『遥か彼方の声を聞きながら……』11話:銀貨1枚の仕事を求めて
健康食品の『完売御礼』放送して、数日が経った。店が成功したことが広まったため、学生たちが気後れしてなかなかゲストが決まらない日々が続いている。
特待十生が成功させたのに、自分たちが店を出して人気を落としたくないという学生たちが多いようだ。
盛大に満員御礼会を特待十生とやった影響で、ラジオ出演をしたいという学生も貴族連合くらいになってしまった。
朝風呂に入って玄関ホールを通ると、表で箒を掃く音がした。
見れば、きっちり制服を着た貴族連合のバッチをつけた学生が、正門へと続く道を掃除している。
「おはようございます」
思わず声をかけた。掃除をして親に褒められる期間は終わったはずなのに、なにか気持ちが変わったのか。
「ああ、おはよう。え!? 君は……、体育祭で優勝したコムロカンパニーの息子じゃないか!?」
普通の学生にとってはラジオ局を作った奴というよりも、親父の会社の方が気になるのか。学生は誰しもラジオを聞いているというわけではない。
「あ、いや、すまん。親の話をしてもしょうがないか」
すぐに謝られたけど、親は変えられないし、それほど気にしていない。
「別にいいんですけど、何をされているんですか?」
「掃除だよ。学院に戻ってこられないかもしれないから、よく見ておこうと思ってさ」
その学生は、学院の大きな建物を見上げた。
「どこか行かれるんですか?」
「ああ、収穫時期だから田舎に帰るんだ」
「何を収穫するんです?」
「バレイモとカラバッサだ。俺は田舎貴族で、領地も狭くてね。手伝いに行かないと領民たちから王都で遊んでいると思われてしまう。その上、他の領地の娘との縁談を断り続けていて、今回の里帰りで腹を決めろと言われているんだ」
貴族と言ってもいろんな事情を抱えていて大変だ。本当は学院で学生生活を続けたいのだろう。学生は寂しそうな顔をしている。
忘れていた。俺は、こういうことを学びに来たんじゃなかったか。ここに来た目的は、普通を学ぶことにある。いつの間にかラジオ局を作って、自分からおかしな方向へ向かっていた。
「あのぅ……、もしよかったら取材させてもらえませんか」
「取材って何を?」
「収穫です。どんな学生がいて、何をしているのか、この学院で何を学びたいのか、多くの人に知ってもらえたら、予想とは違う未来が来るかもしれません」
「そうかもな……。でも、うちの実家は遠いから止めた方がいい。それよりも、そろそろ後期授業料支払いの締め切り時期だ。多くの学生がこの学院にいられなくなるかもしれない」
「え!? あ、そうか」
俺は特待生になれたから忘れていたが、この総合学院は本来学生はお金を払って学びに来ている。お金がなければ、授業は受けられないのは当然か。
「学ぼうと思えば、いつでもどこでも人は学ぶことができる。ただ、そのことを学ぶチャンスは平等にあるわけではないんだ。これでも俺は5年間、この学院にいたから学べた方さ。俺を取材する前に、学びたいのにチャンスを失いそうな学生たちを取材してくれないか」
この人は自分のことよりも、他者に気を遣える人なんだ。きっと優秀な貴族になる。
「わかりました。あなたの名前だけでも教えてもらえませんか?」
「ロバートだ。クーべニアの田舎騎士の息子のな」
「ありがとうございます。ロバートさんのお陰で視点が広がりました」
「そ、そうか?」
「一緒に、掃除をしてもよろしいですか?」
「構わないよ。誰にも褒められないけどな」
俺が箒を取って表玄関に戻ってくると、アグリッパとオルトロスのポチが集めた枯れ葉を焼いていた。
「話は聞いていた。俺も掃除をさせてもらうぞ」
アグリッパは朝の散歩の途中か。
「まさか、アグリッパと一緒に掃除をする日が来るとはな」
ロバートさんも驚いていた。
3人で掃除をしながら、喋り始めた。
「別に俺だって貴族連合に入りたくなかったわけじゃないんだぜ」
「そうなのか」
「アグニスタ家は名前が大きいし、冒険者としての仕事もあるからな」
「剣聖アイルを輩出した名門の重圧かぁ。それを聞くと田舎騎士でよかったと思えるよ」
「それを言うなら、コウジの方が大変だろ」
2人は道を掃いている俺を見た。
