『遥か彼方の声を聞きながら……』5話目:実況!パワフル体育祭!
実況生放送の準備をしていたら、瞬く間に時は過ぎていった。各フロアへのラジオ受信機取り付け工事から、鍛冶屋連合の対処法のヒント、ラジオの台本まで、会議を重ねながら調整していく。
グループに所属していない学生たちのために、ゲンローは「耳栓の用意はしておいてくれ」と言っていた。正直なところ、鍛冶屋連合は1位になることよりも、すでにこれだけ盛り上がっていることが嬉しいという。
「体育祭ってこんなに面白かったんだなぁ。例年は適当にサポートするだけだったのに……」
「ここんところ、全然、武器を打ってないもんね」
「こんなに罠を作るのが面白いとはな」
「言われれば、確かにそうなんだけど……。何体魔物を倒せば、そういう発想になるんだよ」
鍛冶師たちとは、仲良くなってしまった。
「俺がいたところで、倒している魔物の数を数えている人はいませんよ」
「だろうな! あれ? そういえば、コウジ。自分の準備はしなくていいのか?」
「え? 俺?」
「一番狙われてるんだぞ」
「なんでですか!?」
思わず大きな声が出た。
「そりゃあ、そうだろう。俺たち鍛冶屋連合を煽って、普段は表に出てこない特待十生まで引っ張り出して、体育祭を盛り上げた張本人だぞ」
「特待十生を引っ張り出したのは、ゲンズブールさんですよ」
「誰もそんな風には思ってない。ラジオの取り付け工事を必死になってやってるのを皆見てる。一番働いていたのはコウジだ」
「だから、ゲンズブールさんの方が働いてますって。観客席から宣伝、商品開発の指示まで全部あの人がやってるんですよ」
「あの化け物は、今回裏方に徹してるからな。陰の実力者でいたいのさ」
「そんな……、じゃ、俺は二徹のまま逃げ回れってことですか?」
「寝てないのか?」
「寝る暇がなかったんです」
気分的には、すでに体育祭2回目を終えたところ。これから本番が始まるというのが信じられないくらいだ。
「じゃあ、俺のコインを誰かにあげますよ。あ、ほら、ちょうどたい焼き屋さんが来た」
レビィがラジオ局にやってきた。
「ちょっとたい焼きの宣伝をさせておくれよ」
「レビィさん、始まったらすぐに買いに行きますから」
「ああ、あんたのコインは受け取れないよ」
「コインで、たい焼きを買いますよ」
「だから、これだけ鍛冶師たちがストを起こしている中、たい焼き器の手配をしてくれたのは、コウジだよ。たとえ、お残しをしたって、あんたからは受け取れない。屋台をやる者としての矜持だよ」
矜持と言われちゃ、俺もコインを渡せなくなってしまった。
「どうしよう。とりあえず、俺のコインは埋めておくか」
「ラジオ局の皆のコインは私が持っておこうか?」
ウインクは司会なので、ずっと小さな局の中にいる。
「ああ、そうだな」
扉が開き、大きなスクロールを持ってゲンズブールさんが現れた。
「実況席はここか? ああ、庭は見えるか。よし、壁を借りるぞ」
そう言って、ゲンズブールさんはスクロールを伸ばして壁に貼りだした。
「なんですか? これは」
「オッズだ」
見れば、競馬の出走表のように、特待十生の名前と、各グループ、大穴として俺の名前が書かれていた。さらに、学年、能力などが割り振られていて、倍率まで記載がある。
「賭けるんですか!?」
「当たり前だろ! こんな面白イベントで賭けない奴はいないよ! しかし客が貴族ってのはいいねぇ。運営をやってるだけで儲かる」
すでに賭け金まで受け取っているらしい。
「大丈夫だ。そんな不安な顔をしなくてもいいぞ。飛べる部隊を雇ってあるから、戦いの様子はすぐに入ってくる」
ゲンズブールさんが窓を開けて、窓の桟に鳥かごを設置。一斉に大小さまざまな鳥が集まってきた。
「鳥使いたちを雇った。鳥の足に手紙が着いているから、それを読み上げてくれるだけでいい」
あっさり実況のシステムまで作ってしまった。体育祭中はラジオ局のメンバーが交代で、鳥から手紙を取る仕事をすることになった。
カラァーン!
