『遥か彼方の声を聞きながら……』13話:魔女たちの狂想曲
魔道結社に潜入するため、冒険者見習いで一緒に荷運びをしていたミミモの研究室を訪れた。家庭科の授業で作ったマフィンを持ってきている。レビィがダイトキのためならと大量に持たせてくれたのだ。
「魔道結社と言っても、魔法使いたちのプライド維持みたいなものだったのよ。魔法の習得って時間がかかるでしょ。認められなくてもめげずに頑張ろうというのが結社を作った目的だったんだけど、今は自分たちのことを魔法の専門家だと思っている学生たちが多くなってるわね」
ミミモは魔道結社の結成当初、新入生だったという。
「今から俺が入るのってできないんですか?」
「なんか魔法のスキルは持ってる?」
「スキルを取ってないんですよね」
「は? へ? 意味不明なことをまた言って。あれだけ魔物を討伐しておいて、スキルがないってどういうことよ」
「出来るだけ技術を上げてから取った方が無駄に取らなくてもいいって聞いてたんで、生まれてからまだ一度もスキルポイントって使ったことがないんですよ」
「じゃあ、別にスキルも使わずに魔物を討伐したってこと?」
「そうですね」
「変わり者が過ぎるわ」
「よく言われます。魔法のスキルを取った方が魔道結社には入れますかね?」
「ん~、どうかな。魔力操作はできるんでしょ?」
「ええ、魔力操作と性質変化は得意です」
「だったら、この腕輪を付けてみて」
魔道具の腕輪を渡された。
「何の魔法です?」
「火の棒が出る魔道具。手が火傷しちゃうからって売れなかった不良品なんだけど、コウジなら扱えるんじゃない?」
「どうでしょうか」
魔力を込めると、手首から炎の棒が出てくる。手から棒が離れると効果がなくなるが、性質変化で鞭や剣にも形を変えられる優れものだ。
「これいいじゃないですか? なんで売れなかったんですか?」
腕輪に込める魔力量を増やすと、僅かの間だけ手から離れても効果が残るようだ。火のナイフや槍くらいなら投げられる。
「すげぇ。なんだ、これ! 面白ぇ!」
「作った私でもそんな風に扱えないわよ」
「そうなんですか。でも、ほら、手だって魔力でコーティングすれば火傷もしませんよ」
俺は手のひらをミミモに見せた。温まって血行が良くなる程度だ。
「それが出来るなら、私の中で魔道具の概念が変わっちゃうんだけど……」
「こんなものばっかりがこの研究室にはあるんですか?」
棚には魔法書が並び、魔道具と思われる品が詰め込まれている。樽に杖がたくさん入っていて、机には描きかけの魔法陣が山のように積まれている。魔法陣を完成させてしまうと、効果が出てしまうからだろう。
窓辺には鉢植えがひとつだけ置かれていて、花がしおれている。
「あるわ。というか、この区画の研究室はどこもこんなものよ。コウジ、ちょっとアレだわ。冒険者の見習いはやめた方がいいよ」
「あ、もうやってません」
「ならいいけど、ちょっとこっちに来なさい」
ミミモは部屋から出て、俺を呼んだ。
研究室は円形の塔の中にあり、中心がホールになり、見回せば扇型の部屋が並んでいる。どこの部屋もドアが凝った造りになっている。自分仕様に変えているのだろう。
「皆、マフィンを売りに来たって。それから面白いものが見れるよ!」
ミミモがそう言うと、上級生の魔法使いたちがドアから出てきた。なぜか皆、女性。魔女たちだ。
「パティシエが来たのかい?」
「昨日何も食べてないから、何でもいいわ。誰か牛乳持ってない?」
「チーズになったのならあるわ」
「魔力回復シロップならあるよ」
「あれはマズいから嫌だ」
お茶の葉なら、ミストに貰ったものがあるし、井戸は近くだ。
「誰か、ポットを持ってるなら、お茶を用意しましょうか」
「サービスが行き届いているね。お願い。これポットね。洗ってきて」
「彼、新入生? できるわ!」
俺は外に出て、井戸から水を汲み上げ、ポットを洗ってから水を入れた。
研究室塔のホールでは、すでに椅子とテーブルが用意されている。テーブルには加熱の魔道具シートも置かれてポットを置けばいいだけの状況になっていた。
「あれ? 夏休みって、もう終わった?」
「とっくにね」
夏休みが終わったことすら気づいていない人がいるらしい。
魔女たちは、ベルサさんが着ているような丈夫なローブ姿でずっと研究している。北極大陸にもいたが、一人作業をしている研究者は皆、こうなっていくのだろうか。
「それで、ミミモ。面白いものってなに?」
「ああ、お湯が沸くまで、コウジが見せてくれるわ。ほら、腕輪の魔道具を使って見せてあげて」
「使うって、こういうのでいいんですか?」
俺は腕輪に魔力を込めて火の棒を出し、剣に変えたり、ナイフに変えて天井に向け放り投げたりして見せた。
「……」
魔女たちからの反応がない。持っていたマフィンをテーブルに落とす魔女までいる。
「ね? 面白いでしょ。この新入生のコウジはベスパホネットを数秒で討伐するような冒険者見習いなんだけど、魔力操作と性質変化を特化させた生活を送っていたみたいでね。魔法のスキルも取ってないんだって」
ミミモの言葉に、魔女たちがそっとマフィンを置いていた。
ピーッ!
