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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』

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『遥か彼方の声を聞きながら……』4話目:番組初回は宣戦布告から


 雨による配線発火や、音の調整ミスによる爆音放送などの失敗を経て、春の間に番組放送を目指していた。


「番組と言っても、全く聞かれていないわけだし、そもそもラジオなんて持っている学生はコウジくらいなわけでしょ」

「だから、魔道具学の時間にせっせと作っているんだよ」

「それを食堂や踊り場、屋上なんかの休憩スペースに置かせてもらうのはどう?」

 ミストとウインクは意外にアイディアを持っている。

「それ、いいかもしれないね!」

「ということは、いよいよ番組作りだな。俺は商品の紹介ぐらいならできるけど、バカ話となると経験がものを言うんじゃないか?」

「そうなんだよなぁ……」

 心底こういう仲間がいてよかったと思う。


「何を笑っているの。体育祭まで時間ないよ!」

「そうだった。ごめん。俺、こういう話ができる友達がいなくてさ。今、めちゃくちゃ幸せなんだよ」

「それはいいから、番組を考えてよ。夜中ラジオを皆で聞いたけど、下ネタばっかりじゃない? 学生に聞かせるなら、歌とかいいと思うけどね」

 ルームメイトの強みは深夜まで時間を共有できることだ。下級生の時しかできない特権とも言う。しかも、我々の部屋は男女混合という珍しい部屋なので、意見の幅が広くなる。


「歌と曲はいいよな。でも、男子はほとんど下ネタでできてるから、やっぱり外せないと思うんだよ」

「でも、昼時はやめようよ」

「それはそうだな。おい、コウジも意見出せよ」

「ああ、そうか。実は俺、一個考えてることがあるんだよ」

「なに?」

 ミストは自分の趣味であるハーブのお茶を淹れていた。倉庫は臭いので、香りをつけているのだろう。仕方ない。ラジオで使う道具はほとんど魔物由来なので、どうしても獣臭くなってしまう。


「前から言ってたんだけど、商品じゃなくて、商売を紹介したいんだよね。体育祭ってコインをめぐって戦うだけじゃなくて、店も出るんだろ? だったら、出店する人に話を聞いてみるっていうのはどう? 単純に宣伝にもなるでしょ」

「ゲストってやつか」

「そう。俺、田舎出身だから、王都にある職業の数を知らないんだよね」

「それは誰も知らないんじゃない? 私もこんな大きな町に住んだことないから気になってたんだ。珍しい職業とかありそうだよね」

 ウインクは船の中で生活していたから、決まった職業の人とばかり会っていたらしい。


「どうしてそれが売れると思ったのか、いつ思いついたのか、どうやって、どんな人に売るつもりなのか、結構、皆興味あると思うんだよな」

「それ、いいと思う。私、結構特殊な国で生まれ育ったから、死者の声をよく聞くのね」

 ミストがお茶を飲みながら話し始めた。


「どう生きて来たかを聞くよりも、どんな仕事をしてたのかを聞く方が話しやすいみたいなんだよね。生きている間って、どんな生き方をしてるかなんて気にしないでしょ。それよりもご飯や仕事、家族のことを考えてるはずなのよ。仕事の話は取っ掛かりとしていいんじゃないかな」

「よし、決まりだ。聞き役はウインクだな」

 グイルが勝手に決めてしまった。


「え? どうして? グイルの方が喋るのが上手いじゃない」

「俺はどうしても口を挟みたくなっちゃうんだよ。こう見えて長い間、自分と付き合ってきてよくわかる。真面目な話の時ほど、ふざけたくなるんだ。だから俺は、商品の紹介に徹するよ」

「私は音量の調節があるから、無理よ。それに生きている人間の話は苦手なの。骨が気になっちゃって」

「俺も人を見つけてくるのを仕事にした方がいいと思うんだ。それに今のウインクは部屋以外では特定の女子たちとしか喋ってないだろ。ルームメイトの俺たちからすると、それはもどかしいんだよね」