「俺は、重圧なんてないですよ。ただ変わってるって言われるだけで……」
「じゃあ、会社を継ぐ気はないのか?」
アグリッパはアグニスタ家を継ぐつもりなのかもしれない。
「ないですし、親父も継がせるつもりはないって子供のころから言ってます。母さんはお茶屋を継いでくれたら嬉しいとは言ってましたけど……、自分の将来については自分で決めるのって普通じゃないんですか? 自分の人生なのに……?」
「そう言われると、そうなんだけどな……。世話になっている人もいるから、領民を全員無視するってわけにもいかないし……」
「将来の選択肢は限られてることが多いな。俺が冒険者をやっているのは、剣聖アイルの影響もあるけど、家名が汚れるって言われ続けてきた反動なのかもしれない」
もしかしたら俺はとてつもなく恵まれているのかもしれない。
「将来何かになれって言われたことはないのか?」
「ないですね」
「一度もか?」
「たぶん、ないと思いますよ。記憶にはないです。好きなことをやった方が早いぞ、とは言われたことはありますけど」
「そのコウジの魔力操作は好きだったからか?」
「これは、歯を磨いたりするのと一緒です。ああ、今思い返すと、うちの親は一人で生きていけるようにしてくれていたんですね」
「それにしてはちょっと鍛え過ぎだぞ」
「そうかもしれません」
笑ってしまった。今ならわかる。都市で生活していたら、あんなにたくさん魔物を倒さなくてもよかっただろう。
「そこら辺が我が家の変なところなんでしょうね」
「いや、きっともっとあるぞ」
「そうだ。せっかくだから聞かせてくれよ。コウジがどうやってこの学院に入ったか」
ロバートさんに聞かれると、嘘をつくわけにはいかないと思ってしまう。
「この学院に入る前は、竜の学校で世界樹のカミキリムシを倒したりして、暮らしていたんですよ。それで、勇者のセーラさんに『将来に迷っているなら人の学校に行きなさい』って言われて、ウーピー師範からバイト代貰ってきた感じですかね」
「ちょっと情報量が多いな。一つずつ質問していくから、授業が始まるまで答えていってくれ」
「わかりました」
結局、授業開始の鐘が鳴るまで、掃除をしながら、ロバートさんとアグリッパの質問に答えていた。度々、二人の手が止まっていたが、だいたい俺の人生は理解してくれたようだ。
カラァーン……。
「じゃあ、俺は最後の授業になるかもしれないから行ってくるわ」
「ああ」
俺とアグリッパは、授業に向かうロバートさんを見送った。俺たちは授業自体あまりとっていないので今日は休講だ。
「で、どうするんだ?」
アグリッパはポチの頭を撫でながら、こちらを見た。
「取材は断られたんで、仕方ないっすよ」
「後期の授業料を払えない学生のことだよ」
「ああ、取材というか状況は知りたいですね。それこそ貴族からの支援とかはないんですか?」
「奨学金制度はあるにはあるが、成績優秀者だけだろう。そもそも食事や生活雑貨はアリスフェイの貴族から、かなり支援を受けているしな」
学院生活を滞りなく送れているのも貴族のお陰か。
「そうですよね。ちなみに後期の授業料っていくらぐらいなんですかね?」
「さあ? たぶん、通期で金貨1枚だったんじゃないか。俺も特待だから、あまり気にしてなかったな。俺も少し調べてみるよ」
アグリッパはポチに乗って、どこかへ去っていった。
グイルに聞いてみるか。商人のルームメイトなら知っているはずだ。
「え? ああ、授業料?」
放課後のラジオ局に、ルームメイト4人が集まっていた。
「後期は銀貨5枚だよ。俺はラジオショップのバイト代が入ったから、もう払ったけどね」
「そうか。ありがとう」
「どうかしたのか?」
「ああ、ちょっと取材したい人たちがいるんだ」
「どんな?」
「後期の授業料を払えなくて、学院を去る人たち。授業内容の理解度とか、本人の学ぶ気がないとか、家庭の事情とかではなくて、学びたいのにチャンスを失いそうになっている学生たちに、俺たちラジオ局ができることって何かないかなって思ったら少なくとも知ることだろう?」
「だから取材をしたいのか? 貧乏人を……」
そう言われて、俺は初めて気がついた。お金がない人たちを好奇の目に触れさせることになるかもしれないという可能性について。
