『遥か彼方の声を聞きながら……』2話目:コウジの学園生活
受験生はコースに分かれて受験するらしく、中で列ができている。俺は総合コースなので、列の一番後ろに並び試験の順番を待った。
初めに体力測定と魔力測定があり、次にペーパーテストがあるらしい。ペーパーテストが鬼門だ。アリスフェイ王国の王様の名前は昨日、覚えたが自信はない。
体力測定は重りを持って走り、魔力測定は魔法で人形を攻撃するだけで終わった。ペーパーテストは描かれた薬草の効能や魔物の名前を答えるのがほとんどで、ちょっとした計算問題もあったがそんなに難しいものではなかった。
テスト用紙に解答を書き終えた頃、部屋に中年男性が入ってきた。
「コウジという受験生はいますか?」
「はい、自分です!」
「あ、君か。ちょっと面接があるので、こちらに来てください」
なぜか俺だけが呼ばれた。
「大丈夫。君以外にも後から面接で呼ぶから」
「わかりました」
荷物をまとめて、中年男性についていく。長い廊下を進み、階段を上る。総合学院は過去、魔法学院だったらしく、現在は増改築の末、今の形に落ち着いたと中年男性が建物の名前などを解説してくれた。別館もあるらしく北の山脈地帯に広大な敷地があるのだとか。
「それでは改めて、ここが君の試験会場だ」
扉が開かれた先は外だった。一瞬試験に落ちたかと思ったが、面接官が五人いすを並べて座って書類を見ている。
「こんなところまですまないね。コウジ、君にはいろいろと聞きたいことが多くて、ここを選ばせてもらった」
長い白髭の老人が椅子から立ち上がって説明した。
「はい……」
「あなたは総合コースを希望ということだけど、魔法使いのプロになる気はないの?」
「武力でも構わんが?」
老人の両隣にいた魔法使いの女性と鎧を着た獣人男性が聞いてきた。
「すみません、魔法使いのプロってどういった職業なのかわからないです。武力のプロというのも乱暴者ということですか? そういうことがわからないのでこの学校に学びに来ました」
「そうか……」
両者とも「アグニスタ家の倅には言ってあるのか?」「さあ」などと勝手に会話を始めてしまった。
「出身は南半球と書いていますが?」
右端の初老の女性が聞いてきた。
「はい。ドワーフの方々と生活していました」
「遠いところわざわざありがとうね」
初老の女性はにっこり笑った。
「薬草学のベルべ先生からはなにか?」
「僕は一目だけ見ておこうかと思って来ただけです」
黒いローブをまとった教師は俺を見て頷いただけだった。
「ふむ、では私から一つだけ。この学院に入学したとして目的はなにかあるかい?」
「普通の人間の生活を学ぶことです。この前、成人を迎えたのですが、職業が未だ決まらずこの学校、いや総合学院で学び将来を決めていこうかと思ってきました」
「我々も君のような者に、一つでも多くの学びがあることを望むよ。他には?」
老人が面接官たちを見た。
「ああ、新入生の中に貴族の子供たちがいるから、鼻っ柱を折ってやってくれると助かる」
「血筋について何か言われるかもしれないわ。尻を蹴り上げて構わないからぶっ飛ばしていい。意味のないことが多すぎるのよ」
魔法使いのプロと武力のプロが真面目な顔で頼んできた。
「この学校は実力主義ではありますが、普通の生活も学べますから心配しなくても大丈夫よ」
心配そうな俺の顔を見て、初老の女性が説明してくれた。
「戻っていいよ」
俺は「失礼しました」と言って、建物の中に入った。どこに戻ればいいのかわからないが、とりあえずペーパーテストを受けた試験会場へと向かう。長い廊下を通っていると、先ほどいた黒いローブの教師が天井から現れ、俺の目の前に立った。
「失礼。少し時間いいかな?」
「え? はい」
「君の正体について僕は知っている。ベルサの父親だからだ」
ベルサさんとは俺の魔物学の師匠だ。魔物の名前は全てベルサさんから学んだと言ってもいい。新種に珍種、観察の仕方から、解剖、処理、魔族との違いまで全部教えてくれた。親父の会社の社員でもあるため、やはり世界を放浪している。ただ、ベルサさんは自分の父親について「バカな貴族」としか言っていなかった。
「あ、そうなんですか!? そう言われてみると似てらっしゃいますね」
「隠しておいた方がいいんだろう。君が何者か、誰の息子か」
「はい。今までのことは忘れて、普通の人間の生活を学んで来いと言われていますから」
「君の父上にか?」
「いや、親父は無理するなと言ってましたけど。できることをできないように振舞うのはストレスだとか」
俺がそう言うと、ベルサさんの父親は腹を抱えて笑っていた。
「さすがコムロカンパニーだな。いや、もう言わない。もし正体がバレそうになったら、僕の部屋を訪ねてくれ。対処できるかもしれないから」
「ありがとうございます。助かります。あれ? 俺って入学できるんですかね?」
