『眠らない大統領』
ナオキが消えたと聞いたのは、秋の初めころだったと思う。
「精霊か神々に連れ去られたか?」
通信袋で連絡してくれたアイルは『おそらく』と言っていた。
「フハ、ナオキはちょっと現代の人間の枠には収まらないからな。そのうちひょっこり戻ってくるだろう」
ナオキは厄介事に巻き込まれる体質で、精霊や神々にまでいろいろ無理難題をふっかけられている。今回もきっとそうだ。
「大統領! また山賊が現れました!」
秘書のアラクネに言われ、通信袋を切った。コムロカンパニーも大変だろうが、国として成り立ったばかりの魔族領も大変だ。
「今、行く。フハ」
忙しすぎて目が回りそうだ。子供も生まれて、ずっと見ていたいのだが、ロクにオムツすら変えていない。妻のリタは、「面倒見のいい魔族がこんなにいるんだから、ボウさんの出番は大人になるまでありませんよ」と言われてしまった。実際、城では捨てられた魔族の子や人の子も育てているため、赤ん坊の扱いもオレより熟知している乳母たちが多い。
「山賊はどこに現れたんだ? フハ」
大統領室に入って、アラクネに聞いた。
「東の海岸の方です。どこからやってきたのかわからなくて対応に困っています」
「捕縛して、魔族領の法で裁いていいよ。フハ」
交易をしているグレートプレーンズとも傭兵の国とも協定は結んでいる。火の国に対しては賠償金を請求しているところだ。他の国は、親書を送っても魔族領を国と認めていない。
「でも、もしも戦争になったら……?」
「魔族領には空軍がいる。たとえ戦争になっても有利に進められるのはこちらだよ。好戦的な国は周辺の友好国にとっても脅威だからね。フハ」
「では、捕縛命令でよろしいですね?」
「うん、海岸の方ならセイレーン族がいる方かな? 陸地ならアンデッド系の奴らに向かわせてもいい。彼らならちょっとやそっとで死なないから。フハ」
大統領室のドアが開き、ケンタウロス族の族長が入ってきた。
「魔王様! 火の国から使者が来てます! 街道についてだと思います」
火の国との国境線はケンタウロスの衛兵たちが警備している。
「フハ、魔王じゃなくて大統領だよ。街道建設は進んでいないのか?」
「いえ、ドライアド族が樹木を除け、我らケンタウロス族が踏み固めているところで、計画よりは早く進んでいます」
「フハ、なら、『待て』と言っていい。こちらが引く必要などなにもないだろ?」
「そ、そうですが……」
魔族の事を未だに魔獣や魔物と同じと考えている人族は多い。自分たちのほうが、知能が高いのだから、自分たちの都合に合わせろという。
「姿や形が変わろうと、同じように生きているのだから、差別は気にするな。むしろ、はみ出していけ。オレはそうやって人族の仲間と出会った。フハ」
ケンタウロス族は敬礼をして、部屋から出ていった。
その後、すぐにグレートプレーンズの使者からの親書が届けられた。届けたのはハーピー族の若い女性だ。最近、ようやくビキニアーマーなどを着てくれるようになったが、以前は胸をもろだしだったため、グレートプレーンズの衛兵たちが押し寄せてきたことがあった。
親書の内容は、そろそろ雨季になるため、魔族領の一部に避難させてくれ、とのこと。妻のリタの実家もあるし、そこまで迷惑ではないのだが、避難する名簿には、男の名前が多い。
「フハ、避難しているからと言って、なにをしてもいいというわけではない。人族のモラルと魔族のモラルは違うから、十分留意してくれるよう伝えてくれ」
「かしこまりました」
ハーピー族はそう言って、窓から飛び立った。
「フハ、朝から何件仕事があるんだ」
椅子に深く座った。アラクネがお茶を用意してくれたが、飲む気にもならない。
「お疲れのようですね」
「フハ、決めることが多いし、仕事も溜まってる。次の予定はなんだったっけ?」
「魔石鉱山の視察と、紡績工場の建設予定地で作業安全を祈る儀式です」
魔石鉱山は最近見つかったのだが、同時に遺跡も見つかってしまい、作業がなかなか進んでいないらしい。紡績工場はアラクネなどクモの魔族たちが中心となって作っている。火の国やグレートプレーンズなどから、肌触りがよく丈夫な布に注文が殺到している。
どちらも魔族の代表として、行かないわけにはいかない。
毎日、このくらい予定が詰まっていて、まるで自分の子供に会う時間もない。
「子供に会いたいよぅ、フハ!」
一人、移動の馬車の中で泣いたりしているが、泣いている姿など見せられない。
仕事が終わるのは、いつも深夜。子供が寝ている部屋に向かい、そっと見ているだけ。
寝ている子供をずっと見ていても全然飽きないので、いつの間にか朝になっていることもある。火の国の新聞では『眠らない大統領』と呼ばれ始めたらしい。火の国の代表は紙問屋だからか、新聞には力を入れているようだ。
魔族領でも通信機によるラジオと新聞が導入され始めているが、魔道具師がいないためなかなか進まない。
「フハ、何事もうまくいかないなぁ」
オレが子供を見ながらつぶやくと、「フフ……」と声がした。
振り返ると、妻のリタが笑っていた。
「大統領だからって、全部背負い込むことないのよ。誰かに任せて、責任だけ取ればいいんだから」
「そうかもしれないな。オレはナオキのようになんでもできるわけじゃないからなぁ。フハ」
「ナオキさんでも、魔族をまとめることはできない。できるのはボウさんだけよ」
そう言ってリタに抱きしめられた。身体の奥がじんわり温かくなった。これが家族か。たった数秒で、すべてのストレスが吹き飛んでいく。
翌日から、また大統領の生活が始まる。魔族領にいる族長たちを集め、少しずつ他国との仕事を任せるようにした。頭の固い連中だ。きっと争うこともあるだろう。その尻を拭ってやればいい。
それでも、大統領の仕事量はあまり変わらなかった。
「大統領、傭兵の国の王から捕まえた山賊を解放するよう要求してきました」
秘書のアラクネが通信袋を用意しながら言った。
オレはすぐに通信袋を掴んで魔力を込めた。
「フハ、傭兵の国の王よ。魔族領では誰に対しても略奪行為を許してはいない。残念ながら、山賊たちの刑は決まっているんだ。魔石鉱山で遺跡掘り三年だ。真面目にやってたら、国へ帰してやるよ」
『そうか。魔族領の意思はわかった。減刑しろとは言わねぇから、魔石鉱山は勘弁してやってくれないか? そいつらは火の国で魔石を掘っていて魔力過多になって傭兵の国に逃げ延びてきた奴らなんだ』
どちらにも事情はあるものだ。バランスを見ながら、落とし所を決めていくのも人の上に立つものの役目か。
「だったら、紡績工場の建設に従事してもらう。刑期は伸びるよ。フハ」
「助かる。すまねぇな、無理言ってよ。傭兵が必要な時は言ってくれ」
「フハ、お互い様だよ」
オレはそう言って、通信袋を切った。
「聞いたとおりだ。アラクネ、手配してくれ。傭兵の国に貸しひとつだ。フハ」
「かしこまりました」
城の裏庭では、人族と魔族の子どもたちが遊んでいる声がする。世界中のどこでも同じ声が聞こえるようになることが、今のオレの夢だ。
「ナオキが帰ってきたら、驚かせてやらないとな」




