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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』
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『遥か彼方の声を聞きながら……』ナオキの息子


 初夏。


 世界樹で俺はラジオを聞きながら魔物を駆除していた。毎年、この時期にカミキリムシの魔物が大量発生して世界樹の枝を食べるので、捕まえて駆除しなければならない。

 世界樹の寮に住む俺は宿代や授業料代わりに駆除を手伝っている。


「また、ラジオなんか聞いてるね!」

「あ、メリッサ隊長!」


 イヤフォンを外して、手を上げた。


「大して聞こえない放送に集中してないで、魔物を殺すのに集中しな」

「魔物はちゃんと殺してるよ。ほら」


 俺は、袋に入れてあるカミキリムシの頭を見せながら言い訳した。北半球から聞こえてくるラジオ放送はなかなか魔力が弱く南半球のこの世界樹までは届きにくい。


「そういうことじゃない、音が聞こえないと危険だって言ってるだろ!」

「だけど、魔力で魔物の位置ぐらいわかるから……」

「魔力でも探知できないものがいることを忘れちゃダメだって何回言えばわかるんだい?」

「目も使ってるし風も読んでるから、それでわからない敵なら俺は死んでるよ。だいたいゼット先生は耳も遠いし、目は全く見えてないじゃないか」

「ああ言えばこう言う。まったく親が親なら子も子だ。口ばっかりうまくなるとナオキみたいになるよ」

「うっ……それは嫌だな……」


 俺は反省して、イヤフォンをポケットにしまってメリッサ隊長の後にくっついて作業を進めた。


 俺の親父は清掃駆除業者という変な仕事をしている。その変な仕事で世界中に知り合いがいるけど、小さい頃から親父は「俺みたいになると面倒だからやめとけ」が口癖だ。

 実際、親父は「断れない仕事」というので、なかなか家族の時間が取れず、母さんからは愛想をつかされているところ。

 両親は俺が九歳の時に別居。理由は二人の子供である俺にまともな友達が一人もいないことだとか。それから俺は世界樹にある竜の学校に預けられ、六年間、竜や管理人のドワーフのおばさんたちと一緒に過ごしている。最近は両親の仲が戻りつつあるらしいが、親父は世界を飛び回ってるし、母さんは友達のお茶屋を手伝っていて、今のところ実家には誰も住んでいない。


 ちゃぽんっ。


「おえ~……」

 駆除終わり、管理人塔の風呂に入るのが日課となっている。目の前の砂漠では今日狩った魔物が盛大に焼かれているが、風向きのお陰で嫌な臭いはそんなにしない。

「それで、どうするんだい?」

 俺が風呂に入っていると、なぜかドワーフのおばさんたちもどやどやと風呂に入ってくる。他の地方では男女が別々に入るので、ここの風呂は珍しいらしい。

「竜の学校もいい加減に卒業だろ?」

「ああ、そうだった。どうしようかなぁ……」

 ゼット先生からも、「少し違う世界を見てこい」と言われている。

「竜たちは就職先があるけど、コウジは人族だからねぇ。将来はやっぱりお父さんの会社に入るの?」

「いや……それはちょっと……」

 親父の会社の人たちは全員いい人なんだけど、どこかおかしい。

「じゃあ、お母さんと一緒にお茶屋さんになるのかい?」

「それもなぁ……」

 幼少期、長い休みの度にお茶屋で店番をしていた。そこで計算やお客さんの対応なんかを学んだつもりだが、大人の事情というのがよくわからず、度々お偉いさんを怒らせてしまっていたらしい。今でも大人の事情についてはよくわかっていないので、もうちょっと俺が大人にならないとお茶屋にはなれないだろう。

「だったら、冒険者になれば? 今年でちょうど一五歳だろ」

「ぼ、冒険者か……」


 正直なところ、俺は冒険者が何をする人たちなのかわかっていない。魔物を倒すとお金がもらえるらしいのだが、どういうシステムなんだろう。

 親父の会社のアイルさんやベルサさんたちは「知らなくてもいい現実ってあるからな」「コウジは乳飲み子の頃から、親の冒険に付き合わされてるんだから、そんなもんにならなくたっていい」と言われている。


「はっきりしないね! 男なんだから、ぽんと世界に飛び出してみな!」

「いや、そうなんだけど……。一旦、近場の知り合いに相談してみます」

 とりあえず、近くのダンジョンにいるセーラさんに相談しよう。セーラさんは何度も勇者になっている人だし、なんかいい案を出してくれるはずだ。


「え? 別に好きに生きればいいんじゃないの? コウジの自由だよ」

 セーラさんは割と無関心だった。

「いや、このままだと無職ですよ」

「なんだぁ、役職があればいいの? だったら勇者になる? 魔王でもいいけど」

「それは荷が重いです」

「重くないよ。ただの言葉なんだから重さはない」

「そういうことじゃなくて……。セーラさんが一五歳の頃は何をしてたんですか?」

「十代の頃は奴隷だったね。水の精霊を追って石化の呪いに罹ってたかな」

 悲惨だ。

「なにかなりたいものとかないの?」

「なりたいものですか? 今のところはないというか、こんな俺が社会に出てもいいのかなってくらいで……」

「それは完全なモラトリアムだね。学校に行ってみれば?」

「いや、学校を追い出されるところなんですけど」

「それは竜の学校でしょ。ちゃんとした人間の学校にさ」

 全く想定していなかった提案だった。

「人間の学校に俺が……」

 俺が人間の学校に行けるのだろうか。

「ちなみに学費はあるの?」

「あ、お金がかかるんですよね? お金はバイト代があったような……、母さんと暮らしていた時は財布袋を持っていたのは覚えてますけど、どうしたかな」

 俺がそう言うと、セーラさんは困ったように、額を掻いた。

「ん~、そうか、そうよね。コムロ家の人だものね。そう言うこともあるのか。あのね、コウジ。やっぱりあなたは人間の学校に行きなさい。私がちゃんと推薦状も書いてあげるから」

