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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』
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『遥か彼方の声を聞きながら……』8話:金…しりそめし頃に…


 家庭科の授業の最中に、ゲンズブールさんが教室まで俺に会いに来た。


「やあ、先生。実は止むに止まれぬ理由があり、少々コウジくんを貸していただきたい」

「ゲンズブールさん。今、クッキーを作っている最中ですよ。焼き時間には暇になりますから、それまで待ってはくれませんかね?」

 クッキーという甘い食べ物を食べたのはいつが最初だったか。頬が落ちそうという表現をした最初がクッキーだったと思う。

 それをレビィが作っているのだから、不味くなりようがない。一口だけでも食べなければ、家庭科の授業を受けている意味すらなくなってしまいそうだった。


「そうか。では、込み入った話になるが、こちらで話しても構わないだろうか。なぁに、他の学生の妨げるようなことはしませんよ」

「いいでしょう」


 先生が許可を出してしまった。


「まぁ、干し葡萄やなんかも入れることがあるんだけど、今日はプレーンでいいでしょう」

 レビィが手本を見せてくれて、俺はその通りに生地を混ぜていく。あとは伸ばし棒で伸ばし、型を取ればいい。


 俺がそんなクッキーづくりをしている最中に、ゲンズブールさんは紙とペンを取り出していた。

「それで? 今日は何の用です?」

「ああ、どうやら夏休み中に随分働いて資産ができたと聞いてね」

「ええ、まぁ、財布はありますよ」

「しかも金貨でかなりの量があるとか?」

「このボールくらいですかね」


 周囲にいた学生たちがざわつき始めた。おかしなことを言っているのか。皆、お菓子に集中した方がいい。


「ざっとでいいから枚数を教えてもらえないか?」

「重要なことなんですか?」

「この学校の警備は手薄でね。もし大金が盗まれたら大事だ。友人知人にまで疑いの目が向けられる」

「なるほど、ざっと金貨40枚くらいじゃないですかね?」

「なるほどなるほど」


 ゲンズブールさんは紙にペンを走らせ始めた。隣で小麦粉をボールに入れていた学生がこちらをおかしなものでも見るように凝視しながら床に小麦粉をばらまいていた。是非、お菓子に集中してもらいたい。


「コウジくんはそれを生活費のために使うつもりかい? 例えば食費とか?」

「いえ、この学院にいると、それほど食費はかからないので生活費には使いません」

「では、事業であるラジオ局に使うつもりかな?」

「いえ、今のところ足りていますし、皆、出演料を出さなくても出てくれますから。工具も材料も火の国で買ってきたので使うつもりはありませんよ」

「では、その財布袋の中身は何に使うつもりかな?」

「別に……、何にも使う予定はありませんが……。これだと盗まれてしまいますかね?」

「そうだね! 確実に部屋を襲撃してくる奴らがいる。傭兵の国出身たちはそれほど強奪行為に躊躇はない」

「部屋を襲撃されたくはありませんね。俺だけの部屋じゃないですし」

「だとしたら、何かに使う必要があることはわかるかい?」

「ええ、今わかりました」


 クッキーもちょうどコインのような形になった。


「ただ、学内にはそんな高価な商品は売っていない」

「え? ああ、そうなんですか」

「なにか大量に物を買うにしても、置いておく場所もないだろう?」

「倉庫を借りないといけなくなるということですね」

「そうだ。倉庫なんか借りたら、倉庫番も雇わないといけなくなる。面倒だろう?」

「そうですね」

「だから、学外のものを買うのがいいと思う」

「王都になら幾らでも商品がありそうですね」

「ある。コウジくんは、美術品や骨董品は好きかな?」

「いえ、そういう知識はありません。発掘した遺物なんかは興味はありますが、手元に置いておきたいとも思いませんね」


 ゲンズブールさんの紙にはバツ印が付けられていく。


「王都の古い家を買って、誰かに貸し出すというのはどうだい?」

「誰にです?」

「不動産屋を通せば誰にでも貸せるよ。君には定期収入が入ってくる」

 貸して賃料を取るということだろう。ただ、お金が欲しければ宿の方がいいんじゃないかと思ってしまう。


「ん~……」

「だとしたら、やっぱり興味がある商売を買ってみたらいいんじゃないかと思うんだ」

「商売を買う!? そんなことができるんですか?」

「まぁ、店にもよるけど、コウジくんは小さな店舗であれば買えるほどの金額を持ってるんだよ」

「あのお金で!?」

「うん、十分だと思うね」

「王都って何でも買えるんですか?」

「そう思ってもらって構わない」

 分業制の上に、その商売を買えるなんて、どうなっちゃってるんだ!


