『まじないより駆除に必要なもの』
まだ、俺がこの世界に来たばかりで、ようやく人と普通に話せるようになり、レベル制の存在に気づいた頃の話。
辺境の町、クーベニアの役所から地下水道で繁殖しすぎたネズミの魔物を一〇日で駆除するよう依頼されていた。駆除方法はすぐに確立してしまい、マスマスカルが罠にかかっている間、俺は冒険者ギルドに併設されている食堂で、温いお茶を飲んで待っていた。
食堂には昼間から酒を飲んでいる冒険者たちが結構いる。
早朝に近くの森に行き、魔物を討伐してきた冒険者たちや、長く旅をしてこの町に辿り着いた冒険者たちだ。
彼らの話の内容は、どんな魔物を倒したかということだった。語彙力が足りないのか会話のほとんどは「ヤバかった」「死ぬかと思った」「マジか!」だけで成立していたように思う。
そんな彼らの会話を食堂の端っこで聞いている俺に、食堂のおばちゃんがお茶のおかわりをコップに注ぎながら、「ねぇ、ちょっと」と話しかけてきた。
「冒険者っぽくないけど、あんたも冒険者なんだろ?」
防具も武器も携帯していない俺を見ながら、おばちゃんが聞いてきた。
「ええ、まぁ」
「うちの裏のばあさんの家に蜘蛛の魔物が出て困ってるらしいんだけど、行ってみてくれないかい?」
「依頼は出してないんですか?」
「ああ、足が悪くて、冒険者ギルドまで来るのも大変なんだ」
「そうですか。なら、場所を教えてくれれば、行きますよ。一個仕事片付けてから行くので、ちょっと遅くなるかもしれませんが」
「本当かい!? 青いツナギの冒険者は腰抜けって聞いてたけど、あんた良い人だね!」
知らない間に「腰抜け」と呼ばれていたようだ。
食堂のおばちゃんはキレイな地図を描いてくれて、ばあさんの家を教えてくれた。
冒険者ギルドを出て、ひとまず地下水道に行き、仕事を済ませてから、ばあさんの家に向かう。
すでに夕方近くで、辺りは暗くなり始めていたが道に迷うこともなく、ばあさんの家に辿り着いた。
「ごめんくださーい!」
ドアをノックしながら、家の中に声をかけると、ゆっくりとドアが開いた。
中から、真っ白いドーランを塗った顔で、真っ白い服を着たばあさんが現れた。何かしらの宗教だろうか。
「なんじゃい?」
ばあさんはぶっきらぼうに言って、俺を睨んだ。
「蜘蛛の魔物に困ってるって聞いて、冒険者ギルドから来たんですけど」
「あ~? 依頼は出しとらんじょ?」
「食堂のおばちゃんが、様子を見てきてくれって言うんで来ました」
「そうかえ? あんた見た目によらず親切じゃねぇ。入っていいじょ~」
独特のイントネーションで、不思議な訛りのばあさんは、俺に失礼なことを言って中に招き入れた。
家の中は暗く、テーブルや椅子、棚などの家具に白い布がかけられていた。
「全部白いんですね?」
「虫系の魔物を寄せ付けないための『まじない』じゃ」
床にパンくずが落ちていたり、天井近くに蜘蛛の巣が張られたりしている。『まじない』より、ちゃんと掃除したほうがいいんじゃないか。なにより、台所の方から油っぽい匂いがしている。
「蜘蛛の魔物以外にも虫系の魔物は出ますか?」
「ああ、なんでも出るじょ」
だろうな。蜘蛛の魔物が巣を張るくらいだから、飛ぶタイプの魔物だって出るのだろう。
「先に掃除していいですか? その間にお湯を沸かしておいて貰えると助かります」
「わかったじょ。箒は階段脇じゃ」
ばあさんに言われた通り、階段脇に行くと掃除道具が一式揃っていた。ただ、竹箒の柄が短く折れている。足が悪いというばあさんには使えなかったのだろう。
ひとまず、短い箒とちりとりで、家の中を掃除。天井の蜘蛛の巣も台に乗って取った。
「長い棒みたいなものありませんか?」
腰が辛くなってきた頃にばあさんに聞いたら、魔法使いが使うような立派な杖を持ってきてくれた。
「いいんですか、これ? 高価そうですけど」
「いいじょ~、もう使わないから」
ばあさんがそういうので、折れた箒の柄に杖を縛りつけて掃除を進めた。台所も布を雑巾代わりにして、きっちり油汚れを拭きとった。
「お湯が沸いてるじょ」
「あ、ありがとうございます。この折れた柄の方はもう要らないですよね?」
「要らないじょ」
「ノコギリとか工具ってありますか?」
「勇気があるならついてこい」
急に真面目な顔をしたばあさんが俺を案内した。
階段脇の小さなドアを開け、ハシゴを下りると、そこは完全に虫系の魔物の巣と化した地下室だった。そこら中に、ムカデっぽい魔物や蜘蛛の魔物、蛾っぽい羽虫系の魔物などが魔石灯の明かりに照らされて蠢いている。
出来るだけ早く、必要な工具だけ救出してハシゴを上った。
折れた柄をノコギリで適当な長さに切り、節に穴を開け、簡単な水鉄砲を作った。
あとはお湯を虫系の魔物に向けて発射するだけ。試しに、地下室の入口付近にいる蜘蛛の魔物に発射すると、前の世界と同じで熱によって虫系の魔物のタンパク質が固まり、死んでいた。これならイケそうだ。
「おらおらおらー!」
ひたすら地下室でお湯を四方八方に撒き散らし、虫系の魔物を駆除した。
床一面の死体の数は千を超えているだろう。全て袋に回収。大きめのスイカが二玉入りそうな袋になり、裏庭で焼いた。
冒険者カードを見ると、レベルが上がっていた。




