『遥か彼方の声を聞きながら……』14話:ルームメイツリレーションシップ
俺たちが容疑者たちの監視を続けているなか、事態は急展開し始める。
シェムがダンジョンコアを作っている最中に、アーリム先生はそのダンジョンコアの鍵を作っていた。
「この鍵がなければ、コアが動かないし魔力も漏れださないようにしてるのよ」
「すげぇ。本当に天才なんですね?」
魔道具学の授業中、俺はアーリム先生の鍵づくりを手伝っていた。鍵と言っても魔石の棒に溝を掘っていくだけだが、それが難しいらしい。
「なんだと思ってたの?」
「魔道具の先生」
「そうなんだけど……」
アーリム先生はバケツの中で魔石を切り出している。そんなことできるのかと思ったが、周りに水を溜めてから切っているので割れないのだそうだ。
「それで? ダンジョンコア窃盗の犯人は見つかったの?」
「一応、3人に絞られました。全員、先生ですけどね」
「え?」
「時魔法の交流会に出ていて、学院のダンジョン再建に関わり、ダンジョンそのものに詳しい人物は、校長か、ベルベ先生か、ダンジョン学のシシガシラ先生の誰かです」
「証拠はあるの?」
「ゲンズブール先輩が書類を揃えてくれました」
そう言って、書類をアーリム先生に渡した。
「状況証拠は揃ってるってことね。でも、これだけだとダイトキくんの容疑が晴れないわ。盗まれた魔石を見つけないとね」
「そうですか……」
「いや、ダイトキは出来ませんよ」
隣の机でダンジョンコアの元を作っていたシェムが言った。
「でも、ダンジョンに詳しくて、時魔法も使えるとなると、一番あやしいのはダイトキくんよ」
「何度も言いますけど、竹光でフィンリルの前足なんて切れないですから!」
「え? なんで?」
「そうなの?」
俺もアーリム先生もシェムを見た。
「ダイトキが持っていたのは魔道具の竹光じゃないんですよ。普通の竹で刀を模したものです。切り口さえ確認すればわかることなのに。ダイトキも父親が怖くて自分の刀を衛兵に見せてないんじゃないですかね?」
「ダイトキくんのお父さんってそんなに怖いの?」
「スカイポート家というアペニールでは勇者も輩出した名門らしいですよ。お父さんは闇の勇者になりそうだったのに断った奇人とか言ってました。南半球にも行ったことがあるって……」
「え? じゃあ、ダイトキさんって、本名はダイトキ・スカイポートなんですか?」
「そうよ」
シャルロッテ婆ちゃんの親戚だ。普段は温厚で優しいけど、怒ると死ぬほど怖い血が受け継がれているとしたら、ダイトキが言えないのはわかる気がする。
「ダイトキさんって空間魔法は使えないんですか?」
「普通は魔道具でもない限り使えないよ。スキルの発生もよくわかってないんだから。この学院でも空間魔法を使えるのはレビィ先輩だけじゃないかな。しかも本人はダイトキと違ってなんで使えるのか説明できないみたいだし」
「魔力操作で切ったりしないんですか?」
「それが出来るのはコウジだけよ」
「じゃあ、もう犯人は確定じゃない」
アーリム先生には犯人がわかったようだ。
「そうなんですか?」
「でも、そうか……。元々作ってたダンジョンコアは戻っては来ないかもね。シェム、スペアをしっかり保管しておいて。ちょっとダイトキくんを迎えに行ってくる」
「え? わかったんですか?」
「うん。コウジ、ちょっとボディガードで付いてきて」
「いいですけど、犯人は教えてくださいね」
「ああ、校長よ」
アーリム先生はあっさりと犯人を言ってのけた。
「シェムも、校長と仲のよさそうな教師には近づかないようにね。近づいて来たら逃げて」
犯人は校長とその配下の者たちと複数いるのか。
「え? はい……」
「よし、行こうか」
アーリム先生は俺を連れて、学外にある衛兵の兵舎へと向かった。