鐘が鳴り響いた。
「さ、ホールにコインを取りに行ってくれ。自分の名前か、マークを書いておけよ」
俺たちはホールに行って、体育祭委員会の人たちからコインを受け取った。それに黒い樹脂でマークを書いていく。俺は家紋にした。名前じゃなく家紋にした理由は後になってもわからない。うちの家紋が書きやすいからかもしれない。
その後、ラジオ局に戻り、鳥番をジャンケンで決めた。俺が最後。実況にコインを預けて、逃げないといけない。
「始まれば寝れると思ったんだけどな」
「想定外こそ人生だよ。コウジくん」
ゲンズブールさんは、走ってくる運営委員からの書類を見て、オッズを書き換えていた。一瞬で倍率を計算しているのか。化け物とはこういう人のことだろう。
「さぁ! それでは間もなく定刻です! 皆様準備はよろしいでしょうか!」
花冠をつけたウインクからは最強感が漂っている。
「それではスタートです!」
ウインクが時計を見ながら、声を張り上げた。
学生たちが一斉に走り出す。鍛冶屋連合の面々は森の中に駆けこんで、罠を仕掛け始めた。
「よし、そろそろ俺も……」
走り出そうかと思ったら、光る身体が吹っ飛んできた。ラックスという魔体術の人だったはず。
「いきなりですか?」
「光はもっと速い!」
掌底に合わせて、胸骨に肘を当てる。ラックスが屋根まで吹っ飛んだのを確認して、森へ逃げ出した。
「俺、コイン持ってないですから!」
「それは知らん。いいから戦え!」
森の木々の影からミノタウロスが現れ、水平チョップが飛んでくる。ゴズさんだったか。
勢いに乗って、手首を掴んで小手返し。ふわりと浮かんだゴズを自ら発生させている影に沈めて、逃げ出した。
森の中ではうかうかしていられない。耳栓に使う草を採取して、耳に突っ込んだ。
ダンジョンに行けば、少しは寝られるかもしれない。
全速力で走っているはずなのに、時がものすごくゆっくりに見える。
「ダンジョンに行こうというのかい?」
ダイトキだ。時魔法で俺の時間の進み方をスローにしているらしい。トキオリ爺ちゃんにさんざんやられた技だ。
「ちょっと睡眠不足で、急がせてもらえませんかね?」
ダイトキの脇腹に向け膝をセットしておく。
「マジでござるか?」
トンッ。
膝が当たったと同時に通常のスピードに戻り、ダイトキが樹上の彼方に吹っ飛んでいった。
ようやく道の先にあるダンジョンに辿り着くと、シェムが待っていた。
「ダイトキを越えて来たか」
「シェムさん、体調が万全じゃないんですけど、少し寝かせてもらえませんか?」
「コウジは、学院外でもそんなことを言うのかな?」
シェムの持っている棒がくるくると回り、俺に向けられピタリと止まる。
殺気が見えない。初動がわからぬまま、突きが俺の頬をかすめていった。躱すだけで精一杯。さすがはアイルさんの弟子だ。
「これを躱せるのか?」
「ええ、竜と一緒に寝ていると、無意識に振られる尻尾を躱さないといけませんからね」
「竜と共に生きてきたのか?」
「そんなところです」
シェムからの突きの連打がお見舞いされるが、敵意を向けられた攻撃なら、手で払える。
「寝たら、もっと強いのか?」
「そうですね。今は逃げの一択しかないですから」
「だったらダンジョンの最奥で寝ていろ!」
俺は棒を掴まされ、そのままダンジョンへと放り投げられた。
シェムに言われたようにダンジョンの奥へは行かず、手前の草原で身を潜めた。よくあるだまし討ちには掛からないようにする。世界樹でも、潜伏して眠ることはよくあったので、すっと眠ってしまった。