 セーラさんに真顔で諭された。

「は、はい……」

「きっと戦闘面やダンジョン攻略なんかは教師よりもあなたの方が優れている。もちろん魔力の使い方もうまいはず。でも、今まで経験していなかった普通の人の生活を学ぶにはとてもいい場所よ」

「普通のって、じゃ、今まで俺が普通の生活をしてこなかったみたいじゃないですか?」

「そうよ!」

 セーラさんはテーブルを叩いて断言した。

「え!? そうなの!?」

「幸か不幸かあなたは生まれながらに特殊な家庭に生まれ、特殊な環境の下でしか生きてこなかったのよ。普通の生活を学ぶ必要があるわ。この世界にはいろんな世界があるけれど、コウジは特殊な世界ばかりを見過ぎているから」

 自分が生きてきたこの世界が特殊なのか。まるで想定外の意見になかなか思考がついていかない。

「いい? もしかしたらあなたなら二日で学校を卒業できるかもしれない。でも、きっちり七年間、通いなさい。目的は普通を学ぶことなんだからね。その後に自分に何ができるのか、自分が何をしたいのか、考えればいい。職業選択はその後でもいいのよ」

「は、はい」

 押し切られるように返事をしてしまった。どういうことなのか未だ混乱していている。でも、とりあえず聞いておきたいことは聞いておこう。

「その……人間の学校ってどこにあるんですか?」

「アリスフェイ王国の王都・アリスポートよ。以前は魔法学校だったけど、今はいろんなジャンルを教えてくれるみたいだからよかったわね。学費が足りなかったら言って。というか、それくらいはナオキさんに頼ってもいいかもよ」

「アリスポートってことは、北半球ですね。地峡を渡ればすぐに火の国!」

 ラジオ発祥の地に近い。もしかしてラジオを聞き放題なんじゃないか!?

「行きます! 学費は、ちょっとメリッサ隊長にも聞いてみます。いやぁ、相談してよかったです。さすが勇者で魔王のセーラさんです」

「そう? ならよかったけど。ま、今まで培ったことは一旦忘れて、何も知らない気持ちで学校に行ってみなさい!」

「はい!」


 その後、世界樹の地下帝国でゼット先生に人間の学校に行くことを伝えると、「おお、そうかそうか!」と喜んでくれた。

「あと一週間で叩き出すところだったからよかったぞ」

「え、そうなんですか?」

「無論だ。お主がここに来てから、偽りの首席を言わなければならなかったのだからな。ここはお主の通過点に過ぎない。とっとと荷物をまとめて、皆に挨拶を済ませておけ」

「わかりました」

 そう言って、部屋を出るときに「ちょっと待て」と呼び止められた。

「はい?」

「今までのことは忘れて、新たな気持ちで行けよ」

「あ、はい。そのつもりですけど……」

「なら、よい。迷わず行け!」


 その後、メリッサ隊長やドヴァンさん、ウーピー団長などにも報告したが、なぜか「今までのことを忘れるように」と言われた。


「忘れたほうがいいことがあるんだろうか」


 一応、親父にも通信袋で報告しておく。どこにいるのか知らないけど、通信袋でなら親父とも話せる。

「人間の学校に行こうと思うんだ」

『そうか! なにするんだ?』

「普通の人間の生活を学ぶんだよ」

『……ああ、そうか。そうしたか……』

「うん、なぜか皆にはこれまでのことを忘れるようにって言われるんだけどね」

『あんまり自分の力を見せない方が、初めは仲良くなれるかもな。でも、できることをできないというのもストレスだ。お前はお前の自然体でいって、ダメだったらそういうもんだと思って諦めてもいい』


 親父はなにか見通しているのかもしれない。予知スキルとは別の能力があるから。

『それより、面白い人間ってたくさんいるから、自分のものさしで、なんでも計らないことだ……』


「また人生を楽しめ?」

 これも子供のころから何度も言われた言葉だ。


『その通り。コウジ、お前の人生はまだ始まったばかりだ。楽な道ばかりだと、あとで楽しめない。時々、壁にぶち当たってこい。失敗しても成功しても俺だけは笑ってやるからよ』