町の端にある兵舎には門があった。
「こんにちは。総合学院の教師の一人です。事件に関する資料があるので、通してもらえませんか」
アーリム先生がそう言うと、門兵は兵舎の中に入り別の衛兵を呼んできた。
「こんにちは。捜査をしている衛兵です。資料があるとか?」
門を挟んで、こちらに話しかけてきた。
「通してもらえませんか? ダイトキくんが犯人でないことは明らかです」
アーリム先生は資料を渡さずに言った。
「資料を頂けませんか?」
資料を渡さないと入れないと言っているようだ。確かに俺たちが犯人の共犯者かもしれないので、簡単に入れるわけにはいかないのだろう。
「こちらを」
アーリム先生は資料を渡した。
「過去のダンジョン再建に関する資料ですね。これが何か?」
「ご存じかと思いますが、昨年からダンジョンに関する魔道具の盗難事件が相次いでいます。ダイトキくんも盗難にあった被害者の一人です。今回の学内に混乱を招こうとした犯人は、ダイトキくんをダンジョン製作から遠ざけようとしているのではありませんか? そもそもダイトキくんは、フィンリルの前足を切れる技術を持ち合わせておりません。彼を釈放していただきたい」
「それはできません。彼は重要参考人です」
その衛兵は被疑者とは言わなかった。
「なぜです? 彼に不可能なことは明白ではありませんか!」
「明白ですが、重要参考人であることに変わりはありません。資料はこれだけですか?」
「そうですけど……」
アーリム先生は、一歩下がった。
重要参考人ということは、ダイトキの能力を参考にしている可能性がある。ダイトキなら過去を見ることができる。過去を確認できれば捜査は簡単なはずだ。
校長が関与していたこともすでに知っているのか。
なら、どうしてダイトキは捕まったままなのか。
外に出ると危険なのか。
真実を知っていることで狙われる可能性だってある。
校長の戦力は知らないけど、俺たちで校長を止めるよりも衛兵に守ってもらった方が確実だろう。犯人が校長だけとは限らないからか……。
あまり表立って俺たちが捜査しない方がいいかもしれない。
「ご協力感謝します。資料は参考にさせていただきます。被疑者に対しては重々注意を払っておりますので、今日はお引き取りを」
そう言って衛兵は振り返って兵舎へと向かおうとした。
「ダイトキ先輩は元気ですか?」
俺は衛兵に声をかけた。
「ああ、すこぶる元気だよ。健康そのものだ」
「よかった」
「もしかして、君はコウジ・コムロという学生かい?」
「そうです」
「シェムという学生だったら叩き返せと言われているが、君には伝言がある」
衛兵はもったいぶってそう言った。
「なんです?」
「『空白の期間に、精霊は宿る』だそうだ。わかるかい?」
「さっぱりわかりません。でも、ちょっと考えてみます」
「そうしてくれ。もし何かわかったら、この兵舎でもいいし、町の端にあるアグニスタ家の屋敷を訪ねてくれ」
「アグリッパさんの実家ですか?」
「ああ、そうだ。アグリッパから君の話は聞いていた。俺はアグリッパの叔父にあたるんだ」
「お世話になっております」
「君の父上には、妹が世話になっているようだし、君とは縁がある予感がする。また、会おう」
アイルさんの兄だったか。
ということは、衛兵の捜査が難航しているわけではなさそうだ。
何か理由があって、校長を逮捕できないでいる。
アグニスタ家の衛兵は、そのまま建物へと向かっていった。
「もう! 何だって言うのよ!」
アーリム先生は怒っていた。何が何だかわからなかったようだ。
「ダイトキ先輩の身柄は安全です。それより校長の過去を調べましょう」
「過去より、これからダンジョンの試作品を使って何をするかの方が問題じゃない?」
