『遥か彼方の声を聞きながら……』6話:夏の思い出
期末テストが終わり、明日から夏休みが始まるという。
そもそも俺は夏休みがなんなのかわからなかった。
「夏休みって何するの?」
「実家に帰って休むんだよ」
グイルが簡単に教えてくれた。
「え? 実家? 皆?」
「そう。私はクーべニアから、海を渡って裁縫島に行くけどね。秋冬のファッションショーもあるから仕事ね」
ウインクは長旅をしてまで仕事に向かうのだという。
「私も地峡の傭兵の国から北極大陸に向かう。夏は短いから、花摘みが忙しいのよ。実家の黄泉送りもあるし、先祖の墓参りもあるから、もう本当は帰りたくないわ!」
ミストは死霊術で使う北極原産の花の最盛期で、実家に帰っても仕事があるとか。
「グイルは?」
「俺か? 俺は火の国でバカンスだ、と言いたいところだけど、店番かな。あと買い出ししてある品物を届けないといけないから実家には帰るし、向こうでいい物があったら、買い出しにいかないと……」
グイルも忙しいようだ。
「そういうコウジは?」
「俺は……、ちょっと待ってくれ。夏休みが2か月近くもあるじゃないか!」
予定表を見て、驚いた。
「そうだよ。しかも学院内にはほとんど人はいなくなるから、出た方がいいらしい。食堂もやってないからね」
ラジオからも遠ざからないといけないなんて……。
「どうしよっかなぁ……」
皆、荷造りをしているというのに俺は何もしていない。そもそもお土産とか渡す相手がいない。下着の着替えくらいしか持って行かなくてもどこでも暮らしていけるよう育てられてしまっているので、皆のように荷物にならない。手提げかばんくらいのリュック一つで十分だ。
「え~? どこに行こうかな。漁師でもやるか?」
海はラジオの音がよく聞こえた。
「実家に帰ればいいじゃない?」
「実家は人がいないことの方が多いから……」
コンコン。
ノックの音が聞こえた。
ウインクが返事をして開けてみると、床に手紙の山が積まれてた。
「ウインクへのファンレターか?」
「半分はコウジへの果たし状よ」
「なにそれ? なにすんの?」
「体育祭で優勝しちゃったから、対戦を申し込まれてるんだ」
グイルがかわいそうな目で見てくる。
「たい焼き早食い選手権の?」
「戦いたいってことよ」
「なんで? 何か意味あるの? それ」
「体育祭優勝者に勝った名誉が欲しいんじゃない?」
「負けでいいよ。自ら落とし穴でも掘って埋まっておくか。埋まりながらラジオの放送をしよう」
「じゃあ、夏休み明け一発目はそれだ!」
ラジオの放送が決まったところで、皆部屋から出て、それぞれの方向へと向かった。
俺は一人、誰もいないホールや食堂を覗いて、学院の外に出た。
「ヤバいな。信じられないくらい暇だ」
とりあえず、アリスポートの町を散策して、土産らしき織物とお菓子を買った。
「よし、お礼を言いに行こう」
ひとまず、学院入学の時にお世話になったスナイダーさんにお礼をすることにした。
傭兵の国に行けば会えるだろう。
王都から一歩出ても街道は混雑しているので、脇の森の中を駆けていく。以前も誰かが走っていたらしく獣道が出来ていた。
俺はその獣道を通って、一気に傭兵の国に入ることにした。半日近く走り続けば、ベルサさんの親父さんが作ったという花畑に辿り着き、夕方まで走れば傭兵の国には入ることができた。
町の傭兵ギルドでスナイダーさんの居場所を尋ねてみると、直近では港町方面の仕事を請けていたらしいことがわかった。
「冒険者かい?」
調べてくれた傭兵ギルドの職員が聞いてきた。
「いえ、学生です。夏休みなんですよ」
「ああ、学校が休みの期間になったのか。学校はどこの?」
「アリスフェイのアリスポートにある総合学院です」
「そりゃ随分遠くから来たね」
「いえ、走って1日ですよ。それじゃ、ありがとうございました」
職員は不審な顔をして俺を見ていた気がするが、とりあえず南を目指せばいいことがわかった。
野宿で焚火をしていたら、野盗らしき男たちが近づいてきた。
「何してんだ、お前」
聞いたことがある声だった。
「いや、焚火を……。あれ? ドーゴエさんじゃないですか?」
ゴーレムを引き連れた山賊のドーゴエが夜道を歩いてきたらしい。
