『墓守の落とし文』
ナオキさんが「消えた」とアイリーンちゃんから聞いたのは、秋になってからだったでしょうか。
「なくは、ないな」
神々の依頼を引き受け、精霊とも対等以上に渡り合うナオキさんなら、どんなことでもあり得る。きっと、ひょっこり帰ってくるだろう。そう思っていました。
「だから、ナオキさんだと名乗る冒険者が現れたんです!」
アイリーンちゃんが墓に隣接した小屋まで来て、私に説明しました。
「そう言われても、ここに来てませんよ。本物のナオキさんなら、『エルフの薬屋』か、この小屋に立ち寄ると思いますけどね」
「偽者であることはわかってるんです!」
「じゃあ、どうしろと?」
「偽者の本当の名前を探して下さい」
「何を言っているのか、ちょっとわからないんだけど……」
「説明がしにくいので、とにかく冒険者ギルドまで来て下さい! ナオキさんと関わりの深い人はバルザックさんだけなんですから!」
そう言ってアイリーンちゃんは私を冒険者ギルドまで連れて行ったのです。
冒険者ギルドに併設されている食堂では、冒険者たちが安いワインで酒盛りをしていました。
「あの柱の近くのテーブルにいるのがナオキさんの偽者です。夜になると、ふらっと現れてああやって酒を飲んでいるんです」
陰に隠れてアイリーンちゃんが指さした男は、青く塗装された革の鎧と銅の剣を装備した普通の冒険者でした。少し顔色が悪く、他の冒険者たちと絡むつもりはないようです。ナオキさんとは似ても似つかない四角い顔の厳しい風貌です。
「こんばんは」
とりあえず、私は話しかけてみることに。
「うん」
彼は頷いただけでした。
「ナオキ・コムロと名乗っているそうですね?」
「ナオキ・コムロ。そう呼べ」
「本物のナオキ・コムロとは、まるで似ていませんが、なにか理由でもあるんですか?」
私は、彼のコップにワインを注ぎ足しながら、丁寧な口調で聞いてみました。
「そうか、すまない。本物のナオキ・コムロの知り合いか……?」
「ええ、ナオキさんは私の元主人です」
「実は、俺には記憶がないんだ。海で遭難して港町に流れ着いた。そこで、『ナオキ・コムロみたいな奴だ』と言われてから、名前を名乗らせてもらっている」
たぶん、青い鎧を着ているから、ナオキさんだと言われたのでしょう。
「別に恨みがあるわけじゃないんだ。ただ、優秀な冒険者だと聞いている。もしかしたら、俺の記憶を取り戻してくれるかもしれないと思ってね」
「なるほど。自分の名前も思い出せないんですか?」
「ああ、昔のことを思い出そうとすると、頭の中に靄がかかったようになる」
そう言った彼の身体が、うっすら半透明になりました。たぶん、彼はゴースト系の魔物でしょう。思念が消えずに残り、そのまま魔物へと変わってしまったのかもしれません。ただ、普通に会話もできるし、隅の方にいれば他の冒険者と見分けがつかない。
「クーベニアまではどうやって?」
「さあ、どうだろう。気づいたら、なにかに呼ばれるように、この町まで来ていたんだ」
「わかりました。毎夜、食堂のこの席にいらっしゃいますか?」
「ああ、ほとんどここで飲んでいるよ」
「では、また、明日の晩に」
私は席から離れ、アイリーンちゃんのもとに向かった。
「彼は魔物です。たぶん、ゴースト系の」
「ええっ!? ああ、そう言えば、食堂のおばちゃんが回復薬切れてきたって言ってました! すぐに手配します!」
クーベニアの冒険者ギルドでは度々、ゴースト系の魔物が現れるのです。そのため、食堂のワイン樽には回復薬を少量入れ、駆除することになっています。
「いや、それはちょっと様子を見てもらってもいいですか?」
「なにかマズいことでもあるんですか?」