「だから、行動を読まないと。『空白の期間に、精霊が宿る』って先生意味がわかりますか?」
「わかるわけないじゃない」
ダイトキはアペニール出身。精霊と言えば、闇の精霊だ。
以前、ウタさんに「空白の期間に本性が出る」と言われたことを思い出した。
校長の闇を探れ、か。
俺たちが学院に帰ると、玄関ホールの掲示板に大きな張り紙があった。
『特待十生、学院警備を命ず』
その大きな張り紙の下に、『特待十生に新入生のコウジ・コムロを任命する』と小さい紙が貼られていた。
「なにこれ?」
周囲の学生たちは俺に気づき、拍手をしていた。
「これって断れるんですか?」
俺はアーリム先生に聞いてみた。
「さあ、それはわからないけど、一応事務局に行ってみたら。勝手に捜査してダイトキくんを釈放しようとしていたことがバレたわね。ちょっとシェムが心配」
アーリム先生は、魔道具の工房へと走って向かった。
俺はとりあえず事務局へ行ってみることにした。
事務局ではゴズが事務員と話をしていた。
「警備というのはどのレベルでやるんだ? そもそも学生たちに警備をやらせるよりも傭兵を雇った方がいいのではないか? だいたい、王都の衛兵は何をしている?」
ゴズはまくし立てるように詰めていた。
「授業料は無料にした上、あなた方、特待十生にはかなりの特権を与えているはずです。今は緊急事態なんです。どうかご協力を」
「だったら、アグリッパとドーゴエも呼び寄せるんだろうな?」
「今、連絡を取っているところです。幸い、お二人とも近くにいるようですから」
「おう、コウジ。お前もなんか言ってやれ。なにかおかしいぞ」
「あのぅ……、特待十生って辞退できないんですか?」
「「え!?」」
事務員もゴズもなぜか驚いていた。
「あ、やっぱり辞退するってダメですか?」
「ダメという選択肢は考えてなかったですね。特待十生には、多くの学生からの推薦もあり、教師陣からも認められた者しかなれないので辞退すると、学院全体の期待を裏切ることになりますよ」
「え~?」
「いや、すまん。俺も推薦人の一人だ。ダイトキが捕まって、抜けた穴が空きっぱなしというのもなにかな……」
ゴズは謝ってきた。
「一旦やってみて、どうしても嫌だったら辞めても構いません。でも、一度体験してみてはどうでしょうか。とりあえず、これを」
事務員は俺にカードを渡してきた。魔法陣が描いてあるので、おそらく位置を報せるものだろう。冒険者カードのようなものか。
「わかりました。警備については、誰が決めたんですか?」
「理事会です」
「学院を運営する貴族の方たちや各国の支援者たちさ」
理事会がわからない俺にゴズが教えてくれた。校長が理事会を動かしたと見るべきか。
「警備はいつからやるんですか?」
「今日からでも。特待十生の方たちには時間を決めて、交代で一日中やっていただきます」
すでに時間割が決められていた。生産系のゲンローやレビィたちがいるので、朝昼晩の3交代制で、3人一組でやるらしい。しかも特待十生の中で新人の俺は、寝るとき以外は学内を見回ることになっていた。
「一番、授業を履修していなかったので、多めに入れておきました」
「授業は履修していなくてもラジオがありますし、ラジオショップだってあるんですよ」
「それは課外活動ですから、こちらを優先させてください。それから、文化祭の出店に関して、コウジさんは学生たちにアドバイスするよう各先生たちから要望が出ています。何をしたんですか?」
「なにって別に何も」
「先日の冒険者見習いの際に、コウジさんからアドバイスがあったという学生が多数います」
「普通の学生生活が知りたくて喋っていただけですから、大したことは言ってないですよ」