お湯が沸いたので、お茶を淹れしようとしたら、魔女たちが止めに入った。
「自分でやるからちょっと待って」
「あのぅ、ミミモ。彼がいると私たちがやっている研究が変わってきちゃうんだけど……」
「そう! 魔道具の概念が変わっちゃうでしょ」
「性質変化ってどんなことができるの?」
マフィンを口に詰め込んだ魔女が聞いてきた。
「魔力に粘着性を持たせたり、液体にしてみたり、触ったことがあるものなら変えられるんじゃないですかね」
「じゃあ、自分で魔水を作れるってこと?」
「そうですね。実体がない魔水みたいなものです」
腕輪から発生させた炎を液体のように石畳の床にこぼしてみせた。
「でも、魔法は使えないの?」
「なくても魔物の駆除は出来たので」
「変な学生が現れたね。体育祭は出たの?」
「出ました。一応、優勝しましたよ」
「え!? 優勝!?」
ミミモは知らなかったらしい。
「あれ? 今年の体育祭の優勝者ってコムロカンパニーの社長の息子じゃなかった?」
「え? 私はラジオ局の局長って聞いてるけど?」
「どっちが本当なの?」
「どっちも本当です。ナオキ・コムロが親父で、ラジオ局を作りました」
せっかく淹れたお茶を噴き出す魔女までいた。
「そんな方が、なんでこんな魔女の掃溜めみたいなところに来てくれるの?」
「魔道結社に入りたくて」
「はあ!? なんで? いや、入りたければどうぞって感じだけど……」
「いいんですか?」
「いいよ。私たちが魔道結社の最高学年なんだから。断られたら言って。ゴリ押しで入れさせてあげるから」
「でも、魔道結社に入って何をするの? 体育祭でも優勝しているのに意味ある?」
ようやく皆、マフィンを食べながらお茶を飲み始めた。現実を飲み込み始めたのかもしれない。
「ダイトキって時魔法の交流会をしていた学生がいると思うんですけど」
「ああ、いたわね。今はダンジョン製作にしか時間が取れないって言ってたわ。彼がどうかしたの?」
「あらぬ疑いをかけられて、捕まってしまったんです」
「何をやったの?」
「たぶん嵌められたんです。この学院の敷地の端に石柱が仕掛けられてるのは知ってますか?」
「野生の魔物が入ってこられないための石柱のことなら、ここにいる皆知ってるわ。高学年になると掃除に行かされるからね」
「その石柱を倒して魔物を学内に入れて混乱させようとしていた輩がいるらしいんですけど……、あそこの森の中に時が止まった魔物の死体が埋められてたんです」
「え!? そんなことできるの?」
ミミモは時魔法を知らないらしい。
「保管の魔法を使ったんじゃない?」
「だとしても、1日くらいしか効果はないから魔法陣でも使ったんじゃない?」
「魔石は腹から取りだされていたんですよ」
「でも、魔石がなくてもあそこら辺は地中の魔力含有量が高いからね。一週間くらいは魔法陣の効果も保てるんじゃないかな」
「とにかく、それで魔道結社の中に犯人がいるかもしれないから入りたいのね?」
「そうです」
「そんな学生いるかな?」
持ってきたマフィンはいつの間にかなくなっていた。
「よくそれで衛兵はダイトキくんを逮捕したね」
「見つかったフィンリルの死体から前足が切り取られていたんですけど、それがダイトキさんの部屋から見つかってしまって」
「だったら、そのダイトキの部屋に前足があるって衛兵に報告した奴が犯人なんじゃないの?」
「いや、幻惑魔法の千里眼を習得していれば、見つけられるわ」
ミミモがお茶を飲み干して言った。
「ん~」
「魔道結社の私たちとしても、疑われるのは心外だけど、保管の魔法を使えるのは確かだしねぇ」
「魔道結社でも時魔法を理解して使えたのは、私たちだけよ。しかも保管の魔法だけね」
「でも、時魔法の交流会に出ていて、フィンリルを倒せるのって限られているわよ」
「犯人は複数? それとも単独?」
「さあ、それはわからないです」
「私たちのうちの誰かが協力しているか、教師陣か、特待十生の誰か」
「時魔法で過去を覗けばいいのに」
「あ、それ、ダイトキさんも言ってましたけど、その前に手錠をかけられてました」
