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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』

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『遥か彼方の声を聞きながら……』12話:特別要注意人物兼外部冒険者補助員の仕事


 冒険者ギルドの見習いになって5日目のことだった。

 突然、獣人の職員さんから最終通告を受けた。


「残念だけど、コウジくんにはもう荷運びの仕事を紹介することができなくなりました」

「何でですか!?」

「冒険者たちが、依頼の魔物に遭遇する前に討伐。調査中の魔物の逃亡援助。冒険者たちがワイバーンを討伐中にもかかわらず、竜が産気づいたという理由で現場を離脱。それ以降、冒険者たちが争奪戦を始めてしまい、さらに周囲の冒険者たちがどの仕事をコウジくんが請けるのか賭けの対象になっているからです」

「冒険者見習いの仕事はしていたはずですよ!?」

「もうギルド長会議でも決まってしまったことよ。そもそもナオキ・コムロの息子であることを最初に言ってくれれば、こんなことにはならなかったのよ!」

「え~!? うちの親って冒険者ギルドを出禁になってるんですか?」

「そうよ! 冒険者カードの偽造を繰り返し、単独で精霊を駆除して回るような冒険の手伝いはギルドでは扱えないの!」

 なんてことをしているんだ、うちの親は!


「ということで、冒険者見習いはクビです!」

 俺は冒険者見習いを、たった5日でクビになった。

「そんな……」


 俺は目の前が真っ暗になったような感覚に襲われた。


「でも大丈夫!」

「え?」

「コウジくんは特別要注意人物兼外部冒険者補助員として登録させてもらうわ」

「長い! なんですか、その長い役職は?」

「冒険者ギルドでは扱えないけど、外部の補助員としては認めますってことよ」

「冒険者のアシストするみたいな役割ですか?」

「そうね」

「じゃあ、冒険者見習いでいいじゃないですか」

「それは、他の見習いの人とは区別しないといけないから無理よ。ちなみにコムロカンパニーの皆さんもほぼこの役職ね」


 親父たちと同じ部類か。俺の人生のルートがひとつ潰された気がする。

「はぁ~……」

 あれ? さっき親父が冒険者カードを偽造しているって言ってなかったか。なんだ、裏技があるんだな。今度、親父に聞こう。

 ただ、この時点で俺はアグリッパとの賭けには負けた。


「それで、俺は冒険者ギルドでは何もできなくなっちゃったんですかね?」

「ううん、逆よ。まず、出産した竜の調査依頼の同行。それから遺跡発掘の際、死霊系魔物討伐の援助。街道修繕工事を担う魔法作業員たちへの魔力運用教育。夜の図書館に現れる魔物の捕獲依頼の援助。軍関係者から、演習参加と魔体術の教練依頼が来ているわ」

「多いですよ」

 これは仕事を選んだ方がいいな。


「そもそも俺は、学生の冒険者見習いをよく知るために来ているので、冒険者そのものの依頼を請けるつもりはありませんよ」

「そんな……! でも、それじゃ、ランクが……、あ、ないのか。報酬は?」

「お金を稼ぎたくて仕事をしてないので」

 獣人の職員は、瞬きもせずにただ天井付近の虚空を見始めてしまった。


「あ、飛んだ?」

 後ろから冒険者ギルドの職員たちが現れて、意識が飛んでしまった獣人の職員を連れて行った。


「まぁ、そうなるか。どうも、冒険者ギルドの職長、アイリーンと申します」

 カウンターの奥からナイスミディな女性が出てきた。

「こんにちは」

「普段はコムロカンパニーの依頼業務等を請け負っていまして、力になれるかと存じます」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「ナオキさんの息子がこんなに大きくなられたんですねぇ」


 アイリーンさんは俺を見てなぜか感動してくれた。親父の知り合いらしいが、俺が知らない仕事関係の人だろう。


「一応説明しておくと、ほとんどの冒険者って名誉かお金のためにやる仕事ばかりだから、それ以外の目的だと冒険者ギルドの職員は混乱してしまうのよ」

「そうなんですか?」

「コウジくんは、学術研究目的よね?」

「そうなりますね。普通の人がどういう生活をしているのか知りたいんです」

「なるほど、血って争えないのね。ナオキさんも私が初めて会った時に世界のことを知りたいって言っていたわ」


 親父が転移してきたときにお世話になった人か。


「親父がお世話になっております」

「こちらこそ冒険者ギルドはコムロカンパニーにお世話になりっぱなしで、私の人生もだいぶ変わったわ。いや、そんなことじゃなくて、コウジくんの依頼ね。普通の生活を知りたいということであれば……」