「ですが、戦士科、魔法科の学生たちが今年はこぞって出店する予定になっています。体育祭のこともありますし、異例のことですので、公平にアドバイスをしてもらってもいいですか」
「そんな……。時間がいくらあっても足りないじゃないですか」
「でしたらラジオ番組を作っていただいても結構ですよ。まとめてアドバイスできるかもしれません」
それが学院の目的か。
校長は俺に捜査をさせないつもりのようだ。
王都は分業制で成り立っている。それなら俺も分業で捜査をしよう。
「わかりました」
「よかった。あと、文化祭までひと月ですからよろしくお願いいたします」
事務員は微笑んでいた。ここまで俺の時間を奪っておいて、よく笑えるなと思うけど、事務員も上からの命令で動いているのだろう。自分がやりたいことよりも、仕事を片付けることの方が大事ということもあるか。
「大丈夫か?」
事務局を出たところでゴズが俺を心配してくれた。
「忙しくなっちゃいましたね。しかも逃げられない」
俺は特待十生のカードを見た。
「まぁ、意外にそのカードは使えるぞ。授業も潜りたい放題だし、学食も言えばおかわりを出してくれるし、最近は俺たちが言ったから栄養バランスまで考えてくれるようになった。金銭的な援助や業務だって、企画さえあれば通るらしい。それは、アグリッパがやっていた通りだ」
「特別なはからいをするから、学院の頼みも聞くと……」
「まぁ、そういうことだ。これはただの飾りだ。上手く使えばいいのさ」
ゴズは、「特待十生以外の警備員を募集する。警護の勉強にもなるからな」と言って道場へ向かった。
「不思議な都市生活だ」
都市での生活は分業制なので、誰かに頼むことが多くなる。それによって自分の時間を増やしているのに、空いた時間を埋めて来ようとする人たちもいる。
誰かと繋がりを持つことで維持できる地位や仕事が多いのだろうな。いや、仕事はほとんどそうか。
でも、誰かと繋がらなければ仕事にならないということになると依存することになるんじゃないか。
冒険者ギルドに頼らなくても冒険者の仕事はできるし、報酬も依頼人と交渉すればいい。
「難しいな。都市生活って」
「どうした?」
ラジオショップ帰りのグイルが大きな荷物を背負って事務局の前にいた。
「いや人間の学校って結構大変だなって思って」
「今さらか。申請出してくるから、ちょっと待ってろ。久しぶりに一緒に飯でも食おう。最近、コウジは部屋に帰ってきてもすぐに寝ちまうから、女子たちも心配してるぜ」
新商品が実家から届いたらしく、学内で商品を売る申請を出すのだという。
事務局に申請書を出して、すぐに戻ってきたグイルと一緒に食堂へ向かう。荷物が重そうなので、半分持ってあげた。
「見たぞ、掲示板。どんな気分だ? 特待十生って」
「めんどくさい気分だ」
「学生は特待生になるために頑張っている奴だっているんだぞ」
グイルは笑っていた。
食堂で生姜焼き定食の大盛りを頼み、端のテーブルで一緒に食べた。
「改めてすごいよな。このシステム」
「なにが?」
「俺は小さい頃から、ずっと一人でも生きていけるようにって教えられてきたから、飯は自分で取って調理するのが当たり前だったんだ。でも、ここでは料理人の方に頼めば、何もしなくても料理が出てくる。これってすごくないか? 魔物の解体も、血抜きも、皮なめしもしない。火だって自分で熾さなくていいし、調理する時の調節なんて見なくてもいいのに、これだけ美味いものが何品も出てくるんだ」
「いや、料理人たちだって解体業者だって無料でやっているわけじゃないさ。対価を貰ってやっている仕事だ。感謝するのはいいけど、皆プロとしてそれで生計を立ててるんだから、そんなに気にしなくてもいいんじゃないか」
「そうなんだろうけど、こんなシステムを作り上げてずっと都市が続いているってすごいことだと思ってさ。しかも、美味い!」