俺の言葉に、魔女たちは衛兵に文句を言っていた。
「犯人の狙いは間違いなくダンジョンなの?」
「ええ、先月は魔道具学の工房からダンジョンコアが盗まれてましたから」
「ええっ!? それってシェムちゃんが作ってたやつ?」
やはりシェムのダンジョンは有名なようだ。
「そうです。今はアーリム先生と一緒に作ってます」
「正直な話をしてもいい? 私たちレベルではダンジョンコアなんて扱えないわ。だから、たぶん、教師陣か、どこかの精霊に勇者の称号を授けられた学生だと思うの」
「そんな学生いますか?」
「ラックスだけは可能性があるわ」
光の戦士と呼ばれていたラックスか。現在の勇者であるヨハンさんのことを考えるとない話ではない。ゴズさんの親友だったはずだ。
「教師陣でも可能性があるのは、魔法使い科の教師か校長ぐらいでしょ」
「最近は授業に出てないから、新任の教師なんてわからないんだよなぁ」
「学生に取りつく、あやしい教師なんていくらでもいるからね」
「仕方ない。マフィンのお礼だ。久しぶりに授業を受けに行くか」
「そうね。面白い物を見せてもらったお礼ね」
「コウジ、悪いんだけど、犯人捜しは手伝うから、また研究塔に来てくれる?」
「お願いします」
ミミモたち魔女が捜査に加わってくれた。いくつも目があるというだけで犯人には脅威になるだろうし、こちらも味方が出来るというのはありがたい。
俺は研究塔を出て、道場へと向かう。
すでにゴズがラックスに疑いの目を向けていたようで、道場の真ん中で戦っていた。周囲の学生も教師も黙って見ているだけ。
「それほど私が信用ならないか!?」
ラックスの右ボディブローがゴズのみぞおちに突き刺さっている。ゴズは何もせず突っ立っているだけ。反撃をせずに、ただラックスを見ていた。
「なにが勇者だとしたら、だ!?」
「すまない」
「勇者の攻撃がこれほど甘いのか!?」
「許してくれ」
ラックスは攻撃を止めずに、ゴズはひたすら何もせずにすべてを受け止めていた。
「たった数週間だ。何をやっていた!? どうやったらそれほどまで……」
ラックスは悔しそうに感情をむき出しにしながら、光を放ちながらゴズを殴り続けていた。
「反撃してみろ! ここは道場だぞ! お前の処刑場ではない!」
ラックスがそう言うと、ゴズはゆっくりと拳を握った。
ゴッ。
ラックスの右ストレートを躱して、ゴズのカウンターがみぞおちに突き刺さる。
がっくりと項垂れたラックスをゴズは片手で抱えていた。
「すまない、友よ。すまない……」
ラックスが意識を失っているのに、ゴズは謝り続けていた。
すぐに回復薬をかけられていたが、しばらくラックスは起き上がれないだろう。
ゴズは回復薬を渡されていたが、自分には使っていなかった。ふと道場の入口にいる俺に気がついて、口を結んで何度も頷いていた。
「ラックスさんは犯人ではないことを確認できましたか?」
「ああ、ラックスには無理だ。コウジよ。強くなるというのは、これほど辛いのか」
ゴズも親友を失ってまで強さを求めていたわけではないだろう。
「いや、何かを間違えてます。たぶん順番とか」
「そうだな。光があれば影がある。俺たちは光魔法と影魔法が得意だったから、何かと比べられていたんだ。お互い切磋琢磨して順番に強くなっていく予定だった。俺はラックスが強くなるのを待てずに一段飛ばしてしまったのかもしれない」
ゴズはそう言って、道場から出ていった。捜査は教師陣に絞られた。
「あの、ゴズくんがどうやったのかわかるかい?」
道場にいた魔体術の教師が聞いてきた。
「立っていただけじゃないですか?」
「あのラックスくんの攻撃を受けていたのに、ただ立っていただけというのかい?」
「見切っていたとは思いますよ。あとは受ける覚悟を持っていたから、力は入れていたと思いますけど」
「それだけ? 本当に?」
「来るとわかっていれば自然と力が入っちゃわないですか?」
「入るけど、あれほどの攻撃を相殺できるほどの筋力を使っていたようには見えなかった。姿勢だって受け止めるために足を前後に開いていたわけではなかっただろう?」