 ただ、無暗に商売を買っても意味はない。需要だけ考えても砂漠のシャワー屋のように潰れてしまう。学生である持ち味を活かした商売を買いたい。

 そんな商売があるのか。


「とりあえず、クッキーを焼いている間に、いろいろ聞いてみてもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。俺はそのために来たからね」


 ゲンズブールさんから、王都にどんな職業があるのか、片っ端から聞いてみた。まずは運送業からだ。店舗を持つのではなく、馬車を持って御者を雇うことができれば、仕事に困らないのではないかと思った。


「競合他社が多いね。小さい引っ越し屋さんなら買えると思うけど、整備も大変だよ」

「なるほど、商売だけじゃなくて運転資金も考えないと学院で頑張っている間に借金が膨らむなんてこともあるのか」

「その通り。コウジくん、ものを知らないだけでバカじゃないね」

「いえ、こういう時は一番バカなものを買った方がいいように思います」

 クッキーが焼けていく匂いで、灰色の脳みそが活性化していくようだ。どうせ夏休みに稼いだ報酬なので好きに使ってもいいだろう。なんだったら、学生の間にいろいろと試した方がいいかもしれない。


「今にも潰れそうな店ってありませんか?」

「それは、もういくらでもある。借金まみれになっているところから、まるで継ぎ手がいなくなって店舗自体が潰れそうなところまで」

「その中でも以前は流行っていて、学生や子供に関係のある店ってありますかね?」

「昔は流行っていたけど、今は潰れそうな、学生に関係ある店ね……。調べてみようか」

「お願いします」

「ちなみに、どんな計画でそんな店を買うんだい?」

「あー、上手くいかないかもしれませんよ」

「いいんだ。聞かせてみてくれないか」


 俺は、クッキーが焼けている間に、ゲンズブールさんに計画を話した。


「……ああ、なるほど、コウジくん、君は本当に頭がおかしいね!」

「え? ダメですかね? まぁ、ダメだったら、ラジオの受信機でも売ります」

「いや、たぶん、自然と売れるよ。そんなに稼いでどうするんだ?」

「いや、清掃とか警備とかだってありますからね。警備で雇った方がいい学生は道場にたくさんいますよ」

「いや、そうだけど……。つまり従業員に分配していくのか?」

「はい。それほど営利目的というわけではないので……。だって、お金を持っているだけで、すごい面倒だってことがわかったんですよ」

「お金がなくても生きていける人は資本主義の根幹を揺るがすようなことを言うね」

「すみません。ものを知らないもんで」

「いや、王都にも刺激になる。要望はそれだけかい?」

「ええ、あとはバルーンがあると嬉しいくらいです」

「バルーン? 何に使うんだい?」

「緊急時にラジオのアンテナを飛ばすようです」

「わかった。それも調べておこう」


 ちょうどクッキーが焼き上がった。


「食べていきますか?」

「無論だ」

「あんたたちずっと難しい話をしていたようだけど、残さず食べるんだよ!」

 レビィに釘を刺された。


「もちろんだ」

「実は火の国で、お茶を買ってきたんですけど、一緒にどうです?」

「気が利くじゃないか。皆、コウジがお土産買ってきてくれたってよ!」

 レビィのクッキーはこれで店を出せばいいのにと思えるほど美味しかった。

「しかもお茶に合うというね!」

 ゲンズブールさんの口にも合ったようだ。

「失敗したら、レビィさんにお菓子屋を出してもらいましょう」

「ああ、それが一番だな」

「何を言ってるんだい!?」


 夜のラジオ放送にも、レビィのクッキーを持って行くと、皆喜んでいた。


「おい、それでどうするんだ? ゲンズブールさんと話したんだろう?」

「ラジオのために使うのよね?」

「妙な浄水器や幸せになる壺を買おうなんて思ってないよね?」

「何の話だ?」

 クッキーを食べながら質問攻めにあった。


「パンパンの財布袋の話だ。こっちはいつ強盗に入られてもいいように、部屋には錠前をいくつかつける予定なんだから教えてくれよ」

「ああ、うん。ゲンズブールさんと話して、王都に店を買うことにしたんだ」