次に起きて、ダンジョンから出ると、日が傾きかけていた。
思いっきりよく寝たが、腹の具合から行って、おやつの時間くらいか。
「ふぁ~あ、よく寝た……、あっ!?」
目の前にボロボロになったシェムがこちらを振り返っている。額からは血を流し、おそらく左腕の前腕骨が折れてしまっているようだ。
「コウジ……」
ゆらっと倒れそうになるシェムを思わず抱きかかえた。
「あとは、頼んだぞ」
「おいおい、特待十生一位じゃないのか」
とりあえず止血しておく。
「特待十生の一位がこれか!? 俺のいない間にこの学院も落ちたものだ」
背の高いオレンジ色のコートを身にまとった男が、炎を吐く双頭の犬・オルトロスの顎を撫でていた。そう言えば、シェムの身体には噛み傷がある。
「犬二つに、人間一つ。三つも頭があるなんてズルいぞ!」
シェムはあまり対魔物に慣れていないのか。ビジョンは大きくても戦闘能力はそれほどでもないのか。
「三つじゃないぞ」
いつか見た、山賊の男たちが現れた。皆同じような顔をしているが、まるで表情がない。一人を除いてゴーレムのようだ。
「いつぞやの山賊じゃないですか? ひーふー……6体のゴーレムを引き連れてるから、7つの頭。総勢10の頭が揃って、シェムさん一人をやっつけたんですか?」
「いや、俺たちはほとんど手を出していないさ。このオルトロスのポチがやった」
「ポチて……」
「おめぇか。新入生なのに、鍛冶屋の馬鹿どもを騙して体育祭をぶっ壊したっていうアホは」
山賊が俺を向いていた。意外に悪そうな顔もできるらしい。
「まぁ、あながち間違っていないんで何とも言えないんですけど……。お二人が、最後の特待十生ですか?」
「最後かどうかは知らねぇが、そうらしいな」
「どうもお初にお目にかかります。コウジです」
「そうか。俺はドーゴエで、こっちは……」
「アグリッパ・アグニスタだ」
オルトロスの飼い主の方が答えた。
「アイルさんの親戚の方ですか?」
「そうだけど、その名前を出すな。超えられなくなっちまうからさ」
「繊細……」
「うるせぇ。どうするんだ? 誰とやる!?」
一対一の対決を望んでいるようだ。山賊ゴーレムにオルトロス。2人とも魔物使いだ。流行りなのかな。
さて、ばっちり寝たので、身体も動く。
「たい焼き食べたいんで、まとめて相手しますよ。別に複数相手も気にしませんから」
俺がそう言うや否や、山賊顔のゴーレムたちが一斉に口を開けて、熱線攻撃を放ってきた。最大火力の攻撃なんじゃないか。魔力は大丈夫なのか。
俺はシェムから預かった棒の先に魔力の刃をつけて、ゴーレムの腹の中を覗いてみた。
「すげー、魔石がポンプ式になってる!」
「見るんじゃねぇ!」
凍てつくように冷たい鉈が振り下ろされる。魔道具の鉈のようだ。刃の腹をそっと押して逸らせた。
山賊ゴーレムたちが持っている鉈にも雷や炎などの魔法が付与されているらしい。
「ポチ!」
オルトロスがアグリッパの掛け声で炎の玉を吐いてくるので、棒の先から魔力の手を出して受け止め、回して返す。後ろを向いて躱すオルトロスの片頭を見逃さずに、頭蓋骨を叩いて頭を揺らす。
片方が昏倒して、身体が立っていられなくなっていた。鍛え方が甘い。おそらく子供の頃に飼い始めたのだろう。野性でこんなオルトロスがいたら、一発で他の魔物に食われる。
スパンッ!
