『衛兵ちゃんの事件簿』
コムロカンパニーが夏の終わりに来た。毎年、来ていた女性の駆除人たちとは違う連中だった。この時期になると、毎年冒険者も集まり、冒険者ギルドの出張所も賑わっている。近隣の住人たちも冒険者ギルドに登録しているため、冒険者として活動しているはずだ。
冒険者は基本的に、コムロカンパニーの下請けとしてスーパーマスマスカルの駆除を手伝っていると聞いている。コムロカンパニーはある程度、スーパーマスマスカルを駆除すると、町人たちからの依頼も請けて、すべて依頼達成をしていた。
今年は男性の駆除人たちが来たので、依頼をしてくれるのだろうか。
「おつかれさまでーす」
コムロカンパニーの社長だという青い服の男がにこやかに冒険者ギルドの裏で団子を作っていた。例年なら、毒入りのはずだが、手袋もなにもしていない。大丈夫なのか?
「ご苦労さまです。他の冒険者はどこに?」
「ああ、逃げちゃったんですよね」
社長はこちらを見ずに答えた。
「まぁ、大丈夫です。島のスーパーマスマスカルは駆除しますから」
そう言っていた。邪魔をしてはいけないので、衛兵である私はとっととその場から去った。
あの世界的に有名な駆除業者のコムロカンパニーの社長だと言うから、もっとワイルドベアのような男性を想像していたのだが、あまりにも普通の男だったので拍子抜けしてしまった。
「あ、こんにちは」
「わっ!」
目の前に筋骨隆々の男性がいた。確か、セスという名のコムロカンパニーの社員さんだ。実は運送業もやっているとか。
「今年もよろしくおねがいしますね」
「よろしくおねがいします。今年は初めから冒険者が逃げ出したようですね」
コムロカンパニーの男性社員は愛想が良いようで、セスさんもにこやかだ。
「ええ、今年は社長が帰ってきたのでね。今年は計画も業務も社長主導なので、必ず島からスーパーマスマスカルを一掃してみせますよ」
自信満々に言っていた。よほど社長を信用しているのだな。今年は違うようなので、しばらく様子を見ることに。
「おお、コムロカンパニーはどうだった?」
大木の下にある派出所に戻ってくると、衛兵の先輩から声をかけられた。
「社長と男性の社員さんが来てました。いつもの女性の駆除人とは違うようです」
「冒険者たちは?」
「逃げ出しちゃったみたいですけど、この時期の仕事がなくなると、どこに行っちゃうんですかね?」
「冒険者って言ったって、どうせ近隣の住人たちだろ? 自分たちの生活に戻っただけさ」
「そうですか……」
私は大きく息を吐いてから、報告書を書くために机に向かった。
「なにか気になることでもあるのか?」
先輩が聞いてきた。
「いや、まだなにもしていないのに、冒険者ギルドから冒険者が逃げ出すって変じゃないですか?」
「例年なら、あの女駆除人たちが全部依頼を達成しまくってギルドを荒らすから、出張所を明け渡すんだよなぁ?」
「そうなんです。でも、依頼書を張っている掲示板はそのままでした」
「だから、冒険者たちはどこへ行ったのか、疑問に思ったのか」
「そうです。まだなにもしていない駆除人と、逃げ出した冒険者たち。様子を見たほうがいいですかね?」
「いや、考えすぎだろ。別になにも被害がないなら、関わらないほうがいい。面倒なことに巻き込まれるぞ」
面倒なこと? 夫婦喧嘩はフォレストウルフも食わないって言うが、女性の駆除人と男性の駆除人で喧嘩して、冒険者たちになにか言ったのかもしれない。恋愛沙汰は確かに面倒だ。
被害がないなら、衛兵も動けない。
特別なことは書かずに報告書を提出し、その日は家に帰った。
「被害がないなんて嘘? 僕たちはずっと被害を受けてるよ」
弟のサルモがフィールドボアの生姜焼きを食べながら口を尖らせた。
「美味しい夕飯を食べてるっていうのに、なにか文句あるの?」
私の料理にケチをつけているのだろう。私たちの両親は冒険者で、サルモが幼い頃に秘境に向かって旅立ち、未だに帰ってきていない。それでも姉弟二人で楽しく暮らしている。
