『遥か彼方の声を聞きながら……』10話:提供は貴族連合
ゴズとドーゴエの健康食品をラジオで紹介した翌日、俺たちは商品を詰め込んだ木箱を持って学外に出た。
王都にある店の通りには、すでに数人の筋肉質な人たちがこちらを見ていた。主な購買層は男性と思ったが、女性も来ている。
「人が多いな」
「ラジオの宣伝が効いてるんじゃない?」
「ドーゴエのゴーレムたちも目立っている」
「荷運びをやらされて、不満そうだけどな」
商品を作ったレビィとマフシュも来ていた。
「試食も用意したんだけど、温められる?」
「二階に作業スペースがあるんで使ってください。魔法陣が必要だったら言ってください」
「大丈夫。加熱用のコンロは持ってきたから」
レビィは初めて学外で売るので、ちょっと緊張しているらしい。
出店初日なので、俺も緊張して入念に店の中を雑巾がけまでしてしまった。ミストやウインクは、楽しそうだ。
「どんな人が来るのか楽しみじゃないの? 筋肉つけたい人だから、いい骨格してるかも」
「まったく別業種の人に会うって、今までなかったから、ちょっと興奮している」
別の視点を持つと、緊張しないのかもしれない。
「そういえば、シェムさんのダンジョンコアはどうなったの? 作り直してるんでしょ?」
なぜかアーリム先生は俺にも手伝うように言っていた。もちろん、言われれば手伝うのだけれど、アーリム先生のサポートはシェム本人も考えが及んでいないところまで網羅しているかのようだった。
「ああ。たぶん、犯人は今頃、ダンジョンコアに魔力を吸われている頃だと思う。吸魔の呪いがかかってないと、そもそも魔力を魔法陣で使われていつか魔石自体が小さくなっちゃうだろ?」
「そういえば、そうね」
「あとね、めちゃくちゃ大変だからダンジョンコアの鍵を作ったよ。そもそもあんなもの大量の魔力保持者か、大人数じゃないと動かせない。今の人工ダンジョンに入れたとして、魔石を育てる技術がないと無理だね。犯人はどうするつもりなのか。まったく意味のない迷惑をかける人がいるものだ」
そんな盗難事件の犯人に文句を言いながら、固形スープと睡眠導入マウスピースを、店に陳列していった。
「さ、スープが出来たよ。カップは食堂で借りて来たから、回収は皆でお願いしていいかい?」
レビィはお客さんの動線を確認。スープを試飲する人が買う人の邪魔にならないように、外に流すようだ。俺たちは袋を持って、木の器を回収する係だ。
睡眠導入マウスピースはさすがに試用するとお客が眠ってしまうため、使われている成分を説明して回る。
「睡眠がどれくらい王都の生活に影響するのか理解するのに時間がかかるかもしれないね」
「使ってみると、効果のある物だとわかるから売れると思うのだがなぁ」
ミストはマウスピースが売れるかどうか半信半疑のようで、使っているゴズは売れてほしいと願っている。
「初日はそこまで売れなくていいの。効果を実感した人たちが噂を広げてくれれば、売れる商品だから」
作ったマフシュは現実を見ている。
すべての商品は銅貨1枚。串焼き一本と同じ価格だ。
「それじゃ、開店するよ!」
「「「よろしくお願いします!」」」
秋空が広がる日、アリスポートの通りにある小さなラジオショップが開店した。
「いらっしゃいませ~! スープの試飲あります! よかったらどうぞー」
町のお客さんたちは、皆スープの器を手にしていった。
「美味い!」
「味が薄いかも……」
「お湯を入れただけでいいのか」
「携帯食にはぴったりだな」
いろんな反応があるので、メモをしていった。
「これを飲めば痩せるの?」
「痩せ薬ではありません。筋肉を作る時の補助食のようなものですね」
ふくよかな中年女性に質問されて、思わず答えてしまった。
