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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』
397/503

『遥か彼方の声を聞きながら……』3話目:音の波を振るわせて

 学校にある魔道具学の大きな工房に行くと、残念なことに知り合いがいた。


「コウジ、何してんの?」

 魔道具学の先生はドワーフのアーリムさんだった。この人も親父の知り合いで、俺が子供の頃におむつを換えてもらったことすらある。魔道具の天才だと親父は言っていた。


「いや、あのー……、学生をしてます」

「ま、聞いてはいたんだけど本当に来たんだ。変なの」

「変ですか?」

「変! この人の家系は変だから、何かやっても気にしないようにね!」

 学生たちにまで注意していた。せっかく普通を学びに来ているというのに、酷い。

グイルすらちょっと引いていた。

 

「さ、じゃあ、皆さんは自分が思い描いた魔道具を考えてみてください。生活に便利な道具でもいいし、強力な攻撃魔法が出る杖でも構いません。想像力を羽ばたかせてみることから始めましょう」

 アーリム先生の授業が始まり、俺たちはノートに思い思いのあんなこといいな、できたらいいなという魔道具を描いていった。


 俺は基本的にラジオだ。世界中どこでも聞けるラジオ受信機が欲しい。

 あと、南半球にもラジオ局を建てたいと思っている。

 ラジオ機器も描けるし、魔法陣だって勉強した。でも、それだけではラジオの番組はできない。何時間でも喋っていられる司会者が必要だし、情報を取ってくる特派員だって必要だろう。結局は魔道具以上に、そういう人の力が必要で、それこそが重要なのだ。


「もう描けたの? ああ、相変わらず、好きねぇ」

 アーリムさんが俺の図と文章を読みながら、頷いていた。


「受信機はアンテナを丸くして魔力を受けやすくすればいいと思うんですけど、通信袋の雑音も入ってきてしまうんですよ」

 これは子供のころから幾度となく、アーリムさんに相談していた。

「だから、これは送信機のチャンネルの魔力量を上げれば済む話じゃないの?」

「それだと通信袋にノイズが入るって怒られたんです。この星は丸いから、やっぱり中継地点をいくつも建てないと……」

「魔道具じゃ、解決できないんじゃない?」

「いや、ラジオの素晴らしさを広めれば、きっと自然とアイディアだって集まってくるはずです」

「そんなこと言ってるけど、結局聞いているのは、深夜放送ばかりでしょ?」

「いいじゃないですか。面白いんだから」


 火の国の商人の中でも、指折りの商売人たちが深夜になると酒を飲みながら、延々とバカ話をしているのだ。砂漠とかで星を眺めながら、ラジオを聞いていると、世界と自分は繋がっていると思えて、最高な気分になれる。


「言っとくけど、アリスフェイはお酒は20歳からだからね」

「そんな……。まぁ、いいか」

「どっちにしろ、ラジオ受信機を作るなら、勝手にやっていいから。道具はそこにあるもので作っていいよ」


 皆がまだ計画書も描いていないうちから、俺はすでに明確な目標ができていたので、少し先に行ってしまっている。ただ、やることは多い。


 まず、この学院の屋根に送信機を設置。その後、空き部屋にラジオ局を作り、受信機を配布して、番組を作る。概ね、俺の学院生活はこれに注がれることになるだろう。


 ラジオの送信機は、以前、世界樹で作ったことがある。しかし、ラッパースイセンという世界樹特有のスイセンが受信してしまい、そこら中から、韻を踏んだり、ダジャレを1日中喋り始めてしまい、あえなく失敗。反省文を1スクロール分も書かされた。

 この学院にはそんな花はなさそうなので大丈夫だろう。

 