「他人の失敗を笑う奴はロクな奴じゃないって母さんが言ってたよ」

『俺がロクな奴だったことがあるか? そんなに親父に期待するな。行ってこい!』

「うん、わかった。それで学費のことなんだけどさ」

『おう、いくらだ? 出してやるよ』

 普段はお金に関してはあまり口にしない親父だが、こういう時は意外に出してくれるものらしい。ちなみに竜の学校には学費がなかった。

「本当? でも、いろいろバイト代も貰った覚えがないから、取り立ててみるよ」

『そうか。出来た息子だな。あんまり出来過ぎるなよ。人間の学校では自分が出来ないことを探すことだ』

「またわけのわからないことを言ってるね? なにか煙に巻こうとしてる?」

『いや、誰かに頼ったりしてみろって話だ。頼ったり託したり、いろいろ経験して大きくなれ』

「うん、まぁ、意味はわからないけど覚えてはおくよ。それじゃ、学費がわかったら連絡する」

『おう、高かったら値下げ交渉に向かうから心配するな』

 そう言って親父は通信袋を切った。相変わらず、変な親父だ。



 ひとまず、魔物駆除のバイト代をもらいにメリッサ隊長とウーピー団長から報酬をもらうことに。

 ただ、どちらも親父になにかを言われたらしく、金貨10枚ずつ財布袋に入れて渡してくれた。

「報酬には足りないけど、あんまり子供に渡すなって言われててね。足りなかったら送金するからちゃんと手紙か通信袋で言うんだよ」

 メリッサ隊長はそう言って、俺の頭を撫でていた。

「すまん。あまりこちらでお金を使っていなかったものだから、古いかもしれんが使えるはずだ」

 ウーピー団長もそう言って、俺の頭を撫でた。そんなに撫でやすい頭をしているのか、俺は。


「結局、全部でいくらくらいかかるんですかね?」

 俺はちょうど世界樹に来ていたドヴァンさんに聞いてみた。ドヴァンさんは昔アリスポートの魔法学院に通っていたらしいので、先輩になる。入学できるかどうかわからないけど。

「コウジならどうせ特待生だろうから、そんなにかからないと思うぞ。生活費の方がかかるかもな」

「特待生って特殊ってことですか? それじゃあ、ちょっと普通の生活を学びにいく意味がなくなっちゃうんですけど……」

「ああ、そうなのか。でも、コウジ・コムロなんて願書に書いたら、親がバレてどっちにしろ……なぁ?」

「うちの親の変人さって、そんな世界中にバレてるんですか?」

「バレてるなぁ……」

「だったら、苗字は隠した方がいいですね。もしかして、勇者であるセーラさんに推薦状なんて書いてもらったら、特殊になっちゃいます?」

 皆が「今までのことを忘れろ」って言ってたのはこういうことだったのか。

「そうだなぁ。じゃあ、推薦状は傭兵の国の船番頭として俺が書いてやるよ」

「いいんですか? すみません。よろしくお願いいたします」

 甘えられるところは甘えておこう。ドヴァンさんはその場で、さらさらと推薦状を書いてくれた。しっかり封筒にも入れてくれて、後は俺が入学式までにアリスポートに行けばいいはず。

「ああ、よかった。これで秋からの予定がちゃんと決まった」

「夏の間はどうするつもりだ?」

 ドヴァンさんが聞いてきた。

「いや、今、実家に誰もいないんでちょっと掃除して、アリスフェイまでゆっくり向かおうかと思ってますけど」

「勇者の仕事を手伝うか?」

「ちょっと待ちなよ。だったらうちの仕事を手伝ってもらいたい」

 ドヴァンさんとメリッサ隊長が急に俺の取り合いを始めた。

「いや、俺は早めに実家に戻りますよ。朽ち果ててないか心配なので」

「そうか。残念。移動の時の護衛がいるなら、口きいてやろうか?」

「空を飛んでいくんで大丈夫です」

「そうだったな」

「はっ、コウジは世界樹に住んでるんだよ。自分たちが追い抜かされてないとでも思ってるのかい? 勇者の一味も随分油断してるねぇ」

「なに!?」

 メリッサ隊長とドヴァンさんが揉め始めたので、「まぁまぁ」と大人たちを落ち着かせて、俺は自分の荷物をまとめに地下帝国へと向かった。


 

 翌朝、まとめた荷物を持って、ゼット先生に挨拶をしに行ったら乗合馬車のチケットをくれた。

「竜の乗合馬車で、竜たちの様子を見ておいてくれ。ワシはなかなかここから出られんからな」

「わかりました。それじゃ」

「ちゃんと勉学に励むように」

「……はい」

「それから、飯もちゃんと自分で……」

「わかってますって!」

 1000年以上長く生きてる年寄りの話に付き合ってると、すぐ100年くらい経ちそうなので、とっとと地下から出た。


 砂漠にある「空飛ぶ竜の乗合馬車」の駅に向かう。

「よう、コウジ。お前を乗せて空を飛ぶことになろうとはな」

 竜の学校の同級生たちが、風呂でくつろいでいた。

「サボってると、ゼット先生に言いつけるぞ。心配しておられた」

「サ、サボってなどいない!」

 同級生は慌てて服を着て、馬車の用意をしていた。

「そうか? 客が俺しかいないみたいだけど?」

「ここは終点みたいなものだから、冒険者や商人が来るような駅じゃないのよ。体調管理も仕事の内なんだからね」

 先に竜の学校を卒業していた竜の娘が、先輩風を吹かせていた。

「ならいいけど」

 とりあえず、同級生の竜に実家近くの駅まで運んでもらった。

 竜たちは暑いのか冷えた部屋で涼んでいた。学校を卒業したほとんどの竜が、乗合馬車の従業員になっている。

他にも冒険者や黒竜さんの島の経営を手伝ったりもできるのだが、よほどやる気のある者しか進もうとはしない。人化の魔法が解けてしまって誤解される方が怖いという。

 竜は体の大きさに似合わず、臆病だ。

「正直、体の大きさとか形とか気にならないけどな」

「それはあなたが変だからよ」

 学校にいた頃、よく竜に言われた。確かに俺は竜種じゃないからわからないかもしれない。


 実家に到着して片づけをしながら、捨てる物と取っておく物を確認するために通信袋で会話している時に『人それぞれ、生きているつらさは違うのよ。できるだけ寄り添って生きていきなさい』と、母さんは言っていた。

 