「四肢は使ってないですけど、胴体は使っていたじゃないですか。え? どういうことですか?」
見ていたのに、わからないということがあるのか。
「やって見せましょうか?」
「お願いできるか」
俺が道場の真ん中に立ち、教師からの攻撃を受け止めた。
「攻撃が来るとわかっているから、そこにだけ意識が向かいます。後ろ足で蹴り、体重を乗せた衝撃が来るとわかっていれば、自然と筋肉と魔力を集中させて力のバランスを取ろうとしませんか」
「自動で魔力の結界ができるということかな?」
この魔体術の教師は本当にわかっていないのだろう。南半球にいるウーピー団長がいたら、もっと詳しく教えられるはずなのに、今の俺では到底無理だ。
「結界魔法や防御魔法は使えませんが、そんな感じですかね。ある程度、経験則で予測できると、反撃がそのまま攻撃になることもあるじゃないですか」
「どういうことだい?」
「じゃあ、もう一度攻撃してきてください」
トンッ。
教師からの攻撃が胸に当たる前に、掌で押し返した。教師は浮き上がって道場の端まで吹っ飛び受け身をとって立ち上がった。
「大丈夫ですか? 痛みは?」
「ない。何が起こったんだい?」
「俺はただ壁を作っただけで、吹っ飛んだのは先生の力ですよ」
「確かに、吹っ飛ばすつもりで突いたんだけど、そんなことってできるのか?」
「今やったのがそれです」
「それって、逆に衝撃を跳ね返さずに、全部受けきるっていうのは出来るのかしら?」
道場の端で見ていた上級生が聞いてきた。身体が大きく、大きな武器でも扱えそうだから、女戦士だろうか。
「それをゴズさんがやっていたんですけど、そういうことではなく?」
「あ、そうか。そうじゃなくて衝撃を受けきるというよりも、むしろ増幅させて、自分を吹き飛ばしたりは出来ないかなって思って」
「出来るんじゃないですかね。打ってきてもらってもいいですか?」
女学生に突きを貰った。衝撃を魔力で増幅させると、俺の体はくるっと回転した。
「衝撃はありますが、俺は脱力しているんで痛みは少ないですね。こんな受け方があったなんて知らなかった」
「それ、ゲンズブールくんに教えてあげてくれないかしら。彼、特異体質なのよ。知り合いでしょ?」
「知り合いですけど……」
「たぶん、今なら図書室にいると思うから、お願い」
「わかりました」
なぜか俺はその女学生の言葉を断れなかった。
統率スキルだろうか。頼まれることが心地いいとさえ思った。
俺は振り返ることなく道場を去り、図書室へ直行した。
彼女の言った通り、ゲンズブールは椅子を四脚も使って寝っ転がり、書類に目を通していた。ミストも奥の机にいて本を片手に勉強をしているようだ。
「ん? どうした? コウジくん、今は授業中だぞ」
「俺は今の時間取っている授業はありません」
「そうだったな。何か用か?」
「衝撃を増幅させて攻撃を受ける方法があるんですけど、ゲンズブールさん、知りたいですか?」
「知りたいけど、俺の能力は誰に聞いた?」
「能力は聞いてません。道場にいた体の大きな女戦士らしき人です」
「ああ、そうか」
ゲンズブールは椅子に座りなおして、納得していた。
「彼女は誰なんです。頼まれごとをされたのに、まったく断れる気持ちになれなかったんですけど」
「だろうな。そういう宿命を持っている人だ。俺の許嫁で、俺は尻に敷かれることが決定している」
ひょろりと長いゲンズブールと結婚すると思うと、なんだかお似合いだ。
「それで衝撃を増幅させるってどうやるんだ?」
「脱力するんですよ。衝撃が来たら、身を任せて自分の身体を回転させればいいんです」
「難しいこと言うなよ。俺は魔力反発っていう特異体質でね。魔法も魔力を使った攻撃も全部跳ね返してしまうんだよ」
「そんな人いるんですか!? すげぇ!」
「いや、魔力だけだ。ナイフで刺されたら死ぬし、金槌で頭蓋骨を叩かれたら陥没してしまう。物理的な攻撃には滅法弱いんだ」
「それ、普通の人でも死にますよ」
「まぁ、そうだな。で、どうやるって? ちょっとやって見せてくれ」