 アイリーンさんは、依頼書の束をめくりながら俺に合った依頼を探してくれた。


「こんなのはどう? 総合学院の周りで見つかった魔物の痕跡の調査というのがあるわ。これぐらいなら荷運びの学生も連れて行けるし、依頼者も学院の先生みたいだし、いいんじゃないかしら?」

「俺が荷運びの学生を雇えばいいのか……、それにします!」


 俺は魔法科と戦士科の先輩二人を銀貨二枚で雇い、依頼者の先生の下へと向かう。


「ああ、君が来たのか」

 依頼者は薬学のベルベ先生だ。出来るだけ関わらない方がいいと思っていたが、関わってしまった。依頼者と冒険者の関係なので、それほど関わることもないだろう。


「冒険者ギルドから来ました。魔物の痕跡について教えてください」

「別に困ったことになったわけではないんだけどね。この学院の周りにはいろんな仕掛けを施して、外から魔物が入れないようにしているんだ。外部の人も正面玄関以外からは、空でも飛ばない限りは入れないことになっている。僕も毒草を仕掛けていたんだけど、そこが一部が荒らされていてね」

「魔物が入ってこようとしているということですか?」

「そう。しかも内側から壊されているから、内部の人間が手引きしようとしているようなんだ」

「なるほど、混乱を起こそうと企てているものがいるということですね」

「そのようだ。文化祭も近い時期だから、誰かが請けてくれるといいと思ってたんだけど、適任が来てよかったよ」


 警戒していたからか、用件だけで済んだ。後ろからついてきた先輩たちから「ちゃんと報酬は交渉して貰った方がいいぞ」と言われた。


「ああ、そうか。忘れてました」

「まぁ、ベルベ先生は貴族だから、金がないってことはないけどな」

「いや、あの先生、学生への報酬は薬草数種とかいう時あるからね」

 先輩たちはいろいろ知っているらしい。


「お二人は、文化祭で何かするんですか?」

 せっかくなので聞いてみる。

「俺は組み手の演武くらいじゃないかな」

「私も、例年通り、魔術書の読み方とか教える程度ね」

「店を出したりは?」

「面倒だからしないけど、何かやるなら手伝おうか?」

「私も家庭科の講義を取ってる友達の手伝いぐらいだから暇よ」

 二人とも何かをやりたい気持ちはあるようだ。


「なにか得意なこととかを売りたいとかはないんですか?」

「俺よりも体の使い方が上手い奴らがいるのに売れないよ」

「そうそう。魔力がそれほどない人たちに魔法書は関係ないし、需要がないのよ」

「いや……、どこに需要があるかわからないですよ。例えば、身体の使い方を教えるのが上手い人なら、体型が気になる女性に運動を教えたりできるじゃないですか。魔法書の読み方じゃなくて、そもそも魔力があるか、ないか、のお札を売ってみるってのはどうです? 自分に才能があるかもしれないと思っている人には売れるかもしれません。その後、魔法書の読み方を教える本を書けば、顧客ができてますから売れるんじゃ……」

「お前、それ、今、考えたのか?」

「え? なにがです?」

「今言っていた商売よ。私たちの話を聞いてから考えたの?」

「そうですよ。たぶん、生産科の学生たちは自分の能力と向き合って、自分のどこに他の人とは違う強みがあるのかを考えて、物を作っていると思うんですけど、戦闘科の人たちってそれほど考えてないんですか?」