「学院から去るのに取材なんてしたら、バカにされてると思うかな」
「思う奴もいるだろう。支援するにしても、恩を売ることになる。言うことを聞かなかったら支援が切られるかもしれないと思いながら学ぶ気分を考えると……」
「そんな学生生活はなんにも面白くないわね」
後ろで聞いていたミストが言った。
「でも、授業料を払えない学生たちって珍しくないんだろう?」
「そうだね。夏休みが終わって見てない子もいるもんね」
ウインクも何人か学院を去った学生を知っているようだ。
「俺はこの学院に普通を学びに来ているから、そういう学生をどうしても無視できないんだよ。そういう学生がいることをラジオで広く知ってもらおうということじゃなくて、俺の個人的な学びのためにも知りたい。ただお金を渡すっていう支援じゃなくても何かできないか、チャンスが生まれるきっかけはないか、考えたいんだよね」
「余計なお世話と思われる可能性が高いわね!」
「そもそも普通を学ぶってコウジしかしてないからね!」
「そうだな。俺の個人的なわがままだ」
「でも、まぁ、わからなくはないぞ。俺たちはずっとコウジを見てきているからな。そこに悪意はないんだろう?」
「ない。またゲンズブールさんに良い案がないか頼ってみるかぁ」
ガチャッ。
噂をすれば、ゲンズブールがラジオ局に入ってきた。
「アグリッパから話は聞いた! 今回は協力しないぞ!」
開口一番、ゲンズブールさんが宣言した。
「え? そんなぁ……」
「というか、支援策はいくらでも用意されている。君たちは、それを紹介するだけでいい。やるかやらないかは本人たち次第さ」
ゲンズブールさんはチラシを数枚、テーブルに置いた。
『冒険者見習い募集! 一日荷運び、報酬は銀貨1枚!』
『金物商店、早朝と夕方の店番募集! 一日銀貨1枚!』
『王都宿の清掃とベッドメイキング募集! 一日銀貨1枚!』
など、どれも銀貨1枚で学生を雇うチラシだった。
「後期授業料支払い締め切りまであと10日以上あるから、5日働けば、授業料は払えるはずだ。学院の事務もこういう学生向けの仕事を探してくれているから、ラジオで呼びかけてくれ。取材がしたかったら、枠が決まっていない仕事に潜り込めばいいさ」
「わかりました」
「それじゃ」
ゲンズブールは、「こんなことで呼ぶんじゃない」とでも言うように颯爽と去っていった。
「コウジはどの仕事に潜り込むの?」
「普通を学ぶんでしょ?」
「ん~、まぁ、コウジはこれだろうな」
俺は『冒険者見習い』として、10日間、普通を学ぶことになった。
「俺、特待生だし、10日も行く必要なくないか?」
「違う違う。10日は普通を学びに行く期間なんだから行かないと」
「ああ、そうか。もしかして、これって普段からいろんな授業に潜り込んでいればよかったんじゃないの?」
「そうかもしれないな。でも、コウジは普段の授業中、ラジオ局なんて変なものを作ってるからさ」
「ああ、そうか。もしかして俺ってすごい変なことしてない?」
「うん、すごい変!」
もう受け入れるしかないのか。親父が変だからという言い訳ができなくなってしまった気がする。
その日のラジオ放送から、チラシを読み上げるコーナーを作った。
翌日、事務局に行って、冒険者見習いの仕事について枠が空いているか聞いてみた。
「いや、え? コウジくんは特待生でしょ」
山羊の獣人の事務員さんは、鼻息を荒くしながら驚いていた。チラシを食べるんじゃないかと思ったが、さすがにそんなことはしない。
「はい。やっぱりダメでしょうか」
「ダメというか……。これは金銭面で困っている人に向けた斡旋だからね」
「自分は人の生活をあまり知らなかったから、この学院に来たんです。できるだけ、いろんな学生や王都での生活を知りたいと思って応募しようと思ったんです」
ちょうど俺が事務員さんにお願いしているときに、アグリッパが事務局に入ってきた。
「あ! アグリッパくん、ちょっと君からも言ってくれないかな。コウジくんが冒険者見習いのバイトをしたいって言うんだ」
「お前、あんまり事務の人を困らせるなよ」
「別に俺も困らせたいわけじゃなくて、冒険者の下で働いている学生たちの仕事を知りたいだけです」