「おう。お前はなんて言ったっけ?」
「コウジです」
「何をしにこんなところまできたんだよ。まさか俺を追ってきたわけではないだろうな」
「ああ違います。夏休みになったんで入学前にお世話になった人にお礼をしに行くところです」
「傭兵なのか。その人は」
「ええ、スナイダーさんって白髪の老傭兵ですけど、知ってますか?」
「傭兵の国で知らない奴はいないよ。そうか、夏休みに入ったんだな」
ドーゴエは傭兵の国の出身だったのか。
「ええ、だから、今日から暇で。あ、いや日付が変わった昨日かな。ま、どっちでもいいか」
「空飛ぶ箒で来たのか?」
「いや、走って」
「移動速度も化け物かよ。コムロカンパニーの息子って聞けば納得だが……」
「隠し通せていたつもりだったんですけどね」
俺はアリスポート名物の串焼きとパンを焼きながら答えた。
「バレた方が動きやすいこともあるだろう。お前は何を食おうとしてるんだ?」
「あ、一緒に食べますか。アリスポートの名物らしいです。俺は学院の外からほとんど出てなかったから、こんな名物があるなんて知らなかったですよ」
「俺も知らないよ。はぁ、これでバカみたいに強いんだから、なんだか毒気が抜かれちまうな」
ドーゴエも焚火の傍に腰を下ろし、ゴーレムたちに魔力が多く含まれている水を渡していた。
「美味いな。これ。俺も今度買おう」
ドーゴエも串焼きをパンに挟んで食べていた。
「ドーゴエさんはこんな夜道で何をしてたんですか? 実家に帰省するところでしたかね?」
「いや、実家なんてないさ。仕事だよ、仕事。ここら辺に申請もしないで傭兵団を作っている奴がいるらしくてな。調査仕事さ」
「山賊が出たとか言うんじゃないんですね」
「傭兵の国に住んでる皆、山賊で野盗で海賊だ。そんなことを咎める国じゃない。強盗されたって、弱い上に交渉もできなかった方が悪いって考えだ」
強盗し放題じゃないか。
「もちろん不文律として、殺しはなしだ。傭兵皆同胞。同胞を殺したやつはその場で叩き切られても文句はなし」
「厳しいですね」
「そうか。愛だよ」
気難しい人かと思っていたが、意外に喋るし、自分の中に芯を持っている。
「しかし、偶然会うにしてはちょっと信じられない確率だな」
「ドーゴエさん、もしかして移動の時はずっと街道の脇にある獣道を使ってませんか?」
「使ってるさ。こんなにゴーレムを引き連れて、大通りを歩いていられないだろ。駅馬車だって嫌がる」
「ああ、だからかもしれません。俺も人目に付くと面倒なので、誰かが通った道を全速力で駆け抜けてきましたから」
「通った道が同じなのか。だったら同じ場所に辿り着くなぁ」
ガサガサッ。
森の藪から人影が出てきた。
「なんだ? 声が聞こえたと思ったら珍しい奴らがいるな」
「スナイダーさん!」
偶然にしては出来過ぎている。
「おおっ! なんだ? コウジ、この野郎! アリスポートの総合学院に受かったみたいだな。それで、ゴーレム使いのドーゴエと友達になったのか?」
「え!? 俺なんかのことを知っていただいているんですか?」
ドーゴエが驚いていた。
「当り前だ。世界広しと言えど、それだけのゴーレムを使役している傭兵はお前だけだよ。出身の村のことは残念だったな」
「いえ。全員傭兵ですから……」
出身の村で何か事件があったのだろう。
「コウジと知り合いになったのか? こいつはおかしな奴だろう?」
「はい。俺が出会った中で飛び切り変です」
「ドーゴエさん!」
「しかもめちゃくちゃ強い。親が親なら子も子だ」
「なんだ? もうバレたのか?」
「体育祭で学院中にバレました。ま、親は選べませんから仕方ありません」
俺はがっつり串を頬張った。
「ところで、なんでスナイダーさんはこんなところにいるんですか?」
「どうせコウジが夏休みに入ったらこういうところを通ると思ってな。罠を張っておいたんだ」
「罠?」
「なんだ? 路銀を稼ぐために傭兵ギルドで依頼を請けてこなかったのか?」
「それは俺です」
「なんだぁ。そうかぁ。じゃあ、まぁ、だいたいのことはわかるな?」
「なにが?」
「親が出稼ぎに行ってる少年たちを集めて、少年傭兵団を作ってるんだ。いずれコウジがいる間にアリスポートの総合学院に送り込もうと思ってな」