「考えてなかった。仲のいい奴らとばかり話しをしていると、至らない考えがあるんだな」

「他人とは違う自分の強みなんて考えたことなかったわ。他人と同じことが出来るように精いっぱいで……」


 そんな会話をしていたら、総合学院の敷地の端まで辿り着いていた。


「荒らされてますね」

「そうだな」

「掘り返されてるみたいね」


 毒草の群生地が燃やされて、さらに土魔法でも使ったように地面がえぐれていた。


「これって土魔法ですか?」

 魔法使いの先輩に聞いてみた。

「おそらくそうだと思うわ。それほど難しい魔法じゃないけど、草むらを壊すくらいなら効果は見てのとおりね」


 とりあえず、手拭いで口と鼻を覆い、外に出られるのか実験してみる。


「おいおい、いいのかよ」

「いいんじゃないですかね。こんな裏口があると、魔物も野盗も入りたい放題じゃないですか。確かめた方がいいですよ」

「うっわ、すごい臭い……」


 毒草からは酷い臭いがしている。魔物除けの香草だろう。急いで先へと進むと、空気の膜のようなものをすり抜け、敷地の外にある森へと出てしまった。


「臭いが消えたな」

 戦士の先輩が手拭いを外して、率先して実験体になってくれている。

「今、通る時に薄い防御魔法みたいなのを感じなかった?」

 魔法使いの先輩も感じていたようだ。

「膜みたいなものを感じました。空気を遮断する空間魔法ですかね?」

「たぶん、防御結界が壊れただけじゃないかな。ほら、石柱が倒れてる」


 先輩が指さす方を見ると、幾何学模様が描かれた石柱が倒れていた。

 近づいて見てみると石柱を掘り返したような跡があった。


「魔物の仕業ですかね?」

「爪の跡があるから、フィンリルが掘ったんじゃないか?」

「それにしては臭いが……」

「確かに魔物の臭いがしないな。毛の跡もない。誰かが魔物のせいにしているってことか」

「可能性です」

「いや、やっぱり魔物よ。ほら血の痕がついてる」

 地面に赤茶色の血の痕が垂れていた。


「酷い臭いがする毒草がしおれてるぞ」


 血を辿っていくと少しだけ盛り上がっている土があり、そこに先ほど見た酷い臭いのする魔物除けの草が干からびていた。植え替えを失敗したのか。


「魔物の死体を埋めたのかしらね。掘る?」

 魔法使いの先輩がこちらを見た。

「掘れるんですか?」

「さっき言ってた簡単な土魔法でね」


 そう言うと、魔法使いの先輩は長い呪文を唱え始め、土魔法を放った。


 ボフッ!


 土埃が舞い、落とし穴くらいの穴が空いた。その中に、フィンリルの死体が埋まっている。牛の魔物くらいのサイズだから成体だろう。


「おかしいぞ! 腐敗もしてないし、臭いが全くない!」

「前足が切り取られている」


 フィンリルの死体を見ながら、先輩たちは魔物の死体を見慣れていないのか、立ったまま見えていることを口にした。

 俺は、フィンリルを引きずりだそうとして毛まで固まっていることに気がついた。


「この死体、時が止まってますね」

 穴に下りて、首を抱えてフィンリルの死体を引きずり出した。

 胸は開かれて魔石は奪われている。腕も胸も刃物で切ったのだろう。


「犯人は時魔法が使えて、刃物も扱える人物。魔物のせいに見せかけて防御結界の石柱を倒した」

「時魔法なんて、特待十生のダイトキくらいしか使えないんじゃないのか?」

「確かにダイトキのお陰で時魔法については知られるようになったんだけど、彼はオープンだから時魔法の技術交流会はよく開いていて、その中のメンバーなら時魔法を使える者もいると思う。そもそも授業のアーカイブは学生なら誰でも使えるし、今学院にある時魔法の魔法書は彼が書いて広めたのよ」

「じゃあ、魔法の心得があって、魔物の解体も上手い奴が犯人ってことか?」

「いや、犯人は複数いるってことかもしれないわよ」

 話し合っている先輩たちを他所に、俺は周囲を警戒した。


 自分が犯人だとしたら、現場にやってくる学生を始末しようとするかもしれない。ただ、攻撃するならもっと早くチャンスがあっただろうし、注目が死体に集まっている今この瞬間を狙うだろう。

