めた。
「コウジ、怒りに身を任せないで! 私たちはそれを望んでない!」
「コウジ、いいか? 怒りにかられるのもわかるが、俺たちはこの王都の社会で暮らしている。きっちり衆目に晒してからにしよう」
ウインクは俺を後ろから抱きしめてきた。
「大丈夫。私も許せない。でも、コウジを殺し屋にはさせないわ。絶対にそれだけは止めるから! あなたは私たちの人生に必要なの。牢で過ごさせるわけにはいかないわ。校長を殺して済ますのは簡単よ。でも諦めないで! 私たちも絶対に諦めないから」
ウインクの言葉を聞いて、俺の見ている世界が急に歪み始めていた。自分の目に涙が溜まり、泣いていると気づくまでにタイムラグがあった。
その間に、4人での思い出が一気に蘇り、ようやく自分がいろんな人から期待されて生かされていることを理解した。
「あぶね……」
振り返ると、ルームメイトの3人が心配そうに俺を見ていた。手の震えが止まらない。
大きく息を吸って、怒りを吐き出すように息を吐いた。
「もう、大丈夫だ。ありがとう。止めてくれなかったら、俺は……」
俺は震える手を握りしめた。