「では、これを飲めば筋肉が付くということだな?」
筋肉質な中年男性から声をかけられた。
「運動して筋肉痛になった時の補助食品だと考えてください。わかってらっしゃると思いますが、これだけ飲んでいても筋肉が付くわけではありません」
「しかし、筋肉は付きやすくなるということだろう?」
「運動をしている人にとってはそうです。働いていて、全身バキバキに筋肉痛になる人にもお勧めします。あ、よかったら、これを開発した者たちが、演武を見せますから、見ていってください」
ドーゴエとゴズが、馬車が来ないことを確認して簡単な魔体術の演武を披露していた。
「この高たんぱくスープは激しい運動などを繰り返す職業の方にお勧めします。味もなるべく普通のスープに寄せましたが、薄味にしておきました。毎日食べたい人は、調味料を変えたり香草を入れたり、味を変えるといいと思います」
「例えば、演習を繰り返す兵士たちには、いい栄養補給になるかと思う。成長速度と筋肉痛が間に合っていないという経験を持つ者たちには有効だ」
ゴズもドーゴエも演武終わりに宣伝している。
「効果はすぐにわかるのか?」
「わからない。人はそれぞれ違うから、少量でも筋肉に効果が現れる者もいれば、なかなか筋肉の修復されない者もいるかもしれない」
「開発者でも、自分はなかなか効果が現れませんでした。ただ、それにはちゃんと原因があって、眠っている時間が足りなかったようなんです」
「だから、睡眠導入マウスピースまで売っているのか!?」
おそらく非番の衛兵と思われる人たちから声が上がった。日頃、訓練をして体を鍛えている人たちに認められると売れるはずだ。
「その通りだ。新人の兵士たちの中には、不安で眠れず、ミスばかりしている兵士もいるだろう? 演習の手伝いをしているときにはよく見た。このマウスピースはかなりおすすめだ」
衛兵たちはドーゴエの知り合いだったようだ。
「バカを言うな! 冒険者はそんなスープだけ飲んで魔物を倒せるか! やっぱり肉よ。骨付きの肉を食わねば、明日の活力にはならん!」
ちょっと遠くから見ていた鉄の鎧を身に着けた冒険者が声を上げている。腕や胸の筋肉が肥大し程よく脂肪も乗っていた。
「そのスープを飲んでいるお前たちと、毎日骨付きの肉を食べている俺のどちらが、力強いか試してみないか!?」
勝手に宣伝に協力してくれるなんて、めちゃくちゃいい人なんじゃないか。
「剣闘士上がりか……」
「力では勝てないぞ。どうする?」
ゴズとドーゴエが小声でこちらを見てきた。
「え? こんなチャンス作ってくれたんだから、やりましょうよ。なんだったら俺がやりましょうか? 一応宣伝担当ですし……」
「ああ……、頼む」
ゴズとドーゴエに頼まれて、俺は通りへと出た。勝算があるわけではないが、筋肉比べではなく力の比べ合いなら、また別だ。
「どうも、こんにちは! ありがとうございます! 俺も開発には少しだけ携わっていたので、力比べは俺がやります。どういう力比べをしますか。押し合いでもしましょうか。一歩でも動いたら負けということで、どうでしょう?」
「い!? いいだろう。だが、こいつらよりも筋肉がなさそうだが大丈夫か。手加減はしないぞ」
「お気遣いなく。ヤバそうになったら、ちゃんと受け身は取れますから」
「そ、そうか。だったら、遠慮なく」
通りの真ん中で押し合いをするだけなのに、周囲には人だかりができた。
お互いの手が届く範囲で立ち、見合った。
「俺が先攻で、すぐに動かしてやるわ! スープなんぞで力が出るか!」
小さな俺を見て、やる気が再燃したようだ。自らヒールを買って出てくれるなんて、ありがたい。やはり大人の世界は優しいのかもしれない。
「先攻後攻があるんですね! どうぞ!」
パンッ!