「あ、それ、わかる!」

「そうそう。ラフな時のウインクの方が可愛げがあるんだよな」

「もっといろんな人と喋った方が魅力は出るような気がするんだよ。静かな美人ってとっつきにくいから仕方ないんだけど……」

「そ、そうかな。人見知りっていうのが大きいかも」

「自分に対する気遣いを、ゲストにもすればいいだけよ。きっと」

「そうか。じゃあ、やってみる。質問は、コウジが考えてよね」

「わかった。あとは、ゲストが話しやすくなるようなリアクターが必要だな」

「リアクター?」

「話を盛り上げる人のことさ。実は心当たりがあるんだ。むしろその人を第一回目のゲストに呼んだ方がいいかもしれない」

「こういうのは一回目が大事っていうからな」

「うん」


 俺は小さなラジオ局から鍛冶場へと向かった。


 学院にある鍛冶場は、建物に併設された岩場に作られていた。大きな石の窯があり、金槌の音が鳴り響いている。会話が聞き取りにくいのかもしれない。だからゲンロー先輩はリアクションが上手いのか。


 鎧を叩いたり、魔法陣を細工するのもここでやっているという。



「こんちはー」

「おう、来たか。コウジ」

「ゲンローさんに折り入って頼みごとがあるんですが……」

「なんだ?」

「実はラジオに出てほしいんですけど」

「ラジオ? あの火の国で聞けるっていう音楽か?」

 ゲンローにとってはそう言う認識なのか。


「そうなんですけど、番組を作ろうと思って」

「どんな?」

「商売をしている人を呼んで話してもらいたいと思って……」

「俺はまだ鍛冶仕事でお金を貰っちゃいないぜ。勉強してるところだ」

「ゲンローさんは話を聞いてもらう側として、出演してほしいんです」

「そう言われてもなぁ。火の国まで行けないぜ」

「あ、ラジオ局を作ったんですよ」

「は!? 作った? どこに?」

 相変わらず、リアクションがいい。


「あの、ほら図書室の塔の傍に」

「ちょっと待て、待て、待ってくれよぅ。今俺の中の天地がひっくり返ってらぁ。コウジ、お前さん、戦士科の人間じゃないのか?」

「俺は総合です」

「なにっ!?」

 もはやゲンローさんのリアクションは顔芸に近い。目ん玉が飛び出そうになっていた。


「じゃ、コウジは片手間でダンジョンを攻略したっていうのか?」

「片手間というか、授業の一環です」

「で、ラジオ局を作ったと?」

「授業もそうですけど、全てはラジオのためです」

「参ったな。俺は鼻っ柱折られた気分だよ」

「ダメですか?」

「ダメというか、わからないんだ。何がいいんだ? 俺としてはよ、お前さんに会って、『こういう奴が冒険者として会えるんなら、鍛冶屋をずっと続けていくのも悪くない』と思ってたところなんだぜ」

「いや、鍛冶屋さんは続けていてください。でも、どうやっても休憩の時間て、人間誰しも必要になってくるじゃないですか。ずっと走り続けて筋肉痛になっている人って、逆に筋肉つかないじゃないですか。休憩や食事も摂らないと必要な筋肉が付かないっていうことです」

「つまり、ラジオは仕事の合間の休憩や食事みたいなものだってことか?」

「そうです。あの、この前見せてくれた毒のナイフだって、材料がないと作れなかったわけですよね。しかも、誰かの話を聞いた方が意外に気付かなかったことに気づくことってあるじゃないですか」

「確かにあるなぁ。休息の間にラジオで面白い話が聞けるなら、いいか。でもな、それを理解できるのはある程度作ってきた奴らだろ。ん~……」


 なにか鍛冶場で問題でも起きてるのか。


「前にな。儲け話だと言って、簡単なナイフを作ればいくらでも売ってくれるっていう奴が現れて結局、売れなかったから鍛冶場の皆がタダ働きだったことがあったんだ。それから変なことはやらない方がいいって……」

「出演料を先払いできればいいんですけどね」

「金が絡むと面倒なんだ」

「俺が鍛冶場で手伝えることでもあればやるんですけどね……」

「それは、もういくらでもあるんだけどな。素材集めから、試し斬り、使い方のアドバイスまでやってくれるんなら、いくらでも鍛冶師たちはラジオに俺を送り出してくれると思うぞ」