 そんなことを考えている間に、第一号送信機が出来上がった。音の波を魔力の信号に変えてアンテナから送信する。さらに、受信機で信号を音の波に再変換させるだけ。

 後は魔石を嵌めこむだけ。


「あれ? 魔石ってどうすんの?」

「買わないとないよ」

 アーリムさんに即答された。


「え!? 魔石買うの!?」

 信じられない。魔石なんて、世界樹ではそこら辺に落ちている物であって、決して買うようなものではないからだ。

「言っとくけど、水も買うからね」

「え!? 水、買うの!? 空気に値段はありますか!?」

「空気に値段はない。呼吸はしていていいよ」

「でも、魔石と水は買うの?」

「嫌なら自分で取ってくればいい」

「ああ、分業制って恐ろしいね」


 魔石が落ちている場所を聞くと、そんな場所はないと言われた。


「普通にダンジョンで、魔物を狩るんだよ」

「あ、なんだ。ダンジョンは山の方?」

「そう。敷地内の森の中にあるよ」

「じゃ、いってきまーす」

「ちょっと! 今ダンジョン学の授業をやってるんだから、邪魔しないようにね!」

 アーリムさんはすっかり先生になって、アドバイスをくれた。普通の生活をするには助かる存在だ。

「はーい」


 俺は、とりあえずホールに行って地図を確認した。ただ、地図には部屋しか描かれていない。通りがかった食堂のおばちゃんにダンジョンのある森の方向を教えてもらい、建物から出た。


 森はしっかり管理された森でほとんど魔物の気配がない。グリフォンやインプがいるが、敵対的な匂いが一切しない。飼われている魔物だ。


 それらの魔力を除外すると、魔力の道筋が見えてくる。誰かが通った足跡に、わずかに残る魔力を辿れば、ダンジョンはあっさり見つかった。


 ダンジョンの入り口付近には各々冒険者風の恰好をした学生が集まっている。ダンジョン学の先生は、面接で見た鎧の獣人男性だった。


「こんにちは」

「おう、どうした? 早々に下級生の授業に飽きて、上級のダンジョン学を受けに来たのか?」

 俺なんかのことを覚えていてくれているようだ。

「いや、ちょっと魔道具学の授業で魔石が必要になって取りに来ました。邪魔しないんで、ちょっとダンジョンに入ってもいいですか?」

「ああ、構わんが、どのくらいの大きさの魔石が必要なんだ?」


 俺は拳を作って「このくらいですかね」と示した。


「だったら、4階層くらいまで下りないと無理だぞ」

 きっと階層っていうのは部屋番号のことだ。

「わかりました。ありがとうございます」

「ちょっと待て。お主、何も持たずにダンジョンに潜るのか?」


 上級生の狼の獣人らしき中年男性に声をかけられた。いや、中年ってことはないか。ちょっぴり腹が出た青年だろう。


「チャラーン! こんなこともあろうかと袋持ってきてまーす!」

 麻の袋を後ろポケットから取り出した。


「そうではなくて武器だ。武器」

「武器、必要なんですか?」

 学院のダンジョンでは関節を伸ばしたり、増やしたい時があるのだろうか。

「しようのない奴め。ほら、ナイフを貸してやる!」

「あ、ありがとうございます。親切ですね」


 俺はおそらく自作であろうナイフを借りて、近くの木の枝を切り、葉や細かな枝を削いで簡単な木刀を作った。


「ナイフ、ありがとうございます。では、邪魔にならないうちに、済ませちゃいますんで」

 ちゃんと借りたナイフを上級生に返し、俺はダンジョンの中に入っていった。


 草原や森、豪雪冷蔵庫の部屋を抜けて、湿地帯へとたどり着いた。魔物の表皮は、固い鱗に覆われ、色も赤や黄色など危険色なので、毒持ちだろう。

 俺はふんわり魔力を全身に纏って、木刀で袈裟斬り。木刀にも魔力で刃を纏わせたので、何の抵抗もなく魔物は死んだ。


 後には拳大の魔石と、ドロップアイテムの毒の牙と爪が落ちている。とりあえず魔石だけ持って帰り、毒の牙と爪はナイフを借りた上級生に渡そう。

 4階層と呼ばれる部屋で、20個ほど魔石を回収。毒の牙と爪は袋に入るだけ入れておいた。


「なんか、捕食者が多めにいたな」


 ダンジョンは環境のバランスを見ながら運営しないといけないので、すぐに部屋ごとダメになってしまうことがある。セーラさんが苦労をしていたのを傍目で見ていたので、なるべく協力はしたいが、誰がダンジョンマスターなのかわからないうちは、距離を保っていた方がいいだろう。


「それぞれの運営方針があるからな」

 