「そりゃあ、いいや!」
「なにがいいっていうんですか?」
「ちょっとでいい。戦い方を教えてやってくれ」
「そうか。じゃあ、少年傭兵団だから、申請する必要はなかったということですね?」
「まぁ、皆、元気でいいぞ。爺としては狡賢く生きてほしいんだけどな。今は寝てる」
「寝る子は育つ」
「違いない。で、どうだったんだ? 人間の学校は」
スナイダーさんが串焼きを食べる俺を見ながら、肉を奪った。
「面白かったですよ。一言では言い表せませんが……」
「それを聞いてんだよ」
「こいつ、学校にラジオ局作ったんですよ」
「はあ? ラジオ局だぁ?」
「なんです? いけませんか?」
「体育祭も美人のモデルに実況やらせてましたからね!」
「美人のモデルは紹介してもらわないと困るぞ! おい!」
「ルームメイトですよ! とっつきづらそうなんですけど、意外にあけっぴろげでいい奴なんです」
結局、夜中まで俺たちは学院であったことを話してから眠った。
翌朝、スナイダーさんと一緒に、少年たちと魔体術の稽古をして汗を流し、昼飯として近所の森でフィールドボアを狩り、丸焼きにして食べた。
「お前、これからどうすんだ? 夏休みは長いんだろ? どうせならこいつら鍛えてくれないか?」
「いや、それはドーゴエさんに任せます。俺は世話になった人に挨拶に行かないと」
俺はそう言って、少年たちの昼寝時にスナイダーさんとドーゴエに挨拶だけして、立ち去った。
傭兵の国にある南の港まで出て、そこから船に乗る。
のん気に釣りをしながら、干物を作りながら魔族の国へと向かう。
服のお礼をしにボウさんに会いに行くためだ。火の国のラジオがよく聞こえる。
自分で作ってみてわかるが、エピソードトークにも流れがあって、二人以上で会話をする場合は、対立構造があったり、オチを用意していたりと、未だ俺たちのラジオ局にはない技術が多量に使われている。
俺は船に乗っている間中、ずっとそれを書き出していった。
夏休み明けには、面白いものを放送できるように。
「事件か……」
魔族の国にある東の港に到着。養殖を行っているところに人だかりができていた。
「何かあったんですか?」
「大統領が視察に来てるのよ」
魔族の国では魚の養殖に力を入れたいようだ。
俺も遠巻きに、ボウさんの仕事ぶりを見ている。養殖を担当しているサハギン族に話を聞いて、秘書のアラクネさんではなく、自分でメモを取っていた。
「正直なところ、台風や自然災害があれば厳しいんですけど、2年をめどに軌道に乗せられたら……」
「自然災害には保険も適用できるし、政府からも補助金は出すから心配せずにやってみてくれ。頼む。フハ」
海流に乗ってくる魚もいるが、干し魚なんかの加工品を作る工場も多い。安定的な食を提供するには養殖がいいんだろうな。
「おい! そこにいる人族、魔力出し過ぎだぞ! フハ!」
唐突に、ボウさんが振り返って、俺を指さした。
「すみません。悪気はないんです……」
「コウジ!」
ボウさんは笑いながら歩いてきて、俺を抱きしめてくれた。
「どうした? 人間の学校が嫌になって逃げだしてきたか?」
「いえ、夏休みです」
「もう、そんな時期か。どうだ? 向こうはなかなか魔族は受け入れられていないという話も聞くんだけど……」
いつ、どこにいても気になるのは魔族のことばかりのようだ。
「ああ、いや、意外にミノタウロスの方とかも見かけますよ。逆に、そんな風に見られたくないからか、魔族の学生たちは制服を着ている人が多い気がしますね」
「そうか。学生たちに合う制服があるのか?」
「あります。俺も家庭科の授業を取ってるのですが、裁縫の技術も高いですよ」
「いや、すまん。魔族の学校を作るか検討しているところでな。魔族だけの専門学校にしようかいろんな人種を受け入れるか、調べてるところなんだ」
「そうなんですか。ただ、たくさん人を集めると、絶対に何人か変な奴が紛れてますよ。俺も変だ変だと言われていたから、本当かと思ってたんですけど、ちゃんと俺より変な人がいますからね」
「嘘つけぇ!」