「そんなんでいいんですか? やりますよ」

「え? やるのか!? 単位とか関係ないんだぞ」

「ええ、片手間ですよ。こっちはラジオが本業なんだから」

「いや、学生の本分は学業だろう!」


 ゲンローさんと顔を見合わせて笑ってしまった。俺もゲンローさんも学業以外に好きなものを見つけてしまっている。尊重しあえばいくらでも協力できることはあると気がついた。


「おう、皆、俺がこの前言ってた冒険者見習いの新入生だ。戦士科にいるかと思ったら総合科なんだってよ。悪いけど、挨拶してくれるか」


 俺はゲンローさんに背中を押され、学院の鍛冶師たちの前に出された。


「お初にお目にかかります。総合科1年のコウジと申します。学院のダンジョン攻略くらいであれば可能という程度です。よろしくお願いします」


 挨拶をすると、鍛冶場のあちこちから「ダンジョン攻略くらい?」「10階層まで行ったってことか?」「バカ言うな。俺たち上級生でも3階層で詰まってるっていうのに」「いや、それがな……」などのひそひそ声が聞こえてくる。


「今、コウジはラジオ局を作ったらしくて、俺に出てほしいっていうんだ。でも、もうタダ働きはごめんだろ。だからって金で揉めたくはない。そこで、俺がラジオに出演する交換条件として、素材集めと試し斬り、使い方のアドバイスをお願いすることにした」

「え? じゃあ、赤ワイバーンの火袋って頼んだら、取ってきてくれるっていうのかい?」

 女鍛冶師のダークエルフが聞いてきた。


「ダンジョンのドロップアイテムとして出てくるものなら、取ってきますよ」

「おいおい、そんな新入生をいじめるんじゃない。試し斬りと言ったって俺のハンマーは振れないわけだろ」


 大柄な浅黒い肌の人族が重い戦槌を担いでいた。その戦槌を振り回して、目の前でビタ止めすると、「お、おう。できるのか」と驚いていた。


「アドバイスって、例えばどんな?」

 小人族の女鍛冶師が聞いてきた。意外に鍛冶場には女性が多い。

「目的に合わせた使い方を一緒に考えるくらいしかできないですけどね」

「じゃ、この練習用の剣の切れ味をよくしたい場合はどう?」

「どのレベルかにもよりますよね。単純に砥石で研げば切れ味はよくなりますけど、研がずにいくらでも切りたいって人には魔力操作で刃を作ることを勧めます。空間を割りたいなら、空間魔法の魔法陣が必要ですから、細工を頑張るしかないですけど……」

「魔力の刃を作れたら研がなくていいの?」

「いいんじゃないですか? ほら」


 俺は薪を放り投げて、練習用の剣で4分割にして見せた。


「そんなに難しいことじゃないので、できる人はできます。だから、誰が使うかにもよりますね」

「じゃ、じゃ、じゃ、私も質問していい?」

 ドワーフの女鍛冶師が迫ってきた。

「例えば、すごい切れ味の剣でも防げる盾ってできない?」

「あ、それ、俺も考えたことがあるんですよ。例えば、スライムの体表で作った盾とか、炎の盾や雷の盾とか、そもそも実体がなければ、いくらでも再生可能じゃないですか。だから、腕輪に仕込んでバックラーにしてみたことはあります」

 竜の学校は実験だけは、何でもやらせてくれた。

「でも、いろいろと武器や防具を仕込むよりも、初動をいかに止めるかの方が大事になっていくんですよね。先の先を考えて、魔力を見通す眼鏡を作ったりもしたことがあります。ただ、練習するとこれもできるんです」

「で、結局は何を作ったの?」

「笛です」

「笛か?」

「俺の田舎は、魔物がよく出る地方だったんで単独行動の時は笛が一番役に立ちましたね。魔物に警告をするにも、呼ぶにも笛は遠くまで聞こえますから、自分がここにいると意思表示をするだけで、魔物の行動を制限できるんですよ」