「そんな、新しいコートを買うみたいに言わないでくれる?」

「そもそも、そんなことにお金を使っていいの?」

「ん~、ラジオのためにもなるし、いいんじゃないかな」

「またラジオなの? 本当にラジオのことしか考えてないのね?」

「うん。考えてない」

「潔いな」

「でも、見てはいるよ。ほら、入学当初は貴族連合の人たちが学院の前を掃除していただろ。でも、今はしていない。夏休みで誰もいなかったから、至る所に蜘蛛の巣が張っているけどまだ誰も掃除はしていない。この学院はものすごく広いから掃除の人が足りてないんだ。そして、人の繋がりも多いから、学外から人も入ってくる。文化祭はもっといろんな人が入ってくる」

「だから、どうだっていうの?」

「俺たちにできることって、限られてるだろ。声だけしか使えない。でも、気がつかせることはできるんじゃないか?」

「何かするつもりね?」

「そうだ。夏休み前に俺が落とし穴に入って生放送するっていう番組をまずやろう。俺がまず汚れるから、その後、清掃キャンペーンをやるんだ」

「そんなので動く人なんているの?」

「まぁ、いなくてもいい。少なくとも俺たちはやろう。体育祭にあれだけ人が来たんだから、文化祭にも来るはずだ。なのに、自分の子供が通っている学校が汚かったら嫌だろ?」

「確かに。俺も店番をしているとき、お客が来なかったら店先を掃いてる」

「物を売る時、人に何かを見せる時、最低限の清潔さを保たないとお客さんは来ないんだよ」


 音もなくドアが開き、そっとゲンローが入ってきた。


「鍛冶場だって同じだ。あそこはいろんなものが置かれてるけど、埃や鉄屑はきれいに掃除されてる。生産系の職種でも、掃除はきっと大事だ。そうじゃないですか? ゲンローさん」

「悪い。遅れた。話は聞いてなかったけど、物を作った後は掃除くらいはするぞ。じゃないとどこに何を置いたか忘れる。それに物を作ってるときに雑念を入れたくないんだ。アイディア出しの時は雑然としていていいんだけどな」

「ほら、生産系の人たちは経験則で知ってるんだ。とりあえず、今日は外で俺が落とし穴に埋まりますので、収録をしましょう」

「収録?」

「生放送じゃなくて録音を流します」

「また、コウジがおかしなことを言ってるぞ。いいのか?」

「私のルームメイトのコウジは、おかしなこと以外は口から出ません!」

 ミストが大きく溜息を吐いて、ゲンローにスコップを渡していた。


「そういや、俺ってもともとなんで落とし穴に埋まるんだっけ?」

「果たし状が大量に届いたから!」

「目的が変わったなぁ」


 それに文句も言わずにルームメイトの局員たちは付いてきてくれる。店の儲けが出たら、彼らには給料を出さないとな。


「私、落とし穴掘ったことないんだけど……」

 か弱いふりをして、ウインクがふざけたことを抜かし始めた。

「実は、俺もなんだよな」

 グイルまで、そんなことを言う。


「落とし穴を掘らないでいい人生ってなんだよ。嘘つけぇ! なぁ、ミスト!」

「私は墓まで掘るから落とし穴なんていくらでも掘ったことがあるわ。むしろ私についている筋肉のほとんどは穴掘り用と言って過言ではないのよ」

「ほらぁ!」

「でも、機会がないと地面なんか掘らないかもね」

「え? そうなの? なんで?」

「さぁ、おかしな人は放っておいて、掘りましょう。コウジが入ればいいんだから。首だけ出しておけばいいでしょ」


 ミストは俺を無視して、森の中に穴を掘り始めた。


「本当に今までの人生で落とし穴を掘らなかったのか?」

「うん。まず落とし穴を掘って何をするんだ?」

「魔物を狩るんだよ。あ、普通は狩らなくていいのか……。いや、でもさすがにバーベキューの余興で、落とし穴くらいは嵌って遊ぶだろう?」

「そんなバーベキューはない!」

「え? ないの? じゃ、燃えた薪でジャグリングして怒られた経験は?」

「そんなジャグリングはない!」

「だったら、何が面白くてバーベキューするんだよ。先生に唐辛子ソースを塗った肉を食べさせたりしろよ!」

「あ、それはゲンズブール先輩がやってたな」

「ほらぁ!」

「あの人は変わってるからね。あ、だからコウジと意見が合うのよ」

 

