『遥か彼方の声を聞きながら……』7話:夏の帰り道
北半球は夏でも、南半球は冬だ。
それでも赤道の近くはそれほど寒くはなかった。魔体術のウーピー団長たちとジャングルからやってくる大蛇の駆除をやっていたら、夏休みもあと5日となってしまった。
「バイト代は何に使うんだ?」
ウーピー団長が俺の給料を計算しながら、聞いてきた。
この前まで金銭面はまるで気にしてなかったが、スタッフから怒られて、きっちりと計算して払うことになったらしい。
「ラジオで使う工具や素材を火の国で集めようかと思って」
「なるほど、コウジは趣味に生きていくわけだ」
生活するのにほとんどお金を使わなかったので、他に使い道が思い当たらないだけだ。
「趣味が仕事になるといいんですけどね」
「まぁ、これだけ稼げるのだからいいだろう」
結構な重さの財布袋を渡してきた。中を覗くとぎっしり金貨が詰まっている。
ちなみにこれがどのくらいの価値があるものなのかは知らない。とりあえず実家を片付けて、少ない荷物を持って竜の乗合馬車の駅へと向かう。
「なんだ? コウジが乗っていくのか?」
竜の学校で一緒だった竜だ。
「悪いか。金は払ってるぞ。途中で、盗み食いしてないか見てやる」
「ちょっとくらいいいだろ」
「これ、やるから我慢しろ。他の客も乗ってるんだから」
そう言って、俺はたい焼きを1尾分けてあげた。
「んまい! アペニールの甘味か」
「早く飛べ!」
竜の尻を叩きながら、俺は火の国へと向かった。
竜は急かす俺に文句を言いながらもしっかりお客を運んでくれた。これならゼット先生も安心だろう。
「学生卒業したら、飲みに行こう! 今、黒竜さんが酒蔵を作ってんだ」
「竜が作る酒って、相当強いんじゃないか。俺は火を噴きたくないぞ」
「必ず火を吐くぞ。じゃ、またな」
「またぁ」
駅から砂漠のオアシスへと向かう。砂漠だというのに街道には、荷運びの魔物と行商人で列ができている。面白いと思うのは、行商人たちが魔法使いを雇ったり、いろんな魔道具で風を防ごうとしていることだ。
砂の壁を作りだしたり、魔道具の笠で風を防いだり、魔物を盾にしたり、それぞれが思い思いの風の防ぎ方をしている。ただ誰も風の魔法を使おうとしてないところがいい。砂嵐になると大変だからだろう。
小型ラジオからはずっと砂嵐の注意報を発しているが、商売人たちの商魂の方が勝っているらしい。
「これ以上行くのは危なくないですか?」
街道を歩く行商人に聞いてみた。
「大丈夫だ。注意警戒2レベルなら、まだまだ俺たちは避難しない。もうすぐ砂岩の町だから、踏ん張れよぅ」
「ありがとうございます」
俺はできるだけ身を低くして進んだ。街路樹としてサボテンを植える計画もあるらしいが、風の強い場所では植物も曲がって育ってしまう。倒れたサボテンが街道脇には点在していた。
砂岩の町は大きな砂岩の谷の中をくりぬいて作られているので、ほとんど風が入ってこない。町に入った入口で、皆服や体に付いた砂を落としていた。
こういうところにシャワー室でもあればいいんじゃないかと思うが、すでにシャワー屋と書かれた看板が砂に埋まっていた。俺と似たようなことを考えて、潰れたのだろう。
需要だけを考えても商売にはならないか。
街道の先には、魔道具屋の商人ギルドがあり、周辺には魔道具の素材屋が軒を連ねている。
その中に、工具も売っている店があった。
「魔力の伝導率がいいアラクネの糸。魔力を断絶する吸魔材を浸み込ませた布。電気の力で木の板を彫れる電動彫刻刀。ヤシの樹液とスライムの粘液から作った接着剤。どうしようかなぁ」
「何を作るのか、教えてくれたら選んでやろうか?」
店先で商品を見ていたら、店主の口髭の爺さんに声をかけられた。