 俺はひとまずダンジョンから出た。

 まだ上級生たちは準備をしていて、鎧の獣人先生がダンジョンの前で講義をしている真っ最中だった。

 俺はこっそりナイフを貸してくれた中年っぽい先輩に近づいて、袋を渡した。


「あの、これ、先ほどのお礼です」

「うわぁっ! なんだ? ああ、さっきの少年!」

「よかったら、受け取ってください」

「え? すまんな。わざわざ、ナイフを貸したくらいで、そんなにいいんだぞ。おい! これは、いったいなんだ!?」

 袋を開けて目を見開いていた。おそらく喜んでくれているのだろう。


「4つ目の部屋であった魔物の毒の牙と爪です。あのナイフ、自作ですよね。よかったら素材として使ってみてください」


 やはり上級生ともなるとナイフも自作なのだなと思いながら、俺は魔道具の教室に戻った。


「こんなに魔石を取ってきたの!?」

 アーリム先生は、鼻を広げて俺を見た。もしかしてカバの真似か。そのくらいではラジオには出してあげられないんだよな。

「だって、自分で取ってくるならいいんでしょ。魔石をここに置いておくから、皆使っていいからね」


 俺がそういうと拍手までしてくれる学生がいた。


「そこも含めて魔道具学なんだけどなぁ。コウジがいるから、授業の進め方を変えないといけないよ!」

「そんな……、それじゃ、まるで俺が変みたいじゃないか!」

「変だよ! 親子ともども!」

「親父が変なのは俺のせいじゃねぇ! 酷いよ! やってられない!」

 

 俺はとりあえず自作のラジオ送信機と魔石を持って、教室を出た。

 やはり知り合いの授業は取ると迷惑がかかりそうなので、これにて退散。あとで甘いものでも持って謝りに行けばいい。そんなことよりも授業中は、学内の人通りが少ないという発見をしていた。


 送信器が仕掛けられそうな屋根と、空き部屋を物色。ただ、目の前から教師が歩いてきた。注意されると面倒なので、廊下の天井裏に隠れる。

 そう言えば、ベルサさんの親父が天井裏を移動していたが、もしかして隠し通路になっているのかもしれない。

 そう思って、僅かな光と音を頼りに少しづつ進んでいくと、いくつもの植物の罠が仕掛けられていた。スイミン花や麻痺茸が多い。


「誰が仕掛けたか知らないけど、こんなところに仕掛けたら、休憩中の学生たちが倒れてしまうよ」

 見つけた罠は、すべて回収。あとで燃やしておくことにした。


 奥の塔まで行くと通気口になっていて、そこから図書室に出られるようだ。図書室では知り合いが熱心に本を読んでいるのが見えた。


「よっ」


 俺は図書室の通気口の網を外して図書室の中に侵入。知り合いの隣に座った。


「ミスト、授業中に何してんの?」


 本を読んでいたのはルームメイトのミストだ。


「ん? ああ、誰かと思った。汗臭いから、この香水使って」

 ミストが渡してきた香水を脇と首にかけた。さほど臭いは変わらないと思うけど、死霊術師のミストからすれば違うのだろう。俺が通気口から出てきたこともわかっていたようだから、鼻がいいのかもしれない。