「戦わずに追い込めるってことか?」

「そうです。逆に戦わない選択肢も増えるんですよ。だから、本当言うと、笛に幻惑魔法の魔法陣をつけると、一気に狩りがしやすくなるんですけどね。罠に追い込んで耳栓をしていればいいだけなんで。あまり冒険者には理解されませんし、幻惑魔法自体の研究が進んでないのでしょうけど……」

「確かに、幻惑魔法は休講続きよね」

「音かぁ」

「これは体育祭が荒れるんじゃないか?」

「俺たちが考えていた戦いの概念がぶっ壊れるな」

 鍛冶師たちは、自分たちのやっていることの意味を考え始めているようだった。


「体育祭じゃ、刃を潰した剣や斧が使われるんだが、それでも相当な数のケガ人が出る。戦わずに追い込み、コインだけを回収することは可能なのか?」

「え? そういう大会じゃないんですか? コインを出させるのは罠次第ですよ」

 どうやら思っていた以上に血なまぐさいことをやっていたらしい。決闘みたいなことをやっていたのだろうか。


「根底から考え直す必要があるな」

「でも、罠ならゲンローでしょ」

 鍛冶師たちはゲンローさんを見ていた。

「そうなんですか?」

「俺はトラバサミの軽量化をしたいと思ってたんだ。学院のダンジョンは、人工的な罠が極端に少ないだろう? だったらそこが狙い目なんじゃないかと思って研究していたのさ」

「あ、そうだったんですか!」

「罠に嵌めて無力化かぁ。いやぁ、狩人の話、面白かったぜ! 聞いてみないとわからないもんだな! 今回の体育祭は情報戦になるぞ。皆、練り直しだ!」

「「「おう!!」」」

 鍛冶師たちが、一斉に動き始めた。


「え? 俺は別に、そんなつもりで話したんじゃ……」

「もう、遅いぞ。皆図面を引き始めちまってる。ラジオの件は受ける! その代わり、コウジの魔道具の技術を教えてくれ」

「わかりました」


 俺は、こうしてリアクターをスカウトした。


 それから、魔道具学の工房に籠り、とにかくラジオの台数を増やしていった。南半球で聞こえにくかったことへの反動からか音質を上げたのが、作業の遅れる原因かもしれない。


「こだわるのは、いいことだからきっちりやった方が、後悔しないよ」

 アーリムさんは応援してくれたが、手伝うことはなかった。俺のことを理解してくれていたのだろう。


 家庭科の授業以外は工房にいるからか、鍛冶師たちも俺を呼びに来るようになった。

 放課後はミストたちと番組の構成を考えて、どんどん試していく。

 屋上と食堂の隅に置かせてもらったが、もちろん、ほとんど誰も聞いていない。なんか会話が聞こえてくるなぁ程度の状態から始めた。

 楽器ができる人を探してきて演奏してもらったり、民謡を歌える娘に歌ってもらったり、昼の間は、誰でも聞ける優しい放送を心掛けた。


 深夜放送は談話室にラジオを置かせてもらってから始めた。俺とグイルが駄弁るだけだが、お互い育ってきた環境が違うから、下ネタ以外にも子供の頃の話だけでも結構喋ることができた。