「じゃあ、ちょっとどついてくれますか?」
パンッ。
ゲンズブールは俺の肩に掌底を打ってきた。魔力反発というだけあって掌が当たる直前に、魔力の膜のような感触があった。ゲンズブールの掌の魔力と、俺の肩を覆う魔力が反発しあって音が鳴った。手と肩は直接、触れていない。
俺はその衝撃を肩甲骨で回して受けきった。
「痛くなかったかい?」
「それが痛くないんですよ。脱力してるんで肩甲骨を回しただけです。でも、面白い体質をしてますね」
「まぁ、攻撃と意識してしまうとダメなんだ。普段は大丈夫なんだけど、緊張したり興奮したりすると途端に反発してしまう。面倒な体質だよ。デートで手も繋げない」
この人、そんな人間らしいことをしたいと思っているのか。金を稼ぐ天才としか思っていなかったので、新鮮だった。
「魔力のコントロールをしようとは思わなかったんですか?」
「したよ。いろんな教師や呪術師に魔力で形を作ったり性質を変化させましょうって言われて来たんだ。でも俺にはできなかった。そもそも魔力で形ができても魔力反発の効果が付与されるだけさ」
「丹田で回転させたりは?」
「腹の中で回転させたら、内臓まで回転しちゃうよ」
「骨はどうです?」
「骨!?」
ゲンズブールの素っ頓狂な声が響き、ミストに睨まれた。
「骨の中を魔力が循環しているようなイメージだとどうですかね?」
「どうって言われても、元々魔力は骨を通ってるんじゃないのか。無意識でやっていることだろう?」
「無意識でやっていることを意識化するのを訓練と呼ぶんですよ。魔力を強く固くして、皮膚より外に出さないようにするイメージで」
「出来ると言えば出来るけど、これ大変だよ」
ゲンズブールはさっそくやってみているようだ。傍から見ると、身体が痺れてしまったように見えるが、本人は真剣だ。
「許嫁の手を握るためだと思えばいけますよ」
「うっ……、ダメだ!」
骨を駆け巡っていた魔力が霧散し、脱力した。俺は魔力を込めた手のひらで、ポンとゲンズブールの肩を叩いた。
腕ごと回ったが魔力の反発は起きていない。
「出来た!」
「ほらね」
「肝は脱力か。でも、今日のうちに何度もできるとは思えない。訓練が必要だな」
「そうですね。がんばってください」
「ありがとう。お礼と言ってはなんだけど、ダイトキくんの件で、学院のお金の流れについて調べてみたんだ」
ゲンズブールは机に書類をいくつか並べ始めた。
「この学院には、見ての通り、アリスフェイ王国の貴族からだけじゃなく、他の国からも多額の支援金が寄せられている」
書類を見ると、グレートプレーンズのやエルフの国からも支援があるようだ。
「研究費として最も多く金を支援されているのが、実はベルベ先生でね。ほら、これを見てくれ」
「確かに植物学研究への支援と書かれてますね」
「次いで魔道具学、回復術、支援魔法と続いていく」
「意外と攻撃魔法とか人気ないんですか?」
「ああ、攻撃魔法に関しては研究が進んでいない学問だからだろうね。まぁ、ほとんど教師陣の研究へ当てられるんだけど、企画そのものへの寄付金についても調べると、歴史上もっともお金を集めたのが、これだ」
ゲンズブールがファイルから一枚のきれいな用紙を取り出した。
「学内ダンジョン再建計画……? これが一番支援された企画ですか?」
「そうだ。魔法学院から総合学院に変わる時期に、ダンジョンも再建されたみたいでね。企画立案は校長になっているけど、協力の欄を見てごらん」
「リッサ!? 魔物学者のリッサですか?」
ベルサさんの師匠だから、驚くに決まっている。
「その横だ」
「コムロカンパニー? 親父の会社も協力してるんですか?」
「そうだ。コムロカンパニーの仕事なら、お金が集まるのも無理ないけどね。もし、このダンジョン再建と、今起こっているダンジョンコアの窃盗事件やダイトキ逮捕の件が繋がっているとしたら、容疑者は限られてくるんじゃないかと思うんだ」
「つまり、ベルベ先生ですか?」
「あと、校長と、ダンジョン学のシシガシラ先生もだ」
容疑者は3人まで絞られた。