「確かに体育祭で俺が優勝したんですけど、体育祭で客寄せから賭けまで全部取り仕切っちゃう人がいるんです。あとダンジョンを持ち運べるようにしてる人とか」
「なんだそれは!? 本当か! ちょっと詳しく話を聞かせてくれ」
港町にある定食屋に政府関係者と俺が押しかけて、アジフライ定食を食べながら、ボウさんに学院で出会った先輩やルームメイトのことを話した。
「……それは、もう魔族が、どうとか関係ないな。フハ」
「そうですね。もうやるかやらないかだけだと思います」
「学校は面白いか?」
「面白いですよ。ラジオ局作って、放送してたら、いつの間にか夏休みになってて、急に放り出された感じです」
「なんだ? コウジ、暇なのか? だったら、ウタの発掘作業を手伝ってやってくれよ」
「また、何か見つけたんですか?」
ウタさんはよく居住区跡やダンジョン跡などの遺跡を見つける。若いうちに幾つも見つけているのは凄いことだが、本人は大したことじゃないと思ってる。むしろ、古代の人の生活が面白すぎてやめられないと言っていた。
「コウジの実家の近くだ。帰るなら、ちょっとだけでも寄ってやってくれないか?」
「わかりました」
「いやぁ、ためになった。ありがとよ。フハッ!」
ボウさんに、グリフォンタクシーを呼んでもらい、そのままアペニールまで送ってもらった。
アペニールでは本場のたい焼きと、おでんを調達して、そのまま通り過ぎた。昔は鎖国をして漂流でもしないと国に入れなかったらしいが、今では国境線の検査だけは厳しいものの観光客だらけになっている。
国境線で希望者は銭湯に入れるのが素晴らしいシステムだと思う。
湯を浴びてからアペニールを出国。
平原の国・グレートプレーンズ側のジャングルを横目に、実家へと向かった。
茜色に染まる夕日を眺めながら走っていたら、日は沈んでいた。
暗い中走り続け、ようやく実家に辿り着くと中に明かりが灯っている。また、トキオリ爺ちゃんとシャルロッテ婆ちゃんが掃除しに来てくれたのか。
ドアを開けて、中に声をかけながら靴の泥を落とした。
「ただいま。悪いね。いつも掃除しに来てもらって。……なんで親父いんの?」
親父が台所で米を焚いていた。
「ここ俺んちだぞ」
コムロ・カンパニーという清掃駆除業者の社長で、この人のせいで俺は変人扱いを受け続けている。
「いや、そうだけど……」
「おかえり。手洗ってうがいしておけよ」
「うん」
土産をテーブルに置き、洗濯物を持って裏の井戸へと行くと、母さんが洗濯をしていた。
「え? なんでいるの?」
「あ、おかえり。ここ私の家よ」
「いや、そうなんだけど……」
「洗濯物があるなら出しておいてね。井戸に石鹸とコップあるから、手を洗ってうがいして」
「うん。アペニールで風呂には入ってきたんだけど」
「でも、走ってきたんでしょ」
「そうですね」
洗濯物を母さんに預けて、手洗いとうがいを済ませる。たったこれだけのことだけど、細菌の感染や病気を予防してくれるというのだから、しない手はない。
母屋に戻ると、親父がおでんを皿に移していた。
「土産を買ってきたのか?」
「おでんとたい焼きはアペニール産の、干物は魔族の国で作ったやつ。その織物はアリスポートのだよ」
「生活費は足りてたのか?」
「うん。なんか特待生っていうのになれたから学費は無料だった。しかも食堂で飯が出てくるんだ。都市ってすごい分業制なんだね。ビックリしすぎて鼻毛が伸びたよ」
「そうか。コウジ、お前なんか賞を取ったろ?」
「なんで知ってんの?」
「アイルの知り合いが何人か在籍してるからなぁ。あとメルモのところの知り合いもいるだろ?」
「ああ、うん。ルームメイトだ」
「なに、なんか賞を取ったの?」
母さんも洗濯物を干してダイニングまでやってきた。うちは無駄に魔道具だらけなので、洗濯物を樽の中にいれて自動で洗ってくれる。
「体育祭で優勝したよ。でも、鍛冶師の皆やラジオ局の皆のお陰だけどね」
「おめでとう。鍛冶? ラジオ? なんだか、変わった人たちと付き合ってるんじゃないでしょうね? あ、このたい焼き美味しい。アペニールの? 今度、うちの店でもたい焼き器を買おう」
母さんはマイペースだ。
「ラジオ局を作ったって? 火の国の商人たちが噂してるぞ」