「親父と別居してるのに?」

『一緒にいることだけが寄り添うことじゃないわ』

 別居はしていても人を愛せるらしい。何を言ってるのかわからないが、船乗りの妻はわかってくれると言っていた。


「そういうもんかな」

『いずれわかるようになるわ』

「で、この消費期限が切れてる毒は捨てちゃっていいの?」

『いいわよ。紙に染みこませて焼いちゃって』

「はい」


 実家は赤道近くで高温多湿地帯にある。室内はカビだらけ。庭はシダ類が生い茂っている。親父が各種魔法陣で保護しているが、植物の生長で魔法陣が崩れたようだ。

 傷んでいるところは、土やペンキで修復。草刈りをして、水瓶には新しい水を汲んでおいた。


「人が住まなくなると一気に崩れていくな」


 どうしてこんな面倒な土地に家を構えたのかさっぱりわからないが、元々は親父が社屋を建てようとしていた場所らしい。北には大平原の国・グレートプレーンズと宗教国・アペニール。南にはドワーフの国がある。


「コウジ、帰ってきたでござるか?」

「あ、爺ちゃん、久しぶり」


 ドワーフの国に住むトキオリ爺ちゃんが訪ねてきた。血の繋がりはないけど、生まれたときから祖父代わりとして育ててくれた人だ。昔はいろんな発見をしたすごい勇者だったらしいけど、今ではそんな雰囲気は微塵もない。


「うちにも寄らずに何してるんだい?」

「あ、婆ちゃんも」


 同様に俺を孫だと思ってるシャルロッテ婆ちゃんが、キングエビの丸焼きを持って現れた。婆ちゃんは空間魔法が得意なので、いつもいつの間にか爺ちゃんの横にいる。

 世界樹から実家に向かうときにドワーフの国を通るから、顔ぐらい見せろと言っているらしい。


「実家が朽ち果てそうだったから、先に掃除して修理してたんだよ」

「あの夫婦はなぜか、ここに寄りつかないでござる」

「コウジ、ああいう忙しい大人になるんじゃないよ……」

「『人生は、短く輝け!』でしょ」

 二人の言葉だ。必ずしも長く生きることがいいとは限らないのだそうだ。

「その通りでござる」

「別に偉業を成せとか、偉くなれってことじゃないんだよ。楽しく輝いたらいい」

「うん……。それを言うために来たの?」

「いや、変な気を起こして人間の学校なんかに行こうとしてるんじゃないかと思ってね」

「ナオキから聞いたのでござる」


 心配してくれているらしい。


「俺も一五だよ。将来のことを考えたら、なにをすればいいのかわからなくなって……」

「それで人の学校に行くのかい?」

「九歳から竜とばっかり遊んでたからね。会ってもドワーフの人たちとか、親父の友達とかで、とにかく変だって言われてさ。変じゃない普通の人の生活を学べってセーラさんが言ってくれて……」

 就職先に困った結果なんだけど。


「うーむ、コムロ家らしいでござるな」

「そうだね。生まれてくる家がなかなか難しかったのかもしれないね。そう考えるとコウジはまっすぐ育った方だ」


 婆ちゃんはそう言いながら、鞄からテーブルや椅子を取り出して、夕食の準備を始めた。

 うちでは飯と風呂の用意は全員でやるのが普通だ。俺も爺ちゃんも準備を手伝う。テーブルクロスが敷かれ、皿とナプキンの用意ができたところで、「いただきます」と手を合わせる。これは親父の癖だが、今では家族全員がやっている。


 あとで露天風呂の掃除もしないといけないと思いながら、最近、トキオリ爺ちゃんの物忘れがひどくなってきた話を聞いてキングエビの丸焼きを平らげていった。



 その後、半月ほど爺ちゃんと婆ちゃんは実家に滞在して自分たちの家に帰っていった。北の森で魔物や木の実を採取したかったらしい。休暇を楽しもうと思ってた俺も結局手伝った。


 夏が終わるひと月前に実家を出て、北へと向かう。赤道を越え、ついに北半球を旅することになる。ラジオ聞き放題じゃないかと思っていたが、地形のせいなのか魔力がなかなか届かず、音質は悪いままだ。


 アペニールでお茶漬けや煮物などをたくさん食べ、栄養をつけてから山越え。空飛ぶ箒を使わずに、自分の脚で山を越えてみた。今回の旅では人の生活に触れるため、なるべく空飛ぶ箒は使わないことにした。


 途中にグリフォンの生息域などがあったが、ここら辺は魔族領なので礼儀さえわきまえていれば襲われることもない。大きい声を上げて騒がず、ゴミは持ち帰り、ちゃんと挨拶をする。


 魔王城まで辿り着き、大統領に挨拶をして通行許可証をもらった。


「フハ、竜の学校を出たのに人間の学校にわざわざ通いなおすって?」

「ええ、普通の人の生活を学ぼうと思いまして」

 大統領のボウさんは親父の親友で、なにかと気にかけてくれる。

「フハハ。変な親子だな。授業料やなんかはあるのか?」

「一応、バイト代をもらってきました。なるべく今までのことは忘れるようにと皆には言われましたが」

「そうか。その方がいいかもしれん。餞別として服をやろう。あんまり青い服を着ているとコムロカンパニーの関係者だとすぐにバレるかもしれないからな」


 ボウさんはニカッと笑って、黒いズボンとくすんだ白いシャツを用意してくれた。確かに、なぜか南半球では青い服を着ることが多かったように思う。そんなこと今まで気にしたことがなかった。『靴下とパンツだけは毎日替えておけ』と『うまいもん食って死ね』というのが親父からの家訓だ。