元剣闘士の冒険者が俺の胸を張り手した。衝撃はあるものの、身体を固め地面を掴めている俺を動かすことはできない。そもそも来る攻撃がわかり、衝撃に備えて逃がしているのだから当たり前だ。
「え?」
パンッ! パンッ! パンッ!
何度張り手をしてきても、同じだ。皮膚の表面が内出血したかもしれないが、その程度だろう。
冒険者は、顔を真っ赤にして肩で息をし始めた。
「おい、もういいだろ!? 今度はその兄ちゃんの番だ!」
「何回やってんだよ!」
「相手、学生だぞ!」
人だかりの中から声が上がる。注目が集まっているらしい。
「じゃ、俺からもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
冒険者は自分の体の前で腕を盾にするように、俺からの衝撃に備えた。おそらく衝撃の瞬間に魔力の盾を展開するつもりだろう。以前、見たことがある。
「おい! ズルいぞ!」
「そんなんで勝って嬉しいか!?」
人だかりの中からヤジが飛ぶ。こんなに優しいヤジはない。他の通りからも人が集まってきているのがわかる。皆、学生の俺たちのために協力してくれているのだ。
「じゃ、いきますね」
「早く来い!」
俺は冒険者の腕を掴んでぶん投げた。
よほど地面を掴んでいる力が強かったのか、横にゴロゴロと転がった冒険者は、そのまま屋台へと突っ込んだ。何回か回転して目を回している。
俺は一歩も動いていない。
通りはしんと静まり返ってしまった。
「……どうでしょうか。勝ったということでいいですかね?」
「「「いいぞ!!」」」
俺の言葉で、一斉に通りに歓声が沸いた。拍手まで送ってくれる人までいる。
通りは自然と賑わい始め、ラジオショップには人だかりができた。
「もちろん、兵士や冒険者たちのような戦闘職だけに向けた商品ではありません。我々の栄養学の先生は彼女です」
ゴズがウインクを紹介していた。
唐突に振られたのに、ウインクは堂々として手を振ったりしている。
「ゼファソンのモデルをやっているウインクだ」
「どうも。よかったら、このスープを使った薬膳料理のレシピも紹介しますよ。便秘で悩むお嬢様方にいいと思います!」
ウインクは笑顔で女性客の対応をしていた。
俺は人だかりをかき分けて、固形スープをいくつか袋に詰め、転がった冒険者に駆け寄った。冒険者の仲間たちが介抱している。
「よかったら、これ受け取ってください」
「ん? あ、ああ」
「めちゃくちゃいい宣伝になりました。本当にありがとうございます!」
冒険者は袋を受け取ってくれた。
「いいってことよ。今度、どうやったか教えてくれ」
「はい。そこの総合学院にいるんで、いつでも来てください」
「王都じゃ、冒険者よりも学生の方が強いのか?」
冒険者の仲間が聞いてきた。どうやら田舎から出てきたばかりのようだ。
「さすがにそんなことはないと思いますよ。冒険者ギルドで研修とか受けてみてください」
「そうだな。俺たちはそこから始めるとするよ」
冒険者たちは、なにも言わずに冒険者ギルドへと向かっていった。
そんな風に初日からスープは大盛況で、持ってきた固形スープは一瞬で売り切れ、学院に作り置きしていた分まですべて完売した。
「二週間後、本当に効果があったら、定期購入させてくれないか」という兵士からの提案まであったらしい。
「マウスピースも結局、全部なくなっちゃったわ」
「ウインクが睡眠も大事って言うからよ」
「だって、ストレスを食で解消しようとする人が多いんだもん。寝ればいいじゃない?」
ウインクはお客さんの話を聞いていたようだ。
「とにかく作った物がすべて売れるなんて驚きだよ!」
「あとは効果を実感してもらうだけですね」
「それは俺たちが実証しているから、問題はないだろ?」