「幻惑魔法の授業は休講なの。人気がなくて学生もいないし、教師は旅に出かけたまま帰ってこない。だから、自習時間にして単位だけは取得しようと思ってね」

「そうか。ミストは卒業資格が欲しいのか」

「そうね。親からお金も出してもらってるし、卒業くらいはしておかないとね」

 部屋にいる時は、「知り合いと思わないでね」くらいには言っていたのに、案外喋る。もしかして暇なんじゃないか。


「何を読んでるの?」

「光の精霊の話」

 娼館バカのヨハンさんが書いた本だ。


「それ、面白くないだろ?」

「え? そうかな?」

「うん、光の精霊って書いてあるけど、全部出会った娼婦の話だからね。正直に書いた方が面白かったのに」

「作者知り合い?」

「うん、遠いところで繋がってる」

 決して知り合いとは言いたくない気持ちがありますね、はい。


「なんだ、私がバカなのかと思った……」

「ミスト、暇ならラジオ局作りに協力してくれない?」

「なにそれ?」

「校内ラジオ局を作るんだよ。この学校はどんな商売をしても許してくれるだろ。だったら、その商売を紹介する放送をするラジオ局があってもいいんじゃないかと思ってね」


 俺が必死にミストを説得していると、窓辺で寝ていた上級生がむくりと起き上がった。

 髪はぼさぼさ、襟を立てて寒さをしのいでいるローブもボロボロ、靴だけは革靴と言った出で立ちの眼鏡をかけた男がこちらを睨むように見た。


「すみません。静かにします」


 竜の学校でも図書室では静かにするよう言われていた。


「いや、注意する司書なんかとっくに奥でサボってるよ。それよりも今、ラジオ局がどうのって話をしていなかったか?」

「あー、言ってましたねー。マズいですかね?」

「いや、マズくはない。しかも商品じゃなくて、商売を紹介するって言ってなかったか?」

「ええ、俺は田舎に住んでたんで、都会がこんなに分業制が発達しているとは思わなかったんですよ。だから、商品よりも商売を紹介した方がいいんじゃないかって……」

「それ、面白いな。お前、新入生か?」

「はい。コウジ。ただのコウジです。あなたは?」

 異様な見た目の上級生に聞いてみた。


「最上級生のゲンズブールだ。今年は面白い奴が入ってきたな。俺も動きを変えるか」

 ゲンズブールは立ち上がって、図書室の入り口に向かった。

 どう見ても武道をたしなんでいるようには見えないし、魔法も得意なように見えない。しかし、ものすごく奇妙な雰囲気を醸し出していた。正直、俺が出会った中では、火の国の商人に雰囲気は似ている。


「おい、コウジ。もし、金が入用になって足りなかったら、俺を探せ」

「わかりました」

「いい返事だ」


 ゲンズブールはにやりと笑いながら、図書室を出ていった。


「なんだ、あの人!?」

「変なの!?」


 俺もミストも同じ感想だ。

 よかった。俺よりも変な人がいる。それだけで、この学院に来た甲斐がある。


「ラジオってお金かかるのかな?」

「知らない」

「まぁ、いいか。それよりも、空き部屋を探そう」

「いいわね」


 俺とミストは授業中なので、こっそり学院内の空き部屋を探した。意外に休講になっている授業はあるし、増築しておいて使い道がないというような部屋もあるらしい。


「塔が近い方がいいんでしょ?」

「そうか。そうだよね。収音機も作らないといけないのか。意外に用意する物は多かった」

 図書室にほど近い倉庫として使われている小さな部屋を見つけ、ラジオ局にすることにした。


「放課後からどれくらいまで放送するの?」

 北半球にいるからか火の国の事情を知っているからなのか、ラジオを知っているミストは話が早い。竜たちには一から説明しないといけなかった。


「やっぱり深夜までじゃないか」

「目的は商売を紹介することなんでしょ」

「ん~、それは名目上で、とにかくバカ話がしたい。あとは天気とか皆に関係あること」

「そんなのでいいの?」

「そんなのがいいんだよ」

 真面目なラジオなんか聞きたくない。作業中や訓練中のお供になればいいのだ。

「聞いてくれる人が、学院だけじゃなくて王都中に広がったら、もっと面白くなると思うんだよ」

「そうかな?」

「もし行事があったらさ。宣伝にもなるし、町の人も呼べるんじゃないかと思って」

「大人たちも巻き込むってことね」

「そうなればいいかな、くらいで。そんなに期待してもそもそも受信機が広まってるのかわからない。俺以外にラジオを持ってるやつって見たことある?」

「ないわ。コウジは変だからね」

「そうなんだよなぁ。まだ俺みたいな変人しかラジオは持ってないけど、いつか皆が持つようなものにできないかなぁ」

「コウジは人の話を聞くのが好きなのね」

「ああ、ミストは嫌いか?」

「どうかな。死者の話を聞くことが多かったから……」

「そうか」



 カラーン。


 そこでチャイムが鳴った。


「あ! 私、次は薬学だから受けないといけないのよ!」

 ベルベさんの親父の授業を取っているらしい。

「そうか。また、協力してくれるか?」

「うん。まぁ、秘密のクラブみたいで面白いから、時々協力させてもらうわ。でも、私がメンバーだって誰にも言わないでね!」

「う……、わかった」


 ミストは「また部屋で」と言って、倉庫から出ていった。



「俺も授業があったな」


 俺は家庭科の授業に向かう。

 家庭科などというから、何かと思ったが、裁縫や料理を習うらしい。親父も裁縫のスキルを持っているくらいだし、俺も少しくらいはできた方がいいだろうと授業を取った。


「え? なんで女子しかいないんだ?」

 なぜか女子学生ばかりがいた。むしろ男子は俺一人だけ。もしかして変なのかな。


「気にならないのですか?」

 老婦人の先生が聞いてきた。

「なにがです?」

「やはり遠くから来た方は進んでいるのでしょうね。まだ、アリスフェイ王国では、花嫁修業などという価値観が根強く残っていますが、男性の方でも革職人の方や船乗りの方は、裁縫スキルを持っている方が多いようです。魔法陣をワッペンにして衣類に貼り付ける人もいるようですが……。かなり珍しい。この授業に男性が来てくれることはこちらとしても大変喜ばしい。是非、お友達も誘ってみてください」