 うちは適当な家系なのだろうな。


 新品の服を着て、魔族領の東海岸から北へ向かい地峡にある傭兵の国を目指す。

 海上はなんの障害もないため、火の国から放送されているラジオがよく聞こえた。


「最高かよ。これなら海で働くのもいいな」


 ゆっくりした船旅で、腹が減った俺は魚の魔物を獲っていた。世界一自由な干物屋から教わった干物を作っていたら、船長に「うちの船で働かないか」と誘われた。


「人間の学校に落ちたら考えます」


 他にも水先案内人のサハギン族の魔族に人化の魔法のコツなどを聞かれた。俺を魔族だと思っているらしいけど「違う」と答えておいた。

 時化以外は人魚の歌声を聞いて、干物とドライフルーツを食べていた。こんな生活ができるなら、船乗りも悪くない。



 天候もあって一週間ほどで傭兵の国に到着。


「どこに行くつもりだ?」

 船着き場の入国審査官という人に荷物を見せていたら、スナイダーという白髪頭の傭兵に聞かれた。


「アリスフェイ王国の王都です。人間の学校があると聞いて」

「妙な言い方をするなぁ。お前さん、もしかしてコウジって名前じゃないかい?」

「そうです! 俺を知ってるんですか?」

 驚き過ぎて、自分の顔や服に名前が書いてあるのか確かめてしまった。


「息子のドヴァンから聞いてるよ。まさか本当に来るとはな」

「ああ! ドヴァンさんの親父さんですか。初めまして! よく俺がコウジだってわかりましたね」

「サハギン族に変な奴がいなかったか聞いただけさ。ま、聞かなくてもわかったけどな。親父、そっくりだ」

「そうですか? 似てないと思って生きてきたんですけど」

「本人はわからないだけさ。まぁ、とりあえず旅の準備をするか」

 スナイダーさんはそう言って、港町を案内してくれた。


「アリスフェイまでは三日くらい。そこからアリスポートまで二日はかかるとして、入学試験にぎりぎり間に合いそうだな」

「なにか時間が迫ってるんですか?」

「いや、コウジ、お前さんの入学試験だよ。『人間の学校』に入るための試験さ」

「え!? 試験なんてあるんですか? 聞いてないですよ」

「お前さん、身分や身元を隠して学校に入るんだろ? だったら、試験があるぞ。算学や語学、一般常識や魔力測定に体力測定あたりだろうな」

「そんなにあるんですか?」

「まぁ、大丈夫だろう。竜の学校は出てるんだし」

 スナイダーさんは笑いながら、俺の肩を叩いた。


「算学なんて母さんの店でちょっとやったくらいですよ」

「そうなのか。もしかして文章を書いたりできない?」

「できなくはないですけど、ペンも持ってないですし」

「ペンは用意してくれるだろう。まぁ、魔力と体力さえあれば、とりあえずは入れるんじゃないか?」

「ええ、どうしたらいいんですかね?」

 不安になってきた。

「なるようになる。とりあえずアリスポートまでは連れて行ってやるから頑張ってこい!」

「い、いいんですか!?」

「ああ、息子からも頼まれてるしな」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「じゃ、旅の準備を始めるぞ。五日分は見ておいていいとして一週間分は予備で買っておいた方がいいぞ」

「旅の準備はもう終わってますけど……」

「へ?」

「いや、だからここまで旅してきたんで、俺はいつでもどこへでも行けますよ」

「そりゃそうか」

「スナイダーさんの準備を」

「食料や水は?」


 スナイダーさんは俺の小さい鞄を見ながら聞いてきた。


「自分の飯くらいは自分で獲ってきますよ」

「あのなぁ、途中に人も魔物も通れない花畑というのがあるんだぞ。まさか飛んでいくなんて言わないだろうな? 身元隠したいなら、あんまり魔道具は使うな」

「あ、そうですよね。でも、まぁ、船で干物を作ってたんで保存食はありますし、問題はないと思いますけど……」

「そ、そうか……。わかった。ちょっと待ってろ」

 スナイダーさんは慌てるように食品や寝袋などを買いに行った。


 俺は港町の真ん中にある噴水の側で待つことに。町にはいろんな店や、よくわからない建物などが並んでいて、人の行き交いが激しい。広場では頭を丸めたウーピー団長みたいな人が演舞をやっていた。魔体術の練習かな。


「おう、終わったぞ。ちょうどよく商隊にくっついていくことが出来そうだ。行こうぜ」

 俺とスナイダーさんは馬車三台の護衛としてアリスフェイ王国に向かうことに。他にも護衛の傭兵が数人いて、馬車の中に乗り込んでいた。

「フィーホースのスピードにはついていけるのか?」

 商人に聞かれて何を言っているのかよくわからなかった。思わずスナイダーさんを見て、助けを求めた。


「走れるか?」

「ああ、足があるので走れます!」

「俺とお前さんは走りながら、馬車を守ろう」

「はい」

 とにかくスナイダーさんが案内してくれるので、わからないことはあとで聞く方針にした。


 昼休憩の時に、近くでフォレストラビットとバレットイーグルを捕まえてきて捌きながら、スナイダーさんに尋ねてみた。

「さっきの商人さんは何が聞きたかったんですかね?」

「普通の傭兵は、あいつらみたいに荷台に乗って危険が近づいてきたら外に出たり、フィーホースに乗って周囲を守ったりするんだ」

「普通は徒歩じゃないんですか?」

「そうだな。南半球……、向こうじゃどうだった?」

「フィーホースは農業のためにしか使役しないんじゃないですかね。勇者たちの国ではどうかわかりませんけど、走ったほうが速いですから」

「そうか。こっちとちょっと違うかもな……」

「変ですかね?」

「変だな。隠しておいた方がいいかもしれん」

「わかりました」

 夜になって野営するとき、交代で見張りをした。


 あまりにも暇なので、ダークアナコンダという黒い蛇の魔物を狩り燻製にしたりしていた。近くで野営している人たちもいたのでおすそ分けをしておく。


「いやぁ、暑いですね。これ、ちょっと作りすぎちゃったんで、よかったら食べてください。それじゃ」

 夏なので仲間とキャンプに出掛ける人も多いようだ。


 その後、三日間、特に何事もなく馬車についていくと、アリスフェイ王国の国境線に辿り着いた。

 傭兵の国は地峡で谷や山が多く、魔物や盗賊団が隠れていることもあるそうだが、今回は安全に進むことができたらしい。毒の花畑という場所も、時々ベスパホネットというハチの魔物が出るくらいで、特に問題なく進む。