「初日は大成功だけど、明日はどうする?」
「売るものないよ」
ミストが空の棚を指した。
「明日は、常設のものを売ろう」
「常設って?」
「ラジオと金物だ」
「だったら、うちの商品も扱ってもいいかな? 店番ならやるよ。明日はそれほどお客も来ないなら、一人でも回せる」
グイルが店番を買って出てくれた。
「まぁ、警備ぐらいなら、ゴーレムたちでもできるぞ」
「他にも店番や警備をしたい学生もいるはずだ。道場で少し呼びかけてみよう」
ドーゴエとゴズも協力してくれるらしい。
「ちょっと待って! 売り上げが……!」
売上を計算していたマフシュが二階から下りてきた。
「売上はどのくらいいったんだ?」
「金貨7枚分近く……」
「一日の売り上げが?」
「そう。経費も引いた額が金貨7枚よ」
そう言って、マフシュは「経費」と銀貨をレビィに渡していた。ラジオ局員たちにも俺が雇った販売員として銀貨5枚を支払っていた。
「山分けと言ったけど……。一日営業すると、ひと月分以上は稼げるってこと?」
「たぶん、固形スープもマウスピースも価格を下げ過ぎたんだと思います」
グイルは、売れ始めたら価格を上げてもいいんじゃないかと言っていた。
「全部、銅貨1枚はやり過ぎたか」
「いや、後半は転売も現れたから、少し価格を上げたはずだよ。それでも売れてしまったの」
凄腕販売員のウインクは実行していたようだ。
「そもそも健康食品なんて言う市場自体がないから、独占したんだと思う」
「しかも次の展開は決まってる」
マフシュもレビィもウインクを見ていた。
「なにするんですか?」
「ウインク先生の薬膳スープよ」
「私の!?」
「完全に女性の購買欲を掴んでしまっているわ」
「女性層を掴むと強いのよ。ドライベジタブルやドライフルーツの取り寄せって出来る?」
マフシュはさっそくグイルに聞いていた。
「ドライベジタブルって、余った野菜や果物はほとんどピクルスとかになっちゃいますからね。軍関係や冒険者たちの携帯食を作ってる料理人に聞いてみないとわからないですよ」
「あー、じゃあ作るか。シェムのダンジョンだったら雑菌も入らないし、コウジは風魔法の魔法陣を描けるのよね?」
「そりゃあ、描けと言われれば描けますけど……」
「いやぁ、最初は戦闘科からの体育祭の逆襲のつもりだったんだけどなぁ」
ゴズは、あまりの展開にちょっと引いている。
「こうなったら、もう文化祭とか関係ないだろ」
ドーゴエはすでに諦めてしまったらしい。
「大丈夫。文化祭には、あんたたちの商品として出すわ」
「そうそう。私たちはどちらでもいいんだから」
レビィもマフシュも、すでに文化祭よりも売れた事実が嬉しいようだ。
「さて、片づけをして帰りましょうか」
「そうだな。戸締りもしていこう。他の店から反感を買っているかもしれない」
ゴズは大きなカギを取り出した
「そうですかね?」
「これだけ派手にやればファンも増えて、敵も作るだろう」
ドーゴエもゴズと同じ意見だ。
「え~!? 学生でもそんな醜い争いしないといけないの~?」
ウインクはモデル業界で散々バカな争いを見て来たらしい。
そんな事を言いながらも店内を掃除して学院に帰った。鍋ぐらいしか片付けるものはなく、学院で食器と共に洗うことになった。
「お、噂をすれば、醜い争いを続けている人を連れて来たぞ」
学院の建物に入ると、ホールにゲンズブールさんと貴族連合の人が俺を待っていた。
「ああ、よかった。そろそろ帰ってくる頃だと思っていたよ」
「どうかしたんですか?」
「少し、弁明の機会を頂きたくてね」
貴族連合の人は、ウインクたちを見た。あまり人に聞かれたくない話か。
「じゃあ、私たちは家庭科室に行ってるよ~」
鍋を持つレビィが、全員を連れて行った。