 個人向けの小型ラジオが用意出来た頃には、学生たちも鍛冶場が何かおかしなことをやっていると気づき始めていた。

 例年、訓練用の剣や槍を作っているはずの鍛冶場で、笛や手枷の部品を作っているのだから当然ともいえる。


「どうするんだ? そろそろラジオ番組をやるんだろ?」

 ゲンローさんも待ち望んでいるようだ。

「そうなんですけど、今のままだとなかなか人気にならないんで、まずは話題を集めようかと」

「何をする気だ?」

「今、何に注目が集まっているかですよ」

「そりゃあ、体育祭だろ? あとひと月もない」

「そうです。皆、体育祭の準備に追われているなか、誰が一番秘密を握っているのか」

「俺たち鍛冶師か。皆、俺たちに武器を頼みにきてるぞ。まぁ、罠づくりの片手間だけどな」

「その通り。しかも何か例年と違う動きをしているのは気づいている者たちもいる」

「ああ、いるなぁ。なんだ、何を言う気だ?」

「鍛冶場が、体育祭で一位になったことは?」


 体育祭は、基本的には個人勝負だが、グループに分かれていてもいい。

 貴族連合や魔道結社など派閥に分かれている。ただ特待十生は個人主義だそうだ。


「あるわけないだろ。こういうのは特待十生の、誰か暇な奴が1位になるようにできてるんだ」

「でも、今年は違うじゃないですか」

「確かに……」

 鍛冶師たちには笛と罠がある。

「宣戦布告といきましょうか」

「特待に喧嘩売るのか?」

「特待だけじゃなくて、貴族も魔道も全員ですよ」

「これは事件になるぞ」

「事件を起こしましょうよ」

「たかが体育祭で?」

「本気でやらなきゃ祭りは楽しくないですよ。それに貴族と魔法使いが一騎打ちしている中、蛮族現れたら盛り上がるでしょ」

「盛り上がるけど!」

 ゲンローさんはすでに笑みを浮かべている。

 

「どうすりゃいい?」

「頼まれてる仕事を一旦止めましょうか。今年は本気だってところを見せるために」

「そんなことをしたら、学生たちが混乱するんじゃないか?」

「混乱している最中に、ラジオで宣戦布告してもらえると、一気に聞くようになると思うんですよ」

「わかった。お前がその気なら、乗ってやるよ! ただし責任取れよ」

「ん? 責任?」

「ラジオ局の局長だろ?」

「そうですね」

「俺の仕事は最高に盛り上げることでいいんだな!」

「はい、お願いします!」


 俺は、この時あんなことになるとは思ってもみなかった。

 人を巻き込むからには責任が伴う。世界樹でも見ていたはずなのに、この時まったく気づいていない自分に腹が立つ。


 体育祭という名のバトルロワイヤルが、あと3週間と迫っているなか、突如、鍛冶屋連合が立ち上がり、以降の武器整備を停止すると宣言。上級生から下級生まで、全員が戸惑った。教師陣ですら、何をやるのかわかっていなかったと思う。


「詳しくは、ラジオで話すから、聞いていてくれ」


 ゲンローの言葉で、ラジオの存在すら知らなかった学生たちも急に普及していく。学生が集まる談話室も食堂も大型のラジオが取り付けられ、個人用のラジオは貴族連合、魔道結社からの注文が入った。

 さらに特待十生まで……。


「なにやら面白いことが起きているようだね」


 ダイトキがわざわざラジオ局のある倉庫まで取りに来た。


「特待十生だと、鍛冶場が停まって困るのは俺くらいでござる。誰も気にしていない。ただ、特待十生に火を点けると、今年の体育祭は変わってくる。何か計画があるのかい?」

「いや、俺は盛り上がればいいと思ってるだけです。祭りを全力で楽しみたい」

「そうか。俺も楽しみだ」


 ダイトキが去り際、こちらを振り返った。

「そうだ。シェムは一年の体育祭で、特待十生に加わったんだ」

「へぇ~。すごい」

「コウジも入るってシェムは思ってるよ」

「俺は、別に……」

「期待している」


 ダイトキはそう言って去っていった。


 俺たちは番組の準備に取り掛かった。

 鍛冶屋連合が総出でラジオ出演することになったからだ。


「せっかくだから、ゲンローだけじゃなく、私たちも参加していることを表明しないと」

「そうだ! これは生産系から戦闘系グループへの挑戦状でもある」

「体育祭で、生産系のグループが一位になったことはないんじゃない?」

「いや、たぶん薬学のクラスで取った人たちがいるはず。勇者の回顧録で読んだ」

 

 勇者ってセーラさんのことだろうか。


「ということは勇者の再来だな」


 鍛冶師たちが盛り上がっているなか、俺たちラジオ局員は、椅子を用意してマイクの調節をして、番組を開始した。


時刻は20時ちょうど。夕飯と入浴を済ませた学生たちがのんびり宿題をこなしている時間。図書室の塔から見える小さなラジオ局に、明りが灯った。

 

「どうも、愚民ども元気にしてる? 司会のウインクです」

 ウインクの辛辣な挨拶から番組が始まった。


「日頃は聞いていない方も、今日は聞いておいた方がいいかも。なんたって今日のゲストは今話題の鍛冶屋連合の皆さんだからでーす! よろしくお願いします!」

「「「よろしく!!」」」

 