 アリスフェイ王国へは傭兵としてあっさり入国できた。

 もっと厳しい身体検査があると思って緊張していたが、特に尻まで見せるようなことにはならなかった。


 馬車とはアリスフェイ王国に入って初めの町で別れ、スナイダーさんとアリスポートへ向かう。

「試験って初めてなんですけど、気を付けたほうがいいこととかってありますか?」

 道中、スナイダーさんに聞いてみた。

「お前さんが躓くとしたら、一般常識とかだろうな。一応、アリスフェイ王の名前くらいは覚えておいた方がいいかもしれんぞ」


 確かに、王の名前なんか知らない。そもそも自分に関係ないことを記憶できるかどうかが怪しい。


「極めて難しいことを言いますね」

「覚えなくても言えればいい。スキルもそうだろ?」

「スキルは取ったことがないんですよね」

「なんだと!?」

 スナイダーさんが珍しく眉間にしわを寄せて俺を見た。


「あ、いや、人生を豊かにするスキルを取れというのを、とあるダンジョンマスターから散々聞かされていまして、取得するのにためらいがあるんです。まぁ、でも、そろそろとってもいいとは思うのですけどね」

「入学前になにか取ったほうがいいかもしれんぞ」

「そうですかねぇ」


 幼い頃に北極大陸に連れていかれ、スキルのない学者さんたちを見たからかあまりスキルに魅力を感じていない。固有のスキルがあれば、それを伸ばしたらいいとは思うが、俺には今のところ普通のスキルしか発生していない。


「普段、魔法はどうしてるんだ?」

「魔法はほとんど使ったことがないですね。魔力操作と性質変化はバカみたいにやらされたんで、今まではそれでどうにか。あ、それも忘れたほうがいいんですよね?」

「いや、それだと試験に受からないかもしれん。目立たないように使って誤魔化せ」

「わかりました」

 スナイダーさんと入学試験対策をしつつ、一路東へと進んだ。正直、スナイダーさんに相談しなかったらとんでもない騒ぎを起こしていたかもしれない。



 二日後。

 王都・アリスポートに到着し、その足でアリスフェイ総合学院へと向かった。願書の受付は締め切られる直前で、明日にも入学試験が始まると聞いたからだ。


「一般の方ですか?」

 受付の中年女性が眼鏡をかけて聞いてきた。すべての能力を見透かしているのかもしれない。汗がどっと出てきた。


「そうです。一応、推薦状も持ってきました」

「あ、傭兵の国の船番頭さんですか……。わかりました。お名前はコウジさん、と……」

 女性は用紙に名前などを記入し、再び俺を見た。

「行きたいコースなどありますか?」

「すみません。コースというのは?」

「学部とか学科とか、呼び方は何でもいいんですけど。例えば卒業後の進路が決まっているだとか?」

「それが、決まってないんですよね。出来れば、学校で進路を決めたいと思っていまして」

「そうですか。魔法が得意だとか剣術のスキルが高いとか特技はなにか?」

「特技らしい特技は……。あ、魔物の対処とかはできるつもりなんですけど」

 俺がそう言うと、女性は「ふっ」と鼻で笑って「総合コースにしておきますね」と用紙に記入していた。


「では、明後日にまた来てください」

「明日からではないんですか?」

「明日はアリスフェイ王国の貴族たちの試験です。一般入試は明後日ですので、時間に遅れず来てください」

「わかりました。よろしくお願いいたします」

 受付を済ませ、学院を出るとスナイダーさんが待っていてくれた。

「どうだった?」

「明後日に試験があるそうです」

「そうか。明日じゃなかったんだな」

「そうみたいです。ここまで連れてきてもらいましてありがとうございました」

「おう、じゃあ、王都見物でもするか?」

 スナイダーさんはにっこり笑って聞いてきたが、大丈夫なのだろうか。

「スナイダーさんは帰らなくていいんですか?」

「ああ、うん。コウジよ、試験に落ちたら傭兵の国に来い。傭兵の国の王にも言ってある」

「え? つまりスナイダーさんは俺が入学試験に落ちたら、傭兵の国に連れていくつもりですか?」

「そうだ。どうせ、今のままだと普通の町で生活するのは難儀だろう。その点、傭兵の国は全員傭兵だから、問題はないぞ」

「どういうことですか? 俺ってそんなに変ってるってことですか?」

「ああ、変だ」


 そうはっきり言われると、さすがにむかつく。まるで俺には人間の生活ができないみたいじゃないか。ここまで一五年間、懸命にとは言わないまでもあんまり他人に迷惑をかけないように生きてきたというのに。


「いや、確かに、ここ数年は人と生活したというよりも竜と生活している時間の方が長かったと思いますけど、飯も寝床も自分で用意できますし、服だってほら着てるんですよ! なにかおかしいですか!?」