「今、ラジオ局を作ってるんですけど……。ある程度素材は集められるのですが、工具がなくて。これから送信機を大きくしようと思ってるんですけどね」
「ん? ラジオ局? お前さん、まさか、アリスフェイのラジオ局を作った学生かい?」
「そうです。本当に知られてるんですね?」
店主も驚いていたが、俺も驚いた。
「そりゃあ、そうさ。ラジオは火の国じゃメジャーなのに、一向に他の国で流行らないからな」
「そうなんですか。俺なんか南半球でもどうにか聞けないか受信機改造してたんですよ」
「おおっ! これは凄いな!」
小型のラジオ受信機を見せると、店主は眼鏡をかけて褒めてくれた。
「おい! 皆、ちょっと来てみろ! アリスフェイにラジオ局を作った学生さんが来たぞ!」
「おっ、ここに来るとはわかってるじゃねぇか!?」
「何が必要なんだ? うちで安くしておくよ!」
周囲の店から店主たちが集まってきてしまった。
「何が必要かと言われても、工具がひとつもなくて、普通の魔道具を工作する道具しかなくて、専門的な工具はありますか?」
「おう。わかった。このネジ止めとネジ。ワッシャーはあったか?」
親切にも皆、動いてくれる。
「送信機はどこに取り付けてるんだ?」
「図書室がある塔の上なんですけど……。高さが足りませんかね?」
「いや、たぶんそれで合ってる。ただ、災害時用にバルーンに付けた送信機もあった方がいいぞ」
「なるほど!」
さすがラジオを作った火の国の商人たちだ。
「砂嵐が止まったら、見てみるといい。それからラジオのブースが、宿に併設されてるぞ」
「ラジオブース!?」
「ラジオ局は大きなものがあるんだ。ラジオ専門の作家から芸人、それから報道記者がいるから、ラジオブースだけじゃどうにもならないだろ?」
「分業制! そうか! ラジオの中身も分業なんだ。いや、司会だけは決めてたんですけど、後は音量調節とか手伝ってもらってて。台本の作家業なんてのもあるんですね」
「あるさ。そうか。一人で頑張ってたんだな」
「いえ、4人です。アリスフェイのラジオ局には4人います。全員ルームメイトですが……」
「そうか。仲間がいるなら安心だ。見学させてもらえばいい」
「うちの弟がプロデューサーをやっているから、口きいてやるよ」
「いいんですか!?」
「おう。それまで、今のところ学校のラジオ局にある魔道具を教えてくれるか?」
俺は自作で作った魔道具を店主たちに説明した。
「マイクとミキサーまで作ったのか!? いや、大したもんだ。配線はどうしてる?」
「ダンジョンの素材か。向こうはそういうところが進んでるな」
「だいぶ魔力を使うだろう? 魔力の変圧器があると一定の魔力を使えるから便利だぞ」
「集音機、マイクのことだけど、素材でかなり音質が変わるだろ? うちのを使ってみてくれ」
結局、いろいろと工具や素材、集音機、録音機まで買ってしまった。録音機があると生放送じゃなくても放送できる。録音した音声を決められた時間内に編集する人をディレクターということを、この時初めて知った。
その後、ラジオプロデューサーという獣人のおじさんに連れられてラジオ局へと案内された。
「ここは気象のセンターにもなってるんだ。砂嵐が発生すると、行商人は動けなくなるし、事故も起きやすくなる」
砂漠にいくつか砂岩が埋まっていて、風力や砂の動きの情報を集めているのだとか。そこから砂嵐を予測して注意報を出している。すごいシステムだ。
「本来は、これが目的で番組は店の宣伝のために作られてることがほとんどだったんだけど……。ただ、喋るおじさんたちの話が面白くなっちゃって逆転していくんだ。この番組は聞く人が多いから、出資したいとかね。そういう番組作りをしているんだよ」
「なるほど、ちゃんと利益を出せる仕組みを作ってるんですね」
「そう。君たちは学校だから、利益とかは考えなくていいのかい?」