シェムから預かった棒の先が、アグリッパに切られた。
「あー! 借りものなんですよ!」
「炎の玉のように受ければよかったじゃないか」
アグリッパの剣から風の刃が無数に飛んでくる。前腕に魔力を纏ってスライムのように性質変化させた。風の刃を受けて、相殺していく。
明確に棒を狙ってきていたので、これはもうやるしかない。
「よーし、そっちがその気なら、こっちもやるぞー!」
身体中の魔力を解放。棒に込めて、性質変化させる。粘着性が高く可燃性も付与。オルトロスにへばりつけて、そのままぶん回していく。
山賊ゴーレムが口を開ける前に、ビタンビタンとオルトロスを叩きつけて燃やしていった。
「やめろー!」
山賊ゴーレムを助けにきたドーゴエは隙だらけだったので、掌底で一撃。顎を外して昏倒させた。
「ポチー!」
怒り狂ったアグリッパは、敵意剥き出しなので、攻撃も単調だ。初動さえ止めれば、魔力の紐でぐるぐる巻きにして木の枝に吊るしてしまえばいい。
魔物使いの2人から、コインを奪った。
バサバサバサバサ……。
周囲の森から一斉に鳥が飛び立った。
「わぁ、びっくりした」
ひとまずシェムを医務室へ運び、建物の方へ向かった。
森を出たところで、学生や教師がこちらを見ていた。観客席のお客さんからは拍手が送られた。
「誰に? なに?」
『ということで、第16回体育祭の優勝はコウジ・コムロに決定いたしました!』
「え? 俺が優勝? なんで? たい焼きは? あ、ほら、毒のエルフは?」
「マフシュは我々鍛冶屋連合が倒した」
ゲンローが近づきながら、答えた。
「はい、たい焼き」
レビィが、一つだけたい焼きを取っておいてくれたようだ。
「まさか、コムロカンパニー社長のご子息が、この学院に紛れ込んでいるとはな」
ゲンズブールさんが俺を見ていた。
「え? なんで、バレた?」
「あ、ほら、な?」
ゲンズブールさんが振り返って、皆を見回した。カマをかけられたようだ。
「あ、騙しましたね!」
「騙してはいない。こういうのは予測というんだ。自分の正体を隠しているのに、コインに会社のマークを書いちゃダメだろ」
「あー、眠たかったから適当に書いちまったぁ~」
気持ちは沈んでいるのに、たい焼きが美味すぎて、何とも言えない表情をしているだろう。
「コウジ! あんた、ナオキ・コムロの息子なの!?」
血相を変えて走ってきたミストが、俺に聞いてきた。
「そうだけど……」
パンッ!
頬を張られた。
なんでだ? 親父のせいでビンタされたぞ。
「どうして言ってくれなかったの!?」
「俺の親父が何したっていうんだ!?」
「あの人がいなかったら、今の死者の国はないわ。私だって生まれてなかった!」
「……うん」
「お礼を言わせなさいよぉ!」
「はぁ」
「その節はありがとうございますって伝えて!」
「なんで、ぶったんだよ!」
「ごめん、ちょっと勢いついちゃって」
「ウインク、グイル、助けてくれ! 意味わかんねぇ女がルームメイトだ!」
大声で叫ぶと、ラジオ局まで伝わったのか二人の声が聞こえてきた。
『『知ってる!!』』
「ん、いたっ」
脇に抱えていたシェムが起きた。
「あ、ごめんごめん。今、医務室に連れて行きますから」
「ああ、いいよ。たぶん自分で立てる……」
シェムは俺の脇から下りて、自分の足で立った。
体軸がしっかりしていて骨で立っているのに……。
「それで、どうしてオルトロスに負けたの?」
「ああ、私、犬好きだから、殴れないのよ。というか、魔物は全般好きだから、対人戦以外は苦手で……」
特待十生の意外な弱点がわかった。
「さて、それじゃあ、体育祭はこれにて終了! 食堂で優勝者と優秀者を称えよう! ご来賓の皆様方には、かけ金に応じた額をお支払いいたしますので、今しばらくお待ちください」
ゲンズブールさんの一声で一気に学生たちが動き出した。
見た目はアレなのに、仕切りはプロ。こういう人を正しく動かせる人が、大金を稼ぐのだろうと思った。
食堂に学生全員が入るわけもないので、俺たちは廊下で待っていようかと思ったら、すぐに食堂の中央に呼ばれた。
「ほとんどケガ人で、医務室から出られない者たちばかりだ」
教師の一人が教えてくれた。