「コウジが行っても仕方ないぞ」
「そんな……。行ってみないとわからないじゃないですか!?」
「いや、わかる! 俺も冒険者の端くれだ。コウジが見習いのまま1日を終えることはない!」
「言いましたね!?」
「ああ、言った。お前が見習いのまま、夕方冒険者ギルドから出てきたら、その日の報酬全額、奨学金の寄付に回すよ!」
「わかりました。俺も見習いでいられなかったら冒険者ギルドで得た報酬は全額寄付します!」
「いいだろう。事務局の方! 証人になってください!」
「え? は、はい!」
事務員さんが慌てて、紙にペンを走らせた。
「奨学生基金を発足させてくれ。この賭けに負けた方の一日分の報酬を全額奨学金に当てる。奨学生の対象は、成績優秀者などではなく、授業料未払い者の中から、完全くじ引きによって決めるということでいいな!?」
「いいでしょう! 望むところです!」
俺とアグリッパは額を突き合せた。
「絶対に、お前は見習いだけでは済まない!」
「いいえ、見習いの仕事を全うして帰ってきます!」
俺とアグリッパは、事務局から言い争いをしながら出た。
「これ、上手くいったんですか?」
途中から、アグリッパの策に乗ったが、どうなっているのかわからない。
「少なくとも証人は立てた。あとはお前次第だぞ。コウジ」
「だいたい学生ですよ。見習い以外できるとは思えませんけどね」
「大丈夫だ。お前に見習いは無理だよ」
冒険者になったこともないのでわからない。
ただ、冒険者ギルドで親父とアイルさんが出会ったというのは知っている。素敵な出会いがあるかもしれない。
そんな期待を胸に、アリスポートの冒険者ギルドへと向かった。
商店街を通り過ぎ、広場の大きな建物が並んでいる。その中の一つが冒険者ギルドだ。看板だけは知っている。
「今日から、10日間だからな! 泣きついてきても知らないぞ!」
「そっちだって、吠え面かかないようにしてくださいよ!」
冒険者ギルドの前で、アグリッパとポチとは別れて、時間を空けてから中に入った。知り合いだと思われたら、いろいろと疑われてしまうし、賭けが公平じゃなくなる。
中には鉄の鎧を身に着けた戦士や罠や鍵を開けるシーフ、魔法使いなどが酒瓶をそのまま飲みながら談笑している。朝から飲んでいるのか、夜を徹して飲んでいたのかはわからないが、床に唾を吐いて掃除のおじさんに無言でぶん殴られている。
天井は高く、二階は吹き抜けで、部屋がいくつか見えた。宿だろうか。
奥まで進むと、受付があって犬の獣人女性が、冒険者たちの対応をしていた。俺はチラシを受付に持っていった。
「こんにちは」
「こんにちは。これを見て来たんですけど、荷運びの仕事はありますか?」
「ああ、魔法学院……じゃなかった。総合学院の学生さんね。この用紙に名前を記入してね。ダンジョン学の授業は取ってる?」
一応、ダンジョンの10階層まで行っているので、ダンジョン学は履修したことになっているはずだ。
「ええ、取りました」
「だったら、講習は必要なしね。通常の業務だし、学校とは違うから油断せずに魔物から逃げることだけ考えるように。もし、付いた冒険者から囮にされたり、暴行を受けた場合はすぐに知らせて頂戴。ギルドがしっかり対応しますからね」
優しいが、目の奥が笑っていない。もしかしたら学生を囮に使った冒険者がいるのか。
「とりあえず、やってみようか?」
「お願いします」
「初めは薬草採取と言いたいところだけど、こっちね。マンドラゴラの討伐と死体の回収ね。パーティーは中堅のバランスのいい人たちだから、きっと優しいはずよ。背負子と籠はいるかしら?」
「はい。必要です」
スコップもあれば持って行くところだが、マンドラゴラの討伐と言っているくらいだから凶暴なのがいるのだろう。すべて冒険者たちに任せて、俺は籠に死んだマンドラゴラを詰め込んでいけばいいんだな。
「よろしくお願いします。荷運びを担当します。見習いのコウジです」
紹介されたパーティーメンバーに挨拶をしておく。
「おう。待ってたんだ……。その恰好で大丈夫か。王都周辺とはいえ、森に入るとフィンリルもいるし、ワイルドベアやベスパホネットも生息している地域だぞ」
「……はい」