 親父はかなり珍しい部類だ。


「ちなみに、コウジさんはどんな裁縫でどんなことをしたいのですか?」

「え~っと、俺は魔族の知り合いが多くて増えてはきてますがまだまだ服が足りないんで、少しくらい協力できたらと。あとは素材が気になっています」

「素材ですか?」

「自分が採取したアラクネの糸や植物の繊維で、どんな服ができるのか楽しみです」

「そうですか……、自力で素材を……。料理の方は?」

「料理は好きなんですけど、基本的に焼き加減を見るくらいで、後は魚を干したりするくらいしかしたことないんです。誰だって食事はすると思いますし、自分の飯くらいは用意すると思うんで、人生でも重要だと思います。今は発酵食品や調味料に興味がありますね」


 そう言うと、上級生たちの方から「んん……」と唸るような声が聞こえてきた。


「では、コウジさんが男性だからと言って、気を遣わずに、皆様仲間に入れてあげてください」


 俺もエプロンを貸してもらい、部屋の端っこの椅子に座らせてもらった。


「ねえ、どこかに嫁ぐのかい?」

 隣にいたドワーフの上級生が声をかけてきた。

「いや、まだ結婚は考えてないですけど……」

「男が好きとか? 貴族に目をかけてもらいたいとか?」

「ないです」

「なら、変なだけか」

「そんなに変ですかね?」

「いや、私のいた島ではそんなことなかったんだけど、こっちは男尊女卑が残ってるだろ」

「そうなんですね。島出身なんですか?」

「ああ、サーズデイって言ってもわからないか……」

「ルージニア連合国の東ですよね? シャングリラの南で、群島でも一番大きい?」

「そう! 知ってるのかい?」

「はい。俺、あそこで食べた豆の発酵食品で作った煎餅が忘れられなくて、この授業を取ったんです」

「なんだ、そうか!」

 上級生はものすごく驚いていた。悪いことではなさそうだ。


 先生が「レビシエさん! お静かに」と注意されていた。


「いやぁ、この授業で作ったんだけど、あんまり理解されなくてね。結局チーズばかり作ってて、いい加減、そろそろ自分の研究がしたいと思ってたんだ」

 レビシエと呼ばれた上級生は、握手を求めてきた。俺も求めていたので、握手をし返す。


「私、レビシエ。レビィって呼んで。よろしく」

「俺はコウジです。よろしくお願いします」

 もしかして俺もレビシエの研究を手伝ってもいいのだろうか。食に関しては闇の精霊にさんざん蘊蓄を聞かされたし、アペニールに旅行したときは嫌というほどいろんなものを食べたので、協力できるなら協力したい。

 何より料理を作れるようになると、そのまま屋台を出せると思う。ラジオでも宣伝すれば売れるんじゃないか。


「では、皆さん、グループに分かれて新入生に料理を教えてください」

「コウジ、何か食べたいものはあるかい?」

 俺はレビィがいる上級生のグループに参加することになった。レビィがリーダーで何でも作ってくれそうだ。


「実はさっき魔道具の授業を荒らしてしまって、先生が知り合いなんですけど、甘いものを持っていってお詫びに行こうと思ってるんです」

「そうか。甘味ね。だったら、タイヤキがいいかもね」

「たい焼きってアペニールの!?」

「知ってるのかい? 食べたことがあるなら、教えてほしいんだ。私たちも文献で読んだくらいで本物は見たことがないんだよ!」

「そうなんですか?」

「レシピだけ見ても、なにがタイなのかわからなくてね」

「形ですよ。鯛の形の鋳型があって、それで焼くんです」

「あー、そうなんだ。なんで鯛なの?」

「めでたいからじゃないですかね」

「じゃあ、四角でも丸でもいいの?」

 別の上級生の女性が聞いてきた。


「いいんだと思います。ただ、アペニールでは亀とか鶴とかのおめでたい鋳型を作ってましたけど、一番繁盛していたのはたい焼き屋でしたよ」

「わかった。鍛冶場に知り合いがいるから頼んでおく。今は私が鋳型を作ろう」

「レビィが……?」

「とりあえず、材料を混ぜておいておくれ」

「はい」


 よくはわからなかったが、俺は指示された通りに、食材を水で洗い、豆を煮ながら砂糖を入れていった。砂糖は白く、驚くほど甘かった。生地は先輩たちに任せて、俺は豆を潰しながら煮る作業だ。