「此度の優勝者は、華麗なるスタートダッシュから、特待生たちをなぎ倒し、乱戦には参加せず、そのまま潜伏していたようだが、どこで何をしていたのかな?」
校長と思われる髭の長い爺様に聞かれた。
「ダンジョンで寝てました」
ドッと湧いた。体育祭中に寝る奴なんか過去の歴史上いなかったとのこと。
「ラジオの設置で忙しくて、昨日おとといの二日間、寝ていなかったんです。そのせいで、実家がバレましたけど……」
「いや、そもそも特待十生をバッタバッタと倒している時点で、皆、予測は付けていた。バレるのは時間の問題だったよ」
「そうですか。仕方ないです。親は変えられませんから」
「では、コウジ・コムロとして生活していくつもりなのだな?」
「はい。もう隠していても仕方ありません」
「これより、優勝旗の授与に移る」
校長がそう言うと、音楽が鳴り、シェムが優勝旗を持ってきた。昨年の優勝者ということらしい。
「新入生でありながら、よくぞ頑張った。おめでとう」
俺は優勝旗を受け取った。
「実は、自分は優勝させてもらいましたが、寝ていたためラジオ局の鳥の番をすっぽかしております。それから、鍛冶屋連合の皆さんがいなければ、もっと学生たちが残っていたはずです。これは、ひとえに俺だけの力というよりも、ラジオ局、並びに鍛冶屋連合の力があってこそだと思い、これからも精進してまいります。皆さま、ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします」
そう挨拶をすると拍手を送られた。
「お前、意外にちゃんと喋れるんだな」
グイルは驚いていた。
その後、優秀者であるゲンローが表彰されるのを見て、俺たちは夕飯へとなだれ込んだ。
夕飯は屋台で振る舞われていて、学生の母親や父親が作ってくれる。レクリエーションのようなものだった。
「なぁ、親父さんは来ないのか?」
グイルはうちの親父に会いたいらしい。
「仕事だと思う。まぁ、いつか呼べたらいいかな」
「ねぇ、コムロ家ってどんな一家なの? メルモさんからは育児放棄だって聞いてたんだけど」
ウインクはメルモさんのブランドのモデルだったので、少しは事情を知ってくれているようだ。
「育児放棄ってほどでもないと思うけど、9歳から竜の学校に行ってたね」
「それで、あんなに強いの?」
「強いのは、親父に子供の頃、鍛えられたからかな。魔力操作と性質変化はずっとやらされてたな。面白かったし、少し上の姉さんがよく面倒を見てくれた」
「お姉さんがいるの?」
「魔族の国にいるんだけど、姉のように育った人がいる」
ウタ姉さんは今頃、バカンス中だろう。魔族の国の外交官と考古学者をやっていて、世界中飛び回っている。
「9歳からは、世界樹で竜たちと過ごしたから、魔物の対応は結構できると思うけど……」
「結構できるなんてもんじゃないだろ。ダンジョン10階層まで踏破って、学院史上数人という話だぜ」
グイルも興奮しながら、鶏の足を毟りながら食べている。
「モンスターは規則性があるから、倒しやすいんだ。魔物とちょっと違うよな」
「魔物とモンスターの動きの違いが判る人なんているの?」
「俺の周りは結構いると思うけど……、これって普通じゃない?」
「うん」
「そうなんだ。俺はこうやって普通を学びに来たんだ」
「なんだ、そう! じゃあ、優勝したんだし、踊ろう!」
ウインクが手を取って、腰に手を回してきた。どこかで酒を飲んだらしい。ウインクは20歳を超えていたのか。
「え!? 優勝したら踊るの!?」
「わかんない!」
「ま、いいか。ラジオの生実況も成功したし!」
「そうね!」
なぜかラジオ局の四人は飲んでもいないのに、中庭の真ん中で踊った。煌びやかな魔石灯の明りと、優勝した高揚感で胸がいっぱいになってしまった。
夕飯がなくなると、同じルームメイトとして酔いつぶれたウインクを担ぎ部屋に戻った。
「ねえ、私たち、実は最高のカルテットなんじゃない?」
ミストが急にらしくないことを言った。
「そうかもな」
「明日から、番組はどうする?」
「続けるよ。もう俺にはこっちが本業だ。別に特別なことを話さなくてもいい。またバカみたいに誰の記憶にも残らないような話をしよう」
「記憶に残らなくていいの?」