何か、魔物がいることがよくないのかな。
「あ、田舎の出身なので、魔物には慣れています」
「そうか。なら、いい。遅れずについてきてくれ」
「わかりました」
冒険者たちは駅馬車を使って森の近くまで行き、マンドラゴラの群生地へと向かった。歩いた方が早いと思うが、冒険者たちなりの考えがあるのだろう。
森は小高い山になっていて、少し坂になっていた。突然動き出す世界樹の枝を歩いていたので、山道を歩くのはそれほど苦にならない。
ただ、早々に魔法使いのお姉さんが辛そうにしている。
「二日酔いですか?」
「大人には眠れない夜だってあるのよ」
大人の世界はわからないが、とりあえず水袋を渡しておいた。
「ありがとう。あなたは戦士科?」
「いえ、一般コースです」
「へぇ~、そんなのできたんだ」
魔法使いが水を飲んでいる間に、耳栓代わりの草をポケットに入れておく。
「いろんな授業を受けられるんでいいですよ」
「私がいた頃は魔法学院だったから、羨ましいわ」
卒業生だったらしい。
「魔法学院ってことは勇者のセーラさんと会ってますか?」
「直接対決したこともあるわ。秒殺だったけどね。時々、ああいう傑物が現れるから教師になるのも面白そうだったんだけどね」
「やめちゃったんですか?」
「試験は受けたけど、受からなかったの。上が詰まってるでしょ。まだ、あの校長はいるの? アンティワープ」
「名前は知らないです」
「本当? ああいう人がのさばっている限り、しばらくアリスフェイから面白いことは起こらないでしょうね。だいたい総合学院になったのに、まだ魔法学院時代の教師がいることがおかしいのよ」
「え? そうなんですか?」
「まぁ、いつかわかるわ。学生の敵は意外に近いところにいるかもよ」
魔法使いの先輩は意味深なことを言っていた。
「おーい、なにやってんだぁ~!? 早くこーい!」
リーダーの戦士が手を振っている。
魔物が生息しているって言ってなかったかな。あんな手を振ったら、ここに美味しいおやつがあるぞって言っているようなものだけど……。
案の定、背後にフィンリルが迫っていた。藪に隠れられる程度だから、それほど大きくはない。油断していたらメリッサ隊長に怒られるけど、頭と爪の位置さえわかれば対処できるだろう。
「今行くわよ! さあ、行きましょう」
「あの、戦闘準備ってしなくていいんですか?」
「魔物がいるの?」
「え? そこにフィンリルが……」
「どこ?」
俺は指を差して教えたが、木陰の影で見えにくかったらしい。
「見習いの坊やが魔物がいるから警戒しろって!」
魔法使いが声を上げた。
「おう! 大丈夫だぞ! そんな気配微塵も……」
大声で喋っていたら、ウウウウゥというフィンリルの威嚇する声が聞こえてきた。
「厳戒態勢だ! すぐに魔法の準備を!」
「嘘だろ。こんな簡単な依頼で、どうして……」
パーティーメンバーがなおも声を上げる。
「どこだ? どこからくるかわかるか!?」
なぜかリーダーは挑発するように大声を上げている。
しかも、俺が指を差しているのに、位置がわからないらしい。
「見習いって魔物に攻撃しちゃいけないんですよね?」
「何でもいいわよ。森に入ったらルールなんてないわ」
「そうですか。じゃあ、皆さん、耳栓をしてください。マンドラゴラの討伐なんですから持ってきてますよね?」
俺が聞くと、皆耳栓をしていた。威嚇する声が周囲の森からいくつも聞こえ始めたからだろう。
俺も耳栓をして、遠吠えのような声を出し挑発しながら駆け出した。
坂の上にはマンドラゴラの群生地。
俺の遠吠えを聞いて、フィンリルたちが一斉にこちらを向いて吠え始めた。
藪の中から飛び出して、俺に襲い掛かってくるが、なんともかわいいゴートシープサイズの子フィンリルちゃんだ。ふわふわな毛に枝が絡まっている。
「親はどうした?」
鼻っ柱を掴んで、顎を撫でてやると、涎をまき散らしながら、親フィンリルの集団が飛び出してきた。それでもオックスロードくらいの大きさしかない。俺がテイムスキルを持っていたら、使い魔にしていただろう。
ちょうどこちらにフィンリルの群れが飛び掛かってくるタイミングを見計らって、足元のマンドラゴラを引き抜いた。
キィエエエエエッ!