 鍛冶師たちの声が魔力の波に乗って、学院中に置かれたラジオから声が届けられる。


「さて、もう早速なんですが、学院中の皆が気になっていることを代表して聞きます。なぜ、武器整備の停止をしようと思ったんですか?」

 ウインクも始まる前は緊張して心臓が飛び出そうと言っていたが、明るいシャツを着るとよどみなく言葉が出てくるらしい。


「鍛冶屋連合のゲンローだ。武器整備の停止については、鍛冶師たちとかなり話し合ったんだ。反対の声もやっぱりあったし、信用を失うかもしれない。でもな、体育祭を盛り上げたいっていう一念が鍛冶師たちの心に火を点けた」

「では、これも体育祭の一環だということですか?」

「その通り。『戦いは準備から始まってる』って、これはどんな冒険者も言う台詞さ。でも、ここは学院だから、準備を俺たちに任せてる者たちが多い。一歩外に出れば、そんな甘い話が転がってるわけがないのに。頼られてる俺たちも、この時期になると嬉しくてついつい仕事として受けてしまうんだけど、ちょっと今年は状況が変わっちまったんだ」

「鍛冶場で何かがあったんですね?」

「鍛冶場というよりも、この学院で、と言った方が正しい。ほとんどの学生が気づいていないかもしれないが、この学院に学生としてプロの狩人がやってきたんだ」


 ゲンローが知らない話を始めた。こういうグルーブ感がラジオには大事だ。夜遅くまでかかっても後に控えている番組があるわけでもないので、ずっと生放送をしていられる。


「いったい、それはどういう……?」

「はっきり言うぞ。今年の体育祭は俺たち、鍛冶屋連合が獲る!」

「生産系職の本領を発揮するよ!」

「ビビってる奴は皆、耳栓買っときな!」

 ゲンローの言葉に釣られて後ろで座っていた鍛冶師たちからも声が上がった。


「それは、魔法使いの魔道結社や、騎士たち、つまり貴族連合への宣戦布告と思ってよろしいですか?」

「それだけじゃないさ。剣闘士たちや魔体術の武道家たちにも言っておくぞ。お前たちがやっているコインを賭けた戦いってのは、暗黙のルールの中でやってることだ。出会って一対一になったら始まる騎士同士の決闘だろ。俺たちは蛮族だ。ルール無用で狩りに行く」

「つまり、それは……」

「それこそがバトルロワイヤルだろ? ルールに守られていては、俺たちは伸びないと悟った。もちろん、殺しはなしというルールだけは守る。それは冒険者ギルドの手引書にも書いてある通りだ。だが、生け捕りはするぞ。それが外のルールだからな」

「それほどまで、意識を変えられたということですね?」

「そうだ」

「鍛冶屋連合の皆さんに、そんなにも影響を与えた人物……、プロの狩人とは誰なんですか?」


 あれ? なにかヤバい方向に向かっていってないか。俺は、傍で聞きながら背筋に冷たい汗をかいていた。


「新入生トップ合格のコウジだ。ダンジョン学の授業を取っている奴らなら知ってると思うが、半日で10階層まで到達して帰ってきた。魔物の素材ならいくらでも採ってくるという冒険者としても一流。やってることは学院初のラジオ局の局長というわけのわからないことをやってはいるが、今回の体育祭は完全にコウジが台風の目になる。俺たち鍛冶屋連合はそれに賭けた」


 暗い窓を見れば、血の気が引いた俺がこちらを見ていた。普通を学びに来たはずなのに、なぜか変な事態を引き起こしているんじゃないか。


「あれ~? 思ってたのと違うなぁ……」


 俺の情けない声が、ラジオの受信機から漏れていた。

 司会のウインクはもちろん、控えていたグイルも音量を調節しているミストも、笑うのを噛み殺している。


「今年の体育祭は例年とは別のものに変わったぞ。全員、心して挑んでくれ」

 ゲンローの声が学内に響き渡る。


 俺はすぐに原稿を書き直し、ウインクに渡した。

「さあ、盛り上がってまいりました! 体育祭までの3週間、皆さま元気に準備していきましょう! 鍛冶屋連合の挑戦に対して受けて立つぞ、という団体の方はぜひラジオに出演して思いのたけを語ってください。また、特待十生の皆さんは体育祭参加の有無を教えていただけると幸いです。それではまた次回の番組でお会いしましょう!」