フィールドボアの生姜焼き定食が、人生で一番うまいとさえ思う。
「なんだ、悩んでいるわけじゃなかったのか?」
「いや、グイル。俺は大いに悩んでいるんだ。教えてほしいことがいくらでも出てきちゃってさ。相談に乗ってくれないか?」
「俺に相談して解決できるのか?」
「わからないけど、誰かに言うだけ言っておきたいんだ」
「だったら、その話、私たちにもしてよね」
髪をツインテールにしたウインクが、小さな生姜焼き丼を持って現れた。
「どう? 妹系ファッションの私ってかわいくない?」
後ろから呆れたミストが生姜焼き定食のお盆を持ったまま、ウインクの尻を蹴っていた。
「退け。大きな妹よ」
久しぶりにルームメイトが揃った気がする。いつもラジオ局で一緒にいるのに、不思議だ。
「最近、結構いろいろあってさ、他の学生たちの生活を聞いて回ってたんだ。それで事件がいくつも起こって、頭がいっぱいになってたら、特待十生とかやらされることになって、なんか……」
「疲れた?」
ミストが聞いてきた。
「そうなのかな。肉体はずっと元気なんだけどね。人と関われば関わるほど、思いが溜まっている感じ」
「吐き出せ! そんなもの! 人類の妹である私が聞いてやろうぞ!」
ウインクはキャラが迷子のようだ。
「一人で生きて行けるけど、誰かと生きていった方が楽しい場合があるだろう?」
「あ、なに、人生の話? 真面目に聞くわよ」
ミストは死霊術師なので、食いついてきた。
「世界樹みたいな田舎だと2、3日、誰とも会話しなくても魔物の駆除だけしてたら仕事をしていたことにもなったし、特に咎められることもなかったんだけど、こんな王都じゃそうはいかない。どうやったって食べ物を食べるだけだって誰かと関わることになる」
「それはそうだな」
「人が多いからね」
「分業制だからでしょ」
「そう。俺たちには別に利害関係があるわけじゃないけど、たまたま同じ部屋になって俺がラジオ局に引き込んだ。偶然関わっているだけなのに、俺としてはめちゃくちゃ心地いいんだよな」
「私もいい関係だと思ってるよ」
「俺もまさか自分の人生がこんなことになるとは思ってなかった」
「私も面白いと思ってるし……、正直な話をしてもいいかしら?」
ミストは恥ずかしそうに、頬を赤くしている。ウインクよりよほど妹っぽい仕草だ。
「いいよ」
「私、人生でこんなに生きている人間と仲良くなったことがない。あなたたちはどう思っているか知らないけど、私は大事な友達だと思ってるわ」
「なにそれ! くーっ! 私も私も! キスする!?」
ウインクはミストを抱きしめていた。
「しないわ!」
「偶然にしては出来過ぎてる気もするよな」
男女も混合、出身地だってバラバラで、生い立ちだって違うのに、俺たちは仲がいい。
「俺たちみたいな関係になるのはいいけれど、そうじゃない関係っていうのもあるだろ? 例えば、お金で繋がっている関係とかさ」
「そうか? 普通はお金で関係しているものだぜ。その方が妙な気遣いをしなくていいっていうのもある」
グイルは商売人として言っている。
「そう。気遣いをしなくていいためにお金の関係ってあると思ってたんだ。だから、俺もアグリッパさんと奨学金を集める時は、学芸に秀でている者とか仲のいい学生じゃなく、気を遣わせないようにくじ引きで決めようと思ってやったんだ。お金って数字が出るから、上下関係になりやすいだろう? それが関係を曇らせるような気がするんだ」
「確かに金を払っているんだから、多めにサービスしろって言う奴はいるなぁ」
「でも、お金持ちって品があるわよね?」
ウインクは船でファッションモデルをやっているので、いろんな国へ行っている。