「ああ、口を滑らせてしまったな。まぁ、でも、いいか。入学できるよ。体力測定の段階で君が入学できることは決まっていたさ。学生には少し手加減をしてやってくれたまえ」
「は、はぁ……」
「今はわからんだろう。普通の人間の生活を楽しんでくれ」
ベルサさんの父親はまた蜘蛛の巣を髪にまとわせて天井裏に消えていった。
「あの人は変な人だから関わらなくていいな」
テストをしていた部屋に戻ると、受験生の人数が減っていた。部屋にいた教師の一人に、ここで待つよう言われ、大人しく待つことに。その間も、部屋から受験生が何人か呼ばれ、戻ってくる者と戻ってこない者がいた。
腹が空いてきた頃、鐘の音が鳴り、「合格おめでとう」という教師の一言で部屋に残っていた全員の合格が伝えられた。
「家が近い者は帰って、支度をして明日また来てください。出口は後ろのドアから。今日泊まる場所がないものはこのまま寮に入ってもらいます。腹が減っていたら食堂に行ってください。夕飯が用意されていますから」
夕飯が用意されているというのはどういうことなのだろうか。とりあえず、腹が減っていたので、食堂と書かれた場所に行ってみることにした。
同じく空腹の新入生に紛れて行ってみると、奥のカウンターで学生たちが作るのに手間がかかる豪勢な肉と野菜の煮物をもらっていた。しかも、パンとスープも付いている。
「……どうなってるんだ?」
「なんだ? 知らなかったのか? ここは飯が美味いって有名な学校なんだぜ」
呆然と立っていた俺に、大きな獣人が話しかけてきた。試験で見た新入生だ。
「あの豪勢な飯はいくらで買えるんだ?」
「無料だ。本来は授業料を払ったら付いてくるんだけどな。俺たちは特待生ってことで、それも無料。あ、ほら書いてある。おかわりが欲しければ銅貨1枚だそうだ」
食堂の入り口にある看板にお代わり、ランチのお弁当は銅貨1枚と書かれていた。
「金があればいくらでも食べられるじゃないか?」
「まぁ、そうだけどお前、試験の成績優秀だったんだろ。フードファイターになるつもりか?」
「成績ってどうやって知るんだ? ファイターにはならないと思うぞ。俺、田舎から出て来たばっかりで、いろいろ知らないことが多いから、教えてくれないか?」
獣人は丸い団子鼻をすすった。
「俺も田舎から出て来たばかりだ。知ってることを共有しよう」
俺は獣人について行ってカウンターでトレーに乗った夕飯を受け取り、近くのテーブル席に座った。俺にとってはどんな魔法よりもミラクルが目の前で起きている。なんの狩りもしていないというのに、飯が出てきたのだ。しかも無料で。
「五歳児に戻った気分だ……。食っていいんだよな?」
「はは、胃袋に納めちまえば、誰も返せとは言わないさ」
肉と野菜の煮物は今まで食べてきたどの料理よりも味が複雑で、なにを食べたのかよくわからなかった。でも、美味しいのだけはわかる。
「……美味いな」
「お前、食うの早いな」
気付けば、パンも煮物もスープも食べてしまった後だった。
「どう、礼をすればいいんだ?」
「ご馳走様って言っておけばいいんじゃないか? それより、お前、名前は? どこから来たんだ?」
「名前はコウジだ。ただのコウジ。南の方から来た」
俺は大きな獣人に簡単な自己紹介をした。
「南って村の名前とか、町の名前はないのか?」
世界樹というのは町じゃないし、地下帝国って言っても通じるのか。
「テイコク村ってものすごい僻地にあるんだけど知ってるか?」
「いや、知らない。どこにあるんだよ。ずいぶん遠くから来たんだなぁ」
「お前は?」
同世代だと思って気安く聞いてみた。
「GG商会のグイルだ。かの勇者の仲間、グーシュ様は遠い親戚にあたるんだぜ」
「へ~」
そういや、セーラさんの仲間に獣人の方がいたな。
「出身は東にあるオスローって町さ。結構遠くだと思ってたけど、エルフもいるし、小人族もいるってことはもっと遠くからこの学院に入ってくるんだな。外国だろ? あいつらの出身は」
グイルは周囲を見回して、スープを飲んでいた。
「そういや今日泊まる寮ってのは?」
「学院に併設されてる寮に泊まるんだ。金がかからないし、風呂もついて朝飯もついてくるからな」
「そんな至れり尽くせりなのに、また無料なのか? どうなってるんだ人間の学校は?」
俺は自分の価値観が崩れていくのを感じた。
「人類初の勇者を輩出した学院だぜ。人気もあるし、寄付金も多いのさ。どんどん使って経済を回した方がいい」
セーラさんって、そんなすごい人だったのか。安易にダンジョンまで遊びに行ったりしてたけど、言わない方がいいかもしれない。
「俺、ずっと学生でもいいな……」
「止せよ。研究者にでもなるつもりか?」