 そう言って、俺はハトの魔物を捕まえて見せた。


「ああ、おかしい。そもそも自分の飯を……いや、いい。すぐわかることだ」


 スナイダーさんは何かを諦めたように言って、「アグニスタ家に挨拶しなくて平気なのか?」と聞いてきた。アグニスタと言えば、地図製作の師匠であるアイルさんの苗字だ。


「えっ!? アイルさんって家あるんですか?」


 放浪しながら親父の会社の副社長をやっている。俺が世界樹の地図を作ろうとしたら、熱心に筆記用具や印の意味などを教えてくれた。


「家くらいはあるだろう。アリスポートじゃ有名だと聞いたぞ」

「だったら、挨拶だけでもしに行きましょうか」

 町行く人にアグニスタ家の場所を聞くと、すぐに場所がわかった。


 行ってみると他の家よりもとんでもなく大きなお屋敷だ。

「郊外とはいえ、すごいな。さすがだ」

「ちょっと声をかけるのも引けてしまいますね。ごめんください」

 反応がなければ、すぐに退散しようと小声で門に声をかけてみた。

「留守みたいなので帰りましょう。そろそろ寝床を探さないといけませんし……」


 ギー……。


「何用だ?」


 門が少しだけ開いて、いかつい中年男性が現れた。軍人だろうか。筋肉と魔力が異常に発達しているように見える。


「いえ、あの、以前にアイルさんにお世話になった者です」

「アイルの弟子か。お、そのハトの魔物は土産だな。本人には言っておく」

「え、あ、はい。よろしくお願いします」


 男性は門を閉めて去っていった。俺はただただハトの魔物を取られてしまっただけ。また親父の言うことを聞いておけばよかった。コムロカンパニーの連中に関わるなとさんざん言われていたのに。

「飯とられたな」

 スナイダーさんは笑っていた。


 仕方がないので、夕飯を獲りに町の外に向かう。

「飯屋に行けばいいだろ?」

 スナイダーさんはそう言うが、飯の用意くらい子供じゃないんだからできる。

 近くには森も山もある。


 王都近くの森は魔物も食べられる木の実も多かった。世界樹に比べたら小さな森だけど、フィールドボアを狩るか、フォレストディアを狩るか迷うほどには魔物がいる。グリーンタイガーは世界樹のものと比べると赤子のように小さい。


「ん? なんかこの森、変ですね」

「そうか?」

 スナイダーさんはわからないらしい。


 もしかしたら、狩人が魔物の数を制限しながら飼いならしているのかもしれない。獣道ではない道やトラバサミも仕掛けられているし、不自然に壊れた馬車も放置されていた。自然物と人工物のバランスが取れすぎている。


「この森って管理されている森なんですかね?」

「そんなことあるか? エルフの里じゃあるまいし。魔物を一匹狩るくらいはいいと思うぞ」


 そんな会話をしながら、森の中を歩いていると「助けてくれ!」と聞こえてきた。


「どうします?」

「ん? なにがだ?」

 スナイダーさんには聞こえなかったらしい。遠くで助けを呼ぶ声がすることを伝えると、「金にならない人助けは傭兵の仕事じゃない。とりあえず行って状況を見てから判断しよう」ということになった。


 助けを呼んでいたのは革の鎧を着た獣人で、特に魔物に襲われてもいなければ怪我をしている様子もない。道に迷ったのかお腹が空いたのか。近くに人の気配があるので、軍の訓練かなにかだろう。

 気配を殺し、ゆっくり他の人に近づいていくと話声が聞こえてきた。


「こっちにいないぞ」

「どうするんだ? 教官に脱走兵が出たなんて言えないぞ」

 あの助けを呼んでいた人は軍の脱走兵だったらしい。


「やはり野外訓練中みたいだな」

 兵たちから十分離れてからスナイダーさんが言った。

「妙に食料が多いので脱走兵も食べていけるでしょう。俺も今日はこれでいいです」


 クルミやブラッドベリーなどの木の実を見せた。干し魚もまだ余りがあるし、食うには困らない。森で木の枝などを拾い、簡単な野営地を作って寝ることに。


「王都には宿だってあるんだぞ」

「寝床はあるので大丈夫です。明後日、学校に行けばいいだけですし」


 人混みが苦手だとか、あまりに大きい王都にビビってないと言ったらウソになる。いずれ宿に泊まることもあるだろうが、緊張して普段の実力が出せないまま入学試験に臨んで結果が出なかったら後悔しそうだ。

「俺にはこっちの方が落ち着くんで」

 それだけ言うと、スナイダーさんは「そうか」と言って、付き合ってくれた。




 翌日、起きてみると山賊に囲まれていた。


「すげぇ、全員髭が生えてる!」

 朝の挨拶よりも早く、山賊に髭が生えていることに驚いてしまった。まさに話に聞いていた山賊そのものだ。


「金目のものはあるか?」

「いえ、ないですね」

「だろうな」


 山賊たちは興味を失ったように、森の中に入っていった。

 持ち物を確認したが、魚の干物が盗られているくらい。どうやら山賊からすると俺たちの食料はあまりにも貧相だったらしく脅すだけ時間の無駄と思ったようだ。股の間に挟んでいた金貨が入った財布袋は無事だった。


「このまま行くと、山賊と軍がぶち当たるな」

「観戦しますか」


 結局この日は、午前中に軍と山賊の野外戦を見て、午後は空飛ぶ箒に乗った空軍と呼ばれる部隊の演習を見て過ごした。


「コウジは箒に乗れるのか?」

 スナイダーさんが聞いてきた。

「乗れますよ。乗れないと仕事にならなかったんで」


 空軍は木々の上を旋回しながら箒に跨って杖を使っていた。見た目は派手だが、箒にも杖にも魔力を使わないといけなくなるので、疲れるのが早い。案の定、魔法使いが一人空から降ってきた。

