『メルモの夢への一歩』
社長が消えて、私のやることがなくなってしまった。社長はどうせどこかで生きていると思うけど、心配。給料はちゃんとベルサさんから頂いたのだけれど、仕事は自分で探せ、とのこと。今までは社長の指示通りに動いていればよかったけど、今度は自分の夢は自分で追いかけないといけない。
「どうしよう」
空飛ぶ箒もあるから、どこにでも行けるっていうのに、どこに行ったらいいのかわからない。
「これじゃあ、まるで社長じゃない!?」
マズい! あんな人になっちゃいけない! いつの間にか、セスもいなくなってるし!
「男って、全然頼れないんだから!」
グズグズしていると、社長が消えてずっと飲んでいるアイルさんに絡まれる。私は慌てて、北極大陸から脱出した。
空飛ぶ箒で移動していると、強風に流された。全然まっすぐ飛べず、上空まで上がったり乱気流に巻き込まれて上下がわからなくなった。
「ああああっ!」
ドボンッ!
海に墜落。すぐにサメの魔物に囲まれた。
噛み付いてきた魔物はメイスで撲殺して、逃げようとしたサメの魔物を使役した。陸地に送ってもらった。
たどり着いたのは、全く見知らぬ土地。服はびしょ濡れ。近くの木に服をかけて乾かしながら、気配を殺して周囲を見て回った。浜辺からすぐに森が広がっている。大きな角を持つシカの魔物や、歩いている鳥の魔物など独特な魔物が多かった。
「もしかして島かな」
服が乾いてから、浜辺を歩いていると、漁村が見えた。
「こんにちはぁ~」
漁師のおじさんに声をかけると、森から出てきた私を見てものすごい警戒された。もしかしたら、血だらけのメイスを持って、解体して皮を剥ぐ前のシカの魔物を背負っていたからかもしれない。
「よければ、解体するためのナイフと砥石を貸してくれませんかぁ?」
漁師のおじさんは自分が持っていたナイフを貸してくれて、解体場所まで提供してくれた。解体場所は倉庫で、シカの魔物を解体していると漁師たちが集まってきた。魚の魔物ばかり食べていて、森のなかにいる魔物は食べないのかな? ゴクリと喉を鳴らす音まで聞こえてくる。
「食べますかぁ? もしよければ、バーベキューでも……」
私が聞くと、皆頷いて、自分の家族を呼びに行った。
一緒にシカの魔物の肉を焼いているうちに、自然と打ち解けていく。仲良くなるためには、一緒に御飯を食べること。私がコムロカンパニーで学んだことのひとつだ。
「どこからきただか?」
「北極大陸です」
「ほ、ほ、北極大陸ぅ~~!?」
漁師のおじさんは驚いていた。
「ここって島なんですか?」
「んだ。ジージャー島っていう島だ」
よく聞いてみると、地峡にある傭兵の国の南にいくつか離れ小島があり、この島はそのうちのひとつだという。
「じゃあ、傭兵の国に属してるってことですか?」
「いんや、アリスフェイ王国の領地ってことになってるな」
いろいろ歴史上の事情があるようだ。
「ところで、皆さん同じ服を着てますけど、この島の特産なんですか?」
私は、島の皆が着ているズボンを指さして聞いた。民族衣装かなと思ったが、よく見れば、そもそも布が特殊だった。子供も着ていて、すごく伸び縮みしている。
「ジージャー織りって言って、伸び縮みするし、乾くのも早いんだよ。ほら、漁師はすぐびしょ濡れになるだで、こういう布のほうがいいんだ」
漁師の奥さんが教えてくれた。
「へぇ~! 面白いですねぇ!」
「なんだ? お嬢ちゃん、興味あるだか?」
「ええ、私、裁縫スキルを持ってるので」
「そうかそうか! だったらこっち来て教えてやるべ」
漁師の奥さんたちにジージャー生地の織り方を教えてもらうことに。
魚の魔物の干物以外に、このジージャー生地だけが島の特産品らしい。ただ、火の国の戦争などで周辺の状況が変化し、「今はなかなか売れない」と漁師の奥さんたちは愚痴を言っていた。
「糸は魔物由来ならなんでもいいのさ」
羊毛やクモの魔物の糸などで生地を作るらしい。
「素材でもこんなに伸縮性が変わるんだ!」
「そうだろう?」
面白いし、掃除や魔物の駆除をしながらでも織り方を教えてくれると言うから、しばらくジージャー島に滞在した。
布が増えると、自分の服や社長が帰ってきたときのために、服のデザインなんかを考えていた。コムロカンパニーではいろんな場所に行ったので、民族衣装っぽいものや、社長が『スーツ』と言っていたフォーマルな格好のものなんかも作ってみた。
私の作った服は、島に来る定期船で売ってくれた。特にお金に困っていたわけではないが、結構な高値で売れたらしい。私はそれを元手に針や裁ちばさみを買い、世界中の素材でジージャー生地を作ってみることに。
しかし、クモの魔物や蛾の魔物を捕まえてきて使役し、島で繁殖させていると、島民たちから気味悪がられてしまった。
仕方がないので魔族領に向かい、大統領のボウさんに頼んで、繁殖させてもらう。魔族は身体が人間とは異なるため、服を作るのが難しいが、伸縮性に優れているジージャー生地ならピッタリと合う服が作れることもわかった。
「これ、いいわ~」
「わたしにも作って~」
「水に濡れてもすぐに乾くのがいいわね」
アラクネ族を筆頭に、ケンタウロス族やセイレーン族まで寄ってきた。やはり女性はおしゃれに敏感だ。それは魔族領だけに限ったことではなく、傭兵の国から行商しにきた女商人たちや、火の国の女商人たちも同じ。
一年後、私のもとに連絡が来た。
「メルモちゃん、荷物が届いているよ」
漁師の奥さんが封筒を持ってきた。なにかと思って開けてみたら、『海上のファッションショー』という船のチケットと書類が入っていた。書類には世界中のデザイナーたちが一同に会すパーティーに招待すると書かれていた。
「せっかくだからメルモちゃん、行ってみれば?」
あんまり興味なかったけど、漁師の奥さんたちにバレた。コムロカンパニーの人たちにも聞いてみたら、
『絶対に行け!』
と、アイルさんに命令された。世界中の人たちが来るから、会社の宣伝になるらしい。
『面白いんじゃない? 服屋やデザイン会社じゃなくても、服飾業界で有名になれるってことを見せつけてやれば』
ベルサさんは相変わらず面白そうだ。
『メルモは一気に有名になっていくんだな』
セスは輸送会社を作っているところだ。
「でも、ファッション業界って権力の匂いがするんだよね。社長なら、なんていうかな?」
『ん~、誰でも好きな服を着る権利があるとか言って、権力者を全部、駆除していくんじゃない? ハハハ』
通信袋の向こうでセスは笑っていた。私も社長なら、そうするだろうと思う。
「やってみるか」
私は『海上のファッションショー』に行ってみることにした。