北極大陸の研究者たちは確かに楽しそうだが、食料を得るのが大変そうだった。しかも光の勇者であるヨハンさんは娼館通いばっかりしていて、楽しそうではあるが全く尊敬できない。ああなってしまうのかと思うと、将来が不安だ。
「研究者はちょっと……。違う職種ないかな」
「コウジはなんにでもなれそうな成績なんだろ? 将来については決めてないのか?」
「決めてないよ。だから学校に来たんだ。それより、どうして俺の成績がわかるんだ?」
「初めに面接に行っただろ? 体力測定と魔力測定の成績が優秀だったからだ。身体も大きいわけではないのに、筋肉も魔力も高いんだな。皆、注目してるぞ。ほら」
「え?」
田舎者だから見られていると思って気にはなっていたが、成績がよかったからなのか。周囲から視線が集まっているらしいので、顔芸でもしておこう。
目を小さくして鼻を膨らませ、口を手で広げて見せた。
「なにやってんだ!?」
「いや、ヒッポクラデスの物真似。湿地帯にいる魔物なんだけど、知ってる?」
カバの魔物だ。
「いや、知らないが、なんでやったんだ」
「注目を集めてるみたいだから、一発、顔芸でもやったほうがいいかと思ったが、滑ったみたいだ」
そう言うと、グイルは笑いながらスープを飲んでいた。他にも隅の方で笑っている上級生が何人かいたので、ややウケ程度か。
ただ、顔芸一発で、俺への興味は薄れたのか、徐々に見向きもされなくなっていった。
夕飯を食べ終わり、グイルと一緒に寮へと向かう。
壁に貼られている学院の地図を見つつ、警備の魔族に道を聞きながら向かっていると、途中のホールで騒ぎが起こっていた。
「貴族の俺様が、なぜ愚民であるお前のような小人族と一緒の部屋に泊まらないといけないのだ?」
貴族が小人族を突き飛ばしていた。同室になるのが嫌なのか。
「あ? あの紋章は雷帝の家系だな。商売になるかもしれない。コウジ、ちょっとここで待っててくれ」
グイルはそう言って、大きな荷物を抱えて壁際でなにかやり始めた。
「俺様は、アリスフェイ王国軍の雷帝・エレクドレーク卿の血筋だぞ。亜人の貴様とはわけが違うのだ!」
ころころと転がった小人族は受け身を取って、すっと立ち上がった。
「いいではないか! 同室になって雷魔法というのを教えてくれても損などないぞ」
小人族も言う。
すでに野次馬の上級生も新入生も集まってきている。
「なぁ、ちょっといいか?」
俺は近くにいた黒髪で肌が真っ白な女の子に話しかけた。荷物も服も真っ黒で、毛皮のコートを畳んで持っていたので、寒い地方から来た新入生だろう。
「ん?」
「雷魔法を使えるとなんかいいことあるのか?」
「さあ?」
俺も女の子も首を傾げた。
「愚民の貴様たちに言っておくことがある! 我が雷帝の家系は人族でも珍しい雷魔法のスキルを生まれながらにして習得している血筋! 出自が違うのだ! お前らとは!」
貴族はそう啖呵を切ったが、ちょっとおかしい気がする。
「ウールのセーターを着る地方だったら静電気で雷スキルくらい時々現れるんじゃなかったか?」
黒髪の女の子に聞いてみた。
「うん、別に珍しくない」
「雷魔法のスキルは持ってる?」
「持ってるけど、必要ないから取ってない」
「だよな。でも雷魔法スキルを持ってたら、軍の偉い人になれんのか?」
「この国だけよ」
その言葉が聞こえたのか、怒っていた貴族は自分の手に魔力を込め始めた。
「みっともないからやめなさい! どこの田舎貴族よ!?」
野次馬をかき分けて、上級生の一人が騒ぎを収めにやってきた。
「出自でバカにされる言われはない!」
「一般入試で来た子たちは初日よ。貴族なら余裕を持ちなさい。バカにされるのは親なんだから、いいこと……」
上級生は貴族の新入生に、貴族の社交界での噂などを説明しながら説教している。
「大変だな、貴族って」
「そうね……」
黒髪の女の子はそう言って、空き部屋を教えている上級生の下に向かった。
「よってらっしゃい見てらっしゃい、あの貴族の坊やが言っていた雷魔法のスキルだが、なんとこの服を着れば高確率で発生するかも! 軍のお偉方になる将来有望な新入生諸君、雷魔法スキルくらいはできなきゃ困るかも! 今ならたった銀貨三枚! お友達価格だ、今日は銀貨二枚にしちゃおう!」
グイルがホールの隅でウールのセーターの叩き売りを始めている。大商人の家系はたくましい。
「おいおい、嘘だろ!」
「どうしてあのモデルが!」
俺も空き部屋を探そうと思ったら、再びホールにどよめきが起こった。
廊下から背の高いエルフの女性が、下々を見下すように歩いてきた。歩き方が堂に入っていて、優雅だ。
「有名人なのか?」
近くにいたダークエルフに聞いてみた。
「ああ、有名ブランド・ゼファソンのモデルだった奴だろ。ふん、いつまでも見下せると思うなよ」
ダークエルフは小声でそう吐き捨てて、どこかへ行ってしまった。
ゼファソンというのは親父の部下であるメルモさんが作ったファッションブランドのはず。工房のある島に行ったことがあるが、あまりいい思い出はない。