 先輩二人が喋っている最中に、気配を探ってみたが、人の気配はなかった。警戒するように距離を取っているのは魔物だけ。

 代わりに、周辺に盛り上がっている土がいくつもあることに気がついた。


「どうかしたのか?」

「いや、犯人が見てるかもしれないんで警戒してたんです。いないっすね。でも、この森、至る所に土が盛られていませんか」

「「え……?」」


 先輩二人も、ようやくフィンリルの死体から目を離し周囲を見回した。


「ちょっと隆起しているだけじゃないか?」

「でも、あっちの盛られた土にも毒草が植えられて枯れてるわ。掘る?」

「お願いします」


 再び土埃が舞い、盛られていた土がえぐられた。

 中にはワイルドベアの死体が埋まっていて、やはり胸が開かれ魔石が取り出されていた。王都周辺だと大型の魔物になる。


「腕は切られていないな」

「こんな重い魔物を、一人で移動させるなんて無理だわ。やっぱり犯人は複数なんじゃない?」

「いや、俺一人でも……、ほら」


 持ち上げて見せた。魔力の使い方さえわかっていれば、重い物は運べる。


「さすがに全部掘り返していられないので、一旦冒険者ギルドに戻って報告しましょう」

「ベルベ先生にも言わないとね。警備を強化してもらわないといけないわ」

「そうですね」


 とりあえず、幾何学模様の描かれた石柱を立て直して、ベルベ先生に報告。わかったのかわからなかったのか「とりあえず、警備の者に見張らせてみるよ」と言っていた。



 冒険者ギルドに報告すると、アイリーンさんがすぐに対応してくれた。


「緊急依頼を出しておくわ。王都の衛兵にも連絡して、調査隊を編成しないと。コウジくんは、ここまでね。学生たちにこれ以上危険な目に合わせられないの。気になるだろうけど、捜査が終わるまで答えられないから、それまで待っていてね」

「わかりました」


 報酬をきっちり貰って先輩たちに分配した。俺の分は貰わなかった。


「いいのか?」

「私たち荷運びもしてないのよ」

「でも、協力してくれたじゃないですか。ちょうど銀貨5枚なんで、後期の授業料にはぴったりです」

「コウジ、君の分がないんじゃないか?」

「あの、賭けに負けたので、どちらにせよ俺の分は後期の授業料を払えない誰かに渡すことになっているんですよ。だったら、仕事を一緒にしたお二人に渡した方がいいかと思って。余ったら上手に使ってください。俺は、使うのが苦手で」

「そう。だったら頂いておくわ。ありがとう」

「なんだか悪いな。なんか手伝えることがあったら、道場に来てくれ。いつでも協力するから」

「私も、コウジの言っていた商売をちょっと考えてみるわ」


 二人を見送り、俺はアグリッパの仕事が終わるまで冒険者ギルドで待つことにした。

 併設されている酒場でミルクを買い、冒険者たちを観察する。俺はもう普通の冒険者にはなれないので羨ましい。こうやって人生のルートが決まっていくのだろうか。

 ミルクを片手に待っている学生が珍しいのか、いろんな酔っ払いが絡んできてくれた。


「おいおい、ここは魔物を相手にする冒険者ギルドだ。ミルク飲んでいるおこちゃまが来るところじゃねぇぞ」


 冒険者は袖をまくり筋肉を盛り上がらせて近づいてくる。顔が赤く、まだ日も明るいというのに足がふらふらだ。


「いいなぁ! 俺もいつか新人冒険者を忠告したかったな! 仕事終わりに酒飲んでさぁ。自分の魔物の倒し方を教え込んでさぁ。人気の冒険者になったり、膝をケガして落ちぶれて、陰口とか言われてみたかったなぁ!」