マンドラゴラの叫び声が森中に響き渡る。
飛び掛かってきていたフィンリルは白目を向いて昏倒。周囲に展開していた鳥の魔物も一斉に飛び立った。
後はマンドラゴラの首を親指でへし折って、叫び声を止め、背中の籠に入れた。
「お疲れ様でーす。凶悪なマンドラゴラの対処をお願いしまーす」
俺は耳栓を外して、冒険者たちにも耳栓を外すようジェスチャーで伝えた。
「終わったのか?」
耳栓を外して、俺に確認してきた。
「はい。マンドラゴラ、お願いしますね」
俺はフィンリルの群れを遠くへと運ぶ。至近距離で聞くと死ぬとも言われているマンドラゴラだが、フィンリルの鼓膜は破れても命までは取れなかったようだ。
フィンリルの群れを川岸に移動させ、子フィンリルの毛を堪能した後、マンドラゴラの群生地に戻る。
フィンリルの群れにも対処できない中堅冒険者って大丈夫かと思っていたが、マンドラゴラの討伐はしっかりとこなしていた。すべて絞め殺してまとめられている。俺はそれを籠に詰め込んだ。
「もしかして、これで依頼完了ですか?」
「そうよ。あんた、本当に見習いの学生?」
「手際がいいな」
「魔物の対処はどこで習ったんだ?」
「実家が南半球なんで、このくらいは普通です……、けど変ですかね?」
「大いに変だ。ギルドにも報告しておくよ。君を見習いにしておくのはもったいない」
普通、ムズッ。
「いや、それだけは勘弁してください。見習いのままじゃないと賭けが……」
「賭け? 何の賭けをしているか知らないけど、冒険者ならちゃんと実力で判断してもらった方がいい」
リーダーに諭され、冒険者ギルドに戻ったら試験を受けるように言われた。
「何の試験ですか?」
「たぶんⅮランクの試験ね」
「え? それって冒険者になるってことですよね?」
「もちろんよ。もう、その実力を隠し通すのは無理よ」
そう言われて、冒険者ギルドに依頼を達成したことを報告。パーティーメンバーが俺のことを報告していたが、受付のお姉さんは笑っていた。
「学生さんなので、勉強熱心だったというだけでしょう。魔物の種類を知っていることと魔物を討伐できることは別ですよ」
「その通り! 俺は一体も討伐してませんから!」
気の合う受付の人で良かった。
「どちらにせよ、初日でⅮランクの試験を受けることはできません。冒険者になってから、試験を受けてくださいね」
「わかりました!」
パーティーメンバーは抗議していたが、冒険者ギルドにもルールがあるし、本人が望んでいないということでランク試験は受けなくてよくなった。ただ、次はもっとうまくやらないとマズいな。
「まだまだ荷運びの仕事があるけど、やる?」
「お願いします」
「次は行商人の護衛兼荷運びで、コウジくんと同じ学生もいるから安心でしょ」
普通を学ぶにはいい機会だ。
一緒に行商人の荷物を運ぶのは、魔法使い科の上級生で魔道結社に所属しているという女性だった。
「こんにちは」
「あ、一緒の学生? 杖があった方がいいかもよ。夕方までに帰っては来られるはずだけど、隣町まで歩きだから」
魔道結社の女性は意外に親切だ。
「私、ミミモ、よろしくね」
「コウジです。よろしくお願いします」
行商人は薬を運ぶお爺さんで、荷物は薬草が入った大きな木箱で、隣町に持って行くだけだという。それほど重くないが背中が曲がってしまったので、毎回荷を運ぶ人を雇っているのだとか。
「学生の冒険者見習いなんているんだなぁ。もっと依頼を頼めばよかった」
冒険者に頼むと銀貨3枚は取られるのだとか。冒険者も生活があるので、仕方がないのだろう。
行商人のお爺さんはゆっくり歩くので、王都から出ると街道の脇を進んだ。馬車に轢かれそうになるが、門をくぐるまでは仕方がない。
「これで、仕事の半分は終わったようなもんだ」
秋晴れで、気持ちいい風が吹いている。街道を通る馬車の列を見ながら、一歩一歩のんびり進む。昼前だというのに、ミミモはあくびをしていた。
「……眠い」
「魔法科って忙しいんですか?」
眠気覚ましに会話でもしながら、普通を学ぼう。
「上級生になると、自分の研究室から出なくなるから時間の感覚がおかしくなっちゃうのよ。だから、授業料のことなんか忘れていてね。魔道結社の集会もすっかりいかなくなっちゃったな」
「何の研究をしてるんです?」
「幻惑魔法の一種ね。狂乱とか鎮静とか、人の心を操るような陰気な魔法よ」
ミミモは自虐的に笑っていた。
「精神魔法ですか」