何をしに学校に来たのかわからないが、エルフのモデルはすでに上級生からも新入生からも羨望の眼差しを集めている。一緒の部屋になりたいという女子たちに囲まれていた。
「他人のことより自分の寝床だな」
俺は掲示板に張り出された空き部屋を確認。上級生にも「この部屋は人気ですか?」と聞いて、今日泊まる部屋へ。下級生は四人部屋で、上級生になると二人部屋なのだそうだ。さらに、成績が優秀な者や特殊な魔族などの学生たちは一人部屋が用意されているという。
「しかし、大きな建物だな」
部屋は地下もあるらしく、俺は住み慣れた地下の部屋を選んだ。
地下は独特の土の臭いがするため、あまり人気はないそうなのでゆっくりできるだろう。正直、ちょっと疲れた。
ガチャ。
開けてみると、先ほどの黒髪の女の子が、心底疲れたようにベッドに座って荷ほどきをしていた。
「あれ? さっきの。空き部屋だって聞いてたけど?」
「今、埋まったわ」
「ああ……、今から戻って空き部屋探すのが面倒なんで、一泊相部屋でもいいか? どうせ、四人部屋なんだし」
「でも、私は女で、あなたは男だわ?」
「問題あるか? 寝るだけだぜ」
「危険回避のため、拘束するかもしれないわよ」
「俺が寝た後なら、なにしてもいい。今すぐにでも寝たいんだ」
「わかったわ」
俺は黒髪の女の子から一番離れたベッドにして、備え付けのロッカーに靴と荷物を放り込んでベッドに寝転がった。どこまでも沈んでいきそうなふかふかのマットと洗い立てのシーツが心地いい。
日頃、地面に毛皮を敷いて寝ている俺からすれば柔らかすぎるくらいだ。
「あなた名前は?」
黒髪の女の子が自己紹介を要求してきた。
「コウジ。南のテイコク村から来た」
「私はミスト。死者の国から来たネクロマンサーよ」
「そうか……、長旅ご苦労さん」
このベッドに寝ていれば、自然と意識がどんどん遠のいていくようだ。
「……嫌じゃないの? 死臭がしたり、気味悪がったりしないの?」
「死者の国の人たちは家族思いで勇敢な人が多いって親父が言ってた。俺もそう思う……」
過去に死者の国が、他国から狙われたことがあったらしい。俺が生まれる前の話だから詳しくは知らないが、勇猛に戦い、敵を完膚なきまでに倒したことは知っている。
「死者の国に来たことあるの!? どうやって!?」
「家族旅行で連れていかれたことがあるんだ。ダンジョンを通って……。なぁ、もういいか。このベッドで横になると睡魔に勝てない……」
「ちょっと家族って! え!? どういう……」
ミストの声が聞こえたが、俺は睡魔に負けることにした。
目が覚めると部屋の中が真っ暗だった。
地下帝国も、暗かったので特に問題はない。
魔力で魔石灯を探し、仄かに明かりを灯す。四人部屋の四つのベッドは埋まっていた。隣はグイルが鼾をかいて寝ている。向かい側には、エルフのモデルが、その隣にミストが寝ているらしい。
「これが学生生活か」
とりあえず、皆が寝ているので音を立てないようにタオルを持って部屋を出た。
階段を上り、掲示板に描かれた学院の地図を見ると、大浴場の文字がある。
「朝風呂もいいな」
地図を見たとはいえ、そもそも、現在地がどこなのかわからない。
とりあえず、近くにいた警備の魔族や早朝から働いている掃除夫さんに「おはようございます」と挨拶。ほとんどの学生が起きていない時間だからか、皆一様に驚いていたが挨拶すると返してくれたし、大浴場への道も「あっちだよ」と親切に教えてくれる。
風呂は三〇人くらい一度に入れるくらいの大きさがあり、洗い場も広い。旅の汚れを十分に落としてから風呂に入る。
「おえ~っす~」
全身から力が抜け、身体の芯が温まっていく。周囲には誰もいない。一番風呂か。
「しかし、この学校はどこに行っても匂いが強いな」
大浴場の中は石鹸に含まれた春の花の匂いが充満している。食堂もいろんな香草の匂いがしていた。狩りをするときに、こんな匂いをまき散らしていたら魔物は狩れないだろう。
「この時期の学生たちはなにを狩ってるんだろうな」
南半球では夏が終わり、北半球では春が始まっている。冬眠から覚めた魔物は繁殖期に入るものも多い。
狩れる魔物は多いが、興奮していて危険だ。専属の冒険者でも雇ってるのかな。
◇
「専属の冒険者なんて聞いたことないよ」
俺の疑問を料理人にぶつけてみると、そう返ってきた。
「狩りもせず、どうやってこんな美味しそうな朝飯ができるんです?」
朝飯はベーコンエッグに黄色いパン。野菜スープとサラダもある。相変わらず至れり尽くせり。これが無料なのだからわけがわからないが、ちょっとずつ聞いて理解していこう。
「家畜がいるんだ。フィールドボアを品種改良して飼いやすくしている。野菜だって農家が作ってるんだから同じさ」