「頼みます」
「悪いな。片付けもあるんだろう」
「ええ。まぁ、後は皿洗いくらいですよ」
「店はどうだった?」
「大盛況で、完売です。明日、明後日の分の在庫まで」
「そいつは凄い。王都中にバレてしまったな」
「何がです?」
「ラジオの威力だよ。すべてはラジオから始まってるんだろ?」
「いや、ゴズさんとドーゴエさんの頑張りが始まりですよ」
「そうかな」
「そろそろ……」
貴族連合の人がゲンズブールさんに声をかけた。
「そうだった。談話室に行こう。込み入った話になるかもしれない」
俺と貴族連合の人はゲンズブールさんに連れられて、談話室に向かった。
談話室と言っても、すでに誰もいない大きな居間のようなものだ。ソファとテーブルがあり、飲み物も用意されているがほとんど誰も使わない。一応、暖炉の上にはラジオを置かせてもらっている。
「それで、どんな話です?」
「実は、特待十生のシェムの話だ」
貴族連合の人は、難しい顔をして呟くように喋った。他に誰もいないからか威厳などまるでない。
「シェムさんがどうかしたんですか?」
「ダンジョンコアが盗まれただろう?」
「ええ、結構探したんですけど、結局見つかりませんでした。もしかして犯人を知ってるんですか?」
「そうじゃない。我々、貴族連合の中に犯人がいるんじゃないかって噂されている。神に誓って言うが、我々はそんなことをするためにこの学院に来たわけではないし、盗人なんかではない」
「ああ、それで弁明をしたいということですか? 俺に言われても……」
「ラジオで喋りたいのだそうだ」
ゲンズブールさんが、貴族連合の人の言いたいことを教えてくれた。
「どうぞ、ラジオで弁明していただいて結構ですよ」
「ただ、おそらくこのまま我々ではないと話しても信じてもらえないのではないかと思って、もしよかったらシェムの研究を支援したいと願い出たところ、断られてしまった」
「なんでそんなことをするんですか? 疑われてるのに、支援したいって言ったんですか?」
「ダメだったか?」
「ダメじゃないですかね? 支援するということは、いくつかの便宜を払えってことですよね?」
昔、母さんの店で、どこかの国の偉い人がやろうとしていたことだ。幼かった俺は「いらねぇよ」と普通に言ってしまって、後でこっぴどく怒られた。
「そんなつもりはないが……」
「でも、おそらくシェムさんはそう思ってないかもしれないです。人工ダンジョンについて、いくつかの権利が欲しいから、ダンジョンコアを盗んでまで、支援すると申し入れたと思われても仕方ありません」
「では、我々はどうすればよかったのだ?」
「あの……、普通に犯人を一緒に探してもらえればいいんじゃないですかね? 学生たちは皆協力してくれました」
「それはやっている!」
「じゃあ、いいんじゃないですか? 疑われるのは普段の行いですよ」
「確かに、普段の振る舞いに問題があったかもしれない。事あるごとに、特待十生に噛みついていたことも事実だ。しかし、それはすべてアリスフェイ王国の繁栄のためで……」
必死で貴族連合の人が喋っているというのに、ゲンズブールさんはニヤニヤと笑いをかみ殺している。
「ゲンズブールさん!」
「ぶふっ! すまん。しかし、そんな話は誰も聞かないし、この学院は世界中から学生が来ているのだ。一国の王都にあるというのはわかるが、ビジョンが狭すぎる」
「だから、どうすればいいのか聞いているのだ。ゲンズブールよ! コウジよ! 教えてくれ。我々は、自分たちが疑われているというのに、何もできないのか?」
「……という話だ」
ゲンズブールさんはわざわざ俺に貴族連合の人の話を聞かせた。何かしら意図があるはずだ。