「ど、どうしたんだよ……。なんか嫌なことがあったのか?」

 本音を喋る俺に驚いて、酔っ払いが後ずさりをした。


「羨ましいって言ってるんですよ! 俺なんか、もう普通の冒険者になれなくなっちゃったんだ。ミルクくらい飲ませてくれよ」

「あんまり飲むなよ。お腹ピーピーになっちゃうぞ」

 酔っ払いなのに心配してくれる。案外、酔っ払いたちはいい人たちなのかもしれない。

「うるせぇ。飲ませろ!」

「俺、ミルクでそんなに酔っぱらえる奴、初めて見たよ」

「なんだ? 文句あるのかよ。腕相撲対決とかしようか?」

「あ、お前、この前通りで押し合いをした学生じゃねぇか!」

「本当だ。何、酔っ払いに絡んでるんだ?」

 続々と冒険者たちが集まってきてしまう。


「ミルク飲むか。酒飲んで忘れる日ばかりじゃなくて、時々、反省してミルクを飲む日があってもいいんじゃないか? ミルクなら奢るよ」

 ミルクは酒瓶の価格の半分もしない。俺は酒場の店主に頼んで、冒険者たちにミルクを振舞った。


「やめろ。記憶に残したくないんだ!」

「忘れさせてくれ!」

「学生から出されたものを引っ込めるのが冒険者の流儀か?」

 

 冒険者たちのミルクパーティーが始まった。


「コウジ、なにやってんだ?」

 アグリッパが酒場の騒ぎを聞きつけてやってきた。

「あ、ちょっと待ってました。すみませんが、賭けは俺の負けです。本日付で見習いはクビになりました」

「そうか。コウジ、お前、今まで奨学金として貯めた金を引き出すつもりはあるか?」

「ないですよ。アグリッパさんもないんじゃないですか?」

「まぁ、そうだ。実はな、もう必要ない」

「何でですか?」

「俺とお前で稼ぎきってしまったんだ」

「はい?」

「つまり冒険者ギルドや商人ギルドで稼いだ学生が払って、俺たちの貯めた金があれば、希望する学生の授業料を賄える。そもそも俺とお前で、毎日金貨15枚くらい稼いでいたんだ。冒険者ギルドも金欠になる」

 5日間で金貨75枚。後期授業料は150人分にはなる。


「じゃあ、賭けもなにもかも終了ってことですか?」

「そうだ。しかも俺たちの奨学金は、学生の成績じゃなくてくじ引きにしていたから、学生も気兼ねなく授業を受けられることになった」

「ああ、そうですか……」

 

 終わったという達成感はあまりないが、普通の学生たちの話も聞けたし、僅かだけど実態も知ることができた。よかったことは確かだが、なぜかやることがなくなってしまったような気分になる。