「じゃあ、狩りをしなくていいんですか?」
「ああ、俺なんかしたことないぜ。理由もなく森に入らないだろ? 貴族の中には人生で魔物に遭わない人だっているんだから」
この料理人はいったい何を言っているのだろう。
都会の人は不思議なことばかり言うなぁ。
「そんなバカな……」
「いやぁ、いるんだよ。役人なんかも虫の魔物くらいにしか遭わないと思うぞ」
他の料理人もそう言っていた。
朝が早すぎるため、学生が誰もいない食堂で俺は一人、朝飯を食べながらそんなことが可能なのか考えてみた。もちろん、世界樹でも魔物を飼うことはあった。ただ、短期的に片手で数えられる程度の数だ。
この王都にはよほど大きな豚小屋があって、それを維持し続ける必要がある。そんなものがあればさすがに気づく。もしかして王都で放し飼いにしているのかもしれない。
でも、学校に来るまでそんな魔物を見ていない。せいぜい、ネズミの魔物や猫の魔物くらいだ。田舎者の俺を騙しているのかな。
「王都はフィールドボアだらけになりませんか?」
食器を返すときに、また料理人に聞いてみた。
「王都には肉屋がある。飼っているのは王都の近くの村さ。大きな豚小屋もあるぞ。今度行ってみてみろ」
「他所で育てて、肉屋で解体して、ベーコンに加工して、この学校に届くんだ。わかったか? 新入生」
料理人たちが親切に教えてくれた。
「わかりました」
王都には人が多いと思ったが、納得した。すさまじい量の分業によって成り立ってるんだ。おそらく運ぶことを専門にしている人もいるだろう。
「もしかして都会ってめちゃくちゃ職業があるんじゃないか?」
普通の人の生活を知るには、どんな職業があるのか知る必要がある。厨房にいた料理人たちは本当に料理だけで生計を立てているんだ。
「マジかよ。そんな中から一つに決めろって無理じゃねぇか?」
頭を抱えながら、俺は自分の部屋に戻ろうと廊下を進んだ。どうせ迷うので、一旦ホールに向かう。
ホールにはなぜか学生たちが箒を片手に集まっていた。空を飛ぶ練習でもするのだろうか。
「お、いた! 特待生一位のコウジってのは君だろ?」
さわやかイケメンの上級生に話しかけられた。
「特待生ってのが、なにかわかってませんがコウジは俺ですけど……なにか?」
「君も学院前の清掃に参加しないか?」
そう言えば、入学試験の前に掃除をしていた学生たちがいた。
「意味があるんですか?」
「社交界では自分たちの子供の話でもちきりだって知ってるかい? つまり我々が目立つことをすればするほど、社交界での親たちの鼻が高くなるというものさ」
「社交界って貴族のですか?」
「もちろん、そうだよ」
「あー、俺は貴族出身じゃないから興味ないです。うちの親も子供が掃除したくらいで自慢しませんから……」
そう言うと、話しかけてきた上級生は絶望したような顔になって動きを止めた。
「あ、あのー、そんなことより地下の自室に戻りたいんですけど、こっちで道あってます?」
「……」
「あ、いいです。自分で探します」
結局、俺は地下の部屋をめぐり自力で探し出した。
地下にある自室は男女の四人部屋。日の光はないものの、天井についている魔石灯が明るい。外の光と連動しているのか。
ミストが着替えているグイルに怒っていた。
「どうして男のあなたがいるの!?」
「え? コウジも男だろ。別に一泊くらいどうでもいいじゃないか」
グイルはあくびをしながら、制服のズボンを穿いている。この学院には制服があるが、魔族の中には着られない種族もいるので私服でも構わないらしい。
「おはよう」
「「おはよう」」
挨拶をするとグイルと背の高いモデルだというエルフの女学生が返してくれた。モデルのエルフは下着姿でスカートを自分のリュック内から探していた。あまりにも均整がとれているためか、石膏像でも見ているようでまるでエロくない。
「コウジ! あんたが来たせいで、この部屋の人が多くなっちゃったじゃない!」
ミストは怒っているが、別に俺のせいではない。
「皆、いろいろ事情があるんだから、わがまま言うなよ」
「そうだぞ。だいたい、この部屋しか空いてなかったし。なぁ、エルフの……」
「ウインク。誰か私のスカート穿いてない?」
ウインクは自分のリュックを逆さまにしてベッドに中身をぶちまけていた。
「穿いてないわよ。私はサイズが合わないし、他の二人は男よ」
ミストがツッコんでいたが、ウインクは聞かずにシャツを着ていた。
「ミストは準備しなくていいのか。今日は初日だろ。初日くらいは寝間着で行かない方がいいんじゃないか?」
「このままでは行かないわ! まったく!」
ミストはわざわざつい立を用意して着替えていた。
俺も準備をするか。
「グイル。今日って筆記用具とかいるのかな?」
隣のベッドにいるグイルに聞いてみた。