「いいよ。面白い話ほど覚えてないものさ。楽しい話がずっと続くことが幸せだ」
「いいね。でも、時々事件が欲しいよな」
「事件かぁ」
俺とグイルが話していたら、ミストの寝息が聞こえてきた。
「俺たちも寝よう」
「ああ、また明日な」
俺たちの意識は、まるでとろけるプリンのように溶けて、ふかふかのスポンジのようなベッドに沈んでいった。
翌日、ルームメイトの4人全員が寝過ごした。
「どうして起こしてくれなかったんだ?」
「普通、体育祭の翌日は休暇じゃないの?」
「ウインク、それ私のスカート!」
「俺の鼻毛切り機はどこだ?」
「大丈夫。鼻毛が生えてた方が面白いから!」
「生えてんじゃねぇか!」
再び、普通の学院生活が始まる。
体育祭が終われば期末テストが、見えてくる。
幸い俺のペーパーテストは家庭科の授業一つ。後は、体育祭で借りていた物を返すだけ。
シェムの棒を持って、魔体術の道場へ見学に向かう。
「あら? 珍しい」
「こんなところに体育祭の優勝者が来るとはな」
道着姿のラックスとミノタウロスのゴズが出迎えてくれた。
「これ、シェムのです。返しに来たんですけど……」
「あいつなら、今頃森で動物と戯れてる」
「珍しく落ち込んでいるみたい。師匠に合わせる顔がないとか」
アイルさんはたぶんこの学院の体育祭自体、知らないだろう。
「どうせ暇だろ。ちょっと付き合え」
ゴズが魔体術のグローブを渡してきた。
「いや、遠慮しておきます」
「そう言わずに、私たちは大して戦えなかったんだから」
ラックスは俺を道場の真ん中に押していった。
俺は指が出せるグローブを嵌めて、軽く伸びをした。
「体術はどこで?」
「南半球で習いました。そんなしっかりと魔体術を学んだわけではないので、見様見真似です」
「そう言う奴に限って、えげつないからな。よし、やるか!」
「よしゃす!」
ゴズは本来組技や寝技が得意なようだ。打撃系があまり来ない。
タックルを切るのが大変だった。
逆にラックスはほぼ打撃。投げは得意じゃないようだが、とにかく速い。
展開を目まぐるしく変えて、自分のペースに持って行くのが戦術なのだろう。
正直、魔力を使わなければ、この二人が学院で最も強いかもしれない。
小一時間も動いていると、3人とも汗だくだ。
「あーしんどー」
「久々に魔法を使えなかった」
「というか、魔力の打撃が速すぎる」
「投げもだ。なんだ、あのフックみたいな魔力はどこから出て来たんだ?」
ゴズもラックスも魔体術の武道家らしく、わからないことはとことん聞いてくる。
「意識しないところから来る打撃や掴みは効果的ですよ。あと二人とも殺気が出過ぎで、初動が見え過ぎてます」
「何年かかれば、その域に達せるのよ」
「殺気は出ちまうな。いや、俺の悪い癖だ」
結局、昼飯まで、ずっと組手と魔力操作の練習をして午前中は終わってしまった。
道場のシャワーを浴びさせてもらい、昼飯を食べて、ゴズたちとは別れた。
それから鍛冶場へ向かう。
ゲンローたちと挨拶をして、体育祭後の様子を聞いた。
「もう、武器作りに皆戻ってる。罠も面白いが、こっちの方も鍛えておかなくちゃな」
罠はワイヤーを使って、樹上に吊るすタイプのを作っていた。
体育祭では見られなかったが、かなり学生たちを吊るしてコインを取れたらしい。
「笛で追い込むって面白いわね」
「本物の狩りもこんな感じなのかと思いながらやってたわ」
「まぁ、でも来年は通用しそうにないけどな」
「それを言ったら、今年だけみたいじゃない。せっかくなら来年も別の罠を考えてやろうよ」
俺が来たことで、鍛冶師たちの話に花が咲いている。
「まぁ、今回はコウジに乗せられちまったなぁ。いやぁ、面白かった」
「ゲンローさん、今夜のラジオなんですけどね」
「今夜もラジオやるのかよ」
「ええ、今日はゴズさんとラックスさんを呼んだんで、魔体術についてたっぷり話を聞きましょう」
「え~、魔体術ってほとんど武器を使わないんだろう。俺たちが聞いても面白いかなぁ」
「それが、あるんですよ。補助的な武器が……」
「そうなのか!?」
相変わらず、目が大きくリアクションはいい。
夏休みまでの数日間も、俺はラジオに没頭していた。
実家に帰るかどうかも決めずに。