「いい企画でした。また、呼んでください」

「ああ、また文化祭でな」


 それから、俺は学院に戻り、家庭科の授業を受けてから、ラジオ局に向かった。


「終わっちゃったなぁ……」

「どうした?」

 グイルが家庭科の授業で作ったマフィンを食べながら聞いてきた。


「アグリッパさんとの企画が終わっちゃって、なんか力が抜けたんだよ」

「ああ、冒険者見習いでいられるかってやつか。結局どうなったんだ?」

「長い名前になって、見習いはクビになった。でも、奨学金は貯まったからいいんだ」

「納得してるんだったらいいじゃない?」

 ウインクは、昨夜俺が書いた台本を読みながら聞いてきた。


「そうなんだけど……」

「好きな事から離れなくちゃいけなくなったってことでしょ?」

 ミストはお茶を淹れてくれた。


「その通りだ。ミスト、よくわかるな」

「私も最近、全然死霊術を使ってないからよくわかる」

 ミストの場合は死体がないから、使う機会もないだろう。


「ミスト、そう言えば、魔物の死体は死霊術で扱えるのか?」

「もちろん。むしろ、そっちの方が得意よ。なに? 魔物の死体があるの?」

「ある。学院の敷地外だけど……。時魔法はダイトキさんに頼めば、どうにかなると思うし、捜査が終われば触らせてもらえるんじゃないかな」

「本当に!?」

「今日請けた依頼で、学院の端にある結界が壊されていたことがわかったんだ。それで、魔物の死体が、森に埋まっていたから……」


 話している途中で、アーリム先生がラジオ局に入ってきた。


「何かありましたか?」

「ダイトキが衛兵に連れていかれたんだけど、何があったか知っている?」

「ああ、協力要請じゃないですか。時魔法で死体の時間を戻すんだと思います」

「いや、手錠をかけられていたよ」

「ええっ!? 今、どこにいるんです?」

「衛兵たちと学生寮に……」

 アーリム先生が言い終わらないうちに、俺は窓から飛び出して壁を走った。廊下を走るよりも早い。


 雨が降り滑りやすい屋根を駆けて、上級生の学生寮がある塔の窓を開けた。


「コウジ!」

 ちょうどゴズが廊下を走っていた。

「ダイトキさんが捕まったって本当ですか?」

「俺もそれを聞いて急いでる。こっちだ」


 ゴズの後をついていくと、人だかりができている部屋の中からダイトキが衛兵に大声で話していた。


「何度も言うが、そんなフィンリルの前足は知らないし、この部屋は留守の間に荒らされていたのでござる。この吸魔の錠を解いてくれたら、いくらでも協力はする!」

「お前は時間を戻せるのではないか?」

 衛兵が部屋の中で事情聴取をしているらしい。

「見せることができるだけでござる。時を旅できる者は特殊だ。今の俺には無理でござる。保存のための魔法は、交流会で教えた者たちなら誰でも使えるはずだ」

「だが、時魔法が上手く、刃物も扱えるとなると、この学院では限られると聞いた。その腰にぶら下げているものは飾りか?」

「……これは武士の魂でござる。そう簡単に扱っていい物ではござらん!」

「見せられぬものか?」

「魂を抜くときは死ぬ時でござる……。ああ、どうしてこうなってしまうのだ……」

「もういい。とにかく、どういう反乱計画だったのか詰所でよぅく話してもらおうか」

「わかった。行けと言われれば、どこへでも行くさ」


 ダイトキは、背筋を伸ばし胸を張って両手首に手錠をかけられたまま、部屋から出てきた。


「シェム」

 シェムの脇を通る時だけ、ダイトキは声を出した。

「ん。わかってる」

 シェムは小さな目を瞑り、答えた。ダンジョンを作る仲間として、何かあった時のことは話し合っていたのかもしれない。


「何か言ったか?」

 衛兵が振り返った。

「いいえ。早く詰所に行きましょう」

 ダイトキは衛兵に連行されるときでも堂々としていた。

 野次馬の学生たちも、ダイトキがいなくなり、徐々に自室へと戻っていった。


 後には、シェムとゴズ、それから俺だけが残った。


「嵌められたな」

 ゴズがシェムに言った。

「私たちの研究には敵が多いみたい。ダイトキは、反乱を企てたりフィンリルの足を跳ね飛ばしたりはしない」

「知っている」

「ダイトキが持っている刀は竹光だから、なにも斬れない。武士の魂を質に入れてまでダンジョンに賭けてるんだ。親父殿に知られると殺されると言っていたわ」


 ダイトキの情熱に、俺もゴズも笑ってしまった。

 

「衛兵たちが言ってた反乱ってなんだかわかる?」

「ああ、たぶん、学院の敷地の端で結界の石柱が壊れてたんです。周囲の森には時が止まった魔物の死体を見つけました。それを反乱計画の一部だと衛兵は考えてるんじゃないですかね」

「よく知ってるわね」

「午前中、冒険者の依頼で俺が見つけたんです。それにしては動きが早い」

「ダイトキを嵌めるための罠だな。シェムとの分断が目的だろう」

 ゴズは、ベッドやタンスがひっくり返って荒らされた部屋を見た。


「荒らし方が下手。たぶん、風魔法で適当にやったんでしょう。ゴズさん、魔道結社って調べられる? ダイトキが交流会をしていたみたいなんだけど」

「ああ、調べておく。シェムはダンジョン製作に集中してくれ」

「お願いします。製作を止めるとダイトキに怒られそうなんで」

「コウジ、手伝ってくれ」

「わかりました。早いところ、ダイトキさんを詰所から出さないと文化祭に間に合いませんよ」


 俺はなぜか特待十生に巻き込まれていく運命にあるらしい。

 頼られるのは嫌な気はしない。親父が言っていた「頼られたり託したり」という意味が少しわかった気がする。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アイリーン。北半球に戻って王都で職長やってるんすねー。 [気になる点] 閑話でアイリーンに焦点当てても面白そう。。
[気になる点] >「私たちの研究には敵が多いみたい。ダイトキは、反乱を企てたりフィンリルの足を跳ね飛ばしたりはしてない」 してない→しない の方が良いのではないかと思います
[良い点] アイリーン出てくるの嬉しすぎる
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