「え!? 本当? 学内のラジオ局だよ。本場の人たちに聞かれてたと思ったら恥ずかしいな」
「元気があってよろしいって言ってた。悪い噂じゃないから気にするな」
「なら、いいけど」
「人間の学校、面白いか?」
「面白いね。変な人ばっかりだよ」
「そうか。そりゃあ、いい!」
その後、俺はルームメイトや特待十生について話した。飯を食べながら、両親はずっと俺の話に耳を傾けてくれていた。
「あれ? 俺ばっかり喋ってるけどいいの?」
「そのために私たちは帰ってきたのよ」
「俺も母さんも、お前の夏休みに合わせて仕事を終わらせてきたんだ」
「なにそれ、変な愛情!」
「我が家らしいだろ」
「いやぁ、竜の学校を卒業してどうするのかと思ってたけど、案外まともでよかったわ」
「まだ社会には出てないから何とも言えないよ」
「いや、学生のうちにできる社会での立ち位置だってあるさ。だから皆、いろんな商売や職業を試してみてるんだろう? これから何者にでもなれるというのが学生の特権さ」
「そうだね」
「夏休み中はどうするんだ?」
「ウタさんが、また発掘やってるっていうから手伝うかな」
「世界樹の皆も、ちょっと寂しがってたから会いに行ってやってくれ」
「わかった」
「あとうちの会社の案件がいくつか溜まってるんだが、手伝ったらバイト代は出すぞ」
「それを言うなら、私の店の節税対策で働いてみない? あとラジオでうちの店は紹介してね」
「遠いよ!」
アリスフェイ王国から、母さんの店までは海を渡らなければならない。紹介して、誰が行くというのか。
「親父は?」
「いろんな仕事の尻拭いをした上に、清掃業と駆除業広めて、魔族たちの人権守って、はぁ……。何をやってんだろうな」
「仕事でしょ!」
「はい」
世界的な変人は母さんにだけは完全に服従している。迷惑ばかりかけているから頭が上がらないらしい。
「いつまで夏休みなの?」
「2ヶ月くらい。夏の終わりにはアリスフェイに戻るよ。母さんは?」
「私は竜の駅を使っても2週間かな」
「親父は?」
「俺はいつまででも休みたいよ」
「願望じゃなくて」
「願望ぐらい言わせてくれ! 家族団らん嬉しいなぁ!」
変人が泣いている。
それでも親父は、アイルさんやベルサさんに謝りながら10日程、家族のために時間を割いていた。家族旅行と称して、世界樹へ行って竜たちをからかい、バーベキューをしてドワーフの風呂を頂く。
「コウジが成長しすぎてて、親父としてはなんか寂しいぞ」
「頼られる父ちゃんでいたいってさ」
ツナギを着て仕事に向かう親父の背中は少し大きく見えた。外で戦うときは、責任を背負うからだろうな。
「いざという時は頼みます」
「よーし! いってきまーす!」
「「いってらっしゃい」」
3日後には、母さんも竜の乗合馬車の駅まで見送る。
「悪いことだけしないように。自分に嘘ついてまで、いる場所かどうかよく見極めなさい」
「わかった」
自分に嘘つくと病気になるか捕まるかのどちらかなのだという。母さんが昔やっていた職業では、よくそういうことがよくあったらしい。
「簡単そうなことほど意外に奥が深いものだから、上手い話ほどよく現実を確かめてから臨むこと」
「了解です」
あまり会えないからか、本質を突くようなことを諭される。
「じゃ、たまにうちの店の手伝いに来て、社会勉強もするのよ」
「はい。竜が飛べないから行って」
母さんは俺をぎゅっと抱きしめてから、竜の乗合馬車に乗っていた。
「じゃあ、また長い休みの時に~!」
「はーい!」
手を振って別れた。
「いつでも空飛ぶ箒で会いに行けるんじゃないの? イヒ」
ウタさんが発掘現場から直で迎えに来てくれていた。探検帽をかぶり、茶色い作業服を着ている。考古学者は汗臭い方がセクシーという不思議な教えがウタさんの家系にはある。
「ああ、最近空飛ぶ箒を使ってないなぁ。通信袋もほとんど使ってなかった」
「よほど学校が面白いんでしょ?」
「ウタさんも通ってたんじゃないの?」
「ああ、私は2年くらいで卒業しちゃったからなぁ」
「早い。そんなに優秀だったんですね」
「いや、学校の敷地を発掘してたら、いろいろ暗部まで掘り出しちゃって。ほら、私って歴史には明るい方じゃない? だから、モニュメントも含めて齟齬があると、すぐに気付くのよ。経営部門や偉い教師陣の表には出せない過去を見つけちゃったのね。イヒ」