 もしかして人生を楽しんでないんじゃないか。


「コウジ、出来たよ」

「はい」


 ほとんどミストが掘った落とし穴に躊躇なく俺は嵌り、そこからラジオの収録が始まった。


「こんばんは! 愚民ども! 今日は復讐を果たすときが来たぞぉ! 優勝者に果たし状を送ったバカ野郎たち! 今がチャンスだ! あいつは今罠に嵌っているからなぁ!」

「相変わらず手厳しいウインクだが、確かにコウジは埋まってるなぁ。大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないです。俺はショックを受けていますよ。優勝したのに、こんな落とし穴に嵌ってパンツの中まで土だらけ……」


 収録は滞りなく終わり、落とし穴もしっかり埋めた。

 風呂に入って、早速、収録したものを放送に乗せて、俺たちは清掃道具を持ってホールに集合した。


「なんだ? こういうキャンペーンだったのか」

 ゲンローはわかっていなかったらしい。もしかしたら、もう台本なんか渡さなくてもいいのかもしれない。その方が新鮮なリアクションが見れる。


「そうです」

「ああ、でも、皆、落とし穴を探し始めちゃったぞ」


 ホール脇の廊下の窓から見える中庭に学生たちが集まっているのが見えた。


「ああ、しまった! 俺が落とし穴に嵌った状態を見せた方がよかったのか……」

「もう一回、土被ってくる?」

「ヤラセた感が出るぞ」

「うわぁ、失敗したぁ!」


 放送が終わり、俺たちが廊下を掃除しているのを見て、笑って通り過ぎていく学生たちが数人いたが、手伝おうとする人たちはいなかった。


「ほら、あそこ。蜘蛛の巣張ってる!」

 ミストに言われて、壁を上って天井を拭いていった。


 その後、数日間に渡り、俺は掃除をしながら笑われ続けた。


「そこ! 汚い靴で入ってきましたね! 泥ぐらい落として建物には入ってください!」

 気分としては清掃管理委員会長だ。見た目は完全に清掃のおじさん。親父はよくこれが仕事になるって気づいたな。


 外から帰ってきたのはドーゴエさんだった。どうやら森の中を走ってきたらしい。訓練かな。


「何をしてるんだ、お前は」

 呆れられてしまった。

「いや、文化祭に向けて清掃キャンペーンを……」

「コウジのせいでこっちは大変だよ」

 完全に体力をすべて使い切ったような顔をしている。

「俺が何をしたっていうんです?」

「夏休み中にゴーレムたちに動きを見せたろ。それを覚えちまったんだ。使役している俺が一番動けないってバカみたいだろ。だから必死で体力つけてるんだ」

「何時間走ってるんです?」

「わからん。昼からずっと走ってた」

「そんなことしたって根性という名のプライドしかつきませんよ」

「なんだと!」

 そう言って、ドーゴエさんは胸ぐらをつかんできた。腕が上がらず弱々しい。


「ほらね」

「じゃあ、どうすりゃいいっていうんだよ!」

「どうすればいいかって……」


 それを学ぶために学院にいるんじゃないかという疑問は湧いてくる。


「ゴズ! 急にどうしちゃったのよ! 本ばかり読んで! だから筋肉が落ちてるんでしょ!」

 廊下の向こうで、光の戦士ことラックスが、ゴズに掴みかかっていた。


「俺だってわかってるさ。でも今は、これが最善なのだ!」

「何がどう最善だって言うのよ!?」

「いずれ結果が出る」

「出てるじゃない! あなたの筋肉は削れてる! そんなことをしてる場合じゃないわ!」

 そう言われても、ゴズは大きく溜息を吐いて魔術書に目を落としていた。

「もうやってられないわ!」


 ラックスはものすごい勢いで道場へと帰っていった。


 一人項垂れたゴズは魔術書を閉じ、廊下の先にいる俺と目が合った。


「どうすればいい?」

 ゴズは俺たちに近づきながら、泣きそうになっていた。唇がカサカサになっていて、栄養が足りていない。盛り上がっていた筋肉が削がれて必要な筋肉だけが残っていて、俺はいいと思う。