貴族が持っているのはお金で、現在、失っているのは信用だ。しかし、そもそもお金とは信用で成り立っている。
つまり、ゲンズブールさんは俺に仲介役をやれと言っているのだろう。いや、俺じゃなくてラジオに。
「ああ、なるほど、わかりました。じゃあ、ラジオ番組を買ってください。途中で、ちょっとした休憩時間を入れるので『ダンジョンコアを探している』『犯人を見つけ出したい』『情報のある者は貴族連合に教えてくれ。金一封差し上げよう』などと貴族連合の皆さんの声で広告を流します。番組の始まりと最後に、『この番組は「貴族連合」の提供でお送りいたします』と司会に言わせますから」
「一度で、学生たちは聞いてくれるのか?」
「広告を流すのは番組を買っていただいている期間だけです。もちろん、声は録音しますから、いちいちラジオ局に来なくても構いません。長い期間、犯人捜しをしていることがわかれば、学生たちも貴族連合の仕業ではないと理解してくれるのではないでしょうか」
「確かにそうだな。一回の番組はいくらなんだ?」
そんなことは決めてなかった。
「銀貨一枚が妥当だろうな。ただ、王都にも広まりつつあるから、これからもっと高くなっていくはずさ」
ゲンズブールさんが勝手に決めてしまった。
「なんだ、その程度でいいのか。とりあえず7回分買っておこう。あとのことは貴族連合で話し合う」
貴族連合の人は普通に財布袋を取り出した。
「いや、とりあえず、番組を買うかどうかを貴族連合の方たちで話し合ってください。騙していると思われると、こちらも困るので」
「わかった。では、契約書と領収書を用意しておいてくれ」
「はい、わかりました」
貴族連合の人は、落ち着いたのか立ち上がった。
「いや、ゲンズブールに相談してよかった。まさかこんな解決法があるとはな」
「まだ、事件は解決してないよ。これから君たちで犯人捜しをすることだ。それが君たちの信用にもつながる」
「そうだな」
貴族連合の人は大きく頷いていた。
「送っていくかい?」
「バカを言え。これでも貴族連合の長だぞ」
貴族は颯爽と胸を張って談話室を出ていった。自信を取り戻したらしい。
「あれは、一ヶ月分くらいは買ってくれるぞぅ……」
ゲンズブールさんは貴族が出ていった扉を見ながらつぶやいた。
「また、稼いじゃったじゃないですか」
「そうなんだ。お金ってやつは集まってくる者には大量に集まってくるようになっている。逆に掴み損ねた者は、ずっと掴めないままなんだけどな。覚えておいた方がいい」
「ゲンズブールさんは集めるのが上手い人ですか?」
「いや、お金を回すのが上手くなりたい人だな」
談話室のラジオが鳴り始めた。
『こんばんは。今日は皆に、王都に出したお店の報告と、従業員募集のお知らせからだ』
俺がいないというのにウインクたちが始めたようだ。
「ラジオ局を持っていると、広告が無料で打てるのか。いいね」
ゲンズブールさんは相変わらず、ニヤニヤ笑っている。
『あ、その前に、業務連絡。局長はすぐにラジオ局に来るように。台本がないから、このままだと下ネタ大会になってしまいますよ! こらこらレビィさん、パンツを脱ぐんじゃない!』
絶対嘘だ。
『脱いでない! 脱いでるのはマフシュよ!』
『バッカじゃないの!? こんだけ稼いだら脱がなきゃやってられないっていうのよ!』
『ゴズさん、鼻血出てますよ!』
『勘弁してくれ! 何を食べたら、そんな身体になるんだ!?』
『今回は紹介するのはこの商品! 誰でも一瞬でグラマラスボディ!』
もうグチャグチャだ。
『今日の放送は荒れてまーす』
ゲンズブールさんは声を出して笑っていた。
「じゃ、教師陣に怒られる前に止めに行ってきます!」
「ああ、頑張ってくれ。応援はしている」
俺は談話室を出て、ラジオ局へと走った。