 先輩たちは「上手い、上手い」と甘やかしてくれるので、豆を焦がすわけにはいかない。

 慎重に煮ていき、火を止めて冷やせば完成だ。


「後はレビィに任せたらいい」

「はい」

「鯛の型ってこんな感じかい?」

 

 レビィがたい焼きの形に作った魔力に生地を流しながら俺に見せてきた。


「そうです。え!? 魔力操作ですか?」

「いや、空間魔法だよ。得意でね。どうやら私には古代スカイポートの血が流れているのさ」

 スカイポートと言えば、シャルロッテ婆ちゃんがいた国だ。もし、その血が流れているとしたら、空間魔法が得意というのも頷ける。

 魔力に包んでいるとはいえ直火なので、レビィも丁寧にたい焼きを焼いていた。


「まさか空間魔法を使って、たい焼きを作るなんて……」

「はい、おあがり」


 出来立てのたい焼きはアペニールで食べたのと変わらず、んまかった~。


「コウジは、いい顔するなぁ」

「美味いっすもん」

 たい焼きは頭からでも尻尾からでも美味しい。


「さすがは特待十生ね」

「やめてよ」

 レビィは特待の中でも優秀な十人の中に入っているのだとか。これだけの精度で空間魔法を使える学生が優秀じゃなかったら、誰が優秀なんだという話だ。


「体育祭はどうするの?」

「気が早いわよ。でも、私は料理作るだけかな。試したい料理もあるし……。コウジは体動きそうよね」

「身体は皆、動きますよ。その体育祭っていうのは?」

「夏の初めに、学院の敷地全てを使ったお祭りね」

「バトルロワイヤルよ」


 先輩たちが教えてくれる。


「殺し合いですか?」

「殺しちゃダメよ。ある意味、潰しあいではあるけどね。昔、ある女学生が学院にいる先生も含めて全員を倒したことがあってね。その彼女が人類初の勇者になった記念に、学院全員でコインの取り合いをするのよ」


 セーラさんだ。なんて行事を作ってくれてるんだよ!


「商売をするもよし、戦って奪ってもよし、とにかくコインを集めたものが優勝。この時ばかりは先生も学生も関係ないの」

「それってたくさんコインを集めたら、有名になりますかね?」

「そうね。優勝者じゃなくても一目置かれると思うわ」


 コインを集めれば注目されて、ラジオ局を作りやすくなるかもしれない。しかも、バトルロワイヤル方式なら、情報が売れるはず。ラジオの受信機を売る恰好の機会だ。そもそもラジオに対する注目を集めたいなら、運営側に回るべきか。