「ええ、まったく気にしてませんね。ただ、学内で商売している人を紹介している番組を作りたいと思っていて」
「ああ、そういうことができるのか……」
「俺は田舎出身で、ほとんど同じ仕事しか見てこなかったんですけど、都市に行くとすごいたくさん仕事があるじゃないですか。俺なんか番組のプロデュサーやディレクターって言われても、さっきまでどんな仕事をしているのか知りませんでしたし、興味がある人が多いと思うんですよ」
「なるほど農家が漁師の仕事を知っても仕方ないって思ってるけど、実は農家が魚の餌を作っていたり、漁師が畑の肥料を作っていることがあるらしいね」
「そうなんですか? それも面白いですね!」
「コウジくんのその番組、面白いよ。商品じゃなくて、商売か。商人って、一人でやってるわけじゃないから、いろんな職種の人を数珠つなぎで次々に紹介してもらえれば、ずっと番組が続くし、そもそも商人ギルドが出資した方がいいような番組になると思うよ」
褒められてしまった。
「ありがとうございます」
「それ、もしやらなくてもうちのラジオ局で同じ構成の番組をやらせてくれないかな? うちも結構アイディアが枯渇してたんだ」
「どうぞ。簡単ですよ。ゲストは毎回違いますが、司会とリアクターを用意すればできるんじゃないかと思ってたんですよね。でも、夏まではほとんど体育祭の情報がメインになってしまって、なかなかできてないんですよ」
「なるほど。でも、いいなぁ! 学生だと発想も自由だし、いろいろと試せるもんね」
「そうですね。それを最大限活用したいんですけど、まずは型を知るところから始めてます」
「型破りは型を知らないと出来ないってことだね。よかったら、過去の台本で捨てようと思ってたのがあるから、持って行くかい?」
「いいんですか!? ください!」
ご厚意には甘えておく。
土産がたくさんできた。
「ありがとうございます!」
お礼を言って、砂漠の名物をたくさん買って東へと向かった。
全身に魔力さえ纏えば、それほど砂の風も気にならない。ただ、道行く人には迷惑がかかるので、速度を出すのは道に行商人がいない夜中になってからだ。
真夏の夜の砂漠をひた走り、朝日が昇る前には傭兵の国に辿り着いていた。
砂漠の夜は寒いと思っていたが、草原に入っていたのでそれほど寒さも感じない。
北側の海辺の海岸線を走り続け、港町の近くでちょっと仮眠。
そう思っていたがだいぶ寝てしまったようで、起きてみれば、太陽は昼前あたりになっていた。そして、周囲には人だかり。
「なんだ? 行き倒れじゃなかったのか?」
漁師風のおじさんに尋ねられた。
「違います。ちょっと走ってたら眠くなって」
「その荷物は行商人か?」
「いや、学友たちへのお土産です。もうすぐ夏休みが終わるんです」
「はぁ、学生さんかい?」
「はい、アリスフェイにある総合学院の学生です」
正直に語ると、人だかりは消えていった。
「なんだ? 何かと思えば、コウジではないか?」
目の前に旅人姿のミノタウロスがいた。先輩のゴズさんだ。体育祭では戦い、道場で汗を流した間柄。
「あ、ゴズさん。こんなところで何をしてるんですか?」
「なにって、お前と同じさ。俺も学院に帰るところだ」
「じゃあ、一緒に帰りますか?」
「旅は道連れ、世は情けか。いいな、それ。せっかくだから、傭兵の国にいる間に、いろいろ稽古をつけてくれ。夏休みの半分は傭兵としてアルバイトをしてみたんだが、なかなか戦闘にならなくて身体が鈍ってるんだ」
「傭兵の国は全員が傭兵ですから、外に出ないと戦闘にはならないんですよ。きっと……」
「そうかぁ。なかなか仕事をするのも難しいな」
「ええ。ご飯は食べましたか?」
「いや、まだだ」
「だったら、この先に港町があるんで、魚の定食でも食べましょう」