「初日はどうせオリエンテーションじゃないか。ま、俺は売れるかもしれないから持っているけど。欲しければ売るぞ」
紐で束ねたペンを見せてくれた。
「一本頂戴」
銅貨一枚でグイルからペンを買った。
「まいど」
ノートは購買で売っているらしい。今日は適当なメモ帳で済ませる。授業によっては使わないかもしれない。
グイルは昨日、先輩たちからいろいろ聞いて回っていたため、深夜まで部屋を探せなかったようだ。
「グイルは事情通ね。今年の入試で一位だった学生ってわかる?」
未だスカートを穿いていないウインクが聞いていた。
「そりゃ、目の前にいるよ。コウジが一位だ」
「え? そうなのか? さっきも上級生に特待生一位がどうとか言われたんだけど、そんなのどうやってわかるんだよ」
「一番初めに面接に行ったんだからコウジが成績一位だよ。昨日言ってたじゃないか。ウインクはコウジになんか用があるのか?」
「ああ、制服のズボン買ってなかったら、はい、これ」
ウインクは俺に制服のズボンを渡してきた。
「メルモッチさんって知り合いじゃない? 成績一位の人に渡してって言われたんだけど」
「ファッションデザイナーだろ? 知らなくはないけど……世界的に有名なんだから、誰だって知ってるだろ?」
メルモさんは親父の部下だけど、もしかしたらなにか情報が伝わっているのかな。
「もらっていいのか?」
「うん。裾上げするから、着て」
「いいなぁ。メルモッチ・ゼファソンから制服貰えるのかよ」
グイルは羨ましがっているけど、俺としてはあんまり親につながるようなことはしたくない。
そう思いながらも、ズボンを穿くと、ウエストはぴったりだった。裾はパンティ姿のウインクが、物の数分で直してくれた。
「早いな」
「裁縫屋だからね。このくらいはわけないよ」
アイロンまでかけてもらったので、俺はよれよれのシャツにきっちりしたズボンといういでたちで準備完了。
ウインクもアイロンをかけたスカートを穿いて、見る間にモデルになっていった。魔石灯の明かりが金髪を照らし、引き締まった顔から愛嬌が消え、すらりと伸びた手足には神々しさすら宿っているようだ。
「私、服着ると性格変わるから話しかけられても返事しないかも。よろしくて下民ども」
見事な変身ぶりに俺もグイルも「はい」としか返事できなかった。
「魅了スキルでも使ったのか?」
「そんな下賤なことは下民たちでやったらいいわ。私には必要ないの」
つい立から制服姿のミストが出てきたが、ウインクと比べるとちんちくりんに見えてしまう。十分、お人形のようにかわいいのだが。
「私を見て憧れるのは勝手だけど、ついてこないでね。煩わしいから」
何も言っていないミストにウインクが言っていた。
「あら、骨密度が低そうな細いエルフに私が興味を持つと思う? ウインク、あなたのうぬぼれは腐敗臭よりも鼻につくわ。かまってあげられなくてごめんね。あなたたちも部屋から出たら、知らないふりをしてね。同類と思われたくないから」
ミストはそう言って、とっとと部屋を出て行った。
「痛烈!」
グイルはそう言って笑っていた。
「彼女は……?」
「ああ、死者の国から来たネクロマンサーらしい」
「いいライバルになりそう。この学校に来てよかったわ」
ウインクはそう言うと、鞄を持って部屋を出て行った。
学校初日はグイルが言ったようにオリエンテーションで、各コースの授業説明だった。総合コースの俺はなんの授業でも受けていいらしい。
「普通の学生ってどんな授業を受けるんだ?」
「自分のなりたい将来考えて、決めるんだろ。俺は商業系だな。算学とか商品になりそうな魔物学に植物学も取るつもりだ。魔道具学なんかもいいよなぁ」
グイルと一緒に教室で考えている。最近、授業を受ける部屋を教室と呼ぶのを知った。
「全部取ったらどうなる?」
「死んじゃうんじゃないか。そもそも同時刻にある授業を受けるのは不可能だ」
「そうとも限らん。アーカイブが残る場合もあるでござるよ」
唐突に髷頭の上級生が教室に入ってきて話しかけてきた。
「ああ、すまん。アペニール出身のダイトキでござる。下級生が困っているようなら助けてやってくれと言われていてね」
アペニールはよくトキオリ爺さんに連れていかれた。
「アペニールは飯が美味いっすよね。おでんとか漬物が好きです」
「お主、アペニールに行ったことがあるのか? 嬉しいな。だが、魚料理は寒い地方の方が美味い。身がしまっているからな。こればっかりは仕方がないのだ。あ、いや、失礼。授業についてだったな」
「あ、そうでした。新入生のコウジと申します。何の授業を取っていいのやら、皆目わからなくて」
授業内容などが書かれているシラバスをめくる。
「同時刻の授業も取れるというのはどういうことですか?」
グイルがダイトキに聞いた。