 二人とも夏休み中に会った間柄。縁がある。


「コウジ、お前、体育祭では鍛冶屋連合に協力したんだから、文化祭では俺たち戦士科に協力したっていいんじゃないか?」

 そう言われると、そうかもしれない。


「わかりました。でも、授業で習ったりしないんですか?」

「授業ではスキルの使い方とか、実践的な戦闘訓練ばかりだ」

「対人訓練ばかりだな」

「それ、実践的っていうんですかね? 結局、ダンジョンの魔物と戦えなくなってませんか?」


 俺がそう言うと、二人は顔を見合わせた。


「だが、学校にはいろんな種族や戦い方を知ってる者たちがいる。だから勉強にはなると思ってたのだがな……」

「それはそうなんですけど、目的は強くなることなんじゃないんですか?」

「そうだ。それを俺たちは聞いてるんだ」

「俺は戦闘系の授業を取ってないんで、どういう方法で教わっているのか知りませんけど、いいんですか?」

「俺たちは、お前が何でもないことのようにやってる壁を歩くことすらできないんだ。強くなりたいんだ。俺が一番タフじゃないとゴーレムたちに示しがつかないんだよ」

「そうだ! 頼む。なんでもするぞ!」

 二人は覚悟があるらしい。


「言いましたね? じゃあ、まずはウインクから教わるのがいい」

「ウインクって……、あのモデルの姉ちゃんか?」

「戦いには不向きじゃ……」

「何でもすると言いましたよね。ウインクに何を言われても絶対に実行してください。わかりましたね?」

「ああ、わかった。こうなったら破れかぶれだ」

「いいだろう」


 俺はとりあえず、二人を部屋に連れて行った。

「誰を連れて来たんだ」

「いやーん。私、絶賛風呂上り中なんだけど」

 ウインクは風呂上がりに下着姿でうろつくという習性がある。本人は気にしてないし、俺たちも見慣れてしまった。


「ウインク、悪いんだけど、この先輩たちから食事内容を聞いて、どこが悪いのかツッコんで貰っていい?」

「え? ああ、いいけど……。今日は、何を食べたのか教えてもらっていいですか?」

「俺はとりあえずある物を。干し肉とか保存食だけだ」

「コーヒーとクロワッサンを少し。あと何を食べたか覚えてない」

「おい、こいつら舐めてんのか?」

 ウインクが、ベッドの端に座ってバキバキにブチ切れ始めた。


「モデルってね。このプロポーションを維持するために、食事と睡眠は死ぬほど気を遣わないといけない職業なのよ! わかる? 先輩、わかりますかね!?」

「はい、すみません」

「それを、ある物だぁ!? 何を食べたか覚えてない!? お前ら、身体作りを舐めてるだろ!? 先輩たちよぉ!」


 ウインクのあまりの剣幕に二人とも床に正座をしていた。下着姿の女に切れられるって経験は、もしかしたら人生の中でも数回しかないかもしれない。


「いいですかぁ! 食事には三大要素、タンパク質、脂質、炭水化物。これをバランスよく摂ること。これを頭に叩き込んで。霞食って生きてるんじゃないんだよぉ!」

 ウインク先生による栄養学講座が始まった。


「エネルギーになるのが、炭水化物と脂質で、筋肉とかタンパク質とミネラル。体調管理もしないといけないから、ビタミンとかも摂らないといけない」


 テーブルに置いた紙に、パンとか肉、豆類などと書きながら教えている。言葉と姿は異常だが、しっかり理解させていた。

 二人ともメモを取っていて、ウインクが後輩であることを忘れている。


「あと、運動後に食べないとダメね。身体を作る構成要素をまず理解してから、筋肉痛がどこに来ているのか、ちゃんと確認してメンテナンスをすることね。それからメンタルなんだけど、その辺はミスト! ちょっと来て!」


 お茶を飲んで関わらないように勉強していたミストが、うんざりしたような顔で振り返った。


「なに? 服着て」

「休息とメンタルトレーニングについて教えてあげて」


 ここでミストにバトンタッチだ。


「え? 私? まぁ、お茶くらいなら紹介できるけど……。お二人は普段はどのくらい寝てますか?」

「いや、決まった時間はないな。野営が多いから」

「自分は、あまり寝れていないかもしれない」

「死にたいんですか?」

「そんなことはない」


 二人とも正座のままミストの方を向いた。


「だったら寝ないと。生きている者にとって睡眠はかなり大事ですよ。寝ている間に傷ついた筋肉や肌、血管が修復されていくので、寝ないと回復しません。そして寝ないと不安になってきませんか?」

「なる。自分のやっていることに自信がなくなっていくのだ。どうすればいい?」

「寝てください。人の生活に食事と同じくらい大事なことなんで。それから朝に瞑想を取り入れると、心のバランスもとりやすくなります。あと、お二人とも立ってもらってもいいですか?」