「まぁ、そうね。私は喜びの魔法ってないのかと思って研究しているんだけど、どうしても混乱の魔法に向かっていっちゃうのよ。死に際の人に最後だけでも、幸せを感じてほしいと思ってるんだけど、なかなかうまくいかないわ」
めちゃくちゃ立派な研究しているようだ。
「コウジは、新入生?」
「そうです。まだ右も左もわからなくて、なんとなくお菓子作ったり、ダンジョンに行ったりしてますね」
「いいわね。今度、作ったお菓子を売りに来てくれない? 私の研究室周りは食堂嫌いが多いから」
「あんな美味しい料理が出てくるのに!?」
「そう思うでしょ。でも、毎日食べ続けていると飽きるし、たまに珍しい料理が出てくると争奪戦になるしで、だんだん足が遠のくのよ。研究室に小さいオーブンを持ち込んでいる学生もいるくらい」
「へぇ~。あ、そうだ。研究室から魔石を盗まれたりしてませんか? 友だちが作っていた魔道具が盗まれちゃって……」
「そんなクズいるの!? いるか……。他人の研究を盗むようなバカはしっかり追放されるか精神が壊れるから、時間が経つとわかるわよ」
「精神が壊れるんですか?」
「そりゃそうよ。研究した本人はわかっているけど、盗んだ奴は知らずに使うわけでしょ。いつか現実との齟齬が生まれて、どれだけ正当化しても現実って迫ってくるものだからね。時々、現実に押しつぶされて失踪する研究者がいるのよ」
アーリム先生はこれを言っていたのか。
「だから正直に現実と向き合った方がいいわ。嘘は大事な誰かが亡くなってどうしても受け入れられなかったときに『星になって見守ってくれている』とかだけにしないと、効果が薄れるのよ」
喜びの魔法を研究しているのに、ミミモは辛い現実としっかり向き合っているんだ。
「んあ? なんかあったみたいだぞ」
行商人のお爺さんが、街道の前方を指さした。
脇の森からベスパホネットという大きな蜂の魔物が飛び出してきて、馬車を牽くフィーホースを襲っているのが見えた。
護衛の冒険者が飛び出していたが、一向にベスパホネットを倒せそうな気配がない。
「こりゃ、時間がかかりそうだな」
「今日は二件はやれるはずだったんだけどな」
行商人のお爺さんもミミモも路肩の石に腰を掛けて休憩するらしい。
「ほら、あそこで逃げてる冒険者が倒し損ねて街道まで逃げてきたのよ」
街道脇で怪我をしている冒険者たちを指さした。
「どうなるんですか?」
「誰かが冒険者ギルドに行って、ランクの高い冒険者を呼びに行くまで待ちだな。さすがにここまで来ないだろう」
行商人のお爺さんはそう予想をしていたが、ベスパホネットが羽音を出して、仲間を呼び始めた。
「緊急事態ということですかね?」
「そうね」
「ルールはないですか?」
「ないわ。コウジが倒せるなら、倒してみせてよ。街道にいる皆、迷惑しているし」
「じゃあ」
石を拾って魔力を込めて、街道の石畳に足を下ろし、腰を回転させて思い切りぶん投げる。
ズコンッ!
直線を描きながら飛んでいった石はベスパホネットの頭部に命中。胸部を通って腹部を突き破り、彼方へ飛んでいった。
「やりました。お爺さん、薬草を出して稼ぎませんか? まだ、ベスパホネットは来ますよ」
「え? あ、ああ、そうしようか」
「コウジ、あんた、そんなに強かったの?」
「ルールがなければ、魔物の対処は出来ますよ」
「だったら、後から来るベスパホネットもやっておしまい!」
ミミモも指令を受けたので、これはやるしかなくなった。出来ないなんて言ったら、「現実に殺されるわよ」って言われてしまう。
「はい!」
俺は、森まで走っていって、飛んでいるベスパホネットに飛びつく。飛んでいれば針は出さないので、頭だけ注意していればいい。
昆虫系の魔物は頭部と胸部の間が脆いため、頭部を捻転させれば、あっさりもげる。
世界樹だと適当にその辺の枝を媒介に、魔力の槍を作って突き刺していくだけなので、俺からすると、とても丁寧に討伐していった。やはり北半球の魔物は小ぶりで凶暴性もない。俺が飛びついていることすら気づいていない個体もいたくらいだ。
地面に落ちた死体から、討伐部位の針と魔石を回収。ゲンローから貰ったナイフは切れ味がいい。これなら、冒険者ギルドで売れるはずだ。
森の藪から出て、街道を見ると、フィーホースがケガをしている。
「この後来る、薬師のお爺さんから薬草を買いませんか?」
「あ、え? ああ、買うよ。ありがとう」
御者の中年男性は戸惑っているようだった。
最初に石を投げて倒したベスパホネットからも魔石と針を回収。拳よりも少し大きな魔石がいくつか手に入った。
行商人のお爺さんと、ミミモが走ってくるのが見えた。
「あ、ケガをしているフィーホースはこっちです」