「それはいいけど、旅費もあるし、そんな豪勢なのは食べられないぞ」
「大丈夫です。俺はバイト代をしっかり貰ってきましたから、奢りますよ」
「……コウジ、前から思ってたんだが、お前、後輩なのにいい奴なんじゃないか?」
「そうですかね? 自分ではあまり自分に評価することはないので気にしたことなかったなぁ」
とりあえず、ゴズさんと飯を食べ、東に向かって走り出す。
「駅馬車は使わないのか?」
「え? 稽古するんじゃないんですか?」
「わかった。稽古前のランニングだな」
「そういうことです」
走り出してすぐにゴズさんは根を上げていた。牛の血が入っているから遅いのだと言い訳をしていたが、筋肉を魔力で補強するといいと教えると面白がって走り始めた。
「なるほど、筋肉の部位にピンポイントで魔力の強化魔法を使うのだな! これは面白いように進むじゃないか!」
「今までどうやって歩いてきたんですか?」
「そんな歩いているときまで、魔力を気にしたことなんかなかったぞ」
「意識した方が魔物には対処できますよ」
「そうなのか実家の魔族の国では教わらなかったが……」
「ご実家は首都周辺ですか?」
「ああ、マジックパウンド出身だ」
「あそこら辺は、本当に平和ですもんね」
「そうなのだ。やはり、ジャングルに修行に行った方がよかったか」
「じゃ、これからは自分で狩りをして飯を作ることにしましょう」
「え? 食事はお預けか?」
「はい。俺は慣れてますけど、ゴズさんも覚えた方がいいですよ。学院に帰ったら、食堂のありがたみがわかります」
「わかった。やってみよう。ただ、いろいろとわからないことが多いから教えてくれよ」
「大丈夫。そのつもりです」
そこからゴズさんを鍛えながら、アリスフェイを目指し始めた。
「ゴズさん。影魔法を使えるなら使ってください。魔物を狩る時に出し惜しみしている場合じゃないですよ!」
魔物を狩る時の心得から、魔力出力の調整まで1日中付き合った。そもそもゴズさんは魔物の捌き方も知らなかったため、枝に吊るすところから始めないといけないし、結構大変だ。
「筋肉は付けていたつもりだったのに、この量を捌くとなると重労働だな」
皮を剥いで、骨を見ながら肉を部位に分けていく。
「魔物の体ってよくできてますよね。これを見ておくと相手の攻撃を必要以上に避けようとは思わないはずです」
「なるほど、当たったとしても魔力の打撃程度なら耐えられるか……。傭兵の依頼を一つ達成するより勉強になる。それにしても足が速いな」
「これも技術かもしれません。着地するときにちょっと上半身を浮かせるようなイメージで身体を移動させると速くなったりするんですよ。後、膝とつま先を揃えるとか、当たり前のことを確認しておくと、ブレなくなっていきます」
「ブレない身体か……」
「頭が斜めになったりするだけで、脳で認識する距離感がちょっとブレたりするんで、いつでもどこでも頭は地面と平行を保つと距離を見誤らないとかあるので、学院に行ったらダイトキさんと一緒に自分の身体の動きを確かめるといいかもしれません」
ゴズさんは真面目なので、俺の言葉をいちいちメモしていた。食材についての知識もなかったようで「今までは好きに食べていた」と反省している。
「それもいいんですけど、どんな栄養で、身体にどういう影響があるのか、きっと人それぞれ違うので、毎日自分の身体のコンディションを記録してみてはどうです。ゴズさんくらい筋肉があると、植物性のたんぱく質を摂るだけでも相当時間がかかるでしょう」
「そうなのだ。暇さえあれば、豆を食べていたが、今日から変える。肉は種族的に食べてはいけないと思っていたが、存外に美味しいものだな」
フィールドボアの肉を塩焼きにして食べながら「うん、うん」と唸っていた。オックスロードの肉以外なら、鶏肉も魚もこれから食べて試してみるとのこと。