 その後、個人用の小さなラジオ受信機を販売していることをグイルが宣伝。こうして番組が終わった。


「さ、これで逃げられなくなったぞ。局長!」

 ゲンローは俺の肩を叩いた。

「いや、俺のせいなんですけど、あっれぇ~?」

「頼りにしている。責任は取れよ」

「はい。俺、何かやっちゃってたんだなぁ……」


 その日の夜から、ラジオの注文が殺到。在庫は一瞬に消え、作れば売れるという事態となった。


「すみませんが、アーリムさんも手伝いよろしくお願いします」

「授業の片手間にできることだからいいけど、材料は自分で取ってくるんだよ」

 アーリムさんは面倒くさそうにしながらも手伝ってくれた。そもそも魔法陣を正確に彫れるというのはスキルでもない限り難しいのだと、この時初めて知った。

 親父のやっていることはたいてい変わってるから、あまり気にしていなかった。

「はい」

「番組も放送していくんでしょ」

「はい、ゲスト出演したいという上級生が図書室に並んでいます」

「自分の蒔いた種じゃない?」

「その通りです」

「おや、先生たちが来たぞ」


 体育祭を運営する実行委員と教師陣が、魔道具の工房に押しかけてきた。

 いろいろと文句を言っていたが、本当に何を言っているのかわからない人たちというのはいるもので、とにかく毒草や不思議な魔術は禁ずると言ってきた。


「不思議な魔術は使ってません。普通の魔力の操作と性質変化くらいしかできませんから」


 俺は正直に答えた。

 その日のうちに、ラジオで実行委員と教師陣から圧力をかけられた話をすると、一気に学生たちから教員室への抗議が殺到し、新たなルールは消え、従来通りのものに変わった。


 ただ、戦士科のミノタウロスがやってきて、宣戦布告を受理したとラジオで声明を発表しに来た。


「ゴズだ。戦士科として体育祭で鍛冶屋風情を倒すのに、それほど時は掛からんだろう。覚悟しておけ」


 ゴズは特待十生のうちの一人で、影魔法を使うのだとか。本来、暗躍に向いているのだが、種族特性なのかとんでもなく盛り上がった筋肉を見せていた。しかも、黒い。怖い。間違いない。


 さらに魔体術の達人だという光の戦士こと、ラックスという女性が拘束衣を着たままラジオ局に乱入。


「当日は服を脱ぐことにしたから、皆、目を潰さないようにサングラスを用意しておいてね。武器も防具もなしで、魔体術に適うとは思えないけど、少しは楽しませてくれるかしら?」