 ゴズとドーゴエが足を摩りながら立ち上がった。


「コウジ、隣に立ってみて」


 言われた通りに隣に立つ。


「ね? 誰がどう見ても二人のバランスがおかしいでしょ」

「「本当だぁ!」」


 服を着たウインクとグイルが驚いていた。


「そんなにおかしいのか?」

「お互い、コウジと見比べてみてください。コウジが正常な骨のバランスです。今まで見てきた生者の中でもトップクラスできれいなバランスをしてるんだけど、どうやったの?」

「いや、ウーピー師範っていう魔体術の師匠と親父に、動きやすい骨の位置があるから探ってみろって言われて、自分の身体のメンテナンスをしていた。他人にできないことだろ? あと世界樹にいるドワーフの管理人たちって、一日ですごい量の仕事するから動かないといけなくて、それが魔物の大発生とかすると連日駆除作業をしないといけなくなるんだ。だから夜中、拠点に帰ってきたら疲れが溜まらないように、毎日風呂に入って自分たちでマッサージをし合うんだよ」


 やっぱり経験が体を作っていくんだろう。


「お風呂も重要です。寝る前にやってくださいね。とりあえず、骨盤から治しちゃうんで、コウジのベッドに寝てください」


 ミストは汗臭い先輩二人を一人ずつ施術していった。ミストのメンタルが異常に強い理由がわかった気がする。


「すごい。目が開く」

「血の巡りが……。これほど手が熱くなるとは……」

「それが正常です。二人とも、これからちゃんとした枕で寝てください。グイル!」

「はい。枕や寝具、トレーニング器具でしたら、GG商会でお求めになれますけど、どうしますか? 時間はかかりますが、確かな商品を届けられますよ」


 グイルが手を揉みながら、先輩二人に枕を売りつけていた。


「それからこのお茶を寝る二時間前に飲んでおくようにしてください」

「食事のメニューとスケジュールは作っておきましたから、これを参考に。やるもやらないも先輩たち次第ですが、自分の強くなりたいという気持ちがその程度なのだという自覚をしてくださいね」

「礼を言う。ありがとう」

「感謝する」


 二人は食事のメニューを持って食堂に向かった。


「ふー! 先輩二人を連れて来た時はどうなるかと思ったけど、何とかなったわね!」

 今さら、ウインクの足が震えている。

「今日の功労賞はウインクよ。よく下着姿で、あんな風に言えるね」

「だって、目がマジなんだもん。こっちだって真剣に向き合うわ。ミストだってそうでしょ?」

「そうね。コウジがいたからわざわざ学校の墓地から創設者の骨を掘り起こさなくてよかった」

「すごい。今まで見向きもされなかった寝具が売れたぜ」

「やっぱり、王都に店を出したら、まず三人に給料を出すよ」

 俺は真面目な話を切り出した。


「え? なに? 急にどうしたの?」

「ラジオ局の収入が出たらでいいよ」

「こっちはちょっと同級生から憧れられて宣伝にもなるんだからいいんだぜ」

「そうじゃないんだ。俺が出そうとしているのは、流行を売る店だ」

「なにそれ?」


 俺は3人に初めて店の計画を紙に書きながらすべて説明した。どれくらいの売り上げが見込めるのか、どんな仕事が生まれるのか、どういうものが必要か、可能性まですべて語った。


「コウジって本当に……、アレなのね」

「適度な運動に、バランスのいい食事、睡眠時間は私たちが知っている通り。それだけやってるのに、これだけおかしなことが言えるって、もう……」

「コウジ、これを狙ってやるのか?」

「そうだね。でも、学生が作ったラジオ局が出来ることってこういうことじゃないかな?」

「あのぅ、授業より面白いことやられると困るのよ」

「そうそう。勉強している領域の見るところが変わってくるのよね」

「じゃ、コウジの計画をやめさせるのか?」

「「やるわよ!」」

「だ、そうだ。俺は、1年の後期はこれにかけるよ」


 グイルが賛同してくれた。


「成功したら、皆に給料を払えると思う」

「いや、それよりもこの店が成功したら文化祭も例年と変わるんじゃない?」

「まず、王都が変わるわよ」

「コウジはまたラジオを作る日々が始まるな」


 俺は、空笑いしかできなかった。

 こんな期待が集まるなんて、お金ってすごい。もっと使って生活していればよかった。



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