「ゴズさん、実は魔法の方が得意なんじゃないですか?」
「え? そんなことはない。魔族だから魔力量はあるが、魔法は教えられたことしかできないぞ」
「でも、影魔法をミスったことないんじゃないですか?」
「あー、確かに魔法を思った通りに出せなかったということはないな」
天を見上げながら記憶を辿っていたが、ゴズさんは魔法が得意だ。
「出来る魔法しか使ってないとも言えるぞ」
「それを得意というんです。出来ることはどんどんやっていった方がいいです。出来ないことを出来ると言ったり、出来ることを出来ないと言うと、結構ストレスですから」
学院生活で感じたことだ。
「いいのか。こんな身体の俺が魔術書なんか読んで」
「逆になんでダメなんですか? 学生が魔術書読んでるだけじゃないですか」
「そうだな。それが普通か。いや、周囲の目を気にしていた。魔族だから、見た目のキャラ通りじゃないと受け入れられなかったし」
「でも、周りがゴズさんの人生を歩んでいるわけじゃないですからね。自分がやりたいことをやらないと、なんというかこう豊かになっていかない気がしませんか? いつか後悔するというか……」
「いや、その通りだ。すでに今、魔術書を読んでなかった後悔が湧いてきている」
「影魔法って世界的にも珍しいですから、どんどん発展させていった方がいいですよ。研究者としても最前線に行けると思います。応用次第でどんな職業にもつけると思いますし」
「魔体術の稽古をするだけで、満足していた。汗をかくことが学生の仕事だと……。ただ、1日の時間はかなり限られているから、頭を使わないとな」
「筋肉を休ませる日も作らないと筋肥大しないので、明日は駅馬車を使ってみますか」
「じゃあ、その間に魔術書を読めばいいのだな?」
「まぁ、そうですね」
「コウジはどんな魔術書を読んでるんだ?」
「魔術書はそれほど……。知り合いが持っていたのを借りて読む程度です。俺の場合は、魔力の操作や性質変化ばかりやってるので、生活で触れる者の観察とかが主ですね」
「それで、あの強さなのだから……。ちょっと待て、コウジ、生活の中でってことは、ずっと稽古しているようなものじゃないか?」
「そうかもしれないです。稽古というか、遊びですけどね」
「好きでやってるか。それが結局一番強い。コウジ、俺もその遊び、なるべく付き合うから教えてくれ」
「わかりました。じゃ、あの丘の上に生えている大木まで、何歩で行けるかやってみますか」
俺たちは太ももの筋肉に魔力を込めたり、足の甲やふくらはぎに魔力を集中させたりしながら、どの筋肉が一番飛距離が出るのか試していった。
そんな遊びをしながら、3日後にはしっかりアリスポートに辿り着いていた。
夏休みが終わる前日だった。
「では、また暇なときに道場に来てくれ。いや、どこかであったら『遊ぼう』」
「そうですね。また」
俺とゴズさんは学内で分かれて、それぞれの部屋へと向かった。
部屋を開けると、ウインクとミスト、グイルの3人がすでに揃っていた。
「ようやく来たか」
「おう、久しぶり。いろいろお土産買ってきたんだ」
俺は大きな荷物をベッドの上に置いた。
「どこに行っていたの?」
「実家だよ。久しぶりに両親に会えた。それから、スカイポートの遺跡の発掘作業をして、これ火の国でラジオブースを見せてもらってたんだ。工具や素材もくれたよ」
「ちょっと待って。私なんか船で秋冬のコレクションに出てただけなんだけど、情報量多くない?」
ウインクは口をとがらせていた。
「私なんか墓参りくらいしか行けてないっていうのに……」
「俺だって実家と商会の手伝いだぜ」
「船の中って結構暇なんだから、手紙でも出してくれればよかったのに」
「いや、むしろコウジの夏休みをラジオで放送した方が面白いんじゃないか」