「基本的には課題が提出できないから、たくさん授業を取るのはお勧めしないが、時魔法の魔道具で過去の授業を見ることができるのでござる。外で働いている学生なんかはそうやっているなぁ。友人の山賊はそうやって単位を取っている」
「山賊が友達なんですか?」
「軍の訓練に付き合うらしいのでござる」
もしや俺が見たあの山賊はこの学院の学生だったのか。それにしては髭面だったが。
「あとは、衛兵や冒険者が手を出しにくい件なんかを担当している者もいるぞ。とにかく同時刻の授業も取ろうと思えば取れる。よく課題の提出を見ておくことだ」
ダイトキはシラバスに書いてある提出物の有無などの欄を指さした。
見ても正直よくわからないが、自分の将来になりたい職業から逆算していくのが普通らしい。俺としては、そこが最もわからないところなのだが。
「コウジは強さに憧れたり、金が欲しいとかモテたいとかないのでござるか?」
腕を組んで悩んでいたら、ダイトキが聞いてきた。
「別にないですね」
「では世の中が便利になったり面白くなったりするのはどうでござる?」
「ああ、面白い世の中になるのはいいですね。もっと遠くでもラジオが聞けるようになったりするなら、かなり頑張れると思いますけど……」
「ラジオ好きか……。だったら魔道具学がいいんじゃないか?」
「なるほど! そういう感じで選べばいいのか」
そう言いながら、魔道具学の授業に〇を書いた。
「だとしたら空間魔法とかが学べる授業ってありませんか?」
「あー、それは教師の方が対応できていないでござる。ただ、空間魔法が得意な学生はいるから、聞けばいいのではないか。あと空間魔法ならダンジョン学を取ることを薦めるよ」
「なるほど、助かります」
ダンジョン学にも〇を書いておく。
「職業に迷っているなら経済学もいいし、世の中を変えたいのなら政治学もいいでござる。植物学は好きなら取っておけばいいが、合わない者には合わないはずだ……」
その後もいろいろと教えてもらって、適当に人気の授業を取ってみることにした。どんなに課題を落としたとしても退学になることは稀だという。
「働きながらでもこの学院に来てもいいんですか?」
グイルが聞いていた。
「無論、よいのでござるよ。自分も時々冒険者の手伝いで外出するし、学内で育てた野菜や魔物の乳や卵を加工して売ったりしている者もいる」
「学内での商売ができると聞いていたけど、そういうことだったんですね」
「試作品を配って、使っている者の感想なんか聞けたりもするので、この学院は便利でござる。ただ、魔道結社や貴族連合と呼ばれるおかしな集団もいるので気を付けてくれ」
バンッ!
俺たちの会話を遮るように扉が開いて、唐突に学生が入ってきた。
「君たちだって、特待十生なんて呼ばれているじゃないか」
真っ白いシャツとズボンの上級生が教室に入ってくるなり、ダイトキに言い放った。
「入試で一位を取った彼を仲間に引き入れようとしているんだろ?」
上級生は俺を見ながら、革靴の音を立てて近づいてきた。
「いや、そういう意図はないでござる」
「このダイトキはね、特待生の中でもさらに優秀な上位十人の『特待十生』と呼ばれるうちの一人だ。まだこの学院に三年しかいないというのに」
「それをいうなら、一位は二年しかいないのでござるよ。貴族様」
ダイトキは嫌味をいうように白シャツの上級生に言った。
「国の威信が崩れていくようだ。特待十生の中にアリスフェイの者は一人になってしまった。しかも貴族はいない。わざわざ入学試験を分けているというのに」
白シャツの上級生は頷きながら、自分たち貴族の状況を憂いているらしい。
「だが、いつまでも椅子に座っていられると思うなよ!」
「欲しければどうぞ持って行ってください。特待十生の中に権威に執着している者などいないのでござるよ」
「な? 腹立たしい限りだろ? まぁ、いい。首を洗って待っていろ! 武士殿」
白シャツの上級生はダイトキにキスでもするんじゃないかという距離まで詰め寄って教室を出ていった。
「ちなみに今のが貴族連合の長でござる。ああいう手合いを相手するのは疲れる」
「関わらない方がいいみたいですね」
「そうでもない。彼らも必死なのでござる。君のことも気になっているし、自分たちのことも気にしてほしいのでござるよ」
「そうは言っても俺なんか新入生ですよ。貴族の方たちからすればどうでもいい存在なのでは?」
「派閥争いは数だ。数も利用価値があるのでござる。気をつけて相手をしていれば、学外では実に利用価値が高い者たちだ。それなりに気にかけてやってほしいのでござる。それより、なんの話をしていたかな? 時を戻そう」
ダイトキはいい声で話を強引に戻した。
「商売の話です。どうにか便利な魔道具を作って商売を始めたいんですけど、そういうのもできますか?」
グイルが聞いた。
「無論、できる。本当いうと、ここに来たのは友人の事業を手伝うために来たのだ。そろそろその友人がやってくるので、準備をしてもいいかな」