 木々に引っかかれば怪我で済むが、地面に岩でもあれば頭が搗ち割れる。


「それで皆、あんな兜を被っているのか」

 魔法使いなのに装備が重そうなのが不思議だった。軍とはそういうものかとも思ったが、実践的なようだ。

 とりあえず、降ってきた兵士を受け止めて空飛ぶ箒を回収。兵士が魔力切れで気絶しているので、軍の野営地へ運ぶことにした。


 俺は空飛ぶ箒を使うときは、足の裏で箒の柄を掴んで飛ぶことにしている。その方が上半身も下半身も可動域が広がるからだ。靴を履いている時は魔力操作で掴めばいいし、多少訓練すればそんなに難しいことでもない。


「すみません。こちらの野営地に落ちて来たんで返しに来ました」

 軍の野営地に下り、気絶した兵士を渡した。

「それは申し訳ないことをした。兵にも気を付けるよう言っておく」

「あと、これも。魔法陣が消えかけてるんで焼き直した方がいいですよ。これでは魔力も消耗するので。いや、そういう訓練ですかね? 余計なことを、失礼しました」


 空飛ぶ箒も渡して帰ろうとしたら、「ちょっと待て」と小柄な兵士に呼び止められた。


「旅の魔法使いのようだが、冒険者か? それとも闘技者か?」

「いえ、今は無職ですね」

「暇ならば軍の訓練に参加しないか? いやなら一方的に教育してくれてもいい」

「明日、学校の入学試験があるので、休息をとっておきたいんですよ」


 眉間にしわが寄っていた小柄な兵士は、「学校」と聞いてポカンとした顔で俺を見てきた。


「それでは、訓練頑張ってください」

「ちょ、ちょっと待てい! 総合学院の試験は今日だったはずではないか?」

「ええ、貴族の試験があるみたいですね。一般入試は明日と言われています」

「推薦状はあるか?」

「傭兵の船番頭さんに書いてもらいました」

「なるほど。よければ名を聞いても良いか? ワシからも推薦しておく」

「コウジです。ただのコウジ」

「もし試験に落ちたら、軍の門を叩け」

「は? はぁ、わかりました」


 最近、よくスカウトされる。傭兵に軍。推薦状を書くと言っているけど大丈夫かな。

『この者は落とした方がいい』なんて書かれてたら、どうしよう。


「なんか言われたか?」

 野営地で待っていたスナイダーさんは、一角ウサギを獲って焼いていた。

「……ああ、いや、別に何も」

「助けたんだから銀貨一枚くらいもらってくればいいものを」

「俺が助けなくても助かってたんじゃないですか? 今日は早く飯食って寝ます」

「試験は明日だもんな」

 そう言いながらもスナイダーさんはどこからか酒を調達してきて月を見ながら一杯やっていたが、俺は早々に寝た。

明日は試験だ。緊張して眠気なんてあるわけない……、と思いながら星空を眺めていたら、眠っていた。我ながら単純に出来ている。



 翌朝、訓練していた兵士たちとともに王都の街中に入った。

「その方が早いぞ」と昨日会った小柄な兵士が誘ってくれたのだ。

実際、王都に入る手続きなど一切なく、門を守る衛兵には挨拶されただけ。門の近く、アイルさんの実家近くで兵士たちとは別れた。

「うちで飯を食べていかないか。もしくは軽い運動でもどうだ? 風呂もあるぞ」

 小柄な兵士が緊張をほぐすように親切にしてくれた。


「お気遣いありがとうございます! でも、大丈夫です。きっと、試験に受かって見せます!」

 気合だけでも入れておく。やってダメなら親父に話して笑ってもらおう。気合十分で行って落ちた方が親父にはウケるはずだ。


まだ人が多くない時間帯にアリスフェイ総合学院まで辿り着けた。



 スナイダーさんとはここでお別れ。

「お世話になりました」

「ああ、落ちることを期待してる。近くの宿にいるからな」


 酷いことを言う大人だ。

 学校の門前で人の流れを観察していたら、門が開いて掃除夫たちが一斉に出てきた。周囲を手際よく清掃していく様は、洗練されていて無駄な動きがない。

 俺は邪魔しないように、門から少しだけ離れて仕事の様子を見ていた。

「君は一般の受験生かな?」

 石畳を水魔法で洗い流していた掃除夫が俺に話しかけてきた。

「そうです」

「よく来てくれた。試験を楽しんでいってくれ」

 掃除夫の一人はにっこり笑って、学校の中に戻っていった。


 ほどなく俺のような受験生たちが門前で待ち始めた。皆、緊張している。つられて俺も手に汗をかいてきた。

日が高くなるころには獣人、エルフ、ドワーフ、小人族、魔族、いろんな種族の家族が門前に集まっていた。


王都に鐘の音が響き渡り、門が開く。


若いエルフの女性が現れ、「受験生は学院の中に入ってください。それ以外の方はこの場にてお引き取りを」とよく通る声で言った。


 緊張しながら一歩踏み出す者、笑いながらも足がガクガク震えている者、叫びながら自分を鼓舞する者、すでに落ち込みながら入って行く者、いろんな受験生が学校に入っていく。後ろではそれぞれの家族たちが応援していた。


「よし」


 俺も一歩踏み出して、学校の中に入った。これから、変と言われないように生活をしていくための第一歩だ。


 俺は、やる! 手に入れてやる! 皆が言う、普通の生活ってやつを!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 数年ぶりに読み返してたら、最終話から更新されてて スゴク得した気分です。 [気になる点] コウジの推薦状を書く人達が、落ちることを願ってるっぽいこと(笑) [一言] これからもご健勝を祈…
[一言] 待ち続けた続編が出ました、これは追いかけるしかないですね。
[良い点] コウジが周りとの差を認識するけど絶妙にすり合わせしきらない感じがナオキと似てる感じでとても面白かったです!
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