「あんた、なんて移動速度してるのよ」
「速かったですか? あ、これ取れたての魔石です。体液とかついているので、雑巾があるといいんですけど……」
「おう。この手拭いを使いな」
お爺さんが手拭いを貸してくれた。
「ありがとうございます。魔石と討伐部位はパーティーメンバーで山分けですね」
「え? いいの?」
「冒険者には、そういうルールがあるんじゃないですかね? ミミモさんに言われなかったら、俺も飛び出してませんし」
「だったら、もう仕事は終わりだわ……」
ミミモが魔石を手拭いで磨きながら、呆然としている。
「薬草も売りましょうね。あ、木箱を取ってきます!」
俺たちは木箱に入った薬草を、御者に売りつけた。他にも初めにベスパホネットに対応をしていた冒険者にも高めに売りつけておく。彼らが魔物を街道まで引っ張ってきたから、文句は言えないらしい。足止めをされていた商人や冒険者たちからは、お礼を言われた。
「魔物に対処するだけで、お礼を言われるんですね」
「本当に冒険者の仕事は初めてなの?」
ミミモは俺を見て言った。
「田舎から出て来たばかりで、あんまりルールを知らないんですよ。見習いなもんで」
「単独でベスパホネットの群れを討伐するって、結構なことよ」
「そうなんですか? でも、ミミモさんがやれって言ったんじゃないですか?」
「いや、そうだけど……、ありえないって言うか……」
「変?」
「変!」
「ミミモさん、普通を教えてください。普段、何を食べてるんですか?」
「はぁ?」
俺たちは、そんな会話をしながら、隣町まで薬草の詰まった木箱を運んだ。
結局その日は、二件の仕事をして終了。冒険者ギルドでは銀貨2枚を受け取り、ミミモさんがベスパホネットの魔石と針を売ってくれた。よくわからないと言ったら、やってくれたのだ。
「コウジくんがやったの? 装備も何もしていない青年が秒殺したって言う証言がたくさん来ているんだけど……」
受付のお姉さんが、カウンターを出て俺に聞いてきた。
「ミミモさんに言われて対処しただけですよ。荷台を牽くフィーホースも怪我をしていたし、誰も対処してなかったので咄嗟に身体が動いただけです」
「咄嗟にって……」
「時々、変なことを言うんですけど、悪い学生じゃないんです!」
ミミモさんがフォローしてくれた。
「荷運びの仕事は達成しましたよ。お爺さんから、サインも貰いました。見習いを続けても構わないでしょうか?」
「いや、構うとか構わないとかじゃなくて……、見習いでいいの?」
「お願いします! 冒険者の見習いをさせてください!」
「本人がいいならいいんだけどね。これ、ベスパホネット8体の魔石で銀貨64枚ね。針はどれもいい状態なので、銀貨128枚。金貨に換える?」
「二人で分けられるように、お願いします」
締めて銀貨192枚。一人、金貨9枚と銀貨6枚ずつに換えてもらい、ミミモと二人で分けた。
「私、こんなにお金を持ったことがないんだけれど……」
「研究に使ってください。あと、どうやらお金は回した方が入ってくるみたいなので、使った方がいいですよ。持っていると、盗まれたりして人間関係が悪化するらしいです」
「そうね。魔法書を買ってから、学院に戻るわ」
「そういう使い方があったのか!」
ミミモと別れ、学院へと戻る。
アグリッパさんに、俺が見習いのままだと言うと、「なんでだよ!」と激高していた。
「とりあえず、報酬は事務局の貯金箱にしまっておけ」
「いいでしょう。積み立てた金がどれくらいになるのか楽しみですよ」
俺たちは、この日得た報酬をすべて事務局に報告の上、貯金箱に投入。貯金箱はアーリム先生が作った魔道具なので、合言葉を知らないと取り出せないとのこと。
「最後に笑うのは俺だ!」
「衝立を用意しておいてください! 名門貴族の泣いている姿は見てられませんから」
俺もアグリッパも罵り合っているが、結局最後は全額奨学金に回すつもりでいる。
「おい、噂になってるぞ」
ラジオ局でグイルが言った。
「なにが?」
「アグリッパさんとヤバい企画を始めてるって」
「そうでもないぞ。ちょっとした見習い仕事さ」
今日もラジオが始まる。
「今日はこのお便りから」
ウインクがラジオ局に届けられた手紙を読んでいる。
「魔法の研究室に大量の魔法書が届いて研究者たちが大喜びだって!? 誰が届けたのかは謎みたいね。なにそれ、どういうこと!? 誰か情報を知っていたら教えて!」
音の波は、夜風に乗って、学生たちの耳へと届く。
今宵もバカ話に花が咲き、笑い声が響き渡る。