「だって、僕がもっと小さかった頃はシートラウトをあんなに食べていたっていうのに、今はフィールドボアばっかり」
サルモは幼い頃に食べていたシートラウトのムニエルが忘れられないらしい。
「私だって食べたいけど、獲れないんだからしょうがないじゃない。フィールドボアの生姜焼きだって美味しいよ」
「ねぇ、姉さん。あの駆除人たちが来てから獲れなくなったんじゃない?」
サルモが言う通り、駆除人たちが来るようになった五年ほど前からシートラウトの漁獲量はぐっと下がってしまった。
「だから、今、漁の解禁日を決めて増やそうとしてるんじゃない」
「そうだけどさ。毎日フィールドボアの肉ばかりじゃ飽きちゃうよ」
フィールドボアの肉が町では一番安い肉だ。正直、衛兵はそんなに給料を貰えないので、オックスロードなどの牛の魔物の肉は食べられない。シートラウトが獲れていた頃は、安くてよかったんだけど、今は魚肉も高くなってしまった。
「私だって、シートラウトのムニエルを食べたいわよ」
確かに、駆除人たちがやってきてから、気づかぬうちにおかしいことが起こっているのかもしれない。
翌日から、駆除人の様子を見に行くと、セスさんが見たこともないようなエビの魔物を使った料理をごちそうしてくれた。帰りがけには弟の分も持たせてくれる。こんなに優しいなんて、なにか裏があるんじゃないかしら、と思うのだけれど、「別に。社長の分を作るついでだから」と笑っている。運送業が儲かっているセスさんだから、羽振りがいいだけなのかもしれない。
駆除人たちがやってきて三週間ほど経った頃、突然、事態が急変した。
セスさんが捕まったのだ。
「どういうことですか!?」
先輩に問いただしてみたが、
「よくわからないが、マッチポンプをしていたようだ。島でマスマスカルを駆除したように見せかけて、毎年、新しいマスマスカルを放していたらしい。それで毎年依頼を請けていたんだって」
「それでコムロカンパニーになんの得があるっていうんです!? 本当ですか!?」
「いや、本人は否定している」
「私に尋問させて下さい」
私が牢屋に行くと、セスさんはこちらを見てニコニコしている。
「セスさんたちがマッチポンプをしていたとは思えません。マスマスカルを島に放したところでコムロカンパニーさんは評判を下げるだけです。この事件には裏があります!」
「うん、そうだね」
「容疑を晴らすために、しばらくここにいて下さい」
「わかったよ~」
セスさんはニコニコ笑っているだけだった。
「おい、この事件、思ったよりも根が深いかもしれん」
牢屋から戻ってきた私に先輩が言った。
「なにか見つかりましたか?」
「ああ、隣村の漁師たちが魔法陣付きの馬車を隠し持っていることがわかった。シートラウトを解禁日前に密漁しているかもしれない。中央にいる同輩が教えてくれたんだ。北部産のシートラウトは毎年美味いよなってね」
「中央では食べられているのに、この町の私たちが食べられないなんておかしいじゃないですか? でも、密漁してバレずに輸送なんて、どうやってやるんです?」
「冒険者の船なら解禁日前でも出せるし、魔法陣を使った馬車も冒険者ならおかしくはない」
「漁師たちが全員冒険者に化けていたってことですか?」
「ああ、そうだ。ただ、そうなってくると、あの冒険者ギルドの出張所自体が怪しくなるんだけどな」
「大事ですよ」
「ああ、冒険者ギルドのギルド長を含めて逮捕しなくちゃならなくなる」
「駆除人たちが来るようになった五年前からってことですか?」
私が先輩に聞くと、先輩は頷いた。
「五年の間に、あの冒険者ギルドの出張所で達成された依頼を洗うぞ。あの出張所にいた冒険者たちが偽者であることを証明する!」
「了解です!」
シートラウトが食べられないという被害は、いつの間にかエルフの里全土を巻き込む大事件へと発展していった。