「確かに。コムロカンパニーの社長ってどういう生活してるの?」
「え? いや、普通だよ。帰ったら、飯を炊いてたし、母さんは洗濯してたけどね」
「お手伝いさんがいるとかじゃないのか?」
「いないよ! うちの親父は仕事以外はめちゃくちゃ普通なんだって」
「それはない! メルモさんから聞いた話だと、普段から遊び感覚で魔道具を作ったりしているって聞いたよ」
「遊び感覚じゃなくて、あると便利なものを作ってるだけだと思うよ」
「じゃあ、コウジのラジオ作りは父親譲りってわけ?」
ミストは俺が持ってきたお土産を勝手に開けて、お茶を発見していた。匂いに敏感なのか。
「そうかもしれない。俺が知っている魔法陣はほとんど親父に習ったものだからね」
「魔法陣を描けるってだけで、なんかちょっと普通と違うよね?」
「違う。私なんかずっと死霊術ばっかりやらされてたんだから」
「それを言ったら、俺なんかずっと表計算だぜ」
「私はずっと縫物よ」
「ほら、皆、子供の頃にそれぞれ違うことをやってるじゃないか。俺はそれをやらずに、魔物の相手ばかりさせられてただけだ。スキルだって取ってないし」
「取らずに体育祭を優勝したわけ?」
「身体能力を鍛えるなんて人生のうちの一部だよ。それよりも、何を作ったのか、どんな人と出会ったのかとかの方がずっと大事だと思うよ」
「そうかなぁ……」
「それで稼げるんだったら、そっちの方がいいと思うけどな。俺は!」
「でも、後期になったら、そういうイベントがあるのよね?」
ウインクがシラバスを本棚から引っ張り出してきて、テーブルに広げた。
「え? どんなイベント?」
「あ、ほら。冬の初めに文化祭っていうのがあるわ」
「生産系職のお祭りね!」
「これは、また、ラジオが盛り上がりそうだな」
「『1年を通して作り上げたものを披露』か……」
ガチャ!
ノックもなくドアが開いて、ゲンローが入ってきた。
「おい! コウジ、ようやく戻ってきたな。助けてくれ!」
「なんですか? 急に入ってきて! 女子もいるんですよ!」
「ああ、すまん! それよりも鍛冶場に来てくれ!」
ゲンローに引っ張られて、俺たちは鍛冶場へと向かった。
「鍛冶仕事なんてしたことないし、手伝えることなんかないですよ……」
「そう言うことじゃない。お前夏休み中に、特待十生に会ったか?」
「ああ、二人に会いましたね」
「そのうちの一人が鍛冶場に来て無茶を言ってるんだ!」
「無茶?」
鍛冶場に行ってみると、ドーゴエが金床で鉄のプレートを叩いていた。
「ドーゴエさん、何をしてるんですか?」
「なにって、見ればわかるだろ。ゴーレムの装甲を直してるんだ」
「あ、そうなんだ」
「鍛冶場は学生が誰でも使っていい場所だろ? なのに鍛冶屋連合が私物化してやがる」
「私物化なんかしていない。上級生になると、それぞれ自分の作業場を持てるだけだ。それを材料から工具まで勝手に使いおって」
「いいじゃないか。減ったら買い足せばいいんだ」
「買えるほどの予算があるものばかりじゃないんだぞ」
「だったら、コウジに出してもらえ。噂が確かなら、夏休み中に信じられない額を稼いでいるはずだ」
「そうなのか?」
ゲンローがこちらを見た
「バイト代は出ましたけどね」
「スナイダーさんはウーピー師範とは仲がいいからな。しっかりバイト代を支払ったと聞いたぞ」
「ん~、あんまりお金を使ったことがないんで、どうかわからないですけどね。こんなもんです。爆弾おにぎりくらい、いや、瓜くらいですかね?」
「なにがだ?」
「財布袋がですよ」
「財布袋に何が入ってるんだ?」
「金貨ですよ。ダメですか? 財布袋にはお金を入れるんじゃないんですか?」
「金貨って……」
「お前なぁ、貴族でもそんなに持ってこねぇぞ!」
また俺は何かやらかしたようだ。