「私が会ったお金持ちは、ほとんど奴隷に対しても気遣いができる人が多かったけど、時々、急激にお金を持った人たちは品性も知識もなくてコミュニティにいられなくなるケースがあったわね。そういう話?」
「そうなのかもしれない。もし、そのお金持ちのコミュニティの中の誰かが犯罪を起こしていたとしたら、どうする?」
「それは普通に周りが注意するんじゃないの」
「でも、それを注意できなかったら? 例えば、その人のお陰で、品性や知識のあるコミュニティが存続できているとしたら、どうなる?」
「そのまま続いていくんじゃないかな。犯罪はなかったことになるかも……。なに? どういうこと!?」
俺は周囲を見回して、他の学生たちを見た。俺が喋ることで迷惑がかかるかもしれないし、校長の配下の学生もいるかもしれない。
「一旦飯を食べて、ラジオ局で話そうか。あそこなら壁を防音にしているから」
俺たちは生姜焼き定食を食べて、ラジオ局へと向かった。
全員が入り、ラジオ局のドアを閉め、特待十生のカードを火事になった時用の、バケツに沈めて木の板で蓋をした。音楽がかかっているラジオを上に置く。
「シェムさんのダンジョンコアを盗んだのも、ダイトキ先輩が捕まった事件も首謀者は、校長だ」
録音機材から音楽が鳴り響く中、俺がそう言うと、3人とも息をのんで目を丸くした。
「なんで!?」
「状況と能力を考えると、他にいないと思う。たぶん、衛兵もわかっているから、ダイトキ先輩を守っているんじゃないかな」
「捕まっているというよりも護衛しているってことか?」
「そう」
「でも、なんで校長がそんなことをするの? 意味ある?」
「あんな賢そうな人なのに……」
ミストもウインクも信じられないという顔をしていた。
「わからないけど人工ダンジョンの利権を手にしたいっていう理由じゃないかな」
「でも、そんなことをしても学生たちは皆、人工ダンジョンを誰が作っていたのか知っているじゃない?」
「そうなんだ。なにか他に動機があるかもしれない。何より、衛兵が校長を捕まえられていないだろう? 証拠がないんだと思う」
「でも、そんなのおかしくない?」
「おかしいんだ。都市生活の歪みだと思う。総合学院の校長になるくらいだから、きっと経歴が調べられると思うんだけど、兵舎にいるダイトキ先輩の伝言では、経歴の空白期間に闇があるってさ」
「なにがあるんだろうね」
「俺は特待十生になっちゃったから、警備で忙しくなる。しかも特待十生のカード付きで見張られてしまってるんだ」
「なるほど」
「わかった」
「大丈夫。任せな」
ルームメイトたちは底抜けにいい奴らだった。
「あ、でも、私たちではわからないことがあるかもしれない。ほら、ゲンズブールさんの知り合いとかの方が詳しいこともあるでしょ」
「確かにな」
「それに私たち、コウジと違ってちゃんと魔物学の授業とか取っているから、遅くなるかもしれないから期待しすぎないようにね」
「わかってるよ。ちなみに魔物学って何をするの?」
「解剖よ。こっちは解剖し終わった方を使いたいんだけどね」
ミストはそう言ってにやりと笑っていた。
「まぁ、勉強の邪魔にならない程度に頼むよ。俺も信じられる人たちに声をかけてみるから」
その後、今夜のラジオの打ち合わせをしておく。
「手紙が山ほど来てるわよ」
ラジオ局のメールボックスには、はみ出るほど便箋が詰まっていた。
「コウジが元手もかからない商売を先輩たちに教えるからさ」
「ああ、それも事務局から頼まれてたな。そろそろ文化祭の準備もしないと……」
「コウジを見てると、学生なのに勉強もしないで忙しいことあるんだなと思うよな。矛盾の塊みたいな奴だ」
「助けてくれ~」
「抱え過ぎなんだよ!」
「仕方ない。これもめぐり合わせ」
「同室のよしみでやってるんだからね!」
つくづく俺はルームメイトに恵まれている。