「『なにか』に呼ばれたらしいんですよ。誰かではなく、『なにか』っていうのが気になって。ちょっと調べてみてもいいですか? ワインに回復薬を混ぜるのはいつでもできるでしょう?」
そう言うと、アイリーンちゃんは困ったような顔をして、「仕方がありませんね。バルザックさんにはいつもお世話になっているので、特別ですよ」と承諾してくれました。
「一週間後にはワイン樽に回復薬を入れますからね」
「ありがとう」
私はお礼を言って、冒険者ギルドを出ました。
『エルフの薬屋』は現在改装し、古道具屋となっています。
ここには昔、冒険者や行商人が使っていた壊れた物や捨てられた物が集まって来ます。もしかしたら、あのゴースト系の魔物を呼んでいる『なにか』があるかもしれません。
私は、すっかり修理されて、陳列棚に置かれたナイフやカバンなどを見ながら、誰かを呼ぶための物を探しました。
「カバンの中に手紙が入っていないか? いや、呼ぶというくらいだから、音に関する物か? 鈴や笛か?」
いろいろ推理してみましたが、どれも違うようです。
「都合よく、古道具屋にあるわけないか……」
私は、翌日から『呼ばれる物』を探しながら、町を歩き回りました。
時を告げる教会の鐘や、乳牛の魔物を呼ぶカウベル、喫茶店の呼び鈴など、音が鳴る物を冒険者ギルドにいるゴースト系の魔物に聞かせてみたりしましたが、まるで反応はありませんでした。
結局、答えが見つからぬまま、一週間が経ってしまい、ワイン樽の中に回復薬が投入され、ゴースト系の魔物は声も挙げずに消えてしまいました。
「バルザックさんでも、わからないことがあるんですね?」
「ええ、私はナオキさんのように優秀な冒険者ではありませんから。できることとできないことがあります。犬の獣人なので鼻は利くんですが、どうも捜査には向いていないのかもしれません」
冒険者ギルドのカウンターでアイリーンちゃんと私が話していると、ドスドスという足音が近づいてきました。
振り返ってみると、あのゴースト系の魔物とそっくりな四角い顔の厳しい風貌の行商人。右足は木製の義足のようで歩く度に、床に当たって音が鳴っています。
「ここの食堂にはどんなに傷ついた足でも治すワインがあるって聞いたんだけど、本当かい?」
行商人が聞いてきました。私とアイリーンちゃんは思わず、顔を見合わせました。
「いいえ、食堂で出しているのは回復薬が入ったワインだけです。食堂に現れるゴースト系の魔物を駆除するために」
行商人の問いかけにアイリーンちゃんが答えました。
「そのワインに入れる回復薬だけどよぅ、ナオキ・コムロって奴が作っているものかい?」
「食堂に出るゴースト系の魔物を駆除する方法はナオキさんが考えたので……」
「やっぱりそうか! 俺もここのワインを飲んでいれば、足を切り落とす必要もなかったなぁ! ガハハハ!」
行商人は笑いながら言いました。
「俺は火の国で地震があった時に、ナオキ・コムロに助けられた元冒険者でね、あの回復薬の効果をよく知ってるんだ! 足を失う前にナオキ・コムロの回復薬を探してたら、クーベニアってところのワインには、ナオキ・コムロの回復薬が入ってるらしいって噂を聞いてなぁ。どうにか辿り着こうと思ったんだけど、乗っていた船が嵐にあって難破。結局、切り落としてしまったってわけだ」
行商人は、ドンドンと自分の義足で床を鳴らしました。
「悔しいから、ワインの匂いに呼ばれて、ここまで来たんだ」
どうやら、あのゴースト系の魔物は、この行商人の『生霊』だったようです。
「そうですかぁ。よければ私がごちそうしますよ。私はナオキ・コムロの元奴隷だった者です」
私は、彼に一杯奢ることにしました。