40話
スノウフォックスの解体は全てアイルに任せた。
俺のツナギを使ってやがるので、文句は言わせない。
アイルは何をどう使えばそうなるのかわからないが、毎日のようにツナギをボロボロにしてくる。
耐斬撃、耐衝撃、耐魔法のみならず、毒耐性などのワッペンをつけているにもかかわらず、それだ。
「少しは攻撃を避けたらどうだ?」
「それはあいつらに悪いよ。大丈夫だ、日増しに自分が強くなっている実感があるから」
何が大丈夫なのかわからないが、アイルは王道のプロレスのように魔物の攻撃を受けきっているようだ。
ダンジョンの砂漠に入り浸るようになってからというもの、身体のムチムチ感が半端じゃない。
飯も人一倍食べるのだが、マルケスさんはこんなにあっても食べきれないからと、ドンドン肉を焼いてくれている。
そして、腹一杯になると寝るのである。
お前はなんだ? これから山猿にでも挑戦するグラップラーか何かか? と、いう俺の視線も気にせず、アイルは盛大な鼾をかく。
そんな鼾をかいている人物がもう一人。
ベルサである。
貪るようにマルケスさんの本を読んでいたかと思ったら、急にマスマスカルを解剖し始めたり、マルケスさんと語り合ってみたりと、忙しない。かと思えば、急に目をつぶって黙りこくったりする。
寝ているのかと思ってみていると、突如、閃いたというように目を見開き、羊皮紙にペンを走らせたりしている。正直、怖い。
とにかく、ずーっと考え続けているのだとか。「夢のなかでも考えているから」と、どちらが夢か、現実かわからないらしく、「あの実験は成功したんだっけ?」などとやったこともない実験について聞かれたりする。
今は魔石の色と属性について、研究しているらしい。
魔物が進化すると、魔石の色や属性が変わるというのだ。
マスマスカルの脳みそを弄り始めたら、止めようかと思っている。
ただ、マルケスさんは「すぐ増えるから~」と、いくらマスマスカルを研究に使ってもいいらしい。もう、知らない。
俺はというと、「冷蔵庫」こと氷河地帯で、キツネ狩りの日々である。
日に2、30匹捕まえて、止めを刺していく。
時々、痩せたホワイトグレズリーに遭遇するが、一度殴るとおとなしくなって去っていった。
冬眠中のホワイトグレズリーの親子を起こしてしまった時は焦った。
探知スキルで魔物が集まっているところを掘り返していたので、ブリザードで埋まったかまくらと、冬眠中のホワイトグレズリーの寝床を間違えたのだ。
とりあえず、有り余っているスノウフォックスの肉を差し出すと、喜んで食べていたので、良かった。
それからというもの、出会ったホワイトグレズリーには、スノウフォックスの肉を与えることにした。餌付けに成功し、なついてくるものまで現れた。
そんなことをしている間に、どうしてスノウフォックスが増えたのか、わかった。
スノウフォックスを捕食するホワイトグレズリーは、狩りが下手なのだ。
相手に忍び寄るということもしないし、走ってスノウフォックスを追いかけても、すぐに疲れて諦めてしまう。
諦めそうになった時に、尻を蹴りあげてやると、ようやく捕まえることが出来た。
一匹成功すれば、他のホワイトグレズリーも真似始め、疲れても諦めずに粘るようになった。
これで、少しは「冷蔵庫」の環境も改善されるかもしれない。
そんなこんなで20日後。
俺はスノウフォックスを600匹捕まえ、アイルは砂漠の魔物(バカでかいサソリや信じられない大きさのミミズ、双頭のキングコブラなど)と喧嘩仲間になり、ベルサは2つの論文(『進化による魔石の変化』『魔物に精神魔法を与える際の、最も効果的な脳の部位』)を書き上げた。ベルサは結局、脳を弄っていた。
「いやぁ、助かったよ~」
「いえいえ、こちらこそ、こんなに長くお世話になるとは思いませんで、ご迷惑をお掛けしました」
「いやいや、久しぶりに人と過ごせて、こちらも楽しかったよ。あ、スノウフォックスの報酬なんだけど」
「いえいえ、いいですいいです!泊めてもらってるんですし、そのくらいのことはさせてください」
「いやいや、仕事じゃないか」
「いえいえ…そうですかぁ~じゃあ」
「『いえいえ』が負けたな」
「うん」
俺とマルケスさんの会話にアイルがボソリと言って、ベルサが頷いた。
マルケスさんが、大量の金貨や銀貨が入った袋を渡してきた。
「いや、ちょっと貰いすぎです」
「ここにいても、お金使わないから。使える人が持っていたほうがいい」
「それにしても多すぎます」
「あ、そうだ。ナオキ、研究費使わなかったから返すね」
そう言って、ベルサから、渡していた金貨が入った財布袋を返された。
「一気に大金持ちだな」
「俺はお金で身を滅ぼすタイプなんだけどな……」
「え? どういう……?」
「実は俺……
この世界に来る前に、年末に何気なく買った宝くじが当たったことがある。
初めは良かったものの、わけのわからない親戚や記憶にない友人などが一気に増えた。
親兄弟や仲の良い友人たちにはいくらか渡したが、寄ってくるどうでもいい連中が、あまりにも嫌だったため、FXに全額突っ込んだ。その後、どうなったか知らない。この世界に来る時には国は潰れてなかったので、いくらか残っていたのだろうが、今となっては本当にどうでもいい。
それからだ。
お金は生活に必要なだけあれば、いいと思うようになったのは。
時々、大金を持ったりすると、変な人が寄ってくるという恐怖心で、高級なお姉さんがいるお店で使ったり、密林で無駄なものを衝動買いしたりしてしまう。
っていう過去が俺にもあったらいいのに……」
「え? ウソなの?」
「え? 宝くじってのは?」
「え? 宝くじってそもそもなに?」
「「「え? 全部ウソなの?」」」
「ウソウソ。本当はアワッアワ~なところで、ヌルヌル相撲してたら、お金が無くなっちゃうっていう病気に罹ってたから、できるだけお金のあるうちに、有益なことに使いきってしまおうって思ってるんだ」
「何それ?」
「「「変!!」」」
「変イエーイ!」
「じゃ」
「「「お世話になりました!!」」」
「また、来てね~!」
ダンジョンから出て行く俺達に、マルケスさんはずーっと手を振ってくれていた。
「ああっ! そうだ! 船壊れてるんだよね」
「あ、そうだった。直さなくちゃな」
「この辺の木を切り倒して、ナオキがぱっぱとやれば、すぐ終わるんじゃない?」
「それ、俺に比重かかりすぎてない?」
ジャングルを抜け、壊れた船のある砂浜へと向かった。
そして、砂浜に辿り着いた時、
「「「船ってあんなだったっけ?」」」
3人が疑問を口にした。
船から巨大な竜の身体が生えていた。
いやむしろ、竜が船に頭を突っ込んでいるという方が正しいだろうか。
日に当たり、青く輝くウロコが眩しい。
とりあえず、竜言語を修得している俺が近づいて声をかけることに。
「あの! ……何してんすかね!?」
竜が、自分の頭にある船を前足のヒレで取ろうとしたので、俺も手伝った。
スポンッと抜けた顔は、つるりとしていてキレイだった。
目は大きく、頬にあるヒレは薄く透けている。
「ギャーーース!」
竜が一声鳴いた。
「あー死ぬかと思った! 助かったわ、ありがと! ……んん? あなたね! 竜の魔石を持ってるのは!? うん、その匂い、間違いないわ!」
水竜ちゃんとの出会いはこんな感じだった。