 光の勇者の後継者と言われているらしいが、北極大陸でそんな話は聞いたことがない。

 彼女も特待十生らしい。


 ダイトキとシェムはもちろん参加するとのこと。書面が送られてきたので、ウインクがラジオで代読していた。


 三角帽子を被った小さなエルフもラジオ局にやってきた。手の肌が紫色に変色している。相当、植物を触っていないとならない症状だ。


「あなたでしょ。私の仕掛けた罠を壊したのは……?」

 マフシュと名乗った彼女が、天井裏に毒草を仕掛けていた張本人だという。

「あれは通り道に仕掛けるからですよ」

「ベルベ先生以外、あんな天井裏使わないでしょ」

「教師を麻痺させるつもりですか?」

「単位を書き換えるのに便利なのよ。余計なことをしてくれるわね。悪いけど、鍛冶師たちの思い通りにはならないと思ってね。薬学共同体も体育祭に参戦することにしたから」


 会話はすべて放送されていた。マフシュはほとんど表には出てこない特待十生で、声を聞いたのは初めてだったというリスナーからの声が大量に届けられた。


 レビィに関しては普通にラジオ局にたい焼きを持ってやってきた。


「体育祭当日の昼は私が振る舞うことになった」


 レビィがそう言った途端、ラジオの向こうにいる学内中から歓声が上がった。


「食べ潰れている子やお残しをしている学生からはコインを取るからそのつもりでね」


 レビィの参戦も決定した。


「特待十生はあと何人?」

「たぶん、4人かな?」

「いや、3人だろう。俺も特待十生だぜ」

「え……?」

 ゲンローも実は特待十生のうちの一人だそうだ。


「そうだったんですか?」

「知らずに誘ったのか。やっぱり、コウジは大物だな。ただ、これほど特待十生が参加する体育祭もない。一人はどうするのか知らないが、後の二人は、学院の外で活動しているから、体育祭があることすら知らんかもしれん」

「いや、これだけ盛り上がればいいでしょう」


 そんな会話をしていたら、ラジオ局である倉庫の扉が開いて、ゲンズブールさんが現れた。


「ちょっとマイクを借りるよ。放送してくれるか?」


 最上級生の頼みなので断れない。


「ああ、体育祭実行委員長のゲンズブールだ。体育祭当日、特待十生のドーゴエとアグリッパ・アグニスタの参戦が決定した。これにて、特待十生全員の参加となる」

「後一人、残ってませんか?」

「最後の一人は俺だよ。ただのコウジくん」


 ゲンズブールさんはにやりと笑った。


「出来の悪い貴族連合のおぼっちゃま方は、ぜひともご両親に手紙でも書いて呼んでくれ。やっかみまみれの凡人の諸君。体育祭で日頃の努力の成果を見せてもらおうか?」

「盛り上がってきたぁ!! 世紀の一戦が見れるかもしれないなんて、この学院に通っていてよかったぁ! 皆ぁ、末代まで語れる体育祭にしようや!」

 

 ゲンローの叫びで、学内が一気に熱を帯び始めた。


「君だけヒール役はズルいぞ。コウジくん。俺も悪徳レフェリーで参戦するからよろしくな!」

 ゲンズブールさんはそのまま颯爽と帰っていった。


「あの変な人も特待十生なんですか?」

「あれは金儲けの化け物だ。前に言ってた鍛冶場での詐欺事件だが、何をどうやったのか、2日で在庫を処分して、きっちり報酬を俺たちに渡してくれた。金で困ったら、あの人に聞くのが一番さ」

「後の二人っていうのは、どんな人なんです?」

「ドーゴエは山賊のフリをした傭兵だな。一人なのに、何人かいるみたいに見える。もう一人はアグニスタ家という名門の子息なんだけど、誰に影響を受けたのか今は冒険者として旅に出てるとか。特待十生の俺も見たことがないが、炎を纏った犬を連れていると聞いた」

 アイルさんの親戚は、魔物使いか。傭兵ドーゴエは実際に連れていたから、幻覚だと思わない方がいいな。


 体育祭まで一週間を切り、町には学生の親類が集まってきたという。

 急遽、学院の建物の傍に観客席が設けられることになったが、手際がよく、どんどん組み立てられていっている。ゲンズブールさんが取り仕切っているらしい。


「どうするの? こんな大ごとになるとは思わなかったよ?」

「うちのGG商会も何人か観戦しに来るって言ってた」

「ラジオ送信機を改良して、学内だけじゃなく王都でも聞けるようにしよう」


 バンッ。


 ラジオ局の扉が開いて、下着姿のウインクが入ってきた。手にはドレスを何着か抱えている。


「どうしよう。ラジオの実況の衣装ってどれがいいと思う?」


 すっかりやる気だ。


「なんか、俺、やりすぎちゃったかなぁ……」

 普通を学ぶことがこんなに難しいとは思わなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ナオキでもいきなりここまで沢山の人をまきこんだりしてないよ! 「出藍の誉れ」を地で行く息子さん(笑)
[良い点] これだけ気持ちの良い「俺、何かやっちゃいました?」が他にあるだろうか?
[気になる点] ラジオに服装は関係ないんじゃ・・・ あでもウインクだと服装によって口調変わるのかな? それとも服着たら愚民共うんたらかんたら口調固定なのかな
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