「どうした? コウジ」

 じっと黙って、タイ焼きを齧っていたら、レビィに心配された。


「いや、今考えている商売を進められるかもしれないと思って……」

「コウジは商売するつもりなの。どんな?」

「それは、まだ秘密です」

「なにそれー。できたら教えてよね」

「はい」


 たい焼きをいくつか作ってもらって、放課後にアーリムさんに謝りに行った。

「これ、美味しいね」

 魔道具の天才にもたい焼きは好評だ。

「迷惑かけてすみません」

「まぁ、コウジにはちょっと退屈なんじゃないの?」

「でも、あれ、完成してないんですよね。ラジオ送信機であって、収音機や音量調節のための魔道具は必要なんで」

「そんな細かいものまで……」

「アーリムさんが作ったのは、大きいサイズのですか?」


 火の国にあるラジオ機器に使う魔道具は、ほぼすべてアーリムさんが作ったものだ。


「そうね。魔法陣も発見できてなかったしね。今なら、もっと小さく出来ると思うけど」

「空き部屋を勝手に借りてるんですけど、防音材とかあった方がいいですか?」

「それはあった方がいいけど、その前に、部屋はたぶん申請すれば正式に貸してくれると思うよ。とりあえず、各魔道具の設計図を書いてみなさい。私が見てあげるから」

「ありがとうございます」

「難しいね。先生って。皆、同じには教えられないもんね」

「すみません。変な一族で」

「仕方ないよ」

 アーリムさんはうちの一家を諦めてくれている。いい意味で。

「四大魔法の魔法陣だとか。近年は六大魔法になったから、範囲を増やすとか言っても、コウジには関係ないでしょ」

「なんですか、その魔法の分類」

「そうだよね。ちょっと今度の体育祭で、上級生に教えてあげなよ」

「何をですか?」

「魔力操作と性質変化」

「教えるって言っても、そもそも魔法の授業ってあるんじゃないんですか? 俺は取ってないけど」

「この学院は実力主義を掲げている割に、実力を認めないからね」

「それをわからせろっていうことですか? 俺はラジオ局を作って、運営側に回りたいんですけどね」

「そうなの? まぁ、できるのにやらないって結構ストレスだから、好きにした方がいいよ」

「あ、親父もそんなこと言ってたな」

「先生の先生が言ってるんだから、そうしなさい。私も学生にはそうしよう。出来る子は伸ばして、単位だけ欲しい子には単位だけを上げよう」


 アーリム先生の方針が決まってしまった。


 それからひと月の間、俺はラジオ局作りに没頭することになる。学院の総務部に、勝手に借りている部屋をラジオ部の部室と認めさせ、屋根に送信機を設置。収音機や調節器の素材は、だいたいダンジョンにあるもので揃えた。


「これ、昔の卒業生が作ったダンジョンの魔物と植物が描かれたノートなんだが、それから変わっていることがないか調べてくれないか?」

 鎧の獣人先生に頼まれて、ノートを受け取った。書いた人はセーラさんだろう。字がそっくりだ。


「いいですよ」

「そうか。報酬を出せないのが忍びないが、ダンジョン学の授業単位は受け取っておいてくれ」

「わかりました」


 驚くべきことに、学院のダンジョンには、世界中を旅しないと採取できない素材が多く揃っていた。ダンジョンの運営者が優秀なのだろう。かなり珍しいはずの雷ネズミの尻尾やラフレシアの粘液まであった。

 ちゃんと繁殖させていることが素晴らしい。俺も採りすぎないようにして、ひとまず10階層と呼ばれる部屋まで調べておいた。


「ノートだとこれ以上はいけないらしいな。すごい環境整備だ。誰かが遊びで作ったにしては出来過ぎている。世界中を旅した魔物学者でもない限りこれほどのダンジョンは出来ないんじゃないかな……。そんな人は数人しか思い浮かばないけど」


 親父の知り合い以外でも、世界には優秀な人はたくさんいるんだ。

 この学院にいるとよくわかる。


 俺はセーラさんが記したノートよりも多様性が生まれていることを書き記して、ダンジョン探索を終えた。


「めちゃくちゃきれいなダンジョンです。環境や魔物や植物の生態のことを熟知した人が作ってますね。こんな多様性があるダンジョンは見たことがありません。誰がマスターをやってるんですか?」

 思わず、鎧の獣人先生に聞いてしまったが、「ダンジョンマスターはわかっていない。おそらく数十年存在していない」と返されてしまった。だとすれば、誰かが自然にそうなるように仕組んだとしか思えない。

 セーラさんよりも前に、誰かが環境をデザインしたのだろうか。そういえば、南半球の魔物は極端に少なかったように思う。後から足されたような印象もある。


「この前は、ありがとな」


 考え事をしていたら、先日ナイフを貸してくれた犬耳の先輩が声をかけてくれた。


「いえいえ、こちらの方こそ」

「この前貰った素材で、ナイフを作ってみたんだが、どう思う?」

「やっぱり、鍛冶師の方でしたか。自作なんてすごいですね!」

 純粋に自分にはない能力を持っていることが羨ましい。


「駆け出しもいいところさ。どうも上手くいかないんで見てくれ」


 不思議な形状のナイフを手渡された。暗殺用だろうか。

 毒を多く含んでいた素材なので、魔力を込めていけば、毒魔法のスキルが手に入れられるだろう。ただ、形状的には毒を仕込もうとしているのかもしれないが、かなり根元まで刺さないと毒が魔物の体内に入らないだろう。

 考えすぎて、方向性がわからなくなった感じか。


「目的にもよるんじゃないですか?」

「目的?」

「例えば、これは毒魔法を発生させる練習用なら、最適だと思います。毒魔法ってそもそもとても珍しいスキルですが、防衛系の魔法で防げてしまう弱点もありますし、使いどころが限られている」

「ああ、そうだな」

 鍛冶師さんは大きく頷いていた。

「ただ、この形状には薬物を敵の体内に残そうという目的もありますよね?」

「確かに……」

「だとしたら、先端に細工をしておいた方が暗殺には向いているんですよ」

「ああ、そうか! これが槍の先であればいいけど、これはナイフだもんな!」

「そうです」

「なるほど。やっぱり本物の冒険者は違うな!」

「あ、俺は冒険者じゃないですよ」

「え!? 違うのか!? じゃあ、お前さんはいったい……!」

 この鍛冶師さんは、ものすごくリアクションがいい!

 話の聞き役としては最高かもしれない。


「すみません。お名前を伺ってもいいですか?」

「ゲンローだ。お前は?」

「コウジです。今度、鍛冶場を見に行っても構いませんか?」

「いいぞ! コウジは武器全般使えるのか?」

「ほとんど使ってこなかったですけど、武器の再現は死ぬほどやらされました」


 手の平から、魔力の剣を出して地面をひっかいた。


「空間魔法か?」

「いえ、魔力操作の一種です」

「世の中には面白い奴がいるなぁ!」


 そこで鐘がなった。

 

「鍛冶場、絶対行きますから!」

「ああ、いつでも来い! 待ってる!」


 その後、休講中のミストと合流。手に入れた素材で、送信機から魔力量の調整器を繋げたり、収音機を試したり、と忙しかった。


「なんで、普通に壁を歩いてるのよ」

「ミストもやろうと思えば歩けるよ。魔力操作で掴んでいけばいいだけだから」

「壁も天井も歩けないわよ!」

「怒ってないで、収音機に喋ってみて」


 収音機ことマイクを握りしめて、ミストは大きく息を吸った。

「わあっ!」

『……わぁ!』

 ラジオの受信機から、ミストの叫ぶ声がした。


「つながったぁ!」

「本当ね! 嘘みたい!」


 思わず二人でハイタッチしてしまった。配線や音量調節など課題はまだまだあるが、繋がったことが嬉しくて、その日はずっとニヤニヤが止まらなかった。


 部屋でもずっと魔道具の設計図を書いていた俺を見て、ルームメイトのウインクが、グイルに話しかけていた。

「グイル! 何なのこの二人は? 最近、こそこそやってるじゃない?」

「そうなんだよ。なんかやってるんだよな? 教えてくれないんだよ……」

「別に金になるようなことでもないし、勉強とは関係ないことさ」


 俺は机に向かいながら答えた。


「なおさら気になる!」

「俺たちはルームメイトだろ。少しくらい何をやっているのか教えてくれてもいいんじゃないか!?」

「ミスト、どうせバレるし、この二人になら言ってもいいかな?」

 俺は唯一の仲間であるミストに振ってみた。


「いいんじゃない。でも、二人とも聞くからには協力してよね! 今まで私一人が、コウジの非常識さに付き合ってきたんだから、二人にも味わってほしいわ」

「いいわ。味わおうじゃない!」

「俺も覚悟を決めた。で、何をやってるんだ?」


 俺は、二人の方を向いて座りなおした。


「俺たちは、ラジオ局を作ろうとしてるんだ」

「ラジオ……? 火の国で聞けるっていうやつ?」

「そう!」

 辛うじて、ウインクは知っていたらしい。グイルは商売をしているのに、存在すら知らなかったらしい。


「聞いたからには、入ってよね!」

「「わかった」」


 こうして俺たちは、たった4人で、ラジオ局を始めた。



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― 新着の感想 ―
[一言] もう終わってしまった物語がいつの間にやら復活していてしかも以前と同じく楽しい物語にワクワクしています、ブックマークから外さないでいて良かった、書籍化された内容は端折り方が雑で残念でしたので、…
[良い点] ラッパースイセン。おもしろ植物。 そこら中から植物のDJたちが ラップ、ラップ、ザ、SUI ラップ、ラップ、ザ、SEN とかやられたら最初の一分は笑い転げる。
[一言] 俺何かやっちゃいました?系は、やりすぎるとウザいだけの人になりえるからさじ加減が難しそう。
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