「すみません。どうぞ」
ダイトキは教室の後ろの壁に、模様が描かれたロール状のシールをぺたぺた貼り始めた。おそらく、その模様は空間魔法の魔法陣のようなので、誰かが転移してくるのかもしれない。
ドアと同じくらいの四角型に貼られたシールにダイトキが魔力を流すと、青白く光り始め、壁が蜃気楼のようにグニャリと歪んで小さなトンネルが出来上がった。
そのトンネルを足音もたてずに杖を持った女が歩いて出てきた。サルエルパンツ姿にベージュのTシャツという、飾り気ゼロのその女は目が細く、ほとんどつぶっているように見える。髪は後ろで縛っていて、横は刈り上げているらしい。どこかの民族か、それともファッションか。
「どうだったでござる? シェム」
シェムという名の女はダイトキにそう聞かれていた。
「遅効性の罠は面白いよ。ただ、動きが単調な魔物の配置だとあまり意味がないと思うけど。それより、そちらは……?」
ほとんど目を開けずにこちらを見てきた。
「新入生でござる」
「コウジです」
「グイルです。いったい、どこから現れたんですか?」
「ダンジョンだよ。未発達のね」
「ダイトキさんたちはダンジョンを作ってるんですか?」
「ああ、シェムの事業でござる」
「誰もがダンジョンを持てる時代を作ろうとしてるんだけど、なかなか難しくてね……」
人工的にダンジョンを作れるとして、全世界の人間がダンジョンマスターになったとしたら、時代が大きく変わってしまうだろう。何人か知り合いにダンジョンマスターはいるけど、人格次第で巨大な罠にも生活環境にもなり得る。おそらくそれだけじゃない。
いや、そもそも時代を作るって……。
「そんなこと出来るんですか?」
「いけると思うんだけどなぁ……」
シェムは天井を見上げて、少しだけ目を開いた。
「この学校で商売はできるし、魔道具だって作れるようになる。ただ、ここでは何を作るのか、どう売るのかよりも、どういうビジョンを持っているかの方が人を惹きつけるのでござる。その点で間違いなくシェムがこの学校の一位でござるよ」
「はぁ……」
グイルは圧倒されたように、シェムを見た。
ぼーっとした平たい顔のシェムは、俺を珍しい生き物でも見るような目で見てきた。もしかしたら、鑑定スキルを持っているのかもしれない。
「コウジ君は南の香りがするね」
唐突にシェムが言ってきた。
「出身は南の方ですよ。なにか鑑定するスキルを持ってるんですか?」
「いや、それだけ魔力操作に長けていれば誰でも……わからない?」
シェムはダイトキに視線を送ったが、ダイトキは首を横に振った。
「失礼だったら、すまぬ。シェムは時々、妙なことを言うのだ」
「私は彼の魔力を感じ取っただけよ」
「ほら、魔体術の伝道師のようなことを言う」
呆れたようにダイトキが言った。
「魔力が見えるのって変ですか? 俺もできますけど」
「ほらね、ダイトキ。私たちが普通で、あなたたちが変なのよ」
「そんなことはないと思うが……。そうか、コウジは、どこでそれを覚えたのだ?」
「どこって、普通に生きてたら」
「普通じゃない者ほど、普通と言う。とにかく、シェムはダンジョンの記録を書き出しておいてくれ」
「はい」
シェムは返事をして、教室から出て行こうとして戻ってきた。
「新入生のコウジくん、よろしく。改めて、ゴーレム族のシェムよ」
シェムは俺に手を差し出してきた。俺はそれを掴み、握手する。
「人族のコウジです。魔族だったんですね」
「身体は人族なんだけど、古いダンジョン跡でゴーレムに育てられたの」
「へぇ~、ダンジョン跡ですか。そりゃあ、随分、苦労をなさったんですね」
「私はそうは思わないけど。9歳で実家からは出て、アイル・アグニスタという師匠の元で生活してたんだけどね」
「アイルさんの弟子ですか? 地図製作が得意な方ですよね。じゃあ、一緒に旅をしていたんですか?」
「え? 一緒に旅はしてないけど、師匠を知ってるの?」
あ、知ってちゃダメなのか。
「いや、噂で……」
「地図製作の方を知っている人なんて珍しいわ。コウジくんって変わってるのね」
シェムがそう言うと、テープを剥がしているダイトキは「ふふふ」と笑って、教室から去っていった。
「時代を作るかぁ。すごいな、あの人たちは」
しかもアイルさんの弟子だなんて。あの人、弟子とかとれるのか。
ダンジョン跡ってことは、赤道のところにあった土の悪魔が作ったっていうあそこか。あんなところで育ったとすれば、ダンジョン生まれ、ジャングル育ちってことかもしれない。
我が家の近くだ。
「湿気が多くて暑いからなぁ」
「ん?」
「いや、何でもない。それよりグイル、俺はもう決まったぞ」
「え? そうか。早いな。初めはどこにする?」
「決まってるだろ」
「「魔道具学!」」
グイルは商売のため、俺はラジオのために!