悪い笑顔で言うから怖い。
「どんな?」
「ん~、今も偉いかもしれないから言えない。ただ、見た目や肩書よりも、その人物の経歴にある空白の期間に本性現れるから、もし怪しいと思った先生の経歴を調べると、面白い本性が見れるかもよ」
「経歴の空白期間か……。つまり、何もしていないことになっている期間ってことか」
「さぁ、ということで、スカイポートの空白時期の遺物が出たかもしれないから、手伝ってね」
「はい」
ウタさんが操縦する空飛ぶ箒の後ろに乗せてもらった。
「そう言えばコウジ、ラジオ局作ったって?」
「そうなんですよ。何で知ってるんですか?」
「商人たちに聞いた。地峡を渡ったこっちでも聞かせてくれないかって言ってたよ。音質が悪いらしい」
「まだ聞かせられるような番組ができてないから。そのうちね」
「そう。あの学校に通ってる子供がいる親からすれば、楽しみなんだって」
「ああ、そうか。でも、学生からしたら、親には聞かれたくない話もあるでしょう」
「どんな?」
「主に下ネタ」
「そんな放送してるのか。イヒヒヒ!」
スカイポートの遺跡には、ウタさんの母と祖母、曾祖父母も来ていた。この考古学一家はめちゃくちゃ仲がよく、皆元気だ。
曾祖母はグレートプレーンズの元女王をしていて、ウタさんの母は水の勇者という由緒ある家系だ。ちなみにウタさんの父がボウさんだ。
「知的好奇心があるうちは元気みたい。ほら、女の人のお尻追いかけているおじいちゃんとか元気でしょ。人間って何かを追い求めていると長生きできるのよ」
「苦労はするけどね」
ウタさん家系の苦労は、親父から少し聞いている。俺が生まれる前は、精霊たちが悪さした時代があったのだとか。
「こうしていられるのもコムロカンパニーのお陰だ」
ウタさんの曾祖母が軽い足取りで、発掘現場から石を運んでいた。
「親父の会社が……。この前、母さんに尻を叩かれてましたけどね」
「それは、いい奥さんを貰ったってことよ。仕事を理解してるし、信頼もされてる証拠」
「そうなんでしょうか」
「そうね。ナオキさんが結婚したときは、世界中が驚いたのよ」
「結婚したときにはもう世界で知られる変人だったんですか?」
「うん……、そうね」
だいぶ、間があった。
「ナオキくんの結婚にはいろいろと逸話があってね」
祖母のレミさんが語り始めた。
「コムロカンパニーでも古株のアイルちゃんやベルサちゃんにも、結婚させていいのか? みたいなことを聞く人たちがいたのよ」
「ベルサさんは凄いわよ。『恋愛や結婚は本人同士の気持ちが一番大事だ。世間や周りがとやかく言う筋合いがない。どういう発想をすれば、女の幸せが結婚にしかないと思っているのか知らなけど、私もアイルも社長には自由にさせてもらっているし、すべての活動に対して背中も押されている。恋愛したいときに恋愛するし結婚したければ結婚をする。全世界に告ぐ。行き遅れだの出戻りだのと、女性に対し圧力をかける者がいたら、私たちが相手になってやる。人はそれぞれ違うし、別の幸せを追い求めてもいいと教えてくれた社長には感謝している。女性たちよ。気にするな! 待ってる場合ではない! 自分の幸せはその手で掴み取れ!』って大演説をしたことがあるわ。その後、黒竜さんと付き合ったりして、魔族に対する理解も広めていた」
「確かに、すごい」
「二人とも貴族出身で、親にフィアンセを決められた経験があるからかもしれないけれど、コムロカンパニーの独立独歩の精神は確たるものがあると思ったわね」
「アイルさんも、女性から離婚を切り出せない国に駆け込み寺を作ってたはず。清掃駆除会社の一社員がよ。そう言うところは本当に社長譲りよね」
親父はいろんな人に影響を与えていたようだ。
「そんな中、コウジくんは生まれて、まっすぐ育ってるんだから大したもんよ」
レミさんに言われると、本当に大したことをしているのかもしれないと思えてくる。
その後、700年前に起こった地震で倒壊したスカイポートの港町の発掘作業に携わり、さらには世界樹の魔物の大発生に対応しながら